「ありがとう、朋也。今日はとても楽しかった」
「ああ、どういたしまして」夕暮れの商店街。
白地に薄い黒の横ストライプのボーダーサマータートルに黒地に襟と裾が白いショートセーラーを重ね着していて、白地で裾がチェック柄のプリーツに黒のオーバーニーを穿いている智代が、朋也の横に並んで左腕を取り、歩きながら朋也に笑顔を向けると、朋也も智代に笑顔を向けた。「ピラルクという魚は、初めて見たが、とても大きくて驚いた。それにイルカのショーは、とても面白かったぞ」
「そうか、それは良かった。だが智代、どうしてあの時、断っちまったんだ? せっかくイルカとキス出来たのに」正面に向き直った智代は、今日デートで朋也と一緒に行ってきた水族館での出来事を楽しそうに話し始めた。
その話を聞きながら朋也は1つ頷いたが、イルカショーでの事を疑問に思い、智代に尋ねてみた。朋也と智代が並んでイルカのショーを観ていた時、司会進行役の女性が『さあっ、イルカとキスしたいお友達はどこかしら?』と呼びかけながら会場を見渡し、目が合った智代を指名した。
だが、智代は辞退してしまったので、結局別の人が選ばれてイルカにキスしてもらい、ショーは進んでいってしまったのだ。「あのイルカは、ケン君と言ってオスだったんだぞ、だからキスなんて出来る訳ないだろう」
「プッ、そ、そうだな」
「どうした、朋也? 何がおかしい?」朋也の質問を受け、朋也の方を向き、さも当然と言わんばかりに真顔で答える智代を見て、朋也は思わず少し吹き出してしまった。
だが、智代には、なぜ朋也が笑い出したのか理由が分からず、不思議そうな顔をして首を傾(かし)げていた。「えっ? それは、だな……あっ、智代、あそこの雑貨店に入ってみようぜ」
「お、おい、朋也」智代が立ち止まってしまい、ジッと朋也の方を見て、突然笑い出した理由を答えるのを待っているように見えたので、少し返答に窮していた朋也は、商店街の並びにある一軒の雑貨屋を指差し、智代の手を取ってそのお店に向かって走り出した。
そして智代も朋也に引っ張られ、そのまま雑貨屋に入って行った。「このリュック、白い羽根が生えている、きっと子供用なのだろうな。このバックは、軽くて物を詰めやすい、学外での活動の時は良いかもしれない」
「智代、今、バックが欲しいのか?」
「別にそういう訳ではないのだが、どうした、朋也?」
「『どうした、朋也?』って、もうすぐ智代の誕生日だろ? そろそろ、何か欲しい物を教えてくれないか」
「プレゼントなんて必要ない。朋也が一緒に居てくれさえすれば、私は他に何もいらない」
「……(そう言ってくれるのは嬉しいんだが)」
智代は、お店の中を回り、1つのワゴンに目を止め、そこにあったリュックやカバンを両手で取って中を開けてみたり、肩に掛けたりしながら品定めをしていると、その様子を注意深く見ていた朋也が智代に声をかけた。
そして、なぜそんな事を訊くのかという風にキョトンとした智代を見て、痺れを切らした朋也が、もうすぐやって来る智代の誕生日にどんなプレゼントが良いのかという事を智代に催促した。
だが、智代は、持っていたバックをワゴンに戻し、とても満足そうな優しい笑顔を朋也に向けた。10月に入り、季節が移りゆく日曜日。
智代を家に送り、自分の家に向かいながら、朋也は深いため息を吐いていた。
バースデイ キス
「誕生日プレゼントか、どんな物が良いんだろうか。智代は、確かクマが好きだったな。クマのぬいぐるみとか、喜ぶかな」
デート翌日の祝日、朋也は、一人で商店街を回りながら、智代の誕生日プレゼントを探していた。
そして朋也は、一軒のファンシーショップの前で立ち止まり、ショーウインド越しに中のぬいぐるみを前屈みになって覗き込んでいた。「うーん、よく分からん。ん? あれは、杏じゃないか。おーい、杏」
「朋也じゃない、久しぶり。元気でやってる?」一言でクマのぬいぐるみと言っても、多くの種類と大きさがある上、朋也は、たくさんのぬいぐるみを見ていると、本当にクマで良いのかとも思い始めてしまい、身体を起こし顎に手を当て、ため息を吐いた。
すると、ピンクのシャツに胸にハートマークのワンポイントの付いた灰色のパーカーを着て、藍色のキュロットを穿き、左肩にトートバックを掛けている杏が前から歩いて来ているのに気が付いたので、朋也は杏に声をかけると、杏は朋也に手を振りながら、朋也に近づいて行った。「ああ、まあそれなりに。ところで、杏、相談があるんだが」
「相談って、何?」
「実は、もうすぐ智代の誕生日なんだが、どんな物をプレゼントすれば良いのか、参考までに教えてくれないか?」
「そうねえ、アクセサリーなんか定番よね(誕生日に指輪は意味深すぎるから)、ペンダントなんか良いじゃないかしら」
「なるほど、ペンダントか。そんなプレゼントを思い付くなんて、お前も一応女の子だったんだな」
「何、朋也? よく聞こえなかったんだけど」朋也から相談を持ち掛けられた杏は、チラッとファンシーショップの方を見た後、一度腕を組んでから右手を顎に当てて考え込み、朋也の方を向いて自分なりの答えを出した。
そして、杏からの答えに朋也が感心して頷いていると、杏は天使のような笑顔を浮かべながら、トートバックから取り出した英和辞典を振りかぶっていた。「いやいや、杏は、すっげー可愛い、超セクシー」
「ったく、しょうがないわね。金額の大きさが愛の大きさなんだから、お店で1番高いのを買ってあげなさい。じゃーねっ、朋也」朋也が、両の手の平を杏の方に向けながら少し後ずさり、苦笑いを浮かべると、肩を竦めて小さくため息を吐き英和辞典をトートバックに仕舞った杏は、少し前屈みになってピッと右手の人差し指で朋也を指差した後、顔を朋也の方に向けたまま振り返って手を振り、前を向いてそのまま歩いて行った。
そして、朋也は、杏からのアドバイスを受け、アクセサリー屋に向かった。「しかし、一言でペンダントと言っても、色々な種類の宝石があるんだなあ。なになに、アメジスト、この石の持つ意味は『献身・覚醒・豊かな感受性』」
「風子っ、参上ーっ! やあやあ岡崎さん、大変お困りのようですが、ここは風子にお任せ下さい。風子にかかれば、どんな悩みもたちまち解決しま……」
「タンザナイトは『高貴・冷静・空想』か、智代のイメージとは違うなあ」朋也は、アクセサリー屋のショーケースの前で、その中にあるペンダントを眺め、そのペンダントの傍に書いてある宝石の意味を見ていた。
するとその時、朋也の背後に、まるで魔法少女が変身する時のようなダイナミックなアクションで、制服を着て三角帽子を被っている少女が突然現れ、その場を制するように両手を広げた。
だが、朋也は、何事もなかったように、智代に似合いそうなペンダントを探し続けていた。「ちょっと、岡崎さんっ! 何を見ているんですかっ!? 風子を無視するなんて、とても失礼ですっ!」
「なんだ、一体? 俺に何か用なのか?」
「プレゼントにお困りの岡崎さんに、風子からのアドバイスです。確かに、アクセサリーはプレゼントとして良いと思います。ですが、分かった上で風子は、この『おたんじょう会セット』を推したいと思います」
「おたんじょう会セット?」
「そうです。この全てが夢と希望に満ち溢れているおたんじょう会セットをプレゼントすれば、乙女心を鷲掴みですっ!」
「子供心の間違いだろ」自分が無視されている事に気が付いた三角帽子の少女は、威嚇する子犬のように下ろした両手を強く握り締めて朋也に食ってかかり、朋也もようやくその少女の方を向いた。
そして三角帽子の少女は、自信ありげな表情で1つの袋をどこからともなく取り出した。その透明の袋にはクラッカー、マイク、ろうそく、連なっているたくさんの小さな国旗、音風せん、そして今少女が被っているのと同じ三角帽子が入っていた。
だが、そんな少女を見て、朋也は呆れ顔でボソッとツッコミを入れた。「ですので、岡崎さんに、この『おたんじょう会セット』を……」
「その『おたんじょう会セット』を?」
「『おたんじょう会セット』を差し上げ……ーーーーっ! やっぱりダメですっ! これだけは、お譲り出来ませんっ! 岡崎さんも今すぐ走ってお店に行けば、なんとか1つくらいは残っているかもしれません」
「いや、いらねえし、買わねえし」
「では、岡崎さん、風子はこれで失礼します」三角帽子の少女は、きつく目を閉じ、震える両手で持っているおたんじょう会セットをゆっくりと朋也の方に差し出していった。
だが、その少女は、バッとその袋抱きしめて身を捩(よじ)り、首をプルプルと振って、泣きそうになりながら朋也の方を向いた。
そんな一人芝居を見せられ、なんだかどうでも良いような気分になっている朋也は、再びボソッとツッコミを入れたが、その少女は、全く気にする事なく、現れた時とは対照的に、地味に小走りでその場を去って行った。「ダメだ、どんなものをプレゼントすれば良いか、全然思い付かねえ。仕方ない最終手段をとるか」
日が暮れてくるまで朋也は商店街を回って智代への誕生日プレゼントを探し続けたが、結局決める事が出来ず、近くにあった公衆電話に近づき、受話器を取って10円玉を入れた。
「もしもし、坂上さんのお宅でしょうか? 岡崎と申しますが」
『あっ、朋也にぃちゃん。ねぇちゃんなら全国模試を受けに学校に行っているよ。もうすぐ帰って来ると思うけど』
「いや、それは知っている。今日は、鷹文に用があるんだ」
『僕に用事って何?』
「もうすぐ智代の誕生日だろ。だからさり気なく智代に欲しい物を訊いてもらえないか?」智代の家に電話した朋也は、弟の鷹文に取り次いでもうらおうとしたが、その電話に出たのは、鷹文本人であった。
そして、朋也が智代に電話をしてきたのだと思った鷹文は、智代の不在を伝えたが、朋也は鷹文に智代が贈られて喜びそうなプレゼントを調べてくれるよう依頼した。『そんなの自分で訊けば良いじゃん』
「それが出来たら苦労しない。智代には、何度訊いても『俺が居れば何もいらない』の一点張りなんだ」
『何それ、朋也にぃちゃん。ノロケてるの? それとも朋也にぃちゃん、貧乏なの?』
「ちげーよっ! 智代が俺に気を使っているだけなんだよっ!」
『ふーん、そうなんだ。あっ、ねぇちゃん、帰って来たみたい』
「そ、そうか。じゃあ、智代に悟られないよう、遠回しに探りを入れてくれ。頼むぞ鷹文、あくまで婉曲的に……」
『うん、分かったよ、朋也にぃちゃん(ガチャ)』智也の依頼を聞いて鷹文は素っ気無い返事をすると、公衆電話の前に立っている朋也は頭を掻きながら困った様子で小さくため息を吐いた。
そんな朋也が、むしろ自慢していると感じた……のか、鷹文の性格なのかは定かではないが、鷹文は、チクッと朋也に嫌味を言った。
すると、朋也は、受話器に噛み付きそうな勢いで鷹文に言い返したが、全く動じていない鷹文は、智代が学校から帰って来た事に気が付き、まだ懸命に何か言いかけていた朋也を無視していきなり電話を切った。「ねぇちゃん、お帰り」
「ああ、ただいま、鷹文。なんだ、誰かに電話をしていたのか?」
「うん、朋也にぃちゃんから」
「朋也が? どんな話をしていたんだ?」
「朋也にぃちゃんが、ねぇちゃんの誕生日プレゼントに何が良いか、さりげなく訊いておけって」学校から帰って来た制服姿の智代は、カバンを玄関に置きながら電話の前に立っていた鷹文に声をかけた。
そして鷹文は智代の方を向いて、朋也と電話していたという事を智代に告げると、あれだけ朋也が念を押したにもかかわらず、朋也が智代の喜びそうなプレゼントを知りたがっている事をあっさりと話してしまった。「鷹文、全然さりげなくないぞ。だが、朋也もどうしてそんなにも誕生日プレゼントにこだわるんだ」
「詳しくは話さなかったけど朋也にぃちゃんは、きっとねぇちゃんに甘えて欲しいとか、頼って欲しいとか思っているんじゃないかな」
「私は、朋也と二人きりの時は、朋也によく甘えているぞ」
「へぇ〜、ねぇちゃんってそうなんだ」
「あっ、甘えると言ってもだな、高校生らしい健全な男女交際の範囲での話で、特にやましい事をしている訳ではないんだぞっ」
「別に良いんだけど。それじゃーやっぱり朋也にぃちゃんは、ねぇちゃんに頼ってもらいたいのかな。ねぇちゃんって何でも自分一人でやって解決しちゃうところがあるから」自身が『さりげなく』と言っておきながら、露骨に朋也が話した事を喋ってしまっている鷹文を見て、智代は呆れ果ててしまった。
そして、智代のつぶやきを聞いた鷹文は、自分の意見を智代に伝えたが、自分の知る姉からは考えられない意外な答えが返ってきたので、少し驚いたような声を上げた。
そんな鷹文を見て、だんだんと恥ずかしさが込み上げてきた智代は、顔を赤くしながら力強く『言い訳』をしたが、そんな事は全く気にしていない鷹文は冷静に話を続けた。「そんな事はない、光坂に編入して生徒会長になれたのも、朋也の助けがあったからだ。もし、朋也がいてくれなかったら、私は生徒会長になるどころか、停学処分になっていたはずだ」
「でも、生徒会長になってからは、朋也にぃちゃんと話す事もなかったんでしょう?」
「確かにそうだった……だが、朋也が居てくれるという事が、私を支えてくれたんだ。朋也がいつも私の心の支えとなっていたから、あの桜並木を守る事が出来た。だから、私は、いつも朋也を頼りにしていたんだ」
「でも、それって、ねぇちゃんが心の中で思っていただけで、朋也にぃちゃんには、ちゃんと伝わってたの?」
「それは……」
「やっぱり、そういう事って、ちゃんと言葉にして伝えないといけないんじゃないかな」
「……」
「だから、今度のデートの時にでも……って、ねぇちゃんっ!?」なんとか鷹文に反論をしようと試みた智代だが、冷静な対応を続ける鷹文を論破する事が出来ず黙り込んでしまい、その間、自ら生徒会長となり桜が切られずにすむよう努力を続けた八ヶ月間を思い返していた。
そして智代は、まだ話を続けようとしていた鷹文を置いて、玄関を飛び出して行った。「鷹文のヤツ、上手くやってるかな。もう一度電話しとくか……(ピンポーン)」
商店街から自宅に帰って来た朋也は、鷹文の対応に不安を感じ、電話の方に近づいて行ったが、呼び鈴が鳴ったので、再び玄関へ向かった。
「どちらさん? って、智代っ?」
「ハァハァ、朋也」
「どうしたんだ、智代? 何かあったのか?」
「私は、朋也の事を頼りにしていない訳ではないんだ。ただ私の都合で朋也に迷惑をかけたくなかった。あの桜並木を守りたいという私の我侭(わがまま)に朋也を巻き込みたくはなかったんだ」朋也が、玄関の扉を開けると、両手を両膝に付いて中腰になり、俯いて大きく息を切らしている制服を着たままの智代がいた。
そんな智代を見て少し驚いた朋也は、智代に声をかけようとした時、智代はガバッと上体を起こした。「なるほど、そういう事か(鷹文のヤツ、遠回しにって言ったのに)。確かに、あの時は、智代の力になれなかった。一人で頑張っている智代が俺に出来る事を言ってくれたら嬉しかったと思う。だが、今回のプレゼントは、そういうんじゃない」
「じゃー、どういう事なんだ?」
「俺は、ただ智代に喜んで欲しかった。俺が智代の誕生日に智代の欲しい物をプレゼントする。そうする事で、智代の喜ぶ顔が見たかっただけなんだ」
「そうだったのか。それなのに私は頑(かたく)なに朋也の申し出を断ってしまったんだな。本当にすまなかった」
「いいんだ、智代。俺は、智代のそういうところも大好きだから」
「そんな事を面と向かって言われると、照れてしまうじゃないか。でも嬉しい、私も大好きだ、朋也」智代から鷹文とのやり取り聞いて、朋也は心の中で智代の家の方を睨み付けたが智代の方を向き、やんわりと智代の考えを否定して、その本当の理由を智代に伝えると、朋也からの答えを聞いて智代は、申し訳なさそうに少し頭を下げた。
気を落して俯いている智代に笑顔を向けた朋也は、智代を優しく抱きしめた。そして頬を赤らめた智代が顔を上げ、お互いの唇を重ねた。「やっぱり、智代の言った通りだった」
「私の言った通り?」
「たとえイルカ相手でも、キスはダメだ」
「何を今さら、当然だ。私をしっかりと捕まえていてくれ、朋也。もう決して離れる事のないように」二人の唇が離れ、朋也は何かを思い出したように笑顔を浮かべると、智代は無意識にオウム返しで朋也に質問をしたが、朋也から返ってきた答えにかなり不満気で、拗ねたように口を尖らせながら朋也を見つめ、そして智代は、もう一度朋也の胸に飛び込んでいった。
その想いに応え朋也も智代を強く抱きしめた。
もう一人にならないと誓うように。
もう一人にさせないと誓うように。失ってしまった時間を取り戻せるよう、これからもずっと二人で。