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「ねえねえ、そっちはどんな出し物するの?」

「え〜?秘密ぅ」

 二人の女子が笑いながらグラウンドを歩いて行った。彼女たちだけではない。夏の陽気に誘われたのか、天栄学園では生徒達があちこちで似たような会話を繰り返していた。

 一九一一年六月三日。この日に、天栄学園の創立者である谷澤西條氏が生まれた。以来、毎年六月三日には天栄祭という祭りが開かれ、屋台が立ち、教室で喫茶店などが開かれる。一週間にもわたる学園祭ほどの華やかさはないものの、天栄祭は一年生にとって先輩たちやクラスメートにセルフアピールする見せ場として盛り上がりが見られる。

 だから、こういう風にみんなが頑張っているところを見ていると、自然と頬が緩んでくる。

 なぁんて誠が思っていると

「しっかり気ぃ抜かないで作業しろっ!!」

 鉄拳が飛んできた。電動ドリルを持った手の甲で、殴られたところをさする誠。その前に立ちはだかるは、まあ例によって地獄からの使者、加賀清志郎である。

「あのな谷塚、これ、何だかわかってるのか?」

 つんつん、と加賀が誠の作業していた木の枠を指でつつく。

「えっと……開祭式のステージです」

「そうだ。つまりこれが完成しなけりゃ、天栄祭はない。てぇことはだ」

 鼻っつらにプラスドライバーを突きつけられる。

「これが完成しなかった当然の結果として天栄祭がドタキャンしたら、よそ見していたお前のせいになる」

 

 

 

 

『天栄祭ドタキャンですって』

『ええぇ!うっそぉ!!』

『どうしよぅ……田舎のおじいちゃんにもうサービスショット約束しちゃったよ』

『おいおい、どこのどいつだ、ドタキャンにしたのは!?』

『花タンのメイド姿、俺、見てみたかったよっ!!』

『皆々様に申し上げま〜す。天栄祭のドタキャンは、ひとえに〜、一年四組のぉ〜、谷塚誠〜、谷塚せ〜くんのせいで〜す。なおぉ、保安推進部には何の責任もございませんのでぇ、ごりょ〜しょ〜くださ〜い』

『何だとぉ!?』

『おぬおぅおれ、ゆぅたんのコスプレをぉ!!』

『ふははははは、おい坊主、全校生徒を敵に回すとは大したもんだな、おい?』

『谷塚君……君には失望した。あれだ、もう金輪際話しかけないでくれ。というより近寄らないでくれ』

『いたぞぉっ!谷塚だぁ!!』

『があああんほぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 

 

 

 んなあほな。

「まぁ、そうなる前に俺がみっちり躾け直してやるわけだが」

「……結局ぼこられるわけですね、自分」

「これもまあ愛だな」

「哀ですね、正しく」

「痛みとともに教訓を体に刻みこんでくれたまえ」

「刻み込む前に体を刻んでるあなたが言いますか」

「俺、この頃ストレス溜まっててさぁ……」

「それが一番の理由でしょ」

 それじゃあ一発っ!!

 

 

 

「ん?」

 明日華は首をかしげて見せた。今しがた、絶叫が聞こえた気がする。

「今のは……谷塚君か?今日も御苦労さまだな。さて……」

 明日香は周りを見渡した。前には階段。後ろには廊下。教室の前にはお化けのコスチュームやら看板やらが置いてある。

「生徒会室は……どっちだ?」

 発作中の明日華だった。

 

連隊が呼んでいる!

三話 最終防衛線:正門

 

「ねぇ谷塚君」

「何だ、仁」

「谷塚君って、お化け屋敷にでも出るの?」

 げしっ

 走っている途中で下段回し蹴りをくらい、仁はこけた。

「つつつつ」

「何が悲しくて化け物扱いされなきゃならないんだよ」

「だってさ、今の谷塚君に鬘被せてさ、白い和服着せたら、もうもろに東海道四谷怪談だし」

「階段から蹴落とすぞこの野郎」

「べただね」

 仁は苦笑すると、また走り出した。

 連隊の仕事は、校内の治安を守るだけではない。元々が力の有り余った若者を不良から更生させるための組織なわけだから、このような力仕事を必要とし、またかき回されては困るような行事では真っ先にボランティアとして駆り出されるわけである。

 しかし、それはあくまでも一側面の話。連隊は連隊であって、とどのつまり連隊でしかない。一騎当千の、天栄学園を守るという理由で全てを正当化する戦闘集団。よって、雨が降ろうと風が吹こうと彼女が振ろうとダチがフケようと、体力作りと戦闘訓練は終わらない。いや、祭りの期間中連隊は警護役も兼ねるから、なおさら厳しくなると言っても過言ではない。

 本日のお勧めメニューはフル装備五キロマラソン、その後に銃剣道の乱取り。フル装備とはこの場合、警護につく際の装備のことなので、戦闘服の上に腕章、胴、肩、籠手、木銃、ロープ、ブーツ、そして通信機器といういでたちである。面も考慮はされたが、来客にさすがにそれはないだろうということで、警護の者は面なしで初期対応、手に負えないようならば増援を呼ぶという手はずになっている。それでも重いことに変わりはない。どこの地獄のコックさんだこんなメニューを考えたのは。

「やっと終わったぁ……」

「フル装備は、やっぱ、疲れる、ね」

 さすがに仁も息が上がっている。くそ、何で二年生とかは全く平気なんだ?

 すると、誠の前に加賀が立ちふさがった。

「よう谷塚」

 頭の中でラッパが鳴る。ポールにするすると旗が登る。半旗。死亡フラグ。

「いや、ちょいとな。あのな、ここいらによ、金髪の少しツッパッた感じの奴こなかったか?」

「金髪……?」

「ああ、はすむかいの中田さんですか」

 仁が手を上げた。

「……お前な、どこをどう間違えたら向井がはす向かいの中田さんになるんだ?つーか、何だか妙な苗字まで付いてるし」

「いやぁ、レン高原のお花畑の衛星電波ですかね」

 ごすっ

「レン高原にお花畑なんてないっ!あそこはツンドラな世界だぞ」

「突っ込むところそこですか……」

 はすむかいさん。前に仁と徒手格闘で殴り合い、痣を作ったやつ。

「ったく、さぼりか、あいつ?」

 加賀清志郎。身長百九十五センチ、体重八十六キロ、趣味人を殴り倒すこと、得意技右上段廻し蹴り、必殺技上段後廻し蹴り、超必殺技爆熱神聖波動拳(↓↓↑→+AAB)、特技脱走兵の検出及び逮捕及び再教育。
さぼりに対して敏感な男だった。

「中田さんがさぼりね……勿体ないな、強いのに」

「中田って誰だよ。で、向井とか言う奴、マジで強いの?」

「徒手格闘じゃね。銃剣ではちょっとがっかりだったけど」

 加賀が歩き去った後、誠はふーん、と漏らした。

 

 

* * *

 

 

「やあ谷塚君。連隊活動で忙しいと思っていたんだが、そうか、天栄祭の準備か。しかし谷塚君、うちのクラスの出し物はお化け屋敷じゃなくてメイド喫茶だぞ?」

「Et tu, Brute……」

 思わず世界史の暗殺事件を思い出してしまう誠だった。

「大体、青葉は何でこんなところにいるんだよ?」

 こんなところ、とは家庭科室、つまるところ筋肉マッチョなお兄さんの溜まり場、別名料理愛好会の部室である。

「いや何、生徒会室に行く途中でここに入ってしまったのだが、案外近いのでな。書記の仕事が終わったので遊びにきさせてもらっているんだ」

「青葉さんならいつでも歓迎だ。ついでに高田の相棒も」

「俺、そんな微妙な位置づけかよ」

 料理愛好会所属二年生の雪野がにかっと笑った。

「まあもう少ししたら正式に食器洗い見習に昇格してやるか」

「低っ!」

「さすがにすっと高田の相棒ってのも、まあ人道に悖るし」

「高田と一緒って、人権違反並みの差別用語なの?!」

「客人にするのはさすがに難しいけどね」

「客だよ客。お客人様は神様ですさあ崇めろ苦しゅうないおい貢金はどうした」

「嫌な神様になりそうだな、谷塚君は」

「で、何しに来たんだ谷塚。宮田ならいないから、人体ホルモン焼きはまた今度だ」

「やるのかよ、人体ホルモン焼き……それよか、高田は?」

「高田、高田ねぇ……宮田から逃げてるんじゃねえの、大方」

「そんなに嫌なら、退部すればいいのに……」

「そうよなぁ……」

 雪野が苦笑した。

「で、生徒会の仕事はどうだ、青葉」

「順調だ、と言えるのかな?例によって、生徒会長殿と副会長殿のコントを書き出し、そこから記録に残す価値のある情報を引き出すのは、骨が折れるが、まぁ致し方あるまい。ついでに言えば、あの二人の対談集を漫才部とか演劇部に持っていったら、コメディが書けるのではないかと思ってしまう」

「例えばどんなことを話してるんだ?」

「天栄祭の出しものとかな。生徒会長殿は、副会長殿のドッキリでも撮ろうか、とか言っていたが、具体的にどんなドッキリになるのか言わなかったから、恐らく副会長殿も当分は枕を高くして眠れないな。あと、他にも副会長サドンデスマッチ☆池田VSベンガルトラとか、副会長特別企画『副会長をボコれ』とか」

「……大変だな」

 

 その、副会長が。

 いじめなんじゃないだろうか、と誠は思ってしまった。

 

「でもまあ、やる気はあるしな。それに、会議に出ていて飽きないというのはいいことだと思う」

「会議は踊る、されど進まず、か」

「むしろ会議は驚く、されど突っ込まず、な状態だ。どこからどう突っ込んでいいのかわからないからな。うん、谷塚君みたいな人材が、生徒会には必要なのかもしれないな」

 

 

 谷塚誠、十六歳。

 天栄学園生徒会執行部初代会議突込長。

 

 

「何だかなぁ」

「不満か?」

「ダブル・バーレルな感じだ」

「何ゆえ散弾銃?」

「一発目で字面を見て『何この人、突撃隊長?暴力団?』と思われてしょぼん、となる。次に『実は俺の役職は……』と丁寧かつ具体的な説明をした所で『しょぼっ!』と言われ、しょぼぼ〜んとなるわけだ」

「……まぁ、それも谷塚の器にぴったりだしな」

「そうなのかっ!?小さっ!俺の器お手軽ポータブル&スリムサイズ?!!」

 横から雪野がちゃちゃを入れた。そんな雪野に律儀に突っ込む誠を見て、明日華は微笑んだ。

 何だ、案外適材なんじゃないか?

 

 

* * *

 

 

 はすむかいの中田君、もとい向井良二という奴と誠が会ったのは、天栄祭三日前だった。

 髪の毛の色はあまり見えなかったが、脱色しているようではあった。背と体つきは誠と同じくらい、そして面越しに睨みつけてくる目からほとばしる闘気もまた、誠のそれといい勝負だった。

 

 上等だ。

 

 合図とともに、誠は肩へ突きを繰り出し、そして良二の木銃と激突する。腰を落として、押し合う。面と面が触れるほど近づき、そして視線がぶつかる。

「くっ」

 間合いを取るために、誠は後ろに跳び、そして再度突きに入る。

「甘えっ!!」

 良二が吠え、そして誠の木銃を薙ぎ払う動作に入る。一刹那後、良二の木銃、そのフォームで覆われた先端が誠のタンポを捉える。

「っさああああああああ!!」

 しかしそれでも誠は止まらない。受けられたタンポを支点として、右手を瞬時にして持ち換え、そして銃床をてこの原理の応用で良二の側面にぶつけた。

「一本!」

 審判役の加賀が怒鳴る。隣に立っていた二年生も黙って頷いた。間合いを再度取る二人。本来銃剣道はタンポによる刺突のみを有効とする競技である。また木銃の持ち処も持ち方も決まっており、自由自在な動きというものはあまり見られない。

 しかし天栄学園では、木銃とは銃剣道のための用具、という普通の認識を超えたものになっている。儀礼にも警護にも、そして緊急事態である戦闘にも木銃は必要であり、よって用途も普通ではない。先端部による打撃、そして銃床を使った攻撃もまた、いわゆる「天栄ルール」には含まれている。

「始め!」

 激突。木銃と共に良二が肉薄する。間合いを取ってから突きに転じる戦法を使う誠に、何が何でも取らすまいと言わんばかりの気迫で良二は向かってきた。木銃を握る手に力が入り、タンポが小刻みに揺れる。

 

 しかし

 

 いくら傍目から均等を保っているように見えるとは言え、誠は突きを封じられている。良二も同じとは言え、誠にとって一般的には不足のない身長と、全身の体重を込めることのできる突きを失うことは手痛かった。良二よりも実際にはわずかながら体格のいい誠にとって、むしろこの均衡は良二アドバンテージ状態なのだった。

 

しかし

 

 しかしそれでも誠は諦めない。目の前にいるのは加賀でも冬原の姉御でもなく、自分と同じような一年生。ならば倒せないことはない、倒せないという絶対なんてない。

 誠は一瞬わずかに身を沈めた。それを重心の低下による押しへの変動と見なした良二は、押し返されまいと更に前のめりになった。そして次の瞬間

 

 地面に倒れた。

 

 状況をうまくつかめる前に喉元に突きつけられる木銃。良二は面越しに誠を睨みつけた後、苛立たしげに宣言した。

「ねえよ。ありません」

 その一言で緊張が解ける。蹲踞をして例を済ますと、誠は面と手拭を取った。

 ただ押し合うだけだったら、あのままずっと膠着状態が続いていただろう。そのままだったら先に一本を取った誠の勝ち、とルール上はなっていた。だけどそれは誠の望んでいた勝利じゃない。誠の勝ちじゃなくて、仕掛けなかった良二の負け。
だから誠は腰を沈めた。それによって押し合いで勝つつもりだと信じ込んだ良二も負けずに体重を前に掛けることに専念した。しかし誠にはそもそも押し合いを続ける気はなかった。だから

 良二が重心を落とした時点で

 足払いをかけたのだった。

 屈折された良二の足は、前後への圧力には抵抗があったものの、真横からの払いに太刀打ちできるはずはなく、またするつもりもなかった − 予想すらできていなかったのだから。そして倒れた時点で誠が木銃を突き付けて詰み、となったのだった。これもまた、天栄ルールならではの戦法だった。

「お見事だね谷塚君」

「ああ、サンキュな」

 簡単だったでしょ、と仁が笑いながら言う。

「そうでもないな。結構厳しかったかな」

「そうは見えなかったけどね。加賀先輩に可愛がってもらって、少しは強くなったんじゃないかい?」

 可愛がってもらう、という言葉は、誠の知らないうちに太平洋よりも広くなったらしい。少なくとも、げははははさぁ覚悟しやがれ今日も顎が痛くて晩飯食えなくなっても知らねえぞ、なノリでやったらめったらドツきまわされるのを、可愛がるというとは思えない。

「お先」

 不意に良二が誠と仁に声をかけた。

「おう」

「お疲れ様、向井君」

 良二が出ていってから、ふと誠は気付いた。

「あれ?訓練今始まったばっかりじゃないか?」

「あ、そうだった」

 二人で良二が出て行った扉を見ると、同時に突っ込んだ。

 早っ!!

「これが仕事だったら給料泥棒もいいとこだよな」

「うーん……向井君の性格からして、連隊に名を置くメリットで入隊してるわけじゃなさそうなんだけどな」

「メリット?」

 そんなのあったか?

 誠が思いつけるのは、せいぜい喧嘩に強くなることと、打たれ強い性格になることだけだった。

「連隊ってさ、訓練とか厳しい上に勉強とかも強制的に両立させるところがあるからさ、結構内申書とかですごいんだね。大学とかの待遇も数ランク上になるし、OBが半端ないネットワーク持ってるからいろいろと有利だし」

「そうなのか?にしては引っ張りだこって感じじゃなさそうだけど……」

 そんなにいい事づくしなら、もっと賑わってもいいはずだが。

「だからね、そんな半端な動機で入隊したらさ、一月もしないうちに体が参って辞めちゃうよ。連隊に入る人が未だに変人扱いされるのはね、メリットをぶっ飛ばしてもお釣りが諭吉さんクラスでくるほど訓練内容がきついからなんだ。恩恵に与れるのは、最低二年は続けた人だけだしね」

 確かにそうかもしれない、と誠は思った。

 誠だって連隊に入ろうと思って入隊したわけではなかった。今となっては思い出すのも馬鹿馬鹿しい限りだが、まあそこは若気の至りとして置いておこう。しかし、もし冬腹の姉御と手合わせをした後で、体育館裏に迷い込んだ明日華と話をしていなかったら、嫌になって辞めていたかもしれない。もしあの時の言葉がなければ、とっくのとうに折れていたかもしれない。

「そういや、仁の動機って何だ?」

「ん?僕の?」

 不意に不敵な笑みが浮かぶ。

「まあ取り合えず強くなることかな。最強と言われるまで」

 さらっと言ってのけた。

「最強……かよ。つまり何だ、加賀とかともやりあったりしても平気ってか?」

「ま、いずれね」

 かんらからから、と笑っている仁と、ため息をついた誠。その二人の後ろに影が射す。

「なあお前ら、今向井の野郎がいなかったか?」

「ああ、向井なら早退しました。たった今」

「そっかー早退したんじゃーしょーがねーよなー」

 不意に笑みを吹き消す加賀。

「とでも言うと思ったか。何で止めなかったんだ?」

「え、いやもうすぐいなくなっちゃって……」

「つまりお前らは俺の仕事をみすみす増やしてくれたわけか。うれしいなぁ谷塚に新木ぃ、お兄さんはあまりにもうれしくて」

 笑っていない目が光った。

 

「殺気を覚えそうだぜ」

 

 

* * *

 

 

 体がバラバラになりそうだった。

 今日の脱走劇もまぁ失敗に終わり、恭一はそれはそれは重い寸胴を抱えて外の水道に行った。

「ったくさ、どこをどうして何したらよ、味噌汁作るのに寸胴が必要なんだよ?」

 天栄祭に向けて全校生徒が乗っている時期である。熱血漢の溜まり場で知られる料理愛公開も然り、いつもより根性を込めて食材への愛を燃焼しているところであった。

「あーあ。あおっちは生徒会のあれこれで忙しそうだし、谷塚は半殺しが定番になってるし。誰かつるんでくれる奴いねえかなぁ……」

 そう恭一が空に呟いた時、話声が聞こえた。

「そっちどうだ?」

「狭いな。天栄だったら、裏門でもうちの正門くらいあるんじゃねえかって思ってたんだがよ」

「兵隊が二人もいれば何とかなっちまうか……」

「ま、勉強ばっかやってるボンボン共だからよぉ、いざとなったら総ボッコでいいじゃん?」

 何の話をしてるんだ?

 恭一は塀の向こうから聞こえてくる話し声に耳を澄ました。天栄学園の生徒じゃなさそうだ。

「正門突破はムズイよなぁ……しょうがねえ、スカにメールっとくか」

 足跡が遠ざかり始めたころ、恭一は裏門から出て、今の声の主を見た。背の高い男が二人、そのうち一人は髪を脱色させており、もう一人は肩まで伸ばしていた。私服だったから特定できる高校はなかったが、それでも部外者が何か敵意を持ってたくらんでいることはわかった。これを今すぐ谷塚に知らせなきゃ、と恭一が思った瞬間

 

 

 

がしっ

 

 

 

 心臓が胸をぶち破るかと思った。

「おい、お前ここで何やってんだ?」

 安堵と恐怖が入り混じった変な心境とともに、恭一が振り返る。

「う、うす」

「高田、寸胴洗うのにどれくらいかかるのか聞きに来ようと思っていたら……覚悟はいいな」

「ちょ、ちょっと待って下さい先輩、今マジやべえことになってたんですどれくらいやべえかというとですねこの学園をデフコンワンにするような第大惨事ですカステラ一番電話は二番三時のおやつは文明堂です」

 ごっ

「わけわかんないこと言ってるんじゃねえ。おら、寸胴の次は中華鍋。飯の前には返してやるからしっかり手伝え」

 引き摺られながら恭一は夕焼けの空をぼんやりと眺めた。

 おう、星が見えるぜ。

 

 

 

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