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「新学期しょっぱなから喧嘩とは感心しないな、谷塚君」

 お厳しいお言葉の割には明日華は面白そうに笑っていた。

「いやまあ、不可抗力というわけで……あのさ」

「何だ」

「俺の顔って、今そんなに面白い?」

「そうだな、まあ人間の顔をしていた友人がある日突然パンダになれば、まあ興味は湧くというものだ」

「さいですか……」

 あの後誠は加賀と二人きりというあまりうれしくないシチュエーションで往復ビンタを喰らい、延々と自己批判させられた挙げ句に「少年よ隊士となれ」を朗読させられた。と言っても、加賀のビンタはそんじょそこらのドラマで見るビンタとは名前だけ似ていて後は全然違うという代物で、ぶたれた時は水木しげるの漫画に出てくるような「ビビビビビビ」という効果音が聞こえた。結果、内出血のため顔にまだら模様ができて怪人パンダ男と化してしまったのである。

「しかしまあ、どうして喧嘩に?」

「いや、大したことじゃないんだ」

「大したことでもないのに喧嘩するのか君は」

「あーいや、実は世界と銀河と来週のアニメ放送を救うために命かけて戦ってきました」

「何だとっ!」

「もうね、いつ死んでもおかしくない修羅場を幾つも潜ってさ……」

 そして誠は話した。それは、愛と勇気と友情とそのほかよく解らないけどキラキラしてるっぽい感情の物語だった。誠は何度も死にかけ、その度に身代わりとしてサブキャラが死んでいき、悲しみと屈折を乗り越えて突き進み、そして感動の大団円を迎えたのだが、そこで敵の幹部に撃たれ、救ったヒロインの腕の中で安らかに息を引き取った。

「……素晴らしい話だな」

「だろ」

「ああ。特に君が死んだはずなのになぜか痣しか作らずに二十四時間以内に復学しているところなんか、これは嘘ではないかと思えるほど素晴らしい」

「……キョ、恐縮ッス」

「しかし、私もそのような冒険を一度でいいからしてみたいものだ。なあ教えてくれ、冒険とはどこで見つかるものなのだ?」

 うわ、この人マジで信じてたのかよ。

「そんじょそこらに転がってるんじゃないか」

「そうか?」

「ただ、注意しないと気付かないだけで。うん、観察力が必要だよ青葉君」

「わかったぞ所長。さっそく放課後探してみよう」

 親指をぐっと立てて、明日華は笑った。

 そこはかとなく罪悪感を感じさせるような笑顔だった。

 

 

* * *

 

 

 放課後。

 また拉致られてタコ部屋、もとい部室で加賀と二人きりという事態は避けたかったので、即更衣室で戦闘服を着込んで防具を脇に挟むと、体育館に走った。

「谷塚君、生きてたか」

「まあ、何とかな」

 仁に苦笑して見せると、ダンボールを抱えた先輩が数人体育館に入ってきて、おもむろにダンボールをぶち破ると、その中にあるプラスチックの袋を新入生に投げ渡し始めた。

「おわっ」

 誠はそれを受取って袋の中身を見た。

「えっと……グローブと、フットパッド、それに股間当と、何だこりゃ」

「マウスピース、みたいだね」

「何やらされるんだろうな……」

 思わず二人で顔を見合わせる。

「はい、集合ッ!」

 先輩の一人が手を叩いて大声を出した。駆け足でそこに駆けつける。

「これより、徒手格闘の導入訓練を行う。一年生は上級生と組んで、指示に従え」

 うす、と威勢のいい掛け声とともに、体育館に新入生と同じほどの数の二、三年生が入ってきた。こちらはもう既にプロテクターと胴、そして面を被って戦闘準備完了だった。

「よし、じゃあ組め」

 お、おす、と言いながら一年生達はめいめい自分の背丈と同じぐらいの上級生と組もうとして歩き回った。

「相手が見つからない場合は片腕あげろ。全員誰かしらいるだろ」

 さっきの先輩がそう言うのを聞いて、誠は右手を上げた。すると

「谷塚ぁ、うれしいぜぇ?お前、まだ独身だったのかよ?」

 背後から呼びかけられて、誠は凍りついた。

 このおどろおどろしい声。

 この全身を指すような殺気。

 この身がすくむ視線。

 間違いない。これは、この人は……

 ぎぎぎ、と音が鳴りそうなほどぎこちなく、首だけをそちらに回す。そして誠は死を覚悟する。

「さぁて、楽しい徒手格闘訓練の時間だ」

 加賀が面の奥で非常に楽しそうな顔をして両手の拳を打ち合わせていた。

「げ……」

「おやあ?何だか俺と組むのが嫌そうだが?」

「い、いえ、で、でも俺なんかとやるよりはもっといい生贄……じゃなくて一年生がいるんじゃないすか」

「遠慮するなよ。俺は、お前と組みたいと思ってたらこうなったんだ。何か縁を感じないか、おい?」

 わざとだ。この人は絶対に確信犯だ。

 すると先ほどの先輩が渋い顔をして加賀の肩に手を置いた。

「おい加賀、新入生には手加減してやれよ?」

「おうよ、わかってる」

「覚えてるだろ、東のこと?あいつみたいなことになったら、事だぞ?」

「心配するな。東みたいな事故は起こらねえよ」

 かんらからからと笑う加賀を、誠は生きた心地のしない顔で見ていた。

 あずま、って誰だ?何が起きた?

 知りたくない。でも、知りたいっ!!

「では、蹲踞!」

 不意に加賀や他の上級生が蹲踞し、右の拳で地面を軽く叩いた。慌てて誠達もそれを真似する。

「今日は基本的な突きや蹴りを練習する。まずは前突きだが、拳をひねらずまっすぐ打て。最短距離で相手を打つのがコツだ。では、上級生、実践っ!」

 え?と思う前に加賀の腕がブレた。次の瞬間、面ごと頭が後ろに弾かれる。

「ぶほっ」

「どうした谷塚?こんなのはただのジャブだぞ?これからストレートも来るから、覚悟しておけ、な?」

 やばい、殺される。誠はぐらついた意識の中でなぜか鮮明にそう思った。

 

 

* * *

 

 

「谷塚君は何だ、私を置いてまた冒険に行ったのか?」

 少し不満そうな顔をする明日華。この顔を見てどうしてそんなに羨ましそうにできるのか全く誠にはわからなかった。

「いや、冒険というか毎日がサバイバルというか……」

「……知らなかったな、寮生の生活はそんなにきついのか?」

 あたかもアフリカの極貧街で飢えながらも笑みを絶やさない子供を見たかのような感動と憐みのこもった目で、明日華は誠の手を取った。

「すまない、知らなかったんだ。そうか、毎朝起きると、自分の荷物やらが取られていないかすばやく確認、そして盗れるものがないか物色するが他の寮生もそうは甘くない。そして食堂ではいつも一切れのパンを巡って半殺しの戦い、大半の生徒はボロボロになって水をコップ一杯。でも空に向かって微笑んで、明日こそはあのコッペパンを一口、と……」

「それ、絶対に日本じゃないだろ」

 妄想が暴走して人を襲う前に、誠が突っ込んだ。

「それはそれとして、しかし毎日毎日痣が絶えないな、君は」

「まあ、部活でさ……」

「ほう?それはどういう部活なんだ?」

 一瞬言葉に詰まる。もし明日華が連隊に対して恭一と同じような反応を示したら、このような朝の会話もできなくなるかもしれない。

 

『何だって?谷塚君はあの悪名高い連隊の手先だったのか?!』

『い、いや手先って……』

『……残念だ。私と君とでは、いい仲になれたと思っていたのにな』

『え?ちょ、ちょっと青葉……』

『いや、実を言うと君のことが少し好きだった。だけど……連隊に入っているのなら、話は別だ』

『あ、青葉、ちょっと話を聞いて……』

『すまないが、連隊士の薄汚い言葉に傾ける低俗な耳など持ち合わせていないのでね。もう話しかけてこないでくれ。ああ、いっそ顔も見せないでくれ』

『の、のぉおおおおおおおおお!!』

 

 

「……かくん。おい、聞いているのか、谷塚君!」

「嫌だぁあああ!!」

「な、何が嫌なんだ?びっくりするな。はっ、もしかして谷塚君は部活で苛められているのか?」

 苛められて……いないとは思う。シゴカれてはいるが。

「よし、ここは私がびしっと一言……」

「いや、言わなくていいって!つーか青葉が危ないって!!」

 明日華が加賀の前で立ち尽くす光景を思い浮かべて、誠は真っ青になった。

「危ない……?尚更見過ごしておくわけにはいかんな」

「だから落ち着けって、そ、そうだ、昨日あの後何か面白いことでもあったか?」

 すると苦りきった顔をされた。

「言っただろう?私を置いて、と?何もなかったんだ。空は青くて、雲は白くて、授業はつまらなくて、後ろでは早弁が頻発していて、ニュースでは誰かしらが不幸な目に遭っていて、中東では爆弾テロが、ニューヨークではどこぞの破産が、モスクワではストリートチルドレンによる犯罪が起こっていて」

「いやな日常だな、おい」

 明日華は猫のように背伸びをした。

「だからそんな退屈で欝になるような日常をぶち壊してくれる何かを探しているんだ」

「生徒会執行部に入ればいろいろと楽しくなるだろ」

「まあ、それは仕事のようなものだからな。私だってそれ以外の何かで気を紛らわしておきたい」

「例えば勧善懲悪ウィークとか?」

「ふむ。それも悪くはないな。ここの学園の生徒会長となった暁には、実行してみようか。ああ、そうそう」

 なぜか嬉しげに明日華がこちらを見た。

「谷塚君は連隊、というものを知っているか?」

 おおっと青葉選手、カウンターパンチ入りました!谷塚選手、押されているっ!

「い、一応、な。知らない奴は時代遅れさ、ははははは」

「そうか……私はつい昨日まで時代遅れだったのか」

「ははは……」

 沈んだ顔をする明日華を前に、誠の笑いが凍りついた。

「そ、それよりその連隊がどうしたって?」

「う、うむ。聞けば、生徒会直属の武装集団だそうじゃないか。ここは是非とも連中を懐柔して……」

「無理★彡」

 さわやか笑顔で言い切ってやった。

「……いやにきっぱり言うんだな、君は」

「いやぁ、青葉はあいつらと関わらない方がいいぞ?何つーか、そんな軟な連中じゃないし、逆に青葉が捕まって……捕まって……」

 谷塚誠、十五歳。時々暴走せる青春期の妄想を持て余す所業においては、この者、他の男子に劣ることなし。

「捕まってどうなるんだ?」

「……続きは大人になってから。はい、コマーシャル」

「三年も続くコマーシャルなんて、あるのか?」

「世の中にはねぇ、面白いものがたくさんあるんだよ、青葉君」

 真面目な顔でうなずく誠を見て、明日華が微笑した。

「君は、本当に変な奴なんだな」

「な、失礼なこと言うな」

 いやすまない、と言いつつも明日華は笑った。

 やっぱ綺麗だな、青葉の笑顔。

 

 

* * *

 

 

 昼飯の時をこれほど恨んだことはなかった。

 誠だって腹は減る。この数日間ありえないほどの運動を課せられているのならばなおさらだ。そう、食欲はある。しかし

「いがががががががががががが」

 奥歯を噛み合わせようとして、誠は顔をしかめた。何だか顎と口蓋に対極の磁石でも埋め込まれたような感じだった。

「ううぅうう」

 恨めしげに目の前のパンを見る。

「よぉ、そんなところで何やってんだ」

 不意に肩を叩かれた。

「屋上で一人さびしく、ってか?何ならお兄ちゃんに全てぶちまけてみろ」

「お前お兄ちゃんって柄じゃないからな」

 誠は恭一に笑いかけた。兄系キャラはもう間に合ってる。

「で、食えねえのか?」

「ああ……昨日の徒手格闘術でさ」

 

 

 目の前で火花が散ったかと思ったら、不意に顔を包んでいた蒸れた空気が取り払われた。どうやら面が外れたらしい。

「ちょっまっタンマっ!」

「実践!!」

 あたふたとしている間に号令役の先輩の声が無情に響く。ジャブ炸裂。ねぇねぇママ、僕の頭の周りに天使様が飛んでるよ。

「実践!!」

 

 

「お前さ、生徒会に入った理由ってもしかするとマの気があるとか?」

「全力で否定する。俺だって好き好んでボコられてるわけじゃないから」

「自殺志願?」

「それならもっと苦しくない方法選んでるよ」

「ただのバカ?」

「うるせぇ、ファンシーぷりちー料理人」

 恭一が固まっている間にパンにもう一度挑戦してみる。

「何が悲しくて、パンを噛まずに飲み込まにゃならんのだ……で、お前の方、どうよ?」

 するとふふふ、と恭一が不敵に笑った。

「聞いて驚くな、もう俺はカツ丼を恐れなくなった」

 いや、普通怖くないからな。

「飯が怖くなるって、どういう部活だよ……まあ、おめでとさん」

「ああ!もっと怖いモンにぶち当たっちまったからな」

 さわやかな笑顔で元気よく言う言葉ではない。

「あっそ……あー、くそ、せっかくのコロッケパンなのによ」

「な……んだと?」

 一瞬にして顔が青白くなる恭一。お前はカメレオンか。これからはジャクソン君と呼んでやろう。

「おい谷塚、お前今何食ってる?」

「あん?いやだからコロッケパン……」

 コロッケパン。

 コロッケ。

 Croquette。

「ぎゃやぁああああああああああああああああああああああああああああああ」

 カツ丼の次はコロッケらしかった。

 

 

* * *

 

 

 手渡されたものは、今まで見たことのないようなものだった。

 小銃とは結構太いものである。銃身や弾倉、発射機構などのものを組み合わせ、そしてそれらを持ちやすく、また丈夫にするためにプラスチックや木の銃床をつけたりするので、重くてどっしりとした武器になる。

 しかし木銃はそう言ったものをこそぎ落としたような、細身で一見華奢な印象を与える。ぶっちゃけたところ、銃床の付いた木の棒に見えなくもない。ただ、先端には白いタンポがついており、また銃床と先端十五センチほどのところにはフォームパッドが巻かれていた。

「ふーん、そう言うことか」

仁が涼しげに笑う。

「そう言うことってどういう意味だ」

「銃剣道はね、突く武道なんだよ。胸や胴、面を先端のタンポで突けば勝ち。だから逆に言えば、突きだけ練習するんだったら、こんな」

 ぽんぽんと銃身や銃床のフォームを叩く。

「ところにこういうソフトなものはいらないってわけ」

「あ、これ普通付かないんだ……どこで作ってるんだ、これ?」

「さあ……連隊の装備に関して深く考えたら負けだよ」

 さらっと仁が笑い流した。

「はい、集合!!」

 戦闘服にまたもや胴や肩、籠手を付けた先輩が怒鳴る。

「これより天栄学園銃剣術の導入練習を始める。じゃあ、組め」

 真っ先に誠は動いた。目指すはさっきから目を付けていた……

「お願いします!!」

「え?あたし?」

 少し斜に構えたようなクールビューティーの先輩。

「しょうがないね。じゃあ構えて」

 とにかく加賀と組むのはまっぴらごめんだった。ふと見ると、加賀もこちらを残念そうに見ていた。

「ふーん。あんた、昨日加賀とやってたのかい」

「え?あ、はい」

「楽しかったろ?」

「え?」

「加賀なら、そんじょそこらの連中よりは強いけど、それなりに手ぇ抜いてくれたから楽しめたろ?」

 

 ナニヲオッシャイマスカコノカタハ?

 

「まあ、あたしはどんな相手でも敬意を評してあげるからさ」

「はぁ」

「全力で行くよ。死なないように気をつけな」

「……」

 礼!と号令をかけられ、慌てて頭を下げる。改めて向き直った先輩の目は、少しも笑っていなかった。

 最初の一撃を喉に食らった時、誠は自分の浅はかさを呪った。曲りなりとも、この人だって連隊の先輩だったじゃん。

 

 

* * *

 

 

 言葉が足りない、というフレーズを少々考慮してみよう。

 大体において、まず苦情である。「あの人、言葉が足りなくて素敵、テヘッ」とは言わないが、「あいつ、言葉が足りないから困るんだよなぁ」とはよく言う。直木賞を短編小説でとった某作家は「書き込みが足りない」とよくこぼされるらしい。作家として直木賞受賞者としていいのかそれで?

 しかしこれはあくまで量的に言葉が足りない、という意味で、質的に足りないということではない。そして往々にして数多の言葉を連ねてできる形容句は、一言で表す言の葉の深さは持てない。

 さて、なぜ我らが谷塚誠がこんな言葉遊びをしているかと言えば、彼がこの質的言葉の足りなさに辟易しているからである。とどのつまり、それだけ全身が痛い。

 最初の二、三撃で戦意喪失、七撃目あたりで生きる意味について深刻に悩み始め、十四撃目の突きを胴に食らった時には「もういっそ殺して」という心境だった。追記しておくが、この日誠は三十七発も突きを受けている。

 体育館の裏の芝生に寝転がって、誠は空を見た。もう痛いってもんじゃねえや。逝多意?まあ感じとしてはそんな感じだ。現実逃避でもやっていなきゃやってらんねえぞ畜生。

 不意に、太陽の光を遮られた。

「すまないな谷塚君。また、迷ってしまった」

 そう言って彼女は笑いかけた。

「青葉……」

「何だ、谷塚君は漣隊士だったのか。道理でいろいろと面白いことになってるわけだ」

 そう言うと、明日華は誠の隣に腰かけた。 先ほどの妄想が戻ってくる。誠は間にできた沈黙を取り払おうと、口を開いた。

「その、な、これは」

「すごいんだな、連隊というのも」

 その一言で、言い繕おうという意思が瞬時にして消し飛ぶ。呆けたような顔で誠は明日華の横顔を凝視した。

「すごい、か?」

「ああ。毎日顔面パンダになったり、肉まん頬張ったように頬を腫らしたり、死にそうになりながらもやっていってるのだからな。これはあれか?友人の言っていた『真性』とやらか?」

「……全然褒めてないだろ、おい」

 口をへの字に曲げて、誠は上半身だけ起き上った。ころころと笑った後、明日華は遠くの誰かに向けるかのようにほほ笑んだ。

 

「なぁ谷塚君、連隊の存在意義とは何だい?」

「存在意義?」

「ああ。レイゾン・デトール、何ゆえに我はここにあり、誰がために鐘は鳴る、だ。知らないとか言って私を失望させないでくれよ?」

 それは、あのタコ部屋でずきずきする頭で朗読させられた文句の中にも入っていた。

「天栄学園の生徒を守り、秩序を守り、威厳を守り、伝統を守ること」

「うむ。昔は不良更生のためと聞いていたのだが、今ではそうだな。しかしまあ、そのためだけにここまで厳しく練習させるのは、少々普通ではないな。しかし」

 そこで実にうれしそうに明日華は破顔する。

「それゆえに私たちは君たちに絶対の信頼を置くことができるんだ。君たちだったら、何が起きても守ってくれる、と。何があっても、君たちは対処してくれる、と。普段あんなに厳しい訓練をしているんだから、この学園内で何があっても大丈夫だ、と。私は、それがうれしい。そんなことをやっている生徒たちと学問の徒として机を並べることができるのが、とてつもなく誇らしい」

「誇らしい、か」

「ああ。谷塚君、誇りたまえ。少なくとも私は、君たちを尊敬する」

 

 

 全身はまだ痛んだ。足元はまだおぼつかない。

 

 それでも誠は立って、背を伸ばした。そして明日華をきっかり見据えると、敬礼した。

 

「じゃあ、誇るさ。その言葉に応えられるように、君の期待に答えられるように」

 

 

 

「ふーん、なるほどね」

 明日華を校門まで導いた後、不意に「してやったり」というような声が背後から聞こえた。ふと振り向くと、にやけた顔で恭一が立っていた。

「お前の入隊理由がねぇ……まあ男だったらしょうがねえよな」

「なっ、て、お前いつから見てやがった!!?」

「えー?ついさっきだよぉ?だからぁ、あの感動的な敬礼なんてずえんぜん見てないよ?」

「……」

「ま、あのかわいこちゃんには言わないでおいてやるさ。それより、この賭け、俺の勝ちな」

 かかか、と笑いながら恭一は寮堂の方へ歩いて行った。

 

 

 よし、明日の昼飯はコロッケパンにしよう。 絶対に口に押し込んでやる。

 

 

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