第一章 第二章 第三章 第四章
陽平は最後までやりとげていた。
来る日も来る日も杏のサンドバックになり続けて、とうとう智代の誕生日を迎えるに至った。
愛のために傷ついてきた。そしてその傷を癒すのもまた愛。
陽平の予定では互角とは言えずとも奮闘して、最後は智代が陽平への愛に気がつく。
「好きな人を殴るのはもう嫌なんだ!」と言って抱き合って愛を誓い合う。
そんなシチュエーションを想定していたのですが…
現実はそううまくゆかず。安定のサンドバック状態でした。
「どうして僕の愛を受け止めてくれない」
「おまえには興味がない。その一点につきる」
「僕は智代の誕生日を祝いたい。そして新しい恋を二人で祝おうじゃないか」
「そしてゆくゆくは二人の間に生まれる新しい命の誕生も祝って行こう」
「妄想もここまでくると悪寒さえ憶える…」
これまで手加減をしていた智代も、この発言がきっかけで本気のスパートをかけることになった。
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「悪いことは言わない。諦めろ」
「男には引けない時があるのさ… ぐふっ…」
どんなに地に伏せようとも。陽平は立ち上がった。
今日の彼は一味違う。それもこれも愛のため。『諦める』という言葉は彼の中で存在しないのです。
「私も悪かった。おまえに期待させる断り方をさせてしまったこと申し訳なく思う」
「僕が勝手にしたこと。智代は何も悪くない」
「まいったな…」(心苦しいが… 気絶させてあわよくば記憶も逝ってもらおう)
好きか嫌いかの二択で問われれば、智代は彼を嫌いの部類に入れてしまうのでしょう。
しかし仮にも純粋な好意を向けてくれた相手。暴力を振るうことに多少の戸惑いを感じていました。
しかし向かってくる相手には手をあげてしまう。なにせ決闘に負けたら『付き合いましょう』ですから。
智代は申し訳ないと思いつつも、全力を持ってして記憶の抹消に取り掛かることにしました。
「どうやら僕の負けなようだ。まだまだ智代の隣にいるべき男ではないみたいだね。修行し直してくるよ」
これも修行の成果でしょうか? 陽平は記憶を残したまま退散できるくらいの余力は残していました。
「そのことだが、おまえには可愛い彼女がいるのだろう?」
「何故私と付き合いたいと思う。これでは二股じゃないか」
「僕に彼女?なにを勘違いしてるのかな」
「自分で言うのも悲しいものだけど、生まれてこのかた彼女なんて一人もできたことがないね」
「そうなのか?私が聞いたところによると、おまえは藤林さんと付き合っているという話しだったんだが」
「藤林って姉の杏のことだよね?その話誰から聞いたの?」
「岡崎だ」
「岡崎が!?」
「どうやら誤解があるらしい。しかし私には関係のない話しだ」
「どちらにせよおまえとは付き合えない。諦めてくれ」
◇◇◇
どういう経緯で誤解が生まれてしまったのか。
実は朋也は二人のデートの練習現場に居合わせてしまっていた。
その光景を見て彼は誤解をしてしまったそうな。
慌てて二人は誤解を解こうとするも、ただの照れ隠しと思われてなかなか信用してもらえずにいました。
やっと信じてくれた時も、結局二人は『仲がよろしかったから気があるのではないか?』
という考えは捨て去ることができずに、うやむやな感じでとうとう朋也の誕生日の日を迎えるに至りました。
杏は妹が次の恋をしていたことにホッとしながらも、ライバルが一人減ったことで慢心なんてしてられなかった。
始めは自分が一番彼に近い女の子でいたはず。しかしあれよあれよという間に親しい女の子が増えてゆき。
気がついたら岡崎朋也の周りには魅力的な女の子だらけ。
そして杏はその中で一番乗り遅れている女の子となっていた。
そんな彼女もとうとう決心がついたのでしょう。
誕生日プレゼントと一緒に告白をすることを決意したのです。
プレゼントは受け取ってもらえましたが、告白の答えは保留とされてしまいました。
なんでも朋也は数人の女の子から告白を受けているそうな。そしてその誰にも答えは保留のまま。
それは杏とて予想していたことでありました。
いったい誰から?朋也はそれを教えてはくれませんでした。
しかし風の噂で一年後輩の宮沢有紀寧が彼に告白をしたとの話を耳にしました。
予期せぬダークホースの登場に、彼女の心は不安が募るばかりでした。
サンドバックもとい修行は終わり。しかし陽平と杏は友とあって集うことはいつものことです。
今日の話しのタネはチグハグな恋のお話といきましょうか。
二人は夕日で照らされた校舎を背に、共に下校をすることにしていた。
「滑稽だ。僕たちは何をしていたんだか…」
「慢心していた結果がコレね…」
「僕は微かな希望さえ消えてしまった。でも杏はまだいい方だよ」
「野球で例えるなら9回裏ツーアウト。点差は3点で塁は満塁」
「なに?この前の続き?」
陽平はこの前の例え話をもう一度切り出してきました。
「バッターボックスには藤林杏。スリーボールツーストライクと追い込まれている」
「でもその一振りで勝利をもぎ取ることができるんだ」
「希望が残されているってことは幸せなことじゃないか!」
「でも三振したら悪者決定よ」
「恐れるな。幸せが欲しけりゃ自分で掴まないと」
「はいはい。ありがたい説法ありがとうございます」
「僕はいつになったら一人身を卒業できるんだ…」
陽平の恋は終わってしまった。いつもなら移り気な陽平の心。
しかし今回はそうとう堪えている様子?
「そうね。あたしも売れ残ったら買い取ってあげるかもわからないわよ?」
「最近の杏は妙に優しいね」
「最近は余計よ。それにあくまで可能性があるってだけ。変に期待されても困るわ」
「可能性があれば人は頑張れる。杏、僕はキミに好かれる男になってみるよ!」ひゃっほ〜う!
「ちょっと!?調子に乗ってくっついてこないでよ///」
失念していました。やはりそこは春原陽平。
ポジティブ思考が彼の取り柄であり、ポジティブすぎて過去を振り返らないのが彼の悪い癖。
調子に乗って陽平は杏に抱きついてきました。
ただ、いつもならそこで身体の何処かに痛みが走るはず。
しかし今日はどういうわけか、身体が軽いままでした。
「あれれぇ?今日は殴ってこないぞ?これはかなり脈アリとみていいのかな?」
「だから調子に乗るなって… 言ってるでしょうがっ!!」
「へぶっ!? ……っつつ、やっぱりコレがないと杏じゃないよね」
「ふんっ///」
あの時あの瞬間『春原陽平の隣にいる未来もいいかな』
なんて思ってしまった自分を殴ってやりたい。そしてできることなら記憶を抹消してやりたい。
ニヤケ顔でついてくる彼を尻目に、杏は彼の前を進み続ける。
それが意味するものは夕日でも隠し切れなかった照れ顔を、彼に見せたくなかったためなのかもしれない。
秋の空ももう終わり。次は冬の到来となる。
女心と秋の空。そんな移ろいゆく心を留まらせるのは、あなたを真剣に見つめてくれる眼差しでしょうか?
傷ついて冷たくなった心は、温もりを分け合えば暖かく溶け合うことができる。
初雪を観測する頃には二人の関係も変わっているかもしれない。
そんな晩秋の『チグハグな恋』
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