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 俺にそっくりの目が、好奇心いっぱいのまなざしを送ってきていた。

「ねぇとーさん、きょうはなんのひ?」

「今日か?」

 首をかしげて考えるふりをした。そしてぽんと手を叩いて、わかったぞ、と言った。

「ほんと?すごいね」

「はっはっは、そうだろそうだろ。父さんはな、こう見えてもすごいんだぞ」

「……かーさんほど?」

「はっはっは、そりゃ無理だ」

 さすがにうちの嫁に勝てる奴はいないと思う。まあ、これは既婚者の野郎どもの大半が思ってることなんだろうけど。

「で、きょうはなんのひ?」

「今日はな、父さんが母さんと昔デートして、ほっぺにチューした日だ」

「そうだったんだ……わかったよ、ありがと」

 とてとてとて、と朋幸は台所に走って行った。小熊ちゃんを騙すのは少しばかり罪悪感がちくりと来たが、まあこれも忙しい俺なりのコミュニケーション不足の解消法ということで笑って許して

「……とーさん」

「お、早かったな。今度はどうした」

「うん、かーさんが『ともやくん、いますぐちょっとだいどころにきてほしい』だって」

 くれなかった。智代が朋也君と俺を呼ぶ時は、まあ相当に雷をお落としになられる時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 けーろーのひ

 

 

 

 

 

 

「まったく、小熊ちゃんにでたらめを言うなんて、朋也は悪いな」

「わるいなっ」

 智代一人に怒られるのだけでも辛いのに、何が悲しゅうてそのミニチュア版にまで叱られなければならんのだ。というか大人を叱る子供って何だ?全く、親の顔が見てみたい。

 

……俺か。

「だましたなっ!とーさんみたいにだましたなっ!」

「ルークよ(シュコー)、アイ・アム・ヨア・ファーザー(ゴウ)」

「ななななんだってぇぇえええええ!」

 こんな小さい頃からネタが連発する子供ってどうなんだろう。全く、一度親と話し合いをしてみたい。

 

……俺か。

「で、今日は何の日かな、と・う・さ・ん・?」

「……何の日だっけ」

 ぴし

 智代の美しい顔にひびが入った気がしないでもなかった。絶対に今、角生えてると思うぞ。

「なぁ朋幸」

「うん、なに?」

「クマが角を生やすと、何に見える?」

「え、なんだろ」

「巴、どうだ?」

「さあな。とーさんにはなんにみえる?」

「まあ強いて言えばトナカイかな」

 クリスマスになると、あのクマのぬいぐるみは段ボールの角と赤い付け鼻でルドルフに変身する。

「で、何が言いたい?」

 ホッキョクグマも風邪をひきそうな温度の声で、智代が聞く。笑顔がとても怖い。

「いやぁ、死んだふりは効くかなぁって」

「試してみるか?」

「……ごめんなさい」

 はぁぁ、とため息をつかれた。

「もうそろそろおふざけはやめにして、本当のことを言ってあげたらどうなんだ?」

「あ、ああ。朋幸、今日はな、敬老の日なんだ」

「けーろーのひ?」

 きょとん、と首をかしげる。親バカならかわいいとか言うんだろうが、俺はそんなことは言わない。かわいいぜ。

「ああ。お年寄りの人に挨拶しに行く日なんだ、いつもお疲れさま、これからも元気でいて下さいって」

「たとえば……けんぽーのおじーちゃん?」

「けんぽーのおじーちゃん……?」

 ああ、と巴が頷いた。

「まちのはずれのおじいさんだ。すごくかっこいいんだ」

「そうなのか。知り合いなのか?」

「みてるとときどきおかしとかくれる」

「……朋也」

 少し困ったような顔で智代が俺を見る。

「そうだな。日ごろのお礼も兼ねて挨拶しに行かなきゃな」

 そう言って、俺は立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

「ここか……おいおい」

 結構立派な家だった。松の木が数本生えていて、結構な庭であることは壁の外からでもわかった。

「ところで朋幸、このぱしぱしって音は何だ?」

 さっきからひっきりなしに乾いた音が聞こえる。

「おじーちゃんのけんぽー」

「……そうか。何拳とか言ってたか?」

「……なんとかきょくけんだって」

 太極拳か。まぁ、老人が健康法で使うとは聞くけどな。

「すごいぞ。まあ、かーさんほどじゃないにしろな」

 それ、絶対本人傷つくからな。私は小熊ちゃんたちにも凶暴な女と見られていたのかっ!ってな具合で。

「よし、じゃあまずお前たちが挨拶をして来い。父さんもすぐいく」

 うん、と頷いて、二人は駈け出した。俺は苦笑すると、結構敷居の高い門を通った。

「おじーちゃん!」

「おお、お前たちか……」

「ごそくさいでなによりだ。おじゃまします」

「うむ、よく来た……」

「きょうはね、とーさんもいっしょなんだ」

「けーろーのひというから、あいさつをしに」

「ほう……それでお前たちも」

「うん」

「ありがとうよ……」

 声に妙に聞き覚えがあった。いやな予感が何となくした。

「で、あれみせて」

「あれ、とは?」

「ほら、まつのきをぐらぐらさせるやつ」

 松の木を、ぐらぐら、だと?門をくぐり終えた俺は、訝しげに声のする方を見た。

「ふむ……ほわちゃあっ!」

 結論。松の木は折れんばかりに揺れた。

 ぱちぱち、と小熊ちゃんたちが拍手を送る間、俺は絶句していた。

 屈みこんだ姿勢から、一気に爆発するように膝と肘を繰り出し、そして最後に肩から体当たり。当たる度に爆ぜるような音がした。

 しかし、俺が驚いたのは、その技量のことだけではなかった。一番驚いたのは、その上半身裸の筋肉モリモリの術者が

「幸村のじいさん!」

「うむ、お前か……」

「しりあい?」

 驚いたのは、俺だけではなかったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、じいさんが強いのは知ってたけど、まさかなぁ……」

「ふむ。しかしあの子らはやはりお前の子供なんだの……」

 すでに線にしか見えない目を細めて、じいさんは小熊ちゃんたちを見ていた。ちなみに今は二人で池の鯉を覗き込んでいた。池に落ちないか少し心配だったが、生き物との触れ合いは大事だと思う。

「似てるか」

「見た目はの。中身は坂上さんみたいにまっすぐじゃがの……」

 ぐっ

「仲良くやっておるようだの……」

「はぁ……」

「特に、巴と言ったかの、女の子の方は、母さん母さん、と言っておるの……」

 すごく簡単に想像できた。

「坂上さんは元気かの?」

 

「おかげさまでな。ああ、あと春原も元気だ」

 

「ほう、そうか……あやつも今は父親だと聞くが……」

 

「ああ、杏……藤林杏ってやつ、二年三年と学級委員やってたやついただろ?」

 

「おお、あの髪の長くて……」

 

「そうそう」

 

「胸毛の濃い若者だったかの」

 

「全然違うっ!!」

 

「冗談じゃ……そうか、あやつがの……藤林さんとのぉ……ほっほっほ」

 

 本当に我が子のように微笑んだ。

 

「で、じいさんさっきのは、太極拳か?」

「ふむ、三字のうち二字は正しいがの、正確には八極拳じゃ……」

 ……

 太極拳:健康法

 八極拳:バーチヤファイターでお馴染みの、八方まで届く威力で相手を粉砕する拳

 ぜんぜん違った。

「しかし、挨拶に来てくれたことはうれしいの。ありがとうよ」

「ああ。また近いうちにあいつも連れて来るよ」

「うむ。よろしく伝えてくれ……」

 そう言って、俺たちは幸村邸を後にした。

 

 

 

 

 

 

「そうか。うん、それはとってもよかった」

 夕飯を食べながら智代が笑った。サバの塩焼きと大根の味噌汁は、今日みたいに遠出をしたりした後は格別にうまい。

「いつかまた会いに行かなきゃな」

「ああ。幸村先生には、私もいろいろとお世話になったしな」

「ところでとーさん」

 ご飯粒を頬につけたまま、朋幸が聞いた。これじゃあ、北海道行ったら大変だぞ?

「けーろーのひって、なんであるの?」

「だからさっき言っただろ?おじいさんやおばあさんをすごい、と思う日なんだって」

「そーじゃなくて、だれがはじめたの?」

 ふむ、と俺は腕を組んで考えるふりをする。

「昔な、あるところに勇敢な戦士がいてだな、こいつの名前がケーローだったんだ。ケーローは強くて優しかったから、みんなから好かれたんだな。で、ケーローはおじいさんになってもすごいことをしていたから、ケーローの日になったら、ケーローみたいなすごいおじいさんやおばあさんに感謝と敬意の気持ちを表すようになったんだ」

「へぇ……ケーローって、かんとくみたいだったの?」

「まあな」

 ちなみにさっきおっさんには電話で「敬老の日おめでとう」と言っておいてやった。結構ダメージは大きかったようだ。さすがに早苗さんには何も言わなかったが。

「朋也?」

「うそくさいぞ」

 智代と巴がジト目で俺を見る。

「嘘じゃないな。信じられないんだったら、おじいちゃんに電話してみろ。ただしごちそうさましてからな」

 それで納得する智代。小熊ちゃんたちはそれを聞いて結構急いでご飯をかきこみ始めた。

 

 少ししてから朋幸がご飯をのどに詰まらせたのは、まぁ予想できるお約束事だった。

 

 

 

 

 

 

「まったく、お前は仕方のない奴だな」

「へいへい」

 苦笑する智代と一緒に食器を洗う。普通は巴の仕事だが、巴は今、電話の前で朋幸と交代する準備をしていた。

「でも、今回は許してやろう。そういう朋也のほのぼのとした悪戯っぽいところ、好きだぞ」

「そりゃどうも」

 すると、朋幸がとてとてと走ってきた。

「で、どうだった?」

「すごいや、とーさん。おじーちゃん、『そうなんだよ、よくしってるね』っていってた」

「だろ」

 えっへん、と腰に手を当てて威張って見せた。


「ほかにはどんな話したんだ?」


「えっと、やきゅーのはなしとか、よーちえんのはなしとか」


「そっかぁ、えらいなぁ朋幸は」


 きっと親父もすごく喜んで聞いたことだろう。親の俺が聞いていて喜ぶんだから、孫から敬老の日に挨拶とともに聞かされる話ってのは、じんとくるんじゃないだろうか。そう思ってあんな突拍子もない話をしたわけだ。

「あと、おじーちゃんが『とーさんにありがとーっていっておいて』だって。ありがとーございましたー」

 ぺこりと頭を下げる朋幸。

「どういたしまして。巴が終わったら、坂上のおじいちゃんおばあちゃんにも電話しような」

「うん」

 またとてとてと行ってしまった。よくもまぁあんなに走り回って転ばないなぁ。

「ふふふ、うまくいったな、朋也」

「まあな」

 俺と智代はお互いの顔を合わせると、くすり、と笑った。

 

 

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