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 ぺたぺたぺた。

 風子は、夕焼けの綺麗な海岸で、砂のお城を作っていた。すると

「ねぇねぇ風子ちゃん、一人で何してるの」

 可愛いヒトデさんが、とても素敵な海パンをはいてやってきた。

「砂のお城を作っているんです。よかったら、一緒に作りませんか」

「え?いいの?僕、風子ちゃんと遊べて感激だよ」

 あはは、と笑いながら、ヒトデさんはスコップで砂を集めてくれた。

 それはとてもとても楽しい一時だった。

「ヒトデさん」

「うん?何かな、風子ちゃん」

「こんな時間が、ずっと続いてくれるといいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒトデ少女は祭りの夢を見るか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何……これ……?」

「私も応援します。頑張ってくださいね」

「大きなお星様ですね」

「実はヒトデだったりしてね」

「ありがとうございます、ふぅちゃん」

「ありがたくいただこう」

「テスト前じゃなければ、行けるかもしれません。それじゃ……頑張ってくださいね」

「ぷひっ」

「プレゼント……ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 がやがやと賑やかな街中で、人垣が見えた。その先に、風子はふと??さんと?さん、そして?さんと?さんと???さんを見かけた。

「だらしないわね!誰かいないの、私なら取れるって言い切れる強者は?!」

 なぜか呼ばれた気がしたので、風子は皆さんの前に出た。

「風子、参上!」

 人垣が割れる。

「何なの、あなた……」

「お困りのご様子なので、お役に立ちたい一心で駆けつけました。ここは風子にお任せください」

 そう言って機械の前に出る。?さんが風子を見てためらいがちに言った。

「あの……どこかでお会いしましたよね」

 覚えてくれただけでも嬉しかった。それがほんのわずかな夢だけだったとしても。

「今は思い出さなくてもいいです。いつか自然に再会する日が来るはずです」

「本当に大丈夫なのか?」

「風子は近所では、あの子はクレーンを使わせたら右に出る者はいないと噂されているほど、このゲームの達人です」

「どういう近所だよ!って、前にもこんな会話交わしたような……」

 ??さんはそう呟きながらコインを機械に入れた。

「狙いはあのでかい奴だぞ。わかってるな?」

「風子、行きます!」

 機械が振動する。風子は目標の大きなぬいぐるみを見た。ぬいぐるみを、ぬいぐるみの足を、ぬいぐるみの足元を、足元のひとでを、ヒトデヲ、HITODEWO。

 気がついたら、それは風子の手の中にあった。

「形に惹かれて、手が勝手に動いてしまいました」

「言っとくけどそれ、ヒトデじゃなくて星だからな」

「今回はお役に立てませんでしたが、いずれまた参上したいと思います。それではっ!」

 そういうと、風子は人ごみの中に駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 ぺたぺたぺた

「ということがあったんです。残念な結果でしたが、いずれまた会いに行きたいと思います」

 そういうと、ヒトデさんは頷いてくれた。

「そうだね。風子ちゃんが人助けできる優しい子だってこと、僕は嬉しいよ」

「ありがとうございます。ヒトデさんに言ってもらえて嬉しいです」

 そう言いながら砂を湿らせ、お城にくっつける。

「ヒトデさん、このお城、ヒトデの形にしましょう」

「うん。五稜郭みたいでかっこいいね」

「ゴリョウカキが何だかは知りませんが、とってもかっこいいです。ヒトデさん」

「うん、何かな、風子ちゃん」

「まだまだずっと、こうしていたいですね」

 

 

 

 

 

 

 

 夕方の学校の廊下で、??さんが二人の人に囲まれていた。

「お願い、??さん!」

「君が来れば百人力なんだ!」

「何度来られても一緒だ」

 苦りきった顔で??さんが答える。しかしそれでも目の前の二人は引き下がらない。

「そんなこと言わずにお願い、ね???さん。女子柔道部に入りましょう」

「男子部主将の私からもお願いする。君が入れば、女子部は一躍優勝候補だ!」

「その気はないと何度も言っただろう?」

「??、相変わらず人気者だな」

 不意に後ろから声をかけられる。振り返ると、そこには??さんが苦笑混じりに立っていた。

「??、助けてくれ。こいつらしつこいんだ」

「何なら見学だけでもいいから」

「今日だけ、今日だけでいいから!」

「お願い、??さん!」

「私にはやることがあるんだ!」

 畳み掛けるような勧誘の言葉に、??さんは半ば悲鳴のような声を上げた。

 数を恃んで一人の女性に押し迫るその強引さ、見捨てておくわけにはいかない。勧誘するほうにも事情はあるのだろうけれども、??さんはお姉ちゃんの結婚式に来てくれた、優しい人だ。??さんは後ろでチキンしていて、どうやら動くつもりはないらしい。ここは風子が出て、何とかするしかない。

「風子!参上っっ!」

 そして風子は??さんと??さんを背に、柔道着を着た二人の前に立ちはだかる。

「??さんはお姉ちゃんの結婚式に出てくださいました。今度は風子がお役に立つ番ですっ!」

 そう、風子は恩には恩で、借りには借り、じゃなくて貸しで返す、近所でもあの子は侠気溢れるいい子だと評判の頼れる子。心は痛むけど、こんな時はこれしかない。

「あらゆる敵をなぎ倒す必殺技、ヒトデヒートをお見せするときが来たようですっ」

『!!』

 驚愕に打ち震える目の前の二人。しかし、この顔はどこかで見たような……

「あっ!」

 何ということだ。これはどういう悲劇なんだろうか。

「でもそちらの柔道部のお二方も結婚式に出てくださった人ですっ!」

 確かにそうだった。最前列ではなかったけど、結構前のほうでおねえちゃんと芳野さんがゆっくり歩いて出て行くのを拍手して見守ってくれた人たちだった。

「はっ!はっ!」

 この運命の悪戯から、風子はどうやって逃れるべきなんだろうか。逡巡した後、風子は??さんに向き直った。

「風子はどちらかに肩入れすることはできません。また別の機会に参上します。それではっ」

 そう言って風子は現場を後にした。??さんみたいな最悪な人に事態の収拾を任せるのは心許なかったけど、??さんはしっかりした優しい人だから何とかなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 波が打ち寄せる海岸で、風子はまたお城を作っていた。

「でも??さんなら、??さんなら何とかしてくれる。そんな気がしたからそのままにしておきました」

「大変だったね、風子ちゃんも」

「ええ。風子、たくさんの人のお世話になっていたんだな、と改めて気づきました。だから、皆さんを幸せにできるヒトデスーパースターを早く完成させなければいけません」

「……それってどういう必殺技なの?」

「よく聞いてくれました。世界を一瞬にしてヒトデで満たすんです。何なら固有結界にしてもいいです」

「まぁ、風子ちゃんの心象風景といったらヒトデだよね」

「そうすれば、皆さんはヒトデを愛でるのに全力を尽くしますっ!喧嘩なんてできるはずないですっ!皆さんがヒトデを愛でる、素晴らしい世界ですっ!」

「そこはかとなく無理のあるような……」

 そこで風子は少しむっとしてしまった。

「……ヒトデさん、??さんみたいなことを言います」

「え?そ、そう?」

「そうですっ!ヒトデさんは危ない道に踏み込むところでしたっ!」

「ありがとう風子ちゃん。これからは気をつけるよ。でも、風子ちゃんは勇気があるんだね」

 ヒトデさんにそう言われて、風子は少し嬉しくなった。

「だったら、これからも大丈夫だよね」

「これからも?どういう意味ですか?」

「ん……別に」

 ぺたぺたぺた。

「ねぇヒトデさん」

「……何かな、風子ちゃん」

「風子、この時間がまだまだ終わって欲しくないです」

 

 

 

 

 

 

 

 それはとても危険な状況だった。

 校門の前には、ざっと見て十人以上の最悪な人たちが、片手に振り回したら痛そうなものを手にしていた。

「お前がまた俺らのシマに来るとは思わなかったぜ、??っ!!」

「やられる前に、やりにきたぜっ!」

 意を決したように、??さんが一歩足を踏み出します。

「??、下がっていろ」

「だめだ!喧嘩なんてしたら、生徒会長どころの話じゃなくなるぞ!」

 その一声で、足が止まる??さん。珍しく??さんがまともなことを言った。

「??!」

「話して聞くような奴らじゃない」

 ああ、この人は優しいだけじゃなくて、強いんだ、と思った。自分の目標がいかに大事でも、他人に迷惑をかけたり、仲間に危険が及ぶのをそのままにしていられない人なんだ。弱いかもしれないけど、強い。

 そう、今こそアレを使うときだ。一瞬にして敵をなぎ払う、あの力を……っ!

「風子!参上っ!」

 ??さんと??さんをかばって、風子は悪漢の前に立ちはだかる。

「伝説のヒトデヒートをお見せするときがきましたっ!必殺っ!ヒトデヒィィィイイイイイイイイトッッ!!」

 ざわめく不良たち。そう、この技にかかれば破滅は免れられない。

「実は風子、この学校の周辺のいたるところに、かわいいヒトデの彫刻を隠しておきました。まぁまぁ、慌てなくてもちゃんと皆さんの分を用意してあります。でもっ!たくさん欲しい人は頑張って探したほうがいいでしょうっ!!風子のサイン入りのアタリも存在しますので……」

 無言で立ち竦む悪漢。どうも、あまりにも驚いたので声も出ないようだった。驚愕。ショック。

 しかし、ヒトデヒートの恐ろしさはこれからなのだ。掛け声と共に、この技にかかった相手はヒトデの可愛さとそれを欲したいという己の醜い性によって自滅の道を辿る他ない。その恐ろしさ、その強力さゆえに、風子はあまり出したくなかった。

「ではっ!ヒトデヒート……スタートッ!」

 風子は惨劇を見ないよう目を瞑り、??さんと??さんにそっと告げる。

「さぁ、これで彼らはヒトデ探しに夢中、ヒートしすぎて仲間割れを起こします」

 でも風子は優しいので、あまりに酷くなったら止めてあげよう、そう思って目を開けると

「って、誰も微動だにしてませんっ!!失敗ですっ!」

 恐らくはヒトデの可愛さがあまりにも崇高すぎて、理解できなかったのだろう。盲点でしたっ!

「風子、もう帰っていいですか」

「どうぞ」

「では」

 そう、早く帰ってヒトデヒートを誰にでも上手くかかるように完成させなければならない。あと、ヒトデシューティングスターも。??さんに任せるのはとても心配だけど、今はしょうがない。

 

 

 

 

 

 

 

「まさかあのヒトデヒートがうまくいかないとは……ショックですっ!」

「そうだね……」

 ぺたぺたぺた

「ヒトデの可愛さを知らない人が多すぎですっ!風子もっと頑張って、その可愛さを布教しなきゃいけないですっ!」

「あ、布教なんだ。宗教なんだ」

 ヒトデさんが首をかしげた。

「宗教なんて怪しいものじゃないですっ!ヒトデの可愛さは、この世界の摂理です原理です偉い人にはそれがわからんのです」

「まぁ、風子ちゃんがヒトデが好きだってのはよくわかったよ。でも風子ちゃん、ここのところ、よく『向こう』に行くよね」

「え……」

 ふと手が止まる。ヒトデさんをまじまじと見る。表情も何もない、笑っているのか真剣なのか、ふざけているのか真面目なのかわからない、その顔を。

「もうそろそろ、なんだよね」

「風子、何を言っているのかわかりません。『向こう』って何ですか。もうそろそろって何ですか」

 ざざーん、と遠い波の音が聞こえた。そして静寂。

「風子ちゃん、前に??さんと??さんに会ったの、いつだった?そんなに昔じゃないよね」

「……そうです。はっ!今になって思うと、??さんと??さんはこのごろとても仲がいいです。もしかすると恋人同士になるかもしれませんっ!風子、そんなことに気がつくなんて大人ですっ!」

「……そうだね」

 なぜか寂しそうな答えを返すヒトデさん。

 ぺたぺたぺた

「ヒトデさん」

「ん。何だい、風子ちゃん」

「風子、もう少しこんな時間が続いてくれたらな、と思います……いけませんか」

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あのなぁお前ら、そんなにむきにならなくても」

「お前がはっきりしないからだろうっ」

「あんたがはっきりしないからでしょうがっ」

 ダブルのツッコミを受けて、??さんは押された。

「そう言われても……??、お前も何か言ってやってくれ」

 すると、今まで俯いていた??さんがはっきりと言い切る。

「私も……自分の料理食べてもらいたいですっ」

「がっ……あがっ……くっ……?、???……」

 最後の手段、と言わんばかりに、??さんは博識な???さんに話しかける。

「???くん……」

「???……っ」

 目を潤ませて、手を差し出す??さん。そのままどこかへ連れて行ってくれという叫びが張り付いた笑みだった。

「私も、夕べから下拵えして、頑張って作って来たの」

 その一言で真っ白に燃え尽きる??さん。望みはない。呵責も容赦もない。

 修羅場。その一言がぴったり来る状況だった。しかし、風子には全くもって不満な展開。

 この女性達が??さんを慕っているのはわかる。しかしならばこそ、至高の料理を以って挑むべきではなかろうか。それが出ていないうちは、こんなものは茶番に過ぎない。

 そう、今こそ風子の出番。

「風子っ!参……上っ!!」

 ??さんにはまぁ恩はあるし、それより何よりこのような場でこの料理が出ないのはあまりにもお粗末だと思い、また「これ」という料理がないから??さんが悩むのだから、風子の料理を出せば誰も文句なしに丸く収まる。

「誰、あんた……?」

「風子も手料理を持ってきましたっ!??さん、ここは風子にお任せくださいっ!」

「やぁ、マジでやめてくれっ!」

 ??さんが切実な声を出す。話がこじれてはたまらない、ということだろうか。しかしこの料理が出れば、そんなことにはならない。

「皆さんのお気持ちはわかります。しかし??さんは、風子の料理をチョイスすべきですっ!」

 風子は皆さんにそう説得した。そう、想いの強さではない。これは、この料理が出た時点で変えることのできない法則なのだ。

 ヒトデバームクーヘン。

 ヒトデケーキ。

 ヒトデシュークリーム。

 この見事な料理の羅列に、皆さんは声も出ないようだった。?さんが何か呟いたようだったが、恐らく自分の料理を恥じたのだろう。それは追求しないであげるのが優しさだと思った。

「??君……私のお弁当、食べてください」

「私のお料理も」

「早く食べないと」

「わかってるわね〜?」

 しかしそれでも、と皆さんは最後に一足掻きをしようとする。その健気さに胸が打たれたが、風子はそれでも、正しい道を示さねばならなかった。風子はヒトデバームクーヘンを持ち上げると、??さんに見せた。

「ベストチョイスですよ、岡崎さん」

 岡崎さんが風子を見る。

 そう、これが

 これこそが

 ベ  ス  ト  チ  ョ  イ 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、最悪ですっ!」

 ぷんぷん、と風子は怒って見せた。ヒトデさんはふんふんと頷いてくれている。

「だいたい、結局は休学謹慎を言い渡されるなんて、??さんは何をやっているんだか。風子が出て行った意味がありませんっ!」

「でも風子ちゃんのヒトデヒート、上手くいかなかったんだよね……」

「違いますっ!あれはたまたま風水の関係で運が悪かっただけです」

「風水なんだ」

「それよりも、早くお城を完成させましょう」

 そう言って、風子は振り返ると、言葉を無くした。

「ねぇ、風子ちゃん」

「……」

「風子ちゃんも、わかっているんだよね。『向こう』に行って、こっちに戻ってきている期間が短くなっていること」

 風子は何も言わない。口をずっと閉ざして、聞き流そうとした。

「風子ちゃんは頭がいいから、もう気づいているんだよね。『向こう』の人の名前が、だんだんとわかってきている事に。風子ちゃんが『向こう』に戻りかけていることに」

 風子は最後になんていったのだろうか。そう、「ベストチョイスですよ、岡崎さん」

 岡崎さん。

「風子ちゃんは大人だから、もう悟っているんだよね。風子ちゃんはこんなところにいていいわけじゃないって。『向こう』に行かなきゃいけないんだって。いや、違うね。行くんじゃなくて、帰るんだってこと」

 風子はそのまま目の前にあるそれを見つめる。そして手を伸ばそうとして、そして結局止める。

「風子ちゃんは、もう知っているんだよね」

 砂のお城。今まで作っていた、砂のお城。

 

「もう、ここでの時間が切れたってこと」

 

 それはもう、手のつけようもなく完成されていた、立派な砂のお城だった。何かを付け足そうものなら、バランスが崩れて「完成品」から「駄作」に変わってしまう、そんなレベルのものだった。

 もう、風子にはするべきことがなくなってしまった。

 すると

「おーい、ふぅちゃぁああん」

 遠くから、風子を呼ぶ声がした。いやほぉぉおおおおおおおいっ!という掛け声もしたので振り返ってみると、

「岡崎さいこぉおおおおおうっっ!!」

 上半身裸の岡崎さんがこっちに向かって走ってきた。なんとなく最悪だった。

「お前、一人で何やってるんだ?」

 岡崎さんは風子の手を取ると、そう笑いかけた。

「今日は、ヒトデ祭りだぞぉっ!」

 そういうと、どこからともなくヒトデたちが集まってきた。ヒトデさんも、頷いてくれている。

「そうだよ風子ちゃん、ヒトデ祭りだよ」

「楽しもうぜ、ふぅちゃん」

「いやほぉおおおおうっ!ヒトデ最高!」

 しばらくみんなでくるくる回って踊ったが、不意に岡崎さんが腕を組んだ。

「しかしふぅちゃん、こんなところじゃ寂しいじゃないか。一緒にみんなのところに行って、みんなでヒトデフィーバーしようぜっ!」

「ヒトデフィーバーですかっ!最高ですっ!」

「だろ?さぁ行こう!」

 そして風子たちは駆け出した。浜辺を通り越し、景色を超え、そしてどんどん先へ。

「おおい、風子ちゃぁあん!こっちにおいでよ!」

 どこかで声がする。ああそうか、これは春原さんだ。髪の毛が変な人だ。

「ほらさっさと来なさいよ風子っ!」

「風子ちゃん、みんな待ってます」

 これは、杏さんと椋さんの姉妹。

「風子ちゃん、こんにちはなの」

「風子ちゃん、祭りが始まってしまうぞ?」

「ふぅちゃん、早くですっ!」

 ことみさんに坂上さん、そして渚さんが風子を前に、と呼びかけてくれている。そして

「風子ちゃん、さぁ始まりだ」

「ふぅちゃん、おいで」

「お姉ちゃん!祐介さん!」

 そこまであと一歩のところで、風子は立ち止まる。

「どうしたんだい、風ちゃん?」

 岡崎さんが笑いかけてくれたので、笑顔を返そうとしたけれど上手くいかなかった。

「あの」

「うん」

 

「ヒトデさん達は?一緒ですよね?」

 

 沈黙。

「風子ちゃん、もう無理だよ」

 ヒトデさんの声がする。

「無理じゃないですっ!楽しいことはもっと続きますっ!みんなでヒトデ祭りをするんです!もっと一杯砂のお城を作るんです!ヒトデの国も作って、ヒトデ星も作って、みんなで楽しくお祭りなんです!風子はまだまだそっちで頑張らなきゃいけないんです。だから」

 砂を両手にすくって、ぺたぺた、とお城を築き始める。しかし

「だから、無理なんだよ、風子ちゃん」

 ギロチンの刃が落ちるような容赦のないその言葉と共に崩れるお城。佇む風子。

「どうして……どうしてですか」

「時間だから、かな。風子ちゃんはいつまでもこっちにいられないよ。待ってる人がいるんじゃないか」

「『向こう』に戻るんですか。ずっと一人ぼっちだった日々に。誰からも話しかけてもらえない毎日に。寂しいだけで楽しくなんか全然ない暮らしにっ!」

「それは違うよね、風子ちゃん」

 え、と風子は言った。

「風子ちゃん、風子ちゃんは僕に見せてくれたじゃないか、風子ちゃんは頭がよくて勇敢で優しい子だって。風子ちゃんにはそういうことができる人達がいるじゃないか」

「そんなの夢の中のお話ですっ!そういうことが上手くいくはずがありませんっ!」

「夢、なんだよね。だからもう覚めなきゃ」

「嫌ですっ!風子はずっとこのままがいいですっ!楽しい今のままがいいですっ!」

 するとヒトデさんは被りを振って、諭すように話しかけた。

「風子ちゃん、風子ちゃんなら絶対に『向こう』でも楽しいよ。岡崎さんがいて、その隣には風子ちゃんが予想したみたいに坂上さんがいて、渚さんがいて、杏さんと椋さんがいて、ことみさんがいて、春原さんがいて。そして」

 

 僕達もずっと風子ちゃんと一緒だよ。

 

 その言葉は果たして発せられたのだろうか。わからないうちにヒトデさん達は光り輝いてそして

 

 

 

 

 

 

 

 光坂新聞九月十五日

「奇跡の少女!?眠り姫のお目覚め」

 昨夜七時ごろ、戸鳴町総合病院で入院していた伊吹風子さん(23)が、長い眠りから目覚めた。伊吹さんは高校一年生の入学式の日に交通事故にあってから昏睡状態が続いていたが、昨夜何の前触れもなく目覚め、医師や看護師を驚かせた。「夢のようです。ふぅちゃんが目を覚ましてくれるなんて、奇跡としか言いようがないです」とは伊吹さんの姉、芳野公子さん談。関係者の一人は「俺はこの日のことを忘れない。これも、公子の風子ちゃんへの愛がなせた奇跡だと、心から信じています」とコメントしていた。

 伊吹さんは精密検査を受けた後一週間ほどで退院する予定。

 

 

 

 短い記事で、顔写真も出ていない。だからこれを読んだ読者には知りようがない。

 知りようがないのだ。伊吹嬢が目覚めた時に、傍にいた看護士を見てなぜか懐かしい気がしたということを。

 知りようがないのだ。連絡を受け取って急いできた芳野公子さんが、伊吹嬢に抱きついて当たりも憚らずに泣き出したことを。

 知りようがないのだ。伊吹嬢の傍には、木彫りの星のようなものが置いてあったということを。そしてそこにいた人が誰もそんなものを持ってきた覚えがないということを。

 知りようがないのだ。その姉に聞かれた時に伊吹嬢がこう答えて、少し泣いたことを。

 

「覚えていないんですけど、風子、何だかとっても楽しくて、すっごく幸せで、ほんのちょっぴり悲しい夢を見たんです」

 

 

 

 

 

 

 

「でもよかったね、ふぅちゃん。本当に体の具合が悪くないんだって」

「そんなことはありません。風子は重い重い病気ですっ!」

 それを聞いて、お姉ちゃんは顔を強張らせた。

「どうしたの、ふぅちゃん。お医者さんは大丈夫だって……」

「お姉ちゃん、風子はまだ完治してません。というか、たった今、命にかかわる病気にかかってしまいましたっ!」

「命にかかわる病気に?」

「はいっ!その名も」

 風子はぴっ、と目の前にあるファミレスを指差した。

「ハンバーグを食べなきゃ死んじゃう病ですっ!」

 あれ、お姉ちゃんが倒れている。はっ、まさかお姉ちゃんもハンバーグを食べなきゃ死んじゃう病にかかっていたのではっ!そして我慢のし過ぎでっ!

「それはないから安心していいよ」

 頭をさすりながらお姉ちゃんが言う。

「ハンバーグならおうちでできてるよ。ふぅちゃん好きだもんね」

「お姉ちゃん、それじゃあ風子が子供ですっ!」

「じゃあハンバーグ嫌い?」

「そういう問題じゃないですっ!でもハンバーグは好きですっ!」

「好きなんだね、やっぱり……」

 そうこうするうちに、お姉ちゃんと祐介さんの家に着いた。

「違うよ、ふぅちゃんも一緒に住むんだから、ここはふぅちゃんのおうち」

「風子、一緒ですか。自宅警備員ですかっ!」

「いや、ちょっと違うんじゃないかな……あ、そうそう」

 お姉ちゃんが笑う。

「あのねふぅちゃん、驚かないでね。ふぅちゃんが戻って来てくれたから、みんな嬉しいんだよ」

「みんなって、お姉ちゃんと祐介さんですか」

「うん、そうだね。でももっといっぱいの人もだよ」

「風子の守護霊と背後霊と地縛霊も一緒ですか」

「そんなのいませんっ!とにかく、さ、中に入って」

 では、と玄関の扉を開ける。中はがらんとしていて、静かだった。

「さぁこっちだよ、ふぅちゃん」

 お姉ちゃんに手を繋がれて、風子は家の一室の前に連れて行かれる。そしてドアノブが回って

 

 

 

 

『風子ちゃんっ!退院おめでとうっ!!』

 

 

 

 

 たくさんの人の声がした。

「みんなね、ふぅちゃんが退院したって聞いて、お祝いしに来てくれたんだよ。サプライズパーティーだって」

 お姉ちゃんが笑う。

「ほら風子ちゃん。今日は風子ちゃんが主役だから、これを被らなきゃいけないんだよ」

 祐介さんがトンガリ帽子を風子の頭に乗せた。ん〜、最高ですっ!

「うわぁ、かわいい〜」

「そうだな。それをつけさせたら日本一かな」

「ほんと可愛いです」

 みんなにそう言われて、風子は照れてしまった。

「さぁふぅちゃん、みんなに挨拶しないと」

 お姉ちゃんに押されて、風子はまず一人の男の人の前に立った。

「よっ!初めまして。僕は超クールで超ナイスガイな紳士、春原陽平だよ。よろしくね」

「伊吹風子です。はっ!この人!」

「ふふん、僕のかっこよさに瞬時で気づくとは、風子ちゃんもすごいね」

「白いタキシードが全然似合ってないですっ!」

「あんた初対面なのに滅茶苦茶失礼っすよねっ!!」

 ふぅちゃん、とお姉ちゃんに叱られてしまった。

「でも似合ってないわよね。つーかあんたは何を着せてもヘタレにしか見えないのが不思議よね」

「ヒドイよあんたっ!」

 あははは〜、と春原さんの横で笑う綺麗なポニーテールの人。手の中には木彫りのヒトデが。

「この人、ヒトデがよく似合う美人ですっ!」

「何この評価の違い?!」

「あはは、ありがとう。あたしは藤林杏って言うの。よろしくね、風子ちゃん」

 はい、と木彫りのヒトデを手渡される。

「これ、みんなからのプレゼント。風子ちゃんがヒトデが好きって聞いてさ、なんだか彫りたくなっちゃったのよね~」

「あ、そうだった。ほい」

 春原さんも木彫りのヒトデを渡してくれた。ん〜、今ならタキシードもプチ似合います!

「で、これがあたしの妹の椋」

「病院でお会いしましたね。藤林椋です」

 そう言ってヒトデを渡してくれたのは、風子が起きてから最初に会った看護婦の人だった。

「こんにちは。はじめまして。ハーヴァード大学の一ノ瀬ことみです。趣味は読書です。もしよかったらお友達になってくれると嬉しいです」

 おずおずと差し出されるヒトデ。それを受け取って風子は頷く。

「はい。伊吹風子です。ふつつかものですがよろしくお願いします」

「それ、違うだろ!」

「なんでやね〜ん」

 可愛いツッコミをすることみさん。その横から小柄な女性が出てきた。風子と同じぐらいだろうか。

「初めましてですね。田嶋有紀寧といいます。この街で喫茶店を経営してます。よかったら遊びに来てくださいね」

「喫茶店ですかっ!とっても大人ですっ!風子、コーヒーにはミルクとお砂糖二つしか入れないほどの大人ですっ!」

「それ、あんまり大人っぽくないよふぅちゃん」

 そして最後に残された三人。

「初めましてだな。俺は岡崎。岡崎朋也だ。芳野さんの仕事の部下で、いつもお世話になってます。で、これが」

「岡崎智代です。朋也の妻で、あなたは私の先輩にあたる。これからもよろしくお願いする」

「初めましてです。古河渚と申します。仲良くしてください。あの」

「はい、何ですか渚さん」

 なぜかすらすらと言葉が出てくる。何だか懐かしい響き。

「よかったら、ふぅちゃん、と呼んでもいいですか?」

「はいっ!何だかそっちのほうがしっくりきますっ!」

「おーい、ふぅちゃん」

「岡崎さんはだめですっ!でも、智代さんにならいいですっ!」

 ずぅうん、と沈む岡崎さん。それを慰める智代さん。風子を抱きしめる渚さん。

 みんなに囲まれて、風子は一つだけ確信した。

 

 

 

 

 楽しいことは、これから始まる。

 

 

 

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