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 カンカン、と金属製の階段を上る音がこだまする。

 階段から進んで三つ目の扉。そこが、俺の恋人の借りている部屋への入り口だった。

「すまない、荷物を持たせてしまって」

「いや、これぐらいさせてくれよ。それに結構軽いしな」

「そうか?その袋、結構指に食い込んでいるようだが?」

 ばれてるか。うむ、はっきし言って痛い。だけどそれでもギブアップしない。それが岡崎最高クオリティ。買い物に費やした金額:四千四百円。ここまで歩いた疲労を数値化した金額:恐らく三百円。ここまで荷物を運んだ苦痛を数値化した金額:二千円。智代の尊敬:プライスレス。

「久しぶりにお前と一緒なんだからさ、彼氏らしいところも見せたいんだよ」

「……そんなことをしなくても、お前は私の大好きな恋人じゃないか」

 やっぱり恥ずかしいのか、さすがに俺の顔を直視しながら言うことはできずに、そう呟いた。

 俺と智代は、今は結構遠く離れて暮らしている。俺は未だに光坂市の電気工で、そこを離れる気配なんてない。一方智代は大学に進学して、俺の町から電車で二時間ほどの町に住んでいる。最初は智代も嫌がったけど、結局は俺が説得した。俺はあいつが夢を追いかけるのを見ていたいし、俺のせいで行きたいところに行けなくなるのは嫌だった。何より、俺も智代も、あの失われた八ヶ月を、そしてあの一夏を経て絆を深めていった。まだ言ってはいないが、正直智代とはずっと一緒にいたいと思う。だから、そんな俺にしてみれば二人の時間はこれからずっとあるわけで。大学生活の四年なんて、数のうちに入らないわけで。

 というわけで智代は行きたかった大学で勉強している。そして俺は珍しく休暇が取れたので、いの一番で智代に会いに電車に乗って、駅で智代と感動的再会を果たして、二人でそのまま買い物に出かけたわけである。

「と、とにかくだ。中に入ろう」

「うん、そうだな……その、朋也?」

「おう、どうした?」

 人差し指と人差し指をツンツン合わせながら、智代が赤い顔でもじもじした。

「あれだ、うん、朋也がいない間に、増えてしまったんだ……それに、家からも持ってきてしまったしな……だからその、うん、一応心の準備はしておいてくれよ?」

 増えた?何のことだ?

 体重……なんてそうは見えねえしなぁ。そもそも、家から持って来たってのが変だよなぁ。

 本か?それならうなずける。智代は頭がいいから、おのずと本を読む機会も多くなるだろう。もしかすると結構勉強とかが苦手な俺への配慮かもしれない。

 それとも、あれか?智代はよくわからない理由で筋トレに走ったため、部屋にはダンベルとかが転がっているとか?

 

 

 

 

 

「ともっ!」

「ママ〜!」

「ほら、ママは強くなったぞ。もう世界を狙っちゃえるんだ」

「うわ〜、すごいね〜」

「ともと強くなる競争だったからな。これでヒ○ードルなんて目じゃないぞ?」

「せかいいちなんだね〜。つよいね〜」

「そうだ。ん?どうした朋也、あまり顔色が優れないようだが」

「うんどーしてないの?」

「それはだめだな朋也。よし、私がコーチしてあげよう。これも愛だな」

 

 

 

 

 

 

「智代、筋トレは間に合ってるからな」

「何を言っているんだお前は?」

 きょとん、とした顔で智代が首を傾げた。

「ま、まあともかく俺は準備できたぞ。ダンベルでもバーベルでもどんとこい」

「そんなもの、あるわけがないだろう?私は可憐な女の子だからな」

 ないのか。 じゃあ何の話だ?

「じゃ、じゃあ行くからな?」

 そう言って、智代は部屋のドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

URSUS

 

 

 

 

 

 

 最初に目に入って来たのは

「なっ」

 二十三対の瞳だった。

「……ああ、なるほどな」

「うん、その、私らしいんじゃないか?」

「ああ。とっても智代らしい」

 

 

 

 

 クマ。

 動物界脊索動物門哺乳綱ネコ目(食肉目)クマ科。

 智代の部屋には、クマのぬいぐるみがいっぱいあったのだ。

「何だかこんなにあると、怖い気とかしないのか?」

「怖い?何で?」

「だってさ、ほら、お人形さんがずらっと並んだ部屋って、それだけで何だかホラーチックじゃないか」

「お人形さんにもよるぞ。こんなかわいいクマさんが、こわいものか」

 そう言って、智代は大きめなクマを抱え込むように抱きしめて、俺を上目遣いで見た。その、すげえかわいい。

「いっそ、俺とそのクマが場所を変えてだな……」

「ん?何だ、妬いてるのか?」

「何で俺が布と詰め物とプラスチック片の集合体に嫉妬しなきゃいけないのか、ちょっと問いたい」

「ほんとに?」

 ぎゅう

「すんませんすげえ妬いてます認めますからどうか俺にも構ってくださいお願いします」

「そうか、そこまで言うんだったら」

 そう言うと、智代はクマを俺に差し出した。

「……?」

「どうした朋也、ほら、クマさんだぞ?」

「あ、ああ……」

「クマさんは差別しないぞ?さあ思いっきりお友達になってくれ」

「……ああ……」

「ほら、名前を聞いてみたらどうだ?」

「クマさんクマさん、お名前はなんていうの?」

「『僕の名前はフリードリッヒだよ』」

「フリードリッヒか〜、フリードリッヒじゃ〜、しょーがないよなーっておい」

「『どうしたの?君のお名前は?』」

「俺は岡崎朋也……じゃなくて、智代、いろいろ突っ込む点はあるが取りあえず何の真似だ?」

「うん?朋也は私とフリードリッヒがいちゃいちゃしていたのがうらやましかったんだろ?だから構ってほしかったんだろ?だからフリードリッヒがわざわざ仲良くなってくれてるんだ」

「そっかぁ、僕ちん幸せ……じゃない。構ってほしいのはそう言う意味じゃなくてだな」

「じゃあどういう意味だったんだ……って、朋也?!」

 クマごと抱きしめた。シャンプーの匂いが鼻をくすぐった。

「こーゆー意味だ」

「なっちょっと、朋也!」

「ともぴょんはフリードリッヒを抱きしめても朋也君はそっちのけだったんですね、朋也君はとおってぇも寂しかったですたい」

 そのままくるくる部屋の中を回り始める。

「と、朋也、ちょっと、と、止まれ、聞いてるのか」

「いつもより多めに回っております」

 ずごっ

「うおっ」

 回る勢いでテーブルの脚に小指をぶつけ、バランスを失う。床が板張りじゃなくて畳でよかったとふと頭の中の冷めた部分が考えた。

「きゃっ」

 そのまま背中から床にクラッシュダイブ。無論俺が下。智代が上で、フリードリッヒのくそ野郎はあろうことか智代の胸に頭をうずめていた。あ、今笑った気がした。畜生、いつか洗濯機の中に放り込んでぐるぐるじゃぶじゃぶの刑にしてやる。

「だ、大丈夫か」

「俺はな。智代は?」

「うん……だから言っただろ?」

「悪い悪い」

 そう笑いかけると、智代が小さく「馬鹿」と呟いて頬を軽くキスしてきた。

「まあ、私も少し悪ノリしたからな。これでまあ許してくれ」

 はっはっは、どうだねフリードリッヒ君、これが愛というものさ。エログマを俺と智代の間からどけながら、俺は笑いかけた。あ、何済ました顔しやがるこのやろ。

「さてと、買い物を早く仕舞わないといけ……」

 起き上がろうとした智代を抱き寄せた。目が見開かれる。唇が重なる。そしてゆっくりと瞼が閉じる。

「……今のは何を許してほしくてしたんだ?」

「いや別に。そこに智代がいたから」

「相変わらず朋也はキス魔なんだな」

「お前とだったらこればっかりは変わらないな」

「ふふ……それはそれで、うれしい」

 おずおずと後頭部に手が回された。

 

 

 

 

 

 何度目かのキスを終えると、俺たちは買って来たものを片づけ始めた。それが終わってふと気づけば、空が赤く染まり始めていた。

「そういやさ、このクマ達って、全部名前があるのか?」

 俺はぐるっと部屋の中を見渡した。お馴染みの生徒会長専用クマスーツは部屋の片隅で折りたたまれていた。その周りに大小様々なクマが囲むように置かれている。何かの宗教なんだろうか。まさかイオマンテ?

 その隣の机にはくまさん時計と小さいクマの筆立て、シルバニア大家族を思い出させる小型のクマがあった。

「あるぞ。さっきのはフリードリッヒ、あっちはアーサー、あそこのこげ茶はアレクサンドルで、その隣の白クマはユリウス。小柄なのはジャンヌ。ツキノワの兄弟はジョン・フィッツジェラルドとロバート。その隣のはナポレオン……」

 えんえんと続いた。

「この小さなクマは?こっちにも……ついてるんだろうなぁ……」

「ああ。時計はクロノ、筆立てはレッド、ちなみにそのお気に入りのかわいいクマさんはエド、というんだ。EDだな」

「……何だか青空の下、雲の通路を歩いていたり冬の林を歩いていたりしそうだな」

「かわいいだろ?」

「まあな」

 えっへん、と胸を張る智代。その笑顔があまりにも眩しかったので、少し意地悪してみたくなった。

「偉い偉い」

「なっ!と、朋也、お前はまた私を子供扱いしてるだろ?」

 くしゃくしゃと頭を撫でてやる。顔を真っ赤にして抗議しながらも、手を振り払おうとしないところが智代らしい。

「いやそんなことはないなないともうん絶対にない」

「意地悪な笑みを浮かべている時点で信用できないぞ。そんな朋也には罰として……」

 部屋の押し入れを開いて、何かを取り出す智代さん。

「げ」

「この愛苦しいパンダのカンカンを着てもらおう」

「ま、まじか?というか、何でそれを……」

「決まっているだろう?朋也に着てもらうためだ」

 そんな理由でパンダの着ぐるみを持って来たのか。つまり、俺がここに来る時点でパンダになることは計画済みだったのか……

 

 

 

 

 

 

 

 あぢぃ。

 まだ春とは言え、こんな被り物を着たら蒸し暑くもなる。よくもまあこんなので智代は歩いたり蹴ったりしたもんだ。

「おーい智代……って、声聞こえないか」

 着ぐるみを着ると、声は聞こえない。俺は「場所がないから」というよくわからない理由で着替えるように押し込められたトイレから出ると

「……」

 クマを見つけた。

 クマはパンダに身振り手振りで意思疎通を図った。

「何々……前から朋也とこの恰好をしてみたかったんだ、だって……そうか」

 まあとりあえずぐっじょぶ、とばかりに親指を立てると、るんるん、てな感じでクマが飛び跳ねる。嬉しいようだ。

「しかし」

 着ぐるみを着ると、中の人は体形などがわからない。それはつまり智代のダイナマイツボディーは着ぐるみの中では活かされないということだ。残念に思う。

 なんてことを身振り手振りで伝えてみる。

「……」

 クマが握り拳に息を吹きかける素振りをした。怒っていらっしゃるみたいだ。

 ごめん、なんて言っても聞こえないだろうし……

 というわけでとりあえず土下座した。そりゃま、謝罪の念をストレートに伝えてはいるけどさ、頭を下げるたびにプライドが薄れていったような気がする。何だかここまで買い物を運んできたことがパーになった気分だ。

 恐る恐るクマを見ると、ぷい、とそっぽを向いていた。手を合わせて拝むように謝罪する。ああ、さらば俺の威厳。しかし何だかちらちらとクマはこっちを向いてはそっぽするようになった。あと一息なので、片手でお詫びのサインをしながらもう片方の手を差し出した。握手のジェスチャーだ。

「……」

 クマはその手をじっと見ると

 


 がばっ

 


 俺に抱きついてきた。抱き返すと、ふわふわしていて、結構心地いい。何だかことみが飛び込みたくなるのもわかった気がした。

 不意に、顔が涼しくなる。パンダの頭が外されたからだった。見ると、少し汗を流しながら笑う智代が目の前にいた。

「まったく、仕方のない奴だな」

「反論はできない」

「ふふ……ともやぁ」

 頬に柔らかい感触。この猫なで声(クマ撫で?)には、実のところ弱い。

「好きだからな」

「おう、俺も智代が大好きだ」

 

 

 

 

 

 

 

「お?」

 パンダとクマを片づけている時、ふと智代のベッドに目が行った。そこには、結構大きめのクマがあった。

「これって……」

 智代を見ると、少し顔を赤くしていた。

「覚えている、のか」

「ああ」

 忘れない。このクマは、智代とまた歩き出した雪の日にショーウィンドウで見つけたクマだった。その時は金を持っていなかったから、次の日に二人で買いに行ったんだった。

「それは、その、私の一番のお気に入りなんだ。いつも、その、一緒に寝ている」

「へえ……名前は?」

「……言わなきゃいけないのか?」

「いや、まあ、別にいいけどさ」

 智代は俯くと、俺をちらちら見た後、ぼそりと呟いた。

 

 

 

「…………トモヤ」

 

 

 

「ん?呼んだか?」

「い、いや、別に」

 不意にキッチンに向かう智代。

「さてと、夕飯の支度をしなけりゃいけないな、うん」

「ちょっと、おい、待てって」

「今夜は腕によりをかけるからな。楽しみにしていてくれ」

 そう言いながら、耳まで真っ赤になった智代は俺に笑いかけた。

 

 

 

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