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「ゆきちゃん、ゆきちゃん」


お友達に声をかけられて、わたしははっとします。


「あ…すみません、なんでしょうか?」


「なんでじゃないわよ。どうしたの? さっきから、ボンヤリして」


「はは…すみません」


わたしはそう言うと、苦笑します。


いけません、いけません。


いつものように、学校帰りにお友達にお店に遊びに来たのですが…ついつい、考え事をしてしまいます。


そんなわたしの顔を、周りの方々が不思議そうに覗き込みます。


「でも、ゆきねぇ、最近なんだか心ここにあらずって感じだぜ」


「そうそう。何か面倒でも抱えてるんじゃねえのか? 隣町の連中にちょっかいかけられたりよぉ」


「なにか心配事があるなら、ちゃんとあたしたちに相談しなさいね?」


「はは、ありがとうございます」


口々にそんな言葉をかけてくれます。


「でも、そんな大したことじゃありませんよ」


やっぱりそう言うと、みなさん、少し不満そうな顔をします。


「おぅ、ゆきねぇ」


そんな中、須藤さんが神妙な顔をしてわたしのことを見つめてきます。


「たしかに俺たちゃいつもおまえの世話になってばかりだけどよぉ、こういう時くらいは頼ってくれてもいいんだぞ。持ちつ持たれつってやつだ。だって、俺たちゃ仲間だろう?」


そんな言葉に、周囲の皆さんもそうだそうだと声をそろえます。


ええと…。


わたしはそんな様子を見て、ちょっとだけ慌ててしまいます。


まさか、こんな気にされるとは思ってもいませんでした。


もちろんとても嬉しいですが…なんだか、わたしがすごい大事件に巻き込まれていると思われているような気もします。


「あの…本当に、大したことではないんですが…」


ですけど、ひた隠しにするような悩み事でもないですよね、と思い直し、わたしは心を決めます。


よくよく考えてみれば、誰かに相談した方がいい答えが出るような気がします。


「あの、実は、ですね…」


「…」


ああ、なんだか、皆さんすごく真剣な目をして、耳をすませてくれています…。

「もう少しで、朋也さんの誕生日でして…プレゼントを、何にすれば、いいかな…って…あら?」

そこまで言ったところ、どうしてか皆さん、床を滑っていってしまいました。

首を傾げていると、体を起こしてまた手近なイスに座りなおします。

「そんなことかよ…」

「その朋也って人って、ゆきちゃんの彼氏さんだっけ?」

「あの野郎、ゆきねぇを悩ませるとは許せねぇな」

「あの、わたしが勝手に悩んでいるだけですよっ」

あまりにも下らない悩み事で、皆さんちょっとだけ呆れた様子になってしまいました。少し恥ずかしいです。

わたしは慌てて話をはぐらかそうかともしますが、皆さん腕を組んで考え込んでしまいます。

「しかし、誕生日プレゼントか…」

「悩むわよね、たしかに」

「おまえ、なにか嬉しいプレゼントとかあったか?」

「あー、なんかあったかなぁ…」

「私、人気店のケーキが食べたいって言ったら次の日に買ってきてくれたのは嬉しかったなぁ」

「てめぇ、そりゃパシらせてるだけだろうが」

「なによ、気持ちでしょ?」

「でも難しいぜ、マジで嬉しいプレゼントって」

「だよなぁ」

「ま、俺は飲み会でも開いてくれりゃいいかな」

それぞれ、色々なことを言ってくれます。

でも、ピンとくるものはなかなかありません。

やっぱり、プレゼントというのは個人的なものですから、そうそう簡単に出てくるということはありません。

「でも、ゆきちゃん、その彼氏と結構続いてるのねぇ」

「どれくらいになるの?」

普段、あまりお友達と岡崎さんについての話をすることはありません。

それでも気になるのか、ここぞとばかりに質問をされます。

「ええと、お兄さんの一周忌の後くらいからでしたから…五ヶ月くらいですねー」

なんだか、こう言うだけでもちょっと恥ずかしいです。

「カッコいい子よね」

「そうね」

「待てよ。俺の方がイケてるだろ」

「類人猿みたいな顔して何言ってんのよ」

「あんたは顔がごついから、系統が違うわよ」

「言いたい放題じゃねぇえか…」

「ね、ゆきちゃん、今度彼も連れてきてよ」

「そうだな、あいつに、ゆきねぇを悲しませたらどうなるか、教えといてやらねぇと」

「おうっ、もしヘンなことでもしてたら、ぶっとばしてやるっ」

「ああ、半殺しだぜっ」

「あの、とてもよくしてくれますので、大丈夫ですよ」

「あのねぇ、あんたたちこそ、この子の彼氏にそんなことしたら嫌われるわよ」

「なんだとぅ?」

「ゆきねぇに嫌われる…?」

お友達たちが、不思議そうにつぶやくと…いきなり、ぶるぶる震え始めました。

「うおおぉ…」

「うわああーーーっ!!」

「めっちゃ辛いぜ、それっ」

「俺今、すげぇ悲しい気持ちになったよ…」

「はぁ…。男って、馬鹿ねぇ…」

「はは、大丈夫ですよ。みなさんのこと、大好きですから」

いつものような、大騒ぎ。

わたしもみなさんと楽しくお話しをしながら…それでも、またぼんやりと朋也さんの誕生日について考え込んでしまいます。

「ねぇねぇ、ゆきねぇ」

「はい?」

つんつんとわたしをつついて呼ぶのは勇君のお姉さんです。

「そういう時は、プレゼントはわたし! とかってすればいいんじゃない?」

「…」

あんまりな答えに、わたしは笑うしかありません。

「おいコラ、ちょっと待てよ」

ですが、耳ざとく他の方もそれを聞きつけてきます。

「聞き捨てならねぇぞ」

「ああ、岡崎の野郎にそんなの百年早い」

「そうそう、ゆきねぇも気をつけろよ。あんまり心を許すと、何されるかわからねぇぞ」

「あんたら、何言ってんの。付き合ってるんだから、エッチくらいしてもいいじゃない」

「許すかっ」

「そうだっ」

「和人さんも許さねぇよっ」

「そうだっそうだっ」

「…はは」

大騒ぎになっているのを見て、わたしは思わず苦笑します。

…もうしちゃってます、とはとても言えない空気です。

…それにしても。

本当、何をあげれば朋也さんが一番喜んでくれるのでしょうか?

 

 

 

 

「へ? 岡崎が欲しがってるもの?」

はい、と答えて、お誕生日が近いですから、と続ける。

春原さんはコーヒーカップに手を置いたまま、はあ、と息をつきます。

「あいつ、誕生日なんだ」

「知らなかったんですか?」

「うん。でも、男なんてそんなもんでしょ」

「ああ、そうかもしれませんね…」

いつもの資料室。

今日は朋也さんはいません。なんでも、就職活動をしているとか。

わたしにはあまりそんな話はしてくれませんけれど、大変なのかもしれません。

実はわたしは、卒業後お友達のみんなのお店を一緒に手伝ってくれるなら嬉しいな、とも思っていますが、朋也さん自信はあまり興味がなさそうなのが残念です。

「でも、プレゼントねぇ…」

「春原さんは、もらって嬉しかった誕生日プレゼントとか、ありませんでしたか?」

「小さい頃は、結構誕生会とかやったけどさ。この年になるとプレゼントくれる人なんて全然いないし」

「そんな寂しいこと言わないでください。わたしでよければ、なにかプレゼントをさせてください」

「うぅ…有紀寧ちゃんは優しいねぇ。岡崎から僕に乗り換えない?」

「すみません、それはちょっと」

「ま、そうだね」

春原さんは気軽な調子で笑います。

はじめから冗談のつもりで言ったのかもしれません。

「春原さんは、誕生日はいつなんですか?」

「二月だよ。二月の十七日」

「それじゃ、まだまだ先ですね。今年は、何かもらったんですか?」

「毎年、妹がプレゼント贈ってくるんだよ。今年はセーターだったけどさ」

「妹さんがいるんですねっ。きっと、春原さんの妹さんなら、とても素敵な方なんでしょうねっ」

「そんないいものじゃないよ」

春原さんはそう言いますが、とても嬉しそうな顔をしています。

きっと、妹さんのことを大切に思っているんでしょう。とても素敵なことで、わたしも少し嬉しくなります。

「あ、でも今年は岡崎もくれたな…」

思いついた風に、付け加えます。

「あ、そうなんですね。何をもらったんですか?」

「缶だよ」

「缶ですか」

「缶ジュースの空き缶」

「…はい?」

「でも、ただの空き缶じゃないんだってさ。桃井かおりが飲んだっていう超プレミアでレアな缶ジュースなんだって」

「…」

春原さんは…すごく笑顔でそうお話をしています。

多分、岡崎さんが何かをくれたのが嬉しいんだと思います。

ですけど…。

「あの…春原さん」

「何?」

「すごく言いづらいことなんですけど…」

「うん?」

「それ、ゴミを渡されただけだと思いますよ」

「…マジかよっ」

春原さんは衝撃を受けた顔をしてしばらく動きを止めてから…すぐに般若みたいな顔になって拳を震わせました。

「あ、あの野郎…。僕の純粋な心を弄びやがって…! 僕がどんだけあの空き缶を舐めたと思ってる…!?」

そんなに桃井かおりさんが好きだったんでしょうか。

「今度会った時、ボコボコにしてやるっ」

「あの、春原さん」

「なに? いくら有紀寧ちゃんでも、止められないよ。僕の怒りはもう有頂天に達しているからね」

「朋也さんにお誕生日の話はしないでいただけると、うれしいです。もしかしたら、わたしがプレゼントで色々考えているのが、ばれてしまうかもしれないので」

「それじゃ、僕は何を理由にこの怒りをぶつければいいんだよっ」

「すみません、他の理由でお願いできないでしょうか」

「…それじゃ、今日の授業中、あいつが小声で教師に指されてるからツイストを踊れって嘘ついてきて、おかげで恥かいたから、それを理由にするよ」

わたしは笑ってしまいます。

「おふたりのクラスは、とっても楽しいクラスですね」

「笑われてるだけっす」

春原さんは息をつくと、コーヒーの最後の一口を飲んでしまいます。

そうして、少し落ち着いたようでした。

「なにか、朋也さんがもらって喜びそうなものって、ありますか?」

わたしは話を戻します。

春原さんはうなりながら考え込んでくれますが、なかなかいい案は浮かんでこないみたいです。

「うーん、あいつ、別に趣味があるってわけじゃないからね。今の岡崎にとって、有紀寧ちゃんが一番大切なんじゃない?」

「はは、なんだか、そんなことを言われると照れてしまいます」

ですけど、すごくうれしい言葉でした。

「物じゃなくてもいいんじゃないの? 思い出とかさ」

「思い出、ですか」

春原さんはなんとなくというように言ったみたいですが、その言葉はわたしの心にすとんと落ちました。

たしかに、そうかもしれません。

何かをあげる。

それは、物じゃなくて気持ちでもいいはずです。

…とはいえ、具体的にどうしようという案までは浮かんできません。

「ありがとうございます、春原さん。とても、参考になりました」

「別に、いいよ。なんてったって、有紀寧ちゃんのためだしね」

「はは、ありがとうございます」

春原さんはわたしのためと言ってくださいますが、きっとその裏には、同時に朋也さんのため、という気持ちがあるんだと思います。

多分、素直に頷いてくれないと思いますけれど、わたしはそう思います。

思いは、大事なものです。

それを届ける。思いを伝える。

たしかに、それは、とても素敵なプレゼントなのかもしれません。

 

 

 

 

朋也さんへのプレゼントをどうしようかと考えて、何日か時間が過ぎました。

それでも、これだというような案は浮かんできません。

お誕生日はもうすぐまで迫っているので、あまりのんびりともしていられないのですが、焦ってもいい案が浮かびそうにもありませんし、困ってしまいます。

「ねえ」

「はい? わたしでしょうか?」

「そう、あなた」

放課後、いつものように資料室に向かう途中、見知らぬ方から声をかけられました。

髪の長い女子生徒。三年生の先輩のようです。

わたしはじっとその方を見てみます。

知っている方かと考えてみますが、思い当たる節がありません。

「あなた、宮沢有紀寧さん?」

「はい、そうです。あの、あなたは…?」

「あたしは、藤林杏っていうの」

口の端をにこっと持ち上げます。気さくといいますか、話しやすい雰囲気の方だと感じました。

ですけど、それでも、わたしに一体何の用なのかは見当がつきませんでした。

「朋也の二年の時のクラスメートなの。最近、あいつに彼女ができたって聞いたから、どんな子なのかと思って」

「朋也さんの、お友達ですか」

「ま、そんなとこ」

ちょうど、朋也さんへのプレゼントで悩んでいたわたしにとって、杏さんの登場はとてもありがたいものでした。

もしかしたら、朋也さんが喜ぶものについて、アドバイスをもらえるかもしれません。

わたしは思わず、彼女の傍にぐっと寄ってしまいます。

「そうですかっ」

「な、なによ」

ちょっとびっくりしたように、一歩後ずさりをされてしまいます。

少し、驚かせてしまったようです。

「あ、すみません。実は、ちょうど朋也さんのことで悩んでいまして」

「なに、もしかして酷いことされてるの? それなら、あたしからガツンと一撃…」

「いえ、朋也さんにはとてもよくしてもらっていますよ」

「あ、そう。ならいいんだけどね、あはは」

照れたように、笑います。

「もしよろしければ、相談させていただいても、構わないでしょうか?」

「いいわよ。あたしも、あいつの彼女がどんな子なのか、興味あるから。少しお話しましょ」

「ありがとうございますっ」

とんとんと話が決まります。

そうして、わたしたちは学食に足を運びました。

放課後ですので、そこまでたくさんの生徒がいるというわけではありません。

ぽつぽつと友達連れの生徒があるくらいで、閑散としていると言ってもいいくらいです。

資料室ですと思いがけず朋也さんに出くわす危険があるので、ここの方が安全です。

わたしたちはそれぞれ飲み物を買うと、目立たない奥の方の席に、向かい合って座りました。

「実は、もうすぐ、朋也さんのお誕生日なんです」

わたしがそう切り出すと、杏さんはああ、と少し気の抜けたような返事をします。

相談とまで言ったから、もっと大事なのかと身構えていたのかもしれません。

ですけど、プレゼントを何をするかというのは、わたしにとっては大事です。朋也さんに関するものは、なんでもかんでも、大事です。

「それで、何をあげればいいのか、色々考えているんですが…」

「朋也の好きなものねぇ…」

杏さんはしばらく考え込んでいましたが…

「あいつ、カレー好きよ」

冗談めかして、そう言います。

「それは…知ってます」

とはいえ、さすがにカレーパンをあげる、というようなわけにはいかないです。

朋也さんの困った顔が思い浮かびます。

「冗談よ、でも、言われてみると難しいわねぇ」

杏さんは顎に手を当てて、考えてくださいます。本当に親身になってくれている様子で、とてもいい人なのだな、と思いました。

「杏さんは、うれしかった誕生日プレゼントとか、ありましたか?」

「そうねぇ、あたし、双子の妹がいるんだけど、誕生日の記念であの子とおそろいで何か買ったりっていうのは毎年やるのよ。それ、結構思い出に残るのよね」

「それは、とっても素敵ですねっ」

「あとは、プレゼントじゃないけど、誕生会はやっぱりうれしいわね。うち、結構家族でそういうのやるんだけど、お父さんとか普段料理作らないけどそういう時だけ手の込んだ料理を作ってくれるのよ」

「なるほど。春原さんも、同じようなことを言ってくれました」

「あいつも?」

杏さんは嫌そうな顔をしてみせますが、すぐにぱっと表情を戻します。

とても溌剌とした感じの方です。

「ま、家族で誕生会、なんて案は朋也には向いてないわね」

そして、すぐに言い捨てるように、先ほどの言葉を却下してしまいます。

「向いていないといいますと?」

尋ねると、杏さんは少し顔を背けて気まずそうな表情になります。

「知らない?」

そして、伺うようにこちらを見ます。言いづらいことに話が及んでいる、という様子です。

わたしは、考えてみます。

家族で誕生会というのは、朋也さんには向いていない。

それについて考えてみて、すぐに合点がいきます。

そうです。朋也さんのお母さんはもう亡くなっています。だから、家族会というのもあまり賑やかなものにはなりません。

朋也さんの家には何度も行ったことがありますが、あまり、綺麗ではありません。男二人で暮らしていると必然的にこうなる、という風には言っていましたが、なんといいますか、荒廃している、という表現をしてもいいような様子でした。

お父さんとの仲も、あまりよくはない様子でした。

人にはそれぞれ、家庭の事情があります。

あまり、それに踏み込むのは失礼だと思い、わたしはあまり朋也さんに家のことは聞きませんでした。だから、あまりよく知りません。

そんな様子を見て、杏さんはわたしの考えていることが見当ついたようです。

「あんまり、朋也の家のことは知らないのね」

「はい…」

そう言われてしまうと、彼女失格というような気分になります。

「あいつには、内緒にしておいて」

杏さんは、そう前置きをすると、手短に朋也さんの過去を話してくれました。

中学生の頃はバスケットボールをやっていたけれど、お父さんとの喧嘩で怪我をして、続けることができなくなったこと。

「…それで、そのままお父さんと仲がよくないままなんですね」

「あたしは朋也の親を見たことないから、どれくらい険悪なのかは知らないけど」

「そうですか…」

わたしは、いま聞いたお話を考えてみます。

体にしみこませるように、じっと動きを止めて、静かにして。

そんな様子を、杏さんはじっと眺めていました。

「お話を聞けて、とてもよかったです。杏さん、ありがとうございました」

やがて、考えをまとめたわたしは、そう言って杏さんに笑顔を向けます。

彼女がわたしに示してくれた好意に、少しでも報いることができればいいと思いながら。

「お礼は、いいわよ。あいつ、多分、自分からはこういうこと言わないと思ったから。でも、あなたは知ってたほうがいいかなって」

「そうですか…。でも、どうして、杏さんはそのことを知っているんですか?」

ふと思い立って聞いてみると、杏さんは気まずげに顔を背けて苦笑いを浮かべます。

「あはは、ま、ちょっとね…」

言いづらい様子でした。

それを見て、わたしはピンときてしまいます。

「もしかして…」

「な、なに?」

「杏さんは、朋也さんとお付き合いしていたんでしょうか?」

「…はい?」

「朋也さんのこと、とてもよく知っているようでしたので…」

わたしがそう聞くと、杏さんはしばらくぽかんとこちらを見てから、不意に不敵な笑顔を浮かべました。

「それなら?」

「え…」

挑発するような様子で、胸をそらせてわたしを見ます。

「それなら、なんなの?」

「それなら…」

それなら…

「朋也さんのこと、色々教えてほしいですっ。先輩みたいなものですからっ」

その言葉に、杏さんはずるうーーーっ、とイスから滑り落ちていきました。

「あの、大丈夫ですか?」

わたしは机の下を覗き込みます。

「な、なんとか…」

杏さんは苦笑しながら這い出してきます。

「というか、あんた、いい子すぎっ。やきもちとか焼かないのっ?」

「はあ…」

なぜか、怒られてしまいました…。

「あたしと朋也は友達よ。そんなヘンな関係じゃないわ」

「あ、そうなんですか」

「知り合いに、朋也の中学の同級生がいて、聞いたことがあったの」

直接聞いたわけじゃないわ、と、杏さんは顔を背けて言います。

少し、悲しそうな表情でした。

まるで、朋也さんがそんな話を自分にしてくれなかったのが寂しいとでもいうような。

…そんな様子を見て、不意にわたしはある思い付きが心に浮かびました。

もしかして、この人は朋也さんのことが好きなんじゃないのだろうか、と。

一度そう思ってみると、もう、わたしにはそうとしか思えませんでした。

彼女は、どんな気持ちでわたしの前に座っているのでしょうか。うまく想像ができません。あまり考えてはいけないことなのかもしれません。

「そうですか…」

結局、そんな言葉を言うしかありませんでした。

「ありがとうございました」

再度、頭を下げます。

「いいわ。あたしも、話せてよかったし」

杏さんは軽い調子でそう言うと、最後ににこっと笑顔を見せて、歩き去っていきます。

「じゃあねぇ」

背を向けてぱたぱたと手を振りながら、気軽い調子で。

わたしはその後姿に、もう一度頭を下げました。

 

 

 

 

坂を下っていく人影はまばらです。

まっすぐ帰る生徒はもう帰ってしまっているし、学内に残っている方が帰るには早すぎる。

ちょうど間の時間です。

わたしはゆっくり歩いて桜並木を見上げながら、ぼんやりと考え事をします。

思い浮かぶのは、最近いろいろな人から教えてもらったお話やアドバイス…。

かけてもらった言葉が、切れ切れに思い浮かんでは消えていきます。

わたしはふと前を向きます。

ここは、坂道の途中。

校舎の方からとまではいきませんが、ここからでも、わたしたちの住む町がよく見渡せました。

その光景は、春のことを思い出させてくれます。

それは、創立者祭の日のこと。

わたしと朋也さんは、その日にお付き合いを始めることになりました。

そして、ふたり、手を握ってこの坂道を下っていきました。

今見える景色は、あの時と同じ。

あの時の気持ちが、胸の中によみがえってきました。

わたしはあの時、強く強く、思いました。

朋也さんのこの手を、離さないようにしよう、と。

その時のことを思い出したら、どんどん、自分が何をやりたいのかがわかってきました。

きっと本当は、その答えはわたしの中にあったのかもしれません。

それが、先ほど、杏さんからお話を聞いたことでたしかな実体を持ったのかもしれません。

今まで、何度も朋也さんの家に行っていて、その度に気になっていたこと。

だけど、そこまできちんと考えていなかったこと。

…荒れた家庭。

その雰囲気は、わたしもよく知るものでした。

両親とお兄さんは最後まで分かり合うことができませんでした。

お友達の皆さんも、家庭での不和から今の輪に入ってきた方がたくさんいます。

家庭の事情は、がんばれば必ず解決できるというものではないことは知っています。

ですけど、がんばってみることはできるかもしれません。

わたしは、そう心に決めます。

家族仲がいいことは、とても素敵なことだと思います。

朋也さんと、朋也さんのお父さん。

仲直りをする橋渡しが、もしかしたら、わたしにできるかもしれません。

そう思って、わたしの心にむくむくとやる気が沸いてきます。

この気持ちは、懐かしい気持ち。

昔、兄のお友達の輪に入ろうとがんばっていたころのことを思い出しました。

「…ふぁいと、ですっ」

わたしは小さく、つぶやきます。

人と人とを繋げる役目。

自分にできるかどうかもわかりません。

それを、どうしても、わたしはやってみたいと思ってしまうのでした。

 

 

 

 

そして、朋也さんの誕生日がやってきました。

この日のためにわたしがやったことは、そう多くはありません。

誕生日のお祝いで料理を作ります、とお話して朋也さんのお宅にお伺いする了解をとったこと、家で何度か料理の練習をしたこと、そして、一通の手紙を書いたこと。

わたしは、この日に全てをかけているわけではありません。

ですが、今日がきっかけになって、明日がもっと素敵な日になってくれればいい。ただ、そう、願いました。

 

 

 

 

「で、何を作ってくれるんだ?」

放課後、わたしと朋也さんはまず商店街のスーパーに寄って、必要なものを買い込みます。

「煮物です」

「へ、へぇ…」

にっこりと笑って答えると、朋也さんは顔を引きつらせました。

考えてみると、お誕生日のために作る料理が煮物というのも、ちょっと変かもしれません。

「何か食べたいものがありましたら、他にも作りますよ」

「何でもいいよ。適当に作ってくれ」

「はい」

とはいえ、今日の目的は、特別で一日限りのパーティ料理を作ることが目的ではありません。

普段から口にするような、家庭の味。いつもの食卓というような雰囲気のものを作りたいと思っています。

もちろん煮物だけというわけにはいきませんので、頭の中で他の料理も考えます。

焼き魚、おひたし。そんなところでしょうか。

「台所、使わせてもらいますね」

「いいぞ。汚いけど」

「それなら、ついでにお掃除もしておきますね」

「そこまでしてくれなくていい」

わたしの申し出を、特に興味もなさそうに断る朋也さん。

つまりは、どうせ使わない場所だから、ということなんでしょうか。

普段は、夕食は外食やお弁当で済ませているという話を聞いていますが、ずっとそんな暮らしを続けているというのも寂しいような気がします。

朋也さんには、まだ、自分を繋ぎとめておくような場所がないのかもしれません。

そう思うと、わたしの胸は痛みました。

買い物を済ませて、お店を出ます。

「すみません、持っていただいて」

買った商品を袋に入れていると、朋也さんは何も言わずにそれを持ってくれました。

「重いだろ、だって」

「すみません」

わたしたちは肩を並べて、町を歩いていきます。まだまだ、夕方というほど日も落ちていないくらいの時間。

往来には、たくさんの人が行き交っています。

学校帰りの学生や、夕飯の買い物に来た様子の女性たち、作業着を着て工事中のお店の手前に集まっている男性たち。

その光景は、わたしに日常という言葉を思い出させました。

朋也さんの持っているビニール袋が、歩くたびにがさがさと音をたてます。

わたしたちは並んで言葉を交わしながら、帰り道を歩いていきます。

日常風景。

それは、とても幸せな風景だと思いました。

 

 

 

 

岡崎さんの家につくとすぐに台所に立ち、時計を確認します。

約束の時間にちょうど料理を完成させないといけないので、その調整が難しいかもしれませんが…時間としては余裕があるので、ゆっくり作れば大丈夫そうです。

朋也さんは、わたしが来たからと居間とかトイレを掃除中みたいです。なんだか今日の主役を働かせてしまって申し訳ないですけれど、仕方ありません。

わたしは慣れない台所に材料を広げて、持ってきたエプロンを制服の上に着ます。

ここ何日か、家で練習をした成果を見せる時がきました。

とはいえ、普段から料理をしているというわけでもないので、用意したメモを見ながらです。

お湯を沸かして、野菜を切って…。

それは慣れない行為でしたが、あまり嫌いではありませんでした。

今まであまりやってきませんでしたが、料理を作るのは実は好きかもしれません。

いえ、そうではないですね。やっぱり、食べてくれる人がいるから、違うのかもしれません。

そう思うと、自然とうきうきした気分になってきました。

朋也さんにきちんとした食事を作ってみるなんて、初めてです。

喜んでもらえればいい。

そう思いながら、わたしは手を動かしました。

…。

しばらく、無心になって料理を作っていました。

ふと、視線を感じて後ろを振り返ります。

朋也さんが台所の入り口のところに壁にもたれてこっちを見ていました。

「朋也さん。おなか、すきましたか?」

「いや、そういうわけじゃない」

声をかけると、恥ずかしそうに苦笑します。

「なんか、不思議だなって思って」

「はは、わたしが料理をするのがですか?」

「違うって」

珍しいような、朋也さんのはにかむような表情。

「誰かがこうやって台所に立っているの、初めて見るからさ」

「変ですか?」

「いや、そんなことはない」

優しい目をして、小さく笑う。

「悪くないよ、こういうの」

誰かが料理を作っていて、そんな気配をぼんやりと感じること。

わたしにとっては、それは当たり前のことでした。

ですが、朋也さんにとってはそうではありません。

同じ屋根の下、小さな営み。

それがきっと、家族というものなのでしょうか。

…そんなことはありません。

同じ屋根の下で暮らしていても、家族になりきれない場合もあります。

少しも心が重なり合わないならば、そんな家族は家族といえるのでしょうか。

わたしは手を動かしながら、思いをはせます。

そんな家族が、前に進めますように。

ささやかながら、願いをこめて。

 

 

 

 

 

料理が完成しました。

わたしは居間で待つ朋也さんの元に、料理を運んでいきます。

はじめ、出来上がった料理を見てうれしそうにしていた朋也さんでしたが、段々とその表情はこわばっていきます。

その理由は、ひとつ。

机の上に用意された料理。

それが、三人分だったからでしょう。

朋也さんはわたしを見ます。説明を求めるような視線、咎めるような視線。

「それでは、本日の、特別ゲストをお連れしますね」

わたしはそれには答えず、家の外に出ました。

そこには、朋也さんのお父さん…直幸さんが待っていました。ふたりで示し合わせていた時間ぴったりです。

今日のスペシャルゲスト。

先日手紙を出して、一緒に朋也さんの誕生日をお祝いするために協力してくれるようにお願いしました。

もしかしたら断られるかもしれないと思っていましたが、戸惑った様子ながらも了解を得ることができ、こうして来てくださいました。

いえ、この家の住人ですし、その言い方はおかしいのかもしれませんけれど。

「お待たせいたしました」

「ああ…。でも、本当にいいのかい?」

「はぁ、何がでしょうか?」

「ふたりでお祝いをしたほうが、いいと思ってね…」

「いえ…」

わたしはふるふると頭を振ります。

「大切なお誕生日ですから、お祝いをしましょう。家族で、一緒に」

「…」

わたしの言葉に直幸さんは困ったような顔になります。

「行きましょうか」

「そうだね…」

ふたり、連れ立って居間へ。

わたしたちの姿を見て、朋也さんは顔を背けました。嫌な予感が的中した、とでもいう様子です。

それは、とても、頑なな姿でした。

今日のこのお祝いはもしかしたら失敗なのかもしれない、そんな気持ちが一瞬よぎります。

でも、すぐにそんなことはないと思い直す。

わたしはお兄さんのお友達の元へ初めて顔を出した時のことを思い出しました。

…あの時も、みなさんは、突然現れた異分子であるわたしをまるでないものかのように扱いました。

ですけれど、何度も、何度も、顔を出して、話しかけて…段々、認めてもらえるようになりました。

その時は辛かったけれど、大変だったけれど、今では大切な思い出です。

だから。

今日のこの日も、いつか笑って思い出せるような素敵に日にしよう。

わたしはそう思って、朋也さんに笑いかけました。

朋也さん、今日はとっても素敵な日なんですよ、と、気持ちをこめて。

わたしは直幸さんと目を合わせて、タイミングを取ります。

そして。

「誕生日、おめでとうございますっ」

「誕生日、おめでとう」

ふたりの言葉が不器用に重なる。

朋也さんはそんな言葉に、びっくりしたようにこちらを見ました。

いえ、むしろ直幸さんを、です。

そんな言葉をかけてもらえるなんて思ってもいなかった、という様子でした。

「さあ、それでは、座ってください。用意しますから」

わたしはそう言うと、台所に行って最後のご飯を用意します。

三杯、用意して居間に戻ると、おふたりは身じろぎもせずに座っていました。その視線は、巧妙に逸らされています。

仕方がないことです。

「ご飯を、どうぞ。足りなければ、おかわり、用意できますからね」

「ああ…」

「ありがとう…」

間に立っておふたりに話しかけると、返事は返ってきます。

返事が返ってこないよりはいいはずです。

それならきっと、まだまだやれることはあるはずです。

「それでは、いただきます」

そう言うと、おふたりも同じようにぼそぼそと復唱しました。

はじめ、黙々と料理を口に運びます。

わたしがそわそわと朋也さんの方を見ていると、こっちを見て、口の端に少しだけ笑顔を浮かべます。

「うまいよ」

「そうですかっ」

今度は、そわそわした様子で直幸さんのほうを見ますと…苦笑して、こちらを向きます。

「おいしいよ…。よくできている」

「ありがとうございますっ」

不安が解消されて、自然と笑顔がもれます。

褒めてもらって、やっぱり、安心しました。

練習で作って家族はおいしいと言ってくれましたが、やはり本番できちんと作れるかは心配でした。

「家では、あまり作ったりしないので、心配していたんですが…」

「大丈夫だよ。うまいから」

朋也さんはそう言うと、また黙々と料理に箸をのばします。

こうやって自分の作った料理を食べてもらえるのは、やっぱりうれしいことです。

「おかわりも、ありますから」

「それはさっきも聞いたぞ」

どれだけおかわりさせたいんだ、と言う朋也さん。

それを、直幸さんは目を細めてみています。笑っているのでしょうか。

「ケーキでも、買ってくればよかったね」

直幸さんがそう言います。

「いえ、和食のあとでケーキというのもなんですし。朋也さんも、あんまり甘いものを食べないですから」

「おまえが食べたければ、買ってもよかったけど」

「体重が増えてしまうので、節制しているんです」

「ふぅん…」

そうやって、時折、言葉を交わします。

会話が溢れる食卓ではありません。

リラックスした雰囲気の食卓ではありません。

それでも、これは、家族の食卓です。家族の憩いです。

始めはぎくしゃくしていてもいい。少しずつ素敵な場所にしていけばいい。

明日はもっと、素敵な日にしよう。

そんな決意があれば、わたしの心は、とてもあたたかい気持ちになりました。

「あ、朋也さん、おかわりどうですか」

あいたお茶碗を見て、そう聞きます。

「わかったわかった」

朋也さんはわたしを見て苦笑します。

「それじゃ、頼むよ」

「お任せください」

台所へ立ちます。

そしておかわりをよそって戻って、朋也さんにお茶碗を渡します。

「あ、おかわり、いかがでしょうかっ?」

直幸さんのお茶碗も空になっているのを見て、すかさず聞きます。

「はは…それじゃ、お願いするよ」

「お任せください」

わたしは慌しくまた腰を上げます。

少し、心が浮き立ちます。

ここから始めていこう。

ちょっとずつ、前に進んでいこう。

わたしはもう一度、そう心に決めます。

空はもう暗くなり始めているはずです。

そんな空の下。

この町の、この家の、小さな灯り。

わたしたちはその下で、ひとつの机を囲んで過ごしていこう。

それはささやかだけれど、とても素敵なことに思えました。

それを守っていくためならば、きっとなんだってできると思いました。

ひとりではないから。

家族がいるから。

 

 

 

 

 

夜空の下。

わたしと朋也さんは手を繋いで町を歩きます。

「すみません、送っていただいて」

「気にするな。暗いしな」

「でも、誕生日なのに」

「いいって」

夕飯の片付けをして、わたしは朋也さんの家を出ました。

明日も学校があります。あまり、のんびりと長居をするわけにもいきません。

わたしたちはぽつぽつと言葉を交わしながら、見慣れた町並みを歩きます。

星明かり。街灯の明かり。そして家々からもれ出る明かり。

こんな時間でも、道はあまり暗くありません。

なんだか、この町に守られているような気分になりました。

町の体温を感じているような気がしました。

歩いていると、ある家から楽しげな笑い声が漏れ出てきました。

お父さん、お母さん、そしてその子供でしょうか。

わたしは塀の先の明かりをちらっと見ます。

朋也さんも、同じようにそちらを見ます。

家の中までは見えませんが、きっと、仲がいい家族なのでしょう。

それはきっと、幸福な光景なんだと思います。

朋也さんも何も言わず、また前を向いて歩きます。

わたしは繋いだ手をぎゅっと握ります。そうすると、同じ強さで握り返されます。それがとても、幸せ気持ちになります。

辺りを見る。

住宅地の、たくさんの家。そこからもれ出る、たくさんの明かり。たくさんの幸せ。

そんなものに、思いをはせながら、夜の町を歩いていきます。

そして、やがて、わたしの家の前まで着きます。

「送っていただいて、ありがとうございました」

「いいよ。こっちこそ、飯、うまかったよ」

手を離して、向かい合います。

わたしは朋也さんの顔を見て、すぐに視線をそらせてしまいます。

「…あの、迷惑でしたか?」

心の底でずっと渦巻いていた不安。つい、それを口にしてしまいました。

あの場所に、喧嘩している朋也さんのお父さんを呼んだこと。

わたし自身がそうすべきだと思ってやったことです。でも、朋也さんの気持ちも考えずにやったことに変わりはありません。

わたしが聞きたいことは、朋也さんにも正確に伝わったようでした。少し、気まずいような顔になってそっぽ向きます。

そのまま、互いにしばらく沈黙。

やがて、朋也さんはぽつりと口にします。

「わからない」

「え?」

「余計なことするなって気持ちもあるし、ありがたいって気持ちもあると思う。でも、悪い、よくわからない」

「そうですか…」

その答えに、わたしは…

「なら、よかったですっ」

「え?」

朋也さんは意外そうにこっちを見ます。

「嫌なだけじゃないなら、よかったです」

それなら、わたしはもっと、がんばれそうな気がしました。

朋也さんは、ぽかんとしていましたが…ふっ、と、気が抜けたように笑いました。

「でも、今度からは先にそういうのは言ってくれ」

「わかりました」

冗談めかした様子。

少しでも、わたしは朋也さんのお役に立てたかと思って、うれしくなります。

「それじゃ、そろそろ」

「はい」

まだ夜遅くというわけでもありませんが、ずっとここで立ち話をしているわけにもいきません。

名残惜しいですが、今日はお別れです。

「あ、そうだ」

「?」

不意に、朋也さんは思いついたような顔をします。

「誕生日プレゼント、もうひとつ欲しいものがあったんだ」

「え? なんでしょうか…」

わたしの言葉が言い終わる前に。

朋也さんは、そっと優しく、ついばむようなキスをした。

「わ、わ」

わたしは慌てて、辺りを見回してしまいます。

幸い、通行人はいないみたいですが…

ああ、体が熱いです。

「こ、今度からは先にこういうのは言ってください…」

さっきの朋也さんの言葉を真似して、文句を言います。

そんな様子を、朋也さんは笑って見ていました。わかってくれていません。

「それじゃ、おやすみ」

朋也さんは笑ってそう言います。

「また明日」

そうして、今きた道を戻っていきました。

「…は、はいっ」

わたしは、その後姿に声をかけます。

「朋也さん…また明日っ」

そう言うと、ひらひらと手を振って応えてくれました。

わたしはそんな後姿を、ずっと眺めていました。

また明日、という言葉を口の中に繰り返しながら。

明日はもっと、素敵に日になりそうだと思いながら。

 


 

 

 

 

 

 

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