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 −−−結構昔の話だ。

「智代」

 前を歩く恋人に、声をかけた。長い髪を秋風にたなびかせて、智代が振り返った。

 確か、職場の先輩たちが手配してくれた俺の誕生日パーティーの帰りだったと思う。智代はこの頃大学生だったが、高校三年の頃から俺の職場に顔を出したりしていたので、自然と一緒に呼ばれたのである。

「うん?どうした」

「あ……」

 何かを言おうとした。言おうとしたのだけど、いきなり喉がカチカチに固まって、言葉が出なくなった。

「……」

「……?」

 言いたいことがあったんだ。智代に伝えたいことがあったんだ。

 だけど、言わなければいけない瞬間、言葉が出なかった。そしてその瞬間が過ぎた後、その言葉も、それに乗せたかった思いも、どこかに霧散してしまった。

「……悪い。何でもない」

「え」

「あー、ほら、あれだ。何か言いたかったんだけど、タイミングを逃しちゃって、それで今じゃ何を言いたかったのか覚えていないって、そういうこと、あるだろ」

「ん。まあな。で、今がそうだと」

「……ああ」

 バツが悪いので、とりあえず笑ってごまかした。すると、智代は腰に手を置いて、ふー、と嘆息した。

「全く、仕方のない奴だ」

「ん。反論はできない」

「本当に仕方のない奴だ。どれくらい仕方のない奴か、自覚しているのか」

 さて、困った。

 YESと答えた場合、「自覚しているのに治さないなんて!」とか言われるかもしれない。

 Noと答えた場合、ながーいお説教が待っているかもしれない。

 うーむ。

「……」

「……わかっていないようだな。ならば教えてやろう」

「え、あ、いや」

 モゴモゴと反論する俺の方に歩み寄ると、智代は俺の手を取った。

「……え」

「こうやってだな、私が手を繋いでやらないとダメなくらい、仕方のない奴なんだ」

 そう言って、智代は俺のアパートに着くまでずっと手を繋いでいた。

 −−−あれからいろんな、本当にいろんなことがあった。

 事故に遭って、長い間、智代との記憶を失った。

 親父とようやくちゃんと向き合うことができた。

 子供が生まれた。俺によく似た男の子と、智代そっくりの女の子の双子だ。

 その他にもいろんなことがあって、その度二人で切り抜いてきて、いろんな人のお世話になって

 今もこうして、手を繋いで帰り道を歩いている。

 ずっと苦しい時も厳しい時も側にいて、手を握ってくれる人がいた。

 時には引っ張って導いてくれた。時には何も言わずについてきてくれた。

 俺は一人じゃないんだと、ずっと教えてくれた。

 だから、ここまでこれた。

 二人と、強いて言えば壊れた街灯が二人を見守るだけの帰り道の途中、俺はぎゅっと手を握って、あの時言えなかった言葉を言ってみた。

「智代」

「ん。何だ」

「……ありがとうな」

「ん。どういたしまして、だ」

 何に対して、とか、どれくらいそう思っているのか、とか、そういうことを言わなくても、全部察してくれた。

 そんな智代が、とてつもなく愛しい。





 夢なんて、私とは無縁のものだと思っていた。

 荒んだ家庭で育ち、夜な夜な不良どもを相手に大立ち回りを繰り広げていた頃は、夢なんて持っていたって仕方がないと思っていた。どうせ私なんて、いつか、しかもどうもそう遠くない未来に、消えてなくなってしまうのだろうと、そんなことを考えていた。

 それから鷹文のおかげで家族が持ち直した時、私には目標ができた。桜並木を守るというその目標のために、私は光坂高校に編入した。

 でも、それは夢と呼べるものではなかった。

 桜並木を守るという願望は、目標だった。譲れない約束だった。だけど、守った後私はどうしたいのか、どこに向かいたいのか、そういうことについては全く何も考えていなかった。

 今になってみると、結構ぞっとするほど刹那的な道を歩いてきたんだな、などと思ったりする。

 そんな時、岡崎朋也と出会った。

 私と同じような雰囲気をまとう、一年上の先輩。言葉にしてみるとそれぐらいでしかないが、出会った頃の認識はそれぐらいだった。だけど、一緒に時間を過ごしていくうちに、朋也といる時だけ何かが違うと気づいた。

 空の青が、違う。

 高校に入ってからは、結構苦しい日々が続いた。勉強についていくのだって今までの学校とは大違いだったし、生徒会選挙のための活動だってあった。ポスターに落書きをされた時なんて、本当に世界が灰色に塗られた気分になった。

 だけど、そんな世界を朋也が吹き飛ばしてくれた。朋也といる時だけ、私は私でいられた。何のフィルターもかけずに、空の青さを感じることができた。

 そんな朋也と、ずっと一緒にいられたらなと、そう思った。

 夢が芽生えた瞬間だった。

 −−−あれからいろんな、本当にいろんなことがあった。

 自分に腹違いの妹がいると知り、その幼い妹をどうするかについて悩み苦しんだ。

 高校卒業後、どうするべきなのか悩み、自分を見失った。

 朋也を、失いかけた。

 そんな中、朋也の言葉が私を導いてくれた。朋也の行動が、私に息を吹き込んでくれた。

 二人でずっと歩いてきた。

 二人で必死になって、真摯に全部向き合ってきた。

 だから私は朋也のことを、もしかすると朋也以上に知っているかもしれないし、朋也も私の知らない私のことをちゃんとわかってくれているんだろう。

 お互いに誤魔化しは効かないだろう、とは二人の間の暗黙の了解だ。

 そうやって、こうやって来た。

 −−− いや、違うな。

 概ね誤魔化しはなしだけど、時々ちょっとした可愛い嘘とかはあったりした。

 例えば、まあ、結構昔の話になるが、朋也の誕生日パーティーからの帰り道、ふと朋也が立ち止まって何かを言おうとしたことがあった。結局、朋也はそれを言おうとして、でも上手く言えなくて、それでおしまいになった。

 けど、実はちょっと違った。朋也の恥ずかしげな顔や、必死さからして、その時はあまり言い慣れてなかった愛の言葉や感謝の言葉なんじゃないかと思った。でも、それだけ朋也のことを知っているということ、そしてそれでも朋也から実際に言葉を聞きたかったということを認めるのが恥ずかしくて、私は朋也の手を繋いで歩き出した。

 本当に繋いだ手から伝わる鼓動で思惑がバレてしまうんじゃないかって、そう心配したくなった。

 今ではふと思う。あの時、朋也は何も言わなかったけど、もしかしたら私の誤魔化しとかも全部お見通しだったのではないだろうかと。それでも、そんな恥ずかしがり屋で強がりを言う私の小さな嘘も見逃してくれたんじゃないだろうかと。いや、多分そうだ。

「朋也」

 家に着く前に、私も朋也に声をかけた。

「おう。何だ」

「……いや。うん。何だか改まって言うと、恥ずかしいな」

「まぁな」

「……」

「…………」

 どこからどこまで伝えたものか悩んだ後、私はその五文字を口にした。

「ありがとう」

「……ああ」

 その瞬間、朋也が私の手をしっかりと握ってくれた。





 俺が倒れたら、お前が助け起こしてくれる


私が限界に達する前に、お前が手を伸ばしてくれる


 俺が溺れそうになったら、たとえ海を割ってでも


全部を賭して、お前が救い出してくれる












2009

1014日は全世界的に智代の誕生日だ


Cielo

ガメラ

愚乱爺

鼻水とポケっトの人

龍龍

クロイ≠レイ




2010

CLANNADダブル誕生祭


欣ちゃん

緋茜

深海ねこ

taka

椋野

中彬

ユキノ@リィフ

陣海

芦部ゆきと

水澄

朱鷺




2011

CLANNADダブル誕生祭 エピソード2011 逆襲の副会長


ドルマゲス

流人

欣ちゃん

陣海

芦部ゆきと

椋野

緋茜

painkiller

橘和板

朱鷺




2012

CLANNADダブル誕生祭 エピソード2012 第三のくまさん


欣ちゃん

cymbal

芦部ゆきと

キーチ

momokichi

熊野日置

椋野

橘和坂

優月初

陣海

鍵好朱鷺




2013

CLANNADダブル誕生祭 エピソード2013 LAST STAND


欣ちゃん

熊野日置

momokichi

むねにく

芦部ゆきと

キーチ

陣海

鍵好朱鷺











「じゃあ、鍵、閉めるぞ」

「ああ、頼む」

 がちゃり、と智代が玄関の鍵を操作している間に、俺はキッチンからお猪口を二つと日本酒の瓶を一本持って居間に戻った。

「はい、智代」

「うん、いただこう」

 芳しい匂いと共に、透明の液体がお猪口を満たす。瓶をテーブルに置くと、智代がそれを手にしたのでありがたくお酌をしてもらった。

「智代、お疲れ様」

「朋也こそ、本当にお疲れ様だ」

 二人で言って、そして乾杯した。酒が体をじんわり暖めると同時に、ようやく終わったんだという実感が湧いてきた。

「二人だけになったな」

 智代も感慨深げに微笑んで言ったので、笑顔で頷いた。

「二人だけだな」

「何だか静かだな。まあ、さっきまでいろんな人に二人の誕生日を祝ってもらっていたんだから、しょうがないけどな」

「……本当にいろんな人に祝ってもらっちまったよな」

「ああ、そうだな」

 そして静寂が二人の間に訪れる。俺はゆっくりと目を閉じた。

 五年間。

 毎年、みんなで集まって、作品という形で俺と智代の誕生日を祝ってきた。いろんな脚本家や絵師の指示の下、いろんな登場スタッフが呼ばれた。

 最初はひっそりと数人の脚本家が各自サイトで智代の誕生日を祝おうとクロイ≠レイが呼びかけたところから始まった。

 どうしても都合が合わず、祭りを一日ずらしてしまったこともあった。

 開催準備に手間取ってキリモミしたこともあった。

 そして去年、誕生祭は2013年で終わりにしよう、という決断が下された。

 全部、大事な思い出だった。

「なぁ、朋也」

「うん、何だ」

「これから……どうなるんだろうな」

 智代が首を傾げて訊いた。その仕草がかわいらしくて、俺は思わず頬をゆるめた。

「何も変わらないさ」

 くっと酒を飲み干して、俺は続けた。

「朝起きて、仕事に行って、夜帰って来たらお互いがいて、二人で食事して、時々デートして、それでずっと好きでいつづける。そんな感じに明日が来て、来年が来て、ずっとそうやって続いていく。そんで毎年俺は智代の誕生日を祝って、智代は俺の誕生日を祝って、みんなでみんなの誕生日を祝っていく。それだけさ」

「……それだけか。そうか」

 智代は嬉しそうに頷くと、お猪口を空にした。

「さてと、もうそろそろ本当に幕なんだが、実は」

「ここで最後に言いたいことがあるんだろう?ふふ、実は私もなんだ」

「そっか、智代もか」

「ああ、朋也もだ」

 二人で笑い合い、抱きしめ、額を合わせて、そしてゆっくりとキスをした。





 愛してくれてありがとう

 目が見えない時に導いてくれて

 苦しい時に息を吹き込んでくれて

 愛してくれてありがとう

 飛べない時に翼をくれて

 苦しい時に息を吹き込んでくれて

 愛してくれてありがとう

 愛してくれてありがとう

 ありがとう


 愛してくれて

 




Bon Jovi – Thank You For Loving Me

 

 

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