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 この話は、一体どこから紐解けばよいのだろうか。

 少女があの奇妙な三人組の元に訪れたところからだろうか。

 少女が生まれた時からだろうか。

 一人の愛を知らぬ女性と、愛に冷めた男性が出会った時からだろうか。

 とある家族が崩壊への道を歩み始めた時からだろうか。


 いや、もしかするとそこまで遡る必要はないのかもしれない。

 少女が再び姉と再会した時から。

 少女が様々な者たちと出会った時から。

 少女が父親と会うことを提案された時から。

 少女が己の中で強さの定義を見出した時から。

 少女が父親と会うことを決意した時から。

 少女が父親と対峙した時から。


 結末は一つ。しかし起点となるべきシーンは数多。

 では、ここは話の完全さを望むより、いっそ清々しく、まだ語られていない起点のことを話すことにしよう。

 つまり。

 この夏が始まった日のことだ。




 日の柔らかい光を浴びて、緋色の花びらが空を舞う。

 灰色の舗装路は、ほぼ完全に白とピンクで覆われていた。そんな道を、俺と智代、そして鷹文と河南子は、坂上さんたちと一緒に歩いていた。

「大学生になる少し前は、こうして家族一緒に会える機会なんて滅多にないな、そう思っていたんだが」

 智代は少し暗めの前置きをすると、ぱあっと破顔した。

「案外結構会えるものなんだなっ」

「俺は正直言うと結局は智代とずっと一緒なんだろうなと予想はついていたが」

「え、そ、そうだった、のか」

「何かこう、ああ、俺って将来智代と結婚して幸せな夫婦生活を満喫するんだろうなぁ、って思ってたなぁ」

「ば、馬鹿、朋也」

「大学に行ったら俺よりカッコイイ奴とか俺より将来有望っぽい奴とか、変な虫が現れないかどうか心配だったが、さすが俺たち、何ともなかったぜ」

「あ、当たり前だっ!朋也よりもカッコイイ奴なんていないっ!朋也以外に私を幸せにできる連れ合いなんていないっ」

「と、智代……」

「朋也……」

「智代…………」

「朋也…………」

「智代っ」

「朋也っ」

「鷹文さん、ご覧なさい。彼処に、非常に時と場所をわきまえずに破廉恥にもあなたの姉に愛を語る馬の骨がおりますよ。鷹文さんは、間違ってもああはならないよう、留意なさい」

「馬の骨って……一応朋也くんは家族の一員なのだがな」

「まぁ、言いたいことはわかるし、同意するんだけどね」

 お義母さんの冬のように冷たい声と、フォローしきれていない坂上さんと鷹文の声で、俺たちは我に返った。くそ、智代、かわいすぎ。

「つーか、そんなことをあたしにしたら他人のふりするからな」

「…………まぁ、鷹文さんが河南子さんぐらいでそんな奇行をなさるとは思いませんが」

「え、あれ、今の何かひどくない」

「お気になさらずに、独り言ですので」

「気になるわいっ」

「気になるのですか。あら。独り言というプライバシーですら、私には許されないのですか。河南子さんは私という個人の尊厳すらもはぎ取ろうと思うのですか。なるほど、理解しました。つまり私は、鷹文さんとどこぞの有象無象を隔てる邪魔者でしかないので、何をなさろうと勝手と、そういう魂胆なのですね」

「いや、その、ていうか何かまたひどいし」

「貴方風に言えば『ファキン邪魔なババアの人権なんざファッキューだぜげははははは』と言ったところでしょうか」

「あたしそこまで口、悪くないよ?!」

「失礼、噛みました」

「噛んでない噛んでない噛んでないからっ」

 今日も義母の毒舌は元気ハツラツである。

 




「しかし今年も見事に咲いてくれたな」

 坂上さんは満開の桜を見上げると感慨深げに言った。

「うん、そうだな。いつ見ても、この桜は綺麗だ」

 智代も眩しそうに目を細めた。

「特にこの桜の木は、だろ」

「ああ、そうだな。この木は、もともとはあそこに立っていたからな」

 智代が守った桜並木。それは坂上家にとっては家族の団結の象徴だった。その並木を守るために、智代はわざわざ光坂に編入し、そしてそこで俺と出会った。そして智代の必死の努力が実を結び、一度は実行がほぼ決定していたと言われていた桜並木伐採計画は無期限延期となった。

 しかし、時というものは残酷で、いくら全てを思い出のままにしておこうとしても、変わっていくものはある。無期限延期となった伐採計画が再び浮上した時、いくつかの修正案を経てそれは可決された。そのニュースを聞いたとき、俺たちは少なからずがっかりしたが、それがまぁ人生なんだろうな、と諦めていたところもあった。

 だけど何もかもが無駄だったわけではない。光坂の卒業生やPTAが桜並木を何とか残したいと街の人々に訴えかけ、それらが地元の有権者の利益と結びつき、桜並木は伐採から移植という形で残されることになった。風の噂によると、最初は単なる署名活動だった市民運動と土木系の有権者の架け橋となったのは、娘が光坂高校の元生徒会長だった某という者なのだが、これ以上突っ込むのはさすがに野暮だろう。

 結果、並木の大部分は光坂高校の周りを囲むかのように移植され、一つだけ大きすぎて手に余った一本の桜は、新たにできた光坂自然公園のシンボルとなった。自然公園といっても、とどのつまりは緑に囲まれた原っぱなのだが、そこが俺と智代のお気に入りのデートスポットとなったのは言うまでもないだろう。

「では、その功労を労って、智代」

「え、ああ、ありがとう」

 坂上さんが少しおどけて酒瓶を傾けると、智代が両手に持った猪口を差し出した。

「あと、朋也くんも」

「いただきます」

「ほい、鷹文」

「うん、ありがとう」

「河南子さん」

「やー、悪いですなぁ、うしゃしゃしゃしゃしゃ」

 河南子、その笑い方やめれ。

「そして」

 坂上さんはそう言ってふっと伽羅さんに微笑んだ。

「伽羅」

「はい、あなた」

「……君に」

「……はい」

 静かに、しかし優雅に微笑んで、伽羅さんは猪口を受け取った。その仕草に、俺は見入ってしまっていた。

 智代を花として表すのなら、俺は間違いなく桜を選ぶ。その色は鮮やかながらも決して気品を失わず、その散り際は晴々とした潔さを感じる。その美しさに目を奪われつつも、どことなく親しみや安らぎを覚える。俺たちが出会った背景を抜きにしても、智代はイメージとしては桜だ。

 では、伽羅さんはどうだろうか。俺は少し考えた挙句、菊の花だな、と思った。品のある美という点では、確かに桜に通じるものがある。だけど、その厳かな雰囲気に、近寄りがたさを感じるのは自然だと思う。むしろ普通に接するにはよほどの器でないとダメなのではないだろうか。

 そんなことを思っていると、不意に伽羅さんと目が合った。

「……何か」

「いえ」

「智代さん。あなたの夫が私に色目を使っているのですが」

「な、何だってっ」

「は」

 一瞬にして吹き飛ぶ、和の厳かな空気。

「うわぁ、にぃちゃん……」

「すげぇ、命知らずがここにいるよ」

「鷹文っ、誤解だっ!そんな冷めた目で俺を見るなっ!あと河南子もっ」

「……私にとってのラスボスは、年上の先輩でも同学年の女友達でも幼馴染でもなく、母親だったのかっ」

「ラスボスってなんだっ!俺が参っちまってる相手は、智代以外にいないっ」

「身の程をわきまえなさい、このクズが」

「うわーいここまですっぱりと罵倒されるとむしろ清々しいですよっ」

「まぁ、朋也くんもあれだな、智代の次に目が行くのが伽羅というのは、目が高いな、この面食いさんめ」

 このこの、と肘でつついてくる坂上さん。しかし

「……ただ、まぁ、伽羅はやらんがな」

 不意にドスの効いた声で俺をぶちのめした。

「は、はひっ」

「あきらめてくれるな」

 こくこくこくこく。

「はっはっは、それでこそ朋也くんだ」

「……俺、一体どんな風に思われて……いや、もういいや……」

 うえをむぅいてぇ、あぁるこぉおぅおうおうおう、なぁみだがぁ、こぉぼぉれえ、ないよぉおうおうにぃ。

「まぁ許せ、朋也くん。朋也くんだって、子供が出来て、その子供が智代に想いを寄せていたら、本気で死守するだろう」

「そんな突飛な話、起きるわけないですよ」

 少なくともそう信じていた時期が、俺にもありました。

「まぁ、もちろん狙ってませんけど」

 ちらっと智代を見ると、智代もこっちを見ていたのか、赤い顔をしてぷい、とそっぽをむいた。かわええ。

「でしょうとも。ええ、いくら種馬根性の抜けきらない朋也さんでも、己の矮小さを理解して、智代さんがいるだけでも至福だとわかったようですね」

「……概ね正しいですけど、種馬根性は撤回してください」

「馬程度では不服だと申すのですかっ」

「そ、そうだったのか、朋也っ」

「ちがいますっ!俺が種馬のように浮気したことはないし、これからもないですっ!っていうか、智代も真にうけないっ」

 俺が怒鳴ると、伽羅さんはしれっとそっぽを向いた。絶対にわかって言ってるでしょ。


 

 

 

「そういえば、父さんと母さんは、どうやって出会ったんだ」

 ほんのりと頬を染めた智代が、少しばかり身を乗り出して訊いた。

「うむ、よくぞ尋ねてくれた」

 ぽん、と膝を打って坂上さんが笑った。

「これから話すのは血湧き肉踊る長編スペクタクル。硝煙の匂いと、タバコの煙と、血と汗と涙に彩られた、愛と勇気と希望の物語。一度聞いても信じられず、二度聞いたなら心揺り動かされ、三度聞いたときには魂が虜。坂上家一世一代の冒険の……」

「お見合いです」

 ……

 ……………………

 ………………………………………

「そ、そんな目で見ないでもらえるとありがたいのだが」

「……まぁ、そうだな」

 お見合いぃ?血湧き肉踊るぅ?愛とぉ、勇気とぉ、希望のぉ?魂がなんだってぇ?

「だ、だいたい伽羅も、私がこう盛り上げているところをぶち壊さなくてもいいではないかっ」

「事実ですもの、致し方ありません。嘘はいけませんよ、あなた」

「ぐ」

「それに」

 ふふふ、と伽羅さんが優しげに微笑んだ。

「どちらにせよ結果として二人がこれ以上ないほど惹かれ合ったのならば、劇的な出会いよりも普通の出会いの中で育まれたものの方が、大事だとは思いませんか」

「どういうことかね」

「例えば……そうですね、ある職業に入るには、最低限これぐらいは出来ていないとダメだという技術の線引きがあるとしましょう。この際、職業はなんでもいいです」

「あ、じゃ、電気工で」

「……」

 き、伽羅さんが俺を睨んどるっ

「……さて、その最低限の線引きまでに、二人の、ああ、電気工がたどり着いたとしましょう。一人はそもそも手先が器用で、父親も電気工だったから現場なれしているし、おまけにいい先輩に恵まれたとします。もう一人は対して器用でもなく、縁故者に電気工などはおらず、電気工としての教育も質が特によかったわけではない」

「ふむ」

「たどり着いたところは同じだとします。では、人情として、あなたならどちらを労いたくなりますか」

「それは……後者だろう。いわばハンデのあるようなものだからな」

「でしょう。そしてその後者の電気工も、そこまでたどり着いた己に自信を持てるというものです」

 そう微笑む伽羅さんに、義父が唸った。

「確かに、何もないと思っていた自分が、自分よりずっと有利だと思っていた者と同じ高みまで登れたのであれば、それはすなわち自分の力量だと自負するだろうな」

「ええ。ですからね」

 菊の花が咲いた。

「例え出会いが平凡であれ、そして大した絆がなかったがためにいろいろと間違えもしましたけど、私としてはむしろここまでよく来れたなと思うのです。そして、ここまで来た私とあなたの絆に、少なからず自信と誇りを持っているのです」

「……そうか」

「例えどんな苦難がこの先あろうと、私たちなら乗り越えられる。そう信じております。それぐらいの想いなら、褒賞として胸に宿しても良いのではないでしょうか」


 その時。

 俺は思った。

 ああ、その時が来たんだな。

 止めていた時間が、また流れるんだな。


「もっとも、そんな苦難など、御免ですけどね」

「まぁ、そうだな」

 苦笑するみんな。

「それにしても、らしくない言葉を吐いてしまったものですね」

 伽羅さんの嘆息に、智代は首を左右に振った。

「そんなことはないぞっ。すごく素敵だった」

「素敵、ですか」

「ああ。父さんと母さんの絆が、こんなに強いものだっただなんて知らなかったぞっ」

 感動したと言わんばかりの智代は、目を見張り、頬を赤く染め、まるで手を取らんばかりに身を乗り出していた。

「ああ、そちらのことでしたか。いえ、私が言おうとしていたのは、そうではなくてですね」

 そして不意に俺の方をぎろりと睨んだ。

 え?俺?

「電気工をあたかも美談にふさわしい職業であるかのように扱ってしまったことです」

「そっちかいっ」

「私としたことが、何たる不覚。坂上伽羅、一生の不覚」

「そこまで言いますかっ!いいですか、電気工ってのはなくてはいけない職業なんですよ。電気工がいるから電気が流れて、街灯が点って、電気釜が炊けて、テレビが見られて、パソコンで2ちゃんが楽しめて、ついでに小説をうpできて」

「それぐらいわかっていますよ。ただ」

「ただ、何だって言うんです」

 すると、伽羅さんは晴れやかに笑った。

「朋也さんの就いていらっしゃる職業だということだけで気に入りません」

「ひどすぎやしませんかそれっ」

 先ほどの感動が台無しになった。義母の毒舌は、ただいま稼働率100%となった。



 

 

 

 

 

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