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始まりの季節





春。

学校へと続く桜並木も満開。
今年から高校生となる新入生は、これから始まる三年間に思いを馳せ、この坂を上るのだろう。

俺には関係のないことだ。

「いやー、入学式っていいね。午前中だけでいいんだし」
「お前は午前中も来なくていいぞ。目障りだ」
「新学期早々、ひどいっすね、あんた!」

今日は高校の入学式。
俺たちは最上級生の三年生へと進級する。

「いや、俺は、だな」

この馬鹿は進級できるのかどうか、危ういところだ。

「春原。違う学年になっても、たまには遊びに来いよ……」
「僕、留年決定ですか…」
「後輩として、最優先にパシらせてやるからな…」
「お断りだよ! てゆーか、ちゃんと進級できてるよ!」

春原が指差す先には組分けの紙。
俺たちはD組らしい。
まさかこの馬鹿と二年連続一緒とはな……。
落ちこぼれ同士、一カ所にまとめられたのだろうか。

「あ、杏も一緒みたいだな」
「あー……いや、あれは藤林『椋』と書いてあるぞ」

D組の欄には藤林『椋』と書いてある。
そういえば、杏には双子の妹がいる、て聞いたことがあったな。

「あ、本当だ。……ねぇ岡崎。あの漢字なんて読むの? 『椋』ての」
「え…? さあ?」

『椋』……日常生活じゃあまり見かけない字だ。
右が『京』だから『きょう』?
いや、それじゃ杏と被るか。

「あ、そういや『椋鳥』の『椋』だ。…じゃあ『むく』ちゃんか」
「犬みたいな名前だな…」

流石に『ふじばやし むく』はありえないと思う…。

「いや、待てよ…あの杏の妹なんだ。きっと凶悪な名前に違いない……そうか! 『ふじばやし ブルドック』だ!」

もうどこから突っ込めばいいのか分からない。

「誰がブルドックですって!」
「へぶほっ!?」

どこからか飛んできた漢和辞典が春原の頬に突き刺さり、春原が頭から桜の木に激突する。

「ああ、桜が散って綺麗だな…」
「何、風情感じてんだよ! 少しは心配しろよ!ぶべらっ!?」

続いて広辞苑。

「新学期早々何よ! こっちはむしゃくしゃしてんのよ!」

向こうから、先程から少し話題にのぼっていた、藤林杏が現れる。

杏は去年、俺や春原のクラスの委員長をしていた。

この進学校では『不良』と呼ばれる俺たちに平然と話しかけてくる唯一の女子だ。

杏の言葉を聞いて、春原が立ち上がる。

「それはこっちの台詞だ! 僕たちはお前の妹の話をしていただけで…」

こいつ、本当はわざとやってんじゃないか?

「『りょう』の悪口は許さないわよ!」
「あべしっ!?」

杏のつま先が春原の顔面を抉る。

「よう、久しぶりだな杏」
「ええ、久しぶりね朋也。…今年は違うクラスみたいね」
「ああ、代わりにお前の妹の椋と同じクラスだ」
「あら、あんた『椋』て字読めたの? 意外」
「まあな」

さっき春原を蹴った時に言ってたし。
ありがとう春原。お前の死は無駄にしない。

「生きてますよっ!へぶっ!?」
「椋に迷惑だけはかけないでよね」
「…善処する」
「ふーん、それじゃあね」

杏は春原を踏み付けながら俺に手を振ると、掲示板の方に戻る。

「大丈夫か?」
「今さら心配すんなよ!」
「よし、桜の木には傷はないな」
「僕の存在は植物以下ですかっ!?」
「え…何を今さら?」
「うぅ……」







――――――――――――――――――――







「ねぇ岡崎。高校生活もあと一年だね」
「安心しろ。お前はまだ二、三年ある」
「ちゃんと今年には卒業するよ!」
「卒業するのは来年な」

俺たちは中庭で寝転がっていた。
今、体育館では入学式をしている頃だろう。
途中、何人かの教師に会ったが、一瞬俺たちをちらりと見ると、何も見なかったように通り過ぎていった。

「つまりさ、僕がこの町にいるのもあと一年、てことだよ」
「………」

春原の実家は東北にある。
今は学校の寮に住んでいるが、卒業したら、当たり前だが寮から出なければならない。

「僕さ、この町、嫌いじゃないよ。別に好きでもないけどね。僕の実家と比べれば店やスーパーも多いし、お前とも馬鹿やってられるし。…岡崎は?」
「俺は…」

俺は…






「この町は嫌いだ」

やたらと自然が多い町。
山を迂回しての登校。

毎日学校に通い、授業を受け、友達とだべり、帰りたくもない家に帰る。

何も新しいことなど始まらない。

そんな代わり映えのない生活。

好きになれる要素など見当たらない。

それに……

「……そっか」

春原はそれ以上はその話題に触れなかった。
こいつは何気に鋭いところがある。

触れてはならない話だと気づいたのだろう。

そんな奴だからこそ、俺はいつも、こいつとつるんでいるのだろう。






――――――――――――――――――――







「岡崎は将来の夢、てある?」
「将来の夢…」

将来、自分が何になりたいか。
中学の頃はバスケのプロになりたいと思っていた。

それも今となっては叶わぬ夢だが。

「ないな」

高校三年の俺たちは、そろそろ進路を決めなければいけない時期だ。

でも、俺はまだ自分の将来が見えないままだ。

「うん、僕も。進学は無理だから、てきとーに就職して、てきとーに働いて…てきとーに生きてくのかな」
「…ま、あと一年もあるんだ。気楽に行こうぜ」
「…そだね」

本当はもうそんな時間はほとんどないのだろう。
他の三年生はほとんどが大学・専門学校に進学するのだろう。
就職をする奴も、自分がなりたい職業に就くのだろう。
俺は…何になりたいのだろうか?

キーンコーンカーンコーン

予鈴が校舎の方から聞こえる。

「…入学式、終わった頃だな」
「流石にHRは出た方がいいよね」

先に春原が起き上がり、俺は春原の手を借りて起き上がる。

「じゃあさ、僕たちの未来を予想し合おうよ。さっきから僕から言ってたし、今回は岡崎からで」
「お前の未来ね……。……杏と結婚してる」
「ひいぃぃ!? 恐ろしいこと言うなよ!」
「で、お前の予想した、俺の将来ってのは?」
「そうだな。……まずお前は年上と結婚している」
「俺は熟女趣味はないが」
「で、その娘はどこか抜けているようで、実は結構頑固。そしてすごい頑張りやさん」
「…何か矛盾してないか?」
「そして、娘が一人生まれて、すんげー親バカになるだろうな」


…………。


「…いつまでも妄想してんな。早くしないと藤林ブルドックに殺されるぞ」
「ひいぃぃ!? ……て、さっき椋、て言ってただろ!」
「おお、えらいえらい。よくおぼえてました。」
「きいぃぃぃ! 今に見てろ! 絶対お前より幸せになってやるからな!」
「ま、想像するのは自由だしな」


そう、想像するのは自由。

あくまで想像上の未来。







けど、もし、いつか。

現実として。



俺にも好きな奴が出来て。

俺にも家族が出来て。

俺にも幸せが訪れたら。






「ん?」

今、何か窓の外に飛んでたような……。

目を擦ってから、もう一度外を見てみるが、見えるのは風に舞う、桜の花びらだけ。

気のせいか……。

「おーい、早く行こうぜ」
「あ、ああ。今行く」


俺たちは歩き始める。


どこへ向かうかも分からない、未来への道を。







春。



それは、始まりの季節。

 

 

 

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