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 それは前から考えていたことだった。

 俺はこの町を離れて暮らすことはできない。この町で電気工をずっとやっていくことしかできない。

 だけどあいつはもっと高いところに行ける。もっと遠い所に行って、いい大学行って、たくさん出会いがあって、期待されて、それに応えて。

 それでもあいつは俺と一緒がいい、と言ってくれた。いい成績も内申も、頭のいい友達もいらない。俺と一緒にいたい。そう言ってくれた。だから俺は答えた。俺がお前の所まで行く。どれくらいかかるか解らないけど、絶対にそこまで行く、と。

 そうして、一年が過ぎようとしていた。俺は電気工として汗水流して働き、智代はそんな俺を支えてくれた。学業や仕事で忙しい中、俺達は会い、そして絆を深めあった。いつまでもこうしていられればいい、と思った。

 

 

 だけどそれはしょせん夢で、夢を叶えるには代償が付き物だった。

 

 

 

ともにいるということ

 

 

 

「ねぇちゃん、この頃悩んでるんだ」

  鷹文は手土産のミカンを俺に勧めながら、こたつの中で言った。智代は今日、用事があって夕方辺りにここ、俺のボロアパートに顔を出してくれることになって いる。その合間を縫うかのように智代の弟、鷹文が遊びに来ていた。こいつは何か、姉のスケジュールを熟知しているとか?

「悩んでる?」

「うん。あまり言わないけどね、どうも学校の方でいろいろと言われてるようなんだね」

 言われている?ちょっと考えにくいことだった。智代はもうすでに生徒会長ではなくなったものの、それでも生徒や教師からは慕われている。成績もいいし、まさに生徒の鏡とでもいうべき奴だ。

「そこなんだよね」

 ため息をついて鷹文が言った。

「僕達の学校って、進学校だからさ。そういう生徒は大学に行くのが当たり前、ましてやねぇちゃんみたいに並大抵じゃない成績の持ち主じゃ、いい大学に入れなきゃおかしい、っていう感じでさ」

「……あいつはどう思ってるんだ」

「最初はこの町から通える大学を目指してたんだけど、先生とかがそれじゃだめだ、もっといいところに行けって頑なに言ったんだって。それなら大学には行かない、って意地張っちゃって」

 漏らすまいとしていたため息が漏れた。

「あ、でもにぃちゃんのせいとか、そんなんじゃないからね。ここでにぃちゃんが別れるとか言いだしたら、ねぇちゃん絶対に大学なんかにはいかないから。いや、下手するとまた荒れるかな。だからその線は絶対になしでお願い」

「言われなくても別れるつもりはねえよ」

  前に俺はそんな過ちを犯してしまった。智代には目標があって、それを達成するには俺みたいな不良扱いの奴と一緒にいてはだめだった。だから俺は智代と別れ た。もう、智代の足枷にはならないために。だけど、それからの日々はお互いにあまりにも辛くて空しくて、正しい選択をしたとは思えなかった。

 俺は、足枷になるのをやめればよかったんだ。俺が彼女を押し上げれるような男になってやれればよかったんだ。今ならそう言える。だから彼女が俺の傍に行く、と誓ったように、俺も彼女のところまで行くと誓った。

 今回も、恐らく答えはある。難しくて辛いかもしれない、でも安易に別れるという答えよりももっと納得のいくような答えが。

「なあ鷹文」

「何?」

「お前や、両親はどう言ってるんだ?」

「父さんや母さんは基本的に放任というか、ねぇちゃんの側だね。ねぇちゃんが大学に行きたいんならサポートするし、就職したいんだったらそれもいい、って感じ」

 まあ、元非行少女には贅沢な悩みだしね、と鷹文は笑った。

「で、お前は?」

「似たようなもんだよ。ま、強いて言えばねぇちゃんとにぃちゃんが納得行くんだったら、それでいいや、って感じかな。つーわけでハッピーエンド期待してます」

「勝手に期待するな」

「できれば『全米が泣いた』って路線で」

「スケールでけえ話になってきたな……」

「2015年リリース!障害を乗り越えた愛の物語!製作費ン十万ドル、世紀のスペクタクル、『ザ・トモトモーズ』に乞うご期待!」

「同時上映は世界を震撼させた問題作。偉大な姉の背中を見るつもりが、尻を追い回すこととなり、高校でのストーキングミッション、恋人へのインターラプトプレイ、果てには念願の姉とのディープキス。『姉ちゃんと僕』。君の後ろにも鷹文が……」

「って、僕はそんな変態じゃないよっ!」

「しかし随分とまあいいタイミングでいろいろ見てたじゃないか」

「わざとじゃないって」

「しかも実際にキスしたし」

「わーわーわー覚えてないっ!」

「実は家で『役得だったぜゲヘハハハハ』とか言いながら盗んだ下着でも嗅いでるんじゃないのか」

「どうしてそうなるっ!!」

 春原が実家で就職してから、突っ込み担当は鷹文に受け継がれていた。

 

 

「朋也、入るぞ?」

 智代が俺のアパートのドアを開ける。明かりは点いているので、そのまま靴を脱いで入ってくる。しかし、誰もいない台所や居間を見まわし、困惑してからおずおずとトイレのドアをノックした。返事はない。

「来るって言ったんだが……仕方のない奴だな」

 大方、コンビニにちょっと出かけたとでも思ったのだろう。肩を落として居間を出ようとした時

「と〜もよちゅわ〜ん」

 俺は押入れをバンと開けて飛び出た。

「なっ!!」

 一瞬智代の足が上がった気がして、青い光が見えた。三ヒット。KO。

「と、朋也!大丈夫か!お、思わず蹴ってしまったじゃないか」

「あー……こりゃ死ぬわ」

 ちょっとだけこれを食らって生きていた春原を尊敬した。

「何だってこんなことを……」

「ルパン三世ごっこ」

「……ハァ……」

 思い切りため息を吐かれてしまった。

 

 

「最近学校の方はどうだ?」

 こたつに二人して入りながら聞いてみる。

「順調だ。心配ない」

 やや間があって、智代が答えた。しかし、その表情はそう明るくない。

「何かあったのか?なんだか元気がないようだけど」

「大丈夫だ。うん、大丈夫だからな?別れようとかは言うなよ?」

「言わねえよ。こんないい彼女と別れたら罰が当たる」

「わかってるじゃないか」

 智代が顔を綻ばせた。俺は這うようにして智代の隣に移動した。

「あれ、智代、髪の毛切ったのか?」

「うん?ああ、少しばかりな。何だ、短い髪は嫌いか?」

 短いと言っても、智代が正座した時に床まで垂れていた髪が、今では先っぽが畳に触れているくらいだから、まだまだ長い方だった。

「全然気づかなかったな。これ、彼氏として減点対象になるのか?」

「そうだな……切ったのは三日前だったが、まあ一応なるな。減点」

「あちゃあ」

 減点したからには取り返さなくては。俺は智代の髪を手に取った。

「本当に綺麗だよな、これ。ここまで綺麗に伸ばせないだろ、普通」

「努力したんだ」

 えっへんと胸を張る智代。その頭をわしゃわしゃと撫でてやる。

「えらいえらい」

「朋也のためなんだ。喜んでもらえて嬉しい」

  時々、隣にいるのは本当にあの坂上智代なんだろうかと思うことがある。坂上智代の一般イメージは頼りになるカリスマ性溢れる元生徒会長で、頼んだら嫌とは 言えずにとことん解決していくしっかり者。しかし、俺が今いい子いい子しているのは、あまりにも無防備な少女だった。さっき蹴られたけど。

「そういやお前、進路どうするんだ?」

「……」

 ずっとそうしていたかったけど、俺は手を止めると本題に入った。

「私は……うん。そうだな」

「まさか何も考えてないわけじゃないだろ」

「実は、そうなんだ。うん。恥ずかしい話だが、まだ、なんだ……」

 そう言いながら、智代は俯いてしまった。相変わらず嘘が下手な奴だな、と思った。その華奢な肩に腕を回した。

「智代」

「うん……すまない。何なんだお前は、これじゃあ隠し事はできないな」

「逆ギレされても……で、どうするんだ」

「先生は……大学に行けって言う」

「まあそうだろうな。進学校だし」

「でも、進めている大学はここからじゃ通えないんだ。結構、遠い。もしかすると、いや、恐らく向こうで宿舎を探すことになる」

 智代が頭を俺の肩に乗せた。シャンプーのいい匂いがした。

「私は、お前といる。いたいんじゃなくて、いる。そう決めたんだ」

「決めたって……」

「私はもともと進学したくてあの学校に行ったわけじゃないんだ。桜並木を守りに行ったんだ。そして私はそこでお前と出会った。お前との時間に比べたら、大学に行くなんて、二の次なんだ。少なくとも、私の中では、そうだ」

 言い切ってから、俺に向き直る。

「……なあ智代、その問題は置いといて、お前実際のところどうなんだ?行きたいんじゃないか?」

「置いといてって……私にとっては、それが一番大事なんだぞ?」

「そう言ってもらえて、何つーかむせび泣いて『智代わっしょい』って踊り出したいほどうれしいんだが、俺はお前にそんなに簡単に決めてほしくないんだ」

「簡単に決めてなんかないぞ。これだって、悩んでいる方なんだ」

 ぷぅ、と頬を膨らませる。

「俺のせいでお前が大学に行きたくない、という状況は嫌なんだよ」

 諭すように言うと、智代は俺をじっと見つめ、そして俯いた。

「そんなことは……ない。ないんだ」

「本当にそうか?ちょっと考えてみてくれよ」

「ないっと言ったらないんだっ」

 珍しく智代が怒鳴った。その後、「しまった」という顔をして「あ……」と呟いた。

「す、すまない、怒鳴ってしまって」

 しどろもどろに言いながら急に智代は立ち上がった。

「おい、ちょっと」

「どうかしていたようだ、うん。すまない、本当にごめん」

「智代」

 そのまま急いで玄関に行くと、俺が止めるのも聞かずに出て行ってしまった。

 俺は智代が出て行った外をじっと眺めてから、スチールドアを閉めて玄関にへたり込んだ。

「怒らせちまったかな……」

 そっと呟く。言った途端にものすごい不安に駆られた。

 俺は、あいつに嫌われちまったのか。

 進学するかどうかは、智代自身の問題だ。もしあいつが本当にただ大学に行きたくないだけで、純粋に近くに大学に行きたかったのを止めさせられたからもう行きたい所がなくなっていただけで、俺達がそれを無理にせっついていたんだとしたら、嫌になるのも当たり前だ。

 そもそも大事な彼女がそんな悩みを抱えていたなんて知らなかった時点で、減点どころか失格ものだな。そう自嘲した。
遠くに行ってほしくなくはない、と言ったら、嘘になる。

 俺はあいつが好きだ。智代に恋をしてるんじゃなくて、俺はあいつを愛している、と言える程思っているつもりだ。離れていってほしいはずはない。

 でも、だからと言って智代をここに縛り付ける要因にもなりたくない。俺といたから、智代ができたこと、やりたかったことが犠牲になるのは、智代といられない時間が増えるのよりも嫌なことだった。

 もし本当に智代が行きたい所があるのなら、支えて、応援して、行かせてやるのが俺のできるせめてもののことだと思う。

 

 

 

「で、何でお前がここにいる?」

「あれ?出入り禁止になったんだっけ?」

 鷹文が笑った。仕事から帰ってきてみると、どこから来たのか鷹文が部屋で待っていた。

「まあ、どうせ何か厄介事を相談しに来たんだろうけど」

「相談というか……ねぇちゃんと何かあった?」

「……あったっつーたらあった」

「例の件で?」

「例の件で。何つーか勢いに任せて怒鳴られた後で、そのまま出ていっちまった。その、智代はどうしてる?」

 あの後、智代は俺のところに来ていないし、電話もかかってこない。こっちからかけると、電源が切ってあるようだった。

「今臨界点オーバーまでコンマ二一」

「うわ」

「何だかにぃちゃんに嫌われたんだって思い込んでるみたい。ずっと暗くてさ、ぼそぼそしきりに呟いてるから、何言ってんのかなぁ、って聞いてみたら……」

 ごくり、と生唾を飲み込む。

「『朋也はどこ?私は誰だ?』ってループ。こりゃやばいやって思って、一応にぃちゃんに嫌われたわけじゃないんじゃないの、って言っておいたんだ。で、そこら辺確かめに来たんだけど」

「お前も御苦労さまだよなぁ……」

「あはは、まあ興味半分ってのもあるけど」

「前言撤回。それ後で智代に言っとくからな」

「な」

「お前、葬式は寺でやるか?それとも神主さんに頼むか?」

「死亡確定なのっ?!」

「鷹文……無茶しやがって……」

「そこで勝手に死亡フラグ立てないでよっ!」

「明日の訃報には俺が一筆書いてやる。任せとけ」

「嫌だよっ!」

 突っ込み三連発をこなす鷹文。春原級の認定をもらえる日は近い。

「もうどうでもいいよ……とにかく、大丈夫だってこと言っとくよ。他に何か一言ある?」

「そうだな……『電話の電源点けといてくれ』って言っといてくれ」

「オッケー。言っとくよ」

 そう言うと鷹文は立ち上がってコートを着た。

「何か悪いな、いつも」

「いいって。これでねぇちゃんが荒れちゃったら、僕の命もないし」

「よし、今度は俺達がお前と河南子の間取り持つってことで」

「いやいいって!何だか余計こんがらがる気がするし!」

「遠慮するな。破局まで付き合ってやるって」

「別れ話へ直行するの?!」

「ああ後、一つ言っておくからな。突っ込みすぎると馬鹿になるからそれだけは気をつけろ」

「そうだったんだ、ありがとう、わかったよ……って、にぃちゃんが突っ込ませてるんでしょ!!」

 

 

 

 夕飯を食べて、智代に電話しようかと思った時に、携帯が振動した。

 まったく、どこまで似た者同士になれば気が済むんだろうな、俺達。

 苦笑しながらふたを開けた。

「もしもし」

『あ……朋也か?』

「現在この回線はジェット斉藤によって使用されております。岡崎朋也に用件がございましたら、メッセージをトーンの後にお残しください。ピーっ」

『あ……その、私だ。このメッセージを聞いたら、その、電話してほしい。待ってる』

「いやここまで天然だと逆に何て言ったらいいのやら」

『きゃん!?』

「きゃん……?」

『とととととと朋也かっ!』

「いえ、ジェット斉藤です」

『……すみません番号間違えました』

「いや、だから俺だって」

『……朋也は意地悪だ』

 電話越しにうーと唸る声が聞こえた。

「ごめん。今電話するところだったんだ。偶然だな」

『そうだな……なぁ』

「ん?どうした?」

『その、すまないんだが、今から会えないか?お前と会って話がしたいんだ』

「ああ……そうだな、前二人で行った公園なんてどうだ?」

『すぐに行く。待っててくれ……朋也』

「何だよ」

『怒って、ないよな?』

「全然。ただ、お前に会いたかった」

 馬鹿、と呟くと、智代は電話を切った。

 

 

 

 ベンチに座ってしばらくすると、智代が走ってやってきた。俺を見ると一瞬嬉しそうな顔をしたが、その後少し気まずさと不安の入り混じった顔になってしまった。

「元気……だったか」

「ああ。お前はどうだ?勉強とか大変じゃないか?」

「……朋也は優しいな」

 そう言うと、俺の隣にちょこんと座った。

「その、怒鳴ったりしてごめんな?あれはつい……」

「いや、全然気にしてないよ。普通あることだし、な?」

「そうだな……」

「智代」

「何だ」

 こっちを向いた隙に唇を重ねた。軽く、優しく。

「会いたかった」

「……うん。私もだ」

「ずっと携帯の電源切られてたから、話できなくてすごく寂しかった」

「怖かったんだ。お前に電話したらお前が怒っていたら、とか、お前が電話してきて、結局喧嘩になってしまったら、とか」

「弁当自分で作ってみたけど、全然まずくてさ。それに、声聞けなくて不安だったし」

「何だか私も全然調子が出なかったんだ。授業も上の空で、昨日なんか注意されてしまったぞ?」

「だめじゃん、俺達」

 ふふふ、と笑いあった。

「なあ、少し散歩しないか」

 俺は立ち上がって智代の手を取ると、笑いかけた。

 

 

 

 暗い街を二人で他愛もない話をして歩きまわる。寒かったが、二人で寄り添いながら歩いたので、心地よい温もりを感じた。

「あ」

 ふと智代の前髪に何かがついた。

「雪、か」

 空を見ると、暗い闇から白いものがフワフワと落ちてきた。道理で寒いわけだった。

「帰るか?」

「いや、もう少し先まで行きたいんだ」

 智代は上目遣いで俺を見た。

「いいか?」

「ああ、もちろん」

 そして着いた先は、学校の前の桜並木だった。そこまで行くと、智代は足を止めた。

「朋也」

「どうした?何か落としたのか?」

「いや、そうじゃないんだ。お前に聞いてもらいたい話があるんだ」

 自然と俺と智代は向きあった。

 

 

「なぁ朋也、私はどうしたらいいだろうか」

 

 

 それは、智代には珍しいぼやけた質問だった。

「私は朋也が好きだ。お前と離れたくはない。いつも私の傍にお前がいて、二人で笑って、二人で歩いて。そういう日々を重ねていきたいんだ」

 無言で頷いて先を促す。

「でも……朋也に言われて、気づいたんだ。確かにずっと前に、行きたいと思った大学があるって。その頃はお前と出会っていなかったし、この町にいるのは特に何でもなかったから、場所は特に気に留めていなかったんだが……興味はあった」

 自然に笑みがこぼれた。智代に夢があった。智代だけの、かけがえのない夢。それが無性に嬉しかった。

「もしお前と出会っていなければ、とか言うつもりはない。私達は出会うべくして出会ったんだ。運命の赤い糸って奴だな」

「はいはい、女の子らしいですわね」

「そう思うだろ?と、とにかく、うん、興味はあるんだ……」

 名を聞くと、経済とかそういうので結構有名な大学だった。確かにここからは遠い。

「一応先生達が勧める大学の一つではあるんだ。それがどうってことじゃないし、恩義のために大学を決めるわけじゃないけどな」

 そう言って笑って見せた。

「でも、お前と離れるのは怖いんだ。前みたいにすれ違いになって、気づけば別れてしまうというところまで行きそうで、怖いんだ……」

 声は尻すぼみになり、そして白い息となって消えていった。

「そこまで行けるんだろ?」

「え?」

「お前の夢はその大学なんだろ?で、そこに行けるんだろ?だったら迷うな」

「朋也……」

 これから言うことは、結構柄じゃないってのはわかっている。

 でもこいつには言ってやりたい。大丈夫だって。夢を追っていいんだって。

「夢を叶えろ、智代。誰かに言われたからじゃなくて、誰かのためでもなくて、お前が見つけたお前だけの夢を叶えるんだ。俺はお前にそうしてほしい」

 目を見開く智代。しかしそこにすぐ不安が影を落とした。

「でも!私は、お前と……」

「俺はどこにも行かない。ずっと智代と一緒だ」

 え、と声を漏らす智代。一見矛盾しているような答えだったから、面喰ってしまったのだろう。

「お前はいつも俺の特等席にいる。ここさ」

 そう言って智代の茶色い手袋で覆われた手を、左胸に当てた。

「そして俺はいつもお前のここにいる。すぐ傍にいる」

そう言って俺は軽く握った拳で智代の左の肩と胸の間をぽんと叩いた。

「ずっと傍にいて、お前を応援している。お前の事をずっと考えてる。だから大丈夫だ」

 そう。

 たとえ離れていても、二人は一緒だ。

「ずっと一緒の二人なんだから、四年や五年なんて、大した問題じゃないさ」

「……そうだな」

 夢を叶える代償の時間を支払っても余りある時間が、俺達にはある。

「前に言ってくれただろ?俺と一緒の春がいいって?」

「……うん」

「春になったら、二人で花見しよう。夏になったら、二人で祭りに行こう。冬になったら今日みたいに雪見しよう。お前が帰ってこれないなら、俺が休暇取ってそっちに行くよ」

 微笑みかけて、俺は智代を、俺の愛する少女の目を、じっと見つめた。

「だから行って来い、智代。俺達の絆は、こんなことじゃ壊れないから、さ」

 風が吹いて、雪が一瞬大きく舞う。智代は目を大きく見開き、そして

「朋也っ!」

 俺に抱きついた。胸に顔を当てると、涙ぐんだ声で俺の名前を呼び続けていた。

「一人で抱え込むなよ、馬鹿。相談ならいつでも乗るさ」

「朋也は、何でそんなに、ずるいぞ、全く」

「そこはまあ、お前のことが好きな男の特権だ」

 俺は、腕の中の嗚咽が止むまで、この少女が貯め込んでいた不安を流しきるまで、世界が白く変わっていく様を眺めていた。しばらくして、智代が俺からゆっくりと離れた。

「もう、大丈夫だな」

「ああ。ありがとう、朋也。私はもう迷わない。私は自分の夢まで辿り着いてみせる。朋也と一緒にそこまで行く」

「ああ、頑張れ」

 夜の闇の中、その笑顔は飛びきり眩しかった。

 

 

「帰ろうか」

「ああ。朋也、一つだけ」

「何だんんっ」

 おもむろに唇を重ねられた。それは俺達の長いようで短い永遠だった。

「……ありがとう」

「いや、いいさ」

「とか言いつつ、本当は期待してたんだろ?朋也はキス魔だからな」

 そう言うと、智代はいたずらっぽく笑って駆け出して行った。

「ちょっ待ちやがれ!」

「ほら、私を捕まえてみろ」

「いや冬のネタじゃねえしそれ、って本気で逃げるなっ!」

 雪の中を、二人の声がこだました。

 

 

 

 

 

次回予告

 

先生……


僕は……先生と…あのくそ弱い陸上部と……

河南子が……好きでした…

大好きでした……

でも……
それ以上に僕は……ねぇちゃんが好きです……

大好きです……

 

 鬱屈された思い。届かない願い。

 それでも少年は立ち上がる。その目が追うもの

 それは

 

「ラッキーっ!今日のねぇちゃん、白だ」

「坂上さんは弟さんと仲がいいんですね。いつも一緒です」

「いつも?」

「禁断の恋を成就させるおまじないですか……?それを聞いてどうするんですか、鷹文さん?」

 

 全世界を震撼させた、「ジャパニーズ・ヘンタイ」の歴史の新たなる一ページ!

 今世紀最大の問題作

 「姉ちゃんと僕」

 

「あんたにはやれないっ!あんたに、僕のねぇちゃんをやるわけにはいかないっ!」

「上等だシスコン!今日こそ俺が勝って、智代のハートをがっちりだぜ!」

 ご期待下さい!

 

鷹文:って、何でこうなるのっ!!

渚:すみませんすみませんっ!あの、その、お父さんと岡崎さんが「流しちゃえよ、ユー?」って……

河南子:うわ、何だてめぇ、最低じゃん。つーかもう知り合いでも何でもないからとっとと消えろ

とも:鷹文お兄ちゃん、最悪……

智代:そ、その、な、鷹文、家族の絆は大事だとは思うんだが、うん、そういうのは、あの、困る……

芳野:愛だな……

杏・椋:(・∀・)ニヤニヤ

鷹文:だから違うんだぁあああああああっ!!!

 

秋生:いい天気だな、小僧

朋也:平和だな、おっさん

 

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