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「あら、岡崎さん」

 田嶋が俺に向かって微笑んだ。

「よぉ……今、ちょっといいか」

「ご相談ですか。いいですよ。何にしますか」

「そうだな……じゃあブラック、無糖で」

「はい、かしこまりました」

 ぺこりと頭を下げると、田嶋は一旦奥に入っていった。そしてしばらくすると、コーヒーカップを一つ俺の前に置いた。

「それで、どうなさったんですか……智代さんと喧嘩とか」

「いや、それはない」

「朋幸君が非行に走ったとか」

「もうそろそろ反抗期のはずなんだけど、そんな素振りは見えないな。相変わらずイタズラ程度でとどめてる。まぁ、喜ばしいことだけど」

「巴ちゃんに智代さんを奪われましたか」

「いや、巴ももう高校生なんだし、智代にアドバイスとかは聞くものの、べったりというわけじゃない。ないんだけどな……」

 ため息をついて、コーヒーを一口すすった。うまい。

「巴ちゃんと、何かあったんですか」

「……何つーか、何もなくなってきてる気がしてさ」

「そうなんですか。岡崎家は仲良し一家で有名だと近所で評判なんですけど」

「それじゃあ風子だろ。それはさておき、何だかここんところ巴と昔みたいに接してない気がしてさ」

 昔は「かーさんはわたしのよめ、いろんはみとめない」「はっはっは、残念だったな巴、母さんは父さんの嫁だ」とか「巴、お誕生日のプレゼントは何がいい?」「かーさんとのけっこんをみとめてくれ」「却下」とか「とーさん、しょうぶだ」「いいだろう、受けて立つ」「かったほうがかーさんにだきしめてもらえる、というじょうけんでどうだ」「こりゃ負けられないな」とか、そういう会話が成り立っていたのに、今ではあまりない。

「まぁ、巴がマザコンに育たなかったのは、親としては安心だけどな」

「親子の絆、というようなものがほしい、と」

「ああ。しかもここんとこ、仕事が遅くてさ。ほとんど顔合わせる時間もないしなぁ」

「朋幸君とも、あまりお話できないんですか」

「まぁ朋幸とはキャッチボールやったりしてるからそうでもないんだけどな。巴の奴、ここんところ『クラス委員会の仕事が忙しい』とか『それはあまり女の子らしくないんじゃないか』とか言って、誘っても来ないんだよなぁ」

 まったく、誰に似たんだ、と聞くまでもない。

「野球って、確かに男の子の遊びですものね」

「一応古河ベイカーズの試合とかには出ているんだけどな」

「そうですか。うちの子がお世話になってます」

 そういえば、田嶋のところの長男は古河ベイカーズの捕手を勤めているんだった、とふと思い出した。

「で、おまじないを、ですね」

「話が早くて助かる。つまりそういうことなんだ」

「そうなんですか……ええっと……ごめんなさい、娘と父親の仲をよくする、というおまじないは、この本には書いていないようですね」

 そう言って掲げたのは、どことなく不気味な装丁の本。何というか、人皮とか使っていそうなヤヴァい代物だった。そうだよな、そんな本に書いてなさそうだよな、そういう純粋な願いは……って、どうやって入手したんだろ、あれ。

「あ、でも女性と仲良くなる方法はありますし、普段はあまり接点のない人と仲良くなるおまじないもあります。それのコンビネーションを作ったら、あるいは……」

「何だかとんでもないことになりそうな気もするが、どうなんだろう」

「そうですね……念のために、時間制限をつけましょう。効果は明日の午後から午前十二時まで、ということで」

「そんなこともできるのか」

「みたいですね……何だかあらかじめ悪いことがおきそうだから自動解除を設けているようです」

 すごく、あ、ものすごぉく嫌な予感がひしひしとした。しかし、このままではかわいいかわいい巴ちゅわんがぱぱんから離れていってしまうという、悲しい事態に陥るので、俺はそのリスクを飲んだ。

 ちなみに、そのおまじないの呪文は、どう考えても日本語じゃなかった。というか、人の言葉らしくなかった。よく田嶋が発音できたなぁ、と半ば感心半ば恐怖した。

 

 

 

 

 

 

 

 父さん争奪戦 − あるいは父さんが全部悪い −

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝。

 午前中はクラス委員会の集まりがあるといって巴は朝早く出かけてしまい、朋幸は翔と遊びに行ってしまい、せっかくの土曜日なのに俺には智代といっちゃいちゃすることしかできなくなった。

「それは、何だか違うと思うぞ、朋也」

 互いに頭を預けるという姿勢で智代が言った。

「そうだな、悪い、訂正しよう。やろうと思えばやれることは山ほどあるだろうが、俺はあえて智代といちゃいちゃすることを選んだ」

「と、朋也っ……その、私といちゃいちゃするのは、そんなにいいのか」

 俺はふっと笑うと、智代の左手に自分の左手を重ねた。かちん、と硬い音を立てて、指輪同士が触れ合う。

「何言ってんだ。俺にとっては大事な一時トップ3に入るぞ」

「……他のエントリーは?」

「朋幸と野球やる時と、巴と智代争いする時だ」

 それを聞くと、智代はさっきよりももっと俺に寄りかかるようになった。さらに感じる温もりが嬉しい。

「やっぱり私が予想してた通りじゃないか」

「予想?」

「ああ。朋也はいい父さんになるな、って思うと言ったぞ」

「何言ってんだよ。智代みたいないい母親がいるから、あんないい子たちに育ったんだろ」

「朋也……照れるぞ」

「はは、まぁまぁ」

 そのさらさらの髪の毛に指を走らせる。きらきらと光沢を放つそれは、ほのかに林檎の匂いがした。

「シャンプー、変えたのか」

「うん……よく気がついたな」

「まぁな。それにしても、お前の髪っていいよな」

 少し指に絡めてくるくると弄ぶ。そして熊手みたいに指を立てると、すぅっと流れるようなそれを梳いた。

「朋也が好きって言ってくれるからな。ちゃんと手入れは怠らない。どうだ、これはとっても……」

「とってもかわいい女の子らしいと思うぞ」

 先回りして言うと、唇を尖らせて軽く睨んだ。

「人の台詞を取るな。まったく、朋也はずるいんだから」

「悪い悪い」

「ぷい。もう知らないからな。ともぴょんはぷんぷんだからな」

 そう言ってそっぽを向かれる。やべぇ、萌えてきちまったぜ。

 ぷい……ぷんぷんだからな

 ぷんぷんだからな

 ぷんぷん

 今俺の胸の奥で何かのスイッチが入っちまったぜ。

「智代っ」

 がばあっと餓えた狼が哀れな子羊に襲い掛かるように抱きつこうとしたが、そこはクマさんな智代、すばやく回避したので結局俺の顔は畳に硬着陸。あうちっ

「まったく、いきなりか弱い女性に襲い掛かる奴がいるか」

「や、いきなりスイッチが入ったんでな」

「どうやったら切ることができる?」

「それは自動的に……ただ」

「ただ」

 俺はにやりと笑うと、じりじりと智代に近づいた。

「ともぴょんといちゃいちゃすればという条件付でだぁっ!」

「それのどこが自動的なんだぁっ!!朋也っ、は、放せ、ばかぁ」

 ばかぁ……

 ばかぁ……ばかぁ……

 智代がスイッチを連打した。スイッチが壊れた。

 俺は智代をお姫様抱っこすると、太陽に向かって吠えた。

「うぉおおおおおっ!今日の俺は、阿修羅すら凌駕する存在だっ!!」

「何を口走っているんだお前はっ!!」

「俺はお前を求めるっ!果てしないほどにっ!!」

「だから、そんなことを太陽に誓うなぁッ!!」

 ぶち、ぶちぶちと俺の中の理性が剥離していく。ぽかぽかと智代が抵抗するが、さすが岡崎だ。何ともないぜ。

「というわけで、いっただっきまぁす」

「ちょっ、まっ」

「異議ありだっ!」

 すると、ババン、という具合で今の襖が開いた。そこに仁王立ちするのは、まいぷりちーどーたーの巴ちゃん。しかし何だ、光坂に通い始めてから本当に智代そっくりになったなぁ。強いて言えばヘアバンドの代わりにリボンをつけ、智代の愛らしい垂れ目じゃなくて俺の少し鋭い吊り目になっているところで何とか見分けがついている感じだ。プロポーションにおいては、ただ父さんは嬉しいと言っておこう。

「おう、おかえり」

「ただいま父さん……じゃなくて、母さんをおいしくいただくのはちょっと待ってほしい」

 あ、あれ?

 なんだか懐かしいぞ、これ。

 そうだ、これだよ。この後巴は「母さんは私のだ。父さんは可及的速やかに母さんを解放し、私に譲歩しろ。さぁ母さん、もう何にも怖くないからな」と言う、言ってくれるに違いない。

 そうだよ田嶋っ!俺はこれを求めていたんだっ!巴が智代にべったりしなくなくなってから失われたこの親子のふれあいだよ、これが欲しかったんだよっ!ありがとう!!

「古来より初物は寿命を延ばすと言われており、また初鰹にいたっては女房を質に入れても手に入れろと聞く」

 ふふん、今日はいつもと違って捻りが聞いているな、巴。新鮮でいい感じだ。だが、ともぴょんが俺の腕の中でまんざらでもなさそうな顔をしているというこの状況、さあどうやって覆す?

「人の心はころころ変わるからこころという。いつまでも同じところにいるのは不健康というものだろう」

 そう来たか。だからもうそろそろ智代は巴と一緒にいるべきだと、そういう話か。

 よし、準備はできた。

「だから父さん」

「何だ、娘よ」

 巴が意を決したかのように一歩足を踏み出した。

「今度は私といちゃいちゃして欲しい」

「はっはっは、残念だったな巴、ごらんの通り智代は俺の嫁だ……って、え?」

「巴、その、気持ちはありがたいが、私は今父さんに捕まってしまって……え?」

 俺と智代は顔を合わせ、そして少し考えた挙句、同じ結論に達した。

 そうか、俺達も歳をとったんだな。疲れて変なことが聞こえてくるなんてな。

「無理はするもんじゃないな、智代」

「奇遇だな、朋也。私も少し休むべきなんだろう」

「すまないが、二人で勝手に話を進められると困るんだが」

 腰に手を当てて巴が少しばかり呆れた声を出した。

「悪い悪い。どうやら父さん、巴の言ったことを聞き間違えたらしいんだ。もう一度言ってくれないか」

「ああ。何度でも言おう。父さん、私といちゃいちゃしてほしい」

 ……

 ……
 

 …………はい?

 巴がぁ?俺とぉ?いちゃいちゃ?智代じゃなくてぇ?

 思わず智代を落としそうになった。

「朋也、朋也」

「ああ、悪い」

 智代に頬を突かれ我に返ると、俺は取りあえず智代を降ろした。そしてちゃぶ台をはさんで巴と対峙して座る。

「ええっと?巴、ちょっと整理させてくれな?俺は巴の父さんで」

「自慢の父さんだ」

「おう、さんきゅ……で?巴は俺の娘で」

「かわいいかわいい愛娘だ。そうだろう、父さん?」

「ちげぇねぇ……で?親子の壁を乗り越えていちゃいちゃしたいと?」

「そういう物分りのいい父さんは、すごく素敵だぞ」

 ……

 ……

 ……悪い、さっぱりわからん。

「何でいきなりそういうことになったんだ?」

「いや、ふと思い当たったんだ。私が母さんに憧れたのは、やっぱり父さんみたいな男性に愛されているからだろう、と。だから父さんみたいなかっこよくて優しい男性に出会えればいいわけだが、そんないい男性はいない。ならば私が父さんの傍にいればいいだろうという結論に至ってだな。というより正直父さんのかっこよさに今更ながら気づいた。たまらないな」

「いや、ちょっと待て」

「ほう……」

 急にぼこぼこぼこ、と音を立てて鳥肌が立った。何というか、床の間がいきなり冷凍庫に変わったかのようだった。

「では聞くが、この通り私は父さんを愛している。父さんがいなければ私はいられないし、これからもずっと一緒だと誓い合った仲だ。その私はどうしたらいいんだろうな」

「それも重々考えた。しかし、私がここまで父さんの魅力に気づいたのは、父さんと母さんがいつも一緒だからであって、つまり母さんにも責任があると思う。それに父さんも母さんも私を幸せにする義務があると思う」

「しかし愛し合っている二人を横恋慕するというのは感心できないな、巴。私はお前が生まれるずっと前から朋也と同じ道を歩いてきたんだぞ?」

「人と人の付き合いに、時間は無意味だ。そうだろう、母さん?それに私は、父さんとは血を分けた、言わば誰よりも父さんに近い者。一緒になったって不都合はないだろう?」

「それだ。血縁同士の恋愛は禁忌中の禁忌じゃないか。それを破ってまで貫き通した愛が悲劇に終わるということは、お前もよく知っているんじゃないか」

「愛があればどんな困難すらも切り抜けられる。春原のおじさんと杏先生を見れば、すごくよくわかるんじゃないか」

 我が娘ながらすごくわかりやすい例だった。どこかで「あんたの娘ってすっご失礼っすよねぇっ?!」と聞こえた気がした。デフォルトで無視。

 というかそれどころではない。智代と巴は、ちゃぶ台一つを隔てて睨み合っていた。あー、これ、ずっと前に見たことのあるような……

「だいたい、父さんが母さんのことを愛しているとは限らないんじゃないか」

 なっ!何でそういう話になるっ!?

「それは決まっている。父さんは私のことをいかなる海溝よりも深く愛してくれている」

「どうだろうな?今までの惰性じゃないのか?実は父さんも、母さんよりも若い女性、そう、私みたいな女の子を求めているんじゃないか」

「何でそうなる?」

「生物学上、雄というものは若い雌を求めるもの。歳をとって貫禄のついた雄なら尚更な。父さんが渋くてかっこいいという点は認めるが、もうそろそろ母さんは現実を見つめて前線から身を引くべきだと思う」

「あ、あのなぁ、お前ら、ちょっと落ち着こうな、な?」

 すると二対の視線が俺を射すくめた。

「……そうだ。本人が目の前にいるんだ。聞けばわかるじゃないか」

「そうだな。それはそのとおりだ」

 というわけで、とすすす、と俺の傍によってくる二人。嫌な予感がする。

「朋也ぁ」

 俺の腕に身を絡ませてくるらぶわいふ。うん、たまりません。

「朋也は、私のことをどう思ってくれているんだ?聞きたいぞ」

「智代、俺は智代のことが大好きだ。今までも、今でも、そしてこれからもずっと愛しているぞ」

 すると満面の笑みで智代がさらに強く抱きしめてきた。その、あれだ。ふくよかな胸が俺の腕に押し当てられる。ぐおぉ。

「だよな?私は少し心配してしまったぞ?そうだな、ふふふ。朋也が私のことを嫌いになるはずがないじゃないか。うん」

「ああ、それはないな」

「では言ってくれ。朋也は私のことを誰よりも愛してくれている。そうだろ」

 その時、不意に後ろから抱きしめられた。その、ほら、すげぇ柔らかいのが背中に当たってげふんげふん。

「とうさぁん」

 む、娘よ、よくぞここまで成長してくれた、じゃなくて。

「私は父さんの愛娘なんだ。さぁ可愛がってくれ」

「ぐ……巴」

「父さんは私には何の魅力もないと思うのか?」

「い、いやそうは言ってはいないが……」

「だろう?」

 ぎゅ。

「ぐ……ぬぅぉ」

「ふふふ、父さんは間近で見ると本当に男前だな……なぁ父さん、覚えているか」

「な、何を」

「私がまだ小さかった時、一緒にお風呂に入っただろ」

「あ、ああ。何度かな」

「うん。その時、確か言ったと思うぞ?『しょうがないからわたしがとーさんのおよめさんになってやろう』とな」

「い、言ったっけ、そんなの」

「言った。断言した。きっぱり宣誓した。だからこれは、昔の約束を果たす。ただそれだけなんだ」

 やべぇ。何だかとんでもなくやべぇ。このままじゃあ俺、押し負けられるかも……

 ぎゅぅう。

「いっづ……あ、智代」

 腕をつねられて見ると、智代が少しばかり頬を膨らまして面白くなさそうにこっちを見ていた。

「朋也、『智代は俺の嫁』じゃなかったのか」

「あ、ああ。そうだったな」

「娘とは言え、他の女に目を向けるなんて……朋也は浮気者なのか」

「違うっ断じて俺は浮気なんてしていないぞっ!俺の心はいつでも……」

 むにゅう

「ぶほっ」

 柔らかいものが(何とは言わない。言えない)さらに押し付けられて、俺は吹き出してしまった。

「ふふふ、父さん、私だって母さんと同じくらい、いやそれ以上に父さんの好みの女になって見せるぞ?」

「と、巴……」

 やべぇ。というか、この状況、どうしたらいいんだ?両手に花、とも言えるが、実は前門後門の何とやらに感じるぞ。

 と、その時襖がまた開いて

「ういーっす。巴いる……」

 朋幸が俺達の今の有様を目撃した。

「……」

「……」

「……」

 何か終わった。何もかも終わった。

「……あー」

 そうだよなぁ。自分の父親が、母親に腕に抱きつかれ、妹に後ろから抱きしめられて迫られているところを目撃したら、そんな声も出したくなるよな。

「やっぱこうなったか」

 しかし朋幸の口調に、俺は違和感を感じた。やっぱ?何かあったのか?

「あーっ!!あそこでパンダとシロクマがツイスト踊ってるっ!!」

「な、何だと?!」

「ツイストだとっ!!」

 徐に叫んだ朋幸の声に、一瞬辺りを見回す女性陣。その隙を突いて、朋幸は俺の腕を掴んで

「ダッシュ」

「よっしゃ」

 二人で逃げた。背後で「あーーーーっ!!」とか聞こえたが、この場合背に腹は代えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 いやさ、ほら、巴ってクラス委員長だしさ。

 何だかそういうのってからかいたくなるじゃん。

 隠したって無駄だって。父さんが椋おばさんに冗談とか言ってたって、杏先生から聞いてるんだからさ。

 でさ、翔がさ、俺に話を持ちかけたんだ。

『なぁ朋幸、巴って今日も学校なわけ?』

『ああ、クラス委員会がどうのこうのだってさ』

『よっしゃ、おい、朋幸も手伝えよ』

 というわけでよくわからないけど俺達はくす玉の製作に取りかかった。

『で、何で俺達こんなことやってるわけ?』

『ほら、前に巴に僕蹴られたじゃん、何でもないことでさ』

『巴に向かって「今の時代、巴みたいな巨乳は時代遅れさっ!これからはひんぬーの世界だよ」とか言うことを何でもないといえるお前、すげえよ』

『いいから。で、そのリゾンベって感じで、この中に金ダライを入れてさ、引っ張ったら落ちてくるわけ』

『取りあえずお前が一年留年した理由がよくわかった』

 

 ん?どうした父さん、頭痛でもするのか?

 

 そうか?じゃあ続けるぞ?

 で、くす玉の中に書く垂れ幕は翔がやることになって、俺は引くためのタグを作ることになったんだけど、まぁ巴専用なら何に引っかかるかなぁって考えてさ。結局「もしお前が女の子の中の女の子の中の女の子なら、引くがいい」と書いたんだ。ほら、巴ならそういうのに興味あるだろ。

 で、クラス委員会の会議が終わって下校しているのを見ていると、やっぱり巴がそのタグを見て、少し考えてからグイっと引っ張った。

 うん、金ダライ。そう、直撃。

 そこまではよかったんだけどさ。翔の垂れ幕ってのが「岡崎アンド春原、二人は仲良しby夜露死苦」だった。

 うん、今じゃすごく後悔してる。翔のやつ、「やったのは僕じゃありません。この難しい漢字の人です」って白を切ったんだけどさ。先生に「それはいいが春原、ここの漢字間違ってるぞ」「え、うっそぉ」って引っかけに見事引っかかってさ。結局は二人仲良く説教を喰らったって訳だ。

 で、俺達が解放された頃には、巴はもう帰ってたんだけど、頭の調子大丈夫か、スイーツ(笑)とかになっていたらやだな、とか思って帰ってみたら、案の定変なことになっていたというわけだ。

 って、父さん本当に大丈夫か?顔色悪いぞ?

 

 

「……とにかく巴がどうして急にああなったのかはわかった」

 俺はずきずき痛むこめかみを押さえながら言った。いくらなんでも親子二代にわたってあんなアホアホなイタズラを仕掛けなくてもいいんじゃないだろうか。

 ちなみにこことは光坂高校は体育館倉庫。ずっと昔に田嶋に教わったおまじないをかけたから、こっちが解除しない限り俺達の身の安全は保障されている。マットの上で車座になって俺達はことの経緯を洗い出していた。

「だから巴の暴走も、少ししたら落ち着くだろ。それまでここで隠れているか、父さん」

「いや、少しっつってもな、今夜十二時まではあんな感じだ」

「は?そりゃまたどーして?」

「いや……その……まぁ」

 ごにょごにょとごまかそうとしていると、朋幸がじとっと見つめてきた。

「まさか父さん、Folkloreのおまじない使ったんじゃないよな?」

「いや……そのぉ……」

「使ったのか……何だかとんでもないことになりそうだな、父さんのせいで」

 ごつんっ

「……痛いじゃないか」

「じゃかましいっ!だいたいお前と翔が変なイタズラするからじゃないかっ」

「ま、そうだけどな」

 はぁ、とため息をつく岡崎コンビ。

「……そういやさ」

 ぽつりと朋幸が漏らした。

「母さんと巴が戦ったらさ、うちなんて軽く全壊するんじゃないか」

「何でそういう不吉な話になる」

「いや、だってまぁ、現に今二人は緊迫状態だしな。一触即発なんじゃないか」

 その言葉で俺ははっとなった。確かにそうだ。このままじゃ、俺のン十年もローンの残っていた家だった瓦礫の、居間だった場所で、尚戦い続ける妻と娘のイメージが現実になるかも知れない。

「おい、ぼやぼやしてないでとっとと出るぞっ!!」

「あっ、おい父さん、おまじないの解除っ!!」

 

 

 

 

 

 

「ただいま……?」

 俺が恐るおそる玄関から顔を覗かせると、うまそうな匂いが漂ってきた。そう、玄関はまだ残っていた。というか、家は建築物の形を成していた。さらに奇跡的なことに、どうやら無傷のようだった。

「ああ、おかえり朋也」

 智代が出迎えてくれる。巴も一緒だ。

「遅かったじゃないか、父さん」

「ああ、まあな」

「今、ご飯の支度をしているんだ。待っていてくれ」

「腕によりをかけて作るぞ、父さん」

 そう言う二人に頷きながら、俺と朋幸は居間に移動した。

「どうやら、仲直りしたようだな……ほっ」

「まぁ、母さんも巴も女の子だしな。喧嘩なんてしないよな」

 ははは、と笑いあう父と息子。岡崎家の平和は保たれた。

 

 

 

 

 

 

 

ご愛読、ありがとうございました。またの上映を楽しみにしております

 

 

 

 

 

 

 

「……しかしなぁ」

「どうした朋幸。この話は父さんがきれいにまとめたぞ」

「いや、だってさ。Folkloreのおまじないだぞ?十二時に解けるってことは、それまでは巴の暴走が続くんじゃないか?」

「はっはっは、まぁあれだ、おまじないも岡崎家の絆には勝てなかったと、それでいいじゃないか」

 すると、襖が開いて料理を持って智代と巴が入ってきた。

「うお、うまそうだな」

「うん、がんばったぞ」

 そう言って塩鮭をちゃぶ台に置くと、智代が太陽のように笑った。ああ、どたばたした後の智代の笑顔はいいなぁ。

「巴、ちょいと摘ませて」

 朋幸が巴の持ってきた野菜の味噌いために手を伸ばした時

「無礼者っ、父さんの料理に触るなっ!」

 びし、と手を叩かれてしまった。「ほえ?」と言いたげな顔をする朋幸。

「俺の料理?」

「ああ。これは父さんへの愛情のこもった手料理だ。食べたら胸一杯になるぞ、父さん」

 ふふふ、と笑う巴。その後ろで少しぎこちなく智代が笑う。

「智代、これは……?」

「ああ、うん。味を見てやってくれないか。そしてきっぱりと言ってやってくれ。私の料理が一番だと」

 つつ、と冷や汗が俺の頬を伝う。な、何だこのすげぇ嫌な予感は。命の危険を岡崎センサーがビンビン伝えてくるぞっ!

「母さんの料理も、食べてあげてくれ。どうせこれで食べ収めだろうからな。私の料理を食べたら、父さんの嫁は私がふさわしい、と誰もが納得するだろう」

 一瞬だけ殺気の孕んだ視線を交わす二人。そして不意に俺に向かってものすごい笑顔を向けた。

『どんどん持ってくるからな、父さん。期待して待っていてくれ』

 どんどん、持ってくる。

 俺はふと気が遠くなった。

「え?もしかすると俺、飯抜き?え?」

 隣で朋幸が誰にともなく聞いていた。

 

 

 

 

 

 

「父さん、気をしっかり」

「朋幸……後のことは……智代と巴のことは頼んだ」

「いや、今んところ最大の問題を息子に押し付けて死ぬなよ」

 ぱたぱたと団扇で扇がれながら、俺は自分の部屋で倒れていた。腹がありえないぐらいに膨らんでいる。

「朋幸……」

「お宝の秘蔵場所ならもう把握している。結構マニアックな趣味だなとだけ言わせてくれ」

「……それについては後で弁解させてくれ。それよりもお前、あの料理、どう思った」

 そう聞くと、朋幸は微妙な顔をした。ちなみに結局は飯にありつけた朋幸だった。

「何つーか、さすが母子というか、甲乙付け難しというか」

「まぁ、まだ巴は完璧とはいえないまでも、確かに美味かったよな……」

「で……それを伝えに行くのか」

 うー、と俺は唸った。そんなストレートに言ったら、どうなるか火を見るより明らかだ。明日の光坂新聞に「訃報:岡崎朋也氏、享年四十九歳」なんて記事が出るに決まってる。

「巴に金ダライがぶつかったから、暴走が始まったんだよな?だったら殴れば元に戻るんじゃないか」

 そう提案すると、朋幸がサムアップした。

「さすが父さんっ!冴えてるなっ!!」

「まあ、一家の危機だからな。つーわけで頼む、朋幸」

「冗談。巴に手を上げるなんて無理っぽいし、大体そんなことをしたら母さんに殺される。つーわけで父さんどうぞ」

「はっはっは、無理だな。居間に入った途端に押し倒されそうだ」

「そーだろ。そーだな」

 あっはっはっはっは

『はぁ……』

 二人の不毛なため息が狭い部屋の中に響いた。

「田嶋んところに応援を呼ぶのは?」

「だめだ。田嶋の旦那は智代には勝てない。田嶋組の総力を挙げても、もし智代と巴が団結したら玄関で全員玉砕だろ」

 うーむ、と唸る。

「おい、それより杏に仲裁を頼むなんてのはどうだ?」

「そうかっ!杏先生なら何かあってもどうにかあるっぽいしな」

「あいつの言うことなら、智代も巴も聞くだろ」

 二人で笑い、そして一瞬後二人で言った。

『だめだっ!!』

「翔にばれたら大変なことになる」

「春原にばれたら大変なことになるし、そもそも杏がこんな弱みを握ってそのままでいるタマじゃない」

 はぁ、とまたため息をついて、振り出しに戻る。

「なぁ朋幸」

「何だよ、父さん」

「父さんさ、これが無事に終わったら、みんなで家族旅行なんていいな、って思ってるんだ」

「父さん、それってあからさまに死亡フラグだからな」

「そういえばここんところ、急に『彼福』で俺の出番増えたな。あれって、これの伏線か?」

「楽屋ネタに走るなよ」

「ちなみに朋幸、ほら、これが俺の家族の写真だ。上の子なんて、もう高校生だぞ」

「いろいろと突っ込むところがあるが、取りあえず下の子も高校生だろ、双子なんだから」

 あからさまに死亡フラグを連立させた後、俺は意を決して居間に降りた。

「おーい母さん、巴……」

 ぴっ

 襖を開けた途端、俺の頬が裂け、赤い血が一滴滴り落ちた。どうやら中の空気の張りが、外とあまりにも違うのでかまいたち現象が起こったらしい。詳しいことはことみにでも聞いてくれ。

「どうだ、父さん?母さんの料理で体調を崩したりしていないよな?」

「朋也、やっぱり慣れない物は食べるべきじゃないな?私の愛妻料理なら、その分安心だな」

 うわぁ、まさに修羅場に突入かよ。

 びりびり、と肌に感じるプレッシャーに耐えながら立っていると、巴が俺の腕に絡み付いてきた。

「こうなったら最後の手段だ。夜伽にて雌雄を決めさせてもらうぞ」

「夜伽って、おいっ!」

「なぁ、どうだろう、パ・パ(ふぅ)」

 パパ、だとぅ?

 くっ、巴、どこでそんな芸を身につけたんだ?ぱぱんはもうメロメロっぽいぞ?

 すると負けじと智代が俺のもう一つの腕に絡みついてきた。

「楽にしていてくれ。直にすぐよくなるからな、あ・な・た(はぁと)」

 ぐぶはっ!!

 あ、あなただと?智代、そんなのは反則だっ

「つーか、朋幸、助けてくれっ!!」

「ん?何だ父さん、そっちの気もあったのか?」

 あきらかに勘違いしているぞこいつはっ!というか、わざとか?

「ああそっか、父さんが今まで決めかねていたのは、そういうことだったのか」

「そういうことって、どういうことだっ!!」

「でも困っちまうな。俺、翔と通学路をおそろいのパンツで逆走する約束しちまってるのに」

「父さんそんなの許しませんよっ!!って、そんな場合じゃないっ!!」

「あ、三プレが希望とか?究極の家族愛だな、父さん」

「だから違うって言ってるだろっ!!お前の妹を何とかしろっ!!」

 はいはい、と朋幸は肩をすくめて、巴の肩に手を置いた。

「それぐらいにしとけって、な?」

「……その手を」

 巴の足の周りに、風が集まる。やばい、これは……

「放せっ!この愚兄めっ!!」

 青い閃光を放ちつつ繰り出される巴の蹴り。しかし

「甘いっ!!」

 朋幸は紙一重でそれを回避する。

「ふぅ、さっき部屋を出るときに『ひらめき』を使っておいて正解だったぜ」

「……いいだろう。お前はここで殺して、それから父さんを奪ってやろう」

 いつの間にこんな殺伐とした兄弟になっちまったんだ、うちの小熊ちゃん達は?何のせいだ?地球温暖化か?新型インフルエンザか?つーか智代も俺のズボンに手をかけてないで止めようとしてくれ。

「……殺っ!!」

 そして発動する巴の蹴り技コンボを朋幸が回避し、その勢いで巴は壁に手をつき

「あ」

 秒針と長針が十二で一致した壁掛け時計がその弾みでずり落ち

「え」

 ぐぉんっ

 巴の頭に激突した。ふらふら、と倒れる巴。

『巴っ!!』

 三人で巴のところに駆け寄る。智代は急いで巴の頭の下に自分のひざを滑り込ませ、頬を軽く叩いていた。

「巴っ!しっかり、しっかりしろ巴!!大丈夫かっ!!巴っ!!」

 少し痛ましいほどに声をかける智代に答えるかのように、巴が目を開いた。

「……っつつ……ああ、母さんか」

「巴っ!大丈夫かっ!!私がわかるな?」

「おかしいな。母さんが私の目標だと言ったのを、もう忘れてしまったのか?というか、ここはどこだ?学校の医務室じゃないのか?」

「医務室?おい、巴、父さんがわかるか?」

 怪訝に思いながら、俺は巴の顔を覗きこんだ。

「ん?ああ父さん、何でここにいるんだ?私は一体……くす玉の糸を引いてから……いや、さっぱりわからないな」

 どうやら、暴走しているときの記憶がないようだった。

「覚えて、いないのか?」

「ああ、すまない。母さん、何があったんだ?」

「その前に一ついいだろうか、巴。父さんの嫁といえば誰だ?」

 恐るおそる智代が聞いてみた。すると

「……変なことを聞くんだな、母さん。母さん以外の誰がいるんだ?」

「ああっ!巴!!」

「何なんだ、一体?」

 岡崎巴は何者かによるイタズラのせいで頭部にダメージを受け、家に運ばれた後、夜十二時に母智代の懸命な看病の結果目を覚ました。

「そういうことにしておこうじゃないか、朋幸君」

「気が合うな、父さん。めでたしめでたしだ」

 俺と朋幸は頷くと、居間をこっそり抜け出ようとした。

「ちょっと待て、そこの二人」

 不意に、部屋の気温が下がった。ぎぎ、と耳障りな音を立てて、俺と朋幸は振り返る。

「どうもおかしいと思ったら、何か隠しているな、朋也?」

「そこでこそこそ何を話しているんだ、朋幸?さっさと白状したほうがいいと思うぞ?」

 そこには、全身から鬼火のようなオーラを放出させながら岡崎レディーズが仁王立ちしていた。

「はは、ははは、俺が智代に隠すことなんて、ぜんぜんないな、あははは」

「そ、そうだぞ巴。少しは兄貴を信用してくれよ」

「大方有紀寧さんのところで変なおまじないでもしたんだろう」

「大方あのイタズラはお前と翔の差し金なんだろう」

 うお、何故かばれているっ!!

『覚悟しろ、二人とも』

 

 

 うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ

 

 

 

 

 

 

「そういうことだったんですか」

 後日。Folkloreにて。俺は頬に浮かんだ季節はずれの紅葉を撫でながら、田嶋に言った。

「ああ。時間制限に救われたって感じだ」

「まだまだ改善の余地がありますね、このおまじないも。それより岡崎さん」

「何だ」

「二つ質問があります。いいですか?」

 俺は一瞬考えて頷いた。

「もし巴ちゃんと智代さんに迫られていたら、結局はどちらを取りましたか?」

「……巴には悪いが、俺の女として愛する相手は、いつだって智代さ」

 すると、田嶋は笑って頷いた。

「ではもう一つ。巴ちゃんとの関係、やっぱりよくしたいですか」

 ふむ、と俺は少し考えてから、上着を手に取った。

「いや、いいや」

「そうですか」

 ああ、と笑う。

 

 

「やっぱりいつもがいい。岡崎最高だ」

 

 


 

 

 

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