すげえんだぜ、と翔は言った。
「はぁ?」
「いや、だから、ぼくんちの父さん、すげえんだって。ともゆきもびっくりするって」
得意満々な顔で、翔は一冊のアルバムを俺に突き出した。
ぼくんちのひとたち
「で、何がすげえんだよ」
翔は俺より一歳上の、杏先生と春原のおじさんの子で、小さい頃から俺とはよくつるんで遊んでいた。確か、この話は小学校高学年ぐらいの話だと思う。俺と双子の妹の巴が河原でぶらついていると、翔が息を切らして走ってきたわけだ。
「これ見てみろよ」
「なんだよこれ」
表紙には、俺の読めない漢字で何か書いてあった。今となっては、そのタイトルが何だったのか、思い出す術はない。
「よくわかんねえけどよ、父さんのへやにあったんだよ。ほら、その、あれ探してるとき」
「あれか」
「?何の話だ?」
巴が首をかしげた。あれ?あれって言ったらほら、大人の男の人が部屋のどっかに隠してるあれだよ。ほら、奥さんには絶対に見つかっちゃダメな、わかるっしょ?
「で、これがでてきたんでさ、めくってみたらよ」
うんうん、とうなずいた。
「これ見てみろよっ!」
翔が指さしたページには、衝撃の写真があった。
「わっ!わわっ!」
「ほう……」
春原のおじさん、金髪だった。
「すげえ!何だよこれ、きんぱつじゃん!」
「だろ?な?」
「なんだこれ、すげえすげえ!」
「でさ、ここからがぼくの考えなんだけどさ」
真剣な顔で相が言った。
「ぼくの父さんさ、外人だったんじゃない?」
「ななななんだってーっ!!」
俺は驚愕の事実に叫んだ。
「で、でもさ、名前だって日本人っぽいじゃん!」
「甘いなともゆき。うたとかでしゃうとするじゃん、HEY!とかYO!とか」
「えっ!つまりお前の父さんって……」
「エイ語のつづりはYO!HEY!だね、まちがいなく」
「すげえっ!お前んちすげえッ!!」
へへん、と翔が鼻の下を擦った。
「かみは日本人になったときにそめたんだよ、きっと」
「あ、でもめいおばさんは?あの人も外人なのか?」
ちっちっち、と翔が指を振った。
「ともゆき、だめだなぁ。メイって言ったら、エイ語で七月じゃん」
「あっ!そうかっ!」
「五月だ、バカ」
巴が呆れた顔をして突っ込んだが、俺たちは聞いていなかった。
少しばかり、弁解させてもらおう。
あの頃、今になって思えば俺は馬鹿だった。母さんや杏先生によると、男、特に男の子ってのはみんな馬鹿らしい。そう言えばそのことに関して、父さんも春原のおじさんも反論できず、母さんと杏先生がため息や苦笑交じりにそう言うと、ぽりぽりと頬を掻きながら黙り込んでしまったりする。
で、翔とは腐れ縁というか、幼馴染というか、物覚えのついた頃から一緒に馬鹿をやっていた。一緒にってのは、つまり翔が何か馬鹿なことを考え、純情な俺は年上の言うことを真面目に聞いて、結局二人して叱られたり巴に蹴られたりするというオチだ。
「って、おい、これ見てみろよ!これ、杏先生じゃん!!」
「あ?」
俺はその時、数ページ後にある一枚の写真に釘づけになっていた。
「うわぁっ!」
「ななな、なんだこれっ!」
「……ふむ」
杏先生、狐耳と尻尾。
「というか、これでは魔法少女じゃないか」
しげしげ、と写真を見ながら巴が漏らした。そう言えば、手に何だか変なデザインのステッキを持っていた。
「わかったぞ、ともゆき」
「何がだよ」
怖い顔で翔が俺に話しかける。
「ほら、母さんって、(ピーッ)歳だけど、ぜんぜんそう見えないよな?」
「うん、(ピーッ)歳にはとても見えないな。だって、さんすうのふじしま、あれのほうがババアじゃん」
「だからさ、そのなぞだよ。答えがわかったんだよ」
ごくり、と生唾を飲み込んだ。
「うちの母さんさ……」
「うん……」
「まほう少女だったんだよっ!」
「ななななんだってぇえええええええ!!」
その日セカンドレイドなショックだった。
「ずっとわかく見えるまほう使ったんだよ。ぜったいそうだって!」
「……母さん、馬鹿がいる。ここに馬鹿が二匹いるぞ」
「ほら、椋おばさんだってそうじゃん。二人でまほうの薬作ったんだよ!」
「すげえっ!お前んちすげえっ!!」
その頃の椋おばさんは、はっきりいって苦手だった。と言っても、ただ単に注射が嫌いとかそういう理由だったわけだけど。まぁ、おかげで幸か不幸かナース萌えになることはなかった。鬼より怖い杏先生と、恐怖のナース椋おばさん、この二人が怪しげな不老不死の薬を作ったというのは、容易に想像ができた。ちなみに、今の二人を見れば、それ以外に外見的年齢的矛盾を説明できないのだが。
「じゃ、じゃあ、かんとくや早苗さんも、そのまほうの薬を?!」
「……いや、ぼくの読みじゃあ、あれはちがう」
前から疑問に思っていたことを聞いてみたが、翔は頷かなかった。
「なぁともゆき、かんとくや早苗さん、渚さんにあって、汐ちゃんにないもの、何だ」
まず、監督と早苗さんの顔を思い出し、渚さんの顔も思い出し、そして(その頃は)愛しの汐ちゃんの顔を思い出した。
「汐ちゃん……」
「あっ、てめーっ、何かってにぬけがけもうそうしてやがる!汐ちゃんはぼくのだっ!」
ちなみに、この頃すでに汐ちゃんには彼氏がいたのだが、それはまた別のお話。
「それより、わかったぞ」
「ああ、なんだ?」
「しょっかくがないんだよ。かんとくには二本、早苗さんには何と三本、そして渚ちゃんには二本あるけど、汐ちゃんにはない」
ピンポーン、と翔が言った。
「でもね、時間の問題だぜ?」
「え?」
「つまり、かんとくや早苗さんは大人だから、完全体なわけ。で、汐ちゃんも、そうなるんだよ」
この頃、俺たちは父さんの押し入れの中に、ライトボールという烏山明の描いた漫画を見つけ、結構はまっていた。七つの光の玉を集めれば、町の意思が龍となって現われて、願い事を叶えてくれる、という話だった。微妙にアクションやラブコメが混じっていて、結構面白かった。
「じゃあ何か、汐ちゃんもジンゾウ人間を二体吸収すれば?」
「汐ちゃんにそんなのがにあうはずないだろ。ふるかわ家の完全体といったら、あれだよ」
「なんだよ」
「早苗パンだよ」
厳かに翔がいった。ちなみに、本当のところ、あの家族もどうなんだろう。もう時間が止まっているようにしか見えないんだけどな。あの頃俺たちがそんな話をしていたんだから、今の俺に古河家がどう見えるかは、まあ察してくれ。
「あのパン、絶対に何か入ってるぞ。だから年取ったりしないんだよ」
「それがあのしょっかくとどうかんけいあるんだよ?」
「わかんねえかなぁ、ともゆき」
ちっちっち、と翔が指を振る。翔にやられると、最高にムカつくアクションの一つだ。
「早苗パンを食べすぎるとな、しょっかくがはえてくるんだよ」
「……こえぇ……早苗パンこえぇ……」
俺はパンの食いすぎで頭からにょきにょきと触角が生えた自分を思い浮かべた。
いや、今でも早苗パンは怖いけど。
「というわけで、ぼくんちはすごいんだぜ」
えっへんと胸を張る翔。俺はよくわからないがカチンときていた。
そもそも、親が外人だったり魔法少女だからといってどうなのだ。外人でなくても(まぁ外人じゃないのだが)春原のおじさんは春原のおじさんで、杏先生はポット屋ハリーと何ら関係なくても杏先生で、特にどうということはない。それに親がそうだからといって翔がすごいわけでもない。いや、むしろ馬鹿だ。だから今俺の前で漫画読んでいる翔に言ってやることにした。
「翔」
「あんだよ」
「お前ってさ、絶望的に馬鹿だよな」
「朋幸には言われたくないね」
「ちげえねぇ」
それはともかく、あの頃の俺は、どう答えただろうか。
「おれんちだってすごいぞ、母さんと父さんはおかざきサイコーだ」
やっぱり馬鹿な返答しかできていなかった。
「ふーん、へー、どこがどーすごいんだよ」
「父さんはなぁ……」
何で俺は気づかなかったんだろう。俺の周りにいる人で、実際にまともっぽい人といったら父さんしかいないということに。いや、まともであることは悪いわけではない。むしろ、こんな個性たくさんな人に囲まれて、その中でも結構個性的な母さんと相思相愛万年ベタ惚れバカッポーやってられる父さんはすごいと思う。しかし、ここでは「個性的」=「すごい」というわけで。だから父さんの「まとも」という個性は、まったく役に立たない。美術大学を目指すために受けた風子ちゃんの授業ほど意味がない。
「と、父さんはいいんだよ!母さんだって、杏先生と同じぐらい若く見えるじゃん」
「う……たしかに」
「母さんはそのアルバムにのってないのかよ」
ページをめくってみたが、母さんの写真はなかった。後日談だが、母さんは俺らの母校の生徒会長だったらしくて、写真が撮られたであろう二年生の頃(父さんたちが演劇部を立ち上げた頃)はそっちの仕事が忙しくて演劇部に顔を出すことができなかったらしい。さっきの親が云々とは言ったけどさ、やっぱ俺の母さんってすげえなぁ。
「こんな息子に育ってごめんなさい。ちなみに杏先生、翔がこんなんで、もう何とお悔やみを申せばいいやら」
「あんためっちゃくちゃ失礼な事言ってるよな!」
それはともかく、話は馬鹿をやっている現在から、馬鹿をやっていた少年時代に戻る。
「ほら、母さんってかみのけぎんいろじゃん」
「……」
「やっぱ母さんも外人のまほー少女かよ」
「……いや、ちがうよ」
青ざめた顔で翔が俺を見た。
「すげえっ、やっぱお前んちすげえよっ!」
「な、なんでだよ」
「だって……だってよ、ぼくの考えが正しけりゃ、お前の母さんさ」
「うん」
汗が頬をつつ、と流れ落ちた。
「お前の母さんさ、宇宙人だよ」
「ななななんだtt(ry」
サードインパクトもこれほどじゃないだろうとばかりに驚いた。
「前さ、父さんがゲームの本見てたんだよ。何か月のおひめさまとちきゅうのどっかの男がいっしょになるってゲーム。そのおひめさまがかみのけぎんいろだったんだ。しかも、かんむりののってるところ、お前の母さんのヘアバンドと同じところだった」
「じゃ、じゃあ、母さんは」
「月のおひめさまだったんだよ」
ふと見ると、巴は顔を赤くして、「母さんは……かぐやひめだったのか……月の天女だったんだな」とか呟いていた。母さん、馬鹿が三匹そこにいたよ。
「じゃ、じゃあ年をとらないのも」
「月とちきゅうでは時間の流れがちがうからねぇ」
訳知り顔で翔がうなずいた。
「じゃあ、いつか月にもどってっちゃうのか?」
「ありえない話じゃないね。かぐやひめだって、けっきょくはなくなく月にもどってったじゃん」
すると、巴がピクリと反応した。
「うそだ」
「ほんとうだって。何かすげえなける話になりそうだな」
「うそだうそだうそだっ!母さんが……母さんがっ!」
まぁ、父さんと離れ離れってのはなさそうだよな。あの二人、別れたりしたことなさそうだし。
「わたしを置いてどこかに行っちゃうはずないじゃないかっ!!」
お前のほうっ!?と言う前に、巴の足が青白い光とともに俺たちに踊りかかった。刺すような痛みの後、世界が何回か回転して
ずばっしゃあああああああん
頭から川に落ちた。巴はそのまま泣いて家に帰っちゃうし、その後で「巴を泣かしたのは誰だ」と言わんばかりにやってきた母さんと、翔が帰ってこないんで探しに出た杏先生に二人してこっぴどく叱られるしで、まぁ、最悪ながらもいつものパターンだった。
後日談。
「ねぇ杏、ここにあった演劇部の仮想パーティーのアルバム見なかった?」
「あれ?どこ行っちゃったのかしらね……」