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 時々、遠くに目をやる彼の姿。

 そんな時の朋也の顔は、はっとするほど真剣だった。

 

 私が声をかけると、また笑ってくれる。けど

 どこかで朋也は私にすら強がってみせていて、それでも辛くて、そんな彼を私は見ているだけで。

 そんなことがよく起きるようになった。

 

 

 そして私達は、冬を迎える

 

 

 

  「LOST DAYS」
  第二話 あの時も

 

 

 

「ただいま」

 家の空気が俺の顔をなでるだけで、頬が溶けていくような気がした。俺は荷物を下ろすと、手で凍りついた頬をゴリゴリと解す。

「おかえり、朋也」

 台所から智代が迎えに来てくれた。黒いタートルネックに赤いエプロン。うん、確かに似合ってる。

「寒かったな。お疲れ様」

「ああ、いろんな所が凍ったりするからな。それでコーティングが耐えきれなくなったりして壊れたりすると危険なんだ」

「そうか……あのな、朋也」

 不意に抱きつかれた。

「危ないことはしないでくれ。今日、電信柱の足掛けのところを見たら凍っていたぞ?」

「ああ……気をつけるよ」

「全く仕方のない奴だな、朋也は。こんな可愛い彼女に心配をかけてはダメじゃないか」

 絶対に前よりも甘えることが多くなったな、と思いながらも、頭に手を乗せる。

「うん。大丈夫だ」

「なあ朋也、ご飯にしようか、風呂も沸いてるが……?」

「第三の選択肢は?」

「ばっ!お、お前は何を言ってるんだ馬鹿っ!」

「えー」

「『えー』じゃないっ!」

 笑いながらコートを脱いでハンガーに掛ける。

「今日は肉じゃがなんだ。楽しみにしていてくれ」

「ああ、期待してる」

 そう言うと、俺はちゃぶ台の前に座った。腰が悲鳴を上げるのを聞いて、そう言えば今日一日中立って作業してたんだなと、改めて感じた。

 智代が大学の冬休みに入った時、俺は笑顔で「全部思い出したぞ」と言ってやりたかった。それを聞いて喜ぶ智代の笑顔を見たかった。

 でも実際は、まだ何かが足りなかった。

 それが日常に支障をきたしているわけではない。仕事のことは全部思い出したし、時々遊びに来る鷹文や河南子のことだって、もう思い出した。二人を通して、五人で過ごしたあの夏のことも、覚えている。

 でも、何かが足りない。何かが抜けている。

 パズルはほぼ完成しているのに、肝心なピースが二、三個足りなくてそのせいで綺麗だと思われる絵に穴が開いている。そんな気持ちが心の奥底で澱みとなって溜まっている。

 時期は大体、高校三年の春から、仕事を始める時までの一年。そう、俺と智代が付き合い始めた頃の一年が、すっぽりと抜け落ちていた。

 俺は智代に、自分から思い出すまでは何も言わないでくれ、と言った。そっちの方が本当に自分の記憶を辿っているかどうかわかりやすいからだ。しかし、俺は果たしてその失われた一年間を思い出すことができるんだろうか。

「そうだ、来週は古河さんの誕生日じゃないか。一緒に挨拶をしに行こうな?」

「ああ、そうだな」

 古河……渚。智代の三年の頃のクラスメートで、以来二人は仲がいい。今では実家のパン屋さんを手伝いながらパン職人になるための勉強をしている。確か、そういう人だったと思う。誕生日はいつだったっけ?確か、クリスマスイブだったか?

「朋也、どうかしたか」

 気づけば智代が覗き込んでいた。

「いや、何でもないよ」

 笑って答える。なのになぜか智代は表情を陰らせる。

「え?何か言ったか?」

「……いや。何でもない」

 寂しく笑うと、智代は台所に戻ろうとした。その手を掴む。

「何でもなくはないだろ。なあ、どうしたんだ?変なことを言ったんだったら、謝る」

「いや、本当に大丈夫だから」

「ちょっと待てって」

 そう言って後ろから抱きすくめる。

「……少し寂しかったんだ。朋也が時々悩んでるように見えるのに、何も言ってくれないことが」

「……そうだったのか。ごめんな、俺、お前に心配かけないようにと思ってたんだけど」

「相談しろ、馬鹿。私たちは恋人じゃないか。それとも何だ、悩みとは私に飽きたとかいうそういう話か?」

「ばっ違えよ。そんなことはないって。俺は、もうお前を放さないって決めたんだから」

 

 え?
 

 もう?

 

 何だ今の言い方は?

 それじゃああたかも一度手を放したかのように聞こえるじゃないか。

「どうしたんだ、朋也?」

「い、いや。今何か頭の中に浮かんだ気がしたんだけど……」

 しかしそれはすぐに消えていってしまった。

「もう少しだったんだけどな……」

「朋也、あまり無理はするな。ゆっくりでいいんだ。いや」

 智代が俺からすっと離れると、向き合った。

「私は、朋也がどうであろうと、好きなんだ。私のことを全部覚えていなくてもいい。お前が私を好きでいてくれる、それだけでもう報われているんだ。もしこのことがお前にとって重荷になっているんだったら、もうそんな重荷は手放してしまえ」

 それは、甘い勧誘だった。

 思い出そうとしていることは、いいことじゃないかもしれない。いや、嫌な気がする。辛い記憶だった気がする。

 わざわざ、そんなものを思い出そうとしなくてもいいじゃないか?

 幸せだろう、お前は?智代がお前の傍にいて、それだけでいい、って言ってくれるじゃないか?

 全てをそのままにして、このまま暮らしていけばいい。それでも幸せになれる。

「智代……」

「もう、辛い思いはしてほしくないんだ。私のせいで、朋也が悩まなくていいんだ」

 そうだ。そう言ってもらえてるじゃないか。そのまま、その優しさに身を任せてしまえば

 

「智代、それはできないよ」

「でも」

 それでも俺は決める。絶対に取り戻す、と。

「辛くても、これは俺とお前が選んだ道だからな。これを思い出さなけりゃ、絶対に後悔すると思うんだ。もしかすると、それでお前を傷つけてしまうかもしれないんだ」

「……そうか」

「俺はこのままじゃ、自分が正しかったって気づけないと思う。今いる自分が答えなんだったら、その答えにどう辿り着いたか解らなきゃ、その次の自分に繋げられないと思う。だから、どんな記憶であっても俺は全てを知り、そして堂々と次に進む」

「……うん。そうだな」

 はにかむようにぎゅ、と抱きついてきた。

「全部解ったら、お祝いしよう」

「ああ、記念日にしよう。朋也がもう忘れないように」

 本当に可愛いことを言う奴だな、と思った。

 

 

 

「しっかし、妙に写真の中は女子が多いな……というか、男子は俺と春原しかいないんじゃないか?」

 そう言うと、智代は意地悪そうな笑みを浮かべた。

「残念だったな朋也。その頃はもう、男冥利に尽きる日々だったんだぞ?そうだな、誰とは言わないが私以外に数人はお前のことを好きだった人がいたな」

「……嘘くさいっす」

「本当だぞ?まあ、覚えていないのも無理はないな。朋也は極刑物の鈍感さを持っていたからな」

 何だかすごく遠まわしに責められている気がした。

「何だかそれじゃあたかも俺が悪者じゃないか……」

「恐らく朋也はあの世では下行きだな、乙女の心を踏みにじった罪で」

「うわぁ……何とかならないものかな」

「決まってるだろ?」

 にこっと智代が笑う。

「私を幸せにしてくれれば、弁護してやろう。どうだ、彼女らしいだろう」

「お前を幸せにって……何だかそれってさ……」

「うん?どうした?」

「いや、いいさ」

 何だかプロポーズを求めているように聞こえたんだが……

「どうしてそこで顔が赤くなる?朋也は何か私に隠しているのか?」

「してないって」

「じゃあ何だ、言ってみろ」

 そこで、もともと俺達しかいない居間をきょろきょろと見て、智代の耳に思ったことを囁いた。

「なっ……」

 見事茹でダコができた。恐らく日清もびっくりなインスタント。

「そそそ、そんなつもりで言ったわけじゃなくてだな、そもそもそういうことは男性が言うべきで、えっと、わわわ私はそれをまっ……って、何を言っているんだ私はっ!」

「落ち着けって」

「そもそも朋也は男性で、し、しかも私より年上で、ほ、本来ならそういう話は、その、あれなんだ」

「おーい智代?」

「わかったな朋也っ!世間じゃあ姉さん女房は金の草鞋を編んでも探してこいとか言うが、年下だって捨てたもんじゃないからなっ」

 ぜーはー、と肩で智代は息をした。正直、論点がずれにずれて何が言いたいのかよく解らなかったが、一応頷いておいた。

 

 

 

 年が明けて、また仕事が始まった。智代も、もうそろそろまた大学に戻らなくてはならない日が近づいてきた。

 また、思い出せなかったな。そんな悔悟の念が強く胸に圧し掛かる。今度こそはあいつに思いっきり笑ってもらうはずだったんだがな……とひとり呟いた。そして祝いついでに……

「また、叶わなかったな」

 智代が残念そうに呟いた。胸がずきりと痛む。

「……ああ」

「あ、いや違うんだ。そういう意味で言ったんじゃない」

 慌てて智代が手と首を振った。

「え?」

「いや、冬は一緒に雪見をしようと言ってたじゃないか。今年は私ももう成人したから、一緒に熱燗を飲みながら雪でも見ていようと思ったんだが」

「……ああ、それはいいな」

 雪が降る中、お互いにこたつの中で寄り添いながら、熱燗を飲み、笑い、そして雪を眺める。

「まあ、肝心の雪がないんじゃ、しょうがないな。去年よりは寒いと聞いていたんだが」

 去年の冬は滅多にない暖冬だったというのを思い出した。確か駅まで送りに行く時に、智代が口を尖らせていた気がする。

「そうだ、言い忘れていたけどな」

「何だ、急に?」

「成人式のあれ、すごく似合ってたからな」

 すると智代は頬を赤らめて恥ずかしげに笑った。

「そ、そうか?あれは結構気に入っていたんだ……その、嬉しいぞ」

 残念ながら智代がやるはずだったスピーチには仕事の都合で間に合わなかったが、それでも会が終わるまでには少し休憩時間を取って会いに行けた。その時智代は白と赤で彩られた地に淡い色の花が染められた振り袖姿だった。その姿を見ただけで来た甲斐があったと思った。ついでにご飯三杯はげふんげふん

「ああ、とっても女の子らしかった……って、何でわざわざそこまで言うんだ俺?お前はもともと女の子だし……?」

 首を捻る。

「まあ……それは特に覚えてなくてもいいだろう?」

 急にそわそわする智代。あ、可愛い。しかしちょっと怪しいな。

「そうだな。うん、智代が実は凶暴な不良ガールで、夜な夜な不良共と殺すか殺されるかの死闘を繰り広げていたなんて、思い出したくないな」

「しっかり思い出してるじゃないかっ!!」

 智代の足がぶれる。何が起こっているのか反応できる前に、目の前で火花が散り、世界が回る。後頭部に確かな衝撃。ダメージレベル8。えまーじゃんしー。しーきゅーしきゅー、聞こえるか。脱出しろ。俺を置いて逃げるんだっ!隊長、おれ、戦争が終わったら結婚するんです。

「いや……冗談で言ったんだが……今ので思い出した……」

「え、あ、そ、そうだったのか……私は自分の彼氏になんてことをしたんだっ!」

 い、いや智代さん、後頭部が痛い時にそうやって揺すられると、尚更痛いんですが……?

「朋也、私のことがわかるか?また忘れてしまったわけじゃないよなっ?」

「大丈夫だから、揺するのはもうやめてくれ……」

 頭を押さえながら立ち上がる。そしてふと気付く。

「なあ智代」

「何だ?まさかまた……?」

「いや、熱燗の用意しなきゃな」

「それはどういう意味だ?」

 俺は窓の外を指さした。

「何とか間に合ったみたいだぞ」

 薄暗い街の空を、白い綿雪が降っていた。

 

 

 

「やっぱりいいな、こういうの」

 それから十分後、俺達はこたつの中で頭をお互いに預けあって、静かに雪を見ていた。

「ああ。朋也は日本酒派だからな。いつかやってみたいと思ってたんだ」

「智代は酒、大丈夫なのか?」

「大丈夫だぞ?何だ、自分の彼女が信用できないのか?」

 すまん智代。そんな真っ赤な顔でとろんとした目をされると、信用したくてもできない。一応呂律は回っているが、それもいつまで持つか解らない。

「もうそろそろ止しておいた方がいいんじゃないか」

「大丈夫だって言ってるだろ?朋也は少し自分の彼女の言うことを聞いてだな、わかるか?」

「いや、だからそこでぐぐっと飲まない」

「……それともこんな彼女と一緒じゃ、酒も飲めないというつもりか」

「い、いやそんなことはないさ」

「ふっ、そうかそうか、いくら私が頑張っても、やっぱり非行少女とは一緒にいられないか……私には朋也しかいないと思っていたんだけどな……ふと気付いたら、私は暗くて寒い部屋に一人で起きるんだ。ちゃぶ台には朋也の筆跡でただ一言『ごめん』。そして私は、朋也の思い出の詰まったこの部屋で……」

 お、おい、いきなり何言いだすんだ?

「もういい。かくなる上は、朋也と一緒に心中してやる」

「するなっ!」

「朋也は、私との思いを遂げたくはないのか?」

「い、いや、だから俺は死にたくないし、何つーかその」

「私に一人で死ねと?」

「違うっ!お前にも死んでほしくない!むしろイ`!!」

 うー、と唸った後、ぷん、とそっぽを向く。しかしその途中でバランスを崩して、俺の方に倒れ込んできた。

「あ」

「……れ?朋也が逆さに見える……」

「お前飲みすぎ確定な」

「そうか……ふふ……暖かいな」

「ちょっと、お前……」

 智代は俺の腿に頭を乗せて寝転がった。これってもしかすると?

「ともやのひざまくらだ」

「……言うなよ、恥ずかしいから」

「恥ずかしがることなんてないぞ?私は朋也の彼女なんだからな」

 そう言いながら俺の頬を両手で包みこむ。別段それで何をするというわけでもないのに、それだけで顔が徐々に赤くなる。

「ふふ、朋也だって……顔……赤いじゃないか」

 そう言いながら徐々に手を下す。そしてすぅすぅと寝息を立てて寝てしまった。

 やれやれ、とため息を吐くと、俺は窓の外を見た。

 雪が世界を白くしていく。

 そう言えば、あの日もこんな風に雪が降っていたな……

 

 

 あの日?

 

 

 頭の中で、何かが爆ぜた。

 白い世界。雪。二人で歩いて帰った。

 間違いない。これは失われていた記憶の欠片だ。

 帰ったのは、ここじゃない。俺の家、親父が今暮らしている家だ。門の前で、智代と別れた。
 

『もう……放さないからな』

『ああ……ありがとう』

 門の前でキスをして別れた。放さない?ハナサナイ?もう?

「智代、すまない」

 智代の頭を軽くタップする。目を擦りながら起きる智代。

「何だ?今日はいろいろと忙しいな」

 俺は玄関脇にかけられた俺と智代のコートを取ると、それを智代に渡した。

「ちょっと、付き合ってくれ。今、何かわかると思う」

 

 

 

 街の明かりが揺れる。俺は智代の手を取って、走り続けた。

 次々に現れる、記憶の一シーン。雪の中を二人で歩いた記憶。一つの店の前で足を止める。

「ここ……この店で、クマのぬいぐるみを二人で見た」

「……ああ、そうだったな」

「その時は、金なかったから、また今度二人で買いに来ようって言った」

「ああ。実際、二人でまたデートした時に、買ってもらった。私のお気に入りの一つだ」

 微笑んで頷く智代。

「男子寮にも行ったな。春原に、何か言おうと思ったんだ」

「……」

 

『いないのか……?しょうがないな』

『こういう時にいないとは、使えないな、あいつ』

『まあいいじゃないか、ふふふ』

 

「でもいなかった……俺は何を言おうとしたんだろう?すごくいい知らせだった気がする」

「あの日、春原は卒業式の二次会に出ていて、それで部屋にいなかったんだ」

 思い出した。これは俺の卒業式の記憶だ。

 

『何だよ?マジ帰っちゃうのかよ?これから二次会だぞ?』

『居てもしょうがないし。後で、お前の部屋行くわ』

『ああ』

 

 だったら

「智代、学校に行こう。そこで何かわかるかもしれない」

 

 

 

 あの時、俺は一人で会場を抜けだしていた。

 俺は、何で一人だったんだ?春原は二次会に出るからいいとしても、何で智代と一緒に帰らなかったんだ?

「朋也……この木が何だか、わかるか?」

 不意に智代が通学路の脇に樹立する木の一本に触れて、静かに聞いてきた。

 これは、桜の木。葉っぱすらもないのに、なぜかそれがわかる。きれいな緋色の桜並木だ。

 

 桜並木。

 

『この桜並木を、残したいんだ』

夕暮れ。二人で歩いている時に、そう智代は言った。

『譲れない目標』

『でも、その代り失ったものもある』

 

 あの日、俺は雪道を下を向いて歩いていた。そしてふと気付くと、そこに智代の靴が見えた。

『元気だったか?』

 

「ああ、ずっと、お前を待っていたんだ。そうだな、ここだ」

 待っていた?そう、待っていた。

 そこで俺に告げる。

『ここにある桜は切られない。やっとそれが決まった』

 それを伝えたくて、俺は春原のところに行こうとしたのか?

 いや、そうじゃない。

 

『私は、お前が好きだ。今でも、前よりずっと好きになった』

『……もう、ずっと話もしていないじゃないか』

 

 何で俺はそんなことを言ったんだ?前よりも、っていつの話だ?

 

『別れよう』

 

 不意に、夏の光景がよみがえる。膝に垂れたアイスを拭き取る智代に、俺が告げる。その時に見上げた智代の瞳。

 

『あんた、わかってるのか?自分がどういう人間と付き合ってるか』

 誰かの声が被さる。これは、校門のところ?メガネをかけた生徒が、見下すように言い放った。そして記憶はさらに鮮明になる。

 

『こんな……こんな女と付き合ってくれて、ありがとう』

『わかるな?彼女が問題を起こしているのは、岡崎、お前に関することだけなんだ』

『俺の想いは、恋じゃなかったんだ』

『なんかだなんて言うな……なんかだなんて言うな』

『お前は、もっといいとこにいけんだぞ?』

 


『だから……朋也の傍へ行く。全力でそこへ行く』

 

 

 あ……

 駆け出す。智代にぶつかる。そのまま抱きしめる。

「とも……や?」

「二年前も……あの時もこうして抱きしめていた」

『泣くなよ……泣くな』

「こうやって、もう二度と手放さないって誓った」

「……うん」

 不意に、智代の声に湿り気が混じる。

「ごめんな、智代。俺、またお前を一人にさせちゃったな」

「……でも、ずっと好きでいてくれた。好きでいてくれたじゃないか」

「ああ。でも、それももう終わったから。終わったんだ」

 智代の腕が、ゆっくりと俺の背中に回された。

「全部、取り戻したから。辛かった日々も、楽しかった思い出も、その中にいたお前も、全部。全部、だ」

 智代の嗚咽が聞こえてきた。視界が滲む中、俺は智代の耳に囁いた。声が震えてしょうがなかったけど、何とか言うことができた。

 

「ただいま、智代」

「おかえり……朋也」

 

 

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 智代も俺も泣き止んで、二人でただお互いの体温を感じていた。

 そして思い出した。つい最近の記憶だ。記憶を取り戻したらしようと決めたこと。

「智代」

 体を放す。そしてしっかりと目を逸らさずに智代に言った。

 

「結婚しよう」

 

 智代が息を飲む。

「いつまでも一緒だ。俺達の愛は永遠だ。これから先、何があっても、また記憶を無くしたりしても、俺は全部取り戻して、お前を好きでい続ける。お前を、愛し続ける」

 最後の言葉が、白い息吹となって空に舞い、そして消える。しばらくして、智代は俯いた。

「……遅いぞ、馬鹿」

 ゆっくりと、俺の手を取る。

「ずっと、待っていたんだ、その言葉を。お前とまた付き合いだしてから、もう、お前しかいないと思ってた。言ってくれる日を、ずっと夢見ていた」

 そして、涙のたまった目で、赤くなった鼻で、被色に染まった頬で、俺の大好きな笑顔を見せてくれた。

「結婚しよう。私もこの想いは永遠だ。お前と二人なら、何だってできる。何があっても、私はお前を想い慕う」

 唇が触れる。手と手を繋いで、指を絡める。

 雪の降る中、俺と智代は、永遠を誓った。

 

 

 そして、ゆっくりとお互いを放す。見つめ合い、そして笑う。

「帰ろうか」

「ああ、そうだな。雪も激しくなりそうだ」

 智代が手を繋ごうとするのを止めて、驚く彼女と腕を組む。

「この方が、婚約者らしいだろ?」

「うん、そうだなっ」

 ぎしぎし、と雪を踏みしめながら歩いた。

「岡崎智代、か。これじゃあお前と一音しか違わないな」

「変か?」

「変じゃない。うん、変じゃないぞ。しかし、鷹文がどんな顔をするか楽しみだな」

 不意に、鷹文が夏遊びに来た時の冗談を思い出す。

「あの時は冗談だったんだけどな」

 ぽりぽりと頬を掻きながら苦笑した。

「今のが冗談とか言うなよ?」

 きゅ、と腕をつねられる。何だかその仕草がすごく可愛らしい。痛いけど。

「わかってるって。なあ智代」

「ん?何だ」

 頭を智代の頭に載せる。冷たい髪の感触が、火照る頬の熱を冷ますようで気持ち良かった。

 

 

「ずっと、一緒だからな」

「ああ。ずっと、ずっと一緒だ」

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

まだ、物語は終わっていない。
もしかすると、本当の物語は始まってすらいなかったのかもしれない。



どこまでも広がる、金色のお花畑。
青い空。白い雲。



「変な夢?」
「夢なんだが、嫌に連続性のある夢でさ。
たくさんあるシーンを繋いでいくと、一つの絵ができるような感じだ」



丸太でできた柵が見えた。その先は、高い崖になっていた。
潮の匂い。静かな波の音。



「LOST DAYS」

第三話 繰り返す夢



「朋也、私のこと、わかるな?」

 女性の表情が曇る。

「朋也、覚えているだろ?な?」

 

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