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「う゛〜〜〜」

 俺は布団の中で唸った。たった今、足の指探索隊を布団の外に派遣した結果、あまりの寒さに即探索隊は引き返し、布団の中での篭城を提案した。

「だけどなぁ」

 そうも言ってられない事情が、実は俺にはあった。何と今日は春原と杏と、そして二人の息子であり俺んちの小熊ちゃん達の幼馴染である翔が遊びに来るのだ。しかし外は寒くて、布団の中は暖かい。畜生、何でよりにもよってこんな日に遊びに来るんだ。誰だこんな日に呼んだのは、と考えてみたら、最愛の嫁だったりする。

 しかしまぁ、足の指ってのは元々寒いからな。報告書も大方誇張だろ。外がそんなに寒いわけがないさ。というわけで、よし、人差し指探検隊出動。

 駄目だ寒すぎる今日は布団の中にこもっていよう。

「父さん」

 不意に呼ばれる。これは……誰だ?巴か?巴が智代に言われて俺を起こしにきたのか?まずい。朋幸ならともかく、巴は容赦がないからな。洗濯ばさみがあんなに痛いとは父さん知らなかったよ。

「父さん。ねぇ、父さんったら」

 む?どうも今日は朋幸のようだ。布団をゆする力に「でも布団も暖かいし寝ていたいなぁ」という波動を感じる。これぞまさしく俺の息子。

「おきてよ。おきてってば」

「朋幸……父さんはとっても疲れてるんだ。もう少し寝かせてくれ」

「どうせ少ししたら巴が水をはったせんめんきもってくるんだから。今おきた方がいいよ」

 なっ今日は洗面器なのかっ!俺の安眠が逃げていく……

「とにかくおきてよ。外がすごいんだよ?まっ白なんだよ」

「……どれどれ」

 俺は布団から這い出た。ぶわっ、さみぃ。誰だ地球温暖化だのなんだのって言ってる奴?ちょっと後で俺のところに来い。

 カーテンを開けると、そこには純白の世界が広がっていた。

「雪だよ」

「ああそうだな……どうりで寒いと思った」

「すごいね」

「ああそうだな……んじゃ」

 布団が温もりを失わないうちに撤退しよう。

「えぇえええええぇえええ」

「朋幸、父さんはな、クマさんみたいに冬眠しなきゃいけないんだ。んじゃおやすみ」

「でも、母さんはとうみんしないよね」

 ぐっ、痛いところを突いてきた。

「それにぼく、父さんと雪だるま作るつもりだったのに」

 ぐあっ、それは魅力的な提案だ。

「雪がっせんしたかったのに」

 い、いや、でも布団の中は暖かいし……

「父さんが雪かきするところ、かっこいいから見たいのに」

「朋幸、何そんなところにいるんだ?早く外に行こうじゃないか」

 俺はセーターから首を出しながら笑った。

「え?ええ?」

 朋幸は部屋のドアの傍に立つ俺と、そして二秒前まで俺が篭っていた布団があったところを見比べた。そして押入れを開いて布団がそこに畳んであるところを確認して目を丸くした。

「すごいよ父さんっ!今どうやってうごいたのっ!?」

「はっはっは、これが父さんの本気だ」

 かっこいいと言われれば、例えいかに物理的に困難でも数秒でこなしてしまう。これが父さんパワーだ。

 

 

 

 

 

 

 

雪とバカとシロクマさん

 

 

 

 

 

 

「というわけで、ちょっくら行ってくる」

「うん?あ、朋也おはよう……って、どこに行くんだ?」

 台所から智代が顔を覗かせる。いやぁ、やっぱ智代ってエプロンを着て料理している姿は絵になるよなぁ。

「いや、まぁ、朋幸に父さんのかっこいいところを見せに」

「私にそのかっこいい顔を見せずに行ってしまうのか?」

 俺は玄関まで来た足を止めて、急いで回れ右をした。

「おはよう智代っ!今日もかわいいお前に会えて、最高に幸せだぜいやっほぉおおおおおいっ!」

「大げさなんだから……うん、おはよう」

 ふふ、と笑いかける。ああ、俺、起きてきてよかった。

「今巴に起こしに行かせたんだが、朋幸に先を越されてしまったんだな」

「まあ、そういうことだ」

 すると「何ッ!父さんがいないっ!」という声が俺達の寝室から聞こえ、次にどたどたと階段を下りる音が。

「あーーーっ!父さんに母さんがうばわれそうになってるっ!」

 巴が俺達を指差してそう叫んだ。

「いや、まぁ、私は父さんの奥さんだからな」

「でも私の母さんでもあるぞ」

「父さんは奪ってなんかないぞ?私は巴も大好きだ」

「父さんにだきしめられてるのに?」

 おっと、気づかなかったぜ。いつの間に(棒読み)

「はいはい……おいで、巴」

 うん、と頷くと、巴は智代のところに駆け寄った。ぎゅう、と抱きしめられる巴。

「ほら、どうだ?母さんは巴も朋幸も大好きだ」

「うん。えへへ〜」

 ご満悦、という風な笑顔を浮かべる巴を見て、俺達も笑った。

「巴、父さんと一緒に雪で遊ばないか?」

「んー。母さんといっしょがいい」

「雪だったら、雪だるまが出来るぞ?」

「……シロクマさんもできるだろうか」

 動揺を隠せずに巴が俺を上目遣いで見る。HIT。

「ああできるとも。真っ白だからぴったりじゃないか」

「母さんは来るのか?」

「私は巴がシロクマさんを作るのを楽しみにしながら、少しお掃除だ」

「母さんに期待されてるんじゃ、すげえの作らないとな」

 その最後の言葉で、巴は落ちた。くい、と俺の袖を引っ張ると、母親似の少し偉そうな口調で俺に言った。

「ほら、早く行かないと母さんががっかりしてしまうぞ」

「へいへい。じゃあ行ってくるぞ、智代」

「うん。気をつけてくれよ?」

 小熊ちゃん達と一緒に、俺は智代に手を振ると、白銀の世界に踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、固えなこれ」

 俺はシャベルで家の前の雪をガリガリと削るように掬いながら呟いた。気温は恐らく零度を下回っているのに、もう汗だくだった。それでも家の前が滑らない程度には雪かきが出来たから、それはそれでよしとしよう。

「うっし、がんばる……ぼふぁ!!」

 背伸びをしたところ、俺は雪玉で狙撃された。口の中に入った雪を吐き出しながら、辺りを見回す。

「やっべ、おじさんにあたっちゃった……」

 近くで聞き慣れた声がする。つくづく投擲の才能って遺伝するものだな、と思った。

「翔か……」

「あはは、おじさんこんにちは」

 笑ってごまかそうとする翔だったが、俺は怒らない。なぜかと言うと

「こらっ、笑ってごまかさない」

 ごつん。

 俺の代わりに叱ってくれる大人がいると、手間が省けていいなぁ、と拳骨を喰らったところをさする翔を見ながらふと思ってしまった。隣で杏が腰に手を当ててため息をついている。

「ごめんね、朋也。うちの馬鹿が迷惑かけたようで」

「気にするなよ。どうせうちの小熊ちゃん達だって似たようなもんだし」

「ほら、ちゃんと謝りなさい」

「……ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げる翔に、俺はくすくす、と笑った。

「朋幸なら向こうで雪だるま作ってると思うぞ?雪合戦ならそっちのほうがぴったりだろうし」

「うんっ!」

 近所の公園の方を指差すと、翔はその名の通りさっと駆け出していった。

「子供は風の子って、よく言うもんだな」

「そうよねぇ……ところで、智代いる?」

「ああ、家の中だけど……って、杏っ!」

 もしかすると言うべきじゃなかったのかもしれなかった。杏は、俺の声に反応して、ふと振り返り、そして

 

 

 ぼふっ

 

 

 杏の顔に、雪球が炸裂。その赤いコートにも、白い雪が飛び散る。

「……」

「……」

 緊張を孕んだ沈黙が俺達の間に訪れる。そして

「岡崎ぃっ!そんなところで立ってないで、雪合戦しようぜっ……って、うへえっ!!」

 雪玉を投げた張本人が、ご丁寧にも俺達に声をかけた。どす黒いオーラが杏から迸る。

「……行ってくるわ」

「……ほどほどにな」

 ずんずん、という効果音が聞こえそうな足取りで、杏が進む。

「きょ、杏?あ、あははは、ごめんごめん、わざとじゃ、ないよ?」

「親子揃って……」

 ばっと杏が手を振り上げた。その時点でなぜか手には辞書が。正直言って、取り出した瞬間が見えなかった。

「何やってんのよぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ひぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 青空に馬鹿の悲鳴が響いた。俺はため息をつくと、シャベルを雪に突き立ててそれに寄りかかった。

「お疲れ様だな、朋也」

 ふと見ると、お茶を乗せたお盆を手にして智代が立っていた。

「おう、さんきゅな」

 茶をすすりながら、俺達は目の前で繰り広げられている阿鼻叫喚の地獄を傍観していた。

「いつもの、か?」

「ああ。いつもどおりの痴話喧嘩だ」

「あんたらそこで見てないで助けてよっ!!」

「陽平っ!逃げるんじゃないのっ!!」

「ひぃぃいいいっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「死ぬかと思ったよ……」

「お前ら夫婦喧嘩も命がけなのな」

 至るところに絆創膏を張った春原と一緒に、俺は公園で雪だるまを作っていた。額にはご丁寧に「春原岡崎仲良しコンビアンドヨーロピアンエクストリームアイロニングフィーチャリング光坂ブラザーズby夜露死苦」と書いてある。あいつこのネタ好きだよな。というか、どんだけでかい額だよ?

「そういう岡崎は夫婦喧嘩とかどうなんだよ?智代ちゃんの蹴りに耐えてるか?」

「あいにくだが俺と智代は喧嘩なんてしないからな。俺達の愛は不滅だ」

「ふ〜ん」

 何か言いたげな目で春原が俺を見た。

「何だよ」

「別に?ただまぁ、昨日『朋也の想いは恋じゃなかったんだなぁああああああああ』『俺の想いはっ愛だぁああああああああ』とか叫びながら走ってたのって誰だっけ」

「うっ」

「そういやさ、三日前に窓の外見たら、『私の突っ込みは的外れだったのかぁああああああああ』『そんな天然な智代が大好きだぁぁああああああああああああ』とか言いながら走ってる人見かけたんだけど、心当たりない?」

「ぐ、ぐぅ」

「あーあーそーそー、先週の週末さ、公園でキャッチボールしてたら、『森のパンダさんは、設定自体に問題があったのかぁぁぁあああああああああああ』『そんな独創的な智代が超好きだぁぁぁあああああああ』とかのたまってるバカップル見かけたんだけどさ、いやぁあれはさすがに知り合いじゃないってふりをしたくなっちゃったね」

「誰だお前は?」

「って、いつの間にか知り合いじゃないことになってる?!」

「だいたい、それは喧嘩じゃないだろ。何つーか、ほら、意見の食い違いって奴だ」

「ふーん……まぁそういうことにしておくよ」

 ふいぃ、と背中を伸ばした。どこかがぽくり、と間抜けな音を立てた。

「それにしてもさ、岡崎。変な話なんだけどさ」

「何だよ」

「子供っていいよねぇ」

「そうかよしちょっと待ってろ今すぐ警察に電話してやろうあと杏にも話をしておかなきゃな」

「ちょっとちょっとちょっとっ!それ、何の話だよっ!」

「いや?ただお前がロリコン宣言したから犯罪に走る前に止めてやろうと思ってさ」

「警察に電話する時点で、僕逮捕っすよね?!つーか杏に話した時点で僕死にますよね?!つーか、そんな話してないよっ!!」

「春原、三段突っ込みに昔のキレがないぞ」

「え、そ、そう?僕もここんとこスランプでさ……って、余計なお世話だよっ!!」

 ぜーぜー、と肩で息をしながら春原が俺を睨んだが、すぐにまぁいいや、と肩をすくめた。

「しかし子供っていいな」

「だよね……って、結局頷くんかい!!」

「何つーか、親父が頑張れたのもわかるような気がするな」

 そう言うと、春原がふっと笑った。

「だね。馬鹿な奴に限ってかわいいんだよね」

「お前はかわいくないのな」

「真面目に親として話してるところを勝手にギャグにしないでくれません?!……って、とにかくさ。うん」

 シャベルに寄りかかりながら、春原はふぅ、とため息をついた。白い息が風に巻かれていく。

「学生の時とかさ、ガキってうるさいしすぐ泣くし、馬鹿なことばっかりするしさ。正直親になんかなりたくないなって思ってたんだけどね」

「……ああ」

「親馬鹿、なのかな。自分の子供だったら、許してあげちゃいたくなるんだよね」

 俺にも思い当たる節があったので、同意しようとした時、風切り音が聞こえて

 

 

 どぼふっ

 

 

 巨大な雪玉が春原の顔に命中した。遅れて小さめのが俺の傍に落ちた。

「おー。いいコントロールだな」

「よっしゃ、父さんに当たったぞ」

「……ぼくのは外れた」

 父親に向かって雪玉を投げるのはいけない、というべきか、それとも俯いてしまった朋幸に次は頑張れ、と励ますべきか俺が悩んでいたら

「……翔君?あはは、とーさんちょっと怒っちゃったかナァ?」

「へへーんだ。おし、にげるぞともゆき」

「え、あ、うん」

「転ばないように気をつけるんだぞ」

 翔と朋幸が駆け出すのを見ながら、俺はやんわりと注意した。

「ちょっとお前ら待ちなさあいっ!」

 許してあげちゃいたくなるんじゃなかったのか?

「こっこまっでおいで、べろべろべ〜」

「くっそ、僕を本気で怒らせたな……こおら待てっ!!」

 自分の小学生の息子相手に本気で怒って本気で追いかけ回す成人男性の姿が、そこには、あった。

 俺じゃなくてほんとによかった。

 

 

 

 

 

 

 

「おう、小僧共」

 春原が翔アンド朋幸のゲリラ戦法に翻弄されて雪まみれになってからしばらくすると、オッサンがひょっこり現れた。

「オッサン……と古河ベイカーズジュニアの諸君」

「うす」

「あ、ゆきちのおにいさんだ」

「ゆきちにおにいさんいたの」

「ばーか、いるのはおねえさんだろ」

 どうやら俺もそれなりに若く見えるようだった。ちなみにゆきちとは朋幸のニックネームで、ともゆき→長いからゆき→女っぽいし短すぎるからゆきちなんだそうだ。将来一万円札に肖像画がプリントされてほしいと思うのは、俺の親馬鹿だろうか。

「みんな揃って雪合戦か」

 おー、と威勢のいい声がする。

「雪玉投げるのはピッチングにも役に立つからな。それにみんなで遊んだら楽しいだろ」

 煙草をピコピコさせながらオッサンがふふん、と笑う。

「にーちゃん、ゆきちは?」

「朋幸と翔ならもう向こうで始めてるぞ」

 俺の指差したほうには、背中合わせで雪玉を持った翔と朋幸が。

「よし、いくぞ。いっぽ、にほ、さんほ」

「よんほ、ごほ、ろっぽ」

「ななほ、はっぽ」

「きゅうほ……」

 十、と数え終えた途端、朋幸と翔は振り向いて、互いに雪玉を投げ合った。ハズレ。

「ちぇっ、ひきわけか」

「なかなかあたらないね」

「あいつら何やってんの」

 春原が首を捻りながら聞いた。

「ウェスタン決闘ごっこらしいぞ。ほら、互いに十歩歩いて、振り向きざまに銃を抜いて撃つって奴」

「へぇ……よく考えるもんだよね」

「子供は遊びを考え付くのの天才だからな」

 自称大人なでっかい子供が解説した。

「さてと。よーしお前ら、古河ベイカーズ雪合戦を始めるぞ」

 おー、と駆け出していく子供達。

「おーいゆきち、しょー」

「雪がっせんやるぞ」

 自分の子供が和気藹々とみんなに混じって遊ぶのを見る。これこそ親の醍醐味だと思う。

「はぁ?何言ってんの、お前」

「バッカじゃないの」

 不意に口論が始まる。どうも決闘の邪魔をされた朋幸がへそを曲げたらしい。でもまぁ、子供の話だし、大人は口を出すべきじゃないだろう。

「バカっていったほうがバカなんだ」

「今バカって言ったじゃん。アーホ、アーホ」

「言ったな、アンポンチン」

「へっ、そういうお前の母ちゃんデベソ」

 

 

 ぶち、ぶちぶちぶち

 

 

「うわぁぁぁあああああああああああああ」

 両足を捕まれて逆さ吊りにされた子供が悲鳴をあげる。

「よおしよく言ったなガキンチョ。貴様の罪は海より深い。人間には言っていいことと悪いことがある」

「あわわわわわ、ごめんなさいごめんなさい」

「で、何だっけ?智代が何だって?」

「とと、ともよってだれですかぁ?」

「岡崎智代ッつーたら、朋幸の母親にして俺の嫁だっ!」

「おおおおおくおくおくさんとはついぞしらず、失礼しましたぁっ」

「で?智代がどうかしたんだっけな?あァ?」

「何でもななななんでもございませんっていうか放してってばぁ!!」

「デベソって言ったように聞こえたが?」

「言ってません言ってませんったらいってません!」

「おーしおし。世界で一番の美女は誰だ?」

「おおおおおかおかざきともよさんですっ!」

 小学生の口喧嘩をまともに受けて、本気で教育上好ましくない制裁を加える四十代前半の男の姿が、そこにはあった。

 ていうか、それは俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、小学生にしては中々の出来栄えだった。

 後ろ足だけで立って、前足を掲げたシロクマは、あとは背中の細かい整形を除いて完成されていた。

「すごいな」

 そう漏らすと、巴は振り返ってふふん、と笑った。俺は雪合戦をある程度満喫すると、こっちのお姫様の様子を見に来ていたのだった。

「母さんに見せるんだ。当然だろう」

「いやぁ、これは父さん参った。おみそれしました」

「そうだろう。ならば母さんをあきらめて巴にじょうほするんだ」

「はっはっは、それは出来ない相談だ」

 むぅ、と巴がふくれっ面をする。

「父さんはこのシロクマさんを見てなんとも思わないのか」

「いや、すごいなとは思うさ」

「だろう?だったら降参して、母さんをあけわたしてもらおうか」

 それじゃどっかのちびっこ美術教師と同じ論法じゃないか。「最悪ですっ」と言われようと、あれを真似されたら、父さんは悲しくなってしまう。

「いやいや、父さんは例え世界と引き換えであっても、母さんを明け渡すつもりは金輪際ないな」

 腕組みで巴が俺をじとっと見た。

「……その点では父さんと私は同意見なんだが……むぅ、こまった。私がイロジカケをしてもだめか?」

 思いっきり俺は後ろに滑った。

「……その言葉、どこで習った?」

「ん?いや、杏先生がな、『男ってのはみんなバカだから、こまったらイロジカケでひっかけるといいわ』って言ってたんでな」

「何てことを教えやがるんだあいつは」

「で、どうだろうか?」

「却下」

 がくぅ、と崩れ落ちる巴。

「私は……私は母さんの子なのに女の子らしくないということなのか……」

「いろいろと間違ってると思うが、とりあえずそんなに悩むな」

 巴が他のところでこのフレーズを連呼していないことを祈りながら、俺は励ました。

「さて、あともう少しだ。父さんも手伝おうか」

「いや、いい。私一人で作り上げてみせる」

 えっへん、と胸を張りながら、芸術家は仕上げに取り掛かった。すると

「あっ、いたぞっ!岡崎発見!!」

 春原の声が聞こえ、そして

 

 

 ぼすっぼんぼんぼすっ

 

 

 どこからともなく雪玉が飛来してきて、俺の顔に命中した。

「うお、何だこりゃっ!って、やめっ!」

「一気に攻めろー」

「おー」

「小僧、貴様は囲まれている!さっさと降参して出て来い!!」

「人気者だな、父さん」

 父親が雪玉で集中砲火を受けているのに冷静にボケをする子供というのはどうかと思った。全く、親の顔が見たい。

 俺か。

「あと一息で岡崎ゲットだぜ!」

 人をポケモンのように言うな。

「ぜんぐんぜんしん!ばるはらにとつげきだ!」

 絶対にそれオッサンの影響だろ。

「Are you ready guys?」

「Yeah!」

「Put ya guns on!」

「YEAH!!」

「Gat it!小僧の御首級いただいちまうか!」

 そこでBASARAかよ。

 とまぁ現実逃避している間に、俺にはどんどん雪玉が当たっていき、「あ、こりゃやべえかな」とか思っていると、不意にぴし、と耳障りな音が聞こえた。

「何だ?」

 巴にも聞こえたらしい。きょろきょろと辺りを見回した。

「あと少しだ!野郎共、押せおっせぇええ!!」

「おおおっ!!」

 そして興奮した誰かの玉が放物線を描き

「あ」

 シロクマさんの頭に直撃

「え」

 頭はそのまま落下し

「あ」

 巴の頭にぶつかって崩れた。

 沈黙が訪れる。城を攻めていたら、櫓が開いて核ミサイル発射台が現れたかのような、そんなヤヴァい雰囲気だった。

「……」

 巴はまず自分の頭を撫で、そこに乗っていた雪を見つめ、完成間際だったシロクマさんの、今は頭が欠けた首を見つめ、そして原因となったものたちを見つめた。

「……そうか」

 すっと巴が歩き出す。異様な迫力に押され、オッサンを含めたBASARA隊が後ずさる。

「なるほどなるほど、そうか。まったくもってどうしようもない連中だ。お前達だったのか」

 巴は自分が一生懸命作った物を、しかも完成間際だった物を壊されても泣かなかった。無表情のまま進む。

「ならばこの私が相手してやらねばいけないのはまったく自然だ」

 その後姿は、大きさは小さいものの、威圧感といい、纏う絶対零度の空気といい、まさしく母親そっくりだった。

一度亡ぼされた位では、何もわからんか

 そして巴は駆けた。

 

 

 女子小学生一人を相手に、多勢で本気になって戦い、本気になって逃げ、本気で命の危険を感じつつ粉砕されていく男子小学生凡そ十名及び成人男性ニ名の哀れな姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

「ゆっくり、ゆっくりだからな?」

「おう」

 俺は一歩ずつ雪を踏みしめながらシロクマに近づいた。

「もうちょっと前……うん、そこでストップ」

「よし」

 ぎゅ、ぎゅ、という音がした。頭の上から、白い雪のかけらが落ちる。

「じゃあ、そっと下がって」

 ゆっくり、ゆっくりと俺は後ろに下がる。俺に肩車されている巴も、体を強張らせて息を殺していた。

「……」

「……」

「…………」

「…………」

 何も、起こらなかった。

 俺達は、目の前にあるシロクマさんを見た。破損した頭部は、二人の肩車作戦で復元され、どうやら落ちて来そうになかった。

『やったぁっ!!』

 二人で大はしゃぎした。辺りは暗くなり始めていたけど、俺達の周りだけ明るくなった気がした。

「よく頑張ったな、巴」

「父さんのおかげだ。というわけで……」

 肩から下ろすと、巴がもじもじとした。

「どうした?」

「か、母さんがそうすると父さんが喜ぶって言ったから……父さんもよく頑張ったから」

「から?」

「ごほうびにほっぺにちゅーしてあげよう。どうだ、うれしいか?」

 俺は苦笑して答えた。

「それよりいいごほうびはないな」

 すると巴は母親そっくりの仕草で「ばか」と呟くと、母親譲りのぎこちない仕草で俺の頬にキスをした。

「は、早く母さんを呼んでくるからなっ!父さんは来なくていいからなっ!」

 顔を赤くしながら巴は駆けていった。そしてしばらくして智代の手を引きながらやってきた。後ろから、杏も歩いてくる。

「ほう……」

「うわぁ……」

 一目見て声を失う智代と杏。その隣でふふん、と得意げな巴。

「すごいじゃないか巴!一人でやったのか?」

「最後は父さんに手伝ってもらった」

「でも、形とかは巴が一人でやったんだぞ?」

「すごいじゃない、巴ちゃん!先生もびっくりだわ」

 杏になでなでされ、智代に抱きしめられて、すっかりご機嫌な巴。そして俺のほうを見ると

「ぐっ」

「ぐっ」

 お互いに拳を突き出した。岡崎最高。

「ところで」

 杏がジト目で、俺達の芸術作品の隣にある「それ」を指差した。

「これは何?」

 雪の壁に体の半分だけを覗かせながら嵌って動けないでいる「それ」を一目見ると、巴は興味なさそうに言った。

「ああ、それか。それはこの像を作るときのふくさんぶつで、テーマは『エジプト』、タイトルは『ファラオのへきが』っていうんだ」

 智代は春原と古河ベイカーズジュニアの成れの果てをしげしげと見ると、困ったように言った。

「……前衛的だな」

「材料は、びじゅつのこころえを持たないバカ十一名に、ゆきかきでできたカベ、それから私のかれいなケリ。本当はバカんとくも材料に入れたかったんだけど、にげられてしまったんだ」

「……何があったかわからないけど、恐らくいつもどおり自業自得なのよね」

 杏がため息をついた。

「……とにかく風邪を引く前に引っ張り出してやろう」

「バカはカゼを引かないぞ」

「はいはい」

 苦笑しながら、俺達は春原達を雪から引っ張り出すために、腕まくりをした。

 

 

 

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