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「へぶしっ」
…我が兄が、空を舞った。
至極、いつも通りに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局の所、最強なのはあの人のあれなんだって。いやマジで!  橘和板

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とあるイベントの数日前、固定回線通話にて。
『もしもし、椿芽か?何か用か?』
「巴お姉様、一緒にお買い物に行きませんか?」
『買い物?…ああ、アレの為にか』
「はい。出来れば巴お姉様とご一緒出来たらと…いかがでしょうか」
『勿論OKだ。私も買わなければいけない物もあるしな』
「では、明日そちらにお迎えに参りますね」
『ああ、楽しみにしておくよ。 では、明日』
「おやすみなさいませ、巴お姉様」

 

翌日。
午前中に商店街での買い物を終えた巴お姉様と私は、昼食を取るためにFolkloreに向かっていた。

扉を開けると同時に、カランカランとベルがなる。…いつも思うが、随分と
「「こんにちは」」
「いらっしゃい、巴ちゃん、椿芽ちゃん」
出迎えてくれたのは、田嶋有紀寧さんだった。
…どうやら誠一さんは奥に居るようで、姿は見えない。
私は誠一さんが少し苦手だったりする。誠一さんがとてもいい人だという事は、夫婦仲からも伺えるのだけど、どうしても「怖い」という感情が先に出てきてしまう。
幼い頃、母に連れられてFolkloreに訪れたときに起きたお客さんとのこうそ…喧嘩を見たのが今も忘れられない。
そのことは誠一さんにも気づかれているようで、私がお店に着くと奥に入ってしまう事が多い。
(いつかはお話しないと…)
と思い始めて、もう何年経つだろうか?

「椿芽?何を注文するのか決めたか?」
そんな事を考えていると、巴お姉様が話しかけてくださった。
「いえ、何でもありません。巴お姉様は何を注文なさいますか?」
「私か?私はオムライスと珈琲にしようと思っている」
「では私もオムライスを。飲み物はダージリンにします」
「分かった。有紀寧さん!」
「聞こえていますよ〜」
席を立って注文をしようとした巴お姉様を、カウンターから聞こえた有紀寧さんの声が制した。
それを聞いた巴お姉様は座り直してから、
「しかし、面白い物が見つかったな」
「アレなら皆様に喜んで頂けると思います」
今日見た物や買った物について、静かにおしゃべり。
他にお客さんが居たわけでもないし、知らない場所でもないので自由にしても良かったのだけど、そんな事はしなかった。
なんとなく、お店の雰囲気を壊したくは無かった。

「しかし、これからどうする?」
オムライスを食べ終えて、食後の珈琲&紅茶タイム。
「そうですね…」
目的の物は既に購入済み。特にやらなくてはいけない事もない。
いつも通り岡崎家に行ってお手伝いですかね…と思っていると。
「なら、おまじないをしてみましょうか?」
と、有紀寧さんが提案してきてくださった。
「おお、いいですね。久しぶりにお願いしたいです」
では、と有紀寧さんがおまじないの本を開く。…相変わらず物々しい。
「今日は、『買い物終わり、ふと喫茶店に立ち寄りその後どこへ行くべきか分かる』おまじないをしてみましょう」
「相変わらずピンポイントなおまじないがあるんですね…」
「では巴ちゃん祈るように手を組んで、『ダンサクタフリセハヤガワ』と三回言ってください。その間に椿芽ちゃんは手を合わせて『ネタッカヨテッアトコトヒハシトコ』と三回心の中で言ってくださいね」
「中々複雑ですが…がんばります」
「確かにちょっと言いづらいかもしれまれんが、一字一句間違えずにお願いしますね。 …いきますよ、せーのっ」

 

「ふむ、何もないな」
「そうですね…」
有紀寧さんのおまじないに従って、私達は光坂高校に来ていた。
とはいえ、現時刻は17時過ぎ。休日の夕方の校舎にともる光はまばらだった。
「…おや、私の教室は電気が付いているな。椿芽、すまないがここで待っていてくれないか?様子を見てくる」
「分かりました、いってらっしゃいませ」
すぐ戻る、と言い残して巴お姉様は走っていった。
手持ち無沙汰になってしまったので、くるりと回って周囲を確認してみる事にする。

私達の通う校舎。
両親ズが通っていた頃とは建物が一つ違っているらしいけれど、物心ついた頃からこうだった私には今ひとつ実感がない。
いつも体育で使うグラウンド。
ぽつぽつと人影が見える。着ているユニフォームはハッキリ見えないけれど、恐らく野球部の面々だろう。陸上部の姿は見えない。
たった今通ってきた桜並木。
酔った朋也お父様がたまに(長年の付き合いで何度もだけど)話してくれた智代さんの伝説は空でも言えるぐらいだ。
…本当に残っていてよかった。伝説から時間の経った今でも、桜並木は綺麗に花を咲かせる。

なんら取り留めのない事を考えていた時、何かが視界に入った。
糸がぶらさがっている。付け根は木の葉の中にあるようで、見上げても確認できない。
私はその糸を見て―――後から考えてもこの行動は理解できない―――何故かなんのためらいもなく、糸を引いた。

 

ガツン。

 

強い衝撃が頭に走り、何が起きているか自分の頭で処理できなかった。
ただ分かったのは、物陰に隠れていたのであろう見慣れた二人組の内一人が、校舎から走ってきた巴お姉様にボディブローを食らった後、
「へぶしっ」
…我が兄が、空を舞った。
至極、いつも通りに。

 

おしまい。

 

 

 

おまけ
当日、トモトモーズ聖誕祭にて。
「じゃ、次は椿芽の番ね」
「お、椿芽も用意してきているのか?楽しみだな」
「はい、私はお二人に…お祝いラップを捧げます!」
「「「「「へ?」」」」」
一同が呆然とする中、巴が隠し持っていたCDプレイヤーを再生した。
プレイヤーから小気味良いリズム音が流れ出し、椿芽もそれに合わせて身体でリズムを取る。
「ヘイ、ヘイヨー」
「オメデトオメデトトモトモーズ、イッツモイッツモゲンキデース」
「コ、コ、コ、コ、コレカラモ、オ、オ、オ、オ、オゲンキデ」
「チェケラー」
――一瞬の静寂。そして交わされるアイコンタクト。
そして…拍手の嵐。
「い、いやぁ、よかったよ、椿芽ちゃん!」
「まったくだな!斬新なプレゼントだったぞ!」
「流石は僕の娘だ!才能があるね!」
「良かったわよ、椿芽!」
そこには、精一杯持ち上げる大人と、その賞賛に応える娘二人の姿があったそうな……。

 

 

 

 

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