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 体に衝撃を感じて、俺は起きた。

 まだ真っ暗だったが、誰が俺の安眠を破ったのかぐらいはもう大体想像がつく。

 最初は隣で眠っている妻、智代かと思ったけど、暗闇の中を手探りしていると、俺とお揃いの指輪をはめた左手に触れた。

 うん、智代はまだ寝ている。となると、可能性は二人に絞られる。うちのやんちゃなちびっ子二人のうちの一人だ。

「ん?誰だ?」

「とーさん、おしっこ」

 どうやら朋幸だったようだ。

 

 

 

真夜中の廊下にて君と

 

 

 

 階段を下りて、廊下の突き当りにあるトイレまで一緒に手をつないで歩く。やっぱり五歳では夜一人でトイレに行くのは怖いらしい。電気をつけて、便座を上げてやる。

「ちゃんとまってて」

「ああ、父さんは外で待ってるからな」

 あくびを噛み殺しながら、俺はトイレの外で立った。

 

 

 この家は朋幸と巴がもともと二人で暮らしていたアパートでは小さすぎるほど大きくなった時に、思い切って買った家だった。こじんまりしているくせに、あとン十年はローン返しの身となった。しかしそれでも智代は気に入ってくれているし、子供達もうれしそうに走り回っている。これで俺が満足じゃないことがあろうか。

 巴が大きくなったら、今はお客用にしている部屋を巴の部屋にすれば、よほどのことがない限りずっとここで暮らしていける。そう思っていると思わず頬が緩む。

 

 

 

 俺も智代も、中学生の頃は家族の絆というものがあまりにも脆弱で、結構寂しい思いをしていた。今ではすべて解決しているものの、結局俺は智代と結婚するまで親父とは他人のように暮し、智代も弟である鷹文が自分から事故に遭わなければ家族は離ればなれになっていただろうと言った。だから俺達の家族に対する思いは強かった。

 

 幸せな家庭でいよう。

 

 これが俺と智代の間で指切りげんまんした約束事の一つだった。

 そして五年前、智代は朋幸と巴という、目に入れても痛くないほど可愛い双子を生んでくれた。俺が甲斐性なしだったばかりに、結構遅れに遅れた危険な出産だったが、それでも俺達は乗り切ることができた。

 今ではもう毎日が夢のような生活を送っている。

 

 

 

 昨日の夜のことを思い返してみる。残業がなかったので定時に帰ってくると、育児のために午前中のみ出社して午後過ぎに帰ってきている智代が夕飯を作っていて、玄関を開けると旨そうなにおいが鼻を突く。そしてとてとてとまず朋幸が走ってきて元気におかえりと言い、続いて巴も抱きついてきた。二人を同時に抱っこしながら居間に行くと、エプロン姿の智代が笑顔で料理を並べていた。急いで着替えると、ちゃぶ台に四人で座り、一緒に「いただきます」。

 本当に、夢みたいな一時。そして俺はそれがいつまでも続いてくれればと願わずにはいられなかった。

 

 

 

 ふと、ぎしぎしと階段から誰かが下りてくる音が聞こえた。暗闇の中で色の薄い長髪と桃色のパジャマがくっきりと見える。

 その人影はふらふらと揺れながらこちらにやってきた。

「智代」

「あ……朋也か」

「とーさん」

 智代の手には、巴の小さな手が繋がれていた。巴そっくりの顔がもじもじしている。

 

 

 巴は結構お母さんっ子で、何かと智代にくっつきたがる。時には俺すらもライバル視してしまうのだから、困ったものだ。では朋幸は?見た目はお父さんっ子だが、実のところお母さんっ子でもあり、つまるところ優柔不断なところがある。誰に似ちまったんだ、と嘆いたところ智代に冷たい目で見られた。

 

 

「お前と巴もか」

「ああ……今は朋幸が入っているのか」

「ああ。もうそろそろ……って」

 水音とともに、トイレのドアが開き、爪先で立ってドアノブを回した朋幸がこっちに駆けてきた。

「とーさん、ちゃんとまっててっていったのに」

「ほら、待ってただろ」

「ちがう。どあのそとでまってるっていった」

「ダメなのか」

「くらくてこわかったもん」

「なあ朋幸、お前お兄ちゃんだろ?男の子だよな?じゃあ、怖くても平気さ、って顔じゃなくちゃだめだ」

「そうなの?」

「ああ。それが男ってもんだ」

 朋幸は俺の顔を見て考えるそぶりを見せると、「うん、わかった」と大真面目に頷いた。

「よし。じゃあ二階に一人で行けるか」

「いける。ぼくはおとこのこだ」

 そう言ってとてとてと階段を上っていく朋幸。

「かーさん、いこーよ」

「ああわかった」

 巴はトイレの前で「ひとりでできるから、まってて」と智代に言うと、ドアを閉めた。そしてドアをまた開けると、「さげて」と言った。

「下げる……?」

「いすがあがってる。さげて」

 俺は苦笑すると、上げっぱなしだったトイレの便座を下げた。

「ありがと」

 そう言うと、巴はまた扉の向こうに消えた。俺は智代の隣に立って、肩に腕をまわした。

 

 

 智代は俺と同じ時間に寝るくせに、俺よりもずっと早起きである。長い間暮して結構謎だと思っていたのだが、朋幸と巴が生まれて、夜泣きや夜のトイレで起こされることが多くなって初めてその謎が解けた。とどのつまり、智代は睡眠の質を凝縮することで量を減らしているのだ。だから朝はしゃきっと起きることができても、こういう風に夜中に起こされると半分寝ている感じになってしまう。

 

 

「智代、大丈夫か」

「だめだ。朋也、肩を貸してくれ」

「おう。ほら」

 しなだれかかってくる妻を抱きとめる。普段は俺よりもしっかりしている彼女が、こういう風に甘えてくれるのは実は結構うれしい。

「やっぱり朋也といるのが一番落ち着くな」

「ありがとな」

 

 

 そう言えば最近古河に俺とおっさんが似ていると言われたことがあった。おっさんと早苗さんは、中学生の孫がいるとは思えないほど若く見えて、二人とも未だに万年新婚夫婦をやっていた。それについてからかった時のおっさんの言葉を、今でも覚えている。

(俺と早苗は永遠を誓った仲なんだ。二十年三十年ぐらいじゃ、まだまだ新婚なんだよ)

 何だか納得してしまった。そして俺は今、隣にいる智代を見た。

 プロポーズの言葉は今でも覚えている。

 結婚しよう。いつまでも一緒だ。俺達の愛は永遠だ。

 だったら、俺達もまた、朋幸と巴が独り立ちして子供を産み、おじいちゃんになっても相変わらず近所ではバカップルの代名詞になっているのだろうか。相も変わらず、朝に智代に起こされ、「別れよう」と冗談を言い、些細なことで(智代は女らしさについて、俺は未だに智代より稼ぎが悪いことについて)トラウマを踏んづけたり、近所で美人の智代に色目を使う奴を睨み倒したり、逆に可愛い女の子を通り過ぎる時に軽くつねられたり、そうしたりして夜は一緒に寝るんだろうか。

 それ、いいな、と思ってしまうあたり俺は手遅れかもしれない。

 

 

「なあ智代」

「どうしたんだ、朋也」

「俺さ、いつも思うんだけどさ」

「うん」

「やっぱお前といて、最高に幸せだなって」

「……私も、そう思う」

 そう言って智代は頬に唇を軽く押しつけてきた。堪らなくなったので智代を抱きしめ、正々堂々とキスをした。智代の温もりが、その存在全てが、うれしかった。

 

 

 水音が聞こえる。もうそろそろ巴がトイレから出てくるだろう。そしていちゃついている俺達に対して頬をふくらませ、「えー。とーさんだけずるい。かーさん、ともえにもちゅーしてほしい。わたしはかーさんのむすめだからな」とごねるだろう。

 

 

 

 でも、なあ、もう少しだけ、こうしていてもいいんじゃないか。

 そう思った。

 

 

 

 

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