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 まだ風の冷たい春の日の昼下がりのことです。

 春一番でがたぴし鳴ったおんぼろアパートに、大学四年生の坂上智代がやってきました。

 黒のタートルネックセーターに淡いクリーム色のロングスカートという、いつものスタイルです。

 ひとつ間違うと野暮ったく見えてしまいそうな服装ですが、ぴしっとした姿勢と艶やかな髪の眩しさに引き立てられた智代の、輝くような美しさは、今日もいつもと変わりがありません。

 そうして自然に零れる優しげな笑顔が、彼女の周りをぱぁっと明るく照らすようでした。

 

 アパートの古ぼけた階段を上りきって目的の扉の前に立った智代は、左手に提げていたポーチから小さな鍵を取り出しましたけれど、何か思うところがあったのか、鍵を使わずに小さくとんとんと扉をノックしました。

 

 しばらくすると、のそのそと部屋の奥から這い出してきた岡崎朋也が、ぽりぽりと頭をかきながら智代を玄関口で迎えます。

 大きく通天閣という文字がプリントされたTシャツに、がおがおしたスウェットという、いつものスタイルです。

 少し無精ヒゲが伸びていました。

 ちょっとくたびれた格好の朋也は、街で智代と二人して並んで歩いたらば、周囲からはヒモに見られること請け合いな格好です。

 そんな彼氏の格好には頓着せず、嬉しそうな笑顔を一度咳払いをして説教顔に変えてから、智代は口を開きます。

 

「おはよう朋也」

「おふぁよーともふぉ」

「まったくお前は、目を離すとすぐこれだ。ここのところ忙しいとは聞いていたけど、風邪で寝込んでいたなんて初耳だぞ」

「うう、面目ないのぅ……でもほら週末だし、もう治ったし。床払いしたわ」

 

 社会人になってそれなりに丸くなった朋也は、休日の彼女襲来に申し訳なさそうな顔をして手を振るのでした。

 そんな朋也の頬をぺたぺたと撫でながら、智代はふむふむと頷きます。

 

「うん、そのようだな。なんだ、もう顔色もいいじゃないか。おひげが伸びてるのもワイルドでいい感じだぞ」

「え、マジで?」

「冗談に決まっているだろう。……胸を揉むな」

「わりぃ」

「おっぱいに謝るな」

「スマンです」

「ほう、朝からスカートにもぐりこむとはいい度胸だ」

「ごめんなさいもうしません」

 

 朋也は、観音様に謝ろうとしてさ! などと勢いに任せて口走ろうとしたのですが、さすがの智代も呆れ顔だったので、早めに謝ってしまうのでした。

 そんな朋也を見て満足そうに笑ってから、今度は智代の方が勢い込んで口を開きます。

 何故か、智代は朋也の前にしゃがみ込みます。

 

「それでいいんだ……朋也はやれば出来る子なんだからしっかりしてくれ」

「股間に語り掛けないでください」

「けちけちするな。―――私の自慢の朋也だ」

「なにこの子こわい」

「わっ私がこっ、恐いのは、ふっ、布団の中でだけだぞー!」

「そこでどもっちゃうんだ」

「う、うるさい!」

 

 べしべしっ

 

「はぉう! 玉を叩かないで!」

「ああっ!? すまない!! 大丈夫か朋也!」

「まずそこに謝るのかよ……」

「結婚なんてしょせん赤の他人同士がするものだ。血は水よりも濃い、そうは思わないか?」

「いや、うん」

 

 今日は心浮き立つ春の日。

 そんな日に彼氏の家に押しかけるなんて、何かを期待しているようで恥ずかしいと思った智代でしたけれど、朋也の同僚から、風邪っぴきの看病に行ったほうがいいのではと言われれば否もないのです。

 そうして、休日の昼から黒の勝負下着でキメて、ふわもて可愛い系の愛されメイクで彼のハートをがっちり鷲掴み! するために、彼氏の家をいざ襲撃と相成った訳でありました。

 

 いつになくテンションの高い智代の頭を、朋也はぐりぐりと撫でます。

 そうされると智代は本当に嬉しそうに、にっこりと笑うのでした。

 

「ま、あがれよ」

「うん。お、少しは掃除されてるじゃないか。感心したぞ朋也」

「そのオヤジ臭く肩を叩きながら感心するのやめてください……」

「なーにを遠慮しておるのかね、がはは。どうだね岡崎君、もう一軒!」

「いや、マジでホントにすいませんっスけど、俺には可愛い彼女が待ってるので(キリッ」

「いやだな朋也ったら♪」

「その、玄関先でビッチみたいに絡み付いてきて俺の服を脱がしながらパンツを脱ぐのはやめてください……」

「そうだな。ヤるならナカでだな」

「俺の智代が大変なことに!」

 

 春風が二人の背中を押し、ぱたんとアパートの扉が閉まりました。

 

 

 

 

 

 こんな春の日は爆発しろ。

 Clannad SS/Tomoya&Tomoyo/Love/Written by kibisan.

 

 

 

 

 

 

1: TomoTomo.

 

「まーどをあけーましょー♪ るるるよーんでみましょーサザエさーん♪」

「ともよぉー、サザエいいねぇ。去年行った島で食ったろ。ザラキ……じゃなくてなんだっけ」

「座間味だ」

「そうそれ」

 

 玄関からなだれ込んだ智代は、朋也の部屋を訪れるときの常として、閉じられがちなカーテンを開け放ってから窓を全開にします。

 窓を開けたら思わずサザエさんを呼んでしまう辺り、智代嬢の育ちの良さが伺えます。

 

 1DKの朋也の部屋は、ややもすると引きこもりが発生しているのかと周囲から思われかねない状態になってしまいます。

 朋也の仕事が忙しいので、ある程度は仕方がないのですけれど。

 そんな状況でしたから、智代は大学の試験期間中の前後や忙しい日以外はほぼ毎日、朋也の部屋を訪れて掃除や食事の準備、その他諸々のことをなしてきたのでした。

 

 現役女子大生の世話女房なんてうらやましい、というのは朋也の現状を知る同僚や上司達の一致する意見です。

 そんな彼らに朋也はいつも言ってきたのでした。「いや、別にそんな。普通ッスよ」と。

 そのあと朋也の方にレンチやモンキー、果ては台車が飛んできたのは、悲しい事ですけれど世の中の掟といってよいかもしれません。

 

「あんっこら朋也待て!」

「智代のお尻は気持ちいいなぁ」

「掃除が出来ないじゃないか。少し待ってくれ」

「うーい」

 

 甲斐甲斐しく部屋を整える彼女にお触りを繰り返しながら、朋也は叱られて静かに寝転びます。

 智代は、朋也を叱りつつ布団を干して夕飯の下拵えをしてお風呂場を掃除して、ようやくいちゃいちゃ出来るのです。

 洗濯はどうやら朋也が片してしまったようで、智代は少しだけ残念に思いました。

 そんな智代に、朋也は優しく声をかけます。

 

「いつもありがとうな、智代」

「いいんだ、好きでやっていることだからな。……朋也は私が面倒見てやらないと駄目なんだ」

「なんだとー」

「ふふっ」

 

 勿論智代には分かっていました。

 普段は仕事が忙しくて、なかなか智代に構ってやることの出来ない朋也が、わざとごろごろして世話を焼けるようにしているのだと。

 そうでなければ、智代が忙しくて朋也の家を訪ねられなかった期間が明けた時の、綺麗な部屋に説明がつきませんから。

 そういえば朋也は学生時代から部屋が綺麗だったなと、そんな事を思い出す智代でした。

 

 そうこうしているうちに、智代はやるべきことを終えて一息つきました。

 それを見計らっていたように、朋也が声をかけます。

 

「こっちこいよ智代」

「うん」

 

 尻尾があればぶんぶんと振っているだろう元気のよさで、智代は素直に朋也の傍に寄ってきました。

 朋也はそんな智代の頭を撫でて、よいしょと上体を起こします。

 智代は、一歩外に出れば鉄の女との呼び声も高いのですが、そんな彼女のお気に入りはここのところ、部屋の隅で朋也の膝に座る彼氏座椅子でした。

 朋也はそれを知っているので、ぽんぽんと膝を叩いて智代をそこに座らせます。

 ふわりと智代の髪が朋也の顔を撫で、次にはさっぱりとした甘い香りが朋也の鼻先を擽っていきました。

 

「うおー……智代のおっぱいはいつ揉んでも柔らかいなぁ。手偏に柔らかい、そんな目に遭わせるに相応しい良いおっぱいだ。合格!」

 

 すんすんと気が済むまで智代の髪の香りを嗅いでから、腕をとられた朋也はゆっくりと掌に収まりきらない胸肉を揉みます。

 智代は別に気にした様子もなく、ただ一度だけ窓の外を見て顔を赤らめてから、静かに、朋也に背中を預けました。

 

「そうかな。そ、その、朋也は固いおっぱいと柔らかいおっぱいとではどちらが好きなんだ?」

「んー俺が好きなのは智代のおっぱい」

「あ、んんっ。今ジュンって来たぞ」

「マジで? やばいやばい。未来の嫁さんの健康は俺が守るぜ!」

「いやっ! 先生お慈悲!! というか、お医者さんごっこはついこの間やったばっかりじゃないか……」

「そうだっけ? じゃあおっぱい触診でまったりしようか」

「あんっ手つきがいやらしいぞ……んっ」

 

 敏感な部分を愛する彼氏に預け、その体温を感じられるというのが智代の主張する彼氏座椅子の良いところ、なのでした。

 勿論、色々と便利な体勢であることも否定できない智代なのです。

 愛しい男の顔が見えなくて寂しくなったら、後ろを向けばよいのでした。

 

 朋也もその体勢がどちらかといえば好きです。

 良い匂いのする智代の髪に鼻先を埋めることが出来ますし、愛らしい智代の耳元で怪しく囁くことも出来ますし、なんといっても程よい柔らかさと弾力とが感じられる智代の安産型ヒップを感じられますし、智代の機嫌が良ければおっぱいも揉み放題なのですから。

 勿論、色々と便利な体勢です。顔が見えなくて寂しくなったら、首筋にキスマークをつければいいと言う朋也くんでした。

 智代がタートルネックの服を好む理由はこの辺りにありそうです。

 

 朋也はやわやわと智代の胸を揉みながら、ぼんやりと優しい時間に浸ります。

 そんな朋也には気づかず、ほんのりと顔を薄い桜色に染めた智代は口を開きました。

 

「朋也、爪が伸びているな」

「あれ、そう? いつもはきちんとしてるんだけどな。ごめん、今切るわ」

「ううん、いい。そのままにしててくれ」

「ん? おわ」

「やっぱり朋也の手は硬くて大きいな。当然か、お仕事してるんだものな。……んんっ……ちゅ……くちゅ」

 

 自分の胸を気持ち良さそうに揉み続ける朋也の爪が、少し伸びているのを見た智代は、爪を切ろうとした朋也を制して、まず右手の人差し指を柔らかく握りました。

 そしてちゅっと軽くその指にキスをしてから、伸びた朋也の爪を白い歯で噛みます。

 

「智代可愛い」

「んふ、ん」

 

 そんな彼女の肩に左手を回した朋也からのキスを額に受けて、智代はふにゃんと嬉しそうにとろけました。
温められた智代の甘い香りが朋也の鼻先をくすぐります。

 かりゅかりゅくちゅぺろぺろと、静かな昼下がりのアパートの一室に、智代が朋也の爪を噛む音が揺れるのでした。

 

「んっ、ふぁ。朋也の手、朋也の匂いがする」

「恥ずかしいからやめろって。風呂はさっき久しぶりに入ったばっかりだからな。昨日は一日寝てたし」

「朋也の匂い……くちゅ、ちゅ……私は好きだぞ」

「変態」

「んっ、ふ。いじめないでくれ、ともや」

 

 両手で大事そうに朋也の右手を抱きかかえて、智代は甘えた顔を見せます。

 普段は強気でガチンガチンに頭が固そうに見える生真面目な智代が、こんな風に甘えるのは自分にだけだと知っているので、朋也は智代の形の良い耳を唇で挟み込んでいじめてやるのでした。

 

「ひゃうっ、やめろ。指、噛んでしまうから朋也」

「噛んでみて」

「え、で、でも」

「いーからほら。んっ智代は耳も可愛いなぁ」

「あ、やんっ……きゅふっ……わ、分かったから耳に舌入れないでくれ……ん、こ、これれいいのふぁ? ちゅぷっ……がぶっ……はむっ」

「そーそー。可愛いなぁ智代は」

「……くぅん」

「ちょっ! やっべっそれやばい! いまのワンモア!」

「いひゃら……がぶっ」

「はぉおおう!」

「はむっ……かぷ!」

「うっ」

「ちゅっちゅっ……かりかり」

「……」

「んっ……少し痕がついてしまったな……ぺろぺろ……んちゅっ……んっんっ」

 

 ひとしきり朋也の人差し指を甘噛みした智代は、自分の歯形がついた朋也の指を、滑らかな舌で幸せそうに舐めてからもう一度爪を噛み始めます。

 少しだけ息を弾ませて、潤んだ目をして、熱心に爪を噛んでくれる智代の頭を、朋也は左手で優しく撫でました。

 鼻息で嬉しそうにしながら、智代は時間をかけて朋也の爪を整えていきます。

 まずキスをしてから指全体をゆっくりと舐め、それから唾液に塗れて少し柔らかくなった爪を大雑把に犬歯で噛みます。

 それから小刻みに前歯を噛み合わせて形を整えるのです。

 気に入る形になったら満足そうに全体をもう一度舐めて、最後に名残惜しそうなキスをして、それから次の指に取り掛かるのでした。

 

 智代の唾液はさらさらとしていて指に心地よく、かすかに透明なハッカの香りがします。

 朋也はそんな智代が好きでした。

 そうして、智代の仕草が、なんとなく母猫が子猫に施す毛づくろいのように見えて、朋也は愛しい気持ちになるのです。

 朋也は、愛しさを乗せるようにそっと智代の乱れる髪を指先で梳きます。

 智代はそうされることがとても好きなことを、朋也は知っていました。

 

 開け放たれた窓の向こうでは、休日のベッドタウンの午後が静かに寝そべっています。

 どこからか、かすかに子供たちの元気な声が聞こえてきます。

 あちこちにある学校の予鈴や本鈴も、ぼんやりと雲の辺りを漂っています。

 安(あん)とした空気が、すっきりとした春の空を青い流れで縫いとめています。

 朋也は静かに幸せだなと思ったのでした。

 

 春風がそっと二人を撫でていきます。

 

 しばらくして、智代のすべすべした頬を撫でていた朋也は、智代が口の中に噛み切った爪を溜めているのに気づきました。

 朋也は、可愛らしい白貝のように整った智代の耳たぶを噛んでいたので口は開けず、智代の左頬の内側に溜められている爪を指先で突いてみました。

 それから近くに置いてあったティッシュを手に取り、智代の口元に添えます。

 けれど智代は、小さく首を左右に振ってから、朋也の右手の平を自分の喉にそっと押し当てました。

 

「んっ……んくっ」

 

 何だろうと不思議に思った朋也をよそに、智代は朋也の爪を唾液に混ぜて飲み込んだのでした。

 満足そうな顔をして振り向いた智代の可憐な唇に、朋也はキスを落とします。

 キスの途中で寂しくなったのか、智代は朋也に向き合って座りなおしました。

 鼻息で切なそうにする智代を、朋也は優しく抱きしめます。

 それから舌で智代の耳を舐めて、小さく囁きます。

 

「智代、愛してる」

「んっ……私も愛してる、朋也」

 

 二人は揃って真面目くさった顔で見詰め合ってから、そっとキスを交わしました。

 

 

 

2: Tomo&Tomo.

 

 

「なぁ朋也、今日という日にはどんな意味があるんだろうな」

「ん? んー意味かー。意味ねぇ」

 

 日が傾いて薄暗くなってきた朋也の部屋で、二人は同じタオルケットに包まって話をしていました。

 時折ぼそぼそっとささやきを交し合ってはキスをして、それからクスクスと笑います。

 近頃また少し、つとにひんやりと冷たくなってきた夕風でも、そんな二人の火照りを冷ますのは、どうやら難しいことのようです。

 

 朋也は、自分の右腕に頭をちょこんと乗せながら右胸をいじってくる智代の質問に、少し考え込みました。

 今日という日の意味について。

 智代はとても真面目な女の子なので、寝物語に、世の中を斜に見ていた朋也などからすると物凄く恥ずかしいことを尋ねて来たりするのです。

 けれど朋也は、そんな智代のことを面倒くさいと思ったりはしません。

 ひょっとしたら自分がわざと目を逸らしてきた事や、或いは守りたい人と一緒に生きていくうえで大切な事を、何度も智代から学んできたのですから。

 朋也はふぅむと考え込みます。

 

 智代は、朋也に何かを相談したり尋ねたりするのには、先ほどのようなタイミングが一番よいことを、長い経験から自然に覚えていました。

 もしかしたら覚えたことにさえ気づかないくらいの自然さで―――智代は朋也との時間を積み上げてきたのでした。

 

 考え込んだ朋也の顔を左隣に見ながら、智代はうつぶせます。

 それから智代は、昔よりずっと厚くなった朋也の胸板に人差し指を這わせました。

 智代の手は柔らかく滑らかで、指先で乳首を押し込まれた朋也は不覚にも声を上げてしまいます。

 そんな朋也の様子が面白かったのか、智代は右手の親指でこしゅこしゅと朋也の乳首を擦りたてて遊ぶことにしたようでした。

 

「朋也の胸板、厚くて格好いいぞ……んっ、こういうのを男を感じると言うのかな。それそれ」

「ちょ、マジやばいって。んっこら!」

「ふふふ、朋也可愛い。女の子みたいな声だしちゃって。ほらほら、どうだ」

「あふんっ! ん、ちょ、こら!」

「んーっちゅっ……あん、朋也可愛い」

「ちゅっ……ん、身の危険を感じるわ」

「心外だな」

「侵害だよ……」

 

 朋也は、智代の長く綺麗な髪をくしゃくしゃっとかき混ぜてから降参しました。

 普段朋也にいじめられることが多いと感じている智代は、そんな朋也の意思表示に満足したのか、今度はゆっくりと浸る手つきで朋也の胸板を撫でます。

 勿論、智代はいじめられることも好きなのですが、朋也とは対等な関係でいたいと強く思っていますから、たまにはこんな風に悪戯をすることもあるのでした。

 そして悪戯な智代も間違いなく坂上智代で、朋也はそんな智代が大好きなのでした。

 

 窓の向こうではもう日が沈み、お風呂や夕ご飯の香りがあたりをぶらぶらっとし始めます。

 暗さがだんだんと二人の傍にも寄り添ってきます。

 

 朋也の顔が見えなくなる前の一瞬が、智代はとても好きなのでした。

 横で智代が幸せそうな顔をするのが、朋也はとても好きなのでした。

 

「な、朋也」

「うん……よっしゃ! ちょっと街の公園行って桜でも見てくるか」

「え、あ、うん。分かった」

 

 問いかけを預けられたまま、朋也はちゅっと智代の額にキスをしてから、体を起こしました。

 一瞬だけぽうっとした智代でしたが、そんな朋也の所作につられて自分も身体を起こします。

 窓の向こうから覗く夕陽の赤さが、智代の透き通るように白い乳房を綺麗に染めました。

 穏やかな愛しさを込めてそんな乳房を眺める朋也の視線に、赤面してから智代は、掌で乳房を覆って俯きます。

 少しほつれた智代の美しい髪をそっとその耳にかけてから、朋也は立ち上がります。

 

「タオル濡らして持ってくるよ」

「うん。すぐに準備する」

 

 ぺったぺったと響く朋也の裸足の音に、智代は静かな幸せを感じました。

 

 

 

 

3: T&T

 

 

「見事な夜桜だな」

 

 さらりと、朋也を振り返った智代の、銀色の髪が月の光に濡れて翻ります。

 まだ冷たい夜の風に、朋也は白い息を吐きました。

 茶色のコートを羽織った朋也と、灰色のコートを羽織った智代は、一幅の絵画のようにぴったりと公園の風景にはまり込んでいます。

 もう夜ですから、公園は静かに落ち着いていて、良い雰囲気です。

 

「そだな」

「うん!」

 

 朋也と一つのマフラーを巻いた智代は、屈託なく笑って朋也の顔を見上げました。

 そんな智代の頭を優しく撫でながら、朋也は桜の木の前で足を止めます。

 

 狭い公園には街路側から、ベンチが一つ、ブランコが二つ、砂場が一つあります。

 ブランコの周りには、大人の膝の高さほどの柵があり、その柵を外灯が鈍く照らしています。

 外灯は入り口側に立ち、その反対側に桜の木が立っているのでした。

 花見をするのに場所取りが必要なほどの敷地はなく、ぎゅうぎゅうと押し込められた住宅街の真ん中にぽつんとあるだけの公園はしかし、一本の立派な桜の木に見守られています。

 

 桜の木は、ちょう三日ほど前に盛りを迎えていました。

 今はもう、散りかけの桜といってよいかも知れません。

 

 桜が沢山並ぶ場所へ行けば、満開の桜やこれから盛りを迎える桜、或いはこの公園の桜のように葉桜へと

 移り行く桜が見られるのですが、この公園には桜の木が一本しかありません。

 それでも智代は目を細め、朋也のコートのポケットの中で、温かく大きな手を優しく握って微笑みます。

 そんな智代を見て嬉しそうに、朋也は口を開きました。

 

「智代はこれくらいの桜が好きなんじゃないかと思ってな」

「ふぅん、その心は」

 

 心なしか寄り添う距離をつめて智代は、朋也の肩に頭を預けました。

 驚くほど小さい女の子の肩を抱いて、朋也は小さく呟きます。

 

「智代は頑張り屋さんだからな」

「ふむ」

 

 さぁと風が吹いて、まだ残っていた薄紅色の桜の花びらをぱぁっと散らせました。

 智代は思わず、ぎゅっと朋也の手を握ってしまいます。

 その柔らかく華奢な手を掌の中に収めて朋也は、ゆっくりと言葉をつむぎます。

 

「次にまた満開に咲くために、変わるために頑張っているのは、今のこの散りかけの桜だからな」

「そうか」

 

 朋也の肩に頭を預けたまま、上目遣いで面白そうに、智代は朋也を見上げました。

 そんな風に―――悪戯好きな黒猫のように見上げる智代が珍しくて、朋也は少しだけ息を呑みます。

 朋也の様子が可笑しかったのか、ふふっと口元に笑みを浮かべてから、智代はぎゅっと強く朋也の腕をとりました。

 

「私を何か、ストイックな鍛錬主義者か死地に旅立つ健気な少女のように思っているんだな、朋也」

「違うのか」

「月並みだが、私の好きな桜は―――」

 

 そう言った智代の言葉に、ああ分かったと頷いてから、朋也は右腕で少女をぎゅっと抱きしめました。

 少しバランスを崩した智代はそれでも、小さく小さく言葉をつなげます。

 

「―――朋也と二人でみる桜だ」

 

 ひらひらと舞っていた桜の花びらが一つ、ぽつんと智代の髪に落ちました。

 ふわりふわふわと、朋也と智代の白い息が風に流れます。

 

「智代」

「うん」

「今日はな。えっと、今日は……違うか。今日も、だな」

「うん」

 

 愛おしげに、智代の頭に載った桜の花びらを指先で摘み上げて風に託してから、朋也は言います。

 

「智代を好きで、もっと好きになるって、そういう日だな。今日の意味としては上等なほうだと思うぜ」

「奇遇だな朋也。私も、朋也のことをもっと好きになるって、そういう日だといいなと思っていたんだ」

「俺達気が合うかもな」

「うん。……そうだな」

 

 散り始めた桜の花を見上げながら、朋也と智代は二人、幸せそうに微笑みを交わしたのでした。

 どうか寒い風の中、風邪を引かないように―――。

 温かい二人にはそんな言葉はお節介なのかも知れません。

 春の日はゆっくりと、こうして季節を移していくのでした。

 次の季節を孕みながら、ゆっくりと。

 

 

 

 fin.

 

 

 

 

あとがき。

 

 オナニーしてすみませんでした。すっげぇ気持ちよかったです。

 フヒヒ。

 まぁ智代可愛いよねということで一つ。

 

 

 

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