第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 第六章
誕生日を祝われることには馴れていなかった。
いい歳してこっぱずかしいという理由もさることながら、
祝いの日というものに昔から縁がなかったことも関係しているのかもしれない。
母親を交通事故で亡くし男手一つで俺を育ててくれた親父。
息子の誕生日を家族水入らずで祝わなくなったのは、いったいいつの頃からだろう。
中学時代の蟠りをずっと抱えながら、俺と親父の関係はずっと冷えきったまま。
そんな状態で面と向かって家族の誕生日を祝うことができるのだろうか?
そしてそれは今も継続中の身である。
おそらく俺も頑固だった。頑なに歩み寄ることをしなかった。
そしてすれ違いは日に日に大きくなり。心の距離は離れていった。
そして俺と親父との間には越えられない溝ができてしまっていた。
中学時代の俺は小さな夢を抱くバスケットボール大好きのスポーツ少年だった。
高校へもスポーツ推薦で合格。このままバスケで喰って行ければ… なんて淡い期待を持ちつつ。
最終的には好きなことに関係する職業に落ち着くのだろう。
そんな考えを持ちながら新天地の高校生活に少なからず胸躍らせていた。
しかし、ちょうどその頃。親父と喧嘩をして肩を負傷してしまう。
この時の怪我がもとで俺はバスケができない身体となってしまった。
俺の夢見ていた高校生活が始る。
しかし生きがいを失くした俺は夢もやる気も失っていた。
そんな俺はそのまま急転直下に自らの人生を棒に振りだしていた。
俗にいう不良という者に成り下がり、授業を無断欠席するなんて日常茶飯事。
ささいなことでカッとなり喧嘩もしていた。俺が一番荒れていた時期でもある。
このままくだらない人生をどうでもよく過ごして行く。
そんなことを考えていた俺でも、救いの手を差し伸べてくれる仲間がいた。
唯一の救いだったのがその頃に気の合う仲間が一人できた。そいつの名前は…
えっと… ―――そうだそうだ『春原陽平』
まあ、名前なんてどうでもいい。大切な思い出さえ覚えていればそれで十分。
名前を忘れてしまうことなどささいなこと。よくあることだ。
俺は同族の匂いを嗅ぎ取ったのだろう。案の定、俺と春原はお互い気兼ねなく接することができた。
そうして俺は春原とつるむことになった。
気の合う仲間ができたとて更生なんてしなかった。結局は俺と同じ境遇の者同士が一緒なのだから。
相変わらず俺と春原は不良学生を続けていた。むしろ春原の馬鹿のおかげで悪化したともいえる。
そんな時、もの好きな学生が俺たちの周りに現れた。
ひょんな出来事からクラス委員長の『藤林杏』に俺たちは目をつけられてしまう。
杏は隣のクラスの委員長なのだが、彼女には双子の妹『椋』がいる。
その妹が俺のクラスの委員長をしていた。そういえば当時はまったくの無関心だったか?
姉妹二人して不良学生を更生させようとしてきたっけな…
そんな深そうで軽そうなどうでもよかった繋がりから、とうとう杏も腐れ縁の仲まで行き着いてしまう。
思えばその頃からだろうか?
心にぽっかり穴が開きつつも、日々をそれなり楽しむ余裕ができたのは。
俺は気の合う仲間に恵まれていた。
しかし一度は夢を挫折し途方に暮れていた俺は、これからの人生に悲観していたのかもしれない。
友人とどうでもいいことをして笑い合う。そんな些細な幸せはいつまでも続いてくれるわけもない。
そう思うと俺の心は不安で支配されていた。
それを隠しながら日々をなんとなく過ごす毎日。
『このままでいいのだろうか?』
『いや、それはいけないことだ』
自問自答を繰り返すだけ。俺は世界を変えようという勇気も努力もしてなかった。
あとになって分かったことだが、そんなくだらない毎日が今となっては俺を支えてくれている。
しかしそんなくだらない毎日は努力なくしては、いつかは終わりを迎えてしまう。
◇◇◇
当時の俺は自分の人生から目を背けていた。
努力することを嫌い。ひたすら目を瞑り続けていた。
そんな時に俺の人生の転機が訪れる。
年度始め。なんとか俺も留年することなく最終学年に進級することができた。
そして桜が舞う通学路。学校へと向かう坂道の途中で俺は『一人の少女』と出会った。
道端で立ち止まりながら、急に『あんぱん』なんて呟きだす奇妙な女学生。
春原のおかげでこれまで沢山の珍妙な光景に出くわしてきた。
その俺でさえ、その不思議な光景に思わず声をかけてしまっていた。
『古河渚』との出会いは、俺が忘れていたものを思い出させてくれるものとなった。
不思議と古河に視線が向かってゆき、自ら進んで古河と関わりだしていた。
そうして今まで関わることのなかった人間との輪が広がってゆくことになる。
目標に向かって前進する楽しさを忘れていた。それを古河と関わることで思い出すことができた。
友人も増え、楽しい思い出も沢山できた。高校生活で一番思い出深い楽しい歳月を過ごせていたと思う。
そしていつの間にか俺は不良学生から『馬鹿な学生』くらいにクラスアップするようになった。
そうして俺はやさぐれていた毎日を卒業。
悲しい履歴書を基に就職活動をするくらいの努力は戻っていた。
俺のお頭でも就職できるところなんて限られてくる。
就職先は一向に決まってはくれなかった。
その時になってから高校生活をぐうたらで過ごしてきたことを後悔しても遅い。
兎に角どんな所でもいい。働き口を見つけて、早く『居候』から卒業しなくてはならない。
そう、俺は古河家に居候させてもらっていた。学生でいる間は好意に甘えられる。
しかし高校を卒業してしまえば、一社会人として認められる年齢となる。
いくらなんでも卒業後も古河家に迷惑はかけられない。
俺は実家に戻るか、もしくは一人暮らしのどちらかを選択しなければならなくなった。
働き口が見つからなくて途方にくれていた時。
古河の親父さんが古河パンの従業員としてしばらく雇ってもいいと言ってくれた。
俺は申し訳ないと思いつつ、その好意に一時的ではあるが甘えてしまうことになった。
古河パンで仮店員をしつつ、仕事先も随時探していた。
そうして三カ月を過ぎようとしていた頃。新しい就職先を見つけることができた。
元ミュージシャンの『芳野祐介』
芳野さんとは高校時代に何度かお会いしていた。芳野さんは現在電気工として働いている。
その芳野さんと町でばったり出くわしたのが人生の転機。
俺は芳野さんが働く会社で働くことを決意した。
そうして俺は一人暮らしができるまでの食い扶持を確保。
これまで節制して溜めていた貯金を元手に、家賃が安いボロアパートに引っ越すことを決意した。
こうして今では古河家を出て一人暮らしをしている身となったのだった。
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