バンドを組もう
突然だが、バンドをやることになった。と言うのも今年も卒業した高校の文化祭に呼ばれていると言う訳なのだが、昨年、一昨年と肉体的にも精神的にも非常に痛い目を見ている俺としては参ってしまっているわけで…。その原因は俺であることは承知のことなのだが、それを棚に上げて俺の嫁・智代に言いたい。
“何でこうもややこしいことをいつも持ち帰って来るんだ?” と…。
しかし智代は怒ると非常に恐ろしいのでそう言うことは絶対言えないわけだ。昔はケンカ番長として有名だった智代。高校時代結構強かった春原をけちょんけちょんのぐうの音も言えないくらいに叩きのめしていた智代だったんだが、俺と一緒に暮らすようになってから急にしおらしくなったというかそう言う感じになった。なったことはありがたいのだが、今度は甘えん坊になったというのか、俺が一言でも文句を言おうものなら急に涙目になってくるから文句もあまり言えないわけだ。押入れの中に籠もって出てこないこともしばしば。この間の智代の異母妹のともの運動会のときにもお弁当のおかずのことでちょっとケチをつけてしまい籠もられて大変だった。確かそのときはみんなで遊園地へ遊びにいく(もちろん費用は俺持ちで…)ということで何とか収まったわけだが…。
でも何で今年も出ることになったのかと言うと、それは俺が古いギターを芳野さんづてに譲ってもらったことから始まるわけだ。元ロックシンガーだった芳野さんは今は電気工事の仕事に就いている。実を言うと俺はその芳野さんとは風子を介しての知り合いと言うわけなのだが、この間、廃品回収の用事で行ったときに最近流行りの? リバイバル曲を口ずさんでいると、“いい曲だ…。愛が溢れてくる” と工事の道具があるところに座っていた芳野さんと音楽の話になり、俺が楽器を持ってないというと気前よくくれた訳だ。ついでに弾き方も教わって簡単な曲ならどうにかこうにか弾けるようになったのだが、少し難しい曲になるとてんで分からない。智代の弟の鷹文は何でもコンピューターミュージックにハマって今じゃ自分で作曲してしまうという、俺には想像も出来んくらいになっている。鷹文の彼女の可奈子は俺も智代も、彼氏である鷹文でさえ知らなかったらしいが、ドラムをやっていたらしく、鷹文の鳴らす音楽に自分の太ももを叩いてリズムを取っている姿を多く見かけるようになった。異母妹のともは歌を歌うのが好きらしく、鷹文の作った曲に合わせて歌を歌っている。俺の嫁はそんなともを優しく見つめている。そんな日々が続いていたわけだが、智代の誕生日の1週間前くらいか? いつものように郵便受けを見ると1通のハガキが入っていた。まあこの時期は何となくだが高校からか? と思う。いつもこう言うことには率先して参加してきたわけだから(俺は嫌々ながらなんだけどな?)こないはずがないわけで。見てみると案の定高校からだった。
「と言うわけで、今回も我が家は参加しようと思うわけだが…、問題は出し物だ。いつも漫才ばかりだとお客さんに飽きられてしまう。そこで何かいい意見がないか聞いてみたいわけだが…。何か意見はないか?」
とうちの高校の元生徒会長で俺の嫁・智代が言う。俺としては、“今年は参加せずにゆっくり見たいほうなんだけどな?” と言いたいわけだが言ってしまうと数日間はお籠もり状態になってしまうので、それは口が避けても言えない訳だ。みんな一応にう〜んと考え込む。俺はといえば何とか今年は一見物人として過ごしてみたいなどと愚考しているわけで…。まあもっとも目の前でう〜んと考えている嫁には俺のこの愚考が通じるはずもない。よしんば通じてもお籠もり状態になって出てきたところでぷぅ〜っと頬を膨らませて拗ねた目で見られてぶつぶつ文句を言われるのがオチだからな? はぁ〜っと心の中で深いため息をつく俺。などと考え込んでいる(俗に妄想とも言うが…)と…、
「と言うことで今年の出し物はバンドと言うことになったわけだ。ギターは朋也、ドラムスは河南子、ベースその他は鷹文のコンピューターミュージック。でボーカルは私ととも。と言うわけだが何か意見はあるか?」
妄想していたおかげで智代に全部の役割と言うか出し物自体を決められてしまう。“あ、あのぉ〜。俺の意見は?” と言うと、“何も言っていないから合意と見たが?…。まさか、反対か?” と急にうるうる涙を溜めてこっちを見つめる智代。脅されてるなぁ〜、俺…。とは思ったが何回も言うように俺の嫁は拗ねると大変なわけだから、いやでもここは素直に従うしかない。そう思って首を縦に振るしかなかった。
総合練習は14日、智代の誕生日に行なうことになった(と言うかこれも決められてしまったわけだが…)。で肝心のギターの譜面を見せてもらう。一応この曲は鷹文の自作曲らしい。結構難しい部分もあるがまあ何とかなるだろう。昼間の休み時間やちょっと空いた時間、土・日などは芳野さんのところに行き弾き方を教えてもらう。風子は、“また変な岡崎さんが祐介さんを毒しに来ましたっ!!” などと言っては俺の顔を睨んでいたが…。まあ気にしないでおいた。夜は夜で復習とばかりに上や隣りにドンドンと壁を叩かれつつ練習を重ねる。そうこうしているうちに全体練習初日の日、つまり俺の嫁の誕生日を迎える。プレゼントの方は、一昨日の夕方に鷹文たちと待ち合わせて、ピンクの秋らしいワンピースにきれいな10月の誕生石、オパールのついたブローチを買っておいた。まあ値段は宝石だけにそれだけの値はかなり張ったが、日頃の感謝の意も込めて購入した。とこれは俺と鷹文だけの内緒のことだ。“サプライズと言うことで渡せばいいんじゃないかな?” と言う鷹文の進言もあってそのように手筈は整えてある。やがて夕方になる。“釣瓶落としの秋の夕暮れ” とは言ったもので日が暮れた途端に暗くなる。みんなで食卓を囲む。みんなで目配せすると、ともが“お姉ちゃんお誕生日おめでとう!!” と言いながらみんなで買ったワンピースをプレゼントした。にっこり微笑みながら、“ありがとう、とも…。ありがとう。みんな…” そう言ってプレゼントを抱きしめている智代は何と言うか可愛い。もっとも俺だけのプレゼントはもっと後に渡そうと思って今は仕舞ってある。
わいわい賑やかしく食事をとる。そう言えば昔は親父と2人だけのわびしいものだったな? と思い直した。今みたく会話もない。親父が俺を殴って俺が肩を潰してしまってからはその食事すらなくなってしまっていたっけ? と思いふと、野菜箱のほうを見た。あれは親父が作った野菜だ。親父は今、田舎で祖母と農業を営みながら暮らしている。時々うちに電話をかけてきては、“野菜送っておいたぞ〜” と言う。まあそんな関係に修復してくれたのは言うまでもない、うちの嫁だ。最近では、俺のことで智代から俺への愚痴を聞いているらしく、この前も電話をかけたら、開口一番叱られた。だが前のように他人行儀ではなくなった親父を見ていると、嬉しくなるわけで。心の中で、“良かったな? 親父…” といつも言っているわけだ。
で、いよいよ全体練習が始まる。まずはギターのソロ部分からだ。芳野さんに教えてもらった通りに弾いていく。ドラムスが入る。可奈子も随分と練習したんだろう。上手くなっていた。最初はまあ何て言うか祭囃子かチンドン屋かというレベルだったのにな? まあ本人にそんなことを言うと血相を変えて文句を言われそうなのでそんなことは言えないが…。そこへくると鷹文はたいしたものだ。作曲もコンピューターで出来るし、一人オーケストラなんていうものもパパパッと作ってしまう。あまり音楽は詳しくはない俺だが、テレビのBGMで流れている曲と同じクラッシックな曲が流れてきて、おおっ?! っと思ったことも随分とあるわけだ。コンピューターでベースやキーボードを鳴らしていく。小気味いいテンポで俺たちの曲は流れていく。後は、ボーカルが入るだけだ。息を吸い込む智代の後ろ姿を前に、歌は上手いんだろうな…。自分からボーカルって言ってたくらいだから。と思ってた矢先……。
「うううっ…。歌が上手くない私がボーカルではダメなんだな? 確かに音痴だと言うことは認めよう。でも一声発しただけで止められるなんて…」
俺の嫁はいつもの定位置で涙混じりな声でこう言うとしくしく泣き始める。普段はきれいな声なのに、何で歌ったらああなるんだ? と思うくらいの強力な声…、というより音波だな? あれは…。と思う。ともはびっくりしたのか泣き出すし…、大変だった。まあ今もその大変さは続いているわけだが…。
「だぁ〜。もう、今回も俺がぜ〜んぶ悪かった!! 智代は本当は上手いんだ!! ただ練習していなかっただけで…」
「ほんとにそんなこと言えるの? もう知らないよ? どうなっても…」
と後ろのほうで鷹文のやや脅迫じみた言葉も聞こえてくるが、この際そんな先のことは言っていられない。出てきてもらわなくては俺が困る! ちなみに弟の鷹文も姉の歌唱力の低さは分からなかったらしい。と言うか人前であまり歌ったことのない智代のことだから、鷹文も分からなかったんだろう。そう思う。で、何とか言いくるめて出てきたときにはもう11時を悠に廻っていた。泣きべそをかきながら、俺の顔を涙目でぷぅ〜っと頬を膨らませながら見遣っている顔は、高校時代の春原を恐怖させたあの顔とは似ても似つかない顔だ。ここは是非とも写真にでも撮って春原に見せてやりたいとは思うが、そんなことをすると一生口を聞いてもらえなくなりそうなので、それはすんでのところで我慢した。可奈子はともといつの間にか寝てしまっている。まあ毎夜毎夜こんなコントみたいなことが続くともうさすがに慣れてしまったんだろう。そう思う。“じゃあ明日から早速付き合ってもらうからな? 朋也…” 赤い目をぐしぐし服の袖で擦りながら言う顔はまるで拗ねてぷぅ〜っと頬を膨らませているともとそっくりで、それが何だか妙におかしくてぷっと噴き出してしまう俺。と嫁が…、
「な、なにがおかしいんだ? 朋也!」
と少々お冠気味にそう言ってくる。俺はすっと智代の肩を抱き寄せてこう言う。“いや、怒って拗ねた顔も可愛いだなんてかなり卑怯だとは思うんだがな? …まあそう言う顔も見てみたいと思う男心を察して勘弁してくれ…” と…。そう言ってポケットに閉まっておいた例のブローチを取り出して、手渡した。開けてもいいのかと言う顔をしたので、何も言わずこくんと首を縦に振る。丁寧に紐を解き、包装紙も解いていく。中には宝石店特有の箱。そこでもう中身はなんなのか気づいたのか、“朋也は卑怯だ。こんなサプライズを用意しているなんて、私はちっとも知らなかった。…別にこんな値の張るものじゃなくても良かったんだぞ? 朋也…” と今度は微笑みながら涙を流している。まあそこが女の子の不思議というかそう言うものではないかと思った今日10月14日、俺の愛する嫁、岡崎智代の誕生日だ。END
おまけ
翌日から、智代の歌のトレーニングが始まる。参考書も買って万全の体制の智代だった…。が何を歌わせても声が上がったり下がったりで上手くできなかった。発声法は参考書で見た限りでは間違ってないと思うんだけど…。ページをめくりつつ項垂れる嫁を前に思う。芳野さんにも見てもらうが、“こ、個性的な歌声だからそれを生かして何かを始めればいい…” と安易に下手と認めてしまうようなことを言うので、またいつもの定位置にお籠もり状態になってしまったことは言うまでもない。で肝心の文化祭なんだが、何のことはない。優勝してしまった。というより可愛らしく一生懸命に歌うともに観衆の目が釘付けになったんだろう。そう思う。で肝心の我が愛しの嫁はというと…、
「……」
着ぐるみで俺の横、タンバリンを鳴らしていた。多分着ぐるみの中の顔は泣きべそをかきつつ俺を睨んでいるんだと思う。何か着ぐるみの中から嫌〜な視線を感じてるんだからおそらくそうだろう。演奏の前、ステージの準備をしているときにぶつぶつと何やら呪詛のように呟いていたが着ぐるみの中なのではっきりしたことは聞こえない。が、まあいいだろう。いざ演奏が始まると会場の子供たちはタンバリンを鳴らす着ぐるみの智代に合わせて手拍子を鳴らしていたしな? 子供好きな俺の嫁。演奏が終わって着ぐるみの頭をはずすともう笑顔に戻っていた。まあ七難八苦はあったが、結果がよければすべてよし! ってなわけで今日は豪勢に焼肉パーティーでもするか…。もちろん俺の残り少ない金で…。そう思う11月3日、俺たちの高校の文化祭の帰り道…。あっ、一番星が空に輝いた。
TRUE END