第一章 第二章 第三章 第四章
岡崎朋也は頭に手をあてて、自分がとんだ面倒事をかかえてしまったことに呆れて肩を落としていた。
そして眼前に対峙する敵を見て、何度目かのため息混じりに不満の声をあげる。
「どうしてこうなったんだか…」
俺もとんなお人好しだ。現状はその台詞が似合うであろう状況と言える。
「契約は契約だろ?払う分はきっちり付き合ってもらわないとね」
春原陽平は朋也の嘆きに答えた。
朋也と陽平の間では契約が交わされていた。
陽平の頼みごとに朋也が協力する代わりに朋也は昼食を一週間、彼に奢ってもらう契約を交わしていたのです。
すでに交渉成立済み。初日の昼食代もきっちりと払ってもらっていた。
そう、普段よりも豪華な昼食を…
だから朋也が面倒だと愚痴をこぼそうとも、友人の頼みごとに付き合うしかないのです。
「わ〜ったよ。ほら、どこからでもかかってこい」
「それじゃあ遠慮なく」
朋也の手招きを合図に陽平が戦闘態勢に入った。それを確認した朋也も同じく身構える。
両者の間に一瞬の静寂。互いが相手の行動をけん制し合っている。
どちらから動く?こちらから動こうか?
頭の中で次の行動をシミュレーション。そこで陽平が先に動く―――
「あちょ〜〜〜!!」
前へと一気に跳躍した陽平は、そのまま勢いと体重を乗せた掌打を敵へと放つ。
しかしその渾身の一撃は簡単にいなされてしまった。
「ふんっ、春原。お前の実力はこの程度なのか?」
朋也は不敵に笑った。この程度の修羅場など何度もくぐり抜けてきた。
ただ闇雲に放った一撃で葬り去ろうとするなど片腹痛いというやつだ。
「やるね岡崎。僕が認めた男だけはあるよ。でもね、これからが僕の本気だよ!」
自分の一撃が簡単に受け止められてしまっても尚。陽平はニヤリと笑い返していた。
まだ自分は実力の半分も出していない。そう言って陽平は死闘の開始をコールした。
「あ〜たたたたっ ふわぁちゃ〜〜!!」
「フンッ、アタッ、チョチョチョアチョーーーー!!」
しかしこの二人。馬鹿である…
陽平は誰が見てもその通りの人物のままですが、それに付き添う朋也も同程度のレベル。
始めは乗り気ではなかったはずなのに、気がついたらノリノリでバトルを繰り広げていた。
しかしどういう経緯でこの二人は合間見えることになったのかといえば…
放課後。中庭で死闘を繰り広げていた二人のもとに、観客が一人やってきた。
「なんなのこれ…」
「あっ!杏。ドタバタしてて悪いね」
ここは教室内というわけでもない。別に外なら何をしていようと二人の勝手。
誰にも迷惑をかけないのなら委員長の杏もそれを咎めることはしなかった。
「また変なことしてるのね」
しかしいつも思うことですが、馬鹿が集まってやることは一般人の杏には到底理解できないこと。
ただ杏は呆れながらも、結局は二人に付き合ってゆくことになる。
なんだかんだで彼女も腐れ縁の仲の一人なのです。
「変なことだって?失礼だな。これは愛ゆえの…」
「余所見してんじゃねえよ!」
「ぐっ… 不意打ちとは卑怯だね」
「戦いに卑怯もなにもないね」
外野の登場に警戒を解いていた陽平は、朋也の不意の一撃がクリーンヒット。
衝撃で後ろに後退しながらも、地に膝をつくことなく直立していた。
誰かさんにサンドバックされ続けたことで、耐久力には自慢がある。
ただ肝心の攻撃力が今一。だから陽平は友に協力を頼み、その腕を磨こうとしていたのです。
「言われてみればそうだ。どうやら僕はまだまだなようだね」
「それなら俺よりも杏に頼めばいいだろ」
「あたしに…?」
いきなり話を振られた杏にはまったくの身に憶えの無いこと。
そもそもこの馬鹿二人が何を目的として闘いに狂酔しているのかさえ知らないことでした。
「僕だっていつまでも愚かじゃない」
「愛する人のおかげで目が覚めたんだ。僕は自分を買い被りすぎていたようだってね」
「自分の身の程を知って、それで僕は地道に上へと昇り詰めることに決めた」
「それもこれも愛する智代のためにね」
「え?陽平、今なんて言ったの?」
いつから陽平は坂上智代を名前だけで呼ぶようになったのか?
それに愛するとはいったい?
杏は増々頭が混乱するばかりでした。
そんな彼女を置いてけぼりにして、二人は闘いに身を投じようとする。
ただその前に、しばしの会話タイムが挟まれる。これもバトル漫画ではお決まりのネタだったりします。
そしてそれを律儀にしようとするあたりは、やっぱり二人はアホなのです。
「きもいな…」
「いくらでも言ってくれ。どんなに罵られようと、僕は考えを変えない」
「諦めずに追いかければ、きっと願いは叶うはずなんだ。そうだろ?岡崎」
「そうかい。まあ俺は給料分の仕事をするまでさ」
なんだか無駄にアツくてクサイ台詞が飛び交っている。
杏は悪寒さえ感じていた。そして彼女はこの状況を打破しようと試みる。
『ストーーーーップ!!』
これから戦いを再開しようとしていた二人は鶴の一声によってその場に固まる。
なんといっても『藤林杏』彼女に逆らえば明日の朝日を拝むことはできなくなる。
「どういう経緯で馬鹿やってるか知らないけど、本気なら委員長として見逃すことはできないわ」
無論そこには『友人として』も含まれています。
「頼むよ杏。僕を止めないでくれ」
「春原は本気なんだ。杏、見逃してやってくれ」
「いやいや、意味分からないし。それに私に頼みごとって何?」
「杏が出てきたなら仕方ないね。岡崎、また明日もよろしく頼むよ」
「ああ」
「言った傍からよろしくしてるんじゃないわよ!」ドスッボコッ
中庭に鈍い音が二つ木霊した。それでも一人一撃で済んだことを不幸中の幸いと思うべきか…
◇◇◇
恐怖によって二人を言いなりにした杏は、二人を正座させてことの経緯を説明するように強要した。
彼女も少しは慈悲があったのか…
固いコンクリートの地面ではなく、芝生が生えた所に移動させてもらえたことには二人も助かっていました。
「さあ、早く教えてちょうだい」
「予定が狂ったけど、まあ時期に話すことだったしいいかな―――」
こうして首謀者の陽平によってことの真相が語りだされた。
なんでも陽平は智代に告白をしたそうだ。これまでも悪ふざけで告白まがいのことをしたことはあった。
しかし今回は真面目な告白だったらしい。
智代も始めは冗談や悪ふざけだと思っていた。
しかし真剣な眼差しとそうでないものを見分けるくらいの能力は、彼女も持っていました。
だから智代も真剣に向き合ってくれることに。
たとえそえがこれまで馬鹿ばっかりされた陽平からの告白だろうと。
多少照れながら、しかしきっぱりと智代は告白への答えを出しました。
『私より弱い男は興味がない』
それはおそらく智代の本心ではないのでしょう。断るための口実にすぎない。
しかし陽平はこれを鵜呑みにして、律儀に強い男になろうと奮起したのです。
こうして彼は棘の道を歩みだした。そして登竜門の最初の門番に選ばれたのが朋也。
ただし、協力するにはそれなりのモノを要求する。
ちゃっかりとお昼代を浮かせることに成功。
そして、今日がゴールへと歩んだ最初の一歩の日というわけでした。
しかしどうしてそこに杏が登場するのか?
すでに協力者は一人いるではありませんか。
これには勿論。彼女に協力を求める理由がありました。
『藤林杏』ではないとダメだという理由が…
「それで?最終的になんであたしが陽平の師にならないといけないわけ?」
「それは杏が最凶無慈悲の暴力女だからさ。智代に勝つには杏以上に強くならないといけないからね」
「だからこそ杏にお願いしようと思ってたのさ」
「ふ〜ん、そういうことだったのね…」
(ああ、こいつは馬鹿だ…)
いくらなんでも頼み方ってものがある。朋也には数秒後の陽平の行く末が手に取るように分かった。
そして、それはそのまま現実のものとなる。
「めっさつ☆」
「ぐふっ!?」
かろうじて素人目にも初撃の足蹴り四発は確認できた。
ただその後の数撃は朋也では残像を確認するので精一杯でした。
そして十メートル以上離れた所で、ボロ雑巾と化している陽平が最後の遺言を残して息絶える。
「岡崎、白だったよ…うぁ…」
「どこの瞬獄殺だ…」
「な〜に?」
「いえ、なにも…」
関わらないこと。穏便に済ませることが自分の未来のため。
朋也はそれ以上何も口にすることはなかった。
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