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「……というわけで」

 池田がふぅ、とため息をつきながら締めくくった。

「生徒会執行部の出し物は、生徒会役員スタンプラリー、ということで異存はありませんね」

「異議なし」

「うん、いいな」

「おいっす」

 他の役員が頷くのを確認して、池田は神谷に念を押した。

「い・い・で・す・ね生徒会長」

 こちらは物凄く不満そうな顔をして、しぶしぶ頷いた。

「まぁ、皆の衆がそう言うんだったら、是も否もないわい。余としてはもっとスケールのでかい話にしたかったんだがな」

「あんたのスケールにつき合っていたら、学校が一つ破産しちまうよ」

「そうはさせん。大丈夫だ、熊や虎の業者なら安いところをすでに掴んでおる」

「あーそうですかすげーなぁ……って、メッチャクチャ違法じゃないか!!」

「ちなみに余のスケジュールでは副会長のコスチュームも必要だったのだが」

「俺が戦うんかいっ!あんた実は俺のこと嫌いかよっ!!」

「嫌いではない。信頼だ」

「何の信頼だよ」

「観客を喜ばせながら華々しく散って行ってくれるであろうと信じていたのに」

「死ぬの俺?!せめてそこは勝つことを信じようよねぇっ!!」

「はっはっは、それは無理があろう」

「その無理難題を押し付けてんのはあんただろっ!!」

 ようやく収拾がついたかと思われる事態がまた混乱する。

「あらあら、池田君も神谷君も本当に仲がいいんですね」

 そんな二人を見て、ほのぼのとメガネをかけた女生徒が笑った。

「どこをどう見たら、そうなるんすか、麻部先輩」

 会計が突っ込む。

「だって神谷君って、誰にでも興味を持つことはあっても、興が削がれたと思ったらそっけないんですよ?ああやっていつでも話していられるなんて、素敵じゃないですか」

「いや、どう見ても会長殿の副会長殿に対する興味には純粋さが欠けている気がしてならないのだが」

 明日華の突っ込みをよそに、会議は暴走した。

 そもそも、今の会話自体議事録に残すべきなんだろうか?

 残ったとしたら、未来の生徒会にどういう風に思われるのだろうか?

 

 

 

「うっわ何だよこの議事録?めっちゃくちゃじゃん」

「誰、これ残したの?」

「あ、知ってるよ。それ三年の青葉先輩」

「まじ?うわ最悪」

「疑っちゃうよねえ、感性とか人格とか」

「見損なっちまったぜ」

「あ、あのさ青葉、俺、これから忙しくなるからさ、その……ごめん」

「すまねえなあおっち、料理愛好会はな、生徒会でおままごとしてた奴と遊んでる暇はねえんだ」

「は?青葉?知らねえな。余所あたりな」

 

 

 だ、だめだっ!

 改変しなければ。絶対に改編しなければ。

 明日華は心にそう誓うと、某政党に関する報道を行う一部メディアのごとき編集作業で夜を費やす覚悟を決めたのだった。

 

 

* * *

 

 

 これには慣れることはできないな。

 頭の中で誰かが呟いた。もう、誰でもよかった。意識そのものが朦朧としていた。

 顔は無事だ。無論、あいつらだってそれぐらいは考えている。頬にへばりついた吐瀉物を拭って、優治は思った。見えるところには跡は残さない。基本中の基本だ。

「だからよぉ、わかってるだろ?そう難しいことじゃねえって。ちょっと変なもん食ったっていえば、誰も疑わねえよ」

 振動。髪の毛の生えている部分は、裂傷が見えにくい。そこに適度に力を抑えた蹴りが入る。ここでは沈黙すらも許されない。

「なぁ?それとも何だ、お前、中学の頃からのアルバム、みんなに公開しちまってもいいのか?」

 それを聞いて、優治の体がこわばる。あたかも自分を縛っている見えない鎖が更にきつくなったかのように。

「よくあるんじゃねえ?お前らだって人間だろ?便所行きたくなる時だってあるよな」

「そうそう。タイミングが悪い時だってあるしな。まあ、仕方なかったってわけ」

「それにお前さ、どうせ辞めたいんだろ?きつすぎて辞めたいんじゃねえの?」

「根を上げるより不運な事故の責任とって辞めた方が、かっこいいんじゃねえか?」

 言葉が降ってくる。優治はそれを正確にとらえることが徐々にできなくなってきていた。

 しかし自分自身連隊に関して不満がないかと言えば、嘘になる。

 最強たらんとする訓練と、鉄の団結力で結ばれた戦闘集団。

 しかし、その実態は何だ、これは何だ。

 何で一連隊士が、孤独のうちに他校の生徒にいじめられなきゃいけない?嬲られなきゃいけない?

 何で鉄の団結力は校門を過ぎるとなくなってしまう?

 しょせん、部活。学校生活の一環でしかなくて、他の物はすべて幻想だ。結局最後は一人で何とかしなきゃいけなくなる。

「で、最後だ。やるのか、やらないのか」

 最後は、いつも、一人。

 

 

* * *

 

 

 その朝。

 有馬坂市の中央にある、ゆさき公園、その外灯の一つには、一羽の鳩がとまっていた。

 そのハトは身づくろいに忙しかったのだが、不意に首をもたげてある方向を見つめた。正確には、その方向にある、灰色の建物を。

 かすかな破裂音が聞こえた。あれには本能が告げる。絶対に近づくな、危険だ、と。そうしてハトがその方角に警戒していると、いきなり

 

 

 ずどんじゃじゃーん、じゃぎゅわーん

 

 

 音の壁がハトを襲う。あまりにもすごい勢いで来たので、外灯から半ば転げ落ちるようにハトは飛翔する。

 何だあれは。あんな音量のもの、今まで聞いたことがないぞ。

 それはもちろんハトの記憶能力の限界のせいで、事実彼は去年もこの爆音を聞いた。しかしこの(記憶上)初めての爆音に対し、ハトは好奇心を押しとどめることができなかった。風を受けると、灰色の建物のほうに飛ぶ。
人。

 物すごい量の人が、広場を、そして建物の中を覆い尽くしている。そして辺りには音を出す箱やら何やらが置いてあって、さっきの爆音はここから来たらしい。

 やれやれ、何をまたおっぱじめたんだか。

 もしハトが人の言葉を理解して聞いてみたのなら、そこにいる誰もが答えたであろう。

 

 

 天栄祭が、始まったのさ。

 

 

「っと、俺は……おし、仁と組むわけか」

「みたいだね。正門、二時半から三時。上番時に交代するのは」

「向井と深田……深田って誰?」

「さあ……覚えていないな」

「つまりあんまり強くないわけか」

 ははは、と仁が笑う。誠はだんだん仁の判断基準がわかってきた気がした。

 とどのつまり、仁は強い奴のことは覚えているわけだ。無論、殴り合うのが一番手っ取り早く誰が強いか判別できるわけだが、その他にも他の候補者との戦いを経て当選した明日華にも敬意は評している。

 まぁ、明日華の場合見た目がいいからということもあるようだが。意外と面食いでもあるらしい。

「そんなに意外かなぁ」

「だってお前の判断基準だとさ、強い女にしか興味ないだろ」

「え〜」

「絶対に冬原の姉御のファンだろお前」

「そ、そんなことないよ、うん」

 あからさまに動揺する仁に、誠は苦笑する。

「やめとけやめとけ。あの人をツンデレって言う奴もいるけどな、ありゃ……」

「暴デレだ。入隊時から一緒だった俺が言うんだから間違いない」

 背後から声がする。

「……加賀先輩、いつの間に」

「ん?さっき新木は『僕は冬原の姉御が大好きなドマゾだああああ』と絶叫したあたりから」

「いやいや、してませんってそんなの」

「何だ違うのか?じゃあやめとけ。あいつ顔はいいけどな、その、何だ、口よりパンチの方が早いからよ、そういうのが好きじゃない限り付き合えねえわ」

 三人でぶらぶら歩く。どこからか焼きトウモロコシやらお好み焼やらのいい匂いが漂ってきた。

「でも、一年の頃はモテたんじゃないですか」

「まぁな。だけど全員あいつの本性をわかった途端手ぇ引いちまってさ。今じゃクリスマスやバレンタインデーでは暇を持て余しているってとこだ」

「へぇ……」

「随分とまあ褒めてくれるじゃないのさ」

 誠と仁は固まった。後ろは決して振り向けない。しかし止まるわけにはいかない。

「いやいや。でよ、一年の頃のバレンタインデー。あれは笑えたぞ。だってなあ……いぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎいぎぎぎ」

 ぎりぎり、と音がしそうなくらいきつく頬が引かれる。半分笑った表情のまま、加賀が振り向く。

「だいたい、あんたが心配する筋あいなんざ、これっぽちもないじゃないかえ」

「わあった、わあったからその手を離せ」

 冬原が手を離すと、二人で口論になった。やれ女心がどーだの乙女としての自覚がこーだの淑女のふるまいがどーだのデリナシー野郎がこーだのと、結構白熱したバトルになりそうだった。仁と誠は頷くと、加賀に武運長久を胸の内で祈り、戦線離脱した。

 

 

* * *

 

 

「ん?」

 仁と別れた後、誠は廊下で、変なものをぶら下げている明日華にあった。

「青葉」

「ああ、谷塚君。連隊の方はいいのか?」

「歩哨に立つのは二時半から。それより何だそれ?」

 明日華がまるで駅弁のおばさんよろしくぶら下げている台を指さした。

「ん?これか?生徒会の出し物なんだ。そうだ谷塚君、君もスタンプラリーに参加しないか」

「スタンプラリーね……」

 台から一枚用紙を手にすると、明日華にスタンプを押してもらった。

「で?景品は?」

「会長殿が考えてくれているそうだ」

 うわぁ……

 マジでキングコブラとかだったりしたらどうしよう……

「そう言えば、谷塚君。君は幕僚長と会ったことはあるのか?」

「生徒幕僚長?」

 生徒幕僚長とは、連隊のトップとして生徒会の会議に座する者である。発言力は大人の事情でさほどないが、連隊の運営について的確なアドバイスを役員に与えるとともに、有事の際には非常権限として普通では横暴ともとられる命令を漣隊士に伝達することもできる。

「何だ、君は自分の部活のトップとも面識がないのか?」

「部活って言うけどさ、予備も含めると百人以上になる部活って、そうそうないし、幕僚長なんて雲の上の人だよ」

 そういうものなのか、と明日華は考え込んだ。

 実際、幕僚長が説明会などで出たことはなく、説明会のスピーチや案内は、副官である林清正(二年生)の仕事だった。だから林のことはみんな覚えていても、現幕僚長である黒村郷志に関しては、誰も知らない。

 ついでに補足しておこう。副官とは幕僚長の補佐を務めるものだが、これは幕僚長就任とともに任期を始める。そして副官は幕僚長とともに生徒会の定期会議や、連隊の中枢である「天幕」の会議にも出席し、そして幕僚長の仕事を覚える。すべてが滞りなく進めば、副官は三年生になった暁に晴れて幕僚長として就任する。つまり副官に任命されるということは、まじめにやっていれば未来の幕僚長の座に選ばれたこととなる。

「まあいい。それより、会長には気をつけろ?簡単にスタンプを押させてくれるとは思えないからな?」

 そこはとても頷けてしまう誠であった。

 

 

* * *

 

 

 二時十五分。

 あと十五分で、新しい歩哨が来てしまう。

 優治はちら、と隣で仏頂面のまま立つ良二を盗み見た。

「何だよさっきから。何見てやがる」

「い、いや、別に」

 刺すような視線を返されてしまった優治は、うつむいた。沈黙が二人の間に再び訪れる。

「なあおい、お前さ、もう少し自信持てよな。絶対俺なんかよりもまともに訓練に出てんだろ?」

 そう言えばこいつは早退とかよくしてたな、と優治は思った。もしかすると、事が起こったら逃げてくれるかもしれない。変に抵抗しなければ、リンチは免れるかもしれない。

「図体もでかいんだし。お前、気合い入れろよ気合い」

「気合い」

「ああ。お前みたいなのがいると、むしゃくしゃするんだ」

 そんな滅茶苦茶な、と思った。僕が堂々と胸を張ってたりしたら、絶対に生意気だのなんだのっていう癖に。

「はは、そうだね」

 そう愛想笑いしても、そっぽを向かれた。こいつも、あいつらの匂いがする。

 じゃあ……

「あ、あのさ」

「何だよ」

 不機嫌そうな顔をする良二に、優治は視線をそらしながら言った。

「ごめん、何か朝からちょっと調子悪くてさ……トイレ行ってもいいかな」

 

 

* * *

 

 

「かっちゃん、スカから電話です。今正門には一人だけだって」

「やっとかよ。随分待たせやがって」

 天栄学園前の林道、その近くの喫茶店で、黄色いフードジャンパーを着た少年に、茶髪の男が吐き捨てた。

「おい、俺ら全員いるな」

「誰も店から出てません。杉さんの方はちょっと……」

「杉はまかせといていいんだよ。んじゃ、行くぜ」

 そうかっちゃんが言って立ち上がると、喫茶店のあちこちで私服の青年が立ち上がった。そしてフードやら野球帽やらを被り、ぞろぞろと店を出る。

 店の裏にある小さな路地裏に来ると、青いポリバケツの蓋をあける。そしてそこから野球バットやチェーンやらを取り出す。また、ゴミ袋の下に隠しておいた竹刀も手にすると、彼らは林道を上って行った。
林道を半分くらい行ったところで、違うグループと落ち合う。

「てめえら全員いるんだろうな」

「ぶるってんのか」

「はっ、ざけんな」

「おい、杉さんとかっちゃんは?」

「俺らが行った後に来るだろ。それより、見張り立てろよ」

 するとグループの一人が天栄学園のブレーザーを着込んだ。

「スカからとっといて正解だったな」

 そう言って笑う。罪悪感なんてみじんもない声だった。

「じゃあ、ま、行くか」

 

 

* * *

 

 

 同時刻。

「でさぁ、会長のところすごかったんだぜ?もうあれマジでトラウマもん」

「あの会長なら、何があってもありだよね」

「歩哨終わったら絶対に完走するぜ。なあに、後は会計だけなんだ」

「ふーん……あ、そうそう、西部棟の二階にある喫茶店、あれうちのクラスのなんだけどね」

 正門まで仁と笑いながら来ると、誠はあれ、という顔をした。正門で退屈そうに木銃をぶらぶらと持っているのは、良二一人だけだった。

「おい向井」

「あ?……何だ、あんたら次なわけ?」

「ああ。あれ、もう一人のは?」

「腹壊したとか何か言ってどっかフケた。あーあ、つまんねえ……」

 そう良二がこぼした時、仁の顔が強ばった。その視線を辿って、良二も誠も息を呑んだ。

 林道を、フードやら何やらで顔を隠した不穏な連中が、バットや竹刀を片手に上って来たのだった。

 どさ、と音がして誠は良二を見た。

「お前、何やってんだ」

「見りゃわかるだろ?胴脱いでんだよ。あとこれ」

 木銃を誠に押し付ける。

「だから……」

「邪魔くせえんだよなぁ、こういうの。喧嘩なら丸腰でやるもんだろ」

「まあそうだけどさ。向こうはそんなの聞いちゃいないようだね」

 背嚢からラジオを取り出す仁。

「正門より司令室。緊急事態。応援求む」

 短く告げると、仁は門の脇に立てかけられていた木銃を手に取った。

「確認するよ、谷塚君、向井君。この正門が最終防衛ライン。ここは誰にも通さない」

「おし」

「わかった」

「だからあまり離れないようにしよう。三人とも辺りを見て、圧されてる所があったら支援する」

「オッケーだ。来るぞ」

 金属バットを振りかぶった奴が駆けだした。そのバットを振り回す直前

「しっ」

 誠は木銃をそいつの腹に当てた。体重の乗った刺突をもろに受け、吐瀉物を噴き散らして崩れ落ちる。それを皮切りに

 

 

「うるぅぁぁぁあああああああああっ!!」

戦場が暴走した。

 

 

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