チグハグな恋



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真面目なようなそうでもないような春原陽平の恋。
旅の最終目的は恋が実ること。しかしこの旅の終わり方は一つとはかぎらない。
周囲が驚く展開となるのか。それとも予想通りの展開となるのか。
朋也の予想は陽平が途中で悟って諦める。もしくは慢心して智代に挑んで玉砕のどちらか。
とりあえずはいつも通り悲しい結末を迎えるのだろうと予想していた。

旅にはそれ相応の準備が必要だ。食料が尽きてしまえば旅も途中で終わらせる他ない。
陽平は再挑戦の日を智代の誕生日と見定めて、着々と準備を整えていた。
今のところはまだ熱が冷めていない様子。
今では一人目の門番を倒して、ラスボスの右腕と対峙するまでに至っていた。
陽平は杏の協力を得ることができた。
あの杏が馬鹿に付き合うことになったのには、彼女も誰かさんと同じく見返りを求めたからでした。

陽平が智代に片思い中のように、杏も朋也に片思いをしていた。
そこで陽平は「僕も杏の恋が実るように協力するから、杏も僕に協力してくれないかい?」
と交換条件を申し込んだのです。杏は突然の申し出に驚く。
ただこれまで想いを隠してきたように、その時も陽平の言葉を馬鹿なこととして払いのけようとする。
しかし陽平は杏の恋心なんて知り合いのなかではバレバレだったと口にする。
知らないのは想いを向けられる相手くらいなもの。
今更隠したって意味がないと言ったのです。

自分の想いはそんなにも周囲に駄々漏れだったのか?
杏は顔を真っ赤にして恥じていた。
そこで陽平はもう一度問うた。「協力しないかい?」
なんだかいいように踊らされているような…
そう思いつつも杏は陽平と手を組むことになりました。
彼女だって恋する乙女。それがどんな泥船だろうと藁にもすがる思いで手を伸ばしてしまう。
陽平が力になるとも思えませんが、いいようにこき使ってやればそれでいいような気もします。



早いもので十月。ついこの間まで桜の木の下で笑い合っていたのが昨日のことのように思える受験生たち。
緑の葉から赤や黄。その色を変えて我々の目を楽しませてくれていた紅葉。
それももう一カ月も過ぎてしまえば、地へとリーフシャワーとなって落ちてしまうのでしょう。
そろそろ自分の人生を決める分岐点に差し迫っている高校三年目の晩秋。
今頃焦って勉強に従事している者は、おそらく過去の自分を振り返ってため息ばかりついている者なのだろう。
一方、余裕がある者は地道に力をつけていった結果が実っている頃でしょうか?
そして藤林杏はそんな余裕を持つ者の一人。ただ慢心はせず。
今日も今日とて優等生として委員長として、模範生徒の一人となるだけです。
ただし。見えない所で校則違反をしていたことだけは秘密であったり。バレなければやってないと同じなのです。

十月といえば陽平と杏の想い人の誕生日となっている月。
陽平は智代の誕生日に告白という名の決闘を申し込む予定でありました。
そして杏は朋也に告白―――をするかどうかは迷っているようでした。
そんなにウカウカしていたら卒業式なんてあっという間。このままだと離れ離れになってしまうのでは?
陽平もそう問うて彼女の背中を押してはみました。
しかし、杏は臆病風が吹き込んで、どうしても最後の一歩が踏み出せずにいたのです。
それでも彼の誕生日の日にはプレゼントの一つでも贈って祝ってやりたいと、
休日の今日。彼女は陽平を引き連れて街へとショッピングに出かけることにしました。
陽平のアドバイス? 下手な鉄砲も数撃てばとなってくれればよいのですけど…


◇◇◇


杏はとある洋服店で手袋やマフラーを中心に見繕っていた。
「時期がら防寒具かな? とは思ってもみたけど、アクセサリーっていう手もあるわよね」うんうん
朋也へのプレゼントを考え中。彼だってもらえるなら何だって喜んでくれるはず。
ただせっかく贈るのなら、実用的で気兼ねなく使ってもらえるものがいいだろうと彼女は考えていました。
「ねえ?」
「うん?」
「マフラーとかにするなら手編みがいいと思うのは僕だけかな?」
「それも考えたんだけどね。でも、使ってもらえなかったら嫌でしょ」
「ええ〜 女の子が必死になって手編みしたマフラーだよ?僕ならすぐにでも使うんだけどな」
「それは陽平の場合。仮にあたしが告白して朋也が断ったとするでしょ」
「そしたら朋也はそのマフラーをどうすると思う?」
「どうって… 使うのを躊躇する?」
「そう。想いが重過ぎて使うのを躊躇っちゃう」
「使われずに眠ってしまうくらいなら、使ってくれそうな物を選んだ方がいいじゃない」
頑張って報われるなら杏もそうしたでしょう。
しかし、肝心の相手は誰に脈があるのかはっきりせず、いつの間にか女の子の輪を広げまくるハーレム野郎。
告白してプレゼントを渡した時『ごめん。これは受け取れない』
なんて返されたら、きっと立ち直るのにかなりの時間を必要とすることでしょう。
『逃げ?』そう言われてしまえばそこまで。杏は傷つかないための逃げ道を作っていたのかもしれない。

「それが市販の商品ってことかい?」
「正解☆」
「なんだか納得いかないな」
陽平は不満顔でした。もっと気持ちに素直となってぶつかっていこう。
逃げているだけでは欲しいものは手に入れることはできない。
彼もこれまで再三彼女に伝えてきた台詞。それを表情で杏へと伝えていました。
「他人の恋愛思想を参考にしてもいいけど。でも最後は自分自身がどうしたいかでしょ?」
「あたしはあたしの恋のバイブルで恋愛をするまで」
「それが影から指をくわえて待っていることかい?あの藤林杏が聞いて呆れるね」
「うるさいわね。あたしだってこのままじゃダメだとは思ってるわよ…」
おしつけな説法のように思えて、これでも互いに支え合っているのです。
今まで隠し続けてきた想いを、杏は陽平に語ることで少しだけ胸のモヤモヤを晴らすことができた。
彼があーだこーだと口を尖らせて言うのも、全ては友人の杏のことを想っているから。
最後は励まして勇気をくれる。淡い恋心を応援してくれるから。
彼女も陽平にだけは素直な自分を見せることができたのかもしれません。



公園のベンチで少し休憩。二人の会話はやっぱり自分達の恋愛事情でした。
「杏はまだいい方だよ。希望が残されている。僕なんて砂丘の中から一粒の砂金を見つけるような挑戦だ」
「野球で例えるなら9回裏ツーアウト。点差は3点なのに塁には誰もいない」
「僕だけの力だけじゃ点差をひっくり返すことができないんだ。でも、僕は諦めずに塁に出ないといけない」
「だって、僕が諦めてしまえばそこでゲームセット。せっかく応援してくれたファンに申し訳がたたない」
「岡崎と杏にはここまで僕の馬鹿に協力してくれたこと感謝してる」
「陽平…」
陽平は自分に酔っているらしい。
それはいつものことなのですが、今日は妙に様になっているから彼女も静かに聞きとめてくれていた。
ただそこは春原陽平という男。イケメンタイムは二分と続かない。
「それにこれから待つ僕と智代の輝かしい未来のためにも、智代を負かさなければならないんだ!」
「まっててね、マイ『スイーツ』ハニー。想いが成就した暁には、キミと目くるめく濃厚でアツい夜を過ごそう」
「ちょっとカッコイイと思ったあたしが馬鹿だったわ…」ドスッ
スイーツってなんぞや… それに最後の台詞でこれまでの流れが全て水の泡。
(やっぱり男って最低)
冷徹無慈悲の悪魔が姿を現しました。
「へぶっ!? ちょっと!いきなり修行の開始とか聞いてないんですけどーーー!!」
「うざいから半径百メートル近寄らないでちょうだい」
「わーい、短距離走ができるぞ〜」
これはこれで楽しい休日となってくれているのでしょうか?
―――
――

「やっほ〜 もしかして一人だったりする?」
「ん?」(うわぁ…)
陽平が少し席を離している間。杏のもとにいかにもって柄の男が話しかけてきました。
十中八九デートへの誘い。勿論、彼女は断る気満々でした。
「よかったらお茶でもしない?」
(やっぱり…)
さて、どう断ってやろうか?
やんわりと断ってもよし。それで引いてくれないなら少し脅してやろうか?
どうせ赤の他人。凶暴女と思われようとどうってことない。
そんなことを考えていた時に、男の後ろから鬼の形相をした男がもう一人現れた。

『悪いんだけどさ。僕の女に手を出さないでくれる?』

「ちょっ!?」(陽平?)
「あァ?」
「聞こえなかったのか?さっさとその気色悪い顔を引き下げて消えろって言ってんだよ」
「てめぇ…」
舞い戻ってきた陽平は喧嘩腰に男をけん制する。これでは下手をすれば一触即発。
なにもそこまでしなくても…
『ギロッ』
「ぐっ… チッ…」
食って掛ろうとしていた男は陽平の睨みを見て怯んだ。そのまま悔しそうにスタコラト去ってゆく。
なんとか平穏に解決してくれたようです。


自分を彼女にされたこと自体は、杏も文句を言うつもりはない。
あの時はそうした方が相手も納得して引き下がってくれるのだろうから。
ただそれ以外のが問題でした。
「陽平!なにも喧嘩腰にならなくてもいいじゃない」
「ああいうタイプにはあれくらいがちょうどいいんだよ」
「でも、もし喧嘩になって怪我したら大変でしょ」
「僕を心配してくれるの?珍しいね」
「陽平の心配なんてしてないわよ。せっかくの休日を嫌な気分で過ごしたくなかっただけ」
「あっ…そうなのね…」トホホ…
そこはいつもの藤林杏でした。期待するだけ損なのです。
「そこで落ち込まないの」
「そう言われましてもね…」
あなたが落ち込ませたのですよ。そう言いたくても言い返せない所が悲しい所であります。
そんな落ち込む陽平に待っていたのはサプライズなイベントでした。

「かっこよかったよあの時の陽平。ありがとう」
「杏!?」
突然、杏が陽平の腕にからみついてきた。そしてそのまま彼女に腕を抱き寄せられてしまう。
「な〜に?そんなに鼻の下伸ばしちゃって」
「そんなこと言われても、この状況は男からしたら…」
「お礼のつもりよ」
「お礼ですか… それなら遠慮なく」
腕に触れそうで触れなかった膨らみに、アタックを試みようとすると…
「触れたらぶち殺すわよ」
「すみません調子にのりました」
どうやら生殺しにされること決定なようです。
「どうして男はこうも『コレ』に興味があるのかしら?」
「男の性。仕方ないことさ」
「ふーん…」ぷよぷよ
「ななっ!?なにしてるんですか!?」
触れるべからず。先ほど禁止令を出されたはずでしたのに、杏自ら胸を押し付けてきました。
布越し。それに軽くタッチしただけ。それでもしっかりと柔らかい感触を主張してきました。
いつもの陽平なら、そこで肉と骨も絶つことを知りつつも欲望へとひた走る男。
しかし、今日の彼は動揺してせっかくのチャンスから離れていきました。

「ぷふっ、なにそんな顔真っ赤にしちゃってるの。いつものガツガツした陽平は何処に行っちゃったのかしら?」
「うっさいな!人生=童貞なめんなよ!本番のヘタレっぷりなんてもっとすごいんだぞ」
「なによそれ… いらない情報まで教えないでよ」
ちょっと大胆な彼女の行動。どうやら陽平も真面目な時は普通の男の子だったようでした。
「ほら、あたしを坂上さんと思って練習しましょう」
「そんな様子じゃ本当に彼女に愛想つかされちゃうわよ?」
「突然どうしちゃったの?」
「こんな日もあるのよ」
「ふーん、それならお言葉に甘えてデートでもしちゃいますか」
「デートの練習ね。れ・ん・しゅ・う」
「はいはい」

こうして二人は寄り添いながら。
杏が陽平の腕に自らの腕をからませて、仲睦まじくデート(練習)をすることになりましたとさ。





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