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 ある男の話だ。

 母親を幼くして亡くし、その男には肉親らしい肉親と言えば、父親しかいなかった。

 その父親も、仕事と育児の両立で心身ともにすり減らし、そこから生じる摩擦で男と父親の仲はあまり良くなかった。

 やがて男は学校で自分にバスケットボールの才能があることに気付く。スタメンにはいつも選ばれ、先輩には期待され、後輩からは尊敬された。その時、自分の中で初めて夢が具現した。

 いつか、俺はプロのバスケットプレーヤーになってやる。

 そう男が未来に目を向けた時、父親と口論した。

 酒を飲んでいた父親は、勢いで男を突き飛ばした。不気味な音がして、男の肩は尋常じゃないくらいに痛み出した。後に、この肩の負傷のせいで、男の右腕は上がらなくなった。

 

 原因は些細なことだった。

 

 

 

 

 

 

「夢?」

 うん、と朋幸が頷いた。

「学校のしゅくだいなんだ。作文でゆめについてかかなきゃいけないんだけど、おもいうかばないからさ、父さんの話をさんこうにしたいんだ」

 眩いばかりの笑顔で、出来立てほやほやの二年生は俺に笑いかけた。

 

 

 

 

 

 夢の形

 

 

 

 

 

 むぅ、と考え込んでみる。夢、ねぇ?

 例えば願望ならすぐに思い浮かぶ。休みほしい給料アップきぼんローンよどっか行っちまえ、とかならいの一番で言えるだろう。しかし皮肉なことに、夢を語る上でこれほど夢のない話もないんじゃないか。

「巴には聞いたのか?巴もお前と同じクラスじゃないか」

 ついでにクラスの配置からして机も隣同士らしい。それはそれでいいのだが、父親としてはもっとこう妹以外の女の子と触れ合う機会を作ってくれてもいいんじゃないか、と教師に問いたい。問い詰めたい。小一時間(ry

「ともえ、ねぇ?」

「ちょっと聞いてみよう。おーい巴」

 すると台所で智代の手伝いをしていた巴がやってきた。

「どうしたんだ、二人そろって……まさか母さんを二人じめするさんだんじゃないだろうな?」

「はっはっは、巴にはわかるまいが、母さんは父さんの嫁だ。残念だったな」

「むぅ……そうやってよゆうぶっていられるのも今のうちだぞ父さん」

「私を巡って親子で争わないでくれ、頼むから」

 半ば呆れ顔で智代が手を拭きながらやってきた。

「で、私と母さんの大事な時間をじゃましておいて、一体何の用だ父さん?」

「ああ。巴も宿題で将来の夢について書けって言われただろ。あれはどうするつもりだ?」

「ふむ。まあ小学二年生の女の子に求めるものだから、『お嫁さん』でいいんじゃないか?」

 どうしてそう大人ぶるかなぁ、この子は。

「もっとも、だれのお嫁さんになるかはもう決まっているんだが」

「何っ!?と、巴、母さんの知らないうちに将来を約束した人がいるのか?」

「母さんのよく知っている人だ。安心しろ」

「そ、そうか、だだだったら、うん、これはお赤飯なのか?で、でもまだ早いんじゃないか?ど、どうしよう朋也っ!?」

 智代がおろおろと憔悴した揚句に俺に上目遣いで聞いてくる。HITだ。

「とりあえず落ち着け。どうせ私は母さんのお嫁さんになるっ、とでも言いたいんだろ」

「ふふふ、よくわかっているじゃないか父さん」

「重婚は日本で違法だぞ?それに母子結婚なんて認められるか」

「だから、今のうちに存分に母さんといちゃいちゃしているがいい。私が大人になったあかつきには、法を変えて私と母さんの夢の結婚生活を送ってやる」

 とてもじゃないけど小学二年生の言葉とは思えない。

「父さん、ぼく、父さんとけっこんする気はないけどね」

「ああ、参考にしなくていい。ところで、智代の夢って何なんだ?」

 もう少しましな話が聞けるかもしれない。

「ふむ、私の夢か……」

 首を傾げた後

「小学生の頃は、くまさんになりたいと思っていたな」

「すげえ将来だな」

 まあある意味叶ったとも言える。何か催し物があると、誰かが智代にくまのぬいぐるみ役を頼むわけで。そして智代も何だかんだ言って着てしまうわけで。ついでに俺もパンダ役を押し付けられるわけで。

「だから朋幸も好きなものを夢にしたらいいんじゃないか?」

 

「そうだな……朋幸は野球なんてどうだ?」

「やきゅう、ね……まあすきだよ」

「野球選手になりたい、と思ったことはないのか?」

「今まであまりないけど……そうだね。そうか、それがあったか」

「古河さんのお父さんにも、いろいろと期待されているようだな。すごいじゃないか」

 えへへ、と朋幸が頭を掻く。それをおもしろくなさそうに見ている巴。


「じゃあこれからも頑張らないといけないな。オッサンの長さ一メートルを誇るフォークとか」

「ぜったいにうってみせるよ!!そんでもって……う……おちゃんを……」

「ん?汐がどうかしたのか?」

 智代が首を傾げると、朋幸が顔を真っ赤にして手を振った。

「な、何でもない!何も言ってないから!!」

 ふふ〜ん、と不敵な笑みを浮かべる巴。はてなマークを頭に浮かべる智代。「宿題終わらせてくるっ!」と慌てて二階に上がっていく朋幸。そんな三人を眺めながら、俺は苦笑した。

 

 

 

 

 

 ある男の話だ。

 その男は、子供のころからの夢をふとした事故で壊されてしまい、通う気もない進学校に行く日々を過ごしていた。そして同じような境遇の男と知り合って、親しくなった。 そしていつの間にか、校内でも有名な不良として白い目で見られるようになった。

 そんな中、男は一人の女と会った。

 無気力な日々の中で、なぜか有意義と思える時間を見つけた。灰色の人生に、色がついた。

 それからはいろんなことがあった。女の夢を叶えるために東奔西走したり、辛い思いを味わったこともあった。女の過去の喧嘩相手と毎晩毎晩決闘まがいのこともした。

 本当にいろんなことがあった。

 そして気づいてみれば、二人は結ばれていた。女のおかげで、男は変わっていった。男と父親との間の確執も、溶けてなくなっていた。

 その時、男の中に夢がまた芽生えた。男は、これからも頑張って生きていけると思った。

 こいつと一緒なら、どんなことがあっても、道を見失わないですむ。そう思った。

 

 

 

 

 

「もう電気を消してもいいな?」

「ああ」

 ばちん。暗闇が部屋を覆う。

「その、わかっていると思うけど、巴は私たちの可愛い娘だ。でも、私の一番は、いつだって朋也だからな」

「ありがとな」

「好きだぞ、朋也」

 布の擦れる音がして、不意に体の上に心地よい重さが乗っかる。パジャマの清潔な匂いと、智代の匂いが頭を痺れさせ、ぼおっとしてしまう。知らず知らずのうちに、抱きしめていた。

「そう言えば、朋也の夢を聞いていなかったな」

「ん?俺の夢か?」

「ああ。朋也の夢を聞かせてほしい」

 

 さて困った。

 本当のことを言うと、俺には夢がある。結構誇りに思ってる夢だ。ただ、まあ、言うのが少し恥ずかしかったから言わなかった。

 

 けど

 

 けどこいつになら、智代になら言ってもいいんじゃないだろうか。

 

「智代、好きだぞ」

「何だいきなり……うん、嬉しいけどな」

「ああ。そんでもって朋幸も巴も大っ好きだ。みんな俺の大事な大事な家族だ。そんな家族と一緒にいられる時間が、俺にとっての宝物なんだ」

「……朋也」

「だからさ、俺の夢ってのは、明日も、明後日も、そのまま続いてこれからずっと、こうして家族で楽しく暮らしていきたい、こんな毎日をずっと送っていたい、それだけなんだ」

 もう少しだけ、智代を抱き寄せる。もしかするとやっぱり恥ずかしいから声が小さくなってしまっているのかもしれない。

「ちっぽけな夢だろ?男ならさ、大金持ちになってやるとか、世界一の何かになってやるとか、そう考えたりするだろ普通?でもさ」

 


 でも、俺にとってはそれが何よりの夢なんだ。

 

 

 

「だから、今度は俺の夢を叶えさせてくれ」

 そう言って、俺を見つめる二つの澄んだ瞳に笑いかけた。

「うん……うんっ!」

 子供のように智代が頷く。

「朋也、みんなで叶えていこう。だって、私たちの愛は」

「永遠だからな」

 くすり、と二人で笑う。そして唇で軽く智代の頬に触れる。

「おやすみ、朋也」

「ああ、おやすみ」

 

 

 

 いったい、どんな夢を見るんだろうか。

 

 愛する人と暮らし、そして永遠の幸せを目指しながら日々の幸せを噛みしめる。

 

 もしこれが俺の夢見ていた物なら

 今夜の夢はさしずめ、夢のまた夢、なんだろうな。

 

 

 

 

 

 

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