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今年も変わりなく 〜岡崎智代〜

 

 

「はぁ……」

私は溜息を吐きつつ、灰色で愚鈍な雲が空を覆っている街中をズンズンと足音が鳴る様な勢いで歩いている。
風は冷たく、外気はすでに11月並……とかテレビで流れていたのを思い出すが、今に関してはそれは瑣末な事だ。
行き先も無く、どこへ行くという目的も無いがとにかくある場所、ある人から一度身を離したかった。

「……朋也のバカ」

誰に言うでもなく、一人呟きを漏らす私。口に出た名は昨年婚姻届を一緒に出した最愛の夫の名前。
今こうして私が寒空の中一人イライラと闊歩しているのは朋也の所為で、無論、身を離したかったのもその朋也からだ。
このイライラの原因を語るにはとりあえず今朝の出来事、これを聞いてもらえれば理解してもらえると思う。

「な、なぁ…朋也」

「ん?どうした、智代」

私は、朋也が今日、私の誕生日だと覚えてくれているのだろうか?という女の子らしい疑問を朋也に聞いてみた。
ただ、本文をそのままぶつけるのではなく遠まわしに、内心がドキドキなのに対して、外面は普段通りのように努力した。

「今日は何の日か覚えているか?」

そんな勇気を振り絞った、と言っても過言ではない私の問いかけに朋也は…朋也は……

「あぁ、ちょっと待てよ。今思い出すから…えっと、杏達の誕生日は先月だったし、結婚記念日はもう過ぎたし……」

と所要時間20分をかけても思い出してくれなかった。
これはあんまりだとは思わないか?私の誕生日は覚えていないのに女友達のは覚えているんだぞ!
こんなに女の子らしいお嫁さんがいるのにその誕生日を忘れているとは…泣きそうだ。
結局、思い出さない朋也を突き飛ばしてアパートを飛び出して来たというのが現状……。

「朋也のバカ!朋也のバカ…。朋也のバカ……」

歩いているうちに河川敷の方に来てしまった。そして、なだらかな斜面に膝を抱えて座り、朋也の悪口を零し出す。
一つ悪口を言う度に目には熱い雫が溜まっていく……。溜まりきらなくなったそれは頬を伝い、落ちる。
次第に悪口は嗚咽に変わり、両手で顔を覆って声を殺して泣いてしまった。

「うっ……ぐすっ」

まさかこの歳で泣いてしまうとは思いもしなかった。今までにも色々な困難は乗り越えてきた…。
しかし、それを朋也と二人で乗り越える最中には泣いてしまう事も沢山あって……。
こんな朋也との喧嘩で泣いたのは久しぶりだ…まあ、喧嘩とは言っても私が一方的に怒っているだけだ。
朋也と一緒に歩いてきたこの8年間を静かに振り返る。
けれどもその中の朋也は、一度も私の誕生日を忘れた事が無い最良の夫であった。

「…………朋也」

付き合い、一度は別れてしまった私達だが、雪降る卒業式後の坂道で私と朋也の二人は再び手を取り合った。
そして、私の腹違いの妹、ともとの出会いや鷹文の過去との決着、その他にも色々あった。

「朋也……」

抱えた膝に頭を乗せて愛する夫の名前を呼んだ。
河川敷に着てから時間だけが過ぎ、とうとう灰色の雲からポツリポツリと雨が降って来た。

「そろそろ帰ろう……」

そう思い、立ち上がって御尻についた草を払う。
すると唐突に降り出した雨が途切れ、私の頭上を何かが覆った。
見上げるとそこには先程まで何度も読んだ名前の愛する人が傘を私の上で差していた。

「……とも、や?」

「ああ、なかなか帰って来ないから迎えに来た」

私を見て安心したような表情をする彼を見て、私は……

「なあ、朋也。朋也は私が何に怒っていたのか分かったのか?」

そう、これだけは譲れない……。
愛する妻の誕生日を忘れているなら少し困らせてやらないとな、などと分かっていない時用に色々案を巡らす。

「智代の誕生日だろ、俺が忘れるとでも思ったか?」

肩をすくめて笑う彼、それを見て私はある考えに至った。
彼は私が困った顔をするのがちょっと好きな所がある……多分、ドッキリやサプライズを用意してくれたのではないだろうか?

「……朋也!」

そして彼の名前を口に出し、彼に飛びつくように抱きついた。
彼はよろけることなく私をしっかりと受け止め、傘を持ったまま優しく抱き返してくれた。
私は彼の温もりに包まれ、雨が少しずつ強めになってきたところで身を離し、二人並んで帰る事にする。

「でさ、智代」

「なんだ、朋也」

「誕生日おめでとう」

「……ありがとう、朋也」
一つ傘の下、私と朋也は互いに肩を寄せながら家に帰る。
そう、見慣れた小さなあのアパートに…二人で、一緒に……
アパートに着いた時には二人ともずぶ濡れになっていた。それでも私は朋也が多めに傘の中に入れてくれていたのでマシだ。

「智代、先風呂入れ…俺は後でいいから」

「わかった」

そして、朋也が替えの服やタオルを用意してくれるらしいので先にお風呂に入る。
湯船は張られていないのでシャワーでとりあえず身体を温める。
髪が水気を帯びて肌に張り付き、肌に当たった水滴は肌の上を滑り落ち流れていく……
一通りシャワーを浴び、風呂場のドアを少し開けて覗くとカゴに必要なものは一通り揃えられていた。
タオル、ジャージ、下着の上下……うん、朋也。なんで替えの下着は私の見覚えの無い下着が入っているんだ?

「智代ー、誕生日プレゼント第一弾はその下着だからな」

…………私は幻聴を聞いているのだろうか?
今、私の耳がおかしくなっていないならこの黒くて透けててヒラヒラしている紐の様な下着は朋也の誕生日プレゼントだと?
それは無いはずだ……。そうだ、朋也はそんな事する奴じゃ…………いや、する奴だったな、あいつは…。
夫婦になってからもあいつには意地悪をされたりする事もしばしばだし、私の耳は正常だ。

「朋也ー、私の下着は?」

「ん?そこにあるだろー?」

ああ、ダメだ。朋也は代わりの下着を持ってくる気は無いな……。
はぁ、と大きい溜息を吐いて私は朋也が用意した誕生日プレゼントの下着を穿くことにした。
他にもジャージが置いてあるから問題ないだろう、そう判断しての行動だ。
ジャージに身を包んでお風呂場を後にして居間の方に向かった。

「智代、改めて誕生日おめでとう!」

そこには明らかに手作りです、と主張したような不恰好なケーキが置いてあった。

『Happy birthday, Tomoyo 』

てっぺんにはチョコで出来たプレートにホワイトチョコでそう書かれていて、これは本業の人が書いたものだと分かる。
ケーキは白いクリームと赤いイチゴがトレードマークのイチゴのケーキだ。

「朋也…これは」

「古河とこのオッサンに頼んで作らせて貰ったんだ」

そう言って朋也は照れたのか頬を人差し指で掻いた。
私はもう一度不恰好なケーキを見る…。それは、今まで見たケーキより形は悪いが、涙が出るほど嬉しい贈り物だった。

「チョコの文字とかはオッサンに任せちまったけどさ、それ以外は俺が作ったんだ……味の方は少し自信はあるんだけどな」

朋也はそう言うや否やロウソクを立てようとする。

「あ、待ってくれ朋也…その、ロウソクはいらないんだ。朋也のケーキを崩したくない」

朋也はそれを聞いて「わかったよ」そう返事をすると包丁を取り出してきた。
ケーキのカットはとりあえず6等分、私たちが食べた後に鷹文達が乱入して来ても大丈夫なようにと配慮も込めて。


「これが俺からの二個目のプレゼントだ」

朋也はそう言って嬉しそうに笑った。
ほんとに、今回朋也は一体何個のプレゼントを用意しているんだろう?
そんな風に次の誕生日プレゼントが楽しみになっていく私。

「それじゃ、いただきます」

私は手に持ったフォークでケーキを小さく一口大に切り、口へ運ぶ。
ぱくり……そう口に入ったケーキは程よく甘く、しつこくない味がしていた。
これは…どこか朋也のようなケーキだな、と私は思った。しかし、それは朋也には言わず、「おいしい」そう返した。

それから、ケーキを食べ終えた後は朋也がある人達(私には紹介してくれなかった)に頼んで花火を打ち上げてくれた。
その頃にはとっくに雨が止んでいたので朋也は少しホッとした様な表情をしている。
朋也が地面は濡れてるからな、と言って持ってきた折りたたみ式の椅子が本当に役に立った。
二人掛けの椅子で、肩を寄せ合い、肩を抱くといった方が正しい様な座り方で二人で空を見上げた花の咲く空を…。
二人で眺める秋の空に咲く大輪の花はどこか寂し気で、どこか誇らしそうであった……。
それでも最後、二つ同時に打ち上がった花火は私と朋也のように寄り添い、大きく、大きく花を咲かせる。
大きく、とは言っても大きな祭で見るような大きいものではないがそれでも大きくて綺麗だった。

「まさかあいつらがこんなの用意するとはな……」

その花火を見た帰り、朋也がそんな風な事を言っていたが、今回は私はすべて受身でいようと決めた。
彼に任せて、彼の用意した全てのものを楽しもう……そう決めたのだ。
帰りの道中は二人で手を?ぎ、高校時代出会ってからの懐かしい話をする。
笑いあった事、辛かった事、苦労した事、嬉しかった事……色んな話をしてアパートに帰った。
帰った後も色んな話しをして、笑い、泣き、怒ったり拗ねたり色々はしゃいだ。
そして、一緒に布団に入り、渡されたのは最後のプレゼント。

「今日最後の誕生日プレゼントだ。これ、おまえが好きそうだったからさ」

そう言って渡されたのは赤いリボンを首に巻いた大きなクマのぬいぐるみ。
以前、ともと一緒に買ったクマのぬいぐるみにそっくりな可愛い、可愛いぬいぐるみだった。

「朋也…ありがとう。大好きだ、朋也」

その日の夜。私は朋也とそのクマのぬいぐるみを間に挟んで眠りについた。

 



そして夢を見た……

森の中にある小さな家に私と朋也、二人で暮らしながら小さな小熊ちゃんを育てている夢を……

私達はとても幸せそうで、小熊ちゃんもとても可愛くて……

とても、幸せな夢だった。

 


それから数ヵ月後。
私達の間に一人の女の子を授かった。
あの時の小熊ちゃんの夢のお陰かもしれない、なんて小さな子供のような気持ちになったりしたが……
それは朋也には内緒にしておこう。からかわれるのはいやだからな。

 



【END】

 

 

 

 

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