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 コール音三つ目で春原が出た。

「もしもし?」

『あ、もしもし?岡崎?どうしたの?』

「あ、別にどうもしないけどさ、今夜の夏祭り一緒に行かないか?」

『今夜?急だね。智代ちゃんとはいかないの?』

「いやもちろん一緒だ」

 俺はちらりと脱衣所に目をやる。鼻歌を歌いながら智代が浴衣に着替えているのが、曇りガラスのシルエットでわかる。

『じゃあ二人で行って来いよ。今からだと遅いだろうし』

 よく忘れるんだが、こいつとは住む町が違うんだった。

「しょうがないな……まあ、また今度な」

『おう……うん?誰かな、ノックの音がする』

 足音。春原が扉を開けに行ったんだろう。

『誰かなぁ……ピザの注文してないんだけどなぁ……こんな時間に誰だろ』

 まて春原、そいつはもろに死亡フラグだ。

『はいはい、今開けま……しゅびごふぇっ!!』

 着弾音。

『いっつつ……誰だよ……って、藤林杏てめえっ!いきなり何だよっ!!……ひぃ……はあ?何で僕が……ひぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!』

 ぷつ。つーつー。

 俺は切れた電話に黙祷をささげた。すると脱衣所の扉が開いた。

「どうかしたのか?」

「ん?ああ、いや。春原に声かけたんだけどさ、割り込まれた」

「?じゃあ、これないのか?」

「いや、来るんじゃないか?今しがた『ノー』と言えない使者様がご到着だか……ら……」

 

 振り返ると、そこには夏の天女がいた。

 

「な、何だ。やっぱりその、似合わないのか?」

「いや……何つーかその……」

 白地に青い花が品良く染められた浴衣。うなじがチラリチラリと見えるポニテ。少し恥ずかしげに染まった頬。

 64HITも目じゃないぜ。

「……やっぱり似合わないのか。ふふふ、そうだな。私のような女の子らしくない女が着たら、浴衣が腐るというものだな。そんな女が隣にいたら、朋也も迷惑だろう?きっと口では愛していると言っていても、心じゃ『うわこの女マジうぜえもっとましな奴に乗り換えどきか』とか思っているんだろうな。そしてふと気付いたら私は一人祭りに残されて、朋也は違う女といつの間にかこの家に戻ってきていて寝具を取り出して……」

「ないないないない。そんなことは絶対にないぞ!はっきり言って『似合う』という言葉では足りないくらい似合っている」

「朋也……」

「しかし困ったな、そんなお前を見たら、視線が釘づけになっちまうな」

「そ、そうか?」

「お前が綺麗なのはまあ宇宙の真理だが、他の男たちに見られるのは少し嫌だな」

「何だ、妬いてくれているのか?」

「妬くも何も、俺のハートはいつもばーにんらぶだ」

「またふざけて……仕方のない奴だ」

 そう言いながらも智代はクスリと笑った。

「じゃあ、そろそろ行こうか」

 

 

 

サマフェスIN光坂

 

 

 

「わっしょい、わっしょい」

 太い声と共に、様々な神輿が通りを行く。

「威勢があっていいな」

 法被姿の男を見て、智代が言った。

「朋也は神輿を担いだことはあるか?」

「いや、ないな……肩に悪いんだそうだ」

 いつか田嶋の旦那に頼まれたことがあったが、その理由で蹴らざるを得なくなった。

「……すまない」

「謝んなって。それより、もうそろそろじゃないか」

「そろそろ?」

「おう野郎どもっ!今年は絶対に負けねえぞっ!!」

「おおっ!」

「おうともよっ!!」

「おいてめーら、いいか、今年も須藤の兄弟とは一身分差を付けるぞ。いいなっ!?」

「へいっ!」

「わかってるぜ佐々木さんっ!!」

 毎年恒例と言える「佐々木対須藤の神輿レース」だった。通りの初めから神社まで最初に神輿を持っていったチームの勝ちで、最初は蹴る殴るなどもありだったそうだが、田嶋の「喧嘩はだめですよ」の一言でスピードのみを競うレースとなった。ちなみに今のところ三勝二敗で佐々木チームの優勢である。

「うおおおおおおおおおおおおっ!!」

「わあああああっっっしょうぃいいいいいいいいいい!!」

「うおっ!佐々木てめえっ!今足を引っ掛けようとしただろ」

「知らねえな。おい、もっと早く行け」

「畜生、おい勇、へばってるんじゃねえ」

「へい、兄貴」

 

 

「壮絶ですね……」

「ああ。あれこそ夏の男だな」

 ふと聞こえた声に反応してしまった。

「って、あれ?岡崎さん」

 いつの間にか、隣には小柄で眠たげな目をしたアホ毛の女性がいた。

「智代さんもこんにちは」

「有紀寧さん。するとそこのでかいのは」

「でかいので悪かったな」

 苦笑する田嶋の旦那。佐々木とは高校生の時ひょんなことで殴り合いをしなけりゃいけなくなったが、田嶋の旦那は背丈こそ同じものの、存在感は全く違う。

「しかし組の中で対立するようなことがあっていいのか?」

「いや、ああいったガス抜きは必要だろう。それに見たところ対立というほどのものでもないようだしな」

 智代が頷くと、田嶋が笑った。

「さすが智代さん、わかってますね。あれでも最初の頃は本当に危なかったんですよ?今では仲良くやってくれますけど」

 仲良く、ね。

「くっ、待て須藤っ!!」

「待つもんかっ!やーいやーい、悔しかったら三遍回ってワンと鳴いてみやがれ、バーカカーバあんぽんたん!」

「ふん、そういうお前の母ちゃんはでべそだっ!!」

「何だとっそーゆーお前のとーちゃん、ハゲデブめーがーねー!!」

 仲良く、ねえ?

 

 

 

 

 

 神輿を見終わってから俺たちは田嶋たちと別れ、ぶらぶらと歩いた。

 歩いたと言っても、神社から大通までの道にはずらっと屋台が並んでいるので、それだけで結構楽しめるわけだ。途中でわたあめとうちわを買った。

「しっかし今だとあまり人がいないな」

「まあまだ早いからな」

 確かに夏祭りは夜というイメージがあり、まだ日も暮れていない時間に屋台巡りというのは、少しばかり違和感を感じる。そう思っていると

「わっ!」

「うおっ!何だっ!」

 後ろから何かがぶつかってきた。

「あ、岡崎さんです」

「って、何だ風子か」

「何だとはなんですか、失礼です。岡崎さん最悪です」

 ぷん、と風子がそっぽを向く。

「人にぶつかっておいてそれかよ……で、お前何してるんだ」

「はっ、そうでした。風子は屋台でヒトデ型の超ぷりちーなアクセサリーを売っているところがあると聞いて、忙しいんです。岡崎さんになんか構っている時間はありません」

「ずいぶんな言い草だな。とてもじゃないけど大人の言うことじゃねえぞ」

「風子は大人ですっ!近所でも、あの子はとっても大人っぽい子だと評判です」

「子なんじゃねえか」

「見ていてください。いつか智代さんも見上げるような大人になって見せます。それではこれで」

 そう言うと、風子はさっと人ごみに紛れて行ってしまった。

「何だったんだ、あれは?」

「さあ……」

 二人で首を傾げていると、後ろから声をかけられた。

「岡崎っ!」

「岡崎さん!」

「ん?あ、芳野さん」

 振り返ると浴衣姿の芳野夫妻がいた。

「すいません、ここらへんでふぅちゃんを見かけませんでしたか?」

「えっと……今ぶつかられたところです」

「……すみませんでした」

「ついでに最悪だとも言われました」

「すみません」

「あと構うほどの時間もない、と言われて向こうに行っちまいました」

「すみませんすみません」

 これ以上続けるとあまりにも公子さんが可哀そうだったのでやめておいた。この人も苦労するなぁ……

「確かヒトデ型のアクセサリーを売っているところを探してました」

「そうですか……もう、ふぅちゃんったら」

「もしかすると、もう見つけているのかもしれないな」

 智代が希望的観測を口にすると、芳野さんがそれを否定した。

「残念ながら、それはない」

「どうしてですか?」

「ヒトデのアクセサリーを売っている屋台はあっちだからだ」

 風子の行った方向と正反対の、つまり芳野さん達が今来た方向を指さした。

「ついでに案の定ヒトデじゃなくて星のアクセサリーだった」

「やっぱりな……」

 脱力。

「それでは、ふぅちゃんを探さなきゃいけないんで、これで」

「あ、はい。芳野さんも公子さんも頑張ってください」

「ああ。ちなみに岡崎、お前は浴衣じゃないんだな」

「え、ああ、まぁ」

「そうか……」

 なぜか寂しげな芳野さん。すると智代がポン、と手を叩いた。

「もしかすると芳野さん、あなたは公子さんと……」

「言わないでくれ」

 ばっと手をかざす。

「頼む……言わないでくれ。さすがにこれは恥ずかしい……」

 公子さんと芳野さんを見比べて俺も気付いた。

「……わかりました」

 とどのつまり、ペアルックだった。いくら無地だからと言っても、結構恥ずかしいんだろう。

「しかし岡崎、これも愛だ。愛の偉大なパワーのウェーブの前では、恥ずかしさなんて内も同じだ。そう、愛は全てを凌駕する。覚えておけ」

「はぁ」

 じゃあ、と手を挙げると、芳野さんは駆けていった。

「さてと……気を取り直して次行こうか」

「うん」

 少し歩くと、智代が不意に袖を引っ張った。

「どうした?」

「その、あれだ、芳野さんに感化されたわけじゃないんだが、うん」

 照れ笑いを浮かべながら、こっちを真っすぐ見る。

「えと……手を、繋がないか?」

「……ん」

 顔を背けながら、華奢な指を軽く握った。するとしっかり握りなおされてしまった。

「……恥ずかしいな」

「……じゃあ、やめるか?」

「……向こうに何かあるかもしれない。早く行こう」

 顔を合わせずに言ったが、もしかすると耳まで真っ赤になっていたことを気づかれたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「岡崎君」

 金魚すくいの屋台の前で椋に捕まった。

「久しぶりだな」

「はい。お久しぶりです」

「あれ?勝平と一緒じゃないのか?」

 普通二人仲良く腕を組んでスキップしながら楽しんでいそうなんだが……

「それ、岡崎君と智代さんですよ」

「いや、俺たちはそこまでバカップルじゃない」

「そうですか……まあそういうことにしてあげます」

 全然納得していなかった。

「勝平さん、今お仕事でオーストラリアにいるんです。秋には戻ってくるって言ってましたけど……」

「そうか……大変だな」

 勝平は今や売れっ子の紀行ジャーナリストで、海外に行くことも少なくない。これも、いろんなところを武者修行として渡り歩いた結果なんだろう。

「あの……智代さんは?」

「ああ、ここ」

 指さすと、真剣なまなざしで金魚すくいを手にしている智代がいた。

「珍しいですね、智代さんが金魚すくいに夢中になるなんて。知りませんでした」

「まあ、何となく本気出すかなって予想はしていたけどな」

「金魚好きなんですね」

「いや、特に」

「え?でも……」

 その時、智代が動いた。金魚すくいを使うというよりは、その動きの勢いで水をかきあげるかのようだった。早い話、激流からサケを吹き飛ばす熊を思い浮かべればいい。

「よしっ!これで四匹だ」

「か〜っ、豪快だねえ姉ちゃん。俺ここで屋台やって八年だけど、初めて見るねぇ」

「うん、初めてやるからな」

「そうなんかい。よかったな、坊主」

「うんっ!」

 驚嘆しながらすくった金魚を透明の袋に入れて、屋台のおやじはそれをじっと見守っていた男の子に渡した。

「じゃあね、ありがとうお姉ちゃん!」

「うん。転んで落としたりするなよ」

 つまり、そう言うことだ。俺たちがここに来たら、金魚すくいがうまくできなくて困っている小学生ぐらいの男の子がいて、そんな子を智代が見捨てられるはずがなくて、そしてそんな智代に俺が「ノー」と言えるはずなんてなおさらなくて、結局俺の財布がかぱりと開いたわけだった。

「ん?ああ、椋じゃないか」

「こんにちは、智代さん」

「どうしたんだ二人で?」

「ああ、実は」

 お前のこと話してたんだ、と言おうとしたら

「岡崎君、私と浮気したいって言ってます」

 

 

 ほわっと?

 

 

「朋也……」

 智代が不安げに俺を見る。

「ないってないない!そんなこと絶対にないっ!!!」

「まあ男ですからねぇ、岡崎君も。いろんな女性に興味があるのはわかりますけどね、さすがに奥さんの後ろでそれはないんじゃないですか」

 ふふふ、と笑う椋。ああ、お前と杏ってほんとに姉妹だよな。

「そんなっ!朋也、私が何かをしたんだったら謝るし、至らないところがあるんだったら、直すから……だからそんなこと、絶対にっ!」

「しないってっ!お前と俺は、永遠だっ!」

「で、でも、浮気したいのは男の性なんだろう?しかし、それでも私は嫌だ……ああっ!どうすれば……!!」

「なんて、冗談ですよ」

 満面の笑みで、椋がしれっと言う。

「智代さんがあまりにも岡崎君に一途なんで、ちょっといたずらしたくなっちゃいました。それに、岡崎君に限って浮気するなんてありませんよね」

 ニュアンスとしては「そんな甲斐性ないでしょ」といった感じだ。しかし俺は敢えて言葉通りの解釈をするぜ。

「当たり前だろ、全く」

「フヒヒwwwサーセンwww」

 そう笑うと、椋は走って行ってしまった。くっ、こういうところは姉に似ないでほしかったぞ。

「朋也……」

 ぐす、と鼻を鳴らす。そんな可愛さたっぷりな智代を抱きしめる。

「大丈夫だ。智代最高俺最高、二人合わせて」

「岡崎最高、だな」

 ぐし、と目をこすると、俺の大好きな笑みで笑ってくれた。

 

 

 

 

 

 不意に、嫌な予感がしたので、さっと横に動いた。

「うん?どうしたんだ朋……」

「……のパンはっ!古河パンの不良債権だったんですねえぇぇぇえええええええ!!」

 今俺のいたところを、物すごい勢いで早苗さんが走りすぎる。

「ふう、危なかった。あやうく轢かれるところだったぜ」

 そう言って俺が一息ついた途端

「……れはっ!大好きだぁああああああああああああ!!」

 衝撃。激痛。

 ああ、俺が木の葉のように。

「ぐ……は」

「大丈夫か朋也!?」

「うかつだったぜ……隙を生じぬ二段構え……飛天御剣流の奥義……」

「いや、それはあまり関係がない」

 な、何とっ!智代に突っ込まれてしまった!!

「?」

 ちょんちょん、と俺を突く感触。

 見上げると、小さい女の子が、不思議そうな顔で俺を見降ろしていた。どこかで見た顔だった。

「ああ……確か古河のところの……」

「汐じゃないか」

「こぞーのおじさんと、ともよさん」

「うん、そうだな」

「ちょっと待て、何で俺がこぞーのおじさんなのに、智代は名前を知られているんだ?」

「言わなかったか?汐は体が丈夫じゃないから、元気いっぱいな女の子になれるように鍛えてくれ、と頼まれているんだ。まあ、鍛えてくれと言っても、たまに一緒に遊ぶだけだが」

 鍛えてくれって……あれか?古河は自分の娘が最終兵器になるのを望んでいるのか?そんなんじゃ嫁の貰い手なんていないぞ?最強を妻に娶りたい奴なんて……

 

 いるか。

 つーか、俺だ。

 

「お父さんとお母さんは、今日は来ているのか?」

「ぱぱとまま、おみせばん。きょうはあっきーとさなえさんといっしょ」

「……なるほど」

「そしたらあっきーがまたへんなこといって」

 ちなみに遠くで「うおっ」「ぎゃ」「いってえ、何しやがる」とか聞こえていることからして、まだ続いているんだろうなぁ、あれ。

「しかし、汐はまだ……何歳だ?」

「さんさい」

「そうか、三歳か。アッキーと離れたら困るんじゃないか?」

 さすがに智代はこういうところにも気が回る。

「……あっきー、うしおがどこにいってもぜったいみつけだすから、ぱぱをすててあっきーのこになれっていってた」

「そ、そうか……」

「でもぱぱはぱぱ」

「そうか……うん、そうだな」

「容易に想像できるな、それ」

「しかしそしたら汐はどうする?汐みたいにかわいい女の子は、一人で歩いていたらダメなんだ」

「だめ?」

 うーん、と考え込む汐。

「では、こうしたらどうだ?あの二人と合流できるまで、私たちといたらどうだろう?」

 

「ともよさんといっしょ?」

「ああ。変な人が来たら、私が追っ払ってやる。そしたらアッキーも早苗さんも、パパもママも安心だ」

「うん!」

 母親そっくりの笑顔だった。

「そうだな、そうしよう。で、まあ智代に近寄ってくる変な奴はそれこそ俺が何とかするわけだが」

 

「頼んだぞ朋也、私はか弱い女の子なんだからな」

 

「はっはっは、まかせておけ。しかし、ずいぶんとまあ懐いてるな、智代」

 

「いや、何。よくわからないんだが、汐が他人とは思えなくてな」

「というと?」

 急に難しい顔をする智代。

「よくわからないんだが……朋也と汐は、どこかで浅からぬ関係を持っていたような気がしないでもない」

「曖昧だな」

 ちなみに俺はとんとそんな覚えはない。並行世界?まさか。

 

 

 

 

 

「おや?あそこにいるのは?」

 目を凝らすと、確かに見慣れた顔が数名たむろしていた。

「よぉ」

「あ、にぃちゃん」

「ちわっ、先輩」

「あ、岡崎さん」

 鷹文と河南子と芽衣ちゃんが三者三様の答えを返す。

「何だ、お前たち知り合いだったのか」

「まぁ、春原のにぃちゃんつながりで」

「そうか……しかし」

 智代が河南子を眺めて、不意に笑う。

「……ほほぅ?」

「な、何すか先輩?」

「いや別に……まあ強いて言うとだな、未来の義姉として嬉しいと思ってだな」

 顔を赤く染める河南子。

「ちょっせんぱっ何をっ」

「これはお前が選んだのか鷹文?」

「し、知らないよっ」

 ふんふん、とうなずく智代。まあ、普段からこの二人にはさんざんからかわれているからなぁ……

「に、にぃちゃんも何か言ってよっ!」

「いやまぁ俺も河南子が女らしく浴衣を着るなんて夢にも思っていなかったさ」

 なおさら顔を赤くする河南子。おー、照れてるところなんてレアものだな。写真でも撮っておくか?

「撮るなぁっ!!ばかやろーっ!!」

 うがーと吠える。

「こぞーのおじさん、いじめちゃ、め」

 汐が俺の袖を引っ張った。

「そうですよ。そんなんじゃ、岡崎さん、智代さんに嫌われてしまいますよ」

「ノォオオオオオオオオオオオオオ!!」

 頭を抱えて悶える。

「智代さん、岡崎さんって意地悪ですよね?」

「え、あ、まあ時には意地悪だが……で、でもっ、それだけで私が嫌うことなんてないぞっ!」

 あたふたと智代があわてる声がする。すると、芽衣ちゃんが屈みこんでにやりと笑った。

(それに、そういう写真は相手に知られないうちに撮るものですよ)

 芽衣ちゃんの笑顔が黒く見えた。

「そう言えば河南ちゃんってうちの兄とは知り合いですよね」

「え?まあ……」

 ふふふ、と笑う芽衣ちゃん。何だ、何をたくらんでいる……?

(やだなぁ、何も企んでませんよ。企んでたとしても、言うわけないじゃないですかぁ)

 芽衣ちゃんの視線が告げた。

 

 

 

 

 

 黄色いリボンを手に巻いた女の子とその姉らしい人物を通り過ぎると、ちょうどわたあめの屋台があった。

「買っていかないか?」

「そうだな……汐も食べるだろう?」

「え、でも……」

「いいじゃないか。お祭りだし、ママも早苗さんもオッケーしてくれるだろう」

 最初は迷っていたようだが、最終的には汐も頷いた。

「でも、アッキーも早苗さんも、どこまで行っちゃったんだろうな?」

 これだからバカップルは、と苦笑していると

「あっ!やいてめぇ、銀河っ!!」

 銀河じゃねえ。

「俺様のぷりちー汐を返しやがれ!!」

「つーか三歳児ほっぽいて駆け出すなよ、おじいちゃん」

「ぐはぁああああああああ!!」

 おっさんが耳を塞いで崩れ落ちた。

「そ、その名で俺を呼ぶなっ!!」

「あらあら、岡崎さんと智代さん、汐の面倒見てくれてたんですか?」

「いや、そんな大したことではない。ただ一緒に屋台を歩き回っただけだ」

「ありがとうございます。あとでお礼に私のパンでも」

「いいえ、結構です」

「でも、いただいてもらえると」

「いいえ結構です」

「知り合いからジャムを貰ったんです。それで新しいのができるんですが」

「いいえ結構です」

「早苗さん、本当に私たちは大したことはしていないから、お礼とかは考えないでほしい。それでは」

 二人でそそくさと離れると、振り返った。

「ともよさーん!ありがとー!」

 元気いっぱいに手を振る汐に、二人で返事をした。

 

 

 

 

 

 腕時計を見ると、すでに九時を過ぎていた。

「もうそろそろあいつら来てるはずなんだけどなあ……」

 そう思っていると、かき氷屋の前で聞きなれた声が聞こえた。

「ああああもうっ!!何で?何で会話がつながらないのっ!!」

「……?」

「いやそこで不思議な顔しないで……とりあえず杏も落ち着こうよ」

「わかってるわよっ!……すぅ……はぁ……よし」

「ここ、曲がる〜」

「もうそのネタはいいっ!!」

 よほど知らない人の振りをしようかと思ったが、その作戦を告げる前に智代が歩きだして行ってしまった。

「何だ、騒がしいと思ったらお前たちか」

「あ、智代ちゃん」

「智代」

「智代ちゃんじゃ、あーりませんか」

「?ああ、私は智代だが……」

 智代が戸惑った顔をする。すると、ことみが顔を伏せて悲しげに呟いた。

「面白く、なかった?」

「え?今のは冗談だったのか?何?知らなかったぞ」

「やめとけやめとけ。智代はボケ殺しで有名だからな。一見ですぐにそうとわかるネタでも、説明してやらなきゃだめなんだ」

「そういう次元でもないでしょ。前にも言ったけど、ことみ、あんたがお笑いなんて、百万回生まれ変わったって無理な話なの」

「……杏ちゃんいじめっ子?」

「まあな」

「絶対そうだよ。僕なんていっつもいっつも……」

「何か言った?」

 目が光った。

「それより、一ノ瀬も戻っていたんだな」

 イチゴとメロンを注文していると、智代がことみに聞いた。

「夏休みが取れたの。でも、九月になったらまた大学で教えなきゃいけないの」

「え?ことみちゃん教える方だったんだ?」

 そう言えば、クラスの連中にわからないところを教えていたこともあったな。

「わからないことがあれば、聞いてほしいの」

「じゃあ、春原はどうしたら頭が良くなる?」

「無理なの」

「即答っすかっ!」

「人の脳はある一定の時期を過ぎると、成長しなくなるの。だから情報は変わっても、容量とかはもう発達しないの」

 全員で春原を見る。

「春原……」

「あんたって……あんたって奴は……」

「お前は、もう一生このままなのか……?」

「何でみんな僕をそんな風な目で見るの!?冷たすぎだよっ!!」

 それより、と杏が手をポン、と叩いた。

「何か面白いところあった?射的とか風船釣りとか」

「射的なら向こうにあったが……風船釣りはまだ見かけてないな」

「じゃあ、ま、歩いて回るか」

「ほら陽平、いつまで食べてんのよ、いくわよ?」

 持っていたかき氷を口に押し込まれる春原。

「むごはふぇ……あいったーっ!頭にじんと来たよっ!!」

「ほら早くっ!」

 杏に半ば引きずられるようにして歩く春原と、あわてて追いかけることみ。

「何だかんだで賑やかになるなぁ、あいつらといると」

「そうだな……その、朋也」

「何だ?」

「みんなといると、その、恥ずかしいから、今のうちにしておくぞ?」

「何を?」

「こっちを向いてくれ」

 振り向くと、いきなり唇をふさがれた。仄かに冷たいイチゴの味がした。

「……お前な……」

「ほら、早くいかないと見失ってしまうぞ?」

 そう言って少女のように駆け出す智代。俺はため息をつくと、肩をすくめて歩き出した。

 

 

 

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