とある週末の昼ごろ。
とあるこじんまりとした喫茶店で。
グラサンと付け髭を装備し、特徴的なほくろを持つ怪しげな男が二人。
「なかなかやるな……ではこれはどうだっ!『智代、初めてランドセルを背負う!!』」
「ぐあっ!」
とてつもなくバカな勝負を繰り広げていたのだった。
誕生祭直前之御話
それは、昨日の夜のことだった。
『朋也君、話がある』
受話器の向こうで、義父が言った。
「どうしたんですか、改まって」
『うむ。明日は、まあ、何の日か』
「智代の誕生日ぃぃいいいいいっ!!ヒャッッハアアアアアアアアアア!!」
『……………………相変わらず二人の仲が円満で少し安心したぞ。さて、そのことなんだが、伽羅が明日、そちらに伺うことになった。建前は智代の誕生日祝いに、というわけだが、本音は言うまでもないな』
「うちの小熊ちゃんたちですね」
俺は思わず苦笑した。義母は辛辣な毒のある女性だが、俺の息子と娘(双子の兄弟だ)である朋幸と巴の前では甘甘激甘になるのだ。この間などは
『朋也さんご機嫌よう。ご息災で何よりです。時に朋也さん、かねてより耳にしておりましたが、朋也さんには掃除能力が欠けているそうですね。いずれは個人集中レッスンを行おうと思いますので、今日は下調べと言いますか、チェックに来ました。いえ、朋幸君と巴ちゃんが恋しいというわけではありません。先週会ったばかりですよ。何を言っているんですかあなたは。ま、まああの子たちに挨拶しないわけにもいきませんので、ねぇ?そ、それよりもお部屋の『あ、おばあちゃんだ。こんにちは』きゃああああああああああああああああっ!朋幸君じゃないですかっ!!ああああああああああらあらあらあら、巴ちゃんもまあっ!!まあっまあっ!!もうね、おばあちゃんね、お二人の顔が見たくてね、また来ちゃったんですよっ!もう、もうもうもう、何て、何てまあ、何て何てかわいらしいんでしょうっ!え、二人ともこれから野球?行きたいですっ!坂上伽羅、朋幸君のホームランがみたいですっ!!見ないと泣いちゃいますっ!!え、あ、ごほん、朋也さん、今日はこれぐらいで許してやるなのです。さあ、お弁当も水筒も持ってきましたので、いざ出発ですっ」
『ただ、誕生日パーティーはやるんだそうだ。先週も何だか皆さんに祝ってもらったそうだが、今回は家族だけで、というプランだそうだ』
「え、そうなんですか。あれ、聞いてないな」
『ふむ。巴ちゃんが『とーさんにはないしょだっ』と言ったとか言わなかったとか』
「……そうですか」
巴ちゃん、とーさん、仲間外れは辛かとです。
『ちなみに私は『お昼は軽めに外で食べてきてください。四時に岡崎家で集合です』とお小遣いを渡された。何でも『ドキッ!夢の共演・三世代女性クッキングアワー』を企画しているので、私がいると雰囲気が台無しらしい』
「ってことは、俺もですか」
『だろうな。智代は強引に追い出そうとはしないだろうが、伽羅と巴ちゃんのタッグチームは手強いぞ』
うん、勝てる自信が全くありません。うーん智代、俺、家から閉め出しとかはいけないと思います。
「朋幸は古河ベイカーズジュニアの『合宿』に出かけてるし……これは孔明の罠かっ」
『何だね、その合宿というのは』
「早い話が男の子だけのお泊り会です。何だかすっごく楽しみにしてましたよ。ちょうど明日の四時ぐらいに帰ってくる……あ、やっぱり謀られとるがな」
『そうか……私も参加したかったっ』
「俺も参加したかったっ」
くそっ、みんなで輪になって「夢幻拳闘士伝リトルバスターズEX II」の勝ち抜き戦なんて羨ましすぎる。
『……っと。そんな話をしている場合ではなかった。とにかく朋也君、我々は明日の昼頃、外出を余儀なくされたのだ。この意味がわかるな』
そして俺はとうとう義父の言いたいことに気がついた。
「わかりました。例のあれですね」
『そうだ。市場が開くのだ』
厳かに義父が告げた。
『場所は……ふむ……街のはずれに『ダンディーズ』なるカフェがある。そこで十一時に待ち合わせというのはどうだろう』
「『ダンディーズ』ですね。了解です。装備は」
俺は声をひそめて言った。誰にも「市場」の話は聞かれてはならなかった。
『D装備。確実にな』
「では、また明日に」
そう言って俺は電話を切り、そして「仕事部屋」に行くと、本棚と巧妙にカモフラージュしてある隠し金庫からそれを出した。
次の日。
義父の予告通り家から蹴りだされた俺は、昨日のうちに印刷しておいたGoolgleマップを片手に「ダンディーズ」なる喫茶店を探した。
結構岡崎家からも坂上家からも、いや、考えてみると古河パンや光坂幼稚園、Folkloreやてうちからも遠いのは、誰にも見つからないために、という配慮だろうか。その店は本当にこじんまりとしていて、集中していなければ通り過ぎてしまいそうな店だった。義父がこんな見映えしない店を選んだのが少し意外だった。
俺は店の位置を確認すると、近くの路地裏に入って、懐からD装備を取り出した。
付け髭。グラサン。付けボクロ。
俺はそれらをさっと身に纏うと、「ダンディーズ」に改めて足を踏み入れた。
ちりん、と可愛らしい鈴の音と共に扉が開かれ、店内の光景を見て俺は「ダンディーズ」の評価を改めた。外からはわからないが、茶色系の色調とどことなくレトロというかノスタルジックなデザインで統一された調度品が落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
さっと店内を見回す。若いカップルはほとんどいないが、三十代以降の客には好評らしい。その中で、俺と同じくらい怪しげな風貌の男性客が見つかった。俺はその男性客の前の席に無言で座った。
「そこは予約済みです」
「すみません。ガイアが俺に輝けというものですから」
「約束が違います」
「すみません。ボーイズ・ビー・アンビシャスと教わったので」
すると、グラサンの向こうで義父の目が笑った。
「朋也君だな」
「いや、俺以外の誰がいますか」
「いやいや、わからんものだよ。男子たるもの、常に危険に対して策を練っておかなければ」
無論、本人確認の合言葉である。言葉通りに取られると困るので、一応断っておく。
「どういう危険ですか……それより」
俺はジャケットの胸ポケットに手を入れた。義父の顔に緊張が走る。
「はじめますか」
「うむ。ここに市場は開かれた」
取り出したのは黒い艶消し使用の拳銃、ではなくて、結構ぎっしり詰まった茶色い封筒だった。
「先手は……私だな」
義父がにやりと笑った。
「一枚目、ドロー……『智代、小学三年の時に合唱コンクールで賞をもらう』の図だ」
「うぐっ」
一枚目からきついのが来た。差し出された写真には、かわいらしい智代が賞を手にかわいらしい笑顔を浮かべているのが映っていた。
「ふふん、声も出ないようだな。太刀打ちできるのか、これに」
「……いいや、まだだ。一枚目ドロー……『巴、膝小僧をすりむいても涙せず』!」
「……っ」
今度は義父が苦悩の表情を見せた。こちらは短パン姿の巴が、膝小僧にくまさんバンドエイドを張って、必死になって涙をこらえている姿が。この「な、ないてなんかないんだからなっ」という表情がミソだ。
「どうですか?これに勝てますか?んんん」
「くっ……こ、これでは……」
「どうですか?んんんんん?ほれほれ」
「……ダメだっ!巴ちゃんの顔がたまらんっ」
義父は潔く負けを認めた。これで俺は、巴の写真を回収して智代の写真もゲットした。
ルールを説明しよう。俺と義父、それぞれ巴と智代の「俺(私)的すぅぱぁ激萌え写真」を封筒に詰め、これをデッキと呼称する。俺たちはデッキから一枚ずつ激萌え厳選写真を抜いて、それを見せ合う。これをドローと呼ぶ。そしてドローした写真の優劣を互いに競い合うという、そういう熱い闘争だ。
嫁と娘を比べるなんて父親としてどうかしている?はあ、まあ、普通ならそうなるだろうが、智代と巴は、ともに銀河系で一、二を争うすぅぱぁアイドル(ただし岡崎家・坂上家に限る)だから、被写体の差はほとんどない。それに加え、公平を期するために義父は現在の巴と同じ歳の智代の写真しか使うことができないというルールがある。つまりこれは、俺たちの写真の腕前、そしてその写真の萌え度をいかに正確に測れるかを競う、言わば聖戦なのだ。あまりに神々しいので、一度智代と伽羅さんが出かけていて暇な時にネタ半分で考え出したゲームとは思えなかった。
「じゃ、じゃあ……これはどうだっ!!『孤立無援、しかし敗北を受け入れること能わず − 智代、騎馬戦にて』
「ぐおっ」
白いシャツに「ともよ」と書かれたゼッケン、そして白い鉢巻を風にたなびかせ、写真の中の智代は全力で、しかし優雅に奮闘していた。
「ちなみに、結局智代のおかげで白組が勝った。あの時は泣いたぞ」
「し、知らなかった……俺の嫁さん、マジパネェくらいかっけぇ……」
「はっはっは、そうだろうそうだろう、この写真のすごさをわかってこそ私の義理の息子だ。さあ、諦めなさい」
「くっ……っそっ!これでどうだっ!!『白い悪魔の再来?!巴ちゃん、雪合戦を制するっ!!』」
写真の中で、俺の愛娘は飛び交う雪玉をかわし、雪玉を握っていた。その傍で仰向けに転がっているのは翔だろう。そして頭から雪だるまに突っ込んで腰から上しか見えないのは、何と俺の愛息子だった。
「…………」
「……………………」
「………………………………」
「……………………………………………………………だめだっ」
俺はその場に崩れ落ちた。義父はそんな俺を嘲ることなく、重々しく頷いた。
「俺の絵では……俺の絵では……智代の写真ほどの悲壮感が表現できていないっ」
「そうだ。紙一重だが、それが決定的な差だ。闘う女性は美しい。しかし、そこに悲劇というファクターがあって、女性はさらに輝くのだ。エリザベス一世よりもジャンヌダルクがポピュラーなのも、そこにある」
この戦い、あくまでも負けを認めなければ写真を明け渡す必要はないが、そこはハートの問題だ。自分をも誤魔化してまで手に入れた嫁の写真を見て、魂は震えるか?心の炎は燃え盛るか?命の鼓動を感じるか?
「じゃ……じゃあ、これで勝負だっ!ドロー、『巴ちゃんの授業参観』っ!!」
「なかなかやるな……ではこれはどうだっ!『智代、初めてランドセルを背負う!!』」
「ぐあっ!」
とまあ、冒頭に戻るわけである。
「ふぅ……」
あらかた勝負が終わり、デッキの中の写真を数えてみるとプラスマイナスゼロだったことに気づき、俺は安堵のため息をついた。さすがに最後の「水の妖精 〜簡易プールで戯れる智代〜」はきつかったが、俺の必殺「巴ちゃん、自分で名前を書いた水着に大満足」で返り討ちにした。自分で名前を書いた、というところが必殺だ。あの誇らしげな笑顔は最強である。何せ、智代に「巴は字がきれいだな」と褒められたのだから。
「珈琲の苦みが、こんなに奥深い物だったとはな……なぜか甘いような、しかし少し苦みの強いような、そんな感じだ」
「多分、勝利と敗北が入り混じった味なんですよ」
「……そうかね」
「そうじゃないですかね」
そうだな、と言って義父は珈琲をすすった。そして小さく含み笑いをした。
「何ですか、急に」
「いや、ずっと昔、智代がな、誕生日に何が欲しいと聞いた時、『とーさんといっしょにすごしたい』と言ってくれたんだ」
「……それは」
「あの頃、私は事業拡張に忙しくてね、ついでに他のファミリーとの抗争……おっと、いや、何でもない。とにかく、忙しかったんだ。だから、そんな私と一緒にいたいという智代の願いは、すごくうれしかった」
「……で、一緒に過ごしたんですか」
笑って聞くと、義父も穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「一日中、こう、腕に抱いて過ごしたよ。肩車をしたり、抱っこをしたり、な。庭をずっと散歩しているとな、智代がきゃっきゃと喜んだんだ」
ふと、俺の目の前にある光景が浮かんだ。少し涼しい秋晴れの空の下、コートと手袋で暖かくした娘と、それを抱きかかえる父親。揺する度に娘はころころと笑い、そして父親の頬に口づけをする。そんな娘を、父親は頬ずりして、そして二人で笑いあった。
そしてそれは、別の光景に変わる。一人の父親と、その息子の光景だ。夕焼けで赤く染まった林道を歩く親子。時々得意そうに落ち葉を蹴りあげる息子。それを見て微笑む父親。息子は何か興奮気味に父親に言い、父親はそれを聞いてゆっくりと相槌を打つように頷く。
そんな、二つの光景が、瞼の裏に浮かんだ。
「……羨ましいかね」
「ええ。とても。羨ましすぎます」
「伽羅が『甘え過ぎじゃありませんか』と言ったりもしたが、そこはそれだ。とにかく、一日中、ずっと一緒だったんだ」
そして俺の方をじっと見た。
「不思議なものだな。ずっと忘れていたんだ。あれは……そうだな、あの時からだな」
あの時とは、などと敢えて訊くまでもなかった。それは坂上家の空気がいて着いてしまった時のことに違いないのだから。
「もう、娘と息子と笑い合うことなんてないのだろうな、とまで思っていたんだ。まあ、それも当然だな。何せ、その当の娘の前で、誰が娘を引きとるかなんてバカげた争いを繰り広げたんだからな。ああ、すまない、一つだけ弁解させてもらうとしたら、智代のことが厭わしくなったのではない。ただ、まあ、全部やりなおしたかったんだ」
「そうですか……」
「ああ……」
しばらくの間、俺たちの間に沈黙が訪れた。
「お義父さん」
「何だね、朋也君」
「後悔していますか、その時のことを」
さらに沈黙。どこかでカップがソーサーに置かれる音が嫌に大きく響いた。
「その時、全てを捨てて逃げ出そうとしたことは間違いだった。私が私の弱さに従って、楽に見えた道を選んでしまった。しかし」
「しかし」
そこで義父は厳かな顔をした。
「そこでその間違いを犯したことすら後悔することは、その間違いから経た教訓をなかったことにする愚行だ。ましてや、なかったことにすることはとある女性を否定することであり、ひいては彼女の周りの、彼女を大事に思ってくれている人への侮辱だ。故に後悔はしていない。過ちは繰り返しはしないが、決してなかったことになどできない」
しばらくの間厳しい顔を保っていたが、不意に義父は相好を崩した。
「などと偉ぶっていろいろと言ったわけだが、ようは私は今を気に入っているということなんだよ、朋也君」
「なるほど」
「考えても見たまえ。私には美人の長女がいて、坂上家の名前を継いでくれる長男がいて、年が離れているだけに尚更かわいい次女がいて。それに孫娘たちがぷりちぃでしょうがない。孫息子たちの方はやんちゃで結構だ。文句のつけようがないだろう」
ふふん、と義父は胸を張った。
「そこでドヤ顔をされても、グラサンとほくろのせいで台無しです」
「むぅ」
しょげる義父を見て、俺は小さく笑った。
「し、しかしだね、朋也君、わかるだろう、この、そのだな」
「わかりますよ」
俺は躊躇なく答えた。
「よくわかりますとも」
義父は言った。後悔はしていない。繰り返しはしないが、なかったことになどできない、と。
俺にも、そんなこと、いっぱいありますよ。
例えば、もっと早くに親父と仲直りしとけばよかった、とか。
例えば、高校に入った時不貞腐れずに不良やってないで真面目に頑張ればよかった、とか。
例えば、誰が何と言おうと好きな女と別れるんじゃない、とか。
例えば、命綱は確認しないと、転落して記憶喪失に陥ることもある、とか。
いろんなところで躓いた。いろんなところで間違えた。いろんなところで問題になった。
だけど、全部かけがえのないことだった。全部経験したから、今がある。今を幸せと感じられる。
「そういえば」
親父のことを思い出したついでに、ちょっとした提案だった。
「今月末が俺の誕生日なんですけど、今度は逆に男子オンリー料理パーティーでもしませんか」
「いいアイディアだが、伽羅と智代、それに巴ちゃんに勝てる自信がないので辞退しておくよ」
義父は苦笑して珈琲を啜った。
「さてと、もうそろそろ時間だがね」
義父が壁にかけてある時計に目をやった。
「ああ、そうですね。では」
「ああ、その、あれだ、朋也君」
妙に歯切れの悪い口調で、義父が俺を席に押しとどめた。
「その、何だね、デッキだがね」
おいでなすった。俺はそう思った。
「何か思い出の品でも」
「そういうわけでもないのだが……その、何だ。『水の妖精』は、私の撮った写真の中でも指折りの物なのでね。あれを返してもらうわけにはいかないだろうかね」
決まりの悪そうな顔は、言っても認めないだろうが義父が結構真面目に必死なことを物語っていた。
「そうですねぇ……じゃあ俺は『噴水に落ちたまいえんじぇる』を返してもらいましょうかね」
「それはないだろう」
義父が顔をしかめた。
「『まいえんじぇる』はあれだ、これから私の秘蔵のアルバムに入れるつもりの物だったんだ。あれは別格だろう」
「ですね。ですから、是・非・と・も返してほしいんですよね」
俺は見せつけるように『水の妖精』をひらひらとかざして見せた。義父は腕組みをして唸った。
「しかし、それにしても『まいえんじぇる』も捨てがたい……ええい、じゃあ『ランドセル』と一緒なら返そう」
「ええっ」
「ランドセル」は俺にとって「水の妖精」の次に貴重な一枚である。それを併せて返すとなると、結構厳しい。
「ほれほれ、『まいえんじぇる』は諦めるのかね?こんなにかわいい娘の写真だぞ」
「う……ぐ……」
しかし、まいえんじぇるはやはり取り戻したい、いや、取り戻さなければ。
「……わかりました。そこで手を打ちましょう」
「うむ、潔さは君の長所だぞ、朋也君」
俺たちは合意の証として握手をした。
かしゃり。
そして腕を握ったまま硬直した。
そう、義父の手は俺の手を握り。
俺の手は義父の手を握り。
二人の手首には真鍮製の手錠が填められていた。
俺たちはゆっくりといつの間にか現れた第三者に目をやった。
青いズボンと上着。白いシャツ。黒いネクタイ。肩章に挟まってぶら下がっているのは捕縛用の縄。腰のベルトには警棒と、考えたくないけど拳銃らしいものが。
「昼間っぱらから全開だな、ええ、おい」
お巡りさんはドスの利いた声で俺に言った。
「待て。私たちは怪しい者ではない」
「グラサンに付け髭、付けボクロまでつけて、なぁにが怪しくない、だ」
「はぅあっ」
義父が絶句したところに割入るように俺が言った。
「ちょっと待て、怪しい格好をしたからって、逮捕される謂われはないだろ」
「怪しい格好をしただけなら、な」
とんとん、とお巡りさんはテーブルの上に錯乱したデッキの写真を指でタップした。
「だけど、こりゃやばいだろ。幼女の写真で興奮してちゃ、さすがにまずいだろ」
「ちょっ、おまっ」
「待て、これは誤解だっ」
「そ、そうなんだ、だいたいこれは俺の嫁で……」
「幼女を嫁呼ばわり、か。終わってるな、あんた」
その一言で撃沈する俺。俺の想いは、恋じゃなかったのか。
「まあ、詳しい事情があるようだし、今日のところは」
『今日のところは』
顔を輝かせて次を期待した俺たちに、お巡りさんはニッカリ笑った。
「署の方でじっくり話を聞かせてもらおう」
結局、駆けつけた智代と巴、伽羅さんのおかげで臭い飯を食べずにすんだわけだが。
どうしようもないバカだなお前たちは、とは智代の言。
ああ、恥ずかしいったら、情ないったらありません。一遍死んでみてください、とは伽羅さんの言。
いま、わたしはとーさんがとーさんであることがとってもはずかしい、とは巴ちゃんの言。これがすっげえ堪えた。
バカだなお前ら、もうちょっとうまくやれよな、とは無論オッサンの言である。