しーくれっと・みっしょん
「そういやさ」
外の景色からはっきるとわかるくらい秋も深まった日の休み時間。春原が朋也に声をかけた。
「なんだよ」
「知ってた?今日ってさ、智代の誕生日なんだよね」
「へえ。よく知ってるな」
「さっきさ、二年の女子が話題にしてるの、盗み聞きしちゃってさ。プレゼントどう渡そうとかどうとか」
うしし、と笑う春原に、お前な……と朋也は呟いた。だからお前、モテないんだよと言いたくなったが、別に聞く春原でもない。
「でさ、智代にみんなでプレゼント渡そうとか、抜け駆けしたの誰だって話してたり」
「抜け駆け?」
朋也が聞いた。
「そうそう。何かさ、今朝下駄箱のところに、すっごくファンシーなプレゼントがあったんだって。名前がなくて、四けたの番号しかなかったんだけどさ」
「それも盗み聞きか」
「まあね!僕ってスパイの才能あるんじゃないかなぁ」
呆れたつもりだったのに得意げな顔をする春原を見て、朋也はある意味こいつ天才か、と想った。
「岡崎っ!これから僕のことはボンド春原って呼んでくれよっ」
「それ、両方とも苗字だろ」
「じゃあジェームズ陽平でいいからさ」
「ったく。わぁーったよ」
面倒くさそうに朋也が言った。
「じゃあさ、じゃあさ。これからボンド春原の最初のミッションだっ」
春原がぐっと親指を立てて笑った。うわ、殴りてぇ、と朋也は思った。
「何するつもりだよ」
「これから智代のところに行って、おっぱいを盗んでくる」
「お前バカじゃないの?」
「いやあ、それほどでも」
「お前バカじゃないの?」
「おいおいよせよ……って僕褒められてない?!貶されてる?!」
「お前バカじゃないの?」
「淡々と繰り返さないでくれませんかねえっ?!」
「超大事な事だから四回言いました。お前バカじゃないの?」
「大事じゃねえよっ」
「つーかおっぱい盗むって、意味わかんねーし」
「へん、スパイってのは、何かを盗むのがミッションだろっ」
「そりゃ泥棒だ」
まぁ、情報盗んだりするんだったら、スパイも泥棒も同じか、と朋也は頭のどこかで納得した。
「で、それが何で智代のおっぱいなんだ?」
「だってさ、あれ盗んできたらすごいじゃん!でっかいからみんな気付くし、智代もすげー困るんじゃない?」
「おっぱいなんて盗めるわけないだろ。取り外し利くわけじゃないんだし」
「へっへっへ、偉人のやることには、みんなは最初は反対するもんなのさ」
やれやれだぜ、と肩をすくめる春原。それを見て、朋也はもう何を言っても無駄だと悟った。
「無理だと思うけどな……じゃあ行ってこい」
「おうっ!幸運を祈ってくれよ、マイベストフレンドフロムニューヨーク!」
颯爽と駈け出していく春原を見送って、朋也は一人呟いた。
「それが、俺たちが見た春原の、最高で最後の笑顔だった……ってな」
JJJJJJJJJJJJJJJ
「岡崎君、ちょっといいですか?」
昼休みになった時、椋が朋也に声をかけた。
「おう、藤林。どうかしたのか?」
「ええと、あの……春原君、見かけませんでした?」
「春原?……ああ」
朋也は休み時間の会話を思い起こし、椋の肩を掴んだ。
「悪い事は言わない。春原の事は、もう忘れた方がいい」
「ひゃうっ……ええええっ」
急に男子(しかも密かに気になる)に両肩を掴まれるだけでもどきどきするのに、朋也の口から出てきたのは、不吉なアドバイスだった。
「そ、それ、どういうことですか?」
「あいつはな、もう、戻ってこないんだよ」
「えええっ」
「というかあいつのことを知ってるってだけで迷惑がかかるかもしれん。今まででも充分ヤバかったけど、今度はガチだ。悪い事は言わない。もし誰かが「春原って人知らない」って聞いてきたら、「誰それ?」と答えるんだ」
「あ、あの……言ってることがよくわからないんですけど……」
その時、朋也は身の危険を察知して、さっと手を引っ込めて体を後ろに離した。次の瞬間、朋也の鼻を掠めるように、辞書が物凄い勢いで飛んでいった。
「おわっ」
「きゃっ」
「こらーっ!朋也ーっ!!」
のっしのっしという効果音を響かせて、杏がやってきた。その顔を見て朋也は、あれ、これどっかで見た顔だなと思った。もう少し考えてみたら、美術の時間でみたお面だった。確か般若とか言ったっけ。
「あんたね、椋に迫るなんていい根性してるじゃない?」
「迫ってねーよ」
「ふーん?まあいいわ」
「よくねーよ」
「あ、朋也、陽平見なかった?」
スルーされたことにチクリと胸の痛みを覚えながら、朋也は杏の肩に手を置いた。
「悪い事は言わない。今日この瞬間から、俺達は春原陽平なんて知らない。オッケー?」
「何よそれ」
「これから先、春原のことを知ってたら、すっごくヤバいかもしれないんだ」
「今でもじゅーーーーぶんヤバいわよ。知ってた?あたしとあんた、陽平の飼い主みたいな扱いなんだからね」
「それがこれからもっとひどくなるって話だ」
「今さらあんな(ある意味)有名人のことを知らないなんて言ったら、そっちのほうが不自然よ……まあいいわ。とにかく知らないのね?」
「知らん知らん。春原?何それおいしいの?」
「じゃあ、例えば今まで話してて、ちょっとトイレに行ったとか、そんなんじゃないのね」
「違う」
「ぱしらせてるわけでもないのね」
「違う。何だ、何かあったのか?」
杏がため息をついた。
「わかったわ。じゃ、行くわよ」
そのまま朋也の腕を掴んで歩き出した。
「行くって、おい、どこ行くんだよ?」
「あんた陽平の保護者でしょ?」
「違うだろ」
JJJJJJJJJJJJJJJ
「……遅かったか」
「やっぱこれって……」
朋也と杏は、二年生の教室の近くの壁を見ながら言った。
「陽平よねぇ」
「ああ、春原だな」
壁に埋め込まれている金髪の男子生徒を見て、二人は頷いた。
「んじゃ、確認終了っと。朋也、こいつ引っぱりぬいといて」
「ちょっと待て、なんで俺が」
「あんた、飼い主でしょ。それにあたし、汚くなるのやだし」
「ちょっと、お前、おい待て」
朋也が怒鳴っても、杏はそのまま歩いていってしまった。朋也はため息をつくと、春原の上着を掴んで力任せに引っぱった。きゅぽん、と音がして、春原は壁からすっぽ抜けた。
「おーい、春原、生きてるか?」
「……死ぬかと思ったよ」
「そっか。生きてるか…………ちっ」
「今、舌打ちしましたよねぇ?!」
「してないしてない。それより、あそこがダストシュートだ。ガンバってな」
「あ、そう?じゃ、行ってくる……って、僕はゴミっすかねぇ?!」
「ゴミだろ」
「違うよっ!?」
「で、結局智代に蹴り飛ばされたんだろ」
「今日は不覚を取ったまでさ。まあ、誕生日だし、許してやんよ」
「すっげーカッコわるいな、お前」
「ほっとけよっ!僕だってあと少しで盗めたのに、他の女子が邪魔してきたからさあ」
「けりが避けられなかったのか」
「その子のおっぱい盗むことになっちゃったんだよっ」
「そりゃ殺されるだろっ!!」
すると、廊下の向こうからわいわいと女子の声が聞こえてきた。
「やべっ!智代が戻ってきたかもっ!岡崎、早く逃げようよっ」
「そうだな……」
自業自得、という言葉が浮かんだが、朋也は結局春原と一緒に階段に向かった。先に行く春原を見て、朋也は立ち止まって廊下の方を見た。春原の勘通り、廊下の反対側から来たのは智代と、智代のファンクラブらしい女子だった。
智代と朋也の目が合った。智代は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑んで、口だけを動かした。
(ありがとう)
朋也はふっと笑うと、階段を駆け降りた。
「岡崎、遅いよ」
「ああ、悪い。ちょっと本当に智代だったか確認してた」
「うわっ!勇気あるねお前。で、どうだった?」
「智代だった。何だか殺したりないって顔だったから、これからお前をとっちめに来るんじゃないか?」
「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
「バカ、聞こえるって。早く教室に戻るぞ」
「お、おう」
教室に戻りながら、朋也は誰にも見られないように笑った。
―――知ってたさ。
心の中で朋也は笑った。
―――智代の誕生日のことも。靴箱のプレゼントのことも。そりゃ知ってたさ。四ケタの番号が、1030だってこともな。
転校してきて早々生徒会長になった智代。三年間をだらだらと過ごし、大学に進むなんて夢のまた夢な朋也。
そんな二人が互いの気持ちに気付いた時、悩んだ挙句の結論がこれだった。
―――この交際のことは、私達だけの秘密だ。何だかロマンチックだな。女の子らしいだろ?
そう言って智代は笑った。だから普段会う時も自然を装い、近い距離なんて少しも見せない。二人きりで会うことなんて、ほとんどない。メールのやりとりと、日常に紛れ込ませたさりげないメッセージで出来た関係。
だけど、いや、だからこそプレゼントだけは渡したかった。朋也はそうしないと、自分が智代の彼氏なんだという実感が沸かなかった。だから包装も店員のお姉さんに頼んで恥ずかしくなるくらいファンシーなやつを頼んだ。そして朝早くに学校に来て、靴箱にプレゼントを置くと、空き教室に潜り込んで予鈴まで寝ていた。それが「抜け駆け犯人」の真相だった。
「今は無理でも……」
朋也は窓の向こうの秋の空に向かってつぶやいた。
今は無理でも。
春が来て、朋也が就職し。
桜が切られないことが決まり。
智代も生徒会長でなくなったら。
その時は。
「来年は、一緒に祝おう、な」
来年の秋は、少し暖かくなるかもしれない、と朋也は思った。
あとがき
はじめまして。初参加のキーチです。ぶっちゃけ初SSです。
朋也と智代が誰にも知られずに付き合ってたらどうなってただろうなって妄想した結果がこの作品です。
楽しんでもらえるとうれしいです。
最後に、こんな駄文を載せさせてくれたクロイ≠レイさん、ありがとうございます。