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 杉村勇蔵。

 齢八十五歳。若き頃は玩具会社に勤め子供たちに夢を与えるも、七十歳の誕生日に会社に頼むから引退してくれ、とせがまれて隠居。本人曰く「童に夢を与えながら死ぬのも一興よ」。会社の取締役員の一人曰く「そっちにしてみりゃ一興でも、死なれたこっちにとっちゃ悪夢だよ」。

 なお、引退した後も近所では子供たちと遊んだり、大人のはずの大きな子供たちと遊んだりと忙しない日々を送っていた。

 症状。右肩に激痛。左肩甲骨骨折を確認。常人にしてみれば大したものではなく、僅かにひびが入った程度なのだが、杉村氏の年齢を考えると完治までに二カ月はかかるかと予想。


 備考。十二月特定の趣味に「サンタクロース」あり。




 

 

 

 

 

 

 




 発動:オペレーション・サンタドリーム

 前編


 

 

 

 

 

 

 






「とまぁ、そんな子供好きなじいさんがいたんだよ」

 オッサンが苦そうに顔をしかめ、そしてため息をついた。その嘆息の余韻が消えかかった頃、俺たちは異口同音の質問をした。

『それで』

「それでって、冷てぇな。サンタさんだぞサンタさん。肩骨折してたら、子供にプレゼントを配れないだろうがよ」

 場所は、古河家の屋根の上。古河の少し早目の誕生日パーティーが一段落つき、会場(古河家の居間)の後片付けをしていると、オッサン、杏と柊が俺たちを手招きした。

 ちなみに、どうでもいい話だが、オッサンのまg……いや、古河の娘の汐は、もう小学校高学年。オッサンや早苗さんの話によると、古河の子供の頃にそっくりなんだそうだ。俺も、娘が欲しいなぁ、智代そっくりのラブリーでプリチーな娘が欲しいなぁ、とか思っていた時に引っ張りだされて、何故かみんなで屋根の上に集合したのだった。よくこの家壊れないな、と少し感心した。大人が何人も屋根の上で集合しているのに、よく近所の皆さん誰も通報しないな、と少し呆れもした。

「意味わかんないっす。子供にプレゼントって、どういうこと」

 春原が質問を投げかけ、俺と芳野さんが頷いた。

「そのシステムに関しては、あたしから説明するわ」

 オッサンの傍らに立っていた杏が一歩前に進み出た。

「杉村さんの会社のやってたことに、親の代わりにサンタさんと扮して子供にプレゼントを配るってのがあったのよ。あ、もちろん自社の製品の場合ね。まぁ、いい宣伝になったわけね」

「どういう風に」

「指定された時間に、臨時雇いのバイトがサンタの服装をしてその家に訪問、親御さんの前で子供にプレゼントを託すのよ。キャッチコピーは『サンタの好きなオモチャ、タミー』。すごい反響だったわ」

「あ、何かそういうの聞いたことがあるな」

 一時期そういうのが流行ったという記憶はある。まぁ、その頃は俺と親父の仲が険悪だった頃で、しかもこのキャンペーンはタミー社が支店を出しているところ限定だった(そしてその頃の光坂はタミーが支店を出しても採算が取れると思えるほど大きくなかった)ので、実際にサンタさんからもらったという覚えはない。ちなみにサンタさんサービスが終了した時も、すごい社会的衝撃だったのも覚えている。

「杉村さんが辞めて、社内の力関係が変わった時に、ね」

 少し苦そうな顔で杏が呟いた。

「杏、何だか結構事情知ってるっぽいね」

「そりゃそうよ。杉村サンタは園児たちの間でヒーローだもの」

「杉村……」

「……サンタ?」

 聞き慣れない言葉に、俺と芳野さんは顔を合わせた。

「杉村さんはね、自分が引退してから、特にタミーがサンタさんサービスをやめてから、せめて自分の周りだけでもってサンタさんサービスを受け持ってたのよ」

「そんなファンキーなじいさんだったんだけどな、こないだちょっとした事故で、左肩を負傷しちまってよ。今年はサンタ稼業ができなくなっちまったってわけだ」

「そうか……」

 考え込むように芳野さんが手を額にやって俯いた。

「その老人は、子供たちに夢を与えるために、十二月の寒い夜中を訪問していったというのか」

「そうね。杉村さんのスケジュールは午後五時ぐらいに始まって十二時までってことだったから、肉体的には厳しかったらしいわよ」

「……そうか」

 顔を伏せる芳野さんの目は、涙で光っていた。

「それに、杉村さん自身にも影響は出ます」

 今まで説明をオッサンと杏に委ねていた柊が深刻そうな顔で言った。

「杉村さんの肉体的負傷は、個人差もありますが度合いと年齢を考えれば二ヶ月もすれば完治するかと思われます。ただ、精神的にサンタ稼業ができないのが辛いって……」

「でもさ、仕事じゃないでしょ、それ。言っちゃなんだけど、たかだか趣味の話なのに、そこまで背負いこむようなことなのかな」

「趣味だからこそ、ってのもあるのよ。特に杉村さんは引退なさってるわけだから、そういう趣味が生き甲斐なところがあるわけ。そうでなくても、期待に応えられないっての、結構きついわよ?ずっとサイトをほっぽらかしてるSS作家とか」

「んんっごほっごほっ」

「え、今の誰?」

「何それこわい」

「それはともかく」

 オッサンが話を元に戻した。

「そういう状況なんだったら、俺たちがやれることっつったら、一個しかないだろ」

「……やるか」

「うん、そうだね」

「わかった」

 俺たちは互いに頷いて立ち上がった。

「始めるぜっ!クリスマス限定岡崎最高祭〜杉崎さん、元気を出して〜!!」

「やろうよっ!光坂ゲーセンラリー〜子供たちの夢のために〜!!」

「行くぞっ!届け、この想い〜YYクリスマススペシャルライブ〜!!」

 三人とも殴られた。辞書で。よりにもよって角の部分で。よろけてあと少しで屋根から落ちそうになった。

「どこをどうしたらそんな突飛な考えしか浮かばないのよ、あんたたちはっ」

「くぉおお、痛ぇ……」

「杏ちゃん、ちょっ、手加減……」

「これぐらいであんたたちはちょうどいいのっ!まったく」

「……何だかんだで話がそれまくってるけどな、俺が言おうとしたのは、じいさんの代わりに俺たちがサンタになってやろうって話だ」

 一瞬。頭の痛みすらも吹っ飛んで、俺たちはオッサンを凝視した。

「……今、何つった」

「サンタになるって言ったような」

「俺にもそう聞こえた」

「んだよ、そんな顔しやがって。たかだかプレゼント配りじゃねぇか。しかも一人でやってたんだぞ、これ、一人のじいさんがよ」

「衣装とかはどうするんだよ」

 なぜか自信満々のオッサンに俺が怪訝そうな顔で聞くと、オッサンはにやりと笑った。

「その点」

「抜かりはないぞい」

 カツンと軒下からグラップルフックが飛んできて、バーコード禿の、どことなく小狡そうな、それでいて愛嬌のある老人が下から現れた。忍者か。

「……誰?」

「確か、オッサンの遊び仲間の……」

「こやつにはよく面白い話に乗せられ取る爺よ。まぁ、詳しく名を聞く必要もあるまい」

 テレビに出てくる悪代官そっくりな笑い声を上げると、老人は俺たちの前に何かが詰まった袋を置いた。

「あ、やな予感がする」

「これこそがこやつに頼まれた品じゃ。お主らに合えばよいのじゃがのう」

 それは何とというか予想通りというか、まぁぶっちゃけサンタ衣裳だった。よくもまぁこんなものを屋根の上まで担いできたものだ。

「着てみないとわからないが……どうも俺たちにピッタリのようだな」

 芳野さんが自分の目の前におかれた袋からサンタ衣裳をつまみ上げて広げた。

「急な仕事ではあったがの。やはりうまくいったわい」

「……どうやってこんなの調べたんだろう」

 春原がぼそっと呟いて、自分の衣装をまじまじと見た。その時杏の口の端がわずかに吊りあがったのは、教えてあげないのが花だと思った。

「で、手順はどうするつもりだ」

「実はプレゼントは親御さんにすでに買ってもらって、包装すらしてもらってるわけだ。これを付随した手紙にあった地図通りに届ければいいってことよ。まだクリスマスまでには少し空きがあるから正確には何件かはわからないがな、まぁ例年通りだと一人六件で片付きそうだ」

「何だ、たった六件なら、ねぇ」

「おう」

「半日休暇、取れるかな」

「取るしか」

「ないよね」

 俺と春原は頷いた。芳野さんに至っては「聞くまでもない」と言いたげな笑みを浮かべていた。

「よし、じゃあてめぇら」

 ぐっとオッサンが拳を天に突き出した。

「オペレーション・サンタドリーム発動だっ!!」

『おおっ!!』


「ちなみに何で杉村さん、骨折したの」

「え、あ、まぁ、これには深い事情があってだな」

「あ、そういえば私も聞いてないです、そのお話」

「あたしも。どうしたのよ」

「うう……」


「くそう、早苗のパンの食べ過ぎで体の節々にまだ麻痺症状が現れやがる……今度のパンは『春一番パン』だったな……冬なのに春を目指しているところはまぁ見逃すにしても、材料に毒蛾の燐粉が混じってるたぁやべぇぞ、こいつ……」

「おい小僧、ブツクサ言ってないでとっとと投げい」

「るせーっ!光坂のスモーキー・ジョー・ウィリアムズのこの一投、受けてみやがれっ」

「ほう……ではそのプレイ、この光坂のベーブ・ルース、馳走に預かるとしようかの」

「喰らえっ……って、指先がっ指のしびれがっ」

「ぐぬぉぅっ?!」

「うおおっ!?デッドボール?!!じいさん大丈夫か!!」

「ぬ……ぬかったわ……」


『お前のせいかー!!』

 古河家の屋根の上が一瞬戦場と化した。





 男は鏡の前の自分を眺め、手にしたそれを見つめ、そしてため息をついた。

 老いたな、とは思う。もう、昔のように無茶はできないのは承知だ。

 一瞬懐かしいあの頃の思い出が頭の中をよぎった。あの頃の自分は、どこまでも貫ける己を信じ、朽ちる事のない肉体を信じ、それらの織り成す無限の可能性を信じていた。

 今では無理だ。

 そんな言葉が心の奥底から響いた。

 自分はもう大人になってしまった。老いてしまった。目が覚めてしまった。

 どこまでも貫けると信じていた己は早々に折れ、朽ちるはずがないと恃んでいた肉体は果てかけ、可能性は指の先からこぼれていった。自分は特別ではないのだと、ただあと五十億ほどはいる「その他」にすぎなかったと、痛いほどに実感した。

 そしていつの間にか、そういうものなのだと受け入れる自分と出会ってしまった。夢はそもそもありえないものだと冷笑する自分がいた。明日など来ても何も変わらないと諦めてしまっている自分がいた。世界に謎などない、必ずオチが、説明がある、そう賢く振る舞う自分がいた。

「――――――それでも」

 男は己を鼓舞するがごとく呟いた。

 それでも

 もし、まだ

 もし、まだ夢を信じる、若い心を持つ者がいるのならば

 もし、まだ見果てぬ明日を追いかける熱い魂に燃える者がいるのならば

 もし、まだ世界の謎を謎と受け入れる純真に輝く者がいるのならば

 ならば。

 男は過去の姿に戻ろう。

 青く幼い、されど強く輝いていたあの頃の自分に戻ろう。

 夢を、夢として伝えるために。

 情熱を絶やさぬために。

 光を受け継ぐ者に示すために。

「僕は――――」

「あ、陽平、髪染めるの終わった?」

 がちゃっと洗面所の扉を開いてやってきたのは、男、春原陽平の細君である杏だった。春原はそれこそ素晴らしい夢から覚めた子供のように苦々しい顔で杏を見た。

「……これから」

「何だ。しょうがないわね、あたしが手伝ったげるわよ」

「え、いや、ちょ、これは」

「陽平が自分でやるとムラが残っちゃうからねー。徹底的にやるわよ」

「え、で、でも学生の頃は」

「んー、見事にムラムラだったわね」

「ムラムラって、性的にへぎょ」

 後ろから脳天唐竹割を喰らって春原が奇声を上げる。鏡の向こうで爛々と輝く嫁の眼光が怖い。

「んー、何て」

「何にもねっす……」

「まー、安心なさい。これでも大学生までは友達の髪の毛とかいじってたからね。染めるの手伝うのだってよくしたし、大丈夫」

「ま、まぁ、恐らくそうだろうけどさ」

 自分でやることにこそ、老いた変身ヒーローの矜持とか渋さとかカッコ良さとか、そういうのが詰まっているのに。そう言いたかったが、杏に理解してもらえるかどうかまったくもって自信がなかった。

「あのさ、陽平」

「何だよ」

「あたしからも頼んどいてあれなんだけどさ、あんた、すっごいバカよね」

「断られておいてなんだけど、物凄く失礼っすよねっ!!」

 けらけらと笑う杏に、プンスカ怒る春原。それが春杏クオリティ。

「でもさ」

「何だよ」

「そういうところ、好きだからね」

 そのままの笑顔で、杏が告げた。

「あのさ、今まで一緒にいて、それでわかってくれなきゃ結構傷つくって言うか、怒るっていうか、辞書でひっぱたくって言うか、そんなんなんだけどね、あたしさ、あんたのそういう能天気にバカであたしを笑わせてくれるところのおかげでさ、すっごく救われてるのよね」

「……そっか」

 あまりにも率直な物言いで嬉しいことを言われて、その仕草がたまらなく可愛くて、春原は反応に躊躇した揚句に苦笑した。

「逆にさ、ほら、ウチのクラスにいっぱいいた頭の固い優等生君だったらさ、あたしをこんなに笑わせてくれないだろうなって。毎日が楽しいなぁって、そうは思えないんだろうなって。そう思ったらさ、嬉しくなっちゃって」

 そこで杏は春原の髪を染める作業を一時中断し、その背中に頭を預けた。

「だから、幸せだなって。それだけ」

「……ん」

 不器用にそう答えた。だけど恐らくは想いは同じだという事はばれているのだろう。

「じゃあ、さっさとこれ終わらせて、それで二人で打ち上げしよ」

「うん、そだね」

「……って、え」

「うん、どうしたの」

「あのさ、陽平」

 杏は自分の声が冷めていくのを感じながら言った。

「この髪染め、水溶性じゃないんだけど」

「え゛」




 男は、立ちあがるのは今しかないと思った。

 男は、何をすべきか聞いた時から心は決まっていた。

 子供たちに夢を。

 それは己が魂に燃えたぎる鉄の槌と鑿で削り込んだ命題だったのではなかろうか。それを今果たさずして何とする。

「子供たち……本当にサンタはいないのだろうか」

 確かに一般的に聖ニコラウスと呼ばれるミラノのニコラオスはもういない。子供が夢に見る、空を飛ぶトナカイに乗ってやってくるおじいさんは、いないかもしれない。

 では、子供たちの夢は、実のない虚なのだろうか。夢は、何もなさぬままに消えるだけなのだろうか。

 否。

 断じて否。

 そんなことは決して許されない。

 いつかは消える夢なのかもしれない。いつかは覚める夢なのかもしれない。しかし、夢があった事は消えない。夢を見た思い出は、夢の中で感じた事は虚ではない。

 そしてその夢が、その中の現実が、真実が、子供たちを、青年たちを、明日の希望へとつなげていくのならば。

 故に男は立った。

 故に男は袋を手にした。

「子供たちよ……よく見ていろ。そして心に焼き付けてくれ。これが、俺からの、このちっぽけな俺からの精一杯の贈り物だ。思い出という名の形のない贈り物だ」

 見よ、その姿を。

「俺には金もない。形のあるものなんて買い与えてやれない」

 赤。鮮やかなる赤。情熱の赤にして、情愛の赤。

 白。輝かんばかりの白。清廉潔白の白にして、純真無垢の白。

 その髭は経験から来る知識を象徴し、また慈愛を意味した。

 若き者の滾る炎と、あどけなき者の清き雪、そして明日に光を受け渡す者の意志を身に纏い、

「それでも」

 今、ここに

「形はなくても思い出はいつまでも残り続けるっ」

 愛と夢と希望の芳野サンタ、推参。

 今夜、光坂が熱く燃える。

「祐くんえらいです」

「そ……そうか」

 愛する妻に褒められ、芳野は照れ隠しにそっぽを向いた。

「やっぱりカッコいいです。お子さん方の事ちゃんと考えてるの、よくわかるよ」

「そ、そうか」

 ふっと笑うと、芳野はプレゼントの詰まった袋を担ぎあげた。

「じゃあ、行ってくる」

「はい、いってらっしゃい」

 決まった、と正直思った。

 子供たちに思い出を与えるために出立する夫。

 その帰りを待つ妻。

 最高だ。

「あ、そうそう」

「ああ」

「ふぅちゃんが、またどこかにでかけちゃったんですけど、見かけたら声をかけてくださいね」

「……………………ああ」

 迂闊だった、と正直思った。

 前述の夫婦は完璧なれど、番を狂わす要因がないわけでもない。というか大ありだった。

 この時の伊吹風子嬢の不在は、この作戦の首尾に後々、あ、ものすごぉく影響してくるのであった。





 俺は腕時計で時間を確認すると、携帯電話を取り出した。

「もしもし、智代か」

『ああ、朋也。どうした』

「……今夜の約束、何時だったっけ」

『何だ、そんなことも忘れてしまったのか?仕方のない奴だ』

 受話器越しにやれやれ、と言わんばかりのため息が聞こえた。

『八時に「ラ・セーヌ」で待ち合わせだっただろう』

 そうだった。俺には先約があったのだった。

 岡崎智代は、本当に多忙な奴だ。年末になると忙しさに拍車がかかり、二日連続すれ違いということもあった。何とか時間を作ってやりたいところだったが、俺自身仕事がいろいろ入り、結局会えない時が続いた。

 だから、クリスマスのこの時だけは、と智代が提案し、二人で決めたのが今夜のディナーだった。今年も本当にいろいろと世話になった妻の、ささやかな願い。それを聞いてやれるだけの甲斐性はあると、そう思っていた。

「……ああ。そうだったな」

 三時間。三時間でサンタ周りを終わらせなければならない。一応地区分けしてプレゼントを分配する予定だが、住所が手元にない以上何とも言えなかった。

 そもそもサンタ周りは、ただの宅配便とは違う。プレゼントを届ければいいというわけではないので、車に乗りつけてノック、配達してハイさよならとはいかない。そこには子供を信じ込ませるほどの演技と、子供を引きつけるだけの演出と、何より子供を夢見させるほどの夢がなければならない。そしてそれらは往々にして時間がかかるものなのである。

 ではどうするか。

 妻をとるか。無垢な子供の期待を裏切り、家族の間に気まずい空気を残したクリスマスを送るのか。

 子供たちをとるか。自分を今日まで支えてくれ、そして愛してくれている妻との約束を反故にするのか。

 妻をとるのに何の呵責があるだろうか。この妻いてこその自分、彼女と歩いてきてこその今日だろう。智代が傍にいなかったら、岡崎朋也という男の在り方が歪みねじ曲がったままだったに違いない。それに比べれば、見知らぬ家の子供がどうだというのだ。智代の妹ならば可愛がりもしよう。知り合いの娘ならあやしもしよう。しかし、他人様の家庭にまで嘴をはさむほどの器に、いつなったというのだ。嫁一人に少しばかりの贅沢もさせられないような自分が。

 私事を捨てるのに何の躊躇いがあるだろうか。これは、自分の都合によって阻まれるべき事柄ではない。夢と希望、そして愛の計画。日頃愛を語る者だったら、その身を以てして語った言葉の正しさを証明するべきだ。それにこの話にはすでに春原やオッサン、芳野さんたちが乗っている。俺だけがここで引き返すわけにはいかない。必ず俺はあいつらと一緒に行かなければならない。

 ではどうするか。

 妻をとるか。

「智代」

 否。智代との約束を守ってこの町の夢を吹き消すことはできない。

 では子供をとるか

『何だ』

 否。いくらこの町のためとはいえ、智代に悲しい顔をさせるわけにはいかない。

「最高のクリスマスにしようぜ」

 子供たちに笑顔を。そして智代にも笑顔を。それこそが最高のクリスマスだ。

 満たすべき条件が二つあるなら、両方とも満たす。それが岡崎智代の惚れた岡崎朋也という男だったはずだ。

『当然だ。お前と私、二人がいて最高にならないわけがない』

 智代の声に後押しされて、俺は玄関に向かった。

「智代」

『今度は何だ』

「愛してるぞ」

 確認するように。感謝の意を伝えるように。俺はその言葉を発した。そしてそれを当然のように受け止め、智代は

『ああ。無論、私もだ』

 それに応えたのだった。これで、もう怖いものなんてない。

 俺、岡崎朋也は今、最高の状態で足を踏み出した。






 俺たちがプレゼントを受け取って出発するために古河家に集まった時、最初にわかった事は

「……ねぇ」

「……ああ」

 目の前に積まれたプレゼントの山を前に、俺たちはしばらく黙りこんでいた。

 一人六個、それぐらいが目安だと、オッサンは言った。オッサンも含めた俺たち四人なら、二十四個ぐらいのはずである。

 だとしたら、ここまで大きなプレゼントの山はできないはずなのだが。

「オッサン……」

「しゃーねーだろ。一気に増えちまったんだしよぉ」

「杉村さんの代わりに岡崎さんや春原さんたちがサンタさんをやるって聞いて、数人がかりならって増えてしまったんです」

 ぼりぼりと頭を掻くオッサンの横で、早苗さんが困ったという風に首をかしげた。

「仕方がない、分けて配るしかない。まずは地図でどこに届け先があるかを確認しよう」

 芳野さんが言うと、早苗さんが全てわかっていると言わんばかりにちゃぶ台の上に光坂の地図を広げた。

「よし、まずはこちらか……見つけた」

 芳野さんがプレゼントの住所を地図で確認すると、赤いボールペンで○をつけた。俺たちもボールペンを手にしてどんどん地図に○を記していった。

「こうしてみると……だ」

 出来上がったプレゼントの配布図をみんなで見た。

「光坂の中心から南にかけては十五個……か。あ、でもここらへんは幼稚園に近いよね?だったら僕に血糊があるよ」

「お前、それじゃ殺人現場だろ」

 地の利、と言いたいらしい。

「では東は……二十個だな。少し多いが、ここで一時期大規模な工事をやったからな、ここの地理はよく覚えている。任せてくれ」

「おう頼んだ。さてと、残りは西と北だが……西は二十個、北は……十個か。ああ、だけど一つはずれもはずれ、ドはずれの家のところにあるよな」

 北の領域には、確かに光坂の中心から恐ろしく離れた地点に赤い○があった。西エリアは確かに多いが、密集しているために歩いて周ること自体は楽そうだった

「小僧、お前に選ばせてやる。どっちに行くんだ」

「俺は……」

 しばらく考えた後、俺はびっと指差した。

「北に行く」

「……いいのか?数が少ないってことだけに気がとられてるんじゃないだろうな」

「ああ、いいんだ」

「遠いぜ」

「そんなのはわかってる。むしろオッサン、何かあったらオッサンがここに戻ってなきゃだめだろ」

「……いいんだな」

「愛があれば何とかなる」

 しばらくして、笑いが漏れた。

「何かそれ、岡崎らしいや」

「よく言った。それが真実だ」

「言いやがって小僧。よし、北は任せた。早く戻ってこいよ、終わったらここでクリスマスパーティーと行こうや」

『おう』

 俺たちは拳を合わせた。

「行くぞてめえらっ」

『おうっ』

「オペレーション・サンタドリームッ!!」

『ミッションスタートだっ!!』


「……声的に、掛け声は俺が言うべきだったんじゃないか」

「まあまあ」




「じゃーねー。めっりぃくりすまぁす」

「うん。ありがとー、さんたさーん」

 子供に手を振りながら、春原は三件目の訪問を終えた。子供の後ろで、少し申し訳なさそうに、しかしとてもありがたそうに微笑んでいた両親の姿が印象的だった。

「へへ、何だか僕も、板が泣きついてきたって言うの?馴れてきた感じだねぇ」

 どうやら板についてきた、と言いたいらしい。

「もしかすると、僕って、こういうことに向いているのかなぁ……」

 そういう風ににししと笑う春原サンタ。確かにひょうきん者で、小さい子供(妹、姪御、泥酔した杏ちゃん)の面倒をみる経験のある春原にしてみれば、似合っていないわけではない。来年もボランティアしようかなぁ、と思って春原が袋から次のプレゼントを取り出して手紙を見た途端、体が硬直した。

 サンタへの手紙は、所謂依頼票である。差出人、子供の名前、プレゼントの内容、そして住所が規定された用紙に書き込まれており、この手紙は個人情報管理のためプレゼントを手渡したのちに依頼人である親に返却される。そんな専用の用紙を作ったことからして杉崎氏の几帳面な性格と熱の入れ込みようがわかるというものだが、それはともかく。規定された用紙なので、規定されたこと以外書かれてはいないはずだった。

 しかし春原の開いた手紙には、一言の規定外の言葉しか書いていなかった。


「死ね」


 反射的に春原は手紙をプレゼントごと投げ捨てた。それ以上そんな怨嗟のこもったモノに触れていたくはなかった。次の瞬間、プレゼントは眩いばかりの光と轟音とともに爆発した。

「おわああああっ」

 思わぬ展開に春原は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。ちょうど人一人を殺すのに十分な火薬の残した煙を眺め、奥歯をカチカチ鳴らしながら春原は思った。

 一体誰がこんなことを。

 杉村さんの敵?サンタへの意趣返し?まさか自分に対するものだろうか。いや、まさか。彼の友人は確かにツッコミがきついところがあったりするが、こんな陰湿で洒落にならない冗談をする奴はいない。自分の周りに、こんなひどいことをする奴は


「――――――何だ、仕留め損なったか」


 いた。

 一人だけ、いた。

「コネを総動員して作らせたものなのだがな。君がサンタをするという話を聞いてだな、これは私から君へささやかなプレゼントだったわけだが、そうか、気に入らなかったのなら致し方あるまい」

 春原を日頃からぶっ殺すだの何だのと口やかましく騒ぎ立てる男。

「しかし何だね、今日はクリスマス、町は恋人やカップルで溢れているというのに、どこぞの幼稚園では若くて可憐な女性が誰からの誘いもなしに一人で寂しく過ごしている。嘆かわしいことこの上ないな」

 春原の友人たちが手を打てずにいた唯一の危険人物。

「なのに君は何やらバカげた企みにうつつを抜かし、そんな恰好で街をぶらぶら歩いているとは。普段から君の事は憎悪の対象でしかなかったわけだが、今日という今日はもう許さん。貴様を葬って、私は娘に笑顔を取り戻す」

 理屈も倫理も論理も聞かぬ、超弩級の親馬鹿。

「私のプレゼントは受け取ってもらえなかったようだが、サンタさん、私の願いを聞き入れてくれ」

「ひ」

「ここは私と杏ちゃんのために……死ぬぅぇぇええええええいっ」

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」

 徐にマチェテを抜いて悪鬼の如く迫る藤林敬一と、春原サンタの命がけの鬼ごっこが始まった。





 同時刻。

 芳野サンタも見事に途方に暮れていた。

 別に時間的に追われているわけではない。物理的にも、狂化した義父に追われているわけではない。彼の心は動による悩みではなくて、静なる悩みで押しつぶされそうになっていた。

「……すまない、もう一度言ってくれるか?」

 少女は怪訝そうに芳野を見た後、困ったようにため息をついた。

「わからないんですか?しょうがないですね。祐介さん、もう一度だけ言います。風子は今、ヒトデ売りの少女として忙しいのです」

 あくまでも真面目に言う風子嬢に、芳野は軽い眩暈を感じた。

 風子は編みバスケット一杯の木彫りのヒトデを片手に、可愛らしい洋服とバンダナという姿だった。とてもではないが友人の岡崎夫妻や春原夫妻と同年齢とは思えなかった。まぁ、外見は長い間の入院生活によるものだと考える事は出来た。できたのだが、仕草はどう考えても古河家の汐とどっこいどっこいだ。

「……そうか。風子ちゃん、一つ、訊きたい事があるんだ」

「はい、何でしょう。風子は博識だと近所で評判なので、祐介さんの他愛もない質問に応える事が出来るだろうと自負しております」

 風子とは一つ屋根の元で暮らし始めてから何年も経つが、近所の皆さまからそんなコメントを聞いた事はとんとない芳野であった。

「……風子ちゃんは、マッチ売りの少女のお話を知っているのか」

「もちろんですっ!祐介さん遅れてますっ!!図書館に行って読み直してきてください」

「…………」

「あっ!無理ですっ!貸し出し中ですっ!というか犯人は風子ですっ!!」

「……………………」

「でも、祐介さんには特別貸してあげます。汚さないで返してくださいね」

「いや……大丈夫だ。ありがとう、風子ちゃん」

 それを人は又貸し、というのではないだろうか。芳野の頭の、まだ冷静さを保っている片隅がそう呟いた。

「それで、風子ちゃんはあのお話の結末を知っているのか」

「し、知ってますっ!でも、芳野さんに話してしまうとネタばれになるので、教えないでおいてあげます。風子、空気の読める子として近所でも評判ですから」

「……………………そうか。ありがとう」

 途中まで読んで結局は投げたか。芳野はこめかみ辺りをさすりながらそう思った。

「それで……売れるか」

「?何がですか」

「ヒトデさんだ」

 すると風子は義兄をきっと睨んだ。

「祐介さん、ヒトデさんを売買するなんて、人の心を持たない人のすることですっ!ヒトデさんは、売り買いできるようなものじゃありませんっ!風子、祐介さんがそんな人だと知って悲しいです」

「……」

「ヒトデさんは無限の可能性を秘めた、風子たちの手元にあるお星様です。誰かの願いの欠片です。お金で購おうだなんて、人間のエゴです」

「…………」

「祐介さん、お金で何もかも買えません。人の心や夢、願いは、お金なんてモノで侵せるほど安くはないんです。風子、祐介さんにはわかってほしいです」

「………………もう一度だけ、聞きたいが、いいか」

「はい、何でしょう。迷える子羊の祐介さんを導くのが、風子の役目です」

「風子ちゃんは、今、何をやっているんだ」

「祐介さん、もう忘れてしまったんですか?疲れてませんか?最近嫌な事でもあったんですか」

 ものすごくかわいそうな者を見る目で見られても、芳野は引き攣った笑みを浮かべただけで耐えきった。

「いいですか。今度は覚えていてくださいね。風子は今、ヒトデ売りの少女です」

 滅茶苦茶売買してるじゃないか、と心の中で突っ込んだ後、芳野は顔を手に埋めた。

「風子ちゃん、まさかだとは思うが、寒くなったらヒトデさんを燃やすとか……」

「祐介さん、常識で考えてから口で喋ってください」

「……」

 怒りを通り越して、泣きたくなった。そう言えば岡崎も「俺、予定も含めて義妹が二人いるんすよ。そのうちの一人はもう目に入れても痛くないんすけど、もう一人は、正直智代の弟の彼女じゃなかったらぶん殴ってます」とか言ってたなぁ、と現実逃避を試みた。失敗した。

「こんなかわいいヒトデさんを焼くなんて、非情にもほどがあります。こんな……かわいい……はぁあああああ……」

 挙句の果てにトリップまで始めた伊吹嬢。正直置いていきたいと思った芳野だが、こんな暗くて寒い夜に前後不覚の(外見は)少女を置いてどこぞにでかけるわけにもいかず、結局早く醒めてくれるのを祈りながら待つことしかできなかったりする。





 磯貝淳平、通称磯貝ジュニアの生涯は、今のところ幸多いとは言えないだろう。

 家族には不満はない。学校でいじめられているわけでもない。勉強は好きではないけれども、理解できずに授業についていけないということはない。では、彼の人生に影を落としているのは、一体何なのだろうか。

 古河パンの魔王、古河秋生、通称アッキーである。

 まず、近所を歩くだけで死にかける。別に磯貝ジュニアの住んでいるところがリアル北斗の拳とか強盗遭遇率150%とか決して車で止まってはいけないところとか、そういうわけではない。ただ、のんびりだらりと歩いていると、轢かれるのである。車?いいえ、ケフィアです。いいえ、早苗さんとアッキーによって。幸いなことに、磯貝ジュニア人身事故現場は、早苗さんアッキー愛の爆走開始地点の近くだということである。スピードも安定し、勢いもついて、二人の筋肉も温まって靴も路面に馴染むくらいの距離(あえて地理的ポイントは言うまい。言っても信じてもらえそうにないだろう)でぶつかっていたとしたら、磯貝ジュニアは今頃鬼籍の者であったろう。余談だが、最近東フランスでわけのわからないことを叫びながら走る東洋人二人にぶつかって人が病院に担ぎ込まれるという事件が多発しているが、無論、関係のないことだ。と信じたい。

 また、磯貝ジュニアも育ち盛りの少年で、おやつはいつでも食べたく感じるお年頃である。しかしこの少年の心と胃袋をキャッチする三文字フレーズにも、アッキーの恐ろしい罠が待ち構えているのである。そう、知る人が聞けば顔が青ざめ、実物を見れば涙を流して許しを乞う早苗パンである。おっと、今早苗さんが「私のパンは拷問用の道具だったんですねー」と叫びながら走り去って言った気がしたが、まぁ気のせいだろう。とにかく、五歳の頃にアッキーに「うまいもんやる」と言われて記念すべき最初の一つを食べて以来、早苗パンは磯貝ジュニアの天敵とも言える地位を得た。それからはできるだけ拒絶してきた早苗パンだが、敵もさる者、あの手この手で騙したり、罰ゲームの物品として持ち出して来たり、挙句の果てにはよくわからんが理不尽な言いがかりで食べさせられたりと、未だにアッキーと早苗パンからは逃げられないジュニアだった。

 そんなジュニアにも趣味はある。彼にとって仲間と遊ぶ野球ほど楽しいものはない。一致団結、燃える男のゲーム。しかしそこにもアッキーという壁は立ちはだかる。落差一メートルを誇るフォークに、生きているかのように二回曲がるカーブ。もはやパン屋など畳んで球団に入ってアメリカにわたるべきなのではと皆が首をかしげるそのプレイに、ジュニアと古河ベイカーズジュニア(名前もアッキーが勝手に決めた)はもうズタボロだった。良識のある大人ならば子供相手に本気というわけにもいくまい。しかしここに盲点がある。アッキーは大人ではないのだった。さらにエグイことに、アッキーは事あるごとに彼らに勝負を挑み、勝ったら罰ゲームとして早苗パンを強要するのであった。

 知らなかったのか?魔王からは逃げられない。

 そんな幸薄き磯貝ジュニアの日々に、唯一光をさすのが一人の存在。アッキーの孫娘、古河汐であった。

 はじめは女なんかと野球できるかよーとか言っていたジュニアと仲間たちだったが、次第にその明るくからっとして、だけどどことなくボケた少女と打ち解けていったのだった。また、孫娘なだけあってアッキーも汐が一緒だと暴走にブレーキがかかるし、汐の何気ない一言でアッキーが、あのアッキーが慌てふためくのも面白かった。

 いつしか。

 磯貝淳平にとって、古河汐は特別な存在となり。

 そしてこの聖なる夜に彼は古河パンに足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ……あ、磯貝君ですっ」

 運よく店番をしていたのは汐の母である渚だった。早苗であったなら、新作を試してくれ、と言われたりするのだった。

「え、あ、こ、こんばんわっ!う、汐ちゃんいますか」

「あ、はい、今呼んできますね……ふふふ」

 渚は意味深な笑顔で店の奥に行った。しばらくして、汐が顔をのぞかせる。

「あ、ジュニア」

「よ、よお」

 あまりにもお隣として、そして早苗パンの被害者として家族内で話題となっている磯貝ジュニアは、汐からはジュニアと呼ばれていた。

「あ、あの、これ……」

「ちょーどよかった。ジュニアにクリスマスプレゼントあるんだ」

「え」

 その一言で、心がビクンと跳ね上がった。本当はこっちからのプレゼントを渡してカッコよく去るつもりだったのに、まさか贈り物を受け取ることになるとは。もしかするとこれはあれか、二人は実は両想いだったのかななななんだってー

「はい、これ。まずおかーさんから」

「……ああ、はい」

 手渡されたクッキーは手造りには違いないだろうが、それを言ったらこの店に並んでいる物のほとんどがそうだったりする。

「で、これがアッキーの」

「……ずいぶん大きいな」

 しかしその割には軽かったりする。まるで − 考えたくないのだが − 売れ残りのパンを投げてよこされたような気分だった。

「で、こっちさなえさん」

「…………ああ、ありがとよ」

 受け取らなくていいか、と聞こうとも思ったが、言ったとたんに早苗さんが暴走するかもしれなかったのでやめておいた。

「まぁ、さんきゅな」

「あと、はい」

 最後に、小さな小包を渡された。きょとんとする磯貝ジュニア。

「なんだよこれ」

「これ、ジュニアに」

「だれから」

「わたし」

 時間が一瞬止まるとはこういうことだったんだな、と後でジュニアは回想する。

「まぁ、けっこーじしんさくかな。あとでかんそうきかせてね」

「……おまえがつくったのか」

「え、そうだけど」

「……そっか」

 ぶっきらぼうに言うと、ジュニアは自分のプレゼントを汐に突き出した。

「なにこれ」

「ん」

「だから……プレゼントなの」

「いいからはやくとれよ」

「へぇ……ありがと。あけていいかな」

「だめだ。じゃあな」

「え、あ……いっちゃった」

 少し肩を落とす汐。彼女が「男は照れ隠しにぶっきらぼうな仕草をするという」事実を学ぶのは、また先の話である。それはさておき。

「……たく、こんなもんくれやがって」

 店を出た途端にニヤニヤが止まらなくなり、ジュニアはそう言い捨てた。

「こんなもん、たぁ大層な挨拶だな、コラ」

 そして即座に硬直した。磯貝ジュニアが振りかえるとそこには、怒りの炎を背に仁王立ちするサンタ、いやアッキーの姿があった。

「あ、あっきー……」

「てめぇ、汐からプレゼントをもらったくせにその言い草、許せねぇ。ちょっくら顔を貸せ。いいから」

「え、ちょっ、まっ、やめっ」

 そう。

 磯貝ジュニアが古河パンに足を踏み入れた時点で秋生の触角が異変を察知、プレゼント配りを一時中止して瞬間移動してきたのだった。逃げる暇もなく、磯貝ジュニアは首根っこを掴まれ古河家の物置に連れていかれ、そして……

「うわぁあああああああああああああああああ」

 もう一度言う。魔王からは逃げられない。

 

 

後編

 

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