「くぅぅぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」
歯を食いしばり、俺は魂を削らんばかりの声をあげた。目は血走り、腕はこわばり、指は白んだ。
(だめだ。負ける)
ふと、心の闇から声が聞こえてきた。岡崎朋也、貴様には無理だ。貴様はいつもそうだ。バスケットからも逃げ、高校の授業からも逃げ、父親からも逃げた。隣に智代がいなければ、貴様は無力、赤子のほうが脅威たりえる。
(負ける……かよっ)
その声を一喝し霧散させると、俺は最後の力を振り絞った。心の闇に智代、その二字を突き付けられた時点で、俺の腹は決まっていた。勝つ。絶対に勝って見せる。
「そしてぇっ!!その先の光をぉおおおおっ!!」
その瞬間、何かが決壊した。
俺は茫然と辺りを見回した。白い世界。輝く世界。俺が望み求めて挑んだ光景。
「……勝った……」
ぽつりと言葉にした途端、歓喜が体の中から湧きあがって来た。迸る勝利の咆哮。漲る栄光の波紋。
「智代、見てるか、俺は、俺はやったんだ……一人でも、お前がいなくても、俺はできるんだ……」
乾いた笑いがこだまする。俺はその場にへたり込んだ。
すると、からから、と乾いた音を立てて、浴室の扉が開いた。
「朋也、さっきから……おお、やればできるじゃないか。うん、浴室はいつもこれぐらい綺麗でなくてはな。では、今度は押入れの整理を一緒にやろう」
「……」
「この頃あそこにはいろんな物を押し込んだりしたままだからな。一度しっかりきっかりみっちりガンガン整理整頓しなければと思っていたんだ。ふふふ、胸が躍るな」
「…………」
「ふふふ、ふくくくくく、くは、くはは、ふはーはっはははははは」
「………………」
よほど日頃から気になっていたのだろう、智代は高らかな笑い声とともに浴室を後にした。俺はその雄々しい背中を見ながら、自分の中の何かが真っ白に燃え尽きた感触をはっきりと感じた。
ちなみに、そんな笑い方をすると女の子らしくないぞ、とは言わない方が情だと思った。
岡崎家での年末
大晦日と言えば、どんなものが頭に浮かぶだろうか。
年越しソバ。紅白歌合戦。ビッグサイト。
なるほど、どれも大事だ。年越しソバは長寿を願う古来からの伝統で、決しておろそかにしてはならない。紅白歌合戦も、一年の終わりを歌って楽しく締めくくろうという心意気はなるほど来年への活気へと変えられる。同人活動をしている者にとって、年末のビッグサイト参戦は聖戦である。
しかし。
年越しソバはいくら大事だと言っても、所詮は食べるものである。年末バイキングに釣られて昼からずっと飯を食べ続けた揚句腹がパンク寸前、というわけでないのなら問題ではない。紅白歌合戦の場合、年を追うごとに変なイベントやら何やらで質が落ちている気がしないでもない。コミケに関しては、まぁ生き残れとだけ言っておこう。
岡崎家には、智代が嫁いできて以来、大晦日と聞いてもっと切実な意味で連想する単語がある。
「朋也っ!今日は大晦日だなっ!!」
「……ああ」
「大晦日と言ったら、大掃除だなっ!!」
「……………………そうなのか」
「無論そうだっ!!というわけで掃除だっ!!!」
「………………………………」
「どうした朋也、返事がないな?む、頭を抱え込んでどうしたんだ」
「頭痛いから寝る」
岡崎家護身秘伝術が一、仮病。俺は心の中でそう唱えると、腰に両手をあてて仁王立ちしている奥方様から戦術的転進を行おうとした。
「何、頭痛だと?それは由々しき問題だ。朋也、ずっと寝ていないとダメだな」
「ああ、そうなんだよ」
「ふむ。では年越しソバはキャンセルして、お粥に梅干しだな」
「なっ」
年越しソバは確かにただの食べ物だが、その食べ物の有無で人生結構いろんなものが決まってしまうのだ。
「それからおせち料理もダメだな。今年はガンバって作ったのだが、まぁしょうがない。鷹文のところに持っていくか」
「い、いや、それは」
「あと、私がずっと看病してやるから気にするな。何、気にするな。ここからでも除夜の鐘は聞けるし、朋也がいないのでは初詣に行っても意味はないからな」
初詣。それは和服な智代の姿を見られる数少ない機会であった。年越しソバが粥になるのはいい。智代の作ったおせちがシスコンな義弟の胃袋に収まるのも、厳しいながらも耐えて見せよう。しかし、智代の留袖姿が見られない、という状況は最悪だった。一年の始まりがそれでは、三百六十五日戦えるはずもない。
俺は、己が怠惰のために妻の和服姿を見逃す羽目になってもいいのだろうか。
否。
否否否否否ァっ!!
「智代、治ったぞ」
「何、早いな」
「智代の愛のおかげだ。お前の愛は奇跡を起こすからな」
「……朋也、そんな恥ずかしいことを言うな……」
「ははは、かわいいぜ智代」
「朋也……」
「智代……」
「朋也…………」
「智代…………」
「朋也っ!って、こんなことをしている場合ではないな。朋也、らぶらぶはいつでもできるというか、しているのでお預けだ」
「えーっ」
「いいじゃないか朋也。年の始めぐらい、清楚に過ごしてだな」
「やだー、つまんねー」
「朋也……そんな子供のようなことを言うな」
困った顔で智代が言う。その仕草があまりにもかわいかったので、つい俺はもっと困らせてやりたくなった。岡崎家智代萌術が一、幼児退行。
「やだぃやだぃ、僕チンともぴょんとらぶらぶできなきゃやだぃ」
仰向けになって手足をばたばたさせた。
「朋也、そんなことをするな……私をそんなに困らせないでくれ……朋也ったら……」
智代がもじもじと指をつつき合わせた。すげぇかわいい。一刹那でほれなおした。何つーか、これで何回目だろうか。
しかしまぁ、そこで悪乗りしてしまうのが俺の悪いところで、俺は親指を咥えて「やだぁやだぁ」と言って見せた。すると智代は俯き、そしてぼそりと呟いた。
「……んな悪い子は……」
「ほえ?」
ぶちり、と何かが切れたかのような音がした。気のせいかと思ったが別にそんなことはなかった。智代が顔をあげた時、その目は青白く光っていたのだった。
「お仕置きだぁぁあっ!!」
「うぉおおおおおおおっ!!?」
正直、死ぬかと思った。
「バカな事を言うな。私が朋也を死なせるはずがないだろ」
少しばかり頬を膨らませながら、智代はせっせと窓を磨いていた。俺はと言えば、廊下の端で雑巾をバケツに浸し、そしてそれを絞っていたのだった。
「智代智代」
「ん。何だ」
怪訝そうにこちらを見る智代に、俺は自信たっぷりな笑顔を見せた。そして
「奮っ」
一気に雑巾を絞り上げる。ずばぁ、とものすごい音を立てて、水がバケツに戻っていった。
「む」
「ふふん、どうだ、惚れなおしたか」
「……朋也、ちょっと私に貸してくれないか」
「?あ、ああ」
俺は雑巾を智代に渡した。智代はしばしの間雑巾を握ったりしたが、その後小さく「よし」と気合を入れると、雑巾をバケツの水でぬらした。
「ちなみに、小さく言う気合は俺的にはとても女の子らしくて凛々しくも可愛いと思うんだ」
「……何でお前が急に口に出して言うかはわからないが、とりあえずありがとう」
そして智代は雑巾を逆手に握った。
「むぅ…あれが世に聞く伝説の秘儀『逆ヶ美彩光』・・・!」
「知っているのか朋也?そうだ、これが坂上家に伝わる雑巾の絞り方で……」
智代が腕を回しながら雑巾を絞ると、ありえないくらいの水が出てきた。
「ふむ、まぁこんなところだ」
「……むむ」
俺は腕組みをして唸った。
「……すまない。張り合うつもりではなかったが、女の子らしくなかったな、今のは」
しゅんとなる智代。そんな仕草も可愛らしかったが、それはさておき。
俺と智代はいろいろと似ているところがあり、一緒に時間を過ごすようになってからお互いのこととか(いろんな意味で)もっとよくわかってきたと思う。だから阿吽の呼吸とかツーカーの仲とか、共振とかニュータイプとか、そういったものが芽生えるのも当然だと思う(当然じゃないっすよっ!!by春ピー)。
しかし、今回ばかりは智代は勘違いをしていると思う。
「智代」
「……うん」
「袖まくりして雑巾絞る智代蕩れ」
「なっ」
瞬時にして顔を赤く染める智代。
「なななななな……」
「いや、何つーかエプロンをして袖をまくりながら雑巾絞りって、すげぇ家庭的だと思うんだ」
「う……む、ま、まぁわからんでもないが」
「やっぱそういう家庭的な女が俺の傍にいるのって、すげぇ大事だと思うんだ」
特にスーパーウーマン症候群だのカツマーだのという単語が聞こえてくるこの頃で、「仕事は家族のため異論は認めない」「私は女の子異論は(ry」「朋也は仕方がないから私が面倒を見てやる異論(ry」な智代は貴重な存在だと思う。
「お……お前でなけりゃ、こうじゃなかったかもしれないんだぞ……私はお前の連れ合いだから、だからそういうふうになってしまったんだ」
「うぐ……ぉ」
ともよ が はんそくてきに かわいいことを いった!
おれ は もだえた!
「昔風に言えば朋也の色に染まった、というところだろうか。うん、これは女の子らしくないか」
「……決めた」
俺はすっくと立ち上がった。そして智代を無言で見降ろした。
「……朋也?」
俺の視線に何か不穏な物を感じ取って、智代がすっくと立ち上がった。
「智代」
「うん」
そこで俺は智代をひしと抱きしめた。
「結婚してくれ」
「む?」
「毎朝智代の味噌汁が飲みたい」
「……飲んでるじゃないか」
「俺の嫁になってくれ、是非」
「……せっかくの申し出だが」
俺をゆっくりと突き放して、智代が笑った。
「それはできない相談だな。私には既に想い人がいる」
「なっ、何ぃっ!?誰だそいつは」
「岡崎朋也氏、世界一かっこよくて優しい、私の旦那様だ」
「くぅぅう、そいつがうらやましいぜ、何てったって世界一気立てのよくて家事も料理もうまい美女が嫁なんだから」
「そいつもどいつも、お前じゃないか」
「ははは、そうだったな」
「ふふふ」
HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA
「って、これでははかどらないではないか」
とまぁ、いろいろあって俺たちは今、押し入れの整理をしている。無論埃だらけなので智代をそんなところに行かせるわけにはいかず、俺が押し入れから物を出し、智代がそれを整理するという役割分担を行った。
「ほいこれ」
「うん……なぁ朋也、このヘアドライヤーは使えるのか」
「あぁっと……ちょっと点けてみてくれ」
がちゃがちゃ、という音がしたが、ドライヤーのファンの駆動音が聞こえてこない。
「むぅ……」
押し入れから頭を出すと、智代が難しそうな顔をしていた。
「やはり壊れていたか……」
「もしかするとどっかのパーツを変えれば使えるかもしれないぞ。ちょっと脇に置いておいてくれ」
「本当か?すごいな朋也は、これを直せるのか」
「ははは、まぁ電気工だしな。あと、違う世界ではリサイクルショップに勤めていたようだし」
「?何のことだ?」
「いや……気にするな」
その世界じゃ、俺、死んでるし。
「さてと、続ける……か……」
智代の尊敬をまなざしを背後に感じつつ、俺は押し入れの奥に手を伸ばし、そして硬直した。
暗闇のせいでよくは見えなかったが、手触りからしてこれは本みたいだった。しかし、本はあまり押入れには入れておかないのに……そう思った瞬間、これがいかなる類の本なのかわかってしまった。恐らく智代様には見せてはならない類だろう。
「朋也?どうしたんだ」
「な……んでもないさ、智代」
「……まさかけがをしたのか?大変だ、救急箱を持ってくるぞっ!!」
「いや、ちょっと……待たないか」
どたどた、と智代が駈け出していってしまったので、俺は押入れから這い出た。手にはやはり大人の絵本が。どうやら大昔にオッサンに押し付けられたものがしぶとく生き残っていたらしい。くそ、恐竜は絶滅したんじゃなかったのか。
ちなみに言っておくと、最後にこれのお世話になったのは社会人になりたての頃、智代さんと大人の階段を上る前の話だったかと。無論その後は使ってない使わない使えるか。この前春原と海に行った時に「確定の女性が連れ合いになると、他の女性の水着姿を見ても何とも思わなくなる」という話をしたが、エロ本も同じ理屈で卒業した。何だかさびしかった。
「……私では満足ではないというのか」
いえいえ、何をおっしゃるやら。智代とのしっぽりむふふは毎回毎回エンジョイしておりますとも。恐らく俺、一生現役なんだろうなぁ。少なくともレスとは無関係なんだろうなぁ。
「そうか。では、それはいらないものなのだな」
この世にいらないものなんてない。なんてカッコつけてみたがそれもしまらない気がした。しかし確かに長い間使っていないし、とにかく智代に見つかる前に早急に処分せねば。
「しかし借りたものなのだろう?返さなくてはいけないんじゃないか」
そう、そこ。痛いところを突く。返さなきゃいけないけど、今更どんな面を下げて返せるのだろうか。オッサン、これ、借りてたぜ。おっ、そうか、どっかに行っちまったかと思ってたぜ。あれ、お父さん、それ何ですか。あっきー、なにかかくしてる。げっ、ちょっと待てお前ら。私も興味ありますっ!秋生さん、何ですか……それ……
「そうか。今の朋也に必要なのは勇気だな。ならばそれぐらいの勇気は与えてやってもいいな」
ああ、浅はかなり、俺。
どうして智代の声が脳内再生されていることに何の疑問も持たないのだろう。
どうして智代の声の主がそばに戻ってきているという状況を想定してなかったのだろう。
どうして智代が傍にいるのなら手に持ってるエロ本は丸見えだぜジーザスと考えなかったのだろう。
どうして上記全部が最終兵器嫁様を怒らせるという至極簡単な事に気付かなかったのだろう。
「さて、朋也」
猛るクマのオーラを背後で燃え上がらせながら、智代はにっこりと笑った。
「その本を今すぐ返却してくるか、それとも私と今生の別れと行くか、どうするんだ?」
「行ってきますっ!!」
「うん、いってらっしゃい」
智代が呆れたように手をひらひらと振った。
とまぁ。
いろいろあったけど、掃除は何とか終わった。長い戦いだった。全てを消耗し、消し炭になるまで戦った。そしてそんなぼろぼろの俺の前に置かれた湯呑茶碗。
「お疲れ様だな、朋也」
「おう、智代もな」
そう言って笑顔で茶をすする。うまい。全快。
「さて、私はいろいろと台所で準備しているから、朋也はテレビでも見ていてくれ」
「うい」
テレビと言っても紅白が始まるまでにはまだ時間があった。いろいろチャンネルを弄っていると、智代が台所から声をかけてきた。
「そうだ、あと三十分ほどしたら杏と春原が来るはずだからな」
「……ああ」
そういえば、あいつら呼んでたんだっけな、ととぼけてみた。すみません嘘です来るって知ってました。
「私と杏で年越しソバとかの準備をするが……」
「へぇ、うまそうだな」
「ああ。だからお前たち二人は仲好く『いい子』でいてくれ」
なぜか「いい子」をあからさまに強調する智代。
「……具体的には」
「『俺の嫁が最高だ年末大決戦』とか『料理している俺の嫁最高ひゃっほい!エロスとエクスタシーの台所潜入ミッション』とか『ドッキリ!!着つけの最中アクシデント』などの企画はしてくれるな、ということだ」
じとり、と智代が俺を睨む。ははは、そんなのは考えていなかったさ。すみません嘘です計画してました。
「まったくお前たちは仕方のない奴らだな……混ぜるな危険、という意味がわかった気がするぞ」
「おいおい、俺と春原を一緒にしないでくれよはにぃ」
肩をすくめて見せたが、智代はさもすべてお見通しだと言わんばかりの視線で俺を貫いた。
「お前たち男性が野獣の如き衝動を抑えられるようになったら、撤回するとしよう」
「はははは、春原はどうかわからないが、俺は智代が嫁である限りそれは無理な相談だと保証する」
「胸を張って威張れるようなものか」
はぁ、と智代がため息をついた。
「智代、ため息をつくと幸せが逃げていくと言うぞ?」
「お前が言うのか……仕方がない」
すると智代が急に俺の方にしなだれかかって来た。
「うおっと、どうした」
「今のため息で幸せがいっぱい逃げてしまった。責任を取って幸せ分を補充しろ、バカ」
頬ずりしてくる智代。むぅ、いかん。
「なぁ智代……」
「却下だ。お前は何もせずに私に甘えられていろ」
「ぐあ」
「布団出そうか」のfさえも言いだせずに却下、しかも生殺し状態。いっそそっけない態度で接してくれた方がまだましだ。嘘ですごめんなさい、智代にそっけなくされたらともぴゃん寂しくて死んじまう。
「ふふ、ともやぁ」
「お、おう」
「朋也はずっと私のもの。私の旦那様異論は認めない」
「いかにもっ!!」
どう見ても無駄なカッコ付けでした本当にありがとうございました。
「だから、私は何があっても平気だ。少しぐらい幸せが逃げても、朋也がいる限り不幸せなんかにはならないからな」
「智代……」
「朋也……」
智代の瞳を覗き込んだ。俺だけを見ている、青い瞳。それがゆっくりと閉じ、魅惑的な唇が少しずつ開き、そして
ピンポーン
っぶち
「よっ、岡崎」
「右回りして帰れ。今すぐ」
「アンタひどいっすねぇっ?!!」
一応悪気はなかったのだろうから殴らないでやった。それだけでも感謝してほしいものだった。
「で、春原、お前の飼い主はどこだ」
「ほえ?飼い主って」
「あたしのことに決まってるじゃない」
阿呆面の春原の後ろから、杏が手を振った。ちなみにこうやって二人で並ぶと、杏の方が背が低いのがわかる。普段は杏が春原を尻に敷いているからわからないが。
「やっほー、トモトモーズ。杏様とその下僕的旦那参上」
「下僕的は違うよっ!!」
「違うのっ?!」
「その大げさなリアクションはやめてよね?!」
「じゃあ奴隷?」
「尚更ひどいよっ!!」
「あたし専用奴隷」
「あ、それは嬉しいかも……しれなくないよっ!!ていうか人として扱ってくださいお願いします」
「うん、それ無理」
「無駄にいい笑顔ほんとうにありがとうございましたぁっ!!」
うがーと春原が吠えた。
「……まぁ、近所迷惑だからとりあえず中に入れ」
春原ーズ固有のいちゃいちゃを見せつけられてげんなりした智代が二人を招き入れた。
「……ったく、来年もこんな感じでいじられるのかな、僕」
リビングに座るなり、春原がこぼした。
「まぁ、一生こんな感じじゃね?」
「……何だかもう嫌だ」
ぐてー、とちゃぶ台に突っ伏す春原。
「にしても来年……か。どんな年になるんだろうねぇ」
「まぁ、普通に平和だろ」
「普通に平和、ね」
「ああ。俺の隣に智代がいて」
「智代ちゃんと杏が一緒につるんで」
「お前が杏に首輪で繋がれて」
「そうそう、僕が……って、それじゃあ僕、人間じゃないじゃないですかっ!!」
「いや、実はそういうプレイ」
「僕は変態かよっ!!」
「じゃあ杏のペット」
「旦那だよっ!!」
「そう変わらねえじゃん」
「ぜんぜん違うよっ……と言いたいのに何でだろう、言えなくなっちゃった……」
ぐすん、と春原が肩を落とした。ちなみに春原に限らず、既婚者メンズはほぼ確実に既婚者レディーズに(程度の差はあれ)尻に敷かれていると思う。
「でも、まぁ、いつもの四人って感じかな」
へへへ、と笑う春原に、俺もふっと笑って答えた。
「そうだな。来年もいつも通りだ」
台所からは包丁の音や何かを油で揚げる音、そして杏と智代の楽しげな声が聞こえてきた。
「じゃ、ま、飲みますか」
そう言って、春原はがさがさとコンビニの袋から日本酒の瓶を取り出した。
「お、気が利くな」
そう言いながら俺は台所の戸棚から猪口を四つ取り出した。台所に足を踏み入れた時の揚げ物の匂いが正直たまらなかった。
「あ、朋也。もう少しでできるからね」
「あんまり飲みすぎないでくれよ」
「へいへい」
苦笑して、俺は居間に戻った。
「へへん、これ、冷でも結構いけるんだよね」
そう言いながら、春原は「きりたんぽ」と書かれた一升瓶から酒を四つの猪口に注いだ。
「どうせあと少しで天そばできるそうだし、まぁ待つか」
「あ、そう?何か楽しみだね」
「だな」
来年はどんな年になるんだろう。俺はふと思いを巡らせ、そしてやめた。
どんな年でもいい。こんな風に、好きな奴や仲のいい奴らとのんびり終えられるんだったら、どんな年でもいい。