ままえ
きょうは、まーくんのおわかれかいをやりました。まーくんは、おとうさんのおしごとのつごーで、どこかとおくにいってしまうんです。すごくさびしくなります。まーくんとはよくおすなばであそんだり、なわとりをしたりしました。かなしいです。まーくんとなかのよかったけんくんはないてました。
ままは、ずっとともといっしょだよね。ままもぱぱも、どこかにいっちゃったりしないよね。
ともは、ままもぱぱもだいすきです。
とも
ともアフター
第六話 大切にしていく
「さてと、行きますか」
杏さんがにかっと笑っていった。
「準備はもうできてるのよね。本当は陽平にもいろいろと手伝ってもらうつもりだったんだけど」
そう言われて、春原さんは頭をかいてばつの悪そうな笑顔を浮かべた。
「その……何か悪いね」
「いいのよ。どうせ途中で買い出しとか頼むつもりだから」
「ええっと、じゃあ、いいか、な?」
「え?何?全部陽平のおごり?じゃあ百万円分食べさせてもらいましょうか」
「それ、普通に僕破産しますよね?!っていうか、百万円の買い出しってどれくらいだよ!!」
「意外と懐の小さい男ね。あんた、そんなんで彼女とかできるの?」
「いるよ彼女!つーかアナタですよねっ?!」
「あははは、そうだったわね。あたしてっきり陽平のこと手下かと」
「手下じゃないよっ!男女平等イジメイクナイ!!っていうか、僕らの仲っていつのまに上下関係だったんすかっ!!」
「今更」
「そこでふっと笑うなよぉっ!!」
頭を抱えて絶叫する春原さん。それに対して杏さんは右手で口元を隠すような仕草で笑った。
「……何だかさっきから騒がしいと思っていたら」
不意に、背後で聞きなれた声が聞こえた。振り向くと、そこには呆れ顔の智代お姉ちゃんが腰に手を当てて立っていた。
「智代」
「遅いぞ朋也、待ちくたびれてしまったではないか」
「悪い悪い、ちょっといろいろあってな」
「ぷぅ」
智代お姉ちゃんが頬を膨らませた。何というか、「ギャップに萌える」というコンセプトが私にも理解できた瞬間だった。
「まぁまぁ、そう膨れるなって……ああくそ、かわいいぞ智代」
「話をすりかえるな。っていうか、ともの前でそんな恥ずかしいことを言うな」
いや、遅いって。
「だ、だいたいだな、何でともを迎えに行くことだけがこんなに時間がかかるんだ?」
「そりゃあ、まぁ、春原と杏だからな」
その一言で智代お姉ちゃんはむぅ、と唸り、未だにコントを続けている杏さんと春原さんを見やると、もう一度むぅ、と唸った。
「仕方のない奴らだ……」
しみじみと、世界を憂うようなため息だった。
「あ、あの」
そんな重苦しい空気の中、私は手を挙げた。
「うん、何だ」
「その、さっきから私を迎えに行くとか、えっと、それってどういうこと?」
すると智代はびっくりして私を見て、仰天した目で朋也お兄ちゃんを凝視した。
「話してなかったのか」
「話してなかったっけ」
「……朋也、君?」
不意に君づけにされた朋也お兄ちゃんの顔から、さっと血の気が失せた。
「えっと、あのな、そのだな……」
「ともに今日の催し事、その趣旨を教えろ。今すぐ」
背後に猛るクマのオーラを揺らめかせ、智代お姉ちゃんが低く唸った。朋也お兄ちゃんは思わず直立不動の姿勢を取って敬礼すると、私の肩に両手を置いた。
「あのな、とも」
「うん」
「今日はな」
「うん」
そこで朋也お兄ちゃんは少年みたいにニカっと笑った。ふと気付くと、春原さんも杏さんも、智代お姉ちゃんでさえさっきの怖い表情を忘れちゃったかのように笑っていた。
「ともの歓迎会なんだ」
「にしても久しぶり……というわけでもないっか」
杏さんがリノリウムの床を歩きながら言った。
「クリスマスの時も、風子ちゃんのヒトデ展を手伝ったんだっけ」
「え」
私は急に出てきた名前にびっくりして杏さんを見た。
「あの、風子って、まさかだけど、これの……」
私はそう言うと、ズボンのポケットにしまったまま忘れていた木彫りのヒトデを取り出した。
「……あー」
それを見て杏さんが苦笑した。つられて春原さんも笑う。
「もう風子には会ったんだ」
「じゃあ、朋也お兄ちゃんたちも知り合いなの?」
すると朋也お兄ちゃんはやれやれ、と言わんばかりの表情をして、智代お姉ちゃんは少し誇らしげな笑いをした。
「風子ちゃんは、面白いところがあって、それに振り回されるところもあるけど、それでもいっしょにいてすごく楽しい人だ」
「そうなんだ」
ファーストコンタクトが迷子という特殊かつあまりありがたくない状況だったので、さほどそんな気はしなかったけど、言われてみればそんな状況でもそんなに「酷い目に合った」という気はしなかった。と思っていると
「風子っ!参っ上!!」
どこからともなく姿は子供頭脳は(自称)大人な風子さんが現れた。頭にはもふもふがてっぺんについた三角帽子をかぶっていた。
「大人の魅力の話をしていたので、風子、ついつられてやってきてしまいました」
いや、そんな話してないし。
「いや、そんな話してないし」
ちょうど朋也お兄ちゃんも同じことを考えていたらしい。
「はっ、そこにいるのは風子のヒトデ仲間のともさんですっ!最悪な岡崎さんはここで無視しますっ!」
「……智代、俺、何だか今のグサっときた」
「はいはい。よしよし朋也」
いい年した朋也お兄ちゃんが智代お姉ちゃんに頭を撫でて慰めてもらっているようにも見えたが、それはとりあえず目の錯覚だと思うことにして、私は風子さんに木彫りのヒトデを見せた。
「また会ったね、風子さん」
「はいっ!そのヒトデを持っていると、風子と出会える確率が三十八.一六%上がります」
いやに具体的な数値だった。
「あと、ヒトデの話になると風子、わかりますっ!」
わかるんだ……レーダーか盗聴器でも装備してるんだろうか。
「あ、俺、それわかるわ」
不意に朋也お兄ちゃんが手を挙げた。
「へ?」
「岡崎さんみたいに最悪な人がわかるなんて驚きですっ!風子、岡崎さんへの認識を改めなければいけませんっ」
「……どういう風に?」
「最悪から、ギガ最悪に昇格ですっ!」
「どう見ても降格だろうがっ」
朋也お兄ちゃんと風子さんが、あたかも春原さんと杏さんみたいなコントを始めた。
「……で、朋也はどういうふうに風子ちゃんの感知能力が働くんだ?」
智代お姉ちゃんが訝しげに聞いた。僅かながら面白くない、という感じが混じっているのは、朋也お兄ちゃんが違う女性とそれなりに仲良く話しているからなのだろうか。
「よくぞ聞いてくれた智代。俺はな、智代が傍にいるとわかるし、智代の話をしているとそれも感知できるっ!すなわちっ」
ばばっとポーズをとる朋也お兄ちゃん。
「愛だっ!!」
「朋也……バカ」
まんざらでもない智代お姉ちゃん。二人の周りに薔薇色の世界が出来上がりつつあったので、杏さんが私の肩に手を置いた。
「ともちゃん、あの二人はほっときましょうね。あと、ああいう大人になったらだめよ」
「なろうとしてなれるわけじゃないと思います」
「さてと、じゃあ会場に案内してもらおっか」
春原さんが風子さんの肩に手を置いた。きょとん、と春原さんを見返す風子さん。
「何で風子が案内することになってるんですか」
「え?だって、風子ちゃんが会場借りてくれたんでしょ?教師なんだし」
「……風子、大変言いにくいことを言い忘れていました」
不意に難しい顔をする風子さん。
「風子、実は迷子になってしまいました」
結局会場の準備を指揮っていた智代お姉ちゃんと杏さんが先頭に立った。
「で、何だっけ、あ、そーそー、風子ちゃんのヒトデ展の話だった」
春原さんの一言で、風子さんの顔が輝いた。
「あれは最高でしたっ!風子、またやりたいですっ!」
「風子ったら『風子は先生ですっ!飾り付けぐらい一人でできますっ』って大見得切っちゃったんだっけね」
「そこで芳野さんが夜遅く朋也に連絡して」
「智代がみんなに声かけて」
「夜中まで飾り付けしてたんだったっけ」
そこでみんな苦笑と呼ぶには少しばかり明るすぎる笑いを漏らした。
「大変だったんですね」
私がそう言うと、杏さんが笑いながら答えた。
「そうね……でも、楽しかったな」
「え」
「そうそう。何だかさ、学園祭のときみたいな感じでさ」
「あら、陽平、あんた学園祭まともに参加したことあるの?」
「あるよっ!!三年の頃に演劇部員として活躍したじゃんかよっ!!」
「そういえば智代も三年の時は古河と一緒に喫茶店だったよな」
「ああ。そういえばあの時、グラサンをかけたMCアキーオという男と、トミー・カザッキーとかいう怪しげな外人がずっと居座っていたな」
「……気のせいだろ」
わいわいと騒ぎながら廊下を歩く。正直、そんな智代お姉ちゃんたちがうらやましかった。高校時代から仲が良くて、今でもお互い繋がっていて、そして今でも集まって楽しんだりできる。そんな絆が、私にもできるだろうか。
そんな疑問を抱きながら歩いていると、不意に杏さんが駈け出した。
「ここだ、ここ」
杏さんは、一つの教室の扉を指差した。そして私がその扉の前に来るまで待つと、いきなりそれを開いた。
「はーい、主役のとーじょーっ!!」
「え、あ、ちょっと」
急に開かれた扉と拍手に、私は戸惑いながら教室に足を踏み入れた。拍手を送る人たち、その中で一人、見慣れた人が私の傍にやって来た。
「ともさんですっ」
「あっ、渚さんっ」
「ともさん、智代さんの妹さんだったんですね。私、知らなかったです」
「ともさんは渚さんと同じ風子のヒトデ仲間ですっ」
私と渚さん、そして風子さんが話し始めると、朋也お兄ちゃんが苦笑しながらやって来た。
「何だ、お前らもう知り合ってたのか」
「はい。ともさんは、風子が迷子になっていた時、一緒に迷子になってくれました」
あ。迷子になったって認めた。最後の方はもう突っ込むのはやめよう。
「……大方迷子になった風子を古河パンまで送り届けてたんじゃないか」
ぼそりと朋也お兄ちゃんが正解を口にしたけど、誰にも聞こえなかったようだった。
「何だ?嬢ちゃん、うちの娘の友達なのか」
不意に朋也お兄ちゃんと似たような雰囲気をまとった男の人がひょっこり顔を出した。
「娘……えっと、風子さんのお父さんですか」
「はっはっは、いい勘してるが外れだぜ。嬢ちゃん、よく覚えときな。俺様は古河秋生、通称アッキー。そして聞いて驚くな、古河渚のパパン様だっ」
ななななんだってー。
「え?でも?ええ?」
私は渚さんと秋生さんを見比べた。かたやほんわか和み系、かたやトンガリずぎゅん引退しないヤンキー系。何より、どう見ても一世代かけ離れているとは見えない外見。兄弟とか従兄とかの方が信じられる気がする。しかし朋也お兄ちゃんの方を見ると何だか頷いているし。え?いや、でも、えええ?
「いや、でも、若すぎませんか秋生さん?」
そういうと、秋生さんは豪快に笑った。
「嬢ちゃん、いいこと言うな。だけど俺様は渚と中学生のころまで一緒にお風呂に入っていた時のことだって、覚えてるんだぜ」
「お父さんエッチですっ!それにお父さんとは小学校に上がるまでしか一緒にお風呂に入ってませんっ!」
からからと笑う秋生さんの隣で、渚さんが顔を真っ赤にして叫んだ。
「ちなみに俺は今でも智代とむごが」
朋也お兄ちゃんが何かを言いかけたが、その言葉は途中で妨げられた。見ると、口にケーキがいっぱい詰まっていた。
「えっと、どうしたの朋也お兄ちゃん、そんなにケーキを口に詰め込んで」
「むごが……ぐも……ぐむほが……」
「わー、朋也、お行儀が悪いぞー。そんなにいっぱい食べ物を口に詰め込んだりしたらー、喉に詰まるしー、かっこいい朋也の顔が台無しだぞー」
心なしか棒読み口調で智代お姉ちゃんが言った。何かの偶然だろうか、ふとその指先に朋也お兄ちゃんの頬張っているケーキについているクリームが付着しているかのように見えた。見えたけど、黙っておくことにした。
「なぁともぴょん、照れ隠しに小僧の口をケーキで埋めるてのぁなかなかに上等な手口だけどな」
秋生さんがばつの悪そうな顔で智代お姉ちゃんに告げた。
「それな、早苗が作ったケーキなんだわ」
「何……だと」
智代お姉ちゃんの顔からさっと血の気が失せた。まさにボタン一つぽちっとな、奥さん、お買い得です。
「と……もや……?」
智代お姉ちゃんが恐る恐る朋也お兄ちゃんの顔を覗き込むと、そこには地獄に落とされたかのような表情の朋也お兄ちゃんが。
あのケーキは一体何だったんだろうか。朋也お兄ちゃんは片目が白目を剥いており、もう片方の目からは光が失せていた。唇は紫に変色しており、口元からは白い泡がこぽこぽと音を立ててはじけていた。そして鼻からは形容しがたい液体が垂れ、両目からは血の涙がほとばしっていた。
「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
智代お姉ちゃんが朋也お兄ちゃんの胸倉を掴んで振り回した。
「ダメだ朋也死ぬなそんなエンディングは私も読者も認めないこれではシナリオライターが一ヶ月も休暇を取るような世に残る問題作になって帝都アニメーションも避けて通り放映されないぞ」
いや、そんなことをしても逆効果だと思うんですけど。というか、アニメって、おい。
「智代落ち着きなさい、今椋を連れてくるから!」
そう言って杏さんがどこかに走っていった。そんな阿鼻叫喚という四文字の似合う状況の中、秋生さんがぽつりと漏らした。
「また……失敗か」
「え」
びっくりして秋生さんを見ると、秋生さんは聞こえちまったか、とでも言いたげな苦々しげな顔になった。
「あのな、嬢ちゃん。俺にはかわいいかわいい嫁がいるんだが、そのな、そいつが焼くパンだけはいただけない」
「そう……なんですか」
「ああ。早苗は最高に可愛い奴だ。だけど、焼くパンは最悪でな。今夜もまた、犠牲者を出してしまったか」
「あの」
その時、渚さんがためらいがちに声をかけた。
「あん?」
「あの、お父さん、お母さんがうしろにいるんですけど」
ぎくり、という三文字が似合う動作で、秋生さんが振り返る。そこには、なるほど渚さんのお母さんらしいふんわかとした雰囲気の女性、しかも秋生さんと外見上ぴったり(つまり智代お姉ちゃんと同じくらい)の女性が、そのかわいらしい目に大粒の涙をためながら立っていた。
「私のケーキは……私のケーキは……っ」
「さ、早苗」
「毎晩毎晩犠牲者を出す代物だったんですねぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええっ」
そう泣きながら、渚さんのお母さん(早苗さんと言うらしい)は教室を飛び出していった。秋生さんは短く舌打ちすると、近くにあったトレイから朋也お兄ちゃんが食べたらしいケーキを鷲掴みすると、それを頬張った。
「俺は大好きだぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」
そう絶叫しながら秋生さんも教室を出ていってしまった。私はそんな状況に圧倒されながらも、茫然とした仕草でトレイに残ったケーキを指でつまんでみた。
ぱしり
薄いガラスを割ったような、そんな音がした。
幸い、今日のゲストの中に、というか杏さんの双子の妹さんが看護士だったので、朋也お兄ちゃんは九死に一生を得た。
「いっそのこと、一度死んだくらいが岡崎君にも智代さんにもいい薬かもしれませんね。この万年バカッポーが、けっ」
椋さんが何か言った気がびんびんするけど、聞かなかったことにした。
「……すまない」
しゅん、と肩を落とす智代お姉ちゃん。
「ふっ、智代の手にかかるんだったら本望だ。だけど今度はもそっと優しく殺してほしいな」
「もう二度とするかっ!!」
しないでくださいお願いします。
「にしても渚ちゃんのお父さんと早苗さん、帰ってこないね」
春原さんがあたかも二人の後を追うかのような視線を窓の外に送る。ちなみに二人の行方はもう視覚外だった。
「しょうがないわね。秋生さんも早苗さんもいつ戻ってくるかわからないから、始めちゃいましょ」
そう言って、杏さんが私にジュースの入ったグラスを手渡した。
「じゃあ、そういうことでともちゃん」
「え」
私はきょとんと杏さんの顔をのぞき返した。
「えっと……?」
「ほら、乾杯よ乾杯。ともちゃんが、あたしたちの仲間になることを祝って」
「仲……間」
でも、私はみんなとはぜんぜん違う。年だって違うし、住んでるところも違うし、むしろ同じ点なんてすごく少ないんじゃないだろうか。
「そう、仲間。あんた、風子のヒトデ仲間なんでしょ?それに智代の大事な家族なんでしょ?だったら、もう仲間よ」
杏さんが胸をどんと叩いて言った。そこには一かけらの躊躇いも曇りもなかった。
知らなかった。仲間って、絆って、大切にしていくものって、こんなに簡単にできるものだったなんて。こんなに気軽に作れるものだったなんて。
私は込み上げてくる感情を、声に出して放った。
「乾杯っ!!