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彼らだけの物語

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある高校の坂道では桜の木々が生い茂っている。

人を魅了し、人を出逢わせた桜と当人しか知らない物語がある。

1つ目は立ち止まっていた少女が歩き出せた理由とその道のりを。

2つ目は妹の恋を知り身を引いたが自身も想いを忘れらずにいた少女の苦悩とその未来を。

3つ目は少女が深い眠りにつき、姉の幸せを願いそれを叶えようとした想いだけの存在の努力とその結果を。

4つ目は悲しみを乗り越えられない少女が気づかぬうちに抱いていた友達や両親の深い愛情とその希望を。

5つ目はたった1人で家族を守り抜いた弟の願いを胸に少女が桜を守りぬくために必要な代償とその奮闘を。

他にもいろんな物語を桜は知っていた。

今回、語られる物語はどの物語の続きなのだろうか……。













秋の夕暮れ、あるアパートの一室で1人の女性が機嫌よく鼻歌交じりに夕食を作っていた。

女性の名前は坂上智代、大学を卒業し一流企業に就職を務めてから3年以上経とうとしている。

今日はたまたま帰りが早かったのだろう、時計の針はまだ19時を指していない。

それで御機嫌なのかと問われれば智代はそれを否定するだろう。

その理由は1つしかなかった。

「ただいまー、今日はずいぶん早いんだな智代」

部屋の主の岡崎朋也である。

智代の恋人で町のリサイクル店に勤務して8年近くになる。

いつもであれば朋也の方が早く帰宅するので当然の反応だった。

「ああ、部下が残りの仕事を引き受けると言ってなその言葉に甘えさせてもらったんだ」

「なるほどな……」

朋也は考えた、部下もかなり説得したはずと。

事実、智代は責任感が人一倍強い、それを朋也はこれまでに何度も見て来た。

その上、優秀なのだからどんどん昇進し部下に慕われるのは自明の理である。

余談ではあるが、その部下は死んだ瞳で先の見えない量の仕事をやっていた。

「そろそろ料理が出来そうなんだ、悪いが朋也準備してくれるか?」

部屋に料理の匂いが充満し食欲をそそる。

匂いを嗅いだ瞬間、朋也は腹を手で押さえた。

「わかった」

食器を並べていく朋也。

が、食器を並べるのにさほど時間はかからないためすく並び終えてしまった。

暇だと感じた朋也はしばらくは智代からの指示がないと踏みリモコンに手を伸ばしテレビをつける。

「なんか面白いテレビやってないかな……」

リモコンでどんどんチャンネルを変えているが中々決まらない。

テレビとゲームをするのに十分な32インチの液晶テレビを知り合いから安く購入した。

その時に知り合いが愛とかなんとかを朋也に強く語っていたのだがいつもの事なので9割は聞き流していた。

「しゃーない、野球で我慢するか」

朋也も元スポーツマンだ、その上近所の子供たちと大人1名に混じって野球をした影響で見るようになった。

草野球大会にも出場し優勝に貢献した物語もあるのだがそれはまた別の話。

ちなみに人数が集まらなかった理由で智代も出場しもちろん試合にも貢献したがそれ以上に乱闘では彼女と友人の保育士と2人で殲滅させていた。

「あー、東京ジャッカル負けてるのか……」

残念そうな声で朋也は呟いた。

点数は3対2で5回の裏でピンチな場面。

今日は負けたなと思った時、キッチンから声が飛んでくる。

「朋也、おかずを盛り付けるからご飯を入れてくれ」

「おう」

出際よく2人は夕食を出来あがらせた。

「今日も白飯が進みそうだな」

朋也は夕食を見てそう言った。

ほかほかの白ご飯と肉と生姜の匂いがたまらない豚の生姜焼きに出汁がものすごく出ていそうな味噌汁、食物繊維溢れるサラダ。

実に日本の家庭溢れる食卓だった。

「……うまい、うんまぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーい!」

「そうか、そんなに喜んでもらえるなら私も作った甲斐があるというものだ」

「ご飯が肉を、肉がご飯をぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「そんなに言うな、その……なんだ…照れるじゃないか」

言って頬を染め、朋也から視線を逸らす智代。

一方の朋也はどこかおいしいイタリア料理を食べた人間のセリフをまだ真似ている。

朋也曰く『ネタが分からなくても会話は続くそれがトモトモクオリティ!』とのこと。

が、周りはこうも思う、ある意味究極のボケ殺しだと。

「智代、俺とずっと暮らしていこう」

急に真顔になる朋也、渾身のボケである。

「私はずっと前からそのつもりだが?」

こちらも真顔で返す。

すると、沈黙が両者を包む。

見る見ると朋也の顔がタコが茹であがったような赤さになる。

「おまっ……、……東京ジャッカルはどうなってるだろうな」

今度は逆に朋也が智代から顔を逸らしテレビの方に向かう。

智代とは逆方向に向いているが耳まで真っ赤な事が智代に丸分かりであり、それを彼女は朋也に気づかれないよう小さく笑う。

笑われた事に朋也は気づいていたが返す言葉もなく黙ったままでいた。

「こんな調子じゃ……まだ、言えないな」

智代は優しげに笑い自らの腹部の方を見た。

愛しむように慈しみながら撫でている。

「ん? 何か言ったか?」

朋也は振り返るがその動作を智代は終えていた。

しばらく、頭に?が朋也の頭に浮かんでいた。

「いいや、何も……あ、安部が打った」

その言葉で朋也は再びテレビの方に振り返り、歓声の声を上げる。

ゆっくりと優しげな食事が終わり、片付けに入った。





――――――――――――――――――――――――





基本的に作っていない人間が食器を片づける事が暗黙の了解となっていた。

それは2人が言いだした事ではなく自然といつの間にかそうなった。

2人の性格を考えると当然の結果だろう。

「朋也ー、今週の土曜日の予定はどうなっているんだ?」

ポットからお湯を急須にコボコボと注ぎ、水量が上がると同時に茶っ葉が浮いてくる。

そんな様子を見ながら智代は聞いた。

「んー、休みはもう取ってるから心配しなくていいぞ」

それを聞いた瞬間、智代の顔が綻んだ。

いつもの凛々しい顔から一変して乙女の顔になる。

それほど、楽しみにしていたのだった。

「しっかし、日にちを決めて出かけるって久しぶりだよなー」

言いながら慣れた手つきで茶碗と包丁を拭いて、水切りに載せて濡れた手をタオルで拭く。

拭いた後、ちゃぶ台の前に腰を下ろす。

「うんっ、本当に久しぶりだ!」

尻尾があったならぶんぶんと振っていそうだ。

「今回は全部俺が決めたけど……、行きたい所とかなかったのか?」

いつもは2人で決めたり、どちらかが行きたい所とかあったらそっちに優先していた。

その為、1人で決める事が珍しかった。

「ううん、いいんだ。朋也となら何処だって!」

「またお前は……」

付き合ってから、5年以上も経つのだが智代の尻に敷かれ、智代にペースを崩される朋也だった。

ある意味で、朋也が1番変わっていないのかもしれない。

智代は付き合い始めより、好意を全面的に押し出していて年々それが強化されている。

「お茶を入れたんだが飲むか?」

「ああ、そう言えば、茶菓子もあったなそれも食べようぜ」

「確か……ようかんがあった、ちょっと待っててくれ」

智代が立ち上がり、ようかんの置いてある場所まで歩く。

ようかんを手に取り、4等分に切り分けていたので2人で2つずつ分けた。

「なぁ、まだ行く場所を教えてくれないのか?」

言って、切り分けていたようかんを一口サイズに切り、それを口に運ぶ。

よく噛んで、飲み込み、お茶を啜り、湯呑みをちゃぶ台に置く

「秘密の方がカップルらしいだろ?」

智代の口癖みたいに言っていた言葉を口にする朋也。

それを聞いた智代はむーっと頬を膨らませ、じっと朋也の方を見た。

朋也はそれをする訳を知っている。

「怒るなよ、智代」

笑いながら言ったその口調は智代の態度を見る事を楽しんでいるようにも聞こえた。

事実、それをやることは朋也が楽しんでいるとわかっていて智代もその態度を取りつづける。

だが、やりすぎるととあるパン屋を営んでいる夫妻みたいに本気の追いかけっこが始まるのだった。

本人たちは至って真剣であるのだが、2代目みたいな扱いを町で受けている。

「朋也はそうやってイジワルをするのは変わってないな」

智代はタンスに飾ってあったクマのぬいぐるみを手に取って、ねーっと同意を求めるようなしぐさをする。

「俺は変わらない、変わるなら2人の方がずっといい、違うか?」

「またそうやって誤魔化すんだからな、朋也は、でも、それは私も思う」

2人は笑い、少し見つめ合ってから軽く唇を合わせた。

「むー、話をはぐらかした気がするな」

「そうか?」

朋也は笑う、それにつられて智代も笑う。

「おっと、もうこんな時間か……」

「寝る準備しないといけないな、すまない朋也」

2人は立ち上がり、布団を敷き始める。

智代が明日の木曜日から土曜日まで出張だと言うので今日はいつもより早く睡眠を取る事にした。

「ほーいやは、ふほほふぁふぁふぁひふぁふふっふぇ」

「春原が明日来るってここに?」

「ふぁぁ」

歯ブラシで口の中をゴシゴシと磨きながら言っているので端から聞けば何を言っているのかわからない。

それでもわかるのはトモトモクオリティなんだとか。

「朋也、一言言いたいのだが……」

「ふぁんふぁ?」

朋也は歯ブラシを口にくわえたまま聞き返す。

「汚いぞ?」

曇りが一切なく清清しさを感じさせる程の笑顔で言葉に怒りと警告と重さを織り交ぜつつも普段の口調で智代。

「……すまん」

返答を間違えれば朋也の全てが終わると言っても過言ではないのですぐさま歯ブラシを口から抜き、水を吐いて、謝った。

「わかればいい」

智代も歯磨きを終えて、布団に入り眠りについた。

すぐに寝息が聞こえて心身ともに疲弊していたのだろう。

朋也はそんな智代を優しく見つめ、電気を消して、布団にもぐり込んだ。

「おやすみ……智代」

それだけ、呟いて朋也も眠りについた





――――――――――――――――――――――――





智代は予定通りに出張に出かけ、土曜日の夕方に帰り着くことになっている。

同時に朋也の予定も順調に進んでいた。

「で、僕を呼び出したわけってなにさ?」

黒髪の青年が笑いながら朋也に聞いた。

青年の名は春原 陽平、朋也の数少ない友人とも呼べる人物である。

呼ばれた大体の理由はわかっていたのに聞くようになったのは問題児と言われていたあの頃から幾分か大人になったと言えるかもしれない。

「ん? お前の存在を完全に消す為に呼んだんだ」

「何、そのラスボスの風格たっぷりの台詞……」

「えっ、俺は本気だけど?」

「まさかの本気っ?!」

春原が高校の頃から変わらない表情を浮かべた。

「お前、顔芸落ちたな」

「やっぱり? 最近、この表情使ってないからぎこちなくてさ……って話をすりかえるなぁ!」

「あぁん?」

「ひぃ!!」

理不尽極まりないとはこのことである。

しかし、それが朋也なりのコミュニケーションのとり方だということを春原は何年も前から知っていた。

「で、決心はついたの? 岡崎」

落ち着いたところで春原が話を切り出した。

「……ああ」

消えるような声で朋也は呟く。

「えらい、自信がないね……そんなに怖いの? プロポーズ」

朋也が春原を呼び出した理由はそこにあった。

否定されるかもしれないという事と全くの未知の領域に踏み入れることが堪らなく不安で仕方がないのだ。

藁にもすがる思いで春原を呼び少しでも安心したかったのだろう。

それをわかっていて春原はここに来た。

「……そりゃな」

「……まぁ、そうだろうねぇ」

春原にはその気持ちは理解できても共感は出来なかった。

また、春原にとっても未知の領域なのだから。

「しっかしさぁ、岡崎なら智代ちゃんとトントン拍子に結婚するかと思ったら意外と遅かったというか何というか……」

「俺らにもいろいろあるんだよ、いろいろとな……」

彼らのバカップル振りを見ていた人たちは春原と同じ気持ちだったはずだろう。

だが、彼らにも数年前の夏の日からの問題が多々あったのも理由の一つにはある。

最大の理由は智代の優秀さが朋也の決心を鈍らせていた。

「いろいろか……、……振り返れば高校の頃がもう随分遠いよね」

「ああ、本当に遠いな」

「あの僕たちが就職して、汗を流して働いて、上司に怒られて、同僚と酒を飲んで、一人は結婚の一歩手前って……」

その先の言葉は言わずに朋也が用意した酒を口につける。

「なぁ、春原、俺って成長してるのか?」

真剣な眼差しで春原を見る。

「……それは他人が、僕が決めていいことじゃないよ、本当に決めるのは岡崎だと思うぜ?」

春原は朋也が誰よりも成長し、大人になったと知っている。

他者が成長したの言葉を言う場合には最低二つのケースがある。

一つはそれを真摯に受け止め、更なる高みへと目指すケース。

もう一つはその言葉の意味にすがり落ちていくケース。

現在の朋也の状況を鑑みれば春原の発言は仕方のないことだった。

「俺さ、不安なんだよ、俺が智代の枷になる事を考えたら智代が高い場所を望まないんじゃないかって」

「……そうやって高校の時と同じ事を繰り返す気?」

「それは……」

春原に痛い所をつかれ、朋也は反論できずに下を向く。

その姿を見て春原はため息をついて、こう言い放った。

「智代ちゃんが岡崎の枷になるかどうかもさ智代ちゃん自身が決める事だと思うよ?」

朋也は顔を上げ、春原と目を合わす。

「岡崎が本当に成長したって思いたいのならさ、前回起こしたミスを起こさなきゃいい、それが一番実感するはずだろ?」

「……それじゃ、お前は成長してないな」

「いい話のはずが今の一言で台無しですよねぇ!!」

「お前がいい話なんてするはずねえだろ、勘違いするなよ」

「ひどすぎるっ!」

朋也なりの照れ隠しということを春原は理解していた。

このまま夜が更けるまで、酒を飲み、語りつくした。





――――――――――――――――――――――――





朝、目を覚まして春原と軽く朝食を取り、昼になると春原と共に町へ行き町を見て回った。

時折、春原は町の変化を見て少し寂しそうにしていた。

町を一通り見て回ったが春原は明日には仕事があるため昼過ぎの電車に乗って帰るのだと言う。

「もう、行くのか?」

「まぁ、出張ついでだし……仕事あるからね」

「そうか……、杏には会っていかないのか?」

朋也の発言に春原は飲んでいたお茶を地面にぶちまけた。

「汚いな……」

「ななな、なんのことだよっ?!」

顔から汗が噴き出し、舌足らずの時点で朋也は感じた。

『ああ、こいつ動揺しているな』と……。

「杏と歩いてる所見たって話を聞いたけどな」

「マジでっ?!」

その瞬間、朋也はニヤリとし春原は悟った顔をした。

「謀られた?!」

「杏の雰囲気を見て、彼氏でも出来たんじゃないかって智代が言ってたからな」

「さすが智代ちゃんは鋭いねぇ……」

「まぁ、俺の彼女だし当然だろう?」

「まさかのノロケ?!」

電車のアナウンスが鳴り、数秒後には電車が来る。

「じゃあ、暇が出来たら来るよ」

荷物をまとめ、春原は椅子から立ち上がる。

「あぁ、次は上手い酒を頼むな」

「覚えておくよ、なぁ、岡崎」

「なんだよ?」

「……上手くいくといいな」

「任せろよ、お前は杏を大切にしろよ?」

「当たり前に決まってるだろ?」

電車が止まり、ドアが開いた。

一歩前に春原は進むが振り返る。

「……またな」

「ああ、また」

それを告げ、春原は電車に乗り込んだ。

電車が見えなくなるまで、朋也は電車を見ていた。





――――――――――――――――――――――――





家に帰り、少し遅めの昼食を取る。

そして、軽く仮眠を取り、起きて、外出用の服に朋也は着替えた。

先ほどメールを見た時、智代が駅に着くとの事。

それに合わす様に家を出る。

「……行くか」

心は緊張と不安でいっぱいだったが、朋也は不思議と視野が広く感じた。

そんな奇妙な感覚の中でいつもより、景色が綺麗に思えたことを朋也は嬉しく感じ、同時に哀しかった。

古いものは消え、新しいものばかり増えていく。

「何も変わらずにはいられないか……」

坂道で立ち止まっていた少女の言葉を口にした。

彼女は悩み苦しみ立ち止まったが朋也の言葉で前に進むことが出来たのだ。

今では当時の彼女の立場にいる。

「探せばいいんだよな」

自分が言った言葉も思い出した朋也はその言葉を胸に駅に辿り着く。

駅の大きな時計の前に智代がいた。

「智代っ、遅くなった……悪いな」

「いや、ちょうど来たところだったからな気にするな」

微笑みながら言う智代に朋也は戸惑った。

更に正確に言えば見惚れたのだ、プロポーズをするということでいつも以上に智代が綺麗に見えたのだ。

「……こいつはちょっと予想外だな」

「ん? 何か言ったか朋也」

「いいや、別にんじゃ行くか!」

「うんっ!」

瞬間、智代は朋也の腕を取り先行して行く。

引っ張ったのは最初だけで歩幅を朋也に合わせた。

まずはデパートでショッピングを楽しみ宝石店に寄って智代が冗談で一番高いものを選んでは朋也が軽く焦る。

それを智代は楽しんだ。

まぁ、真顔だったので朋也が騙されたのも無理はないが。

次に予約していた少しの高めのレストランで舌鼓を打ち、会話を交わす。

会話の途中で朋也がデパートでの仕返しと言わんばかりにちょっかいをかけ、智代の頬を赤らめさせた。

「(……やっぱり、俺は智代じゃなきゃだめなんだよな)」

確信した、朋也にとって何が一番大切なのかを確信した瞬間だった。

食事を終えて家に帰る途中で朋也が告げた。

「なぁ、高校に寄らないか? 桜並木がどうなってるのか知りたくてさ」

「ああ、わかった」

智代の手を引いて朋也は自身の母校に向かって歩いた。





――――――――――――――――――――――――





歩いて三十分と経たずに2人は桜並木の前にいた。

暗くて何も見えなかったが智代が守ったものがそこにある。

「なぁ、智代……この桜並木を守ってさ何か変わった事ってあるか?」

「何を言い出すのかと思えばそんな話か……、まぁ、変わったと言えば変わったかな?」

「どんな風に?」

「それは……秘密だ」

頬を赤らめて朋也に背を向ける。

「なんだよそれ」

智代の行動に朋也は苦笑した。

意味を理解できないのは朋也だからだろう。

「智代、……今から俺の言うことを聞いてくれないか?」

「何を改まって」

「いいから、黙って聞いてくれ」

スーハーと息を吐いては吸い、心を落ち着かせようと努めた。

そして、しばしの沈黙。

「俺は智代と……これからの人生を過ごしたい、智代じゃなきゃ俺は嫌だ、だから……」

呼吸を整え、智代の目を見る。

「だから……俺と結婚してくれないか?」

再び沈黙、目線は合ったまま。

最初に目線を切ったのは智代で沈黙を破ったのも智代だった。

「その言葉を私はどれだけ待ったと思う? 朋也、私はその言葉が一番聞きたかったんだ」

言った瞬間に朋也に抱きついた。

朋也の胸の中で泣いているのに朋也は気付く。

「私も朋也がいい、朋也じゃなきゃ嫌だ、朋也だから家族になりたいんだ」

「ありがとう、智代……俺なりの精一杯の力でお前を幸せにするからさ、その証として受け取ってほしい」

智代が頷いたのを確認して、ポケットから小さな箱を取り出し、左手の薬指に銀色の指輪を嵌める。

「……智代、二人で同じ高みへ行こうな」

「うん、行こう、朋也」

もう一度、智代は朋也に抱きついた。

「少しだけ、胸を貸してくれ」

「少しだけじゃなくて、ずっと、胸を貸すよ」

ありがとうと……小さく呟いて智代は泣いた。

泣いて、泣いて、泣いて、泣き止んだ時は世界が新しく見えたように智代は感じた。

智代は朋也から離れたが両手は繋いだままで朋也の顔を見る。

「私も朋也に言わなきゃいけないことがある」

「? なんだ?」

「子供が出来たんだ……その……お前との子供が」

「……は? ちょっ、……マジで? 本当に? 俺と智代の子供?」

「当たり前だっ、お前以外に誰がいるんだっ!」

「……智代ぉ!!」

「きゃっ……!」

今度は朋也から勢いよく抱きついた。

「三人で幸せになろう、絶対に……!!」

「……うんっ!!」

この時、二人は変わらないものを得た瞬間だった。

ちなみに、今日が朋也の誕生日だと言うことを智代しか知らない。





――――――――――――――――――――――――





一先ずこれで、この物語の節目が終了した。

これから先の物語は……誰もわからないが。

誰よりも、誰よりも輝く日々へなることに違いない。

それをこの時点で知っていたのは桜並木とこの町だけ。

こんな時にぴったりの言葉を誰かが呟いた事を知っているのも桜並木とこの町だけだった。



















『この町と住人に幸あれ』


 

 

 

 

あとがき

 

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