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「うん、そうか……うん、うん。ありがとう……ああ。では、待っている」
ガチャ、という音と共に、受話器が戻された。智代はしばらくの間、今の電話の主との会話を振り返り、そしてそれが織り成す未来の図を思い浮かべた。
「ふふ」
自然と笑みがこぼれてきた。当然だな、と頭の隅で考える。私は朋也がいるだけでも幸せなのに、今までずっと一緒にいられなかったともが遊びに来ているんだ。しかも泊まりがけで。異母妹とは言え、智代にとってのともは鷹文と同じくらいかけがえのない存在だ。いや、比べてはいけないとは思うものの、長い間会えなかったこともあって、一緒にいたいという気持ちは鷹文に対するそれ以上だろう。
そう。智代とともの間には、目には見えない壁がある。本人たちの意志だけではどうにもならない、硬く分厚い壁。
「智代」
不意に背後から、智代を呼ぶ声がした。振り返ると、朋也がそこにいた。
「ああ朋也。たった今な、古河さんが電話してきてくれたんだ」
「古河が?」
「うん。古河さんも大丈夫だと言ってくれたぞ」
「そうか……よかったな」
「これでみんな集まれる。久しぶりだな、こういうのは。風子ちゃんに感謝しなければいけないな」
「……ああ」
「今まで、姉としていられなかったからな。ともにはできるだけ楽しい思いをさせてあげようじゃないか」
「……ああ……なぁ、智代」
「辛い思いなんて、もう充分だ。もう、全部終わったんだ。これからは、本当に楽しいことしか起こらない」
「……智代」
「そうだな、この町の外にも行こうか。週末に休みを取るなんてどうだ?うん、海なんていいかもな」
「智代」
「となるとともの水着も必要だな。うん、よし、私が見立ててあげ……」
「智代」
さっきよりも幾分か強い口調で、朋也が智代を呼んだ。その声を聞いて智代は体をびくんと震わせ、そして俯いた。
「……悪い」
「いや、私こそ」
そっと朋也が智代の肩に腕を回した。
「俺だって、ともには楽しい思いをしてほしいとは思ってる。ともは、俺にとっても大事な家族だ」
「うん……うん」
「だけどな、家族だから、俺たちはあいつの家族だから、逃げちゃいけない。そうだろ」
「……厳しいな」
「そうかもな。悪い、ちょっと意地悪だったか」
「ああ。意地悪だ。私が逃げたがっていたのを知って、でも、逃げさせてくれない。いつだってそうだ。お前はいつだって私を無慈悲に意地悪く導いてくれる」
ぎゅ、と智代が朋也を抱きしめ返した。その長い髪に指を埋め、朋也は大事な人の頭を撫でた。
「朋也……支えてくれ。これから、大変なことになると思うんだ。私はまだ弱くて、逃げ出したくて、でも、もう逃げることは許されない。そうだろ」
「ああ。俺たちは大人だからな。逃げ出しちゃいけない」
あやすように、また叱るように、朋也は智代を励ました。
「だけど、どんなに辛くても、私は、私が言う。ともには、私から話す。だから、それまで待っていてくれ。傍で見守っていてくれ」
「それでこそ、俺の大好きな智代だ」
智代の宣誓に、朋也は優しく頷いた。