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「いただきます」

 箸を取って、俺はふと手を止めた。

「ん?どうした、朋也?」

「いや、何でもない」

 まずは味噌汁に目をつける。普通はワカメやら大根やらが入っているこの味噌汁にはしかし、今夜は橙色の角切りにされた何かが浮いていた。次におかずをちらりと見る。見た目は普通のコロッケだが、どうも、その、何だ、甘い匂いがする。最後にサラダだが、これもまたところどころに橙色の煮込まれた何かが混じっている。

「なぁ智代」

「ん?」

「今夜は、カボチャか?」

「うん、大きな西洋カボチャが手に入ったんだ」

「……何でまた?」

 すると、じと、という視線が俺に突き刺さる。ちゃぶ台の向こうでは、小熊ちゃんたちが二人揃って「空気嫁」と無言のメッセージを送ってきていた。

「本当にわからないのか、朋也?」

「あ、ああ。悪い」

 なぜだかわからんが誤ってしまった。すると、仕方のない奴だな、とため息をつかれた。ついでに、仕方のない父さんだな、とも言われてしまった。

「朋也、今日の日付は何だ?」

「十月三十一日」

「そうだな。明日はな、キリスト教では聖人祭とされているんだ」

「へぇ……で?」

「だから今日はその逆で、特に今夜は悪い霊が彷徨ったりすると言われている」

「え?それってもしかすると?」

 ちゃぶ台越しの二組の目が「もしかしなくてもそうだよ」と言っていた。

 

「オール・ハロウズ・イブ。俗に言うハロウィンだ」

 

 

 

 

 

 

聖人祭前夜

 

 

 

 

 

 

「というわけで父さん、私たちはお菓子集めに行ってくる」

「お菓子集め……ああ、トリック・オア・トリートか」

 トリック・オア・トリート。お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ。

「うん。父さんは母さんと一緒に、ジャック・オー・ランタンを作ってて」

 ふと、片付けられたちゃぶ台を見ると、智代が夕食の材料として中身を刳り出されたであろうカボチャを前に、何か真剣に考えていた。

「言っとくが父さん、母さんに何かをしたら私が許さないぞ」

 とは巴の言。いや、巴な、お前にはまだ早いかもしれないけどな、父さんが母さんに何もしなけりゃ、お前も朋幸も生まれてきてないって。そうだよ、愛とは素晴らしいものなんだよ。いやっほぉぉおおおおうっ!エッチ最高!!

「じゃあ母さん、行ってくる。期待しててくれ」

「ああ、わかった。気をつけてくれな?あと、絶対に古河パンの近くには寄り付かないように」

 そう智代が言うと、小熊ちゃんたちは一瞬だけ体を強張らせた。

 

「……そんなにひどいの?」

「ああ。何でも今夜のために古い早苗さんのパンのストックも出してくるそうだ。お前たちにもしものことがあったら、私は……私はっ!」

 眦に涙を浮かべる智代の代わりに、俺が小熊ちゃんたちに〆の言葉をあげた。

「ま、ともかく安全第一で楽しんで来い」

『はいっ』

 威勢よく二人は飛び出て行った。恐らくは春原んとこの翔と落ち合って三人で行くんだろうなぁ、とふと思った。

「しかし、あの衣装は智代が?」

「ああ、そこらへんにあった余り物の布とかでな」

 巴は今夜は魔女っ子で、朋幸は吸血王子、といったところだったが、結構凝っている。巴は今風の魔女っ子ではなくて、中世のローブに本と箒、そしてとんがり帽子。朋幸は白いシャツに黄色のウェストコート、長い外套とクラヴァトという、貴族の身なり。こういうことをさささとできてしまうところが、俺の嫁さんのすごいところだなぁと改めて思ってしまう。

「で、誰かが来たら、このお菓子をあげる、と」

「うん」

「お前ってさ、本当に手際いいよな」

 すると素直に智代がにぱぁ、と喜ぶ。

「そうか?うん、朋也にそう言ってもらえると嬉しいぞ」

「俺なんかぜんぜん忘れてたのな」

「朋也はここのところ遅かったじゃないか。私はほら、学校から帰ってくる小熊ちゃんたちからずっと言われてたからな」

 その光景がすぐ目に浮かんだ。ランドセルを部屋に置くと、二人で台所にいる智代の足元に来る。そしてハロウィンの予定とかを自慢げに語ったり、智代の作った衣装にはしゃいだり。一方智代も、会社から帰ってきたら本とかを読んで自分なりに衣装のアレンジをしたりしたんだろうなぁ。

「好かれるわけだよなぁ、お前」

「でも、二人ともお前のことも好きだぞ?キャッチボールとかしてあげてるしな。さて」

 智代は立ち上がると、紙とボールペンを持ってきた。

「ジャック・オー・ランタンの形はこんなんでどうだろうか」

 さらさらさらっと図を描く智代。案の定な絵だった。

「……そうくるかな、と思ってた」

「……だめか?」

「いや。俺たちらしいしな」

 そしてふふ、と笑い、智代の頬にすばやくキスをする。

「な、何をするんだいきなりっ!」

「嫌か?」

「嫌じゃない……けどな」

 むぅ、と頬を膨らます。

「前もって言ってくれれば、私だって合わせたかった」

「わかった……そいじゃ」

 窓を開ける。ちょうど、犬を散歩している男がいた。

「光坂市の皆さん、毎度お騒がせします!俺は今から智代に……」

「そんな大きな声で宣言するなぁっ!!」

 ぴしゃりと窓を閉められる。

「まったく、朋也は何でそう意地悪なんだ?」

「いや、ほら、困った智代もかわいいなぁって。ついでに怒った智代も」

「……本気で怒らせて見るか?」

「すいません……」

 

 

 

 

 

 

 口の周りの皮を薄く削っている時、ふと手を止めた。

「なぁ」

「ん?」

「何でカボチャの顔なんだ?」

 ふむ、とカッターナイフの手を休める智代。

「アイルランドの伝承でな、悪魔を騙して寿命を延ばしてもらったひねくれ男が、天国にも行けず、しかし地獄では悪魔に入国拒否をされ、幽玄の境を彷徨うことになったんだ。その時にその男、ジャックが道しるべに使ったのがカボチャの皮でできたランタンなんだ」

「そうなのか」

 いろいろ物知りだなぁ、と改めて寒心する。って、今夜は何だかずっとこんなパターンだな。

「お前も気をつけろ?お前みたいに意地悪ばかりをする男は、ジャックに似てたんじゃないか」

「そうかなぁ」

「きっとそうに決まってる。いや、間違いない」

「そりゃ困るな。どうすりゃいい?」

 すると、智代が悪戯っぽく笑った。

「決まっているだろ?私を大事にして、小熊ちゃんたちにも愛情を振りまいて、ずっと愛してくれ。そうしたら天国に一緒に行けるよう弁護してやる」

 一瞬、神や聖ペテロを相手に俺のために熱弁を振るう智代の姿が眼に浮かんだ。うわ、俺の嫁さん何だか本当にすげえぞ。

「お願いします」

「よし、素直でよろしい」

 ふふ、と智代が笑う。笑い返そうとしたとき、玄関のベルが鳴る。

「お、今夜最初の客か」

 扉を開けると、そこには

「風子っ!参っっ上!!」

「間に合ってる」

 バタン、と扉を閉める。扉の向こうで「岡崎さん最悪です!」だの「風子を締め出すなんて、血も涙も骨も皮も肉もないです!」とか言う声が聞こえる。突っ込みどころ満載で、どこから始めるべきか悩んだ。

「岡崎さん、開けないんですか!だったら誘拐した風子の巴ちゃんを返して下さい」

「誰がお前の巴ちゃんだ!巴は俺と智代の大事な娘だ!」

「まぁ今のところはそういうことにしておいてあげます。でも、風子は諦めません!」

 ちなみに、本人は「ありがたいが、やっぱり母さんがいい」と断り続けている。俺じゃ、ダメなのか?

「で?何のようだ?小熊ちゃんたちならすでに出かけている」

「はっ!風子としたことが、アニメの再放送に夢中になって遅刻してしまいました」

「お前はそれでも高校の教師か!」

「岡崎さん失礼です!風子は近所でも」

「あの子はアダルティな子だと有名なのか?」

「『あの子は……』って、台詞をとらないでください!岡崎さん最悪です!」

「二人とも、玄関でそう騒がないでくれ。近所迷惑だ」

 困った顔をして、智代がやってきた。

「あ、智代さんです。ヒトデの似合う美女が来ました」

「……ありがとう」

 少し戸惑いがちに智代が礼を言う。まあ、実際微妙な賛辞だしな。

「風子は大人ですから、もう行かなくてはいけません。でも、どうしてもというならお菓子をもらってあげなくもないです」

「はいはいワロスワロス。これやるからいい子してろ」

 与えたのは星型キャンデーだが、風子なら勝手にヒトデだと勘違いしてくれるだろう。

「ん〜、今日はこれで許してあげますっ!」

 超ご機嫌な顔で言う言葉じゃないよな、それ。

「はぁ……最初からあんな感じの客ばっかなのかよ……」

 というか、トリック・オア・トリートはお化けの格好をして刷る紋じゃないのか?

 先が思いやられる。

 

 

 

 

 

 

 二度目のベルが鳴ったのは、それから少ししてからだった。俺はその頃、目を丹念に削っていた。

「俺が出るよ」

「あ……でも」

「ちょうど手が強張ってきたんだ。いい気分転換になる」

 さて、誰だろう。ひょっとすると汐かもしれない。俺はお菓子の袋を手にすると、扉を開けた。

 

「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

 

 いきなり叫ばれたかと思うと、次の瞬間には

 

 ごちん

 

 胸にヘッドバットされた。

「こらぁ、国崎有住人!人の家に勝手に上がってるんじゃなぁいっ!」

 そう言ったのは、長い髪を左右に分けている少女だった。

 

 つーか、誰?

 

「突っ込みどころが多すぎて困るが、取りあえず俺から離れろ」

「いやだびーぃ。美凪をほっといて何やってるのーっ!」

「美凪……とな?ほう」

 不意に秋から一歩進んで真冬のような気温になる我が家の玄関。

「朋也くん、ちょっといいだろうか、その美凪という女性について詳しく聞かせてもらおう」

「へ?朋也?」

 少女が俺の顔を見る。そして

「あぎゃっ!」

 目をつつき

「ぬぎぎぎぎっ!」

 髪を引っ張った。

「あれれ〜、変装じゃないよこれ〜。やい国崎住人、これはどういうことだ!」

「しらねえし俺は国崎征人じゃねえっ!いい加減どきやがれっ!」

 

 

 

 

 

 

「うみゅ〜」

 ジュースを飲み干して空になったコップを手に、少女はストローをカジカジした。

「な〜んだつっまんないの〜。国崎住人に会えたら、美凪にも会えるかなぁ、って思ってたのに」

「期待に応えられなくて、すんませんでしたー。で、お前はどこのどなた様だ」

 すると、少女は笑顔になって答えた。

「あのね、あのね、みちるはね、みちるって言うんだよ」

「みちるちゃんか……どこから来たんだ」

 人違いと聞いて俺の次に安心したであろう智代が聞いた。

「ん〜とね、ん〜とね、遠いところ」

「そんなんじゃわからん。早く帰らないと、親御さんも心配するんじゃないか」

 すると、みちるという少女は、少し悲しげな顔をして笑った。

「……帰る場所は、あるよ」

「……そうか。何なら送っていってやろうか」

「あのね、空にはね、一人の少女がいたの。その子はずっと長い間寂しそうだった。悲しい夢ばかり見てたんだよ。でも、みちると、みちるの大好きな人たちが、その少女を慰めてあげたの。今じゃもう、寂しい少女はいない。だからみちるも、今夜だけは遊びに出ていいって言われたの」

 でも、と言ってみちるは立ち上がった。

「もう帰らなきゃ。あ、そうだ」

 みちるはポケットから小さな小瓶を取り出した。中にはきらきらした砂みたいなものが入っていた。

「これ、あげる」

「え?」

「これ、大事なものなんだけど、でも、岡崎朋也と智代にはあげたくなっちゃった」

 それは揺すると様々な色に変わる、不思議な砂だった。

「よし、じゃあこのチョコレートと交換だ」

「それじゃあ交換にならないだろ、馬鹿」

 するとみちるは笑った。

「いいよ。でも約束、一つだけして」

「約束?」

 うん、とうなずく。

「ずっとずっと、二人で笑ってて。ずっと、ずっとずっと笑い続けて、世界がたくさんの笑顔でいっぱいになって、みんながあったかくなって生きていけたらいいね」

「……そうだな」

「ああ。約束しよう。指切りげんまんだ」

 智代が小指を差し出す。それに小さな指を絡めるみちる。

「約束だね」

「約束だ」

 

 

 

 

 

 

「不思議な子だったな」

 ロウソクを用意して、試しに火を灯してみる。

「どうだ?」

「おう、ばっちりだ」

 二人で笑う。やっぱり何かが終わるといいもんだな。

「小熊ちゃんたちも喜んでくれるだろうか」

「ああ、絶対にな。しかしやっぱさすがだな、智代は」

「違うぞ、お前のおかげだ。お前と一緒だったから、こんなにいいのができたんじゃないか」

「智代……」

「朋也……」

「智代」

「朋也」

「智代っ!」

「朋也っ!」

 抱き合い、そして顔を近づけて

 

 

 

 ぴんぽ〜ん

 

 

 

 ぶち、ぶちぶちぶち

 誰だどこのクソガキだゴルァ俺と智代のラブライフを邪魔するのはこうなりゃあれだうん与えるお菓子は秘蔵の早苗パンということでどうだうんそれがいいそうしよう

「あのな……」

「うぐぅ!お外は怖い人ばっかだよぉ!」

 ヘアバンドをつけた女の子が、転がり込んできた。というより、目をつぶって飛び込んできた。だから結果として

 

 どしんっ!ばたり

 

「朋也っ!大丈夫か……朋也、くん?」

 ああ、また君付けだよ。つーかこええよ。寒いよ、気温が急降下だよ。

「俺は……何もしてないぞ?」

「ほう……大丈夫そうだな。そうか、そういう若い子が好みか。こんな年増な女房はぽいか、そうかそうか」

 薄目からきらりと光る蒼い目が、ジェイソンも逃げ出すような恐怖をたたえていた。

「ちょっと待ってくれっ!俺は無実だっ!」

「その子を抱きかかえているのにか?信憑性が全くないな」

 偶然だ。全くの偶然だが、俺はその女の子を抱きかかえながら寝そべっているようにも見えなくはないポジションにいた。

「うぐぅ、ボク、幽霊とかお化けとか、そういうの苦手なんだよ」

「……じゃあ、何でハロウィンの街に出歩いたりするんだ?」

「……何でかなぁ」

「とにかく、俺から離れような?さもないと」

「さもないと?」

 さもないと二人して後ろの奥様に本物の幽霊にされちまいそうだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 僕は歩き続ける。

 目の前の人は、珍しそうに辺りを見回す。

「おかしなひとばっかりだね」

 僕はうなずく。辺りには、お面やら変な衣装やらを着込んだ子供たちばっかりだった。

「もうすこしだからね。なんだかそんなきがする」

 彼女はそういうと、僕の手を引いた。

 だんだんと、なぜか見覚えのある場所を歩いている気がした。この家並みを、僕は知っている。

 と同時に、嫌な予感がした。よくわからないけど、危険だと、僕のどこかが言った。

「あのひかり、あそこにいけばだいじょうぶ」

 赤と白で彩られた四角い光。公園の前にあるその建物を、僕はよく知っている気がした。

「どうしたの?いかないの?」

 だ、だめだ。あっちにいっちゃだめだっ!

「ひかりをさがすんでしょ?」

 いやだっ!僕は君を助けたいんだっ!

 するする、と透明な扉が開き、絶対にどこかで会った男の人が僕たちを見た。

「お?なんだぁ、寒そうな服着てるじゃねえか。中に入りな。にしても、誰も来やがらねえな……どうなってんだ、まったく。ああ、そうだお譲ちゃん。これな、俺の嫁の作ったパンなんだけどよ、食べてみないか?」

 

 

 

 

 

 

 

「……というわけで、怖い格好をしてても、中身は子供なんだから大丈夫だ」

 俺はハロウィンの習慣を、このあゆ、とかいう少女に教授し終わると、お茶をすすった。

「えっと、じゃあボクはどうしたらいいの?」

「まぁ……天使の格好、というようだから、それでお菓子を集めればいいんじゃないか」

 なぜだかわからないが、あゆはリュックサックをしょっていて、そしてそれには天子の羽がついていた。

「うぐぅ、ボクはそんな子供じゃないもん」

「え?小学校に入ったばっかりじゃないのか?」

「うぐぅっ!岡崎さんはいじわるだよ!祐一君よりひどいよっ!」

「まぁ、朋也が意地悪なのは認めるがな」

 ようやく機嫌を直したともぴょんに、仕返しをされた。俺が何をしたと?

「……じゃあ、鯛焼き屋さんにとりっく・おあ・とりーとって言ったら、くれるかな?」

「……」

 どこから突っ込むべきだろうか。そんな子供じゃないもん、と言った割にはやる気になってんじゃねーかとか、鯛焼き屋さんにただでもらおうとするなよ、とか、そもそもこんな夜更けに開いている鯛焼き屋さんがどこにある、とか

「それはやめておいた方がいいぞ」

 と、智代が諭すように言う。

「この時期の鯛焼きは旬じゃないんだ。卵を抱える冬頃が一番多いそうだぞ」

「えええっ!ボク、そんなの知らなかったよっ!」

「嘘じゃないぞ?タイトルは忘れたが、民明書房出版だった本にそう書いて……ん?どうした朋也、何で泣いてるんだ?」

「……俺は天然な智代も大好きだ」

「?あ、ありがとう……でも、どうしたんだ?」

「何でもない……何でもないからな」

「??」

 すると、あゆが立ち上がってランドセルを背負った。

「じゃあ、ボク、もう帰るね」

「おう。気をつけてな」

「うん。ボクが帰らないと、祐一君、また僕のことを忘れそうだし」

 少し淋しげにあゆが笑う。

「そうだな。愛する人のことを忘れてしまうなんて、酷い話だとは思わないか、朋也?」

 さっきの仕返しとばかりに、智代がいい笑顔で俺に聞いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 ぴんぽーん

 

 あゆがいなくなってからすぐ、玄関のベルが鳴る。答えにいこうとして、俺は踏みとどまった。もしかすると、また厄介なことになりかねない。ここは一つ、出ないようにすればいいか。

 

 

 

ぴんぽ〜んぴんぽ〜んぴんぽんぴんぽんぴぴぴぴぴぴぴぴんぽ〜ん

 

 

 

「じゃっかましいっ!!」

 俺が扉に向かって怒鳴ると、ぴた、とベルの音が止んだ。そして次の瞬間

 

 

  びぢゅーむ

 

 

「どわっ!」

 扉を破ってよくわからない熱線が俺の頭を掠めた。あぢぃ。

「あはは、お菓子をくれないから悪戯しちゃった」

 そう言ってドアの向こうに立つのは、口調とはうって変わって、シックなシャツに長いスカート、赤いヘアバンドをあしらったショートヘアという、おとなしそうな外見の女の子だった。

 また、女の子だった。

 よりにもよって女の子だった。

「よしいいかよく聞け、今夜はもういろいろと問題があったから、声を落として静かにしていろ。お菓子ならやる」

「え〜、でももういらないって。悪戯するから」

「するなっ!」

「朋也?またお客さんか?」

 ぱたぱた、と台所から智代がやってくる。

「お、おう」

「こんばんは〜。西園美鳥って言います。よろしくお願いします」

「美鳥って言うのか……とにかくこいつはトリック・オア・トリート目当てに来てて」

 あたふたと弁解する俺。しかしここで俺は、この美鳥とやらの「悪戯」が半端じゃないことを思い知らされる。

「え〜、こんな年になってトリック・オア・トリートするわけないじゃないですか。あはは」

「ほう……では聞こう。美鳥さんとやら、何か用かな?」

 すると、美鳥は何の屈託もない笑顔で、さらっと言いのけた。

「うん、実はね、あたしのお姉ちゃんがさぁ、漫画家なんだけどね」

「ほう。名前を聞かせてもらってもいいだろうか?知っている方かもしれない」

「知らないと思うよ?知ってたら、その、やばいなぁ、って感じだから」

 何だか怖気が走る。何と言うか、そうだ、俺と春原が禁断の園を手を繋いでスキップスキップらんらんら〜んするような感じだ。

「で、そのお姉さんが?」

「うん。はいこれ」

 なぜか封筒を手渡される。

「何だこれ?」

「またまたぁ。前にお姉ちゃんのスタジオでやってくれた女性向け同人誌、『絡み』のモデルギャラじゃん」

 

……

……

……

 

「と・も・や・く・ん?」

 オーラが見える。青く輝く、氷のように冷たいオーラが、智代から迸る。

「あ、朋也って言うんですか本名。スタジオじゃあリキ君でした」

「お前はもう性質の悪い冗談言わんでいいっ!!違うって智代っ!俺はそんなことしてないって!ほら、仕事終わったらすぐ家に帰ってくるし。な?な?」

「奥さん、ここんところ旦那さんよく『残業』するとか言ってません?」

「だから何も言うなっ!」

「……絶対的な年齢差があるのなら、まだわかる」

 ゆらぁ、と智代が立ち上がる。顔が前髪で完全に隠れている。

「朋也が(21)なのだとしたら、私はそれを受け入れようとは思っていたんだ」

「ちょっと待て、俺にはそんな趣味は」

「でも」

 不意に湿り気を帯びる声。あ、やべぇ。

「でも……朋也は、そうじゃなかったんだな。朋也はただただ単に」

 顔を手で覆う。ああ、これ、どっかで見たな。あ、あそこだ、古河パンだ。つーと、このあと続く物といえば……

「筋肉さんがこむら返ったマッチョなお兄さんが好きなんだなぁぁぁああああああああああああっ!」

 そのまま走っていく智代。「あぁぁぁぁあぁああ」がドップラー効果を打ち出しながら近所に響く。

「すごいなぁ、奥さん。どうして旦那さんが受け属性だってすぐわかったんだろ」

「俺にそんな属性はないっ!!って、そんなことをしてる場合じゃないっ!俺はっ!」

 靴を神速で履く。そして微かな音源を頼りに、走り出す。

「智代がっ!いっちばん好きだぁぁあああああああああああああああああああああ!!!」

 Ready steady GO!

 

 

 

 

 

 

 

「という以上の大きいお友達にしか離せないような事情もひっくるめて、俺は智代が大好きなんだって」

 ぜーはー、と大きく息をしながら、俺は智代に言った。ちなみに町内を駆け回ったあと、公園に突入、なぜかシーソーやジャングルジム、雲梯をこなしたあと、よくわからん理由で二人とも鉄棒の上に立って会話しているというわけだった。いやもう俺自身何が何だか。

「ぐす……本当だな?」

「本当だって!だから帰ろう?な?小熊ちゃんたちも待ってるかも知れんし」

「うん……ぐす」

 ようやく納得してくれた。仲直りとして腕を組んで帰った。

 家に着いたとき、俺はふと違和感を感じた。

「どうした?」

「いや……なぁこの扉、壊れていなかったか?」

 確か美鳥の「悪戯」の一環として、熱線銃で打ち抜かれた気がする。

「おっかしいな……」

 玄関を開けて入ると、さっきの封筒があった。

「で、結局何が入ってるんだろうな、これ?」

「さぁ……」

「ギャラとかだったりしたら……」

 智代が笑う。恐らくどんなホラー映画のエキストラよりも俺は今命の危険にさらされてるんじゃないだろうか。開くと、たった一言「Trick or Treat byみちる、あゆ&美鳥」と書いてある紙が出てきた。

「どういうことなんだろうな?」

「さて、わからん。俺には何が何だかわかんねえよ」

 そう言っていると、扉が元気よく開いた。

「母さんっ!大漁だったぞ!!」

 勢いよく袋を突き出す巴。確かに飴だの何だのといっぱい入っていて、結構重そうだった。

「ただいま、父さん」

「おう、お帰り我が息子よ」

「……恥ずかしいからそれやめて」

 ぐはぁ、結構自信があったのに傷ついた。

 玄関の片隅で「の」の字を書いていると、巴が素っ頓狂な声を上げた。

「あーっ、ジャック・オー・ランタンはクマさんだっ!」

 まぁ、俺と智代だったら、デフォルトでそうなるよなぁ。

「さあ、お茶にしようか。朋也、手伝ってくれ」

「ああ、そういえば古河パン」

 これまた結構重そうな袋をちゃぶ台の上に置くと、朋幸が言った。

「……行ったのか?」

 ううん、と二人の小熊ちゃんが首を振る。

「汐ちゃんに会ったんだ。何でも女の子が早苗パンを食べたら泡を吹いて意識を失っちゃって、あたふたしてたら消えちゃったらしいよ?」

「?ふーん……?無事だといいけどな」

 

 奇妙なことばかりが起こる夜だなぁ、と思いながら、俺は急須にお湯を注いだ。

 

 

 

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