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谷塚誠殿
本日をもってして貴殿が栄えある天栄学園保安推進部の新入部員であることを伝えることができるのは、天栄学園生徒幕僚長としてとても光栄に思います。
部員勧誘祭にて我が部の沿革及び活動内容については説明がなされているとは思いますが、四月十二日(水)午後二時に体育館にて説明会及び制服・備品等の授与を行いますので参加して下さい。
改めて申し上げます。天栄学園保安推進部へようこそ。

天栄学園保安推進部幕僚長副官 林清正

 

「何だこれ」


 谷塚誠は手紙を凝視して呟いた。

「あ?何だ何だ?」

 隣から短髪の癖毛を揺らしながら、ガタイのいい青年が手紙を覗き込んできた。

「あーっと何々……栄えある天栄学園保安推進部に……ってうおわっ!お前、『連隊』に入隊届出してたのかよ!」

「え?」

 誠の連隊生活は、こうして始まりを告げた。

 

連隊が呼んでいる!

一話 保安推進部へようこそ、もしくはもう逃げられないよ?

 

「うぁあー」

「いい加減諦めろって」

 二段ベッドの下段に頭を突っ込ませながら、誠は情けない声を出した。上段からルームメートの癖毛男、高田恭一が同情の混じった笑い声で励ました。

「生徒会に入れるって聞いたんだぞ……」

「そりゃあお前、物は言いようって奴だよ。ほら、自衛隊の隊員だって一応国家公務員だし?」

「俺、体育得意ってわけじゃないんだぞ?中学じゃ文学部だったし、それだって幽霊部員だぞ?通知表じゃあ、体育なんて四以上取ったことないんだぞ?」

「んなこと言ってもよ、谷塚ってそれなりに背は高いし、どっか痛めてて使えないわけじゃないんだろ?それだけありゃ連隊の連中にしてみりゃ十分なんだよ。あとはシゴキや制裁で何とかお前を立派な連隊士に仕立て上げてくれるって」

「……お前それ全然フォローになってないのな」

 誠は恨めしげに上段ベッドを睨みあげた。恭一はにゃははと笑った。

「まあ、しょうがねえよ。大体さ、間違いにもほどがあるんじゃねえの?生徒会関係の入部届けで、何をどう間違えればよりにもよって執行部じゃなくて連隊の方を丸しちまったんだか……」

 言われてみると、ぐぅの音も出なかった。誠は苦々しい顔をして、窓の外を見た。

 

 

* * *

 

 

「で、何で生徒会に入りたいわけ?」

「は、はいっ!」

 机の後ろに座っている上級生を前に、誠は緊張して答えた。

「お、俺、僕は、その、人のためになる仕事をやりたいですっ!」

「……はぁ」

 少し面食らった顔で先輩が答えた。後ろで今の会話を聞いていたと思われる女生徒二人がクスリと笑うのが聞こえた。何あれー?ハズいよね?

 天栄学園の入学式を終え、教科書などを受け取った次の日。誠や恭一のような寮生は、朝から校舎の方でいろいろな音が聞こえて目を覚ました。服を着替えて校舎に入ってみると、そこには昨日見回った時の、全国トップテンに入る進学校たる天栄学園の厳粛な空気はなく、出店やコスプレした女生徒やでっかい看板で溢れていた。

 近くを通りかかった先輩に声をかけてみた。

 え?パンフ読んでなかった?今日は部員勧誘祭だよ?あ、さぁさぁ、親切なお姉さんに恩返しするつもりでさ、君ら合唱部に入らない?

 部員勧誘祭。なるほど、確かにこれは祭りにしか見えなかった。

 誠と恭一は何とか合唱部の親切なお姉さんを振り切ると(結構ですと言ったら、すごく怖い顔で睨まれた。絶対親切じゃない)、ぶらぶらとそこいらへんを歩き回り、途中で二手に分かれて、いつの間にか誠は生徒会に入ろうとしていた。

「……ほんとにこの欄でいいの?」

 執行部には向いていないように見えたんだろうか。

「はいっ!お願いします!」

「ま、一応生徒会だけどね。しんどいよ?」

 執行部となれば、いろいろと会議やら何やらで大変になるんだろう。でもまぁ、何とかなるさ。

「大丈夫です!僕、頑張ります!」

「……はいはい、わかった。一応受理しておくよ。詳しいことはおいおい連絡するから」

 緊張の糸が切れた気がして、誠は息を吐き出した。急いで上級生に礼をすると、校舎を出て中庭を歩いた。すがすがしい気分だった。

よおし、これで俺も生徒会に仲間入りだ!

 

 

* * *

 

 

「と思ってたのにさ……」

 今になって考えてみると、上級生の言いたかったことがわかった気がする。どう見ても誠は体育会系には見えなかったし、恐らく連隊関係の仕事はしんどいどころじゃないのだろう。だから恐らく「人のためになる仕事」なんていう理由で入隊する奴なんていないのだろう。

「仕事速えよな、連隊も。昨日の今日だぜ?」

「ところでさ……」

「あ?」

「連隊って、何なの?」

 上段ベッドで恭一が器用にずっこける音がした。

「お前何にも知らないの!?」

「ああ」

「連隊っつーたら、ここの名物みたいなものだぞ?聞いてないの?うわ、ありえねえ」

「……そんなにすげえの?」

「ああ。何だよ、さっきから落ち込んでいたのは、連隊がどういうところだか知ってるからじゃなかったのかよ……」

 最後の一言で誠はさらに鬱になった。誠が暗鬱としていたのは、自分の入りたかったところにあまりにも馬鹿な方法で入れなくなったからである。しかし連隊とはどういうところかはまだ解らないが、どうやら入部が決まったとたんに頭をベッドに突っ込みたくなるほど大変なところらしい。

「知りたいか」

「知りたくない。けど、知りたい」

「どっちだよ」

 カハハ、と恭一が笑った。

「何だかとんでもない話だから本来は聞きたくないけど、聞かなきゃ絶対に後悔するから聞かせて、って意味」

「あー。お前説明するのうまいな」

「ほっとけ。それより教えてくれよ。連隊って、何?」

 

 

 天栄学園保安推進部。別名「連隊」。

 それはもともとは学園にいる不良とされている生徒達を更生し、また学園生活の一環に戻してやるために第二十五代目生徒会長牛津敬二が考案し、生徒選挙によって可決された部である。活動内容の欄には「治安推進」という、「資本主義とは何ぞや」という問いに対して「資本の主義」と答えるような全然助けになっていない記入だが、要はこの学園の警察兼軍隊兼ボランティア組織である。定員は九十名で、学園の行事がある度に駆り出されたりするほか、他校の生徒から通学生を守ったり、学園内の治安を守ったり、雪が降ったら雪かきをしたりと、いろいろと忙しい組織である。その統括者たる生徒幕僚長は生徒会執行部の一員として、執行部の要請あるいは許可を得て連隊を運営する仕組みになっている。

 

 

「つまりだ、連隊に入っていたら、いつかは執行部も夢ではないわけか」

「まあな……でもさ、それってお前が三年になるまで連隊の中で最高の資質を持った者だと認められればの話だけどさ。お前、そうなる自信、ある?」

「はっはっは、ない」

「はっはっは、そうだろ?」

 しばらく誠と恭一はがははと馬鹿笑いをした。

「大体さ、何でお前執行部にそうこだわるんだよ?」

「べ、別にいいじゃん」

「ふーん、まあな。ま、どうせ入部届け出しても、絶対にお前みたいなヘマする奴じゃ生徒選挙で落選しそうだけどな」

 うっせ、と誠は恭一の背中を軽く殴った。

「そういうお前はどうなんだよ?部活、決まったのかよ?」

「……」

 笑顔が凍りつき、徐々に暗い顔になっていく。

「あ?どうした?」

「……れた」

「いや、聞こえねえし」

「……られたんだ」

「もう一度、大きな声で言ってみよう!リピートワンスモア!」

「嵌められちまったんだって言ってるんだよっ!」

 それは恭一が初めて見せた、狼狽と悔しさの混じった顔だった。

 

 

* * *

 

 

「なあ、ここで二手に分かれねえか?」

 恭一は不意に誠に声をかけた。と言っても、部員勧誘祭の喧騒のせいで、声をかけたつもりであっても実際は怒鳴っているようなものだった。

「いいんじゃね?後で部屋で待ち合わせな」

「おお」

 そうやって恭一は誠と手を振って別れた。しばらく中央棟の三階で軽音部のライブを聞いた後(ギタリストがFのコードを押さえられなかったのが残念だった)、二階に下りてみると、いい匂いがしてきた。

「そういや、朝飯食ってねえなぁ……」

 腕時計を見ると、もうとっくに寮の朝食時間は過ぎていて、正午になるまで待たなければいけなかった。
しかし、恭一のような青年、しかも体つきは平均以上の日本男子が、朝飯を抜かして昼食の出る正午まで待つことができるのだろうか?そんな過酷な運命を背負えと、誰が強制できるのか?

「ようするに、君、腹減ってるわけね」

「ああ。ってぇ、いつの間に?!」

 ふと気付くと、恭一の隣にニコニコと親切そうな笑みを浮かべた男が立っていた。

「いやぁ、さっきから『腹ペコオーラ』ムンムンだったし」

「何すかそのへんてこなオーラは!」

「チャネリングしたら、やっぱり飯のことしか考えてなかった。まぁ、これぐらいは健康な高校生だったら普通だよな」

「チャネリングできるんすか!」

「ねねね、暇だったらさ、俺らの部を、覗いて行かない?」

 俺たちの部。

 恭一は今までのキーワードを繋げて、それがいったいどこの部か想像してみた。

「すんません、俺、興味ないんで」

「え?」

「親に、怪しい人に声かけられたらついて行くなって言われてるんで」

「怪しい人?俺が?」

「あと、俺、オカルトやら怪奇現象には興味ないんで」

「オカルトォ?おいおい、おいおいおい、まさかのかだけどさ、君は俺たちの部が怪奇現象研究会などとか言うケッタイな部だと思ってないよね?」

「違うんすか」

 ノォオオオオオオ、という効果音が付きそうな勢いで、オカルト部員(推定)が頭を抱えた。

「違う違うチガーウ!俺たちの部は、そんなチンケかつ胡散臭いスットコドッコイ共の集まりじゃないぞ!」

「えー」

「何だその『えー』は!?君は何て失礼な奴だ!俺の尊厳を著しく損なうつもりか!」

「いやぁ、その、先輩の醸し出す雰囲気がどうも電波系だったんで」

「何を言いやがるか君は!!断じて違うとも!と・に・か・く!」

 急に脇を抱えられた。

「君は腹が減っているんだろう?ではまず我々の部に寄って行きたまえ!話はそれからだ!」

「え!ちょっまっ!ええ!?」

 恭一はそのオカルト部員(推定)に引きずられるようにして連れ去られていった。

 

 ちなみに、その後ろでたった今怪奇現象研究会に入部したばかりの新入生が泣きそうになるのを堪えていたことを、この二人は知ることはなかった。

 

 

 

 「まあ一口食ってみろ」と、カツ丼を前にして言われたら、どうするべきだろうか。

 恭一は辺りを見回しながら考えた。机の前には先ほどの先輩が、そして向こうのコンロの前では、筋肉ムキムキなお兄さんが、何かをフランベしていた。

「どうした?遠慮はいらないぞ?何なら茶も出す」

「……あの、先輩、俺、これ……」

「受け取れないなんて言うなよ?これこそは我々料理愛好会の伝統たる『ブカツ』だ。ほら、カツがこんなに分厚いのに、火は通っているだろう?」

「はぁ……」

 ブカツとは、「分厚いカツを使ったカツ丼」の略なんだろうか?

「一口食べてみたまえ。世界が変わるぞ?」

 そう言われてはしょうがない。恭一は箸を持つと、カツ丼を一口頬張った。

 

 

 ああ、世界がこんなに美しいなんて、俺、知らなかったよ。
 

 それはまさしく黄金の味。

 それはまさしく天衣無縫。

 それはまさしく料理の鉄人。

 

 

 気がついたら、完食していた。いつの間に、という表現がぴったりなほど、素早い食事だった。

「美味かったかい?」

「美味かったっす」

「そうかそうか、それはよかった。で物は相談なんだけどさ」

「いっときますけど、まさかこの期に及んで『食ったから部に入れ』とか言いませんよね?」

 急に空気が引き締まった。

「……何だって?」

 先輩が笑顔を引きつらせながら言った。

「いや、だって、食えって言ったのはそっちじゃないすか。それで強制された上に入部まで強制するのはおかしいんじゃないすか?」

「ああそれ?言ったけどさ、俺、『一口食え』って言ったんだよね。その後でガツガツかっ込んだのは、君の責任」

「……」

「ま、入部しなくてもいいんだけどね」

「え?」

「カツ丼の料金払ってくれるなら」

「ぐっ」

 そうきたか。しかしここでたかだか三百円ぐらいのために、一年間を料理愛好会なんて言う乙女チックな名前の部に入ってたまるかってんだ。

「いくらっすか」

「二万円。即金払いで」

「高っ!」

「どーしよっかなぁー。早く〜決めてくれないと〜、困るんだけどなー」

 こういう時は、うん、あれだ。三十六計逃げるにしかず。

 恭一はさりげなく戸口を見てみた。そして悟った。

 

 

 MU☆RI

 

 

 戸口には白い割烹着を着たマッチョなお兄さんがもう二人、いつの間にか腕組みしながら立っていたのだ。窓から飛び降りようにも、ここは二階だったりする。

「で、どうするの?入部する?それとも……」

 急に顔を接近させる。今までの笑みが吹き消された。

「君の体で二万円作ってくれる俺の知り合いに頼む?」

 それって「はーい、これで君の人生終了!てへっ★」なお兄さんたちですよね?とは怖くて聞けなかった。ついでに俺の価値って二万円しかないの?とも、どういう知り合いですかそれ?とも突っ込めなかった。

 

 余談だが、料理愛好会の「ブカツ」の由来には様々な説があり、「部員誘導用カツ丼」の略というのが最有力だが、他にも「部員は必ず捕まえよ」というモットーの略とも、「ぶっちゃけ関わった時点で詰み」という被害者の諦めの念を凝縮したものという説もある。

 

 

* * *

 

 

「ぶははははははっはは!だっせえ!!」

「わ、笑うなよ!お前だって、似たり寄ったりじゃねえか!」

 真っ赤になって恭一がガーッと吠えた。

「リョ、料理、おま、お前、ぶふークククククク」

「わかってるよ、柄じゃねえってことぐらい!」

「ひひひぃぃひぃ」

「うわ、無気味な笑い方だな、おい」

 誠が笑い終わるのを待って、恭一が憮然とした顔で聞いた。

「でさ、何でお前生徒会に入ろうと思ったんだよ?」

「あ?」

 急に恭一と誠がまじめな顔になった。

「柄じゃねえって言ったら変だけどさ。お前、何か生徒会役員には見えないんだよな」

「むぅ」

「で、何でだよ?」

「……男には、言っちゃあいけねえ秘密ってのがあるんだよ」

「何その逃げ台詞。あーはいはい、今言いたくなきゃ言わなくてもいいよ。でもいつか聞き出してやるからな?」

「いやいいよ、言わないから」

「じゃあ、賭けでもやるか?」

 恭一がいたずらっぽく笑った。

「賭け、ねぇ」

「ああ。もし俺が入隊理由探し出せたら、俺の勝ち。探し出せながったら、お前の勝ち」

「期限は?」

「一学期内にしねえ?」

「いや、長すぎだろ?一ヶ月以内な」

 なぬっ、と恭一は見ているこっちがびっくりするような顔で言った。

「ううむ……ま、いいか。よし。で、賭けるものは?」

「昼飯ってことでどうだ?食堂で」

「おーし、決まり」

 握手を交わした。

 

 

「ところで、もうそろそろ夕飯だけど、行くか?」

 誠は腕時計で確認すると、黒字に金のボーダーラインが施されている制服の上着を羽織った。朝食と夕食は明栄寮と女子寮である天光寮の間にあるL字形の寮堂でとることになっており、上着なしで外を歩くにはまだ肌寒い季節だった。

「おお、行こう。で、何だったっけ、今夜?」

「ああ、確か寮母さんはカツ丼だって言ってたぞ?」

「何だって?」

「あ?」

「か、カツ丼だって?」

「ああ、それがどうした」

 

ひぎゃああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛

 

春の夕焼けに、トラウマを触れられた男の悲痛な叫びがうるさく響いた。

 

 

 

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