どうやら智代さんはその日のことを忘れたいようです 。
「え〜っと何々、この作品には脱力シーンや性格崩壊表現が含まれております。特に男優のまじめなところは取り除かれており、馬鹿化が激しいと思われます。そのような表現や脳内補完映像に不快感を示される方はご遠慮ください、だって……なんでこんなもの買ったんだろ……しょうがないなぁ、お兄ちゃんは」
パリン、ポイ
「って、何勝手に人のモノ捨ててるんだよ!!」
「あづ〜」
俺は畳の上で大の字になった。
「うん、今日はちょっと参るな」
台所から智代がお盆を持って歩いてくる。おおっ、麦茶。
「何か納涼的な要素が必要だ。何かないかなぁ」
注いでくれた麦茶を一気飲みすると、俺は頭を掻いた。
「花火……は昼間からじゃできないな……風鈴はどうだろう?」
「いいアイディアだが、今日は風がないし、それに風鈴もない。ついでに今風鈴を買いに外に行ったら、焼け死んじまう」
むぅ〜、と智代が首を傾げる。ちなみに例の家庭系ポニーテールである。頭を傾けると、あの白いうなじが見える。うむ、眼福。
「何か……うん、何かに熱中していれば、心頭滅却すれば火もまた涼し、というじゃないか。暑さも忘れられるようなものは、何かないだろうか」
俺が夢中になれるもの、ね……
春原いじりは、春原がここにいないから無理。呼び出してやってもいいけど、タイムラグがあるし、そもそも暑苦しい奴だし、たった今電波で「散々な言われようっすねっ!」とか送ってくるし。
パソコンゲームはここにはないのでこれも却下。
そもそも俺が夢中になれる趣味なんて、限りがあるわけで、残ったものと言えば智代と……
智代と……
TOMOYO TO
「おおっ、考え付いたぞ!」
「本当か?」
智代に向き直る。
「なぁ智代、ずっと前、ほんっっっとに前にさ、ツンデレの練習したじゃん」
「……ああ。したな。それがどうした」
顔が固くなる智代。心なしか、視線が痛い。
「あれはいわば、崇高なる研究への第一歩だったのだよ智代君。我々はこれより、更なる萌えを追求し、高みに達しなければならない」
「よくわからない。何でそんなことをする必要があるんだ?」
「ふふふ、簡単なことだ。萌えとは日本男児の精神の根幹を占める、大事なものだ。それを極めてこそ、大和撫子は日出る神州に伝わる愛の形を発見することができる。知ってるか?天の岩戸は原初のチラリズムを示しているんだ。そもそもイザナギとイザナミの最初の言葉がエロ会話なんだから、これはつまりエロや萌えは日本文化から分けることなんてできないんだ。つまり俺たちは萌えを追求していいんだよ智代。いやいや、そんなんじゃないな。俺たちは萌えシチュを極めなければならないんだよっ!それが俺たちの使命なんだっ!!」
「ずいぶんと暑苦しく語ってくれるな……まあ、とどのつまりお前は暑さに対して萌えとやらで対抗したいわけか」
「まあぶっちゃけそうだな。だけどな、智代、俺はこうも思うんだ」
「また騙されている気がするぞ」
「いいから。智代が萌えを追求することによって、智代の今まで隠されてきた一面が見えるかもしれない。それは何て素晴らしいんだっ!新たなる智代に、俺は心酔してしまうかもしれない。大好きな智代を、もっと大好きになれるかもしれない。いいや違いない。人生はフロンティア精神だ。新しい自分を切り開いてこそ、未来が見える。光さんざめく明日に歩み寄れるんだ」
俺は智代の手を取った。
「さあ行こうじゃないか智代っ!世界は美しく、そして人生はかくも素晴らしいっ!」
It’s a wonderful world!
「ま、まあ、朋也がそこまで言うんだったら、その、やってみてもいいが……」
すてっぷ1:としうえにはちゃんとあいさつしよう
「というわけで、萌えの第一歩だが……なぁ朋也、何をしたらいい?」
智代がくい、と首を傾げる。HITだ。
「そうだな……よし。智代、こうしよう。俺はお前より年上で、お前はかわいい女の子だ。そんでもって二人は家族だ」
「い、いちいちそんな恥ずかしいことを確認するなっ」
「まぁまぁ。だから実験として、智代は俺を『お兄ちゃん』扱いする」
「……」
な、何だこの寒さはっ!
これが心頭滅却の効果なのか?!
すごいぜ痛い発言っ!!
「……」
「……あ、あの、智代さん?」
「何でしょうか変態お兄ちゃん」
「うんうんいいな。よし、恥ずかしがらずにその『変態』を取ってみような」
「わかった、言い直そう。何でしょうか馬鹿でヤヴァ目なお兄ちゃん」
……
……
……
痛ぇ。言葉がこんなに心に来るものとは知らなかったぜ。智代の視線といい、言葉といい、オーラといい、俺のテンダーなハートは今出血大サービスだぜいやっほぉぉおう。うれしいことと言えば、俺がマゾじゃないことを確認できたことだけだ。全然うれしくねえぞ畜生っ!!
「大体、こんなことで新しい私が見つかるのか?」
「お前が戸惑うのも無理はない。お前は今まで立派な姉であり、誰もが見上げる生徒会長であり、また俺の手を引いてきてくれた奴だからな。だけど、もしそれをすべて忘れて、俺に『かわいくてか弱い妹』として甘えることができたら、それはもうとんでもなく女の子らしいとは思わないか?」
「う……」
「そんな女の子を守ってあげたくなる。これぞ正に、男の宿命ぞ」
「……朋也は、か弱くて女の子らしい私を守ってみたいのか?」
「もちろんだとも。さあ、お兄ちゃんが守ってあげるから、甘えにおいで」
顔を真っ赤にして俯く智代。あと一歩というところで逡巡している。
「で、でも、私はそんな経験なんてないし……どうやって兄というものに接すればいいんだ?」
「そうだな……芽衣ちゃんを参考にすればいいんじゃないか?」
「芽衣ちゃん?あの、春原の可愛らしくも健気で哀れな同情を誘う妹か?」
「そうだ。どう考えても春原の妹には見えない薄幸の芽衣ちゃんだ」
「うむ……」
なう、ろうでぃんぐ。
「わ、わかった……お兄ちゃん」
ぐは。
何て破壊力だ。
波動砲なんて目じゃないぜ。
「そ、その、お兄ちゃん、私はか弱い妹なんだ。守ってくれ」
「……くれ、とかほしい、とかを抜かしてみて。あと、なんだ、じゃなくて、なの、な」
「うん……私はか弱い妹なの、守って、お兄ちゃん」
直撃。
「だ、大丈夫?お兄ちゃん?」
「智代……ああ、至福なり」
「お兄ちゃんは、何でそんなにうれしいんだ……うれしいの?」
「お前がかわいいからだ、智代」
するとにぱぁ、と笑う智代。
「そ、そうか……うん、お兄ちゃんにそう言ってもらえて、うれしいな。ありがとう、お兄ちゃん」
「ぐぉおおおおおっ!智代っ!」
「お兄ちゃんっ!」
「よっ!おっかざきぃ……って、あんたら何やってるんですか」
……
……
……
智代が走る。
「忘れろぉおおおおおお!!」
「あぎゃぱああああああああああああああ!!」
12HIT!
春原が遠い夏の星となって消えていった。
「くっ、春原……無茶しやがって」
どこか遠くで「僕、何にもしてないんですけどねぇええええええ!!」という声がした気もするが、アーアー聞コエナーイ。
すてっぷ2:ちょっとおしゃれしてみよう
「まったく……もうしないからなっ!」
智代さんぷんぷんです。でも、これもまたかわええ。
「そう怒るなって。春原も今頃草葉の陰で反省してるだろうよ」
「あれがそんなに簡単に死ぬタマか。もし記憶が残っていたら、次こそ頭部ごと抹消してやる」
ぷい、とそっぽを向く智代。しかしさっきの会話からして、智代が本気で萌えに走ったらすごくやばいことになるかもしれない。畜生、あとで春原殺す。
「まぁまぁ、じゃあ次の実験行ってみようか」
「嫌だ。また誰かに見られたらどうするんだ」
「見られないって。こんな暑い日に外を出歩いている奴は、よほどの暇人か脳味噌がもんじゃ焼きになっている馬鹿か最○ぐらいだろ」
「……うー」
上目遣いで睨む智代の手を取った。
「なあ智代、お願いだ。俺はもっとかわいい智代を見ていたいんだよ」
「……今の私はどうせ可愛くないんだろう」
「いいやかわいい。可愛いを通り越してかわゆい。でも俺の目はごまかせない。智代には、まだまだ潜在的な可愛さが残っている!」
「……そんなことを言っても、もう騙されないからな……い、いや、うれしいんだが」
「まずだな、声で話すのが悪かったんだ。その、俺も興奮しちまったからな。今回は喋らなくても済むように、服装で行こう」
「却下だ。その、また私にネコミミやら尻尾やらを付けて『にゃーにゃー』言わせるつもりなんだろうが、そうはいかないぞ……そ、その、くまさん耳と尻尾なら、心を砕いてやらないこともないが……」
「だから、にゃーにゃー言わせたりしないって。着るだけでいいんだ」
押入れの扉に手をやって、ふと何か思いだしそうになった。
何だったっけなぁ、押入れが重要な気がしたんだけどなぁ。
「……変な服装だったら、容赦しないぞ?」
「大丈夫。お前もよく来てた服装だ。違和感全くなし」
「……本当だな?」
「ああ。ついでに言っておくと、すごく良く似合っていたぜ、智代」
「と、朋也がそう言うんだったら……」
ちなみに、くまさん耳ならいいのか。
「……まぁ、夏だからな。これを着る季節ではあると思うが、その、キャップとメガネはいらないのか?」
「いらんいらん。それでじゅーぶんだ」
「そうなのか……しかし確かにこれを着ると涼しいが……何と言うか、前にも似たようなことをやって失敗したような」
「記憶にございません。恐らく秘書が勝手にやったものかと」
腰に手を当てて、智代が「まったく、適当なことを言うんだから……」とつぶやいた。
紺。
やっぱりそれがベーシックだろう。
あと旧タイプのスカートみたいな部分は外せない。
何の話かというと、智代さんは今、幼い頃の夢と希望、あるいは失くしてしまった純粋無垢な光の輝き、もしくは少年の心にしまってある一夏の思い出を着てらっしゃる。回りくどくなったが要するにすくーる水着である。
「……こんなもの、今さら着るとは思っていなかったが。少しきつい気もするな」
きついって、やっぱり胸元ですかそうですか。あの時すでに見えていた神秘の谷間は、心なしか深くなっているようだった。その、やっぱ大きくなるもんなんだな。ごめんな、杏。差を広げちまったようだ。
「懐かしいな。最後に着たのを見たのは……生徒会長選挙の時だったな。うん、大事な思い出だ」
「そ、そうか?うん、そうだな……」
さて、問題だ。
智代の水着には名前の部分が縫い付けられていない。これはつまるところ、ジャムクリームドーナッツを頼んだのにジャムしか入っていなかった事態と同じくらいがっかりである。つまり実用性には何ら問題ないが、ここぞと期待していたものが欠けているわけである。よって、大変強引だが縫い付けることにした。
「ここに、名札を書くための布がある」
「本来小学中学あたりしか使わないそれを何で朋也が持っているのか疑問なんだが」
「そこはまあ些細なことだよ智代君。それはともかく、何て書こう」
「坂上、だろう、普通に」
「いや。さかがみ、じゃないか?」
「いやいやいや、ここはね、ともよ、と書くべきだろう?」
「ともよ、か。だったらもうぶっちゃけてともよにしよう」
「ぐ、それは考え付かなかった。じゃあ学年は?」
「二年B組、だったな」
「じゃあにねんBぐみ、で決まりだね」
「そこは極めなきゃ。にねんびーぐみだろ?」
「いやいや、にねんびいぐみも、にねんびぃぐみも捨てがたい」
「ちょっと待ってくれ朋也」
智代が制止の手を挙げる。
「何だ?」
「その、突っ込むべきところの多さに辟易しているんだが、取りあえず私の精神年齢を低く見られては困る。そして何より」
びしっ!と指を突き付ける。
「何でここに義父さんがいるんだっ!!」
何てこった!
気づかなかった!!
「いやぁ、声をかけたんだけど返事がなくって、だけどドアが半開きだったんで心配して上がったら……見ちゃった」
「見ちゃったじゃねえよっ!」
「えへへ」
「笑ってごまかすなっ!」
「いいじゃないか、減るものじゃなし」
「俺が一人占めするのがあたかも民主主義に反する行為であるかのような顔するなっ!共産主義者か、あんたはっ!」
「時に朋也くん」
不意に親父がにやけきって鼻血を今にも噴出しかねない顔から真顔になった。
「な、何だ親父」
ずい、と親父が身を乗り出した。
「ぐっじょぶ」
「は?」
「敦子に先立たれてからン十年……もうすく水を見ることなんてないだろうと思っていたんだが……」
おふくろもよくこういうことをやっていたんだろうか。
もしかしたら俺と親父は分かり合えるのかもしれない。
そうだ、俺と親父も家族なんだ。
ああ、いろんな物が輝きだしている……
こんな、当たり前の事実が、今までよりもっとかけがえのないような感じがする。
大切に生きなければ、そう切に思えてくる!
ありがとう智代!
ありがとう親父!
この世は、とかく素晴らしい!!
「私の水着姿で、二人して悟らないでくれ。頼むから」
すてっぷ3:あたらしいじぶんをみつけてみよう
「義父に変な格好を見られてしまった……もう私はお嫁にいけない……」
「いやだから智代は俺の嫁異論は認めないと何度言えば(ry」
親父が帰った後(何のために来たんだろう?)、智代がさめざめと泣いた。
「で、でもな、ほら、水着を着るなんてさ、夏だし普通だろ?親父だって『海に行く時のための予行演習だよ』って言ったら信じたし」
「……ぐす。朋也はわざと私に変なことをさせていじめてるんだ。そうに違いない」
「違うって。俺がお前をいじめたことあるか?」
「結構あるぞ。書き出してほしいか?」
うん、と言ったら、本当にリストを書きそうだしなぁ。一生懸命な智代は大好きだが、その一生懸命になっていることが俺への恨みつらみを書き連ねていることとなれば話はちょっと別だ。
「しょうがない。じゃあ今度は智代の番だ」
「私の番?」
「ああ。今度は智代の意思を尊重したい。何を着てみたい?」
「結局また何かを着るわけか……」
ため息をついた後、思案してみた。
「そうだな……女の子らしい服を着てみたい、といつも思っていたんだが」
「お前十分女の子らしいじゃん」
今着ているのは白い短めのスカートに緋色の袖無シャツだった。こんな服装、何らかの性癖がない限り男は着ないだろう。
「うん……でも、その、何というか、な?」
「いってみいってみ」
「笑わないで聞いてほしいんだが……朋也は魔法が使える少女なんて、とても女の子らしいとは思わないか?」
「ポット屋ハリーみたいに?」
「ちょっと違うな……その、サ○ーちゃんとか、○レミとか、見たことはないか?」
「ないなぁ……」
しかし、あれだ。
魔法少女智代。
「何となくカードを捕まえる桜な女の子の設定ぽいが、まあありだな」
「……成人して恥ずかしいとは思うんだが、その、やってみたいとは思っていたんだ」
「でも、それも見てみたいしな……早い話が、ハロウィンの衣装を少し明るめに、ってことだろ?」
確か押入れにあったと思う。
しっかし何だ、こう、頭ん中に何か引っかかってるんだな……
「こういうことだと理解が早いな……」
なぜか呆れられた。理不尽じゃないすか?
想像してみよう。
肩の露出した黒のミニワンピースに、腕をほぼ覆う手袋。腰には帯みたいにまかれたリボン。ステッキはないが、代わりに箒があったのでそれを手に、ついでにさっきリクのあったくまさん耳とくまさん尻尾。それを智代に着せてみた。
恐らく諸君らの想像しているかわいさたっぷりな美少女を二百倍かわゆくすれば、俺の目の前にいらっしゃる魔法少女ともぴょんが映るだろう。
「……満足か?」
「満足だ」
しかもすげえご機嫌だし。もう、横に「るん☆るん」てな字が浮いていそうなくらい。
「しかしこんな姿を誰かに見られでもしたら大変だな」
「ふふふ、そうかもな。でもまぁ、ドアも閉めたし、そうそうこんな暑い日に客が来てたまるか」
「ははは、そうだな。いくらなんでもここで誰か来るってのは」
ぴんぽーん
『朋也?智代?何だか田舎からスイカどっさり来ちゃってさ〜、協力してくれるとありがたいんだけど』
来た。
来やがりました。
よりにもよって最凶がお出でなさいましたよ。
「ううう……ともやぁ」
もう既に涙目な智代。
「ここはあれだ、俺が時間稼ぐから、智代は隠れるなり何するなりしてくれ」
「わ、わかった」
隠れると言えば、まあ押入れしかないわけだが。
しかしさっきからどうも押入れが気になってしょうがないんだが、何か忘れてたかな。
玄関のドアを開けると、なるほど杏がスイカを一つ抱えていた。
「あっついわね〜。あんたらよく窓開けるだけで我慢できるわね」
「まあな。ああ、そうそう、実はな……」
「何でお前がここにいるんだぁあああああああああ!!!」
智代は出かけている、と言いそうになったところで、当の本人が大声を出した。
「ちょっ、智代!?」
杏が驚いてあがる。やべえ、何かまじでやばい予感が。
「どうしたの……って」
「あ……」
「え」
ちょっと現場検証してみよう。
俺が急いで杏の後に居間に行くと、そこには
- 魔法少女ともぴょんと
- 固まった杏と
- 干からびてモザイクのかかった鷹文
この三つがいた・あった。
「ふ、ふぇ」
智代の眦に涙が浮かんだ。
「ふえうえええええええええええん!!」
あーあ。泣いちゃった。
「あんたね……」
あーあ。怒らせちゃった。よりにもよって最凶を怒らせちまった。ああ、今日は「近代文明の発達と拡散」ですか。ずいぶん難しい本を読んでるんだなぁ
「何自分の嫁を泣かせてんのよっっ!!」
「ぐばらあああああああああああああああ」
「で、要するに……」
春原がため息をついた。
「昨日、智代ちゃんの弟君が政治的亡命を求めてきたと。理由は彼女、と。で、智代ちゃんのことだから、絶対にその彼女とやらに電話を入れるだろうから、智代ちゃんに内緒で居間の隣にある部屋の押入れに匿ったと」
「ああ」
「で、このくそ暑い日、押し入れに軟禁状態の弟君のことをすっかり忘れていたと」
「……ああ」
「で、劇の練習をしていたら杏が来たので、慌てて智代ちゃんが客間の押し入れに隠れようとしたら、そこで弟君発見、と」
というわけである。ちなみにそのあと俺と鷹文は仲良く入院、病室で寝ている俺を見て椋がにやりと笑ったのがあまりにも不気味だったんで、一足先に逃げてきたというわけである。許せ、鷹文。
「あんためっちゃくっちゃ馬鹿っすね!!」
「うるせえヘタレ」
フルスイングパンチ炸裂。春原は屋台のカウンターに激突。
「大体さ、こんなところで油売ってていいの?智代ちゃん相当怒ってるんじゃない?」
ここ、とは演歌が流れる駅の近くのおでん屋。あの後で春原に声をかけて二人で寂しく飲んでいるというところだ。
「いや、その、一応家に戻ってみたんだけどさ……クマのぬいぐるみを着こんで出てこないんだ。口も利いてくれないし……」
ただいまからはじまり、土下座も含む謝罪の嵐を乗り越えた沈黙。ハグしようとしたら振りほどかれてしまった。
いっそ蹴り飛ばしてくれた方がまだマシだった。
「ま、自業自得だけどね……しっかし智代ちゃんのコスプレか……」
「変な妄想したら、即殺すからな」
「はいはい……っと。電話だ」
ぽち、と携帯を春原が取り出した。
「案外きれいで素敵な女の子だったりして」
にへえ、と笑う春原。
「いや、そりゃない」
「そうかなぁ……もしもし?……え?智代ちゃん?」
ぬあんだとっ!?
「え?うん、今いるよ……うん、うん……まあ、一応聞いたけどね……」
何こいつは俺のすいーとはにぃと話してるんだ?ぶち殺す。殺戮タイム。キル春原。
「はいはい、今代わる……ん」
「おう……もしもし」
『……』
「えっと、智代?智代さん?」
『……馬鹿』
「……はい」
『夕飯が冷める。早く帰って来い』
「はい、ただいま」
ぽちっと携帯を切る。
「何だって?」
「飯だから早く帰って来いだってさ」
「めっちゃくちゃ尻に敷かれてますねアンタ!!」
「うるせえ」
顔にぐーぱんしてやると、俺は屋台のオヤジに二人分払って走り出した。