えーっと、その、岡崎朋也です。
先日、俺と智代のかわいい小熊ちゃんたちの誕生日を祝いました。
いやあ、あれですね。双子っていいですね。こういう時に「あ〜、ずるい。僕もプレゼント今ほしい」「お前の誕生日はまだだろ。ちゃんと待ちなさい」とか聞き分けのないことを言ったりしませんから。風子みたいに。
朋幸には、新しいバットを買いました。早苗さんの塾に行った後、古河ベイカーズジュニアで頑張っている様子は、親としてぐっとくるところがあります。うん、朋幸はいい子だな。
で、巴には智代からクマのぬいぐるみがプレゼントされました。もうね、ぬいぐるみの利き目においては、智代の右に出る者はいませんから、ええ。
さてさて、前口上が長くなりました。何でこうもかしこまっているかというと、今俺の置かれた状況のせいだ。
「ハハハ、カアサンノバンゴハンハイツモオイシイナ」
「……」
「ソウダネ、トーサン。ア、オショウユトッテヨトモエ」
「……」
えっと具体的に言うとだな、只今うちの女性陣が冷戦状態なわけで。で、俺たち男性陣は隅っこでガクブル状態なわけで。
熊と小熊のラグタイム
「あ、あのな、二人とも?えっとまあ、ほら、家族みんな揃った楽しい晩御飯だし、機嫌もうそろそろ直してくれると、父さんうれしいんだけどな?」
「別に私は機嫌など悪くなっていないが」
「わたしはいつもどーりだ」
こういう時、似ている母子って困るんだよな。
「えっと……智代?何か困ったことがあったら、いつでも俺に言ってくれていいんだぞ?」
「……ありがとう。でも、私はさっきも言った通り、何でもないんだ。そこでプンスカしている巴はどうか知らないけどな」
「……えっと、巴ちゃん?」
「なに?」
うっわ、すげえ睨まれてるよ。こええ。
「父さん、巴ちゃんと仲良くなりたいなぁって思ってさ」
「わたしはとーさんがすきだ。さあ、これでまんぞくか?」
「うんうん。で、どうしたのかなぁ……誕生日の時に素敵な笑顔を見せてくれた巴ちゃん、出てきてください」
すると、尚更ぎっと睨まれた。こ、こええっ!滅茶こええっ!
親の顔が見たいよ全く。
って、俺か。
「かねてよりおもっていたが、かーさん、ひとこといいだろうか?」
ついに巴が重い口を開いた。
「……何だ。聞かせてもらおう」
「かーさんはとーさんとしりあったころから、くまがすきだときいた」
「うん。まだ理解するには早いかもしれないが、父さんと一緒にクマを買いに行った時こそ、至福の時間だったな」
「そうか。ならばなぜわからないんだかーさん」
すっくと巴が立ち上がる。
「くまといえばしろくまだろう?!いろんはかーさんといえどもみとめられない」
「だが断る。ヒグマにパンダ、アメリカグマにマレークマ、ツキノワにナマケを愛してこそ、クマ好きと言える。シロクマも無論好きだが、それだけを好きになることはできない」
「なんとむせっそうなっ!それじゃあすのはらのおじさんみたいじゃないか」
「聞き捨てならないな。母さんのどこが春原ほどの無節操なんだ」
「うん、今のは言いすぎじゃないか、巴?」
「いまのはないよ、ともえ」
遠くで「あんたら親子四人して失礼っすねぇええええええ!!」という声が聞こえないでもないが、まあ無視だ。
「そもそも、めがねくまなどよくすきになれるな」
「偏りは良くない。全部愛でてこそ、だぞ?」
「かーさんはとーさんだけがすきじゃないか。それであいしているといえるんだったら、わたしだってしろくまだけをすきになってもいいじゃないか」
「私は男好きじゃないぞ。父さんが好きなんだ。シロクマだけを好んでクマ好きだと名乗るのは、間違っていると思う」
すると巴が眦に涙を浮かべて立ち上がった。
「なんでわかってくれないんだかーさん!そんなわからずやなかーさんはきらいだっ!ごちそうさまっ!」
そう言うと、巴は自分の部屋に行ってしまった。ふむ、ごちそうさまとちゃんと言ったことは褒めるべきなんだろうか。
「……聞いたか?」
「ああ」
「巴に……巴に嫌われてしまった……私はどうしたらいいんだろう、朋也?」
がっくりと痛々しいほどに落胆する智代。
「元気出せって、な?」
「どうやって元気を出せばいいんだ?ああ、私は母親失格だ。こうして岡崎家には冷めた空気が流れ、やがてそれは広がって、朋也も私にそっけない態度をとり、夜も背中を向けて寝る。けして昔のように腕の中で寝かせてはくれない。朋幸も『母さんうぜー』とか言って私を避け、挙句の果てには家庭内暴力の嵐が吹き、そんな中私は耐え切れずにカッターナイフを……」
『だからそれはないってっ!!』
見事にハモる。岡崎ファーザー・アンド・サン、フィーチャリング・ユーロピアン・アイロニング・ブラザーズby夜露死苦。
「とーさん、なんとかしないと」
「そうだな……」
「だいこくさまばしらって、たいへんだね」
「大変だよ。あと、大黒柱な」
よし、何とかするか。
「おーい巴。父さんだけど、入ってきていいか?」
返事がない。ううむ、困った。
「巴ちゃん、意地悪すると、父さん泣いちゃうぞ?な?入れてくれよ?」
「……どーぞ」
ドアを開けると、ベッドに寝転がってこっちに背中を向けてる巴がいた。机の上には、智代の買ったクマのぬいぐるみがある。
「とーさん」
「うん?」
「かーさんはともえのことがきらいなのか?」
待て待て、何でそうなる?全く、二人とも似すぎてるんだから。
「母さんが巴のことを嫌いになるわけないって。どうしたんだよ?」
「……おたんじょーびプレゼント、くまのぬいぐるみだったんだ」
「ああ。かわいいな」
「かーさんがプレゼント、なにがほしい、っていったんだ。だからくまさんがほしい、といった」
恐らく台所の仕事を手伝っている時なんだろう。その光景は容易に頭に浮かんだ。
「そうだったんだな」
「うん……あのくまさんは、まるこしデパートでしかうってない、とってもたかいくまさんなんだ。それでもかーさんはそれをともえにかってくれた」
なのに、と続ける。
「しろくまさんじゃないんだ。あたらしいくまさんは、ちゃいろいんだ」
確かに机の上にあるクマはビスケットのような薄茶色だった。リボンやら何やらで、言われてみれば結構高そうだった。
「かーさんがたかいプレゼントをくれたのがわかって、でもいちばんほしいのじゃなかったから、それで、それでわたしは……」
「……なるほど、よくわかった」
つまり巴としてはプレゼントが自分が普段もらえないものだと理解していながら、自分の欲しいものではないことを知っており、それで感情の板挟みになっているというような状態だそうだ。普通ならそこで「こんなのほしかったんじゃないやい」と泣き叫ぶのが子供というものだが、巴は妙にできているというか思慮深いというか、そこでふと智代がプレゼントしたということを考えてみたということらしい。
つーか、何で俺の子がこんなに頭いいんだ?
「……プレゼントって、大変だよなぁ」
「え?」
ぐす、と洟をすすって巴がベッドに起き上がった。
「母さんだってな、巴のことが好きでしょうがなくて、巴が喜んでくれたらなぁ、と思ってクマさん買ったんだよな。でも、巴はシロクマさんが欲しかった。しょうがないよな、そういうの。お前、母さん傷つけたくなくて今まで言わなかったんだろ、シロクマさんが一番好きだって」
「……かーさん、くまさんならなんでもすきだから」
「そうだな。だから母さんも知らなかったんだよ。こういうのってよくあるんだよ。でもな」
ぽん、と頭に手を乗せる。
「それで母さんを嫌いにならないでほしいんだ。本当は巴だって母さん嫌いじゃないだろ?」
「……うん」
「だから嫌いになってないって母さんに言ってくれよ。な?」
「……とーさん、くまさんはどうすればいい?」
「難しいな……巴が好きになってくれれば一番だけど、でも無理に好きになるのもなぁ……自然になれる、かなぁ……」
「よくわからない。かんじんなところでとーさんはせつめいがへただな」
ぐっ。
「ま、まあそれはともかく、父さんも母さんも巴が大好きだ。だからもう悲しいことは言わないでくれ、な?」
「……かーさんに、ごめんなさい、って言って」
目をふきふきして、巴が言った。
「だめだ。巴が言いなさい。多分、母さんもそれが一番だって言うぞ?」
「……とーさんはやっぱりいじわるだ。かーさんのいったとーりだ」
何てことを智代は娘に教えるかなぁ……
「意地悪で結構。巴が後で言いに来なさい」
「もうすこしおとめごころをりかいしてくれてもいいんじゃないか、とーさん?」
「そういうのは乙女心じゃないからな」
苦笑しながらドアを閉める。
ふぅ。
よし、今度はともぴょんに話しに行くか。
居間に戻ると、朋幸が智代をなだめていた。
「だから、ことばのあやだよ。ともえ、かーさんにべったりだし」
「うん……そうだな……でも、だからこそ、あんな風にされたということは、嫌われたに違いないっ!ああっ!」
「だからちがうって!!」
「……朋幸が怒った……ううう……」
朋幸がいち早く俺に気付いた。
(とーさんたすけて)
(よっしゃ)
「なぁ智代、今巴と話してきたんだが……」
「そうか……なぁ朋也」
「ん?」
「やっぱり巴は私が嫌いになったのか?」
やっぱり最初に言うのがそれか、この似た者同士め。
「うんにゃ。違うってさ。ほら、まだ小学生なんだし、つい口にしちゃうこともあるさ」
「でもついつい口が滑って本音が出てきちゃうこともあるだろ?」
どよよ〜ん、と辺りの空気を黒く染めながら、さながら幽鬼のように智代が言う。
「朋也、わかるか?ぐす……私は……私は大好きな巴に嫌いって言われてしまったんだ。わからず屋って言われてしまったんだぞ?私は明日からどうして生きればいい?」
「かーさん、そうひかんしないで」
「そうだぞ。大体な、俺なんてたった今、説明が下手だの意地悪だの乙女心がわからないだの、散々な言われようだったんだが」
「……巴は正直だな。そんな、そんな素直な巴に嫌われてしまった……ああっ!」
「ちょっと待て」
反論しかけた時、とことこと巴が居間に入ってきた。腕には、プレゼントのクマがあった。
「……かーさん」
「……うん」
「プレゼント、ありがとう。とってもうれしい」
「巴……でも、巴はシロクマさんがほしかったんじゃないか?すまない、母さんが間違えてしまった」
すると巴はふるふると首を横に振った。
「かーさんがかってくれたんだ。とってもうれしいぞ。ほんとーにありがとう」
そう言うと、巴はクマごと智代に抱きついた。
「かーさん、いやなことをいってごめんなさい」
「いいんだ……いいんだ巴……よしよし、いい子だな」
「かーさん、ともえのこと、きらいにならないで。わたしはかーさんがだいすきだ」
「嫌いになるわけないじゃないか。母さんはいつだって、巴が大好きだ」
ふぅ、何とかなったな。
俺は傍に立つ朋幸と、笑顔を交換した。父親の威厳が輝いた時だった。
「あと、とーさんはせつめいがへたでいじわるだ。かーさんのいったとーりだな」
「だから言っただろ?父さんはいつもそうだったんだ。知ってるか?父さんは母さんに悪戯して楽しんでたんだぞ?」
「……とーさんさいってー」
父親の威厳が地に落ちた瞬間だった。もう、スツーカも真っ青な速度で。
「とーさん……」
「何も言うな朋幸……頼む、何も言わないでくれ」
「……ぼくはいちおう、とーさんがすきだからね」
「一応、かよ……」
ぐす、と洟をすすってみた。
無論、智代も巴も慰めてはくれなかった。不公平を嫌というほど味わった夜だった。