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 これから語るのは、遠い昔話だ。

 一生忘れることのない日々の記憶。

 私と朋也の絆の証。

 

 これは、私が最愛の人を再び失った話だ。

 今まで一緒に歩いてきた軌跡が、全て消失した話。

 

 それは、朋也が目を覚ました時のことだ。

 

 

 

  「LOST DAYS」
  第一話 アフター

 

 

 

「なあ」

 いつのまにか寝てしまったんだろう。

 少ししわがれた声を聞いて、私は頭を上げた。

 見ると、朋也が不思議そうな顔で私を凝視していた。

 それだけで、胸が重くなる。希望が、消えていく。

「朋也っ」

「とも……」

 それでも、私は期待してしまう。望んでしまう、そしてその願いは

「や。ともや、朋也」

 あっけなく砕け去ってしまう。

「私の名前が……わかるか?」

 ゆっくりと首を横に振る。

「……そうか」

 悲しみを堪えて、それでも私は告げた。

「私の名前は坂上智代、だ」

「さかがみ……ともよ」

 今まで聞いたことのないようにつぶやくその声が、昔あれほど愛おしげに呼んでくれた私の名前が、とても辛かった。

「坂上さん」

 いやだ。そんな他人行儀な呼び方をしないでくれ。

「智代でいい」

 しばし躊躇うかのような顔をした後、朋也は聞いた。

「俺はどうしてここにいるんだ?ここは病院なのか?」

「そうだな……確かに病院だ」

 最も、朋也がこの病院を知っているかどうかはわからない。この病院はつい最近できた光坂病院。智也が子供のころ行っていただろう戸鳴町病院ではない。そして、今の状況からして朋也は、この病院ができたことを知らないかもしれない。

「朋也がここにいるのは、倒れたからだ」

「倒れた?」

 怪訝そうな顔をして、次の瞬間朋也は頭を抱える。

「ひとつ訊きたいんだが……智代はどうして、ここにいるんだ?」

 

 それを、私に言わせるのか?

 それを、説明しろというのか?

 

「私の名は、坂上智代。お前の名は、岡崎朋也」

 ぐっと唇を噛みしめて、言い放った。

 

「私達は……恋人だ」

 

 沈黙。

「恋人……なあ智代……俺はどうして倒れたんだ」

「お前は、電気工なんだ。町を作り、守っていく大事な仕事をしている」

 意外だったのか、朋也は目を見開いたが、その後頷いた。

「私はあまりよく解らないのだが……電柱に登る際、命綱というものを使うんだが、朋也の使っていた物が、あの日外れたんだ」

 朋也の同僚である芳野さんによると、留め具と綱自体の接合部が疲弊していたらしい。そのまま朋也は高度六メートルから、地面に落ちた。

「幸い、脊椎などには問題はなかった。何の障害もなく、現場復帰できるはずだったんだ。なのに」

 最初はちょっとしたことだった。お箸がちゃんと持てない。壁をドアだと思って取っ手を探す。真っすぐに歩けない。

 そしてその後に記憶喪失が始まった。私のことを覚えていないというまでに、さほど時間はかからなかった。

 私達は急いで病院に駆け付けた。そしてわかったこと。それは、朋也の頭の中で出血が起こっているということだった。

 

 

「ここの影が、ほら見えますね、これがヘマトーマ……ああ、つまり血の塊ですね。これが岡崎さんの脳を圧迫していたんですよ。そして結果としてね、記憶を失うなどの症状が見られたわけです」

 医者が光るボードにレントゲン写真をはめて説明する。

「普通は高年齢者に見られるんですが、まあ岡崎さんの場合は特例ということですね。はい。そこで、この血を抜いちゃおうということで、頭に穴を開けまして、ええ、血を吸い出しました。これを穿頭血腫ドレナージと言いますが、これを行った後に出血は見られませんでした」

「そうすると、俺はもう大丈夫ということですか?」

 一瞬の間を置いて、医者が曖昧な笑みを浮かべる。

「身体的にはもう大丈夫でしょう。一応しばらくは安静が必要です。しかし記憶の方は・……」

 不意に表情が陰る。

「治らないんですか?」

「本来は血を抜いた時点で、脳への圧迫がなくなり、記憶は戻るはずです。ですが、岡崎さんの場合どうしてまだ戻っていないか、ちょっと……」

「最悪の場合、どうなりますか」

「徐々に記憶が戻ってくる可能性も、無きにしも非ずです。しかし最悪の場合、元に戻らないことも覚悟しておいてください」

 

 

 病院を出てから、私達は黙って歩いた。

 頭が、真っ白になった。何も言うべき言葉が見つからなかった。

 今まで二人で歩いてきた道は、全て失われてしまったのだろうか。

 二人で生徒会選挙運動をやったこと。付き合い始めたこと。また一緒にいるって誓ったこと。ともや鷹文や河南子のこと。全部、なくなってしまったのだろうか。

 そして、これから私達はどうなるのだろう。私の思いは変わらない。朋也が忘れていても、私は覚えていて、朋也は朋也だから、変わってはいないから、だからこれからもずっと傍にいて好きになるだろう。

 でも、朋也は?高校時代のことを思い出すと、朋也は様々な人に慕われていた。隣のクラス委員長の杏。その双子の妹で、朋也と同じクラスだった椋。演劇部を一緒に復興させようとした古河さん。校内きっての天才少女、一之瀬。朋也は気づいていなかったのだろうけど、私の知る限りでもこれだけの人が彼を慕っていた。これからも朋也の人柄を知って魅かれてしまう女性も現れるだろう。その時に、私の隣に朋也は残ってくれるだろうか?それでも私を好いてくれるだろうか。

 朋也、お前は私のことを

「あの、さ」

「何だっどうした」

 いきなり声をかけられたので、少し驚いてしまった。

「あ、ご、ごめん」

「いや、大丈夫。すまない。どうしたんだ」

「俺達、その、付き合ってたんだよな?」

 ぎこちなく朋也が聞いてきた。

「ああそうだ……まあ、実感が湧かなくて当たり前なんだが」

 寂しげに笑う。そう、朋也にしてみれば、起きてみたら見知らない女の子に「付き合ってます」と言われた状況なのだ。実感も何もないだろう。

「そうじゃなくてさ……何だかさ、一緒にいた時のことはまだ思い出せないけど」

「けど?」

 朋也は顔を背け、頬を赤くしながら躊躇っていたが、決心して私の方を向いた。

「あんたといると、変な衝動に駆られるんだ。こう……苦しいような、恥ずかしいような、何だか今すぐ逃げ出したいんだけど、ずっといたいような」

 体が、ビクンと反応する。頭が遠くなって、胸が熱くなって、視界がぼやけてくる。

「それは……私とだけ、なのか?」

 恐る恐る訊いた。

「そうだと、思う。何というか、綺麗だな、って思った人は見かけたけど、それでも、そんなことよりこの衝動の方が気になってしょうがなくて……あんたとだけだ。智代といると、変な気分に、なる、ん……だ?……智代?」

 気がつくと抱きしめていた。その胸に頭をうずめる。

「朋也、それは、証なんだ」

「証?」

「ああ。それは、お前が私のことをまだ好いていてくれているという証、お前の気持ちは失われていないという証拠なんだ」

 怖かった。

 記憶とともに、本当に全てを失ってしまうのか、そう思っただけで膝が震えた。

 でも、やはり何かは残ってくれていたんだ。

 かけがえのない物が、まだそこにはあったんだ。

「それが、私には何よりも嬉しい」

 朋也がおずおずと抱きしめ返してくれるのを感じながら、そう笑った。

 

 永遠の愛は、あった。

 

 

 

「案外、いろいろと解るんだな」

「ああ、俺自身ちょっとびっくりだ」

 朋也はそう言いながら、慣れた手つきで茶筒を取り出し、急須に入れるとお湯を注いだ。そしてその後しばらくあれ、という感じで茶筒を見たりする。さっきからそんな感じだ。

「何がどこにあるのか、不思議と解るんだけど、どうして解るのかはちょっと、な」

「そうか……何かの本で読んだんだけど、記憶ってのは全部同じものじゃないらしい」

「へえ。つまり?」

「ああ。言葉とかの意味を覚える記憶、体で『覚える』記憶、思い出とかを覚える記憶。そういうカテゴリーがいくつもあるんだ。朋也が今、物を忘れているってことは、お前の思い出の記憶がまだ戻ってきていないということだから、今までできたことは恐らくできるんだと思う」

「そうか。じゃあさ、俺とお前の、この気持ちってのは思い出だけってわけじゃなくて、体で覚えたものってことなのか」

「……何だかお前が言うといやらしく聞こえてしまうぞ」

「……なあ智代」

「却下だ。全く、朋也はスケベなんだから」

 ちぇ、と舌打ちをすると、朋也は笑った。

「ちなみに台所のことだけは思い出せないんだが、どういうことだ?」

「まあ、私がいる時は私が料理していたからな。でも、曲がりなりにも一人暮らしなんだから、早く思い出さないと大変だぞ」

「え?どういうことだ、私がいる間は、って?」

 きょとんとした顔で朋也が聞いてくる。

「私は一応大学生なんだ。休みの間にお前と一緒にいさせてもらってる。一応これは家族の了解は得ているんだが、大学を卒業するということが大前提なんだ」

「つまり、秋になるとまた大学に戻るんだな」

「ああ、そうなる」

 自然と言葉が重くなる。すると、朋也は私の隣に座ってくしゃりと頭をなでた。

「すげえ彼女だな、智代は」

「そ、そうなのか」

「ああ。最初から頭がいいと思ってたけど、大学生だったんだ。っていうか、何でお前、電気工なんかと付き合ってるんだ?」

「そりゃ決まってるだろ?お前が好きだからだ」

 すると顔を真っ赤に染めて、目を見開いた。

「お前……」

「朋也?」

「かぁいいのでお持ち帰りしますっ!」

 わしわしと頭をなでる。お持ちかえりも何も、ここはお前の家じゃないか。

「朋也、もうそろそろやめてくれ。髪の毛がぼさぼさじゃないか」

「いや、こうしていると、何というか、大事なことを思い出しそうな……」

「……嘘だな」

「何っ!」

「目が笑っている。騙せたと思ったのか」

「ははは……まあまあ、そう怒るな。でも」

 そう言って手を止める。

「前にもこういうことをお前とやってたんだなってのは、思い出せた」

「……そうか。他には」

「智代がすげえ可愛いことも、まあ思い出せた。あと」

「あと?」

 唇が重なる。朋也の手が、私の頭に添えられ、もう片方の手が、私の手を握る。

 キスが終わっても、じっと見つめあう。

「何となく思い出した。智代にキス魔だって呼ばれていたこと」

「ああ、そうだな。朋也は本当にキス魔だな。そんなだから」

 そう言って、体を朋也に預ける。

「好きになってしまうんじゃないか」

 

 

 

「変だったんだ。指が勝手に動くって感じでさ。それに、事務所の人に会うたびに、頭の中で映画のシーンみたいなものが湧き上がってくるんだ」

 そう朋也は苦笑した。蝉が鳴く中、私達は木陰の中を歩いた。

「でもまあ安心したよ。仕事はまだちゃんとできるようだし、まだちょっと思い出せない所もあるけど、芳野さんがいろいろとサポートしてくれてるし」

「よかったな。芳野さんは、お前のことを本当に心配していてくれたからな。事故が起きた時も、ずっと私に頭を下げていた」

「……そうだったのか」

 ふと、悲しげな目をした。

「ちょっとここで待っていてくれ。一緒にアイスを食べよう。何にする?」

「あ?ああ、そうだな……いや、智代が選んでくれ」

「わかった」

 そう言って近くのアイス屋に行こうとすると、呼び止められた。

「こういうのは、俺が奢る、だったっけ?」

「……ああ、そうだなっ!朋也は私の恋人だからなっ!」

 こうやって、徐々に思い出してきている。病院を出たときから始まって、ゆっくりと記憶の欠片を集めて、形にしていってくれている。それが、とても嬉しかった。

「はい」

「さんきゅ」

 手に取ると、朋也はしげしげとそれを眺めた。

「どうした?食べないのか?」

「あ、ああ。うまそうだな」

「気に入ってもらって嬉しい」

 それでも、朋也はぼんやりとしながら、それを舐めた。緩慢な動きだった。

 ふと、朋也のズボンを見る。暑さに負けて、アイスが滴になってズボンに落ちた。

「ほら、ぼうっとしてるから」

「!!」

急に智也がアイスを落とした。そして私を抱きしめた。

「どうしたんだ?朋也?」

「わからない……わからないんだけど……」

私の耳元で囁いた。

「何でだろうな……アイスをお前からもらって、それで、そのせいだかはわからないんだけど、すごく後悔した記憶があるんだ」

 思い出した。あの時の記憶だ。

「よく、わからないけど、まだ霞みがかってるけど、絶対に思い出すから。俺、絶対に全部取り戻すから」

「うん、わかってる」

「絶対、絶対だからな」

「うん。朋也ならできる。私達ならできる」

 そう言いながら、朋也の髪をなでた。

 考えてみれば、もしかするとそれは朋也が初めて私に見せた、不安とかそういったものだったのかもしれない。朋也はいつもぶっきらぼうで、強くて、両足で立っていて。そんな朋也しか私は見たことがなかった。

 でも、本当は怖いのだろう。自分の知らない世界で、何かをするたびに何かを思い出し、でも中には思い出せないものもあって、それが何だか解らなくて。

 だから、これは私しか知らない朋也なのかもしれない。私にしか見せない、朋也の本当の心なのかもしれない。

 

 

 

「やあこんにちは。元気?」

「誰だお前は?」

 鷹文がはっと鋭く息を吸う。私は台所で納豆餃子を炒めながら会話を聞いていた。

「……にぃちゃん、僕のこと、覚えてない?」

「知らない家の子だな。お前は誰だ?」

「僕は坂上鷹文。にぃちゃんの恋人の弟だよ」

「恋人?誰だそれは」

「ほら、台所で料理作ってるあの人。坂上智代の弟の鷹文だよ」

「坂上智代?知らないな」

 え?

 ちょっと待て朋也。それはないだろう?

「あそこにいる人?ああ、あいつは岡崎智代。俺の妻だそうだ」

 え?え?

 う、うわああああああああ

「朋也っ!」

「どうしたんだ智代?そんなに慌てて?」

「うわ、ねぇちゃんともうそこまで行ってたの?」

「ちちちちちがちがうぞ鷹文!まだけけ結婚はしていないっ!」

「え?でも病院でそう紹介したじゃないか。二人は家族だって」

「ねぇちゃん……記憶がないことを逆手にとって勝手に結婚しちゃったら、だめだよ?」

 なんで私が弟にそんなことを諭されなければいけないんだ!

「と〜も〜や〜!!」

「わかったわかったギブギブギ……ぐるじいがらもうばなじで」

 はぁ、はぁと荒く息を吸いながら、床に倒れ込んだ朋也を睨む。

「で、にぃちゃん思い出した?」

「……俺の彼女がすげえ美人で優しかったことは思い出した」

「……何で過去形なのさ」

「よし。それで鷹文のことは?」

「鷹文のことは思い出したさ、そりゃ」

「あ、ほんと?」

「でも、それにしても誰なんだお前は?」

 不思議そうに鷹文の顔を見る。

「だから僕が鷹文だってばっ!」

「違うだろ」

「朋也、どうしたんだ?」

「考えても見ろ智代。鷹文はお前の弟だ」

「うん」

「だから、智代と遺伝子を分けているからには、相当な美男子に違いない」

 ……何だ、照れるじゃないか・

「しかるにっ!そこにいる男は、智代の可愛さが備わっていないっ!」

「ひどい言われようだね……」

 苦々しげに鷹文がこぼす。

「でも朋也……」

「そして智代の弟ならば、智代みたいに気立てがよくて、空気が読めて、人の気持ちを尊重するに違いない」

 朋也は私をどれくらい真っ赤にさせる記録でも作っているのだろうか?何だかとってもしまりのない顔をしている気がする。

「では、そこの怪盗覗き魔は一体誰だ?」

「絶対にあの時のこと覚えてるよね?記憶戻ってるよねにぃちゃん?根に持ってるんだよね?」

 む。そう言われてみれば……

「智代思い出せ。お前の可愛い弟のことを。ディープキスしても髪の毛を黄色に染めることなく、無邪気に笑っていた、大好きな鷹文のことを」

「……」

「にぃちゃん、わかっててやってるでしょ?ねぇ!!」

「お前は……」

「誰なんだ?」

 同時に鷹文に顔を向けて聞いた。

「ね、ねぇちゃんまで……」

 鷹文は真っ白に燃え尽きた。それをみて肩をポンと叩く朋也。

「気にするな。さあ河南子に慰めてもらえ」

「うん、そうしてくるよ……って、覚えてるでしょっ!!」

 くわっとなる鷹文。これでは春原に似てきてしまうではないか。

「全く……で、どこまで思い出したわけ?」

「ああ、お前が俺の家に一人で遊びに来た時、昔はよく智代のブラを被って下着をくんかくんか嗅いでいたって話してくれたことまで思い出したぞ」

「言ってないしやってないよっ!何で僕はそこまで変態にならなきゃいけないんだよっ!!」

 た、鷹文……お前は、私の弟は変態だったのか……!

「ねぇちゃんも本気にしないっ!」

 

 

 

「それは何だ、朋也?」

 夕飯の後、拭き終ったちゃぶ台の上で朋也が本らしいものを広げていた。

「うん?ああ、アルバムだよ。そこら辺に転がってたからさ」

 そう笑いかけた。私は隣に座ると、二人で写真を眺めた。

「え……と。こいつは何てったっけなぁ……女なのに辞書を投げるのが得意なんだけどな……」

「覚えていないか?隣のクラスの委員長の……」

「藤林っ!藤林だったよな。あれ、でも藤林は俺のクラスの委員長じゃなかったっけ?」

「それは妹の方、藤林椋だ。辞書投げのうまいのは藤林杏。髪の毛の長い方だ」

「そうだったっけ……ああ、そうだったな。あれ?」

「どうした?」

「この金髪のやつ……誰だったかなぁ、よく一緒にいた気がするんだけど……ヘタレだってのはなぜか覚えてるんだよな、これが」

 春原、よかったな、朋也に覚えてもらえて。たとえヘタレとしてだとしても。

「そうそう春原。何つーか、あまり思い出したくなかったと思うのは気のせいか?」

「いや、しごく自然だと思うぞ?」

 うん、まあ、自然だ。どこか遠くで「あんたらひどいっすねぇぇえええええ?!」という絶叫が聞こえた気もするが、気にしない。

「でも、何でだろうな。お前との写真が少ない気がするんだけど」

 そう言われて、私は俯いた。

 この頃、私は朋也とは一緒じゃなかった。一緒にいられなかった。

「それに何だか俺も友達に囲まれてすごく楽しいわけじゃなさそうだし……どうしてだろうな」

 朋也、まだ思い出せないんだな。

 私とお前が、一度だけ犯した、あの間違いを。

「朋也……」

「いや、大丈夫だ」

 明るい声を出して、朋也がアルバムを閉じた。そして笑う。

「お前がいてくれるんだ。それも全部思い出すよ」

「……うん」

 そう言って肩を抱いてくれる。私はその肩に頭を乗せた。

「朋也……」

「智代、好きだ」

「うん。私もお前が大好きだ」

「甘えてるのは解ってるけど、傍にいてくれ。全部取り戻すまで、一緒にいてくれ」

 ずきん、と胸が痛んだ。カレンダーを見るまでもない。昼の温度が下がってきた。心なしか、夕方が長く感じられるようになった。私が朋也の傍で、こうして話していられる時間も、あまり残されていない。

 朋也がこうなっているのに、私は朋也の傍を離れなければならない。それが、朋也と一緒にいられる条件のようなものだった。無論、大学を中退しても朋也と一緒に暮らす方法はないわけではない。でも、それをしたら何かが変わってしまうと思う。私は、強かった私を捨てて、昔の弱かった自分に戻ってしまうと思う。そしてその弱い私は、果たして朋也を支えてあげられるだろうか。

 だから、まだ弱い私だから。

 声に出して、自分を励ましてみる。

「私はお前と一緒だ。離れていても、心は一緒だ。そう言ってくれたのは、朋也じゃないか」

「ああ……そうだったな」

 苦笑が聞こえた。朋也が私に大学に行くのを送り出してくれた時の言葉だった。

「ところで智代、思い出したことがある」

「何だ?」

「春原のことなんだが、あいつとお前が最初に会った時、何か変なことをやっていたな」

「ああ、あれか」

 あれか……

「あれは、私があまりにも強いから、本当に私が女の子かどうか試してみたかったそうなんだ。失礼な話だな」

「そうか……でさあ、智代」

「何だ今度は?」

「俺も、試してみたい」

 な……に?

「智代ちゃんは、本当に女の子なのかなぁ?お兄さん知りたいなぁ……」

「な、何を今さら言ってるんだ!ちょ、ちょっとやめろ朋也っ!手をわきわきさせるなっ!やめっ」

「よいではないかよいではないか」

 

 

 結論から言うと、朋也はやっぱりスケベだった。

 

 

 

 駅までは、手を繋いで歩いた。

 荷物の多くはまだ大学の寮に置いてきたから、今朋也が持ってくれているのは大きなボストンバッグと中サイズのスーツケースだけだった。

 改札の前の時計がパタンと表示を変える度に、何かを言おうとして、そしてそのまま言葉を飲み込んでしまう。

 謝りたかった。私はお前を置いて、この街を出て行ってしまう。お前がこれから記憶を取り戻そうと必死になるのに、私はお前の傍にはいられない。それが悔しくて、悲しくて、辛かった。

「只今三番ホームに……」

 駅内アナウンスがいくらか木霊して響いた。私の乗る列車だ。

「あ、あのな、朋也、私はその」

 その言葉を言い切らないうちに、抱きしめられた。それまで這っていた緊張の糸が、徐々に緩んでいく。

「ありがとう、智代」

「え?」

「お前がいなかったら、俺絶対にずっと何もできなかった。お前が傍にいてくれたから、ここまで歩いてこれた」

「そんな……でも、私は」

「俺はもう大丈夫だ。もうお前が傍にいなくても歩いていける。お前とまた会えるまで、何とかやっていける」

「……うん」

「だから、行ってこい、智代」

「うん」

 そう答えて、私はまじまじと朋也を見た。

「無理はしないでくれ。体には十分気を付けてくれ」

「ああ、わかってる。お前も頑張り過ぎるなよ?」

「ああ……じゃあ」

 そう言って、私は朋也から荷物を受け取ると、改札を通った。これで、私はもう戻れない。そんな気がした。

「また……な?」

「ああ。元気で」

 そう言うと、朋也は笑って手を振った。

 目が少し潤んでいるのが見えた。

 ぎこちなく笑うと、私はそのままホームに立った。もう振り返らなかった。だから、恐らく泣いている所も見られなかったと思う。

 電車が動き出す。私の街が、滲んで消えていく。その時、携帯が振動した。訝しげに画面を開いてみる。

「!!」

 

 ああ、これはもう

 うん、やっぱり朋也はずるい。

 今はちょっと無理だけど、少し泣かずにはいられないけど

 でも泣き終わったら、また笑おう。

 今度は朋也に正々堂々と振り返れるよう、笑おう。

 

 

 

『追伸 お前の笑顔はやっぱり最高だって思いだした』

 

 

 

 

 

 


次回予告



パズルはほぼ完成しているのに、肝心なピースが二、三個足りなくて
そのせいで綺麗だと思われる絵に穴が開いている。そんな気持ちが心の奥底で澱みとなって溜まっている。

「朋也……この木が何だか、わかるか?」

『だから……朋也の傍へ行く。全力でそこへ行く』

「ごめんな、智代。俺、またお前を一人にさせちゃったな」

そして私達は、冬を迎える



「LOST DAYS」

第二話 あの時も



「ただいま、智代」

「おかえり……朋也」

 

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