第一章 第二章 第三章 第四章
岡崎朋也と宮沢有紀寧は仲睦まじく二人きりで街中を歩いていた。
休日に男女二人で仲睦まじく時間を過ごしていれば、傍から見ればデートだと思われないこともない。
実際はデートなんて大それたものでもなく、ただ朋也が有紀寧の買い物に付き合っていただけでした。
古本の倉庫となっている資料室。有紀寧はそこで休み時間と放課後を過ごすことが多い。
彼女は資料室を訪れる人にお茶と御茶菓子でおもてなしをするそうな。
一部の間では彼女と共に過ごす時間は癒しの空間として人気を博している。
それは光坂高校生徒だけではなく学校外からも、彼女を目当てで校舎に忍び込む者もいるくらい。
そして朋也も資料室のマドンナに会いに行く者たちの一人でありました。
彼の目的はまったりとした時間を過ごしたいがため。
だから別段、有紀寧に会いに行くのにこだわっていたわけでもなく。
しいて言えば図書室で一ノ瀬ことみと読書をしながらいつの間にかうたた寝をしていたっていいのです。
ただせっかくならおいしいお茶と御茶菓子。それに暖かな有紀寧の笑顔なんて見ながら。
おしゃべりに花を咲かせるのもやぶさかではありません。
こうして朋也は定期的に資料室に訪れて、有紀寧との時間を共有する機会が増えていました。
そして今日は学校外で二人は時間を共にしていました。
なんとなしに有紀寧の買い物に付き合うことにした朋也。
茶葉に御茶請けを購入。これくらいなら荷物番なんてものは必要ない。
自分は居る必要があったのか?
なんてことを考えていた朋也はせっかく休日に出会っているのだからと
彼女を遊びに誘ったのがこれまでの経緯でした。
つまり。デートをしていたと当人達が思えばデート。ということでしょうか?
◇◇◇
少なくとも朋也は有紀寧に恋愛感情は抱いてはいませんでした。
魅力的な子だなくらいには思っていますが、有紀寧がフリーだからとて彼女にしてやろう
なんてことは考えてもいない。
そして有紀寧の方は朋也をどう思っていたのか―――
誰に対しても優しい微笑みを返す。今日もその笑顔を隣にいる男の子に向けていた有紀寧。
しかし、実はいつもとは違う感情が含まれていることに、彼は気がついていないのでしょう。
『あなただけに見せる特別な表情』
有紀寧は自分にそんな表情をさせている男の子を見つめていました。
そしてふと視線を離した時に、見知った二人組を見つけました。
「岡崎さん、あちらをご覧ください」
「ん?おっ!あれは杏と春原じゃないか」
街をぶらぶらしていた二人の視界に友人二人が映りました。
どうやら杏と陽平は一緒に連れ立っている様子。
「なんだか仲睦まじく歩いていらっしゃいます」
「へえ〜 いつの間にかくっついてたのか………あァ?それっておかしくないか?」
朋也はついこの間までの陽平とのやりとりを思いだした。
何処かの誰かさんに脳天を殴られたショックで記憶障害になってないのであれば
杏と陽平が付き合っていることはおかしな事実なのです。
「そうですか?わたしには二人はお似合いに見えるのですけど」
「違う違う。そういう意味ではない。俺もあの二人は似合いに見えるさ」
「ただ、春原が好きなやつは坂上だったはずなんだけど… あの馬鹿、諦めてひょっこり心変わりしやがったな」
「春原さんは恋多き男性のようですね」
「馬鹿に付き合わされたこっちの身にもなれってんだ…」
夢は儚い幻になってしまう。
そういう運命だと朋也は決めつけていましたが、友として少しは応援する気持ちもなかったわけではない。
心変わりした友をがっかりした気持ちで朋也は眺めていた。
「うふふっ どうやら面白いことをしていたようですね」
「それはまた機会があれば話そう」
「さりげなく女性とのデートをとりつける。岡崎さんはお上手ですね」
「おお!なるほど。俺にもそんなスキルがあったことに驚きだ」
「岡崎さんったら」ふふっ
朋也のとぼけた冗談に有紀寧が笑う。そして朋也も彼女を笑顔とできたことで満足して笑い返す。
なんだかんだでいい雰囲気の二人。
その空気に後押しされたのか、有紀寧が勇気を出して一歩前へと進もうとしました。
「岡崎さんは『女心は秋の空』ということわざを知っていますか?」
「女性の気持ちは秋の空のように移り気だってことだろ?」
「はい。あなたをお慕い申しているからと余裕をもっていると、その娘がいつの間にか他の殿方に靡いていました」
「なんてよく聞く話ではありませんか?」
「たしかにそうかもしれないが、それは男がその娘に少なからず気がある前提の話しだな」
男に娘への好意がなければ、娘が誰と付き合うことになろうと男は残念がることもない。
朋也の考えはまったくのその通りでした。
しかし、有紀寧は何を目的としてこの話を切り出したのか。
朋也が疑問に思っていると、その疑問の答えを有紀寧は遠回しに教えてくれました。
「岡崎さん、一途な女の子の心を射止めるなら今、この時なのかもしれません」
「ん?」
「岡崎さん。おまじないでもいかかでしょう?」
「唐突だな」
「聞いてくれませんか?」
「聞くだけ聞こう」
おまじないを実行するか否かは聞いてから。
そうして朋也はおまじないの詳細を聞くことになった。
ただ、有紀寧の巧みな話術で話に乗せられて、最終的にはおまじないを行うことになるのは
いつものことだったりします。
おまじないは未来の嫁を見つけるためのものらしい。
恒例の奇妙な呪文を心の中で唱えた後。朋也の手を一番始めに握ってくれた女の子が―――
どうやら未来の嫁となる可能性を秘めているのだと。
冗談半分興味半分。ありえないと思いつつも、未来の嫁候補には少なからず興味が湧きます。
朋也は知り合いの女の子を思い浮かべて、可能性がありそうな子を考えることにした。
(俺の手を握ってくるやつか… 知り合いの女子にそんなやつは…)
(ありそうなのが杏に古河にことみに… ふん、なんだかんだでいるな――――!?)
(ヒトデ?まてまて、どうして唐突にヒトデなんて思い浮かぶ…)
(杏のやつ俺の貴重な脳細胞を死滅させやがったな…)
女の子の顔を思い浮かべていたはずが、急にぼやけて突然ヒトデが飛び出してきた。
朋也は自分の記憶に不安を憶えずにはいられませんでした。
しかしです。突然女の子から手を握られるなんてシチュエーションなんて早々ない。
『おててがお留守なのをなんとかして?』
なんて言いようものなら、朋也の株は大暴落すること間違いなし。
かといって無言で『俺の手はただ今フリーです!』なんてしていようとも、誰も握ってはくれないのでしょう。
つまり。十月の寒空の中。ポケットに手をつっこんではダメ。
四六時中ぶらぶらと手を宙に浮かせとかないといけない。これって結構しんどいですよね?
それにこのおまじないはいったい、いつまで効力が続いてくれるのでしょうか?
やはり難しい課題なようです。朋也は諦めつつも、有紀寧に期間を問うことにしました。
「未来の嫁候補ねえ… ところでそれはいつまで効力が続くんだ?」
「それはご心配なく」
「宮沢!?」
朋也の手は暖かな毛糸に包まれていた。それは手袋ごしの有紀寧の手でありました。
「幸せそうな二人を見ていたら、わたしも勇気を出してみたくなりました」
「宮沢有紀寧は候補の一人になれませんか?」
「えっと…///」
「うふっ、どうやら困らせてしまったようです。申し訳ありませんでした」
「なんだ… 宮沢でも冗談を言うのか。心臓が飛び出るほど驚いたぜ」
誰だって異性から突然手を握られたら、その意図を誤解して驚いてもしまいます。
それにおまじないをしたあとでの行為。有紀寧も心臓に悪い冗談をしてくれました。
「冗談ですか… うふふ」
「えっ…?もしかして冗談じゃない?」
「さて、どうでしょう」
台詞だけでは優位にたっているように思える。でも、有紀寧の頬はしっかりと赤みを帯びていて。
彼女の心境と真意を朋也に伝えてくれていました。
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