「は?」
俺は思わず聞き返した。
「だーかーらっ!海行こうぜ、海っ!」
はしゃぐツインテール。あー、こりゃどっかで見た光景だな。そう思いつつも俺は河南子の彼氏である鷹文を見た。鷹文はすまなそうに肩をすくめていた。
「ええーっと河南子、ちょっと聞きたいんだけどさ」
俺のコンビ技に撃沈させられた鷹文と交代してコントローラを握っていた春原が、手を上げた。
「隙あり」
「え、あ、あーっっちょっとタンマッ!!」
春原の絶叫虚しく、俺はコンボ技を決めて一発逆転、春原も倒したのだった。
「あんた鬼畜っすねぇっ!!」
「よそ見してコントローラから手を放したお前が悪い」
「ってか、にぃちゃん、さっきも似たような手口使ったよね」
「岡崎汚えっ」
「はっはっは、うん?負け犬が何だか吠えてるようだな」
すると、急にテレビの画面が暗くなった。見ると、杏がリモコンを握って仁王立ちしていた。
「はいそこ、河南ちゃんの言うことを聞く」
「ちょっと待ってよ杏、僕はこれから岡崎にリゾンベ」
「あァ?」
「ひぃいっ」
一睨みで自分の旦那を黙らせる、それが春原杏クオリティ。
「……で、海、ね」
俺は外を見ながら呟いた。
「前は行ったら秋だった、っていうオチだったからさー。いこーよ海ー」
河南子が鷹文の袖を引っ張った。
「まぁ頑張れ鷹文。彼氏の務めだしな」
「にぃちゃんひどっ?!何だか僕、生贄にされてない?!」
「は、何言ってんの。アンタも来るに決まってるじゃん」
ギャーギャーわめきたてる鷹文を無視して、俺は河南子に向き直った。
「何で俺が海に行くことに決まっているんだ」
「ん?はぁ?忘れたの?またみんなで来ようって約束したじゃん!」
俺は首をかしげて見せた。
「え?もちろん。来年もまた、みんなで来ようよ」
「ああ、そうだな」
「うん。今度こそ夏にな」
……あー
確かそんなことを言った気がする。
「あ、でも智代にも聞いてみなきゃいけないしな」
俺と智代は何をするにしても一緒。特に海みたいに体を露出する機会が多いところになんか一人では行かせてくれない。「ヘンな虫がついたら困る」なんだそうだ。
「せんぱーい、先輩もみんなで海に行きたいですよね」
ちょうど台所から麦茶を持ってきた智代に河南子が話を振った。
「海?」
「そーそー。水着姿でこいつを悩殺するいい機会ですよ。らぶらぶー、なんつって」
「ふむ……そうだな。でも、無理だな」
「へ?何で」
すると智代は寂しそうに笑った。
「行くとなると、仕事で疲れている朋也に運転してもらうことになるだろう?私には、そんなことはできないな。だから行きたいのは山々だが、辞退させて……」
「智代、海に行こう」
俺は間髪いれずに智代の手を握った。
「え、でも」
「海に行きたいんだろ。行こう」
「しかし、疲れて……」
「ああ疲れてる。だから、俺の精神の安寧のためにも、青空と水着姿の智代が必要なんだ」
「……何だか話が変な方向に行ってしまった」
「とにかく俺は行きたい。海に行きたい。智代と行きたい」
そして智代の寂しい顔は見たくない。
「……そこまで言うんだったら、うん、行こう」
すると、智代はあどけない少女のように笑った。この日で最高の瞬間だった。
「へっ、じゃー楽しんでってよ、岡崎と鷹文」
春原がキザっぽく言うと、その背後から杏がしなだれかかってきた。
「何言ってんの。あたしたちも行くに決まってるでしょ」
「へ?何でまた」
「海、行くわよ」
「いや、だからあのね」
「海、行くわよ」
「ちょっと杏ちゃん、話……」
「海 、 行 く わ よ」
「……はい」
最後まで儚く抵抗していた春原も陥落し、六人の海行きが決まった。
「で、いつ行く?」
もうどうにでもなれ、という感じで鷹文が聞くと、河南子が即答した。
「ん。明日」
沈黙。以下三行分沈黙。
『はぁっ?!』
男性陣の声が見事にハモる。これには杏も智代も驚いているようだった。
「おい、河南子、それはちょっとないだろ」
困惑を怒りにちょびっとだけ変えて鷹文が言った。
「禅は急げっていうじゃん。アッタマ硬いね〜」
「それ、禅じゃなくて善な」
発音あってるけど。
「じゃあ聞くけど、明日用事がある人手挙げて」
改めて言われてみると、誰も手を挙げなかった。にんまりと河南子が笑う。
「じゃあ決まりだね」
「えーっと、ちょっとチミチミ」
「そうね、そうしましょ」
春原が何かを言おうとしたが、それに覆いかぶさるように杏が合意した。
「え、ちょっと、杏……」
「早いうちに行っちゃった方が混まないだろうしね。それにいつ、って明確に決めないと、行くつもりが九月になっちゃったり」
「そうそう。さすが杏さん、美人は頭の回転も速いのです」
「いえいえ、そういう河南ちゃんも、いい決断力じゃないの」
「それほどでも……うしゃしゃしゃしゃしゃしゃ」
「いえいえ、謙遜なさらず……おーっほっほっほ」
二人が声高に笑っていると、智代が俺の袖を引っ張った。
「朋也、その、すまない……私のわがままで明日大変なことに……」
「はっ、言っただろ、俺も海に行きたいってな。海に行っていろんなビキニの女性を見て、その上で再度『ともぴょんさいっこぉぉおおおうっ!!』と叫びたい」
「そう言ってくれるのはありがたいが、他の女性なんて見てないで私を見ろ……って、何て恥ずかしいことを言わせるんだお前はっ」
智代がぽかぽかと殴ってくる。ふっ、そういう怒ったところもかわいいぜ、智代。
とまぁ、こうして俺たちの海行きが決定した。
Blue Water Blue Sky
「へぇ……」
レンタカーから降りると、俺は感嘆の声を上げた。
「河南子の言ってたことも、案外ハズレじゃないな」
砂浜は、真っ青な空、穏やかな波という絶好の海水浴コンディションであるというのに空いていた。あと少しすれば、ここも様々な客が来てにぎわうのだろうが、今はまばらにパラソルやらビーチタオルやらが設置されているだけだった。
「じゃ、俺たちも行きますか」
「ああ、行こうっ」
「お、ノリノリだな智代」
「うんっ、朋也と一緒のお出かけだからな!これはすごく女の子らしいんじゃないだろうか」
「へっ、お前ほど女の子らしい奴は広い銀河探してもいないだろ」
「朋也……」
「智代……」
「朋也」
「智代」
「朋也っ」
「智代っ」
「聞きましたか鷹文さん」
「ええええ聞きましたとも河南子さん」
「いやぁ、あの年で女の子らしいというのは如何なものか」
「んー、まぁ実際二十代前半にしか見えないけどね、ねぇちゃん」
「若いっていいですなぁ」
「いいですねぇ……って僕らの方が年下だけど」
「ん?そこの二人、何の話だ」
不意に俺の手を取って見つめ合っていた智代が、レンタカーの陰で意地悪そうな笑顔を浮かべている二人組を見た。
「べっつにー。先輩はそうやってそいつと一生いちゃついてろ」
「?変な事を言う奴だな。無論そうするつもりだが」
「そのまま返されたー!!」
河南子がその場で崩れ落ちた。ふっ、普通なら罵りになる言葉でもそのまま受け止めて無意識のうちに返す、それが天然クオリティ。
「……パラソル運ぼ」
「じゃあ、僕はクーラーボックス持つよ。にぃちゃんはそっちの箱持って」
何だかんだで、俺たちは砂浜に下りた。潮の匂いと風が一層強く感じる。
「あれ、春原さんたちは」
「そう言えば……後ろについてきてたんだけどな」
今回は人数からして一台にすし詰めになるのは厳しかったので、二台に分かれてやってきた。俺の方には智代と鷹文、河南子が、そして春原は杏が一緒という感じだ。
ちなみに春原も運転免許は持っている。俺と同じくあまり使う機会はないので、今回みたいな遠出はレンタカーだった。この利点は、レンタルショップで複数割引をしてもらうことができたことにある。たまには役に立つ奴だな、と思っていたら、見事に迷ってくれたようだった。
「えーっと、智代、杏に電話……」
「もしもし?うん、私たちはついたが……なるほど、そうか……では待ってる」
さすがに元生徒会長のサラリーウーマンは行動力が半端なく、俺たちがどうすっかとか考えている間にすでに携帯を取り出していたというわけだった。
「それは関係ないぞ朋也」
「そうなのか」
「ああ。朋也みたいな無謀でおっちょこちょいな旦那さまを持つと、こうでもなければサポートできないからな」
ずぅぅぅううううううん
俺の、せいだったのか。
「ん?どうしたんだいきなり倒れたりして……まさか日射病か!?」
「いや、大丈夫だ……それより智代、春原たちはどうした」
「ああ、ちょっと買う物があるのでドライブインに入ったらしい。もうすぐ着くそうだから、先に設置していてくれ、とのことだ」
「よっしゃ……と言っても、パラソルを地面にぶっ立てて、砂にビーチタオル敷くだけなんだけどな」
そうため息をついて振り返ると、すでに河南子と鷹文が設置を終えていた。
「……することがなくなったな」
「ふむ。そうだな、では朋也と鷹文は先に着替えてきていたらどうだ?」
「お前は?」
「私たちは杏が来たら揃って着替える。その間の荷物は頼んだぞ」
「ああ、わかった」
俺は親指を立てると、脱衣所に向かった。
「にぃちゃん、改めてみると結構ガタイいいね」
「ま、肉体労働で鍛えてるからな」
「これじゃあ逆ナンパされたりして」
「はっはっは、智代に現場を見られたら死を覚悟だな」
そんなバカな会話を鷹文としながら戻ると、そこには智代と河南子、そして遅れてきた春原ーズがいた。
「おー、遅刻」
「あ、朋也……ふーん」
杏が俺をじっと見た。
「……寝取るってのもありかも」
早速逆ナンパされそうになった。
「ちょっ、お前な……」
「杏っ!」
あたふたと俺と智代が杏に言うと、杏が頭を掻いて笑った。
「あはは、冗談よ冗談」
「冗談じゃねえよ。あれ見ろあれ」
俺が指差した先を見て、杏が笑顔を凍らせた。
「……いーよなー、岡崎はー……智代ちゃんがいるくせに、僕の奥さんまでかっさらうんだもんなー…ずりーよなー、ちくしょー」
見事にイジケきった春原一名。
「なぁに不貞腐れてんのよ、陽平」
「へーへー、どーせ僕なんて運転手要員ですよーだ」
「そんなわけないじゃない。陽平いなかったら、あたし海になんて行きたくなかっただろうし」
「……」
「あたしが本当のところ、陽平しか見てないの知ってるくせに」
「……ま、まぁね」
「だから、機嫌なおして。あんたのそんな顔、あたし、そんなに好きじゃないわよ」
「へっ、僕はいつでもご機嫌さっ」
一変して元気になる春原。何というか、春原のどこかにアンテナがあって、リモコンを杏に握られているようにしか見えない。
「にぃちゃんがそれを言うかな」
「む。それはどういう意味だ」
「まぁまぁ。それより先輩、早く着替えてきましょ。杏さんも来たことだし」
「そうだな。何となく納得がいかないが……まぁいいだろう」
少しご機嫌斜めな俺のラブワイフだったが、河南子に手を引かれ、杏と三人で脱衣所に向かっていった。
「さてと、僕も着替えるとしよっか」
すると春原が立ち上がって徐に服を脱ぎ始めた。
「ちょっ、おまっ」
「見たくない、春原さんの、裸体かなっ」
慌ててそっぽを向いて春原を取り押さえようとしたが
じーーーーーー
チャックの降ろされる音がして俺たちは観念した。砂浜にいらっしゃる皆様、見苦しい中年男の下半身をお見せして申し訳ございません。警察なり何なりに連行ください。すまない、杏。俺たち、お前の旦那の暴走を止められなかった。
「……何だか二人とも僕のこと、すごい非常識な奴と認識してない?」
『今更』
「即答かよっ!!ハモリかよっ!!それより、よく見てよ、二人とも」
「いや、男の裸には興味ないんだ」
「裸じゃねえっての」
そう言われてみてみると、春原はダークグリーンのボードショーツを履いていた。
「あーよかった」
「ビキニ系にしようかと思ったけど、ポロリしそうだったしね」
「そうしてたら、知らない人のふりをしてるところだったぞ」
「薄情っすよね、アンタ!!」
「こう見えても、俺は友達甲斐のある奴だぜ」
「僕の扱いを見てると、とてもそうは思えないんですけどねぇ」
春原がぶつくさ言っていたが、波の音にかき消されてよく聞こえなかった。
「そういやお前、何で遅れたんだ」
俺がそう聞くと、春原はにやりと笑った。
「へっへっへ、これ、見てみなよ」
そう言うと、春原はプラスティックの袋から箱に詰まった缶ビールを取り出して見せた。六缶一パックのやつだった。
「夏はこうでなきゃね」
「言っとくけど、車運転する俺もお前も、それ飲めないのな」
ざっぱーん、と波の音が大きく聞こえた。しばらく固まった後、春原は頭を抱えて絶叫した。
「しまったぁぁぁああああああっ」
飲酒運転はダメ。絶対にダメ。ピーポ君との約束だ。
「まあ、こっちのクーラーボックスにソフトドリンクもあるからさ」
鷹文はいそいそとウーロン茶の缶を俺たちに手渡した。
「お、ありがと……にしても、どうする、これ」
「他の四人が飲むだろ。鷹文、どうだ」
「じゃ、もらっとこっかな」
そう言いながら鷹文は缶ビールを景気よくぺしゅっと開けて呷った。
「にしても遅いね、あの三人」
「大方派手な登場の仕方を考えてる奴一名、不意を襲おうとする奴一名、恥ずかしがって出てこない奴一名ってところだろ」
鷹文の質問に答えると、「そんなもんかねぇ」と呑気そうに春原が言った。
「……まいったね、これ」
不意に春原が顔をしかめた。
「ん、どうした」
「あのさ、白い砂浜、青い空、そこらへんに見える水着の美女」
「ああ」
「二年前の僕ならまさにパラダイス、ってな感じであちこちはしゃぎまわってたんだろうけどさ」
そして春原は思い切り苦い顔を俺に向けた。
「何だかぜんぜん胸に来るモノがなくなっちゃった」
「まぁ……あれだな」
気持ちはわかる。俺は十年ほど前からそんな気持だった。
「つまりあれだね、にぃちゃんも春原さんも奥さん一人で満足してるってことで」
三人の中でたった一人未婚者である鷹文が笑った。
「……へっ、杏のわがままには辟易してるんだけどね。昨日なんてもういろんなところ引っ張り回されて、水着選んでってせがまれて、ったく、僕が大人じゃなきゃ付き合いきれないよ」
「そう言いつつにやにや顔を緩ませてる時点でお前、説得力皆無な」
その時俺は実感した。こいつもツンデレだと。
その時。
戦争映画でよく聞こえるようなヒュルヒュルヒュルという風切音が聞こえたかと思うと、目の前の海が爆発した。
「うぉおおっ?!」
「な、なんだ、なんだ?!」
「げうはぁ、もろに海水飲んだ……」
辺りにもうもうと舞う海水の霧。雨のように落ちてくる水滴。そんな中、海の中に仁王立ちする影が一つ。
「誰だっ!」
「人に誰だっ!と聞かれれば、あ、答えてやるのが世の情け」
「……何でポケモソ?」
「光坂の悪名高い鬼リーダー」
「今度は天元突破してるし」
「入谷河南子様とは、あたしのことだっ!!」
……
…………
………………
派手な登場の仕方を考えてた奴、一名。
「どこから来た」
「あそこ」
河南子が指差したのは、ここから十五メートルほど離れていたプラットホームだった。道路側から定間隔で海に向かって突き出ているが、それでもプラットホームの最先端と河南子の着陸点はどう考えても二十メートルはあった。
「まぁたクラスEXな女子追加かよ。もうやってらんないね……」
「何だか、どんどん人間離れしていくキャラが増えているような」
「そんな細かいところはどうでもいいじゃん。それよりこれを見ろ!」
河南子が自分の肩辺りをこつんと拳で叩いた。
「……撫で肩?」
そう答えた途端、蹴りが顔に飛んできた。滅茶苦茶痛え。
「何すんだっ!!」
「おまえがバカな回答するからだ。バーカバーカ」
「んだとぉ!?」
「だいたい、このあたしを見て何とも思わないのか、インポかてめぇ」
「たった今お前を見てると殺意が湧いてくるわっ!!」
「……つまり水着を見てほしいってことでしょ」
げんなりとした口調で春原が言った。ははは、まさか
「そうっ!!その通り!!」
河南子が胸を張って宣言した。
「つーかてめぇ、それぐらい気付けよ、ニブチンだなぁ」
堪えろ堪えろ堪えろ堪えろ。河南子は智代の後輩で、鷹文の嫁(予定)、ケンカするのはまずい……!!
よし、堪えた。
「でもねぇ、どうって言われてもねぇ」
「ああ。俺たちに聞かれてもな」
俺と春原は腕組みをして、意味ありげに鷹文を見た。
「え、ぼ、僕?」
「こういう時に気の利いたことを言うのが」
「旦那(予定)の務めだよねぇ」
にしし、と笑う俺たちを睨んで、鷹文は前に出た。
ちなみに補足しておこう。河南子の水着は赤い花の模様で彩られた白のワイヤー水着で、河南子のそう悪くないプロポーションもあってか結構人目を惹いていた。
「えーっと、あー、まぁ、似合ってるんじゃない」
どうみても見事に素っ気のない反応でしたどうもありがとうございました。
何というか、鷹文の命が非常に心配になってきたのだが、河南子はそれを聞くと、何故か顔を赤くして呟いた。
「あ、そ、そっか」
「う、うん」
「あ、あっそ、あんがと」
「い、いや、その、こっちこそ」
「くぅ、青春っていいねぇ」
肘で俺を小突きながら春原が笑う。
「青い空、青い海、青い二人。夏はこうでなきゃねぇ」
「あとは春原の鮮血か」
「何物騒な事を口走ってるんですかアンタッ!!」
「いや……この前『春原がなく頃に』っていう猟奇殺人ミステリーゲーム遊んでてさ」
「何それ怖い……って、僕は鳴かないよっ」
「うちの田舎じゃ、夏になるとスノハラ取り線香の匂いがすごくって」
「僕は害虫ですかっ!!」
その時、俺はかすかに足音のような音を耳にして振り返り
「あ」
そして立ちつくした結果
「え」
それは春原に飛びかかった。
「よーへっ!!」
不意を襲おうとする奴、一名。
もし春原の頭の後ろに目があったなら、春原は泣いて喜んだだろう。やってきたのはワインレッドのビキニが似合う我らが春原杏嬢だったのだから。派手な登場の河南子とは違って地道にそろりそろりと砂浜を歩いて近づいてきた杏は、それこそ浜辺の野郎共の視線を釘づけにしていた。それほどまぁポニテと杏のボディラインとビキニの威力はあったということなのだろう。
しかし、残念ながら春原はその姿を眺めて感動する余裕はなかった。首に背後から抱きつかれ、後頭部に杏の胸が押しつけられてからは、全てが遅かったのだ。
「え、ちょっと陽平?!え?ええ?何でここで出血?!」
「杏さん、春原さんの後頭部強く打ってない?」
「うそ、そんなつもりなかったんだけど、ちょっと陽平?」
「……ほっときゃ大丈夫だ、杏」
「え?」
俺の言葉に、河南子がうなずく。河南子もまた、優れた動体視力で何が起こったのかを視認したらしい。
「そのヘタレ、そんな大した問題じゃないよ」
後頭部に何か触れた瞬間、春原の頭皮にある無数の感触細胞がその感触を電気信号に変えて脳に伝達。そして脳はさまざまな過去のデータをもとに、頭に触れているものが何なのか算出した。そして更にその状態からの様々な可能性 − 例えばそのまま前後反転したらどんなパライソが拝めるか、など − を算出。結果、顔の表情をつかさどる筋肉が弛緩、心臓が活発化し、血液の流れが激しくなった。そうして上昇された血圧に鼻の中の細い血管が耐えきれず、破裂破損、大量の血液が鼻から失われた。
以上、春原のエロい思考が如何にして春原を破滅に追いやったかを補足。
「つーわけで鼻にティッシュでも詰めときゃ蘇生するだろ……っと」
俺と杏は春原の手足を抱えてビーチタオルに乗っけた。ニヤニヤしたデスマスク(死んでませんよっ!!)が気持ち悪かった。
「というわけで、あと一人待っているわけだが」
「え?あの子ならもう準備できてるんだけど……」
杏が辺りを見回した。その時、俺は浜辺にいる人たちの顔が一方向に向けられているのに気付いた。そしてその視線を追った所に、あいつはいた。
智代の着ている水着は、黒のチューブトップというタイプだ。別段セパレートとしては露出は多くないし、飾り気もない。しかも腰には白のパレオを巻いているため、その美しいヒップラインもそうはっきりとは見えない。飾り気といえば、トレードマークたる黒のカチューシャと、ぽつんと耳に乗せられたラッパ状の花だろうか。
しかしそれでも、智代の白い肌、整った顔、隠しても嫌でもわかるシルエット、そして気恥しげなオーラは、浜辺にいる老若男女全ての注目を浴びていた。ある者は憧れと羨望のまなざしをたたえ、ある者は己の体と父母の遺伝子を呪い、ある者は女神の降臨に目を疑い、ある者は過ぎ去った自分を智代に見出して涙ぐんだ。その視線に耐えきれず、俯いて顔を赤くしたまま、恥ずかしがって出てこなかった奴一名は俺のところにやってきた。
「お、智代」
「朋也……何だかこれは、私には似合ってないんじゃないか」
「何言ってんだよ、お前」
「だって……だってみんな私を見るんだぞ?変じゃないか?変だから奇異の目で見られてるんじゃないか?」
「違うよ。みんなお前のかわいさ美しさに心を奪われてるんだって」
「朋也……」
そう呟いて智代が俺に抱きついた。よしよしと後頭部を撫でながら、俺はこっちを向いている奴を睨んだ。
それは純粋な殺気。
智代は俺の嫁異論は認めない、文句があるならかかってきやがれ、スパナで殴って海の藻屑にしてやる。
一瞬にしてその意図を理解したのか、砂浜の男性諸君は慌てて視線を逸らした。
太陽が真上を通り過ぎ、日差しが本格的に強くなった。
春原が未だ昏睡状態のまま、そして女性陣が海で戯れている間、俺と鷹文はパラソルの下で荷物番していた。
「にぃちゃんは泳がないの」
気だるそうに鷹文が聞いてきた。
「肩、壊してるからな。そういうお前は……あ、もう行ってきたんだったな」
最初は鷹文も三人に混じっていたのだった。しかし
「あの三人の体力について行ける人って、そうざらにいないでしょ」
最強の異名を持つキャリアレディ。
最凶の異名を持つ教師。
最脅と恐らく陰で言われているであろう、レジの人。
そんな三人と混じって遊ぶには、中学の陸上部顧問という肩書ではちと足りなかった。言うなれば42キロのレースと聞いてマラソンに挑むつもりで出場したら、他の選手はオートバイにまたがっていたという状況だった。
「にしても、退屈しないの?見てるだけでしょ」
「甘いな鷹文。見てることこそが、俺の楽しみだ」
俺は視線を海から逸らさずに言った。
杏と智代。普段はとても仲のいい二人だが、もともと負けず嫌いの上に戦場にて名を轟かせた戦乙女であるがゆえに、ほんの些細な競争でもむきになるところがある。水の掛け合いなど、獅子と虎の間に生きたウサギを放るようなものだった。どんなに獅子も虎も腹が膨れていようと、どんなにウサギがちっぽけであろうと、本能が告げてしまうのだ。出し抜いて追え、と。
かくして壮絶な水の掛け合いが始まる。そしてさらにそこには全自動トラブルメイカーの河南子がいた。繰り返される巴戦、激闘、電撃戦。結果、いつもはクールな智代もヒートアップする。そしてなりふり構わず動く。視線を感じていても、構ってなんかいられない。
というわけで、俺の目は、智代の揺れるイントゥ・ザ・ブルーにロックオン、リアルタイムで追尾中というわけだった。眼福眼福。
「そう言えば、さっきねぇちゃんがパレオ取った時、歓声が聞こえたよね」
「まったく、いい年した大人が興奮するなよな」
「にぃちゃんの『ブラボー!!』が一番耳に残ったんだけどね」
「…………」
ちなみにその後しばらくの間メロンと白桃、どっちを追尾しようかと悩んだことは、智代には聞かせられない秘密だ。
「そう言えば津波って、始まったところから遠ざかれば遠ざかるほど危険になって行くんだってな」
俺は智代の踵落としによって派手に割れた海を見ながら呟いた。本気になった今、三人は手で水をかくだけでは足りず、足技に移行していた。
「何の話」
「オーストラリアが明日辺り津波に襲われるかもしれないって話」
時々三人の戦いの影響で、パラソルにぱたぱたと水滴が当たる。案外、フィリピン辺りは水没してしまうんじゃないだろうか。そう考えていると、爆音轟音が止み、三人が上がってきた。
「ふぅ、楽しかった」
「うん、久しぶりにあんなに動いたな」
長い髪から水滴を垂らして智代が笑う。目が潰れそうになるくらい眩しかった。
「じゃあさ、今度はスイカ割りしよ、スイカ割り」
河南子が宣言した。
「……スイカ、割り?」
「えー、スイカ割りも知らないの?おっくれってるぅ」
「いや、普通に知ってるけど。でも何でそんな単語が出てくるんだ?」
「決まってるじゃん、海だからだよ」
「スイカは海で捕れるものなのか?」
「あんたの頭ん中、ウジ湧いてるの?」
「言っとくが、海で捕れないんだったら、スイカなんてないぞ」
ざっぱぁあん、と波が優しい音を立てた。
「えぇええええぇぇぇええええええぇぇええええ?!」
河南子が信じらんない、と言わんばかりに俺に食って掛かった。
「何で何で?何でないの?昨日何してたの?アンタ何の価値があるの?」
「ん。運転手様ですが、何か」
「じゃあ杏さん、杏さんなら持ってますよね?」
縋るように杏の方を見た。
「ごめんね、あたしもうっかり忘れてた」
「ていうか、河南子が用意してよ」
鷹文に追い打ちをかけられ、河南子はその場にしゃがみこんだ。
「でもまぁ、あれだぞ河南子。こんなに綺麗な景色なんだから、来た甲斐があったとは思わないか」
「そうよ。それに、今日遊びすぎると、明日仕事きつくなるしねぇ」
智代と杏がしょげかえった河南子に言葉をかけるが、河南子は見事不貞腐れた。
「スイカ割りもビーチバレーもない海なんて海じゃないじゃん……」
「頭が固い奴だな」
「んだと」
殺気の幾分かこもったパンチが、俺の鼻面を掠めた。しかしそのあとの追撃がない。どうもそんなこともする元気がないほど不貞腐れてしまったようだった。
「何かこう、ぱぁっと華が欲しいんだよね。夏の華というか何というか」
「花火大会なら行っただろ、みんなで」
「だから海とのコンビで何か欲しいんだってば」
俺は鷹文と智代を見た。二人とも肩をすくめてため息をついた。
「陽平も起きないしね……」
杏がちらりと心配そうにパラソルの下を見た。相変わらず気持ち悪い笑みのままで春原は寝たままだった。
「そう言えば、向こうでかき氷売ってたわよね。買ってこよっか」
「そうだな。朋也は何が欲しい」
「智代味があれば」
「あるか、バカッ」
「ちぇっ……じゃあブルーハワイ」
「鷹文はどうする?」
「あ、僕も買うの手伝うよ。河南子、行く気なんてしないだろ」
そう言うと鷹文はパラソルの下にまとめてある荷物から自分の財布を取り出した。
「じゃあこの三人ね。朋也、あたしのバカ起きたらよろしく頼んだわよ」
とうとう呼び捨てから「あたしのバカ」扱いになった春原。果たしてこれは降格なのだろうか、栄転なのだろうか。
「んじゃねー」
そう言って手をひらひらさせると、京たちは歩いて行った。
「あーあ。先輩も鷹文も行っちゃって、残ったのはあんたとこいつだけか」
「悪うござんしたね」
ふん、と河南子は鼻を鳴らした。相変わらずマイペースな奴だった。
「こいつもまぁ呑気だね」
河南子の注意は寝ている春原に向けられたようだ。
「鼻に砂詰めちゃおっかな」
悪質にも程があった。
「このまま満ち潮になったら水没するポイントに顔だけ残して埋めちゃうとか」
杏ですらやろうとはしないことをさらっと思いつきやがった。杏なら鼻と口と前腕部だけ残して埋めようかなとかそれぐらいだろう。
正直言ってひでぇ。
「あーもう手っ取り早く海に放り込んじゃおう☆」
放り込んじゃおう☆じゃねぇ。
俺が河南子を止めようとした時、春原が顔をくわっと引きつらせて叫んだ。
「きしめんっ」
「わっ、何だこいつっ」
河南子が驚いて下がった。春原は辺りを見回して、首をかしげて俺に話しかけた。
「ねぇ岡崎、今何が起こったの」
「お前の頭の中を理解するなんざまともな人間には無理だ」
「滅茶苦茶失礼っすよね、それ」
「それよか、もう大丈夫か」
「まぁね」
春原が苦笑した。
「ま、嫁の胸が頭に当たったから鼻血出して失血死なんてなったら、すんげぇ面白かったんだろうけど」
「労わりの欠片もありませんよねアンタ!」
「その瞬間の写真を撮ったらピュリッツァー賞ものだよな」
「人の死で栄誉勝ちとるんかいっ!!」
「後代に残るような話だよな。よかったな春原、お前、歴史に名を刻めるぞ」
「そんな死に方で歴史に残りたくないよっ!!」
ぜーぜーはーはーと荒い息を春原が整えようとした。波の音が心地よかった。
「で、杏たちは?」
「お前に愛想尽かしてどっかにいっちまったと言ったら滅茶苦茶面白いんだろうがありえそうでやめとく。かき氷買いに行った」
「……前半部分ありがたいんだか泣きたくなるんだかよくわからなくなったよ」
「にしても」
河南子が背伸びをして、そして怪訝そうにつぶやいた。
「遅いね、あの三人」
言われてみると、かき氷を買いに行ってからちょっと時間が経っていた。智代がいる以上、手際良く任務完了して帰ってきていてもよかったのだが。
「道に迷った……ってことはないよね」
「杏さんと先輩がいるのに?ちょっとないよ」
「とすると……」
俺は三人が向かった方向を見て、そしてため息をついた。
「……なぁ春原」
「何だい、岡……崎……」
春原も俺の視線を追って、同じものに気づいたらしい。げんなりとした顔になる。
「美人の嫁がいると苦労するな」
「だね」
見ると、かき氷を片手に一つずつ持った三人の周りを、頭のよくなさそうな連中が取り巻いていた。
「えーっと、三、四……七人か」
見知らぬ顔だった。恐らく、さっき智代を抱きしめて辺りを威嚇した時、トイレに行ってたりした連中だろう。鷹文を威嚇しながら、しきりに杏と智代にアプローチしていた。明らかにうざったがっている杏と、すまなそうな智代。ったく、そんな奴らをフッたぐらいですまなそうな顔するなよ。どうせ大した奴じゃないんだしな。
「まさかあの三人、かき氷を優先させるとかそんなことないよね」
「あー……智代ならありうるな。で、杏は辞書なんて持ってないしな」
「鷹文一人じゃきついよね。さってっと」
春原は立ち上がって「よっよっ」と準備運動をして、そして顔をバチンと叩くと、深呼吸。
「んじゃ、お先」
「おお」
すぅうう。
「杏にちょっかいだしてんじゃねぇぇぇぇぇぇええええええええええええっ!!!」
ものすごい勢いで走っていった。俺はそんな春原を見て苦笑すると、一気に駈け出した。
視界が一気に狭まる。先についた春原が、七人のうちの一人にタックルを仕掛けた。バランスを崩したバカ。驚いて目を剥くその周りの連中。その一人に俺は狙いをつけて
「ぃぃぃいいやほぉぉおおおおおぅううううううっ!!」
ジャンプして
「ぅおっかざぁきぃさぁいっこぉおおおおおおおおおうっ!!」
殴りかかった。
勢い余ってその後ろにいる奴にも体当たりした。よっしゃ、一石二鳥。
「陽平っ」
「朋也っ」
はにぃたちが俺たちに声をかけた。笑いかけてやりたかったが、戦いはまだ終わってない。
「やったな春ピー」
「やったぜ岡ピー」
「てめえら、何者だ、おら」
倒れた三人のうち、一人がよろよろと立ちあがった。
「はぁ?旦那ですが、何か?」
「そっちこそ、俺の嫁に何しやがる」
「……え?大学生じゃなかったの」
一人が杏たちを見て素っ頓狂な声を上げた。
「まじ?高校生かと思ったぜ」
「近頃の小学生は妙に発育がいいなと思ってたところなんだが」
「いや、それはない」
「へっへっへ、甘くみちゃいけないね。こう見えても杏の実年齢は」
「陽平」
感情の全くない声で、杏が笑いかけた。
「ひぃいっ」
「杏ちゃんは永遠の二十歳。よね」
「え、あ、はい。やいてめぇ、こう見えても杏の実年齢は永遠の二十歳だ!!」
「何そこでラブコメしてるんだっ!!くっそぉ、舐めやがって」
至極もっともな意見を口にすると、バカ達が戦闘態勢を整えた。しかし、彼らは俺たちに体を向けていたので、致命的なエラーを犯した。
俺たちだけが相手だと勘違いしたこと。そして
「アァァアアアアアアアアアアアララララララライッ!!」
よりにもよって河南子に背を向けていたこと。
河南子の奇襲の効果は、俺たちのそれとは比べ物にならなかった。文字通り、数人が吹き飛んで海に落下した。
「河南子参上、いえーい☆」
「……」
あまりのことに、誰もが絶句して立ちつくしていた。河南子はしばらくブイサインをして立っていたが、むすっとした顔でぼそっと言った。
「拍手ぐらいしろよ」
「あ、ああ……ぱちぱちぱち」
智代の口頭による「拍手」が虚しく響いた。かき氷を持ってるから代わりに口で「ぱちぱち」と言う律義な智代が大好きだ。
「さっきから奇襲ばかりしやがって……今度は何だ」
「ん?ただの喧嘩好き」
そう。俺と春原は智代と杏を守るために来ていたけど、こいつの場合はとどのつまりただの暇つぶしだった。無論、河南子の方が断然手が焼ける相手だ。
「よし、じゃあ春原はそっちの奴を、俺は……」
「何だてめぇ、あたしの獲物奪うな」
……
「……じゃあ俺たちは戻ってるから、適当に遊んだら帰ってくるんだぞ……」
「あいよ」
「あんまり遅くなるなよ。迷っても飴をくれるオッサンについて行くなよ」
「うるさいな、もう」
子供を遊び場において行くような感覚で、俺たちはその場を離れた。
「てめぇ、さっきから生意気な口利きやがって、ちょいと面かせぐぼはぁ」
「こんのやろげはぁ」
「なめんなおrめきょぴぃ」
背後から河南子にかかって行った奴らの断末魔が聞こえてきた。何というか、イヌにかまれたと思ってくれというか、ハトに糞をひっかけられたと思ってくれというか、まぁそんな不運な日だと諦めてほしい。
「何つーかねぇ」
春原は杏の買ってきたメロン味のかき氷を頬張りながら言った。
「河南子がストレス持て余してるのはやっぱ危険だけどさ」
「けど?」
「何だか手柄を横から取られた気分」
そりゃまぁそうだろう。最初は救出劇気取って「ともぴょん、助けに来たよー」だったのが、河南子の登場で支離滅裂なケンカ劇になったのだから。
「まぁでも陽平が怪我しなくてよかったわよ」
「へいへい」
「そうだな。私のために怪我なんてされたら、悲しいぞ朋也?」
智代が心配そうに俺を見た。
「へっ、あんな軟な連中に怪我をさせられるほど、俺は弱くない」
「まぁ、そうだが……ほら、あーん」
「おう……じゃあお返しにあーん」
「河南子は……怪我なんてしそうにないね」
鷹文が淡々と言った。鷹文の視線を辿ると、また砂浜から海に吹き飛んでいく人影が。調子よさげだな、河南子。
「そういや、ビール缶結構のこってるよね。どうする?」
「んー、誰か飲んでくれる人……あ、発見」
背後で呑気そうな声が聞こえた。いつも通りの会話なのに、太陽の照る砂浜で河南子がケンカしているところを見ながら聞くとどことなくシュールに聞こえた。
「え?僕?」
「そういや鷹文君、彼女置いて戻ってきてるって、罰ゲームに値するわよねぇ」
「いやいやいや、ああなった河南子を止めるには機動隊ぐらい必要だよ」
「河南子ちゃんもかわいそーに。鷹文君、案外薄情なのね」
「かわいそうも何も、あれ絶対楽しんでるし」
「というわけで、鷹文君の男らしさを試すために、ビール一気飲み大会を開催します」
「パフパフドンドン」
杏の宣言に春原が悪のりした。杏と春原、混ぜるな危険。
「……にぃちゃん」
「鷹文……俺は何もしてやることができない。無力な奴だと笑ってくれ。だが、せめてここでお前の勇姿を見守らせてくれ」
「止めるとかそういうことは毛頭するつもりないんだ……ねぇちゃん」
「ん?あ、ああ。よくわからないが……鷹文、ガンバだ」
「よくわかんないのに応援しないでよっ」
「すまない、河南子の方を見ていた……少し詰めが甘いな。まぁ終わったようだからいいが」
「冷静に分析してないで助けてよっ」
春原に羽交い絞めされ、缶ビールを持った杏ににじり寄られて鷹文は絶叫した。
「ん?何してんの」
智代の言った通り、しばらくして河南子が戻ってきた。どことなく満足した感じだった。
「あー、余ったビールを鷹文に飲ませようって話だ」
「えー……やめといたほうがいいよ」
河南子が渋い顔をした。
「前飲ませたことがあるけどさ……正直、あの状態の鷹文と一緒に車に乗るのは嫌だ」
何だかとんでもないことになりそうだ。俺だってそんな状態の鷹文を車に乗せて運転するのはごめんだった。
「じゃあこうしよう。早めに帰って、うちで朋也も春原も含めて飲み直そう。罰ゲームはそれからということで」
「あ、賛成」
「ん、そうしよっか」
「ふっ、冴えてるぜ、さすが智代だ」
「……やっぱり僕、罰ゲーム受けるんだ……」
満場一致で智代の意見が採用される中、鷹文のぼやきが聞こえた気がした。
「にしても」
俺はしょげくれてる鷹文と、他の四人を見て言った。
「満足したか」
返ってきた答えは四つ。返ってくるのに要した時間は一瞬。
「ああ」
「ええ」
「まぁね」
「そうだね」
スイカ割りもビーチバレーも何にもなかったし、そんなたくさん遊んだわけでもなかった。だけど、このメンバーが集まれば、そしてそんな奴らとずっといられれば、俺たちはそれで満足らしかった。
「これは意外だったわね」
杏が茫然として言った。春原はと言えば、声もないようだった。
「私も、ここまで飲み潰れたところは見たことがないな」
「だから言ったっしょ」
河南子がため息をついた。場所は俺たちの家。帰ってきてから二次会を始め、そして鷹文の罰ゲームをやった結果
「HAHAHAHAHA!ツイニキマシター、浮輪使ッテキマシター」
鷹文が外人化した。
「オーウ、ユー鉄人、鉄人28号ネ?」
「朋也はロボットだったのか……でも、それでも朋也は私の大切な夫だ……愛だなっ」
「いや、俺は普通に人間だし、横山光輝は三国志しか知らないし」
「オーウ、デハユー、隣ノユーハガンダムネ?」
「えっ、私がか?」
「会いたかった、会いたかったぞ!ガンダムッ!! 」
「なっ、と、朋也、抱きつくなっ」
「抱きしめたいな!ガンダム!!まさに、眠り姫だ 」
「私は起きている!!って、どこを触っているんだお前は!」
「私は我慢弱い」
「それが免罪符になるかぁっ!!」
「河南ちゃんもいろいろ大変ねぇ」
「まぁ、杏さんも楽じゃないでしょ」
「HAHAHAHAHAHAHAHA!」
「何なんだろうね、このカオス」