お籠もり元ケンカ番長の過去
「だから俺が悪かった!! とにかく早く出て来てくれ〜っ!!」
と私の愛する旦那様は今日も私のここ数年の定位置である押入れの前でそう言う。最近と言うか結婚してからか、私は昔の癖でよく押し入れに籠もることが多 くなった。で今回もそうなのだが…。最初に押し入れに籠もったのはいつの頃だったかとふとそんなことを考える。自分で言うのも何なのだが、昔、そう小学校 低学年(特に1年生)の頃は何と言うか今とは真逆のような感じで常にびくびくしていた。今から思うと何だが、臆病な性格だったように思う。当時鍵っ子だっ た私は学校から帰ってきては1人押し入れの中でしくしく今のように泣いていたっけ? そう思うとちょっとだけ微笑んでしまう。ああ、あの頃に戻ってしまっ たんだな? と…。
ちょっとふすまを開ける。いつものように私の大好きな旦那様・朋也がぺこぺこ頭を下げていた。誕生日には必ずと言っていいほどこんな光景になるんだが例 外なく今年もこんなふうになっていた。その大元の原因は私自身なのだが、そこを敢えて言いたい。何でいつも楽しみに取っている夜食のおつまみを一人でパク パク食べてしまうんだ? と…。去年も一昨年もそうだったが、夜に二人で食べようと前々から作っておいた夜食を一人でぱくぱくもしゃもしゃ食べてしまうん だから…。謝ったって許さないんだからな? ぐしゅぐしゅ泣きながらそう思う。ふと押入れの中に前に入れてあったくしゃくしゃな紙と鉛筆で、戸の外の薄い 光を頼りに“朋也のイジワル…” と言う短い文章を書いてぽんと押入れの隙間から朋也めがけて投げつけてやる。これもいつものことなんだが、本当に結婚し てからというもの朋也はイジワルになった。昔はそんなやつじゃなかったのに…。そう思いながら投げつけた紙を拾って読む朋也を涙目で見つめる私。と、 ぷっ! といつものように吹き出している。私は真面目も真面目、大真面目に書いたのに! それをぷって笑われるなんて…。何だかまた涙が溢れてきた。もう いい! 朋也となんか絶対口を聞いてやらないんだからな?! パシャン! とちょっと開けていた戸を閉めて、つっかえ棒をする。これでもう向こう側からは 開けられないだろう。押し入れの横に大きな箪笥があるからな? あれを動かさない限りは押し入れを開けることなんて無理だ。そう思いつつぐしゅぐしゅと鼻 を擦った。ぷぅ〜っと頬を膨らませると溢れた涙をぐしぐしと擦る。表では朋也がしきりに謝っている声が聞こえているが口なんか聞いてやるもんかとばかりに への字に口をつぐんだ。と、最前の疲れがたまっていたんだろうか、うとうとと眠くなる。もういいや、ここでこのまま眠ってしまおう…。そう思い目を閉じる 私がいた。
気がつくとそこは小学校の前だった。私はいつの間にか小学校1年生…。忘れもしない、いじめられていたときの頃に戻っている。同級生10数人、上級生数 人が私の周りをぐるりと囲む。今ならば蹴りの一発で2、3人は軽く伸してしまうところだが、当時はまだケンカと言うものをしたこともなければ見たこともな い時期だ。怖くて思わずしゃがんでしまう。と、同級生の1人が私をののしり始める。それがやけに悔しくて悲しくて泣いてしまう。泣いてしまった私を見て面 白がった上級生の1人がもっと酷いことを言った。また泣く私。そうしてあれやこれや言われている間に同級生の1人が冗談に泥のいっぱいついた靴を私の服に 押し当てた。みるみる服に泥が染み込んでいくのが分かった。“お願いだからやめてよ〜” とは言うものの、みんな面白がって靴を私の服に押し当ててくる。 服はどろどろになる。でも誰もやめてはくれない。それがものすごく悲しくてまた泣いてしまう。と、そんな私の泣き声に気付いてくれたのか一人の男の子が 立っていた。
「やめろよ。嫌がって泣いてるだろ?」
その男の子は涙が流れた私の頬を優しく拭いてくれる。一人の上級生(多分この上級生がリーダーだったのだろう)が、“お前!! 何もんだ?!” とばか りに掴みかかった。“あ、やられちゃう” と私は目を閉じる。一時の間があって、“うぇぷっ!!” と言う声とドスンと倒れる音がして閉じた目を薄く開け て見てみる。男の子が立っていた。ふっと横を見る。私をいじめていた同級生たちが慌てて逃げていく。上級生たちが倒れたリーダーを起こしあげて、“覚えて ろーっ!!” などと言いながら去っていく姿が見えた。間近に見ていた私は呆気にとられた。彼らはいじめっ子だ。しかもとっても強くて、ここら辺の子供た ちはみんな彼らの子分みたいなものだもの…。そんな彼らに一人で立ち向かえる男の子がいたなんて…。信じられない。と、男の子が振り返る。“怪我はない か?” と立ち上がらせる。どろどろに汚れた服を優しく拭いてくれた。涙も拭いてくれた。怖かった心が一気に解けて一心不乱にその男の子に抱きつくと大き な声で私はまた泣いてしまった。
「おいおい、全く…。泣き虫だなぁ?」
そう言うと男の子は優しく頭を撫でてくれた。撫でられながら、ふっと下げられた名札を見る。私の隣の校区の学校だ。何で? ときょとんとした顔になる私 に男の子は教えてくれた。たまたま用事で通りかかったら泣き声がしたこと、近づいて見てみると、私がいじめられていたこと。そういうことを話してくれた。 その時、私もこの男の子のように強くなりたい。そう思うようになった。いつか強くなって弱い者をいじめているやつをやっつけてやりたい。そう思うように なった。見様見真似でボクシングや格闘技の練習をしたり、朝は早く起きてランニングをしたり隠れて本屋に行っては格闘技系の本を読んだりもした。誰もいな い神社の裏に行ってシャドウボクシングみたいなこともしたりした。すべてはあの男の子のように…、私を助けてくれた優しい瞳の男の子のように。そう思いな がら…。ただ私の家庭はいろいろと問題があって、母親は蒸発しようとしたりまた父は愛人を作ったり…。そんな家庭に育った私は、やはり家庭の愛情に飢えて いたんだろう。今考えるとそう思う。弟はそんな家庭の中、何とか心を繋ぎ止めたいと思ったのだろう。車にわざとはねられて大怪我を負った。幸い命には別条 はなかったが。そんなことがあってからか両親は一応なりとも元の関係には戻った。心が通じ合っているかは私には分からないが…。しかし、思春期に入ったば かりにそんなことがあったためか、私の心はものすごく荒れ果ててしまっていた。中学ではほとんど喧嘩に明け暮れた。女だからとナメられてたまるものか! とばかりに拳を振るう。そんな毎日だった。高校に入り、何とかそれも収まった間もつかの間、今度はPTAが騒ぎ出す。結局1年を経てまた転校する。そこで 出会ったのが…。
「う、ん…」
気がつくと、そこはいつもの押し入れ。朋也と私と鷹文と加奈子とともの家の押し入れだ。随分と昔の夢を見たものだな? と思ってそうか、眠ってしまって いたんだったな? と思い直して少し戸を開けて周りを窺う。目を向こうのほうにやれば、つっかえ棒を外そうと箪笥を動かそうとしたり押し入れの戸をあれや これやと細工したりして何とか開けようと試みたことに気付く。でも結局肝心のつっかえ棒までは外せなかったのかつっかえ棒はそのままだった。まるであの頃 と同じだ。夢に見たころと…。そう思いながら薄っすら漏れた灯りを頼りにつっかえ棒を外して押し入れから出た。もう夕食は食べてしまったのだろう、お椀と 皿が流し台のところに置かれている。誰もいないのか…、と思いふっとテーブルを見た私は、思わず笑ってしまう。だってそこには…、“ごめんなさい” とい う朋也の字と、“おにいちゃんはたくさんしかっておいたからあんしんしてね?” とたどたどしい字で書かれたともの字があったから…。その横にはプレゼン トなのだろう小さな、でも可愛らしい装飾の施した箱が置いてある。
「私が拗ねてしまったから渡すに渡せなかったんだな? ごめん。朋也…。でも朋也もいけないんだぞ? 後の楽しみにと取っておいた夜食を一人でパクパク食べてしまうんだからな?…」
そう思い、箱を持って寝室へ行くと大好きな私の旦那様がすうすうと寝息を立てて眠っていた。添い寝をするような形で横になると指で鼻の頭を軽くちょんっ て押してやる。“う、ううん” と旦那様は軽く鼻の頭をかいている。その仕草は私が子供のころに見た、あの男の子だった。朋也はもう忘れているかもしれな い。でも私の記憶の中にはあの男の子の名札の中の名前がしっかり記憶されている。そう、それは、“2年4組・おかざきともや” って……。あの時から私は お前に守られていたんだな? そう、あの小学校1年生の時から…。そう思うとその寝顔がとても愛おしく感じた今日10月14日、私の23歳の誕生日だ…。END