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 高校二年の一学期、俺の隣の席に、岡崎朋幸という名の奴がやってきた。

 最初は髪の色が薄いので不良かと思っていたけど、どうやら染めているわけではなく遺伝らしい。教師陣や風紀委員が岡崎に突っかからないのが不自然に思えたのだが、後ほど知り合いから聞いて俺は納得した。

 実際話してみると、岡崎朋幸は普通の奴だった。野球部のエースらしく、同じ野球部の春原翔とよくつるんで悪戯とかをするけど、特に生活態度が不真面目というわけではなく、成績も中の上ぐらいだった。あまりクラスの連中と話していて笑うところとかは見ないが、春原や隣のクラスの田嶋と一緒の時は結構笑顔の時が多かったりする。知り合って当初は、「何だか自分の世界にこもってるような奴だな」と思ったりもした。

 隣に座っているのにそんな疎外感を感じていたので、一学期の半ばに岡崎の家に誘われた時は、結構素直に嬉しかった。


 この時、俺は岡崎や岡崎の周りの奴ら、そして岡崎家が普通の人たちだと信じて疑わなかったのだ。



 

 


 

 

 



 

 

岡崎朋幸の姉に関する考察

 

 

 

 

 

 



 

 

 


「ふーん、岡崎君の家に行くんだ」

 休み時間に一年の頃仲の良かった橋本さんにその話を報告すると、なぜか表情が曇った。

「どうしたのさ」

「ううん、別に」

「別にってことないだろ。俺、変な事言った?」

「違うけど……」

 少し言い淀んだ後、橋本さんは辺りを見回して声をひそめて言った。

「うちのね、クラス委員長の岡崎さん。あれね、岡崎君の妹なんだよ」

「え。妹?でも」

「双子なんだって。それで二人とも名前の最初がともだから、紛らわしいよね」

「うん、まぁ」

「で、その岡崎さん、何だかちょっとした噂があるんだ」

「噂?」

 俺は眉をひそめた。岡崎が普通の奴だと思っていた俺は、そのまま妹も普通なんだろうと予想していたが、どうもそうではないようだった。

「って言ってもね、岡崎さんの素行が悪いとか、そういうのじゃないよ」

「ふーん?」

「何だかさ、結構家庭が複雑なんだって」

「両親が離婚してるとか、二人は養子とか?」

「うーん、当たらずとも遠からず、かな。あのね」

 橋本さんはごくりと唾を飲み込むと、静かに言った。

「岡崎さん、お母さんがいないんだって」

 その言葉を受け入れるには、一秒かかった。

「……は」

「うん、聞いた話によるとね、前に岡崎さんの家に遊びに行った子がいるんだけどね、お母さんがいないんだって」

「じゃあ、家事とかは岡崎の妹がやってるの?」

 その頃、俺には男が家事をするという発想がなかった。家事とか料理とかは女がやるものだと、そう信じていた。無論それは大学生になってから即座に捨てた考えだったがそれはともかく。そう聞くと、橋本さんは首を左右に振った。

「それがさ、違うみたいなんだよね」

「違うのか」

「うん、あのね……」

 

 

 

 

「そういや、麻田って朋幸んちに行くの、初めてだっけ」

 昼休みの時に、購買で並んでいる時に春原が話しかけてきた。

「そうだよ。っていうか、岡崎と知り合って一ヶ月ちょいだし」

「ふーん」

「そういう春原って、岡崎と仲いいよね」

「んー。朋幸と、まぁ、あとカズ、僕たちは兄弟みたいな感じだからさ」

「兄弟?」

「子供のころからずっと一緒だったからねぇ。うちの両親と朋幸の親とカズの親が仲いいからさ。正直朋幸といた時間の方が妹と過ごした時間より長いね」

「ちょっと待ってよ。春原って、寮生だよね?遠くから来てるんじゃないの」

 そう言うと、春原はおや、という顔をした。

「そんな話したっけ」

「岡崎から聞いた」

「ふーん……まあ、そうか。うん、それで、うちは中学入る前に親の仕事で引っ越したんだよ、戸鳴の郊外に。まぁ、よく遊びに来たりしたけどさ、ここの高校に合格した時に親説得してさ、寮に入れさせてもらったわけ」

 そう言って春原はパンをかじった。それを見ながら俺は頃合いを見計らって訊いてみた。

「なぁ春原」

「何だよ」

「岡崎って、その……大変だよな」

 きょとんとする春原。

「大変って?」

「その……ほら、両親のこととか」

 さすがに母親がいないことに関してストレートには言えなかった。

「……ああ、まあ、ね」

 春原は苦々しげな顔をして、牛乳をがぶ飲みした。

「そりゃ、まぁ、大変だろうね……でも、みんなそうなんじゃない」

「は」

「少なくとも、僕のところだってすごいよ。うちの両親に比べたらさ」

「……え」

 俺は絶句してまじまじと春原を見た。

「何だよ」

「い、いや」

 憮然としたものの、春原は春原だった。だけど、俺はこいつにも大変な家庭事情があるということに、今気付いたのだった。

 こいつも、両親が一人いないのだろうか。いや、待てよ。うちの両親に比べたら、ということは二人ともいるということなのだろう。つまり、冷え切って冷え切って仕方のない家庭、ということなのだろうか。

「そ、そうか、お前も大変だな」

 こういう時にもっといい言葉が見つかればいいのに、と切に思った。

「ま、僕は寮生活だからそう問題ないけどね。妹にそろそろ悪影響が及ぶかなぁ」

「お前、まさか妹をほっぽり出して逃げたわけじゃないよね」

「逃げたっつってもね……そんなんで入試通るほどここ甘くないんですけど」

 一応、一浪してるし、と春原が付け足した。

「何か俺、お前のこと見直したよ」

「へ」

「何かあったら、俺、相談に乗るからな。帰るのが嫌だったりしたら、俺のところに泊っていい。あ、でも妹さんはほっとくんじゃないぞ」

「何だか急に親しくなって、逆に気持ち悪いんですけど」





 その日の放課後。

「朋幸、行こうぜ」

「朋幸君、待たせたかな」

 俺と春原と田嶋が岡崎のもとに集まると、岡崎が苦笑した。

「カズさぁ、さっきチャイム鳴ったばかりなんだからさ、待たせるとか気を遣わせるなよ」

「う、うん……」

「そうそう。だいたい、少しぐらい待ったって平気だろ、僕らなら」

「そう、なんだけどね……父さんが、人様待たせるのは最低だって」

 田嶋がその巨体を窮屈そうに縮めると、岡崎と春原は一瞬凍った。何かあったのかと聞く前に、二人とも間の抜けた声を上げた。

「あー……」

「田嶋んところの親父が言ったんじゃあねぇ」

「聞いといた方がいいよな」

「ね」

 うんうん、と頷く三人。俺はその三人を見て、首をかしげた。高校生になると、ある程度自分で何をするべきなのか分別が付くようになる。無論大人に比べては半人前なのだが、そこがよくわからずによく大人の言うことに反発したりする。認めたくないものだな、若さゆえの過ち(ry。それはともかく、つまり俺はこの時、他人の父親の言うことを素直に聞く三人の男子高校生という存在に激しい違和感を感じたのだった。

「んじゃ、行くか」

「そうだね」

 岡崎が立ちあがると、俺たちは荷物を手に取った。ふと思ったのだが、この岡崎って奴ははっきりとは目立たないけど、このグループの中心というかリーダーらしいところがあるみたいだった。上に立って人を導く、言わば指導者タイプではないが、岡崎が中心に立つとしっくりくるところがあるようだった。

 校門を出てしばらくすると、岡崎が小さく漏らした。

「……あ」

 そしてさっと壁際による岡崎。すると春原も田嶋も「やべ」だの「避難避難」とか言いつつ道の中心から離れた。

「え?何やってんの」

「いいから。麻田もこっちこいよ」

「は?」

 すると、不意に一陣の風が俺の傍を通り過ぎた。と同時に、頬に鋭い痛みが。

「うお、危なかった」

「ふー、ぎりぎりセーフ」

「大丈夫だった、麻田君?」

 田嶋がそう言ったが、俺は何も言えなかった。頬には長さ三センチほどの小さな傷ができ、血が少し滲んでいた。しかしそれぐらいで口がきけなくなる俺ではない。

 そう。俺が言葉を失う理由はもう一つあった。

「あれは……一体……?」

 もし。

 もし、俺の見間違いでないのなら。

 今のあれは、信じてもらえないのだろうけど、「私のパンは時空を歪めるんですねぇえええ」と泣き叫ぶ女性と、それを「俺は大好きだぁあああああ」と怒鳴りながら追う男性が、超高速で通り過ぎていったかのように見えたのだった。

「いや、まぁ気にするな」

「考えたら負けだしね」

「麻田君は、光坂に住んでるわけじゃないもんね」

「あ、ああ、俺は霧海だけど」

 自分が疲れているのかと、目をこすってみたが、岡崎、春原、田嶋の三人は苦笑いを浮かべるだけだった。しばらくして、岡崎がぼそっと呟いた。

「……まぁ、気にするな」

「今度みんなで古河パン行こうぜ。麻田も早苗さんのパン食べなきゃな、カズ」

「え、あ、いや、あれは……」

 そう言いながら三人は歩き出した。俺はしばらく茫然としていたけど、はっと気がついて慌てて追いかけた。




「ただいまー」

「おじゃましまーす」

「こんにちは」

 岡崎家(光坂の郊外の庭付きの家だった。のび太君の家を一回り小さくしたと言えばわかるだろうか)に着くと、礼儀正しく三人が挨拶したので俺もそれに倣った。すると、奥から軽い足音が聞こえてきて、すらっとした女性がやってきた。

「うん、おかえり。それから二人ともようこそ……おや」

 女性が俺を見た。その整った顔立ちに、俺は顔を赤くした。

(これが岡崎の……)

 髪の色は薄く、確かに岡崎の髪はここから来たんだなぁと納得した。目は岡崎が吊目なのに対してこちらは垂目だが、色はすごくよく似ていた。何より、すこしおっとりとした雰囲気は、血を分けた者ならではと思った。外見からしても、年齢的にはぴったりだった。

 

 

 

(これが岡崎のお姉さんか)

 

 

 

 そう。岡崎家には母親がいない。しかしその代わり、岡崎には年の離れた姉がいて、いろいろと家事に精を出しているのだそうだ。

「はじめまして、麻田と申します。よろしくお願いします」

「あ、ああ。こちらこそよろしくお願いする。私は、朋幸の……」

「おーい麻田、何やってんだ」

 岡崎のお姉さんの後ろを見ると、岡崎たちが階段を上っていくところだった。お姉さんは「仕方のない奴だな」と呟いてため息をついた。俺はそんな彼女にぺこりと一礼すると、三人の後を追った。

「にしても智代さん、また綺麗になったんじゃね?」

「おいおい、変な事言うなよ」

 春原が言うと、岡崎がその脇腹を小突いた。

「そうか……智代さん、か」

 そう呟くと、三人がぎょっとした感じで俺を見た。

「……まさかお前」

「ふふーん?智代さんに一目ぼれとか?」

「なっ、ばっバカっ」

「もしかして、図星だったりして、麻田君」

「ちげーよっ」

「顔、赤くなってるぅ」

 春原と田嶋に散々いじられていたが、不意に岡崎が深刻な顔をして俺の肩に手を置いた。

「麻田、これだけは言っておくぞ」

「お、おう」

「お前、そんなこと、絶対に俺の親父の前で言うんじゃないぞ?わかったな?」

「あ、ああ。言わねえよ。つーか、お前も勘違いするんじゃねぇよ」

「……なら、いいんだ」

 岡崎はそう言うと、俺の肩から手をどけた。

「そうそう、こいつの親父に今のがばれたら、麻田、教室の机の上に花瓶だもんね」

「ナンマンダブナンマンダブ」

 どうも俺は智代さんに気があるなどと岡崎の親父の前で言うとぶっ殺される運命らしい。しかしそれもまぁわかる。父親ってものは、娘の事になるとものすごく過激に反応すると聞く。美人の娘に悪い虫がつく、と勘違いされて暴走されては困る。

「さてと、ここが岡崎の部屋か……じゃあ、ま、早速」

 エロ本を探すか。

 そう言ってベッドの下を覗き込んだのだが、不意に背後からくすくすと笑い声が漏れた。

「無理無理、そんな安易なところに置いてあるわけないじゃん」

「智代さんのチェック、厳しいもんね」

「見つかったら、マジで笑えないんだぞ?前は死ぬかと思ったからな」

 俺はちぇっと軽く舌打ちした。しかし、それにしても美人でしっかりした姉がいるとは、岡崎は何て幸福な奴なんだろう、とそう思った。





 岡崎の部屋で漫画を読みふけりながらだべっていると、春原がふと時計を見て言った。

「あれ、もうそろそろおじさん帰ってくるころじゃない?」

「あ、そうか」

 田嶋が頷くと、漫画を元に戻し始めた。俺も時計を見ると、もう八時半を過ぎていた。

「何だったら飯食ってけばいいのに。どうせ全員の分できてると思うぞ」

「んー、それも悪いしね」

「そうだよね」

「だよな」

 そう言いながら俺たちはカバンを手にして階段を下りた。

「そういや、電車あるっけな」

「あー、麻田は霧海だもんな」

「親に連絡しといたほうがよくない?」

 すると智代さんが台所から顔を出した。

「む?帰るのか」

「うーっす。お邪魔しましたー」

「せっかくだから食べていけばいいのに。というより私はそうだと思って人数分作ってしまったぞ?」

 ああ智代さんって、何て気が利く優しいお姉さんなんだろうか。俺もこんな姉が欲しい。

「そもそも翔は寮住まいじゃないか。この時間だと食堂は閉まっているだろ」

「あ、まぁ……」

 と、その時。

「ただいま……っと、お客さんか」

 玄関の方からスーツ姿の男がやって来た。その顔を見て、俺は即座に「ああ、この人が岡崎の親父さんか」と納得した。岡崎にそっくりだったのだ。

「おじゃましてまーす」

「何だ、翔にカズじゃないか。よく来たな」

「はい、よく来てまーす」

「それ、何か間違ってるよ……」

 ははは、と岡崎の親父さんが笑った。

「春原の息子らしいな、ホントに」

 そこへ智代さんが手を拭きながらやって来て、さっと岡崎の親父さんからカバンとスーツの上着を受け取った。

「おかえり、朋也」

「ああ、ただいま、智代」

 そう言って、岡崎の親父さんは智代さんの頬に軽くキスをした。

「今ちょうどご飯ができるところなんだ」

「そうか。お前たちも当然食べるよな?」

 質問ではなく確認の声に、俺たちは頷くしかなかった。岡崎の親父は「飯はみんなで食べるのがうまいからな」とか言いながら二階に上がっていった。

「じゃあお前たち、食器を並べるのを手伝ってくれ」

 うす、と返事をして、俺たちは洗面所に手を洗いに行った。

 手に石鹸をつけながら、俺はふと考えた。先ほどの親父さんと智代さんの会話と仕草は、少しおかしいのではないか。カバンとスーツを受け取るのは、まだ気の利く娘の範囲内だろうけど、頬にキス、というのはどうだろうか。ましてや、智代さんは親父さんの事を名前で呼んだのだった。

 これではまるで、夫婦じゃないか。

 しかし、外見から年齢を推定すれば、親父さんの方は四十台前半に差しかかったところ、それに対して智代さんは二十代半ば、せいぜい二十八、九歳。親子以外の何物でもなかった。智代さんが親父さんの再婚相手、という線も考えたが、智代さんと親父さん、そして岡崎の姿かたちの共通点を見れば、血を分けた家族であることがうかがえる。

 ここで、一つのどす黒い考えが俺の頭の中で首をもたげた。

 まさか、と思ったのだが、その思いはねばねばと脳裏に張りついて取れなくなった。

 その疑惑は、食事の席で確定された。

「にしても、智代の飯はやっぱり最高だな」

 カレーを頬張りながら親父さんが言った。すると、智代さんは顔を赤らめてぶっきらぼうに返した。

「ば、バカ、お客さんの前でそんなことを言うなっ」

「ははは。かわいいぜ智代」

 目の前の甘い雰囲気に、俺は少しばかり気押されていたのだが、岡崎はともかく春原も田嶋も平気そうな顔でカレーを平らげていた。

「そういや巴は?」

「うん、今夜は友達の家に泊るそうなんだ」

「そうか……智代、それは女の友達だよな」

「え、あ、そうだが」

「そうかそうか。いやぁ、巴ちゃんに変な虫がつこうものなら、俺が言って成敗してくれようと思っていたんだがな、うん、それならよかった」

 一瞬だけ暗黒オーラに染まった殺気を目からほとばしらせると、親父さんが笑った。どうやらさっきの「智代さんに気があることを親父さんの前で言ったら殺される」というのはあながち嘘ではなさそうだ。

 それにしても。

 いくら最愛の娘であっても、智代さんとこれだけいちゃつくというのは父親としてはどうなのだろうか。これでは本当に妻と接しているようではないだろうか。

 そう、これが俺の抱えていた疑惑だった。親父さんは、智代さんを自分の妻であるかのように扱っており、また智代さんもそれに応えている。

 恐らく親父さんは今は亡き奥さんのことを心底大事に思っていたんだろう。だから奥さんが他界された時、心が壊れてしまったのではないだろうか。そして絶望の中でもがくうちに、娘さんである智代さんを奥さんと間違えてしまったのではなかろうか。智代さんは岡崎家の事を考え、そしてとうとう自分を家族のために殉じ、親父さんの前では妻であるかのように振る舞っているのではないだろうか。

「岡崎」

 相変わらずラブラブオーラを放出している親父さんを尻目に、俺は岡崎にしみじみと言った。

「お前、大変だな」

「……いつものことだよ。よく言われるし、俺はもう馴れた」

「……そうか」

 そう言う岡崎の肩からは、悲壮感が漂っていた。あらゆる逆境に耐え、いろいろと悩めることもあるだろうに、それでも明るく頑張っていく岡崎の事を、俺は心底偉いと思った。







 

 

 




 二学期にもなると、俺と岡崎はすごく仲がよくなっていた。春原や田嶋、それから中学からの友人と比べると絆はそれほど強くないのかもしれないが、それでも昼飯はよく一緒に食べる。そんな折、俺は岡崎妹にも紹介された。

「……智代さんにマジでそっくりだな」

 そう言うと、岡崎妹はえっへんと胸を張ってこう言った。

「自慢の母さんだからな。早く追いつきたいものだ」


 え。


「巴は子供の頃、おふくろっ子でさぁ、いつも『かーさんはわたしのyぶふぁ」

「その事を言ったら殺すと言っただろう」

 岡崎妹の横蹴りを鳩尾に喰らって岡崎が悶絶したが、それどころではなかった。

「ちょっと待て、もう一度」

「だから巴は子供のkあべしっ」

「聞かない方が身のためだぞ?」

 春原を裏拳打ちで黙らせた後、岡崎妹は俺を睨んだ。

「その前だっ!智代さんがお前のおふくろって……」

 するとその場にいた者全員がキョトンとした顔をした。

「智代さんは朋幸君と巴ちゃんのお母さんだよ……?」

 不思議な顔をして田嶋が言った。

「えええっ!?」

「……いや、何でそこで驚く?」

「だって……ええ?マジ?」

「マジも何も、嘘つく意味ないじゃん」

「でも、両親のことで大変だって……」

「あれだけいちゃつかれたりするんだぜ、人前で。そりゃ大変だよ」

 そう聞いて、俺はその場にへたり込んだ。脱力。

「親父とはここで出会ったっていつも惚気てるんだよな」

「そういやウチの両親もそうなんだよね」

 岡崎と春原がうんうん、と頷いた。

「そもそも、私と母さんの間柄が母子でないのなら、何だと思っていたんだお前は」

 呆れ果てた、と言わんばかりに岡崎妹。

「い、いや、その、姉妹かと」

 言ったとたん、全員が吹き出した。

「ちょっ、まっ、笑うことはないだろっ!」

「悪い悪い、お前もかよって思うとさ」

「俺も、ってことは」

「智代さん、絶対に実年齢には見えないもんねぇ」

「翔君が言えたことじゃないと思うんだけど」

「お前もな」

 そんな中、岡崎がぽん、と手を打った。

「そうだ、麻田さ、今日は放課後空いてるか?」

「え、あ、ああ」

「じゃあ、もっとびっくりするもん見せてやるよ」

 そう言うと、春原がにやりと笑った。

「古河パンか」

「ああ、古河パンだ」

「お前たちは、あそこを悪戯の場所にしか思っていないのか」

 岡崎妹が言うと、例の三人はそろって頷いた。

「何だ、その古河パンっての」

「言ってみりゃわかるよ。そうだ、あそこってさ、確かタダでパンくれるんだよな」

「え、マジ」

「マジ。大マジ。食わなきゃ損だよな、あれは」

「人生の中でもすっごく珍しい体験だよねっ」

「あれ食べると、生きてることの大事さがわかるんだよね」

 めいめいいろいろと言う中、俺はやれやれと苦笑した。

 何だか光坂ってのは俺の知らないことわからないことだらけだけど、はっきりしてる事が一つ。


 こいつらといると、退屈しないんだろうな。

 

 

 

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