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 こんな夢を見た。

 あまりにも馬鹿げていて、悪夢かと思った。

 

 

 

 

 

 はっきり言って最悪な日だった。

 上司からは蔑みの目で見られ、同僚には笑われ、部下にはなめられる。そんな毎日を送ってきた春原にしても、今日は格別にひどかった。

「ふぃ〜、これじゃあ僕の体が持たないよ……」

 そう思って春原は高校時代の悪友、岡崎朋也に連絡をとったのだった。そして金曜日の夜、つまり週末の始まりであることを利用して光坂市まで電車に乗り、朋也の家に荷物を置くと、居酒屋をはしごした。

 夜が明け始めた頃、酔い潰れた春原がこぼした。

「ねぇ〜岡崎ぃ、僕らのまわりって、どおしてこおもスケールの小さい話ばっかなんだろおねぇ?」

「しらねえよ、ひっく。全部ふけーきがわるい」

「だよね〜。あ〜、どっかでばかでかいハナシ、ないかなぁ」

 すると、据わった目で朋也が言った。

「おい春原ぁ、わかったぞ」

「あ」

「見つけるんじゃなくて、ハナシをでかくすればいいんだ」

「そんなの、どおやってやるのさぁ」

「そういうことをできる人を、ひっく、おれぁしってる」

 そう言うと、朋也は春原を引っ張って歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

「岡崎さん?」

 その日、「Folklore」最初の客は、二人の酔っぱらいだった。

「宮沢ぁ、おまじない、しってたよな」

「宮沢じゃなくて、田嶋です。知ってますけど……大丈夫ですか、岡崎さん?」

「だいじょーぶだいじょーぶ……ひっく。でさぁ、スケールをでかくするおまじないとかさぁ、しらねえかなぁ」

「スケール?さぁ……ちょっと見てみますね」

 困惑した顔で、有紀寧は愛用のおまじないの本を捲る。

「……あ、ありましたよ。えーっと、はいこれです」

「よっしゃ。おい春ピー、やっちまえ」

「やったるぜ岡ピー。有紀寧ちゅわん、どおするの?」

「えっとですね、オオトジマノデンセツオオトジマノデンセツオオトジマノデンセツと唱えながらヒンズースクワットを十回やると、よくわかりませんがスケールがバカでかくなるそうですよ?」

「いやっほぉおおおう! オオトジマノデンセツオオトジマノデンセツオオトジマノデンセツゥ!!」

 伊達に智代の前で変なポーズをしていない春原。酔いの手伝いもあってか、見事恥ずかしいことをやってくれた。

「ありがとう有紀寧ちゃん!これで安心して眠れるよっ!」

「眠る?」

「んじゃ……ぐすぴ〜……」

 そのまま幸せそうにテーブルに突っ伏して寝る春原。有紀寧が困った顔をしていると

「まあ、奥のテーブルに移動してやればいいんじゃねえか?どうせこいつぁ寝てた方が無害なんだしよ」

 奥から白い割烹着の田嶋が現れた。

「しかし酒くせえな……お、岡崎さんじゃねえか。どうした、そんなに酔っ払って?」

「ん。おー、たじまのだんな、でけえな」

「おかげさまでな。で、どうした?夫婦喧嘩じゃあねえよな」

「まあさあかあ、おれとともよは……ともよは……」

 一気に酔いがさめる朋也。

「やべえっ!夕飯まだだったっ!」

「夕飯って……おいおい、岡崎さん、今朝の八時だぜ?夕飯どころか朝餉の時間だ」

 さあああ、と血の気が引く朋也。

「やべえ……絶対怒ってる。何かいい言い訳考えないと……」

「その必要はないな」

 話はすべて聞かせてもらったっ、とばかりに開かれる扉。朝陽で逆光になり、シルエットしか見えないが、それだけでも朋也は全てが終わったことを悟った。

「一晩中帰ってこないと思っていたら……」

「ま、待て、これには事情があってだな」

「携帯にかけても出ないし……」

「え、わ、やべ、着信五十?!」

「事故にあったのかと心配したんだぞ……」

「ま、まぁ落ち着いて話そうや智代」

「ああ、たっぷりとな。家で」

 むんず、と朋也の首根っこを掴む智代。その背中からは青白いオーラがほとばしっている。

「すまないな有紀寧さん。うちの馬鹿が迷惑をかけたようだ」

「いえいえ。迷惑だなんて」

「後でこの埋め合わせはする。それでは」

 そう言うと、智代は粗相をした犬のように朋也を掴んで「Folklore」を後にした。

 

 

 

 

 

 

 しかしまぁ、この時点ですべて手遅れだったわけだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

夢四夜
第一夜 ― 大怪獣スノハラ ―

 

 

 

 

 

 目を覚まして最初に感じたのは

「いづづづづづづづづづづ」

 激しい頭痛だった。

「う〜、だりぃ……頭が……」

「あ、起きましたね」

 春原のところに、有紀寧がやってきた。

「あ、有紀寧ちゃん……何で僕ここに……」

「さっき岡崎さんと一緒に来ましたよ。おまじないをしてほしいとか」

「え……?おまじない……?」

 何頼んだかなぁ、と考えていると、非常に情けないタイミングで腹の虫が鳴った。

「……ごめん。最初に朝ご飯注文していいかな?ええっと……じゃあコンチネンタルで」

 コンチネンタルはクロワッサンとトースト、ハム一枚にコーヒーという簡単なものだが、「Folklore」のコーヒーは光坂名物の一つにもなっているので結局はお得なのだ。

「ふぃ……ごちそうさま。ごめんね、迷惑掛けちゃった」

「いえいえ。ケンカや仁義、カチコミにヒットとかには慣れてますから」

「……慣れてるんだ……そっか……」

 あはは、と笑いながら春原はじりじりと扉に近付き、そして脱兎の如く飛び出した。

「何だったんだあいつぁ……」

 今まで黙っていた田嶋が小さく漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そういや荷物岡崎のとこだったっけ」

 春原は駅に向かう途中、ふと思い出した。

「行かなきゃなぁ……でも何だかやばそうだしなぁ……」

 岡崎家で今行われているであろう尋問のことを考えると、自然と足が重くなった。何となく、大魔神化していそうな気がした。

「そうだ、おみやげでも買っていけば、智代ちゃんも少しは怒りを納めるかな」

 大魔神を鎮めるには貢物、とばかりに、春原は古河パンに行く。

 古河パンの前に来ると、高校時代の友人が立っていた。

「いやっほぉおおおおい!渚ちゃん!!」

「あ……春原さん」

 しかしどうしたことだろう、いつもは向日葵のような笑顔で周囲を和ませる渚の顔に、影がかかっていた。どこか悩ましげな様子だ。

「あれ、どうかしたの?」

「え……いえっ何でもありませんっ!」

 両手をぶんぶんと左右に振る渚。そして春原に会釈をすると、どこかに歩いて行ってしまった。春原は怪訝そうな顔をしたが、とりあえず肩をすくめて古河パンの中に入っていった。

「ちわーっす」

「いら……何だてめえか小僧」

「失礼っすよね、それ」

 咥え煙草で店番をしていた秋生が面倒くさそうな目を向けた。

「で、何しにきた?」

「いや、普通にお客なんすけど……」

「何ぃ?!てめえ、俺のぷりちードーターのパンを食おうなんざ、百年早えわ」

「滅茶苦茶っすね、相変わらずっ!!」

「まあ今日は仕方なく売ってやろう。た・だ・し」

「それって絶対に客に対する態度じゃないよね……」

 そんな春原の言葉を完っっっっ璧に無視して、秋生はピンセットを手に取った。

「早苗のパンも買っていけ。というか代金はいらねえな。持ってけ」

「えっと……僕、そのチョコロールケーキ買いに来ただけなんだけど」

「いいから持ってけ。ここにあっても場所ふさぎなだけだしな」

 その時、秋生の触角がぴくりと動き、秋生は「しまった」という顔をして振り向いた。

「私のパンは……私のパンは……」

 案の定、振り返った先には肩を震わせ、涙を目に溜めた早苗が。

「古河パンの場所ふさぎだったんですねぇえええええええええええええ!!」

「くっ、俺はっ!大好きだぁああああああああああああああ!!」

 例によって町内マラソンレースを始める古河夫妻。春原はそれを見て苦笑すると、とりあえず代金をカウンターに置いて、チョコロールケーキと、そしてしぶしぶ早苗パンを買い物袋に入れた。

「ま、数撃ちゃ当たるってこともあるしね」

 そう楽観的に考えたのは、春原が古河パンとはそれなりに疎遠だからだった。何せ渚とだってそんなに顔を合わせているわけでもなく、早苗のことも渚の姉だと勘違いしていた彼だ。常連の知る「早苗パンはトミーガンを撃とうとミニガンを撃とうとあたりなんざない」という鉄則を知らなくても、まあ無理はないかもしれない。また、春原の脳の中では「早苗さんみたいな美人が、いくらなんでもそこまで下手なわけないよなぁ」という、何の根拠もない考えがあった。

 そして、早苗パンが

「いっただっきまあす」

 春原の体内に

 

がぶり

 

 突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ただいま朋也くんはともぴょんに説教タイムですので、終わるまで幻想世界の四季の映像をお楽しみください〉

 

「……ということだが、聞いているのか朋也?」

「はいすみませんでした申し訳ございません奥様」

 ひたすら平伏する朋也。それをみて、智代はお茶を啜ると、一息ついた。

「まあ、今日はこれぐらいにしておこう。まったく仕方のない奴だな」

「言葉もねえな」

 お手上げだと言わんばかりの笑いを浮かべる智代。朋也はとみれば、こちらはもう苦笑する元気もないようだ。ぽりぽりと頬をかく。

「さて、この春原の荷物だが、どうしたものか」

「そのうち来るんじゃないか?もうそろそろ起きるだろうし」

「まったく、どこをほっつき歩いているのやら……」

 湯呑茶碗を流しに持っていこうとしたその時、玄関のブザーが鳴った。

「はいどうぞ、今行く……って、春原っ!?」

「お、岡崎。無事そうで何より」

「あ……ああ」

「えっとさ、智代ちゃんいる?その、昨日の夜のお詫びというか……」

「あ、ああ……悪いな」

「この声は春原か?どうした」

 呆けたように玄関で立つ朋也の横から智代が顔を出した。そして固まる。

「あ、智代ちゃん。いや、その、昨日の夜についてちょっと謝らなきゃと思って……」

「……春原、お前、昨日どれくらい飲んだんだ?」

 半ば心ここにあらずという風に智代が聞く。

「え?あー……覚えてないや」

「そうか……確か朋也を迎えに行った時はこうじゃなかったな……どういうことだ?」

「え?どうしたの?顔に何か付いてる?そういやさっきから人が僕をじろじろ見てるんだよね」

「そりゃ見るさ……あのな、春原」

 朋也は智代と顔を合わせると、二人で頷いて告げた。

『髪、金髪になってるぞ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……アレだけ走れりゃ、まだまだ現役だぜ……って、どうした悠馬」

 古河夫妻がラブコメランニングから戻ってくると、娘の婿である悠馬が怖い顔で早苗パンを見ていた。

「……なぁオッサン、あんた、このパン誰にあげた?」

「あ?いや、今日は誰にもあげてねえな」

 小僧には渡し損ねたからな、と心の中で呟く。

「あげてないな?本当だな?」

 掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。

「ああ……」

「春原さんには、あげてないな?」

「ああ、あいつはさっき来たけどよ……」

「それでっ?!」

「渡す前にご覧のとおりだ。恐らく持ってってないな」

 それを聞いて体が崩れそうになる悠馬。

「……よかった。ああ、よかった」

「まあまさかあいつ、自主的に持ってって食うわけないしな」

「ははは、それはないでしょ、いくらなんでも」

 古河パンの常連客のコモンセンスで考えたら、絶対にありえない事態だった。義理の親子は朗らかに笑った。

 

 しかし忘れてはいけない。

 春原はいつでも、人の考えうる最悪の事態、その斜め上を行く者であることを。

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……どうしよう」

 春原は自分の毛を鏡で見て、うんざりした。

「何でまた染めたんだ?これじゃあ染髪料の無駄じゃないか」

 呆れた顔で智代が言う。

「いや、染めた覚えはないんだけど……つーか、『Folklore』から出て、何もしてないし」

 春原が首を捻ると、朋也が言った。

「古河パンでは何も言われなかったのか?」

「古河パンでも、普通だったよ……あ」

『あ?』

「そういや、来る途中で早苗さんのパン、食べたなぁ」

『それだっ!!』

 夫婦そろって威勢のいい声とともに、春原を指さした。

「お前な、どうしてそんなことをするんだよ」

「そうだぞ春原、もっと自分を大事にしなけりゃだめじゃないか。あれを食べるとは、正気か?」

「え?食べちゃまずかったの?」

 きょとん、とした顔で春原が訊ねる。

「だめなのって……滅茶苦茶まずかったじゃないか」

「いや?普通のパンだったけど?」

 岡崎夫婦の動きが止まる。

「変な味は特にしなかったし……」

 しばらくして、朋也が聞く。

「なぁ春原、お前智代の料理、どう思う?」

「え?普通においしいよ?」

「味覚は正常か……すると何だ、今度のパンは、味は普通だけど髪の毛が金色になるとか?」

「若返りの薬なのか?よくわからないな……」

「まあ、とりあえず髪の毛だけみたいでよかったよ。何だかはずれを引いたらとんでもないことになりそうだったし」

「あのなぁ……早苗パンに当たりなんてねえよ」

 そう朋也が言った途端、春原の体が強張った。

「え?……あ?……おぼ?」

「おぼ?おい、大丈夫か?」

「おごご?むぶほ?あばーぶも?」

「……朋也、こいつは何を言っているんだ?」

「わからない……まさかここからが早苗パンの威力なのか?」

 次の瞬間、春原から光が溢れ、そして

「……!!」

「……あいつ、どこに?!」

 消えた。

 春原陽平は、岡崎宅から、一瞬のうちに姿を消したのだった。

「……何だこれは?」

「わからない……何が起こっているのか……」

 智代が言葉を終える前に、地響きが聞こえ、そして

「なんじゃこりゃあああああああああああああああ!?」

 鼓膜が割れんほどの大きな声がした。実際、どこかで窓ガラスの割れる音がした。

「この声は、春原?!」

「外か?」

 二人は急いで玄関のドアを開いて、

 そして春原を探すのを止めた。

「……ウソだろ?」

 

 辺り一帯が妙に暗くなっていた。あちこちでドアの開く音がして、悲鳴や叫び声が聞こえる。

「春原……お前は……」

 智代が見上げる。

 身長百メートル。重さ七十トン。

「えっと……とりあえず、ここ、どこ?」

 光坂市に、巨大春原が出現した。

 

 

 

 

 

 

 

「今日は突然ですが、ヒトデ祭りですっ!」

 教壇に立った伊吹教諭が宣言した。

「またかよぉ……先週もヒトデ祭りだったぜ」

「お前三日前サボっただろ?三日前もヒトデ祭りだったぞ」

「シャーラップです!一週間前はヒトデ五十一週記念祭です。今週が本ヒトデ祭りです!!三日前は本ヒトデ祭り準備祭です」

 つまり毎週「ヒトデ○週記念祭があるようだ。

「一番かわいいヒトデには、特別に私が海辺に連れて行ってあげます」

「木を海水につけたら腐っちまうよなぁ」

 何だかんだ言いながらも、ヒトデを彫りはじめる生徒達。その時

 

 

 

 ずぉぉおおおおおおおおおおん

 

 

 

 

 地響きとともに、遠くで爆発音が聞こえた。

「な何だぁ!?」

「うっそぉ!」

「乾先生、今日は縞パンだぞ!!」

「何てこった!!」

「いやそれは関係ないだろ」

 蛇足だが、ステテコパンツは縞パンのうちに入るのだろうか。読者諸君、どう思う?

「た、大変です先生っ!街に巨人がっ!!」

 風子が窓の外を見ると、友人のそのまた友人である変な人が見えた。

「あっ!頭の色が変な人です!」

「突っ込むところそこ!?」

 クラスの大半がこける中、風子は腕組みをしてうなずいた。

「やっぱり変な人は最悪です。ギガ最悪です。ヒトデみたいにきれいだったら、絶対に人に迷惑なんてかけないのに、あれはまったく何ですか!」

「先生!ウノレトラマン十三話に出てくる油怪獣はどうなんですか?」

「レ才の四十三話も、オニヒトデがモチーフだったような」

「ジバソやチェンジマソ、ジェットマソにもいたなぁ……」

「仮面ライターにもV2にもいたわねぇ、ヒトデ怪人……」

 進学校の生徒たるもの、そんなに特撮に詳しくてどうする。

「とにかくですっ!ヒトデの方が可愛いですっ!皆さんはヒトデを彫っていれば安全です!」

「んなあほな……」

「風子ちゃんもじゃあ彫ってくれよ!」

「言われなくても彫ります……はぁあああああああああああ」

 トリップしだした風子を見て、生徒達が頷く。

「じゃあ避難避難、っと」

「ねぇ、風ちゃん連れてかなくていいの?」

「あれじゃあ何が起きても安全だろ。つーか怪獣も素通りするんじゃね?」

 なかなかに鬼畜な現光坂高校生徒たちであった。

 

 

 

 

 

 

 二時間ほど経って「Folklore」。

 自衛隊が憲法第九条で歯止めを食らっている中、この喫茶店で「春原対策本部」が設けられていた。と言っても、いつものメンバーなわけだが。

「まず最初に、住民の避難だな……といっても、うちの組で何とかすませたわけだが」

 田嶋の言う通り、光坂市にはほとんど人は残っていない。田嶋組の組織的な行動もまあそれに一役買ったのだろうが、一番の功労者は

「それはよかったですね。無事避難のおまじないが効いたようです」

「で、肝心の春原だけど」

 朋也の言葉につられて、全員が窓の外を見る。そこには、河原でしょげかえって座っている春原がいた。

「まあ別に何かするわけでもないんだけどなぁ……あのままじゃやばいだろ」

「一応細胞サンプルと、問題の早苗さんのパンは一ノ瀬に渡してはいる。これであいつがどうしてああなったのかわかれば

、手掛かりにはなるな」

 智代がそう言った時、「Folklore」の扉が開き、須藤が入ってきた。

「大変だ有希ねぇ!今、ニュースで」

「何っ?!」

 テレビをつける。

「……に対して、米軍は『核の使用もやむなし』との見解を述べております。これに対し日本政府は『あと四十八時間は待ってほしい』と返答し、光坂市に出現した巨大生物への対策を練っている模様……」

「つまり早く何とかしないといけないわけだ。どうする?」

「怪獣の倒し方ねぇ……例えばゴヅラにはメカゴヅラがいたわよね」

「あのなぁ、誰が好き好んで皆様の血税で巨大春原メカを作るんだ?使用後どうするんだよ?」

「う、うるさいわねっ!言ってみただけよっ!」

「そもそも、あれで一応春原は友人だからな。倒すんじゃなくて、元に戻す方法を考えよう」

 智代の言に、一同はうんうんと頷くが、肝心な方法が出てこない。

「例えば巨大ヒーローが現れてくれれば……」

「そんなの都合よく来るはずないだろ」

「おまじないにも、そういうのはありませんね」

 さすがに有紀寧のおまじないにも限りはあったらしい。

「……例えばさ、あれって早苗パンの効力だよな」

 朋也がふと思いついたかのように言った。

「もし早苗パンにそんな効果があるんだったら、逆効果の物もあるんじゃないか?」

「そ、そうかっ!じゃあ、どうすればいい?」

「この際、どれがどうなるかわからないから、古今東西の早苗パンをミキサーにかけて、ペースト状のそれを春原に食わせれば、あるいは……」

 沈黙が「Folklore」に訪れる。結構乱暴な作戦で、効果のほどもわからない。しかし……

「やってみよう」

「ええ、やるわよっ」

「よおし、そうとわかったらすべての早苗パンの回収だ」

 春原の健康を完全に無視した作戦が発動された。

 

 

 

 

 

 

 

 一時間後

「こ、これか……」

「禍々しいな、さすがに」

「人類の業と言っても差支えませんね……」

 ペースト状になったそれは、緑やら赤やらの危険な光を放っていた。それを長さ一メートルのカプセルに流し込む。

「あとはこれを春原に食わせるだけだが……」

 台車に載せて河原に持っていく。

「あれ、何それ?」

 朋也たちと、台車に乗ったカプセルを見て、ひそひそと春原は囁いた。こうでもしないと全員の鼓膜が破れかねない。

「春原ぁー!!早苗さんがお前にって差し入れだ!!」

「何だって」

 いやっほーい、と言わんばかりに、カプセルを飲み込む春原。固唾を呑んで見守る朋也。

 

 

 

 ずどーん

 

 

 

 巨大春原は、アフリカゾウを五十頭殺せるほどの猛毒を飲み込んで、倒れた。地響きの後、辺りには悲しい静寂が漂った。

「春原……お前のことは、忘れない……」

「馬鹿だったけど、嫌いじゃなかった……今では、そう思える」

「あんた、馬鹿よ……ほんと、馬鹿よ……」

 涙を流す三人。嗚咽が空を舞って、やがて消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待て」

 くい、と朋也の袖を引く智代。

「あれの片づけはどうする?」

「え?ああ、まぁ、細かいことは気にするな」

「細かいことって……っ!!」

 杏が驚きと恐怖の表情を浮かべた。

「ん?どうした?」

「あ、あれを……」

 首を傾げた朋也と智代が振り向くと、二人とも硬直する。

「髪の毛が……」

「黒く……なっていく……」

 金髪だった春原の髪の毛が、真っ黒に変わり、そして

「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 春原覚醒。

「まずいわね……凶暴化してるみたい」

「逃げるぞ」

「ああっ」

 三人で一目散に「Folklore」に逃げ帰る。

 

 

 怪獣映画の鉄則。半端な武器は、怪獣をさらに強くする。怪獣は簡単に死なない。死んだと思ったら復活を疑え。

 

 

 

 

 

 

「困りましたね……」

「ああ。我々が作れる最厄の毒ですら、あれを倒すことはできなかったようだ」

「いや、もともと元に戻すのがプランだったんだけどね」

 その時、「Folklore」の電話が鳴った。

「もしもし?あ、はい……はい、今代わります」

 電話を朋也に差し出す有紀寧。

「え?誰?」

「一ノ瀬さんです」

「もしもし?ことみか?」

『ことみ。ひらがな三つでことみ。呼ぶ時は……』

「わあーったわかったからことみちゃん!!とにかく、どうした?」

『……いじめる?』

「いじめないっ!いじめないって!」

『……とにかく、春原君の解析が終わったの』

「よっしゃ、結果バッチカモーン」

『早苗さんのパンには、ある特定の成分と反応して、物質の構造を根本的につくりかえてしまう作用があるの。厳密にいえばネオクリジニプト115と呼ばれる物質が化学反応を起こすの』

「やったぞことみ!じゃあ、その反応する成分、またはそのネオクリ何とかをどうにかすればいいんだな?」

 それを聞いて、みんなの顔が明るくなった。希望がとうとう見えてきたのだった。

『ところがネオクリジニプト115は、それこそ核の炎で焼き尽くさなきゃ消えないの。だから成分の方を何とかしなきゃいけないの……』

 急に声に元気のなくなることみ。

「ん?どうした?その成分は、いったい何なんだ?」

『……怒らない?』

「ああ、怒らないしいじめない。さあ、言ってみ」

 すぅ、と電話の向こうで息をすう音が聞こえた。

『それは……』

 数秒後、朋也はゆっくりと電話をホックに戻して、頭を抱えた。

「うん?どうした朋也?教えてくれ、その成分は何だ?」

「そうよ。早く言って、対策を練りましょうよ」

「できる限り、私もお手伝いします」

「……無理、なんだ」

 力なく呟く。

「早苗パンが反応する成分、それはいわゆる」

 歯の間から絞り出す。

 

「ヘタレ分なんだ……」

 

 へた、と座り込む有紀寧。石になる須藤と田嶋。頭を抱える杏。お馴染みの「ずぅううううううん」ポーズに入る智代。

「無理だ。あれは、あればかりは消し去ることはできない……」

「無理ね、はっきり言って」

 その時、ばりばりばり、というローター音と、聞きなれないディーゼルエンジン音が聞こえ、少ししてから爆音が鳴り響いた。

「な、何だ!?」

「今のは……砲撃?」

「くっ、自衛隊がとうとう動き出したか!」

 窓に駆け寄ると、自衛隊の戦車とヘリコプターが春原に榴弾やらミサイルやらを放っていた。しかし、それらは春原のよれよれのジャケットに虫食い穴ほどの穴をあけることしかできなかった。そして次の瞬間、春原の髪の毛が金色に点滅し

「まさか?!」

 春原は口から熱線をはいて自衛隊を撃退した。なおも攻撃を続ける自衛隊。しかし、早苗パンペーストの効果でまさに怪獣化した春原には歯が立たず、炎上した残骸を残して自衛隊は撤退した。

「ますます収拾がつかなくなってるわね……次はもしかすると巡航ミサイルかもしれないわ」

 春原、いや巨大怪獣スノハラは自衛隊の撤退を確認すると、図々しくも不貞寝を始めた。ここで殲滅までやらないところが、まあヘタレといえばヘタレだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうなったら、なりふりかまっていられない。ロケットに詰めて宇宙に飛ばすのはどうだ?」

「だめよ。もし流星か何かにぶち当たって戻ってきたら、それこそ困るわ」

「春原さんの天敵で対抗するのはどうでしょう」

「天敵……」

 自然と智代と杏に目が行く。

「さすがにあれは無理だろ。人間の手に負えるもんじゃない」

 うーん、とまた唸る。これでは打つ手のないまま核ミサイルがぶち込まれてしまう。

 その時

「話はすべて聞かせてもらいましたっ!岡崎さん、シベリア送りですっ!」

「俺だけ?!」

 「Folklore」の扉を開いて渚が物騒なネタを言った。

「すみません、間違えました……えへへ」

「えへへじゃない。で、どうした古河」

「え、えと、その、重大なお話があります」

 しゅん、というより、むしろ少し怖い顔で渚は「Folklore」の椅子に座った。

「実は、朝、悠馬君のお部屋に行ったんです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりにも秋生と言動姿かたちが似ているので忘れがちだが、悠馬の本業は大学の講師である。そして古河家の一室は悠馬にあてがわれていて、様々な蔵書が転がっていたりするのである。

「悠馬君、お茶です」

「渚……俺は、俺はとうとうやってしまった……」

「え?やったって、どういうことでしょう?って、わっ、これ何ですかっ」

 悠馬の部屋にはよくわからない機械がいろいろと置いてあり、怪しげな雰囲気を醸し出していた。

「この巨大な水槽にいるのは何ですか?あ、これはお母さんのパンです」

「ああ。この水槽にいる魚は、南米のレイムフィッシュというんだ。邦訳するとヘタレウオといったところかな」

「こんなに大きいのに、ヘタレなんですか」

「いや。普通は二十センチあるかないかなんだ。だけど、この早苗パンを与えた後、こんなにおおきくなってしまった」

 水槽にいるレイムフィッシュはどう見ても六十センチ以上ある。

「俺の仮説はな、渚、早苗さんのパンは、何らかの理由でヘタレた生き物を巨大化させることができるようなんだ。現に俺が食べても普通のパンだった」

「そうなんですか……怖いです」

「ああ。だから、こんなものを作った」

 机に置いてあったシャーレを手に取る。中には小さい円形のものが入っていた。

「まるでボタン型電池です」

「ああ。だけど見ていてくれ」

 それを水槽の中に落とすと、リモコンのスイッチを入れた。きききき、と不気味な音がして

「え?あ……あああっ!」

 あまりにも恐ろしい光景に、渚は顔を伏せた。

 レイムフィッシュたちはもだえ苦しむと、体を退化させていき、そして消滅したのだった。

「これは……」

「そう。生物の中にあるヘタレ要素を細胞ごと破壊し、消滅させてしまう、レイムデストロイヤー。つまり、ヘタレ破壊剤だ」

「何でこんなものを……」

「俺は、今まで幾度となく早苗パンの解毒剤に挑戦してきた。科学者として。しかしこれは危険すぎる。中和を越して、消滅させてしまう。春原さんにしてみれば、猛毒も同じだ」

「で、でも、普通の人には安全なんですか?」

 そこで唸る悠馬。

「渚、こんなものが大量生産されてみろ。人類はヘタレという種の一部を切り捨てることになる。それを進化と呼びたければ呼べばいい。だけど、それは人工的な、極めて危険なものだ。俺はそんなことに手を貸す気はない」

 そして空になった水槽を見つめた。

「私、誰にもこのことは言いません」

「ああ。ありがとう、渚」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだったのか……」

 智代が呟いた。

「解毒剤はある。しかし強力すぎて陽平は消えちゃうかもしれない、か」

「はい……」

 しかし朋也は立ち上がった。

「いや、それだ」

「え?」

「それしか方法はない。レイムデストロイヤーを大きくして、スノハラに使うしかない」

「朋也、お前はまさか……」

 信じられない、とでも言いたげに智代は朋也を見た。

「俺は信じる」

「え?」

「信じてるんだ。春原なら、春原のヘタレレベルはこれぐらいじゃ負けない。あいつは絶対に、これを喰らってもヘタレ切ってみせる、すごい奴なんだ」

「全然褒めてないわよね、それ」

 くすり、と杏も笑う。

「でも、まぁそうよね。陽平のヘタレ加減って、半端ないしね」

 結論が出た。一同は目を合わせて頷くと、古河パンに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 必死の説得の結果、悠馬はことみに研究結果を送り、そしてその日のうちに砲丸サイズのレイムデストロイヤーができた。

「これをスノハラにどうやって使うか、だけど……」

 うーん、と唸る朋也。

「ロケットランチャーに入れてぶっ放してみるか?」

「何だか撃たれた衝撃でこっちに倒れかかってきそうで嫌だな……」

「でも、前みたいに言葉で吊って食べさせるわけにもいかないわよ。人語を理解していないようだし……」

 早苗ペーストを食べてから、スノハラは人語の代わりに「ぎゃーす」としか鳴かなくなった。

「……よし、俺に考えがある」

 止める間もなく駆け出す朋也。しばらくして戻ってくると、その手にはラジカセが。

「……それはどっかで見たことがあるな」

「ああ、こいつのラジカセだ。ついでに中に入っているのも」

 かちっ

 

♪ボンバヘッ!ボンバヘッ!萌えだすような、あっついたましっ!♪

 

 

 急にこっちを見るスノハラ。心なしか「神曲キターーーーーーーーーーーーーー」と言いたげな感じだ。

「よっしゃ!これをこのレイムデストロイヤーにくくりつければ……」

 ロープでレイムデストロイヤーにラジカセを固定して、地面に放置すると、朋也たちは隠れた。地響きを立ててスノハラはそれをつまみあげ、そして

 

 ごくん

 

 しばらくして、スノハラは悶え始めた。喉をかきむしり、頭を押さえ、咆哮する。

「がんばれ春原っ!お前がヘタレ王だっ!!」

「解き放つんだ、そのヘタレパワーをっ!!」

「ヘ・タ・レ!ヘ・タ・レ!」

 スノハラの体から白い煙がもうもうを上がる。そして苦しげな叫び声も徐々に弱まっていき、そして途絶えた。

「春原っ!」

 煙の中を、朋也は駆け出した。続いて、智代が、杏が、有紀寧が、そして田嶋と須藤がスノハラが消えた辺りに走った。

「春原ぁあああ!どこだあっ!!」

「おおい、春原!」

「ようへー!でてきなさーい!!」

 その時

「みなさん!いました!」

 有紀寧の声に反応して、その場にいたものが集まる。そこには倒れて動かない春原(人間サイズ)の姿があった。髪の毛も黒くなり、顔は穏やかそうだった。

「うそ……でしょ」

 膝をつく杏。

「ねぇ……ねえ死んじゃったの?」

「まさか……はは、春原、嘘だろ?」

 涙ぐむ杏と智代。しかし朋也はそのまま春原の傍によって、耳打ちした。

「春原起きろっ!女の子が、愛の告白に来てるぞ!」

「マジかYO!」

 一瞬で蘇生する春原。そしてそのまま

「いやっほおおおおおい!」

 ジャンプして須藤に当たる。

「あ、あれ、結構ごわごわして、むちむちというよりはムキムキ?おっかしいな、女の子の胸って固かったっけなぁ」

「てめえ、何気色悪いことしやがる?」

「あれ?低めな声……って、えええええええええ!?」

「男の胸揉んでるんじゃねぇ!!」

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 こうして、事件は無事解決した。

「しかし、何で……」

 悠馬が首をひねると、ことみがふと気付いた。

「もしかすると、早苗ペーストによって過去のパンが何らかの化学反応を起こし、ヘタレ分を増加したのかもしれないの」

「なるほど……そしてレイムデストロイヤーがそれらを全て消滅し、結果としてプラマイゼロに持って来たのか」

「でも、春原君が最後のスノハラとはかぎらないの」

「そうだな。早苗パンの脅威が続く限り、第二第三のスノハラが現れてもおかしくはない」

「いや、普通におかしいだろ、それ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かーっ、朝っぱらからけったいな夢見ちまったもんだ」

「……ま、反論はしねえけどな、オッサン」

 パンを並べながら悠馬は言った。

「しかしわからねえぞ?早苗のパンのことだ。放射能を浴びるより危険かもしれねえな」

「じゃあ何であんたや、巻き込まれる俺は無事なんだよ?あほくさ」

「いやいやいや、今までラッキーだったかも知れねえ。明日のはもしかすると……」

「早苗パン怪獣の出現か」

「かもなぁ」

 二人で笑っていると、不意に背後から

「私のパンは……私のパンは」

 恐る恐る振り返る二人。

「怪獣製造機だったんですねぇええええええええええええ!!」

「あっ早苗!悠馬てめえ、何てこと言いやがる!!」

「オッサンも同罪だろ!!」

「くっ、早苗、俺はっ!大好きだぁあああああああああああ!!」

「早苗さん、ヤポール人もびっくりだぞっ!!」

 そこに並べてあったパンをありったけ咥えると、急いで走りだす二人。ドアの外で、朝の光が虹色に輝いた。

 

 

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