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ことの起こり



「ただいま〜」

 俺が家に戻ると、そこにはげんなりとした鷹文、不機嫌そうな春原とテンション高めの河南子と杏がいた。

「お、みんな揃ってるな」

「まあね。智代のドッキリ誕生日制作委員会なんて面白そうなもの、来ないわけないじゃない」

「そうそう。先輩のサプライズ誕生パーティーなんだから、ぱーっと行きましょーや、ぱーっと」

 きゃいきゃい騒ぎながら同調する杏と河南子。暴走する恐れがあります。混ぜるな危険。

「にしてもねぇ……何で毎回毎回僕が呼ばれるんだろ」、

 春原が深いため息をついた。

「そりゃ、春原ほど助けになる奴っていないからだろ」

「要は使い勝手のいいパシリってことすよねぇ……」

「そう言うなって。それに春原、こういうイベントはな、チャンスなんだぞ」

「チャンス?」

 俺は抱えていた段ボール箱をちゃぶ台に乗っけると、春原の肩を掴んで引き寄せた。

(こういう時にできるところを見せ付けると、それだけで株が上がるぞ)

(あがって?)

(杏もお前のこと見直すだろうなぁ……辞書もあんまり投げなくなるだろうなぁ……夜はしっぽりむふふとなること請け合いだろうなぁ……)

 そこまで囁くと、春原の顔が固まり、そして徐々に赤くなっていった。どんな妄想が頭の中で渦巻いているのだろうか、鼻から汽車のごとくぴーっと鼻息を吹き出すと、春原は俺の手を握った。

「岡崎、ぜひ手伝わせてもらうよっ!!」

「おっしゃ、サンキュ!!」

「うわ、わかりやすいなぁ……」

 鷹文がため息をついた。

「まぁ、僕の場合選択肢も何もないわけだけだし、乗るけどね」

「おし。よかったな鷹文、これでお前の智代に対する異常な情愛はばれずに済んだぞ」

「断ってたらバラすつもりだったんだっ!!つーか、そんなの鼻っからないよっ!!」

「照れるな照れるな。もし俺が智代の弟だったら速攻でプロポーズするな」

「もうすでにプロポーズしてるじゃんっ!それにそれって法的にありえないでしょっ!!」

「だがその違法性がいい、そう言いたいわけだよな、鷹文」

「言ってねぇ!!」

 ぜーぜー、と鷹文が肩で息をした。

「そういえば……朋也、あんたも誕生日近いんじゃないの」

 更に弄ってやろうと俺が思った時、杏が聞いてきた。

「あ、そうだよね。三十日なんだし」

「あー、そうだね」

 春原と鷹文も今更ながら頷いた。と言っても責める気にはならない。そもそも、俺自身忘れかけていたからだ。

「で、あんたは何か計画してるの」

 河南子が腕を組んで聞いてきた。いや、存在自体忘れてたんだから、計画も何もなかった。

「いや、別に。つーか俺の誕生日はいいよ。どうせ読者も忘れてるだろうし」

 俺が笑うと、河南子が目をすっと細めた。

「そりゃないよ」

「は?」

「あんたはあたしとか鷹文とか……ともとかっ……すげーがんばって……わけわかんないくらいがんばって……誕生日祝ってくれたじゃんかっ!!」

 ぐっと拳を握りしめて立ち上がる河南子。

「そしたら今度はあんたが幸せになる番だろっ!!先輩とふたりで幸せになる番だろっ!!」


「いや、何かめんどくさいし」


 思わずぽろっと本音が飛び出てしまった。そう、運営をやっているとこういう誕生日パーティーの煩わしさがよくわかる。だから俺のためなんだったらこんな手間暇かけなくていいだろ、と思ったりする。つーか俺、智代がいるだけで誕生日幸せだし。

 とか思っていると、河南子がわなわなと震えだした。

「……人の名言を……」

 すすす、と鷹文や春原が俺の傍から離れていった。杏はそんな俺たちを傍観していた。どいつもこいつもいい根性してやがる。

「メンドクサイで台無しにするなぁああああああああああああああああああああっ!!!」

 河南子の怒りの鉄拳は、俺の目には止まらなかった。また、空を飛ぶ俺も止まらなかった。そしてそのまま俺は壁まで吹き飛び

「ぐはっ」

 思いっきり腰をぶつけ

「おうっ」

 最後に壁にかかっていた時計が頭に落ちてきた。

「がはっ」

 薄れゆく意識の中、河南子が拳を天に突き上げ、「ファイアー!!」とか叫んでいるのが見えた。





 気がつけば、女神が俺の顔を心配そうにのぞきこんでいた。

「朋也、大丈夫か」

「……そうか、俺は天国に行ったのか。女神様が迎えに来てくれている」

「いや、女神じゃなくて私なんだが」

「智代?お前、いつの間に天国に……そうか、智代はやっぱり天使だったのか」

「は、恥ずかしいことを言うなっ、バカッ」

 はにかむ天使。それだけで死んだ甲斐があった。と思っていると

「聞きましたか杏さん」

「ええええ聞きましたわよ河南ちゃん。お熱い仲です事」

『おーっほっほっほ』

 聞き覚えのある笑い声で俺は覚醒した。この二人がこんな風に笑う場所が天国であってたまるか。

「あ、にぃちゃん、無事みたいだね」

「鷹文か……いつつ」

 身を起こすと、頭に鋭い痛みが走った。

「無理をするな、朋也。それにしても……」

 智代は不思議そうに俺たちを見渡し、ちゃぶ台の上にあるパーティー備品の詰まった箱を見て首をかしげた。

「一体、何があったんだ」

 答えようとして、俺は口をつぐんだ。これは智代のサプライズパーティーなのだから、智代にバラしてはまずいだろう。

「えーっと、そのだな」

「まさか、朋也は私を仲間外れにしてパーティーでもするつもりだったのか」

 ぐあ。微妙にピント外して急所を突いてきましたよ智代さん。

「あーっと、そうじゃなくてだな」

「私では朋也の嫁は務まらない、そういうことか……ふふ、そうだな、こんな、こんな女の子らしくない武闘派イケイケな乱暴者が、朋也の連れ合いなんて務まるはずもないからな……全ては夢か。そんな夢をいつまで見ているつもりだったんだ、私は?滑稽にも程がある……ふふふ、そうだな、こんな女の末路など、惚れた男に捨てられ、家族からも見放され、あてもなく彷徨った挙句に人気のない埠頭で靴を脱いで……」

「ま、待て智代、それは違うっ!智代は俺の嫁異論は認めないぞ」

「朋也……」

 ゆっくりと身を起こし、そして智代の頬に触れた。

「智代は俺の最愛の連れ合いじゃないか。俺、智代がいないとダメなんだ」

「……バカ」

「バカで結構。それで、智代が傍にいてくれるなら」

「朋也……」

「智代……」

「朋也…………」

「智代…………」


「じゃあ、この段ボール箱が何なのか、何でみんな集まっているのか、正直に答えてくれるな?」


 すごくいい笑顔で、智代が俺の気逸らし作戦の失敗を告げた。

「あ、ああ。もちろんだとも」

「そうか、やっぱり朋也は優しいな。では教えてくれ」

 智代が澄んだ瞳で俺に笑いかけた。やべぇ、この笑顔の前じゃ、なんのごまかしもきかねぇ。

「え、えーとだな、これはな」

「うんうん」

 あーくそ、どうしろと。

 そう自暴自棄になりかけた時、河南子が笑顔で言った。

「そりゃー、誕生日パーティーですよ」

 一瞬、居間が静まり返った。そして次の瞬間、怒号が響いた。

「河南子っ!!」

「ばらすなよっ!!」

「や、だって先輩に隠し事なんてきかないし」

「だからって……サプライズだったのに」

 俺ががっくりうなだれている間に、智代はふんふん、と頷いていた。

「そうかそうか、サプライズバースデーパーティーか。ふむ」

 オワタ、と思った。聡明な智代のことだ、もうこれで全てわかっただろう。


「で、誰の誕生日を祝うんだ?」


 前言撤回。智代のボケ属性を忘れていた。

「む、どうしたんだ?みんなですっ転ぶなんて、奇遇だな」

「……朋也、あんた自分の嫁にどういう教育してるのよ」

「智代の天然は教育でどうにかなるものじゃないだろ。それにあえて言わせてもらう、だがそれがいいと」

「すまない、話が見えないんだが……それで、誰の誕生日パーティーなんだ」

「ああ、それは……」

「もちろんこいつのですよっ」

 河南子が俺を前に押しやった。

「って、俺のっ?!」

「や〜、今まで隠してたんですけどね、先輩に聞かれちゃしょうがない。このアホを使ってこのアホの誕生パーティーをやろうと思ってたんだ」

「河南子、何言ってやがる……つーかそれじゃあまるで俺がただのアホじゃないか」

「アーホ、アーホ」

「……」

「アーホ、アーホ」

「…………」

 河南子が智代の後輩じゃなきゃ殴る河南子が智代の後輩じゃなきゃ殴る河南子が智代の後輩じゃなきゃ殴る。

 よし、落ち着いた。

「しかし、そうか、朋也の誕生日か。なら、私も手伝おう」

「い、いや、それは」

「何だ、朋也は私には祝ってほしくないのか」

「ち、違う、そういう話じゃなくて」

「そうか、そうだろうな……私は今の今まで朋也の誕生パーティーをやろうなんてことすら思いつかなかったんだからな。ふふ、妻が聞いて呆れる……こんな、こんなずぼらで気の利かない女に祝われても、迷惑だろうな……それじゃあ、私はこれ以上迷惑をかけないように手っ取り早く薬局に行って睡眠剤を……」

「智代」

 それ以上智代がネガティブ思考に走る前に、俺は智代の手を取った。

「俺、智代に祝ってもらえるんだったら、それでいい。それがいい。俺は、智代がいい」

「……朋也……バカ、みんなに聞こえるだろ」

「いいさ。だって、この想いは本物なんだから」

「……朋也……」

「智代……」

「朋也」

「智代」

「朋也っ」

「智代っ」




 とまあ、そんなこんなで、よくわからんが俺の誕生日まで(半ば強制的に)祝われてしまうのであった、まる。 

 

 

 

 

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