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「よ、岡崎、久しぶり」

僕は元気よく挨拶する。この挨拶はこの場所に似合わないだろう。


そう、優しい秋風が吹くここは光坂市の墓地。僕は岡崎の墓の前に立っていた。


いや、ここに眠っているのは岡崎一人じゃない。


今は智代ちゃんもここに眠っている。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの「とも」 どこまでも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



岡崎が亡くなってから早十年。智代ちゃんが亡くなったのは三年前。


生前、智代ちゃんはよく来てたみたいだけど、今となっては来る者も少ない。その為か、墓の周りには雑草が生えていた。


ガーデニング用の巨大バサミを取り出して、早速お墓の手入れに取り掛かろうとすると、


「あら、先越されちゃった?」


声の主は藤林杏だった。僕の側まで寄ってくる。一人じゃやっぱり心細かったんだろう。

「十年前も最初はあたし達二人だけだったわよね…」

思い出してみる、十年前の事を。



あれは確か今日みたいな秋の日だった。




僕は智代ちゃんから連絡を受けて病院に駆けつけた。なんでも岡崎が手術を受けたと言う。


病院の待合室で杏とばったり会った。なんで彼女がここにいるんだろう、僕と同じ用だろうか。

「杏も智代ちゃんから連絡を受けたの?」

「ううん、あたしはちょっと違う用件。朋也達、どうかしたの?」

杏は岡崎の事情を知っていたし、面会も何度かしていた。


「手術、受けたって…」

途端に杏の表情が変わった。


「う、嘘でしょ? 智代はあの手術が危険な事を知ってる筈…」

杏の言うとおり、あの手術は確か成功率は半分にも満たない。そんな手術、智代ちゃんは拒絶する、そう思っていた。


なにらかの心情の変化があったに違いない。

「とにかく行ってみよう、話はそれからだ」




案内されたのは一度入った事があった病室。外見は三年前と殆ど変わらない。もし、中にいる人も変わっていなかったら。

恐る恐る、ノックする。


「朋也、お客さんだぞ」

逆側から智代ちゃんの声がする。その声は最後会った時と比べて遥かに大人びていた。ガチャリ、と扉が開く。


「よく来てくれたな、春原…それに杏も?」

「待合室でばったり会ったんだ。杏がいてもいいよね」

「あ、ああ、別に構わない」


僕達は岡崎のベッドの側まで行く。すると岡崎は僕を見るなり、


「お、春原じゃないか。杏もどうしたんだ」


僕はこの時の反応を覚えていない。嬉しくて泣き出したのか、この現実に言葉を失ったのか。気が付いた時、僕は岡崎と高校時代の事を話していた。今もはっきりしている会話は、



「俺達、手術の前に結婚したんだ」

岡崎が言い出す。

「俺達の愛の気持ちは永遠だ。だからこの気持ちを形にしようってな」

「へ…」

ちょっと面食らう。僕の代わりに杏がおめでとう、と言ったっけ。



面会時間も終わって、帰り際。杏がひとつの提案をした。

「今度、あんた達の結婚と朋也の退院を祝って盛大にパーティしましょ!」

でも何故か智代ちゃんも岡崎も少し寂しげな顔をした。



その理由をわかるまで長い時間はかからなかった。智代ちゃんが僕達をバス停まで送った時にした会話だ。彼女が真実を告げる。


「朋也の手術、実は失敗したんだ」

「ひぇ?」

虚を突かれて、間の抜けた声が出た。



「記憶は戻ったが、脳の大事な部分を傷付けてしまったらしい」



「朋也の命はもう…残りわずかなんだ」



なにも言えなかった。また岡崎がいなくなる。やっと全て取り戻したのに、また昔みたいに馬鹿をやれると思ったのに。


「あんた、それってどう言う事よ!? また朋也を失うの? じゃあなんで手術を受けたのよ!? そんな大事な決断、なんであたし達に話さなかったのよ! これから先、朋也無しでどう生きていくのよ!?」

杏が泣き叫ぶ。周りの視線がこちらを向く。このままじゃやばい。


「あんた…周りの気持ちを考えずに…勝手に…」

平手打ちをしようと挙がった手を…


「やめなよ、杏」

僕が制止していた。


「事情はわからないけどさ、岡崎が死んでも後悔だけはしない、そんな境地に辿り着けたんだね?」

智代ちゃんに向き直って聞く。すると智代ちゃんは自信たっぷりの表情で


「そうだ。私達は永遠の愛を信じている。長い別れがあっても、記憶を失っても、たとえ死別されようとも、それでも続いて行く愛はある。絶対に」

今までの智代ちゃんだったらそんな言葉は発せなかっただろう。彼女はそれだけ強くなれたんだ。


「そう…じゃあ岡崎と智代ちゃんは幸せなんだよね? ならもうなにも言わないよ…」

二人が幸せなら僕達に言える事はなにも無いじゃないか。


杏は僕の言葉を聞くと、

「あんたらの馬鹿!」

と駆け出してしまった。智代ちゃんは追いかけようとするが、僕が呼び止める。


「杏だって岡崎の事がずっと好きだったんだよ。だからいなくなる、って聞いて気持ちの整理が付かないんだ」

「…すまない」

「別に謝らなくたっていいよ。それよりさ、もうすぐ岡崎の誕生日だしさ、四人で祝おうよ。杏にも伝えておくからさ」

そう約束して、その日は別れた。



僕は杏に連絡して説得。色々酷い事を言われたけど最後には「仕方が無いわねえ、出席してあげるわ」と言ってくれた。


次の週、四人で岡崎の誕生日をひっそりと祝った。プレゼントは買えなかったけれど、岡崎は僕達と会えて、智代ちゃんと一緒にいられるからそれでいい、と言ってくれた。




皆で一緒に祝った、最初で最後の誕生日だった。




それから暫くして、岡崎は永い眠りについたからだ。








それももう十年前の話だ。だけどこうやって毎年、岡崎の誕生日にはここに顔を出している。三年前からは智代ちゃんの誕生日にも。




最初、僕達は岡崎がいなくなったら智代ちゃんはまた絶望しちゃうのではないか、と思った。でも智代ちゃんは岡崎がいなくなっても決して絶望しなかった。


彼女は辛かった日々を乗り越えた先に見つけた輝きを胸に歩き続けた。三年前に亡くなるまでずっと。



智代ちゃんの死因は過労だった。それもその筈、毎日悩める人々に輝きを与える仕事をしていたから。






「陽平!」

杏の声で我に返る。

「ん?」

「なにぼーってしてるのよ。まだ綺麗になってないわよ」

杏はぶつぶつ言いながら墓石を磨く。僕は苦笑しながら雑草を切る作業を再開する。



ふと聞いてみたくなった。

「岡崎、お前も智代ちゃんも今頃、幸せだろ?」

杏にも聞こえたらしく、彼女が答えた。


「そんな事わからないわよ…あたしね、時々思うの。死人の愛に意味はあるのでしょうか、って」

「……」


僕もそう思う事がある。でも岡崎や智代ちゃんを思い出したらそんな質問、すぐにかき消される。

「意味はあるよ。死んでも続いて行く、それでこそ永遠の愛じゃないの」

「そうよね…うん…」

杏は頷き、そして言葉を続けた。


「あいつら、今頃幸せよ。毎日向こうの住人に惚気て、呆れられてるんじゃないの?」

「ははは、そうだね」

不謹慎かもしれなかったけれど、その光景が容易に想像出来て笑う。



墓石を磨き終えると、杏は皆を呼んでくる、と一旦町に戻った。



花も入れ替え、綺麗となったお墓に書かれた名前を見る。





あまりにも若過ぎる享年。僕は墓前で手を合わせる。



「岡崎、今年も来たよ。今は杏と僕だけだけど、後になったら他の皆も来るよ」



「僕が記憶喪失のお前に会った時、この町に戻る場所をなくしちゃった、そう思ったよ」



「岡崎は記憶を取り戻した。けど、すぐ後にまたいなくなった」

少しずつ声がしゃがれてくるのがわかる。



「でも今度は僕、戻る場所、あるよ」



「岡崎との沢山の思い出がある…か…ら」




溢れてくる涙を止められずに泣き始める。駄目だ、今日は岡崎達の為にある日だ。僕が泣いちゃいけない。最後に言葉を搾り出す。



「岡崎、誕生日おめでとう。智代ちゃんもおめでとう。今年もここで祝おうな…な、岡崎…」



そこにはずっと続いていくものがあった。朋也と智代の愛ではなくても、死でも壊れないものが。




永遠の友情が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

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