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注)このSSは智代アフターのネタばれを含みます。未プレイの方にとって重要なネタばれなのでご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買い物を終えた坂上智代は、片手でずれたヘアバンドを直し店を出たところだった。

 店先の自販機で缶コーヒーを買い、頬に当てたまま買い物袋片手に、そのまま立ち止まってしまった。

 秋の風はどこか冷たく感じる。

 あれほど生命力にあふれた雑草も元気が無くなり、公園の芝生に至っては小麦色になり始めている。

 風に葉をもがれ、身軽になりつつある木はどこかさみしく、澄み切った空に広がるうろこ雲は、空を高く見せようとしていた。

 私はそんな秋が少し気に入っていて、少し…嫌いでもあった。

 となりに誰かいないと寒いのだ。

 じんわりと伝わってくる缶コーヒーを名残惜しみながらしまい、家に向かって数歩あるきだす。

 ああ、風が暖かさを奪っていく、やはり缶コーヒーでは代用できないらしい。

 寒さは恋人には優しいが、一人になると厳しくなる。

 秋の風は寒い。

 

 

 

 

 

 

 

hope

 

 

 

 

 

 

「んっ、ここは…」

 やけに狭い部屋、擦り切れた畳、記憶に新しい天井。

「ああ、そうだ。ここは俺の部屋だった」

 寝ていた身体を起こし、首を左右に振るとパキッ、パキッと乾いた音がなる。辺りに人気は無く、どうやら彼女はいないらしい。

「にしても、全然思い出せないな」

 先日、病院のベットで目が覚めたら見知らぬ女性がいて、しかも自分の彼女だと言う。検査も驚くほど簡単にすませ、彼女に連れられたままこの家に来た。

 この家はお前の家だと彼女は言った。

 記憶での俺は中学生だったと言うのに、いつの間にか高校を出て社会人になっているという。青春は煙のように消えていた。

 残っていたのは無精ひげを生やす大人びた顔と、上がらない右腕、作った覚えのない彼女だった。

 彼女、智代さんの話を聞く限りでは、俺は随分すさんだ高校生活を送っていたらしい。その中で私と出会い付き合いだしたと言われてもピンとこない。

 一体どんな出会いだったのだろうか。

「やっぱり思い出せないな…」

 いくら頭を働かし思いだようとしても、奥のほうで霞がかったようにぼやけている。

「この部屋にあるのも俺のものなんだよな」

 部屋の隅にはパソコンと、何やら回路や電工の専門書が置いてある。よくいえば片付いた部屋、悪く言えば物が少ない殺風景な部屋だと思う。

 ちらっとのぞいた洗面台も洗顔料しかなく、彼女の化粧品も見当たらない。どこか他人の部屋のような感覚。

 ガチャ

「ただいま。あ、なんだ朋也起きていたのか」

 顔を向けると、買い物から戻ってきた彼女は靴を脱いでいた。

「あ、あぁ。えっとお帰り。智代さん」

「智代でいい。”さん”はいらないと言ったろ」

「そう、だったな。お帰り、智代」

 彼女はビクッと一瞬身体を震わせるが、すぐになんでもないと笑みを浮かべる。

「さて、ごはんの支度するからな。ちょっと待っててくれ」

 そう言って智代は俺の脇を抜けて台所へ向かうが、反射的に腕を掴んでしまった。

「えっ……なんだ?」

「えっと、何か無理してるんじゃないのか?今だったり、何がそんなに無理をさせているんだ」

「無理なんか、してない。朋也は何も心配しなくていい…」

 伏し目がちにそう言うといそいそと台所へ行ってしまい、払いのけられた手はそのまま宙で止まったまま。

 バカな質問をしてしまったと後悔した。"何がそんなに無理をさせている?"記憶を失っている俺のためだった。毎日、毎日自分の事をろくに覚えていない俺の世話で彼女はあんなにも無理をしているんだ。そう思うとさっきの笑顔もなんだか痛々しかった。

 彼女はまだ高校三年生らしい。朝早くから訪れて朝飯を用意してから学校に行き、そして放課後は一緒に町を見て、思い出すことを手伝ったりしてくれる。

 明らかに彼女は無理をしている。

 俺はそのまま居間に戻り、彼女の背中を見つめた。少し高い位置で纏められた髪の下からは、白いうなじが見え、制服の上からエプロンをはおり、紐を縛った後ろ姿は割と細めのシルエットを描いていた。何度見てもドキッとしてしまうそれらが、なぜか今日は寂しげで折れてしまいそうなほど細く見えた。

 本当の恋人ならこんな時どうするのだろうか。優しく抱きしめたりするのかもしれない。でもその勇気と、俺には彼女との距離が遠く感じられた。

 だから俺はただ座り、必死に立ち回る彼女の"お待ちどうさま"の声を待つしかできなかった。

「お待ちどうさま」

「あぁ…」

「今日はオムライスにしてみた。それでな」

 とおもむろに背中からケチャップを取り出すと、俺のオムライスを装飾し始める。

「できた!」

 と言われたその先には、ケチャップでハートマークが描かれ可愛らしくなったオムライスで、中心にトモヤと書いてあった。

 苦笑いを浮かべつつ、スプーンで食べようとすると智代が手でそれを制した。

「その前に朋也、言うことは?」

 智代は胸の前で手を合わせ片目をつむっている。あ、しまった。慌てて習うように手を合わせる。

「い、いただきます…」

「うん、いただきます。まったく仕方ないな朋也は。これは礼儀だぞ」

 やれやれと、言う割には全然そんな表情はしてなくてむしろ嬉しそうだった。俺の覚えている限りでは食事は一人でしてたから二人で食べる感覚は新鮮だ。

 慣れない少しのこそばゆさはケチャップの味にもまみれている。

 智代はと言うとオムライスに手を付けず、じっと慈しむような表情で見ている。食べないのかと尋ねると

あまりにおいしそうに食べるから、つい嬉しくなったらしい。

「ほら、私が食べさせてあげよう。あ〜ん」

「いいって別に!」

「あ〜んっ」

 向けられたスプーンまでも無言の主張を始め、しぶしぶと一口で食べた。

「どうだ、おいしいか?」

「ああ、おいしいよ」

 ふと見ると、彼女のオムライスには何も乗っていないプレーンオムライスで、「お前はケチャップかけないのか?」と聞くことはできなかった。

「そうか、よかった」

 胸を撫で下ろし、彼女は頬を緩ました。嬉しそうな笑顔。先ほどの動揺、疲労感はその下に隠されている。

「ほら、ここに…」

「えっ?」

「ご飯粒がついてるぞ」

 俺の口に付いていたそれをさらうとそのまま智代は食べた。うん、おいしいと彼女は無邪気に言う。

 ご飯粒を口に付ける、という子供みたいな恥ずかしさと、それを取って食べられる気恥かしさでなんだか顔が熱くなってきた。

 顔が赤いぞ、という智代の攻めがさらにせき立てる。俺は顔を隠すように皿を持ち上げると一気にかきこんだ。

 かきこみながらふと思った。以前の俺たちもこんな感じでいつも過ごしていのだろうか。だとしたら今彼女の目に映っている俺は……。

 談笑もそこそこに結局、彼女のオムライスにケチャップがかけられることは無かった。

「じゃあ、すまないが今日はもう帰らせてもらうな」

 ささっと食器を洗い、よれていたスカートを直すと帰り支度をはじめる。彼女は少しの笑みを浮かべ、「じゃあ」と言うとドアを閉めた。

 

 

 カンカンと、どう歩いても音がなってしまう階段はいつも私を現実に引き戻す。

 朋也が目覚めてもう六日目、ある程度は打ち溶けてきたと思う。それでもわだかまりみたいなのものが私達の間にある。

「智代、かぁ…」

 見えない空につぶやいた言葉はぬくもりを持って消えていく。

 何度呼ばれてもその声は、恋い焦がれた朋也のもので何度も私の心をえぐる。分かっていてもダメなんだ。

「朋也、お前はいつになったら戻ってくるんだ?」

 誰も答えてはくれない。未来の自分なら答えてはくれるかもしれないが、それがいったいどれほど先の自分なのか想像しただけで怖くなる。

 あの五人だった夏から三カ月。私は疲労を感じているのかもしれない。

「いつになったらお前は私を抱きしめてくれるんだ…一人では寒いんだぞ」

 電灯に照らされたまま空を見上げても、星は見えるはずがなく。いつもよりゆっくり歩いて帰った。

 いつもより冷えてくる夜空の下を。

 

 布団を敷いた俺は風呂にも入らずそのまま寝転がった。

「今日も送ってやれなかったな…」

 何度か送っていこうと思ったのだが、彼女の笑みがそれをさせなかった。あの笑みは俺に向けられたのではなく、

 恋人の「俺」に向けられたもので今の俺じゃない。食事のときに思った事はきっと当たっていると思う。

「何やってんだ俺は。毎日あんなに世話してもらってるのに何にもできねえ」

 彼女の目やしぐさが恋人の俺に向けられたものでも、実際にそれを受けているのは俺だ。一方的に受け取りっぱなし。

 一瞬、窓の外から音が聞こえた気がした。だけど確かめようとは思わなかった。窓の外を確かめるのはためらいを感じる。

 知らない現実が広がっているから。現実なんてものは自分の知っている範囲でしかないということを改めて知った。

 俺の事、現実の両方を知っている人がいないと満足に暮らせない。だから俺は智代を頼った。どうしようもなく彼女がいないと何もできない。

 だから智代が俺を通して恋人の「俺」を見ていても良かった。その優しさに依存してたんだ。

 結果、身を擦り減らしても弱さを見せることも無く、頼ることも無かった。そのことに今更気付いたんだ。

 俺が優しさに依存したように、智代も恋人の「俺」に依存している。

 何かしてあげたい。俺自身を見てほしい。そうしたらきっと俺も…

 時刻は十二時を回ったところ。俺はそのまま沈むように眠りについていった。

 

 

 朝起きるとテーブルにはラップのかかった皿と書置きが置いてある。

「すまないが今日は学校のほうで用事があってな、魚焼いておいたから暖めて食べてくれ  智代」

 つくづく出来た彼女だ。俺は魚とみそ汁を暖め遅い朝食をとる。

 おいしい食事にあたたかいものを感じる。だけど一人。昔は一人で食べるのが当たり前だったのに今は少し物さびしい。

 一週間足らずでここまで変わるのかとしみじみ思う。

 腹は満たされても心は空のままだ。智代に何かしてあげたい、それが叶うまできっと空のままなんだろうな。

 呆然とそんなことを考えていたら呼び鈴が鳴った。誰だろう、智代だろうか。

 少し期待しながらドアを開けると

「や、こんにちは」

「誰だお前」

「はじめまして。坂上智代の弟、鷹文です」

 愛想良く笑みを浮かべながらそいつはお邪魔しますと、言うと勝手に家に上がり込んだ。

「お、おい何勝手に……」

「あっ!無事だったんだねー僕のマシン!」

 居間に入ると鷹文はパソコンに向かって頬をさすっていた。なんなんだコイツは……それに智代の弟?

「うん、目だった外傷はないみたいだね。中身はどうかな」

 パソコンを立ち上げ、とてつもなく早いスピードでキーボードを打ち始める。

 あっけにとられていたが気を取り直して言ってやった。

「おいお前、本当に智代の弟なのか?そもそも勝手に俺の家にだなぁ……」

「良かった。中身も大丈夫そうだ。幾つかアップデートしないとだけど」

 全然俺の話を聞いてなかった。さすがに俺もキレそうになり、カタカタ打ちつ続けるそいつの肩を掴もうとする。

「本当に弟だよ。聞いてないの?それとも言う必要がなかったのかな…」

 画面を見ながら言うそいつがますます気に入らなくて、肩をつかみ強引にこちらを向かせる。

「だから、勝手に俺の家に上がり込んで何なんだよ一体。それにお前学校は……」

「このパソコンを回収に来たんだ。ここにあったって使わないでしょ」

 俺を言葉を遮って言うその言葉はやけに冷徹としたものだった。鷹文は食卓の上にある置手紙を一瞥すると。

「ねぇ、このパソコンを運ぶの手伝ってくれない?流石にデスクトップは一人じゃ無理だからさ」

「何で俺がそんなこと…会ったばかりの奴の手伝いなんてしなきゃいけないんだよ」

「別に初対面じゃないよ。まぁこのところご無沙汰してるけどさ。お礼もするしいいじゃん」

「お礼ね……だったら俺の頼みを聞いてくれるか」

「僕に出来る範囲でね。じゃ交渉成立ということで。早速だけどこっちの本体の方お願いしていいかな」

「ああ、わかった」

 俺は本体と言われた方の下に手をまわし持ち上げる。む、なかなか重いぞこれ…

 鷹文のほうはキーボードとモニターを紐で纏めると、外から用意してあったのか段ボールに入れる。

「いや実際助かったよ。この段ボールじゃあ全部入りきらないからね」

「それはいいからお前の家はどこにあるんだ?」

「ここから15分くらいかな。割と近いよ」

 鷹文は段ボールを持ちながらドアを開けると、にっこりと笑った。そうはいっても兄弟なんだ。何処となく智代の笑顔と似ている気がする。

 俺達が階段を下りると風が身体を吹き付ける。今年は残暑が酷かったとはいえ過ぎると急に寒くなった。階段の錆びがいっそう寒く感じさせているかもしれない。

「こっちだよ」

 それはいつも智代と行く商店街や学校と反対の方向。俺の記憶にあるものは無く、変わっていった風景が俺をのけものにしていく。

「智代もこの道を通って来てるのか」

「だと思うよ。家から行くにはこの道が一番近いしね」

 こちらを向かずに鷹文が答える。

「にぃちゃん、それ重い?」

 とても親しんだ口調は無意識に出てしまったのだろう。鷹文は改まってにぃちゃんって呼んでいいか、と聞くのですぐにうなずいた。

 断る理由もないし、さっき言ってたように初対面ではないらしい。きっと前も呼んでたんだろう。

「これくらい大丈夫だ。なんだ、お前は辛いのか?」

「正直辛くなってきたかも。にぃちゃんはやっぱり力あるね」

「ああ、一応バスケやってたからな。なまったとはいえ、まだ筋肉はあるみたいだ」

 まるで友達と会話するような気分。俺としては初めて会うのに、長い時間親しくしてきた間柄のように。

「……ねぇちゃんもね、とっても力もちなんだ」

「智代が?そうは見えないけどな」

「力もちで責任強いからさ、何でも背負っちゃうんだ。どんなに重いものでも。大きいものでもさ。そのくせ他人の助けを求めないから、周りも気付かないんだ」

「…今朝も学校で用事があるって置手紙があったな」

「頼まれたら断れない性分だからさ、引き受けちゃうんだ。でもね、朝は朝食を用意して、学校では生徒会の手伝い。放課後はにいちゃんの世話して夜は遅くまで勉強してる。
  このままじゃつぶれちゃうよ…」

「…………やっぱり智代はそういう奴なんだよな。誰にも頼らず、人の世話ばかりして…」

「だからさ、にいちゃんが助けてあげてよ。僕じゃどうにもできないから」

「どうやって?」

「考えがあるんだ。遅れちゃったけど、きっと喜んでくれると思う」

「でも喜ぶだけじゃ根本的な解決には…」

「ならないかもしれない。それでも精神的な支えにはなると思う。っと、ここが僕の家だよ」

 そこは智代の家でもあり、白い壁を基調とした綺麗な一軒家だった。近いとはいえここから毎日通いにきてくれているんだ。

 早速、運んできたパソコンを中に運び、居間で一息ついた。

「ここが智代の家か…」

 

 

「ねぇちゃんの部屋でも覗いてく?今ならシークレットゾーンにも余裕で手が届くよ」

「…っ!からかうなっ。お前が普段してるんじゃないのかぁ?」

「するわけないじゃんっ!そういえば、お礼に頼みを聞く約束だったけど、聞こうか?」

「いや、俺の頼みもお前と一緒さ。智代に何かしてあげたい。それだけだ。で考えがあるんだろ?」

「そっか。やっぱりにいちゃんは"にいちゃん"だね」

 そういうと鷹文はケータイを取り出し、手慣れた操作で電話をかけようとしていた。

「おい、ちゃんと説明しろよ」

「うん?ちょっと待ってて。あ、もしもし河南――――」

 電話をしながら奥に入ってしまった。仕方なく俺はソファーに座り待つことにするか。

 日中はまだ暖かい。けど智代が帰ってくる頃には、どのくらい寒くなっているのだろうか。

 そういえば。あいつの好きなもの、好きな食べ物、お気に入りの場所、友達関係。嫌いな物、怖いもの、嫌いな先生。何も知らなかった。

 俺が知ってる智代って何だろう…

 笑顔が可愛いとか、料理がうまいとか。正直言ってそれだけかもしれない。

 そんな俺の家に来るのに、智代は一体どんな顔をしてこの家を出るのだろうか、その顔には希望は満ちているのだろうか。

 もっと、もっとあいつの事が知りたい。

 窓の外では落ち葉が風にさらわれて踊っている。

「お待たせ。それじゃ行こうか」

 急に出てきた鷹文は、俺の腕を掴むと急いで外に連れて行こうとする。

「おいおい、何処に行くんだよ」

「プレゼントを買うんだ。きっと喜ぶ。お金はあるから心配しなくていいよ」

 そう言って片ポケットからサイフを見せる。ぱんぱんに膨らんだ二つ折りの財布は、はち切れんばかりの状態で。

「何でそんなに急ぐんだよ」

「だって……これ以上学校に遅刻出来ないじゃん。元生徒会長が目を光らせてるのにさ」

 鷹文は軽く微笑んだ。

 

 

 

「ここで買うのか…?」

「そうだよ。もうこの町で唯一の店になっちゃったけどね」

 鷹文がドアのとってに手を伸ばすと

「おっそーーいっ!一体何分待たせんじゃボケー!」

 勢いよく開いたドアが鷹文の顔を直撃。顔を覆ってうずくまる鷹文を見降ろす影があった。

 現れたのは茶色い髪をしたツインテールの女の子。腰に手を当て、右手をびしっと鷹文に指さすと罵詈雑言を浴びせ始めた。

 いきなりの展開に、どうしたらいいのか分からない俺は、とりあえず止めさせようと声をかけようとするが、横目でギロリとにらまれ何もできなくなる。

「いたた…何すんだよ河南子っ」

「おまえがこんな寒い所に待たせるからだろーが」

「しょうがないじゃん、暖房使えないんだから。ほら連れてきたよ」

 鼻を押さえながら片方の手をこちらに向けると、合わせるように女の子こちらを向いた。その瞬間顔を歪める。

「あんたには…借りがあるから協力するけど。これ以上先輩を悲しませたらゆるさねーからな!」

「お、おう…」

 あまりの勢いについ返事してしまったが、先輩とは誰の事だ?

 鷹文に呼ばれて来たということは、智代の後輩か。

 確かに俺は目の敵にされるだろうな…。でも借りってなんだ?また以前の俺がしたことなのか。

「で、プレゼントってもしかして……」

「そうだよ」

 さも当然のように二人は言うと店内に入っていく。それがベタ過ぎて意外だと思う自分は間違ってないはずだ。

 二人との感覚のずれを感じながらも俺は店内に入る。太陽はすでに高く昇り始めているところだった。

 

 

 

 放課後になり私は急いで学校を出た。朝は生徒会手伝っていたが、放課後までは手伝えない。特に今日は、朋也が目覚めてから七日目、記憶がリセットされてしまう期限だ。

 いつもだ、私はいつも七日目になると「今回こそは朋也が戻ってくるんじゃないか」そんな淡い期待を持ってしまう。

 桜の樹の坂を一気に下るとそのまま駆けていく。

 刻々と冷たさを増す空気が、私の肺を苦しめる。

 こんな苦しい中、私はいつまで走るんだろう、いつまで一人で耐えるんだろう。今日までか、はたまた一カ月か、もしかして一年か。先を数えても数え切れない。

 それでも期待してしまうんだ。どうしようもなくお前が好きだから。

 日々、昼間の長さは短くなっていく。太陽はすでに傾きかけていたし、自然と走る速度も上がっていく。

 少しでも朋也といるために。

 音が鳴るのを気にせずにアパートの階段を駆け上がる。ドアまでもう少し。

「た、ただいまっ」

「おう、お帰り智代」

「ただいま…」

「何で二回言ったんだ?」

「いや、なんでもない。それより朋也、今日も学校に…」

 行こう、その言葉は腕を掴まれて止められた。久しく見る、真剣な表情の朋也がいたからだ。

 強く握られているわけでもないのに私は離せなかった。

「今日は家にいよう。智代と二人でいたい」

「えっ…」

 掴んだまま朋也は私を中に連れていく。今までは無かった行動に私は何も考えられなかった。

 居間の前に来ると朋也は先に入ってちょっと待っててと言った。

 これまで朋也は自分から何かをすることは珍しかった。記憶も無いから無理もないんだが、今日の朋也はなんだか記憶が…

「智代、誕生日おめでとう」

 突然目の前に花。季節を感じさせない彩りの花が詰まっている花束を視界一杯に向けられる。とてもいい匂いがする。

 一瞬、とものいる村の匂いがした気がした。

「昨日さ、誕生日だったんだろ。一日遅れちまったけど俺達からのプレゼント」

「あ、ぁ。ありがとう朋也!でも俺達って…」

「俺と鷹文と河南子?だっけ。今日さ町の花屋で買ったんだ。けど、本当は昨日祝ってあげられたらよかったのにな。
  オムライスにさ『誕生日おめでとう』って書いてさ」

 ゆっくりと朋也は頭を撫でてくれる。いつも繋ぐ少しゴツゴツした手は、やっぱりゴツゴツしていて、どことなく優しかった。

「ううん、嬉しい。こんなに色が満ちて、想いにあふれた誕生日は初めてだ……」

「そっか。喜んでくれてなによりだ。あと、これは俺から」

 そういうと朋也は後ろから一輪の花を取り出す。一輪用の細いガラスの花瓶に収まった花はまっすぐに咲いていて

 黄色い柱頭から白い花弁が段々に生えている。

「これは…」

「浜菊って言うんだって、白くてまっすぐに咲いてる姿が智代にそっくりでさ、買ったんだ」

「ありがとう、こんなに綺麗な花を。なんて言っていいんだろう。ははっ、言葉がうまくでない…」

 なんだろう私は今とても暖かい。頬を伝う涙もぬくもりを含んでる。

 いつかの買い物帰りのような寂しさはもう感じない。だってそうだろ?大好きな人が、自分のためにこんなにも綺麗な花達を用意してくれたんだから。

 私は一人で歩いてなかった。寄り添って歩いてたんだ。

「おいおい、泣くなって。でもそんなに喜んでくれると嬉しいよ。智代、俺さ…………っ!」

「どうした!?朋也っ」

 いきなり倒れ込む朋也を支えながら座る。さっきまでとは違う苦しそうな表情。まさか…

「朋也…もしかして頭が痛いのか…?」

「ああ、実はさっきから痛かったんだが、いきなり酷くなって…かぜでもひいたかな」

 リセットのカウントダウンが始まっているんだ。私は酷いショックを受けた。だって、せっかく朋也が祝ってくれてるのにこんなのってあんまりじゃないか。

 祝ってくれたのに、ゼロになる。無になってしまうんだ…。

 でも手術をしたらきっと…

「大丈夫だって……薬飲めばすぐ治るさ、な」

 額に汗を浮かべながらも朋也は微笑んでいる。なんで。なんで痛いはずなのに、そんな顔ができるんだ。

 そんな顔されたら、話せないじゃないか。話したらきっと顔が曇ってしまう…

 成功率が半分にも満たないんだから…

「智代、俺さ。智代の優しさに依存してた。智代が俺を通して恋人の俺を見てるって知ってても依存してた。でもさ智代が思い出話をするのは耐えられなかった
  だって本当に楽しそうだったから…。だからさんづけで呼んだりして一から智代と接したかった。でもダメだった。
  智代が無理してたから。こんな俺のために無理してたから。だから智代のために何かしたかったんだ……」

「朋也…」

「俺さ、恋人とかって始めてだったんだ。俺の記憶ではまだ中学生だし、知りあってまだ一週間だ。でも最初の彼女が智代で良かった。
  前の俺がどうやって付き合ったか知らないけどさ、褒めてあげたいよ。よくこんなすげぇ奴を仕留めたなんて…

「ばか…それじゃあまるで私が猛獣みたいじゃないか」

「ああ、こんなに可愛い猛獣はいないさ。誰でも虜になるんだから」

「そんなに私は周りを虜にしてないぞ、してるのは朋也だけだ…」

「そうだな、前の俺と同じように俺を見てくれるか…?」

「何言ってるんだ!私はずっとお前を見てたんだ。お前が好きだから、どうしようも無く好きになってしまったんだから」

「そっか、良かった。俺もお前が………」

 カウントが、ゼロになった。

 好きだよ、と朦朧としていく中で、微かに唇がそう動いた気がした。

 

「……まったく仕方ない奴だな。ちゃんと言葉にしないと分からないだろう…………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 何かをやりきった、そんな満足そうな顔をされたら皮肉しか出てこないじゃないか。

 やっぱり仕方ない奴じゃないか……。

 

 朋也を抱きかかえる傍に、一輪の花は依然としてまっすぐに咲いていた。

 

 

 

 浜菊。朋也がくれた花。

 

 

 

 花言葉は

 

 

 

 

「逆境立ち向かう」

 

 

 

 

 

 

 

 リノリウムの廊下は足音を強調するためにあるのかも知れない。

 病院の一室に向かっていることを意識させるんだ。

 結局、朋也の言うとおりかもしれなかった。同じ朋也を見ていたつもりだったけれども、つい以前の朋也と重ねてた部分があったかもしれないんだ。

 彼も私と同様に悩んでたんだ。どうしたら自分を見てもらえるかって。

 私はそれに気がつかなかった、朋也のためにしたことが結果として押し付けになってたかもしれない。

 しかし、もう彼はいない。朋也の中でリセットされてしまった。けれど、それでも想いはまだここにある。

 この手に持つ浜菊の中に。

 後から知った花言葉は私の背中を押す。もういない彼が手を取って一緒に行こうと言ってくれる。そんな気がするんだ。

 もう私はためらわない。朋也がもう一度私を好きになってくれたら、手術の事を伝えるんだ。

 そして一緒に逆境に立ち向かおうって言うんだ。

 いつもの病室にだどりつく。中に入ると朋也はまだ眠ったまま。

 私はサイドテーブルに花瓶を置き、椅子に座り窓から外を眺めた。

 今日は良く晴れていて綺麗な空が見える。

 空は空気を重ね、青を作りだした。私と朋也の一週間を重ねていけば何色になるんだろうな。

 きっと暖かい色に違いない。なぁそうだろう、朋也。

 一羽の鳥が目の前を横切った時、丁度朋也が目を覚ました。

 いつもよりちょっと遅い目覚め。起き上る朋也と目が合う。

「あれ、あんたは……」

 幾度となく聞いた言葉、でも私はもう悲しまない。凛とした表情で言ってやるんだ。

「私の名前は坂上智代、お前の名は岡崎朋也。私達は恋人なんだ…」

 戸惑う朋也の横で、浜菊が小さく揺れた気がした。

 

 さぁ朋也、また一緒に歩いていこう。

 

 

 

fin

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

緋芭(あげは)と申します。冒頭にもありましたが、智代アフターからのSSとなっています。

CLANNAD、智代アフター含めて、おそらく一回も祝われることがなかった智代の誕生日。それをどうしても祝いたくてこのSSが生まれました。

主観ですが、結構とがったSSになってしまったのではないかと思っています。なので、このSSが皆さまに受け入れてもらえることが私の喜びです。

感想、厳しい意見待っています。

 

 

 

 

 

 

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