バレンタイン。
それは、男たちにとってはハラハラドキドキな一日のハズ。
どれくらいチョコレートをもらえるのかで悩んだり、好きなあの子からは貰えるんだろうかと気を揉んだり、様々な思惑妄想執念その他いろいろが混ざり合う一日である。
でも敢えて言おう。俺にしてみればそんなの関係ね。
ホワイ?何故かと言えば俺にはもう美人で料理上手で可愛くてしかも女の子らしからんと頑張る最高の奥様がいらっしゃるからだ。
ああそうさ。惚気ともバカッポーとでも何とでも呼べ。ここで宣言しよう。俺は智代から本命チョコを貰えればそれでいい。まぁ、巴から、というのもありだが、さすがに一歳未満じゃまだ無理だろう。ちなみに毎年ちゃんともらってます、はい。
というわけで俺はバレンタインデーを何の気も揉まずにのんびり過ごせるはずだった。
そう、そのはずだったのだ。
目の前にあるチョコの山さえなければ。
岡崎夫婦、バレンタインデーの事変
これはまずい。結構まずい。
まず、今日一日の出来事を思い起こそう。まず、朝は智代に起こされて普通に出勤。駅のところで智代と別れて会社に行く。もちろん、朝のキスは忘れない。すると
「岡崎さん、はい」
「は?」
「いやだから、これどうぞ」
なぜかすでに部下の女の子から一つもらう。ずっと昔、小熊ちゃん達が生まれる時に智代が入院しているということでからかった事のある部下だった。
「えっと、その、何だ、気持ちは嬉しいんだが俺にはもう」
「知ってます。でも、そこがいいんです」
「ちょっと、何だそれ」
「私、もう、そんな背徳的な愛しかできないんです!私も彼氏と別れますから、岡崎さんも奥さんと別れて」
「いやいやいや。絶対ないから」
必死になって手を振ると、部下が笑い出した。
「いやだなぁ、岡崎さん本気にしないで下さいよ」
「……いつもいつもこんな奴だと知っていながら担がれる俺って……」
「お子さんが生まれた時にからかった罰です。でも気を付けてくださいね。何だか岡崎さんのファン多いそうですから」
「へ?」
「まあそれなりに見れた顔じゃないわけじゃないし、結構人望もあるし、ってことで」
「そ、そうか?まさかお前もそんなんじゃ」
「いいえ?私はたんにこのチョコで今夜岡崎さんちで修羅場でも起きないかなぁって」
「いい根性してるじゃねえか。今夜残業にしてやろうか」
なはは、と笑いながらその部下は自分のデスクに戻った。全く、とんでもねえ。
しかし確かに困ったことが起こり始めた。
俺が部長に報告にし行く時。
ちょっとトイレに出かけた時。
給湯室に行って来た時。
帰ってきてみると、俺のデスクにはチョコが一つか二つ置かれていた。
一つ二つなら隠して持って帰ることもできるが、これだけ多いと袋が必要になるんじゃないか?でもまあ袋の大きさによって何とかなるか、などと俺はその時考えていた。
しかし何というか、廊下とかを歩いているときに、前から女社員のグループとすれ違う時にいきなり黙りこくられて視線を逸らされたりしたのも困った。あと、特別呼んでもないのに違う部署の子に「岡崎さん……あの……いえ、何でもないです」とか顔真っ赤にされて走り去られると、すごく困る。特にその後の男性陣からの冷たい視線とか。
ちなみに件の部下のチョコはあんな思惑があったため、即証拠隠滅してやった。しかし相手もさるもので、チョコの中にはさんであるのは抹茶クリームか?結構憎いことしやがってと思ったらわさびだった。いつか一週間連続残業させてやる。
「つーわけなんだよ」
『あんためっちゃくっちゃ贅沢な悩みっすねぇっ!!?』
春原が電話越しに怒鳴り込んできた。
「いや、そうは言うけどな?お前が例えばチョコの山を家に持って帰ったら、杏はどう思うさ?」
しばらく沈黙が電話の向こうで聞こえたが、徐々にカチカチと何かカスタネットみたいなものを鳴らす音が聞こえてきた。
『は、はは、は、そ、それは、命ばかりは、いや、マジで、浮気なんて、はは、は、ひぃぃいぃいいいいいいいいいっ?!!!』
「だろ」
『お前のせいで寿命一年縮んだよっ!!』
「お前すっげぇ尻にしかれてるのな」
『ほっとけよっ!!』
「まあ、でもお前ってモテないしな」
『それこそ余計なお世話っすよねぇっ?!で、どうすんのさ』
「とりあえずは、証拠隠滅しようと思う」
『どうやってさ?捨てたら後が怖いよ?こういうのって絶対にバレるんだよね。で、女の仕返しって陰険だよ?むしろ杏みたいに引っ叩いて終わりってのがすがすがしいんだよねぇ』
「勝手に惚気るなよ」
『あんたが言うなよ。で、どうするの?』
「食べようかな、と思う。家に帰る前に」
ぽりぽり、と頬を掻いた。それだけの量で止まっててくれればいいが。
『へぇ?そんなんで大丈夫だって思ってるんだ?甘いねぇ、岡崎は』
「どういうことだよ」
ふふん、と得意げな声がした。むかっ
『チョコの食べすぎで腹が減ってないところへ、愛情たっぷりの夕飯。入らないよねぇ、そんなに。で、ここで何か変だと勘付かれる』
「はは、まさか……」
『次。疑り始めたらとことん疑われるから、すれ違いざまに匂いを嗅がれる。少し甘い匂いに、疑惑は更に強固なものに』
「おいおい、まじかよ」
『最後にいきなり抜き打ちでキスでもされて、ばれてしまうチョコの味。智代ちゃんって接近戦じゃ無敵だしね。そのまま捕捉されてユー・アー・ダーイッ!!』
ないって、と言おうとしたが、何故かそのシーンが脳裏にありありと浮かんだ。ま、幸運を祈るよ、と言って春原は電話を切った。俺は青空を見てため息をつき、そしてその問題から逃れるため、取りあえず弁当を食べることにした。
昼休みになると、俺は近くの公園に行き、そこで智代の愛妻弁当、通称ともぴょん弁当を開ける。今日はクマだった。美味いんだが、めがっさ恥ずかしい。
きょろきょろと辺りを見回しながら弁当を食べていると、ツナギを着た男が俺の隣に座った。ツナギの下には何を着ていないようだったが、取りあえず無視した。腰の辺りが妙に膨れていることも無視しておいた。
「何か用か?」
「いや。だがあんたはよくここに来るね」
「まあな。静かだし」
「そうか。そうだ、あんたにプレゼントだ」
そう言うと、ツナギの男は俺のポケットに何かねじ込んだ。
「じゃあな」
「おいちょっと待て。あんたは一体……」
すると、男は振り向いてにや、と笑った。
「俺かい?俺は右邦良男。いい男、と書いて良男だ。覚えておきな」
そう言うと、ウホウとやらはどっかに行ってしまった。ポケットの中を見ると、ハート形のチョコだった。うげ、とうとう男から貰っちまったよ。もうこの公園には近づかない方がいいな、と思いながら俺は弁当を掻き込むと、公園を後にした。
戻ってきた時にまたチョコが二つほど置かれていた。げんなり。
帰宅時間。
「こりゃまじでシャレにならないな」
俺は机の上にできた小山を見て呟いた。とてもじゃないが隠せる量じゃない。
「なあ」
「はい?」
例の部下に聞いてみた。部下は帰り支度を整えているところだったが、俺の指す小山を見てあちゃあ、と言いたげな顔をした。
「何でこうなっちまったんだ?」
「さあ……」
「いや、変だろ普通?去年は貰わなかったぞこんなに?」
去年は確か智代からの本命と、杏と田嶋と柊からの義理だけだったと思う。ちなみにそれだけでも智代はふくれっつらをして、それは大変大変かわいかったがそれはまた別のお話。
「そうですね……あ」
何か思い出したらしい。
「岡崎さん、今年の初めに新年会で誰か介抱してましたよね」
「あ……ああ」
確かに飲みすぎて倒れてしまった女社員を助けた覚えがある。
「で、そのあと親身になって話を聞いてあげたとか」
「何だか上司の愚痴ばっかだったな」
「家まで送っていってあげたとも聞きましたよ」
「そう遠くなかったしな」
「……それですよ」
呆れた顔で見られた。
「え?それだけで?」
「それだけでって……岡崎さん、その件奥さんに言わない方がいいんじゃないかなぁ……絶対に勘違いされると思います」
「そ、そうか?」
「そうですよ……あ、すみません、私これで」
そう言うと、部下はおもむろに携帯を取り出して話しながら廊下を歩いて行った。
「あ、もしもし?山萩君?うん、今終わったところ。そっちの外回りとか終わった?え?そりゃあもっちろん。うん、期待してる……うん……」
何だか今すごく意外な名前が聞こえた気がするが、同姓の他人だと思っておくことにした。俺はため息をつくと、チョコを紙袋に入れて帰った。
家の近くに来る。
智代は今ではパートの正社員という、本当にわけのわからない立場にいるので午前中は会社に出勤しているが、午後になると家に戻ってきて家事をしていてくれている。ちなみに本当は子供が生まれる時今の会社を辞めるつもりだったのだが、泣きついてきた先方(と巻き込まれた俺)と話し合った結果こんな妙な妥協案ができたというわけだ。
それはともかく。重要なのは智代が家にいて、しかも絶対におかえり、と迎えに来てくれて、そしてそれまでの間にこのチョコの袋を隠すことなんてできないということだった。
「やべえ、マジでやべえ」
長年連れ添ってるからわかる。いきなりこんなチョコの山を持って帰ってきたら、智代のことだ、浮気されたとか俺に変な虫がついたとかそういう風に取る可能性がある。いや、絶対にそうだ。
とりあえず、ゆっくり音をたてないようにドアを開ける。よし、成功。そして玄関に静かに入って、チョコを俺の部屋に隠して、窓から抜け出てただいまと改めて言えば大丈夫だ。
「あー、あだ」
入ったとたんに見つかった。小熊ちゃん一号の朋幸だ。
「うん?どうした?父さんが帰ってきたか?」
台所から智代の声がする。
「あだぁ、だあ」
きゃっきゃと嬉しそうに笑う朋幸を見て、俺は敗北を自覚した。だめだ。智代はぎりぎりで騙せても、小熊ちゃんを騙すだけの人でなしパワーは俺にはない。こんなところでミニカーで遊んでいた朋幸を恨もうとしたが、だめだった。俺には小熊ちゃんを恨むこともできない。どうすりゃいいんだ。
「……ただいま」
「おかえり、朋也。遅かったな、お疲れ様」
「ああ、まあな」
嬉しそうに玄関まで迎えに来てくれた。すごくありがたいのだが、今日ぐらいは台所でいてくれてもいいんじゃないかなぁ、と思ったりした。取りあえず、この袋は見られないようにさりげなく後ろに
「ところでその紙袋は何だ」
ぐあ
「えっと、そのなんだ」
「うん」
「智代、今日は綺麗だな」
「なっ」
瞬時に顔を赤くする。
「ば、馬鹿、何を言うんだ」
「いや、言い間違えた。悪かった悪かった。今日も綺麗だな」
「そ、そうか、その、嬉しいんだが、いきなり言われると……」
「ああ。しかしうまそうな匂いだな。今日の夕飯は何だ?」
「あ、ああ。今日は朋也の好きな鮭チャーハンなんだ。早く荷物を置いてきて、ご飯にしよう」
「ああ。ありがとうな」
結構心が痛んだが、ともかくその場をやり過ごすことができた。
そして冒頭に戻る。
夕飯も済ませて、俺はちょっと仕事の関係で、とか言いながら家の空き部屋に籠り、そして押入れに隠していたチョコの袋を取り出した。ちなみに智代からは台所に絶対に入るなと言われてしまった。何を作っているのかは大体予想がつくが、とりあえずしばらくの間こっちにこないのはありがたかった。つーか、自分の嫁がしばらくの間来ないことを喜ぶ俺って一体……
「って、そんな場合じゃない」
俺は改めて紙袋の中のチョコを畳の上に取り出した。見事に山ができる。
「これを、どうするか、だな」
これだけのチョコといえば、匂いだけできついものがある。いや、正直言って視覚だけでお腹一杯です。
「食いきれねえよな、さすがに」
ちなみに俺の腹の中には鮭チャーハンが詰まっている。あまりに美味かったんでおかわりしてしまった。くっ、智代、料理が上手すぎだぜ。
「小熊ちゃん達にあげる……ってのもないか」
下手をしたら小熊ちゃん達が虫歯になるし、そもそも失礼だ。
「見つかったら、バッドエンド直行だよな」
そう考えて、俺はため息をついた。
シナリオ一:智代さん怒る。
「朋也、これは何だ?」
「えっと、その、いや、言おうとは思ってたんだが」
「これはチョコだな?バレンタインのチョコか。ほう……」
「えっと、智代?ともぴょん?」
「お前は……お前は私という妻がいながらっ!」
どぐしどぐしどぐしどぐし
「……死ぬ」
「痛いか?痛いか?これが私の心の痛みだ。そして……」
べきょ、めちゃ、どぶし
「これがっ!私の体の痛みっ!そしてっ」
ズガガガガガガガガガガッズォーーーーン
「これが私の!魂の痛みだっ!」
95Hits!
「岡崎……無茶しやがって……」
こ、こええっ!
ありえなさそうでありえるからなおさらこええ。特に俺は智代が本気の本気でマジギレしたところは一度しか見ていなくて、しかもあの時は河南子とのファインプレーでギリギリ流血未遂になったから、本気で暴れだす智代を見たことはない。あの河南子が硬直するぐらいだから、はっきり言ってどれくらい怖いものなのか想像が暴走する。
いやしかし。
智代のことだ。ここは暴力に直結せずにすごく悲しむんじゃないか?女の子らしいから、泣き出してしまうかもしれん……
シナリオ二:ともぴょん泣く
「朋也、これは何だ?」
「えっと、その、いや、言おうとは思ってたんだが」
「……わかっていたんだ」
「え?え?何の話だ」
「朋也はモテるからな……私一人じゃ飽きるだろう、とは思っていたんだ……ぐす……ああ、私は明日から何を信じて生きて……う、うわぁああああっぁぁああん」
「智代、違うんだ、聞いてくれ」
「私はっ!お前と、小熊ちゃん達と、四人で生きていければ幸せだったのにっ!」
「だから違うって、智代、もう泣くなって」
「えぐ、ぐす……朋也……」
「智代、なぁ」
ずむ
「え?包丁?」
「朋也のいない世界なんていらない……すまない朋也、私と一緒に逝こう」
「な……」
「私もすぐ後を追うから、な?」
「くっ……なんてNice Boat」
ともやはちからつきた。
あ、ありえる。いや、むしろこっちの方がリアルに想像できるぞ。
そりゃあ死ぬんだったら智代と一緒に、というのも憧れなくもないが、いかんせんそれがバレンタインのチョコのせいでとはちいっと情けない。もう少し納得したい。だいたい、これじゃあ誰が小熊ちゃん達の面倒を見るんだ?
それに、智代が俺に危害を加えないという可能性だって、まあ、なくもないじゃないか。それはつまり……
シナリオ三:智代パパのお出まし
「朋也、これは(ry」
「えっと、そ(ry」
「……いままでありがとう」
「え?」
「私はしばらく実家に戻る。少し、時間がいるんだ。朋也、小熊ちゃん達を頼んだぞ?」
「と、智代っ!待ってくれ!」
「こんな……こんな女と一緒になってくれて、ありがとう」
「智代!……行っちまった……はは、嘘だろ?何で智代が出ていったりするんだよ?なぁ?」
……ルルルルルウォォオオオオオオオン、ガガガッ、キキッ
「え?車?こんな時間に誰だろう……」
バンッ
「岡崎朋也っ!生きるに値しない蛆虫の岡崎朋也はいるかっ!!」
「って、お、お義父さん!?」
「貴様にお義父さんと呼ばれる筋合いなどない。反吐が出る。さて、智代のことについて答えてもらおうか、朋也君。貴様は会社の女共のために智代を泣かせた」
「いや、とんだ間違いです!!」
「ああ、智代を騙した小芝居か。そんなので坂上家の者が騙せると思ったか?」
「いや、マジで勘弁して下さい。俺無実です!子供達に誓います!」
「私に無実を訴えないでくれ。それは私の知性を侮辱するものであり、それは私を怒らせる羽目になるから」
チャキ
「一応、貴様に神の慈悲があらんことを祈っておこう。貴様のような人でなしに慈悲を与える奴は、神のみだからな」
「ささかかさか坂上さん」
「言っただろう、いつの日か、そしてその日の来ないことを願ってはいるが、娘が泣いて帰ってきたら貴様の命を取りに来ると?」
「ひ」
「私事ではないんだよ、朋也君。私はファミリーの体面を守らなければならない。これはビジネスだ」
パンッパンパンッ
い、一番ありえるぞこのシナリオ。
絶対に俺、殺して解して並べて揃えて晒されるぞ……
「そんなことはないと思うぞ?父さんが現場に来るなんてことはあまりないだろうし。普通は代理人がやってくる」
そっかー、普通は代理人かー、それじゃーしょーがねーよなー
いやしかし、智代が泣いて戻ったりしたら、いくら何でもお義父さんなら乗り込んできかねない。
「何で私が泣いて帰ったりしなくてはならないんだ?」
いや、普通そうなるだろう?夫が山ほどバレンタインチョコを持って帰ってきたりしたら?しかもその中に本命チョコが混じってるとバレた日にゃ、即緑の紙が署名入りで突きつけられるんだろうな。
「む……確かに今年は多いな。しかも本命も混ざってるのか」
「ああ……って、智代っ!?」
振り返ると、「むぅ」と言いたげな顔をした智代さんがチョコの山を見ていた。
「ほら朋也、お茶だ。仕事が大変だと思ってな」
「おう、さんきゅ……いやあ、やっぱり日本人は茶だぜ……じゃなくって!」
「で、今年は結構多いな。そして大多数が手作りと見た。ふむ、相変わらずモテるな、朋也は」
俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿俺のっバーカっ!
「これからは春原級馬鹿二番艦岡崎として社会の隅っこで生きていきます」
「何だそれは?というより、いきなり頭を壁に打ち付けたりして、大丈夫か」
「いや、気にしなくていい。そして、そこのチョコのことも、気にしないでくれるとありがたい」
「そうはいくか。さあ白状しろ。どこのどなたから頂いたのかな、朋也は?」
「黙秘権を使用したく存じます。口を割らせたかったら、カツ丼でも持ってきやがれ」
「夕飯は済ませただろう。いい子だからともぴょんに包み隠さず話しなさい」
どこから持って来たのか、電気スタンドを俺の顔に向けて照射する。
「あっしゃ何にもしてませんぜ、信じてくだせぇ」
「ネタは全部上がってるんだ。正直に吐いた方が、罪も軽くなるぞ?」
「知らないね、そんなこと。そんなに言うんなら証拠持ってこい証拠」
ほう、と智代が目を細めた。そして後ろに手を回して
「ところで朋也、こんなところにこんなものがあるんだが?」
取り出しましたは、ピンクの包装紙に包まれた、世界一と信じている、天衣無縫の、ミケランジェロも泣くほどの芸術品たる……
「そ、それはっ!」
智代の本命チョコだった。
「あーしまったー、私の体は今朋也への愛で熱いんだったー、このままじゃこのチョコは溶けてしまうなー」
白々しく俺を脅迫する智代。そう言いつつも頬が赤くなっているところなんてキュートだぜ。
「ぐ……く」
「さて、取り調べに戻ろうか?素直に白状すれば、これを渡してやらないこともないが?」
俺が自白したのは、それから二.四一秒後のことだった。
「以上のことを繰り返し読み聞かせていただいた後、全て本当であると宣誓します、岡崎朋也、と」
調書に署名する。はっきり言って智代は会社員や主婦よりも刑事の方が似合っている気がする。
「で、その、何だ」
気まずそうに俺は頬を掻いた。ええっと、ここからお説教タイムですよね?下手したら上記のシナリオ一つあるいは複数が当てはまったり?
「うん?まだ他に何かあるのか?」
けろりとした顔で智代が聞く。
「あ、あの智代?怒ってませんよね?」
「怒る?なぜ?」
「えっと……泣いたりしませんよね?」
「いや別に?」
「出てっちゃったりしませんよね?」
「どうしたんだ朋也?何をそうびくびくしてるんだ?朋也がモテモテだってことは、昔から知っていることだが?」
「へ?」
ふふ、と微笑する智代。
「自覚はないんだろうがな。朋也は懲役十年は堅いほどの犯罪的鈍感さの持ち主だからな」
そして俺の隣に座って胸に頭を乗せた。
「それでも、私だけを見てくれているんだろう?」
「そ、そりゃあもちろんだ。俺はずっと智代一筋だ」
「なら、それでいい。誇れるじゃないか、こんなにモテモテな旦那様が、それでも浮気一つせずに私だけを好きでいてくれるんだから」
「智代……」
「で、私の本命は食べてもらえるのかな?」
「お、おう」
謹んでいただくことにした。
ぽり、と噛んで、俺は硬直した。
ああ
知ってしまった。
今年は、今日という、いやこの瞬間のためにあったんだ。
いや違う。俺の一生は、この瞬間のためにあったんだ。
いいや違う。この世界は、森羅万象の理は、この一瞬のためだけにあったんだ。
天上の門が開かれて、天使がラッパを吹いてるのが見えるよ。
ハレルヤハレルヤ。
「どうだ?うまいか?」
「うまいという形容句が当てはまらん。超弩級にうますぎるぞ」
「て、照れるじゃないか」
ぷい、と背を向けるのだが、耳まで真っ赤なのを俺は見逃さなかった。
「しかしこまったな。こんなうまいもの食っちまったら、この残りのチョコの味なんてわからないじゃないか」
「……馬鹿」
顔を赤らめながらも、智代は振り返っておずおずと微笑んだ。
「ところで朋也、この右邦良男という男は誰なんだ?わざわざメッセージカードまであるぞ?」
「ぐあ」