第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 第六章
ドタバタした行事も今日かぎりなのだろう。
普段の杏からは想像もできない大胆な行動。
俺が予想するに坂上の行動に危機感を憶えて、思わず対抗してしまったのだろう。
混乱したまま今日を迎えて。さて、二人きりになってみれば…
杏は物静かなものだった。黙っていれば可愛いんだから。普段からそうしていればいいものの…
そしてとうとう就寝時間がきてしまった。否応でもいろいろ妄想が豊かとなってしまう。
忘れていた。いや、実際は考えないようにしていたこと。
流石に男女一緒の布団で寝るわけにもいかずに、俺と杏は別れて寝ることにした。
杏は俺の布団で眠ってもらうことに。
そして俺は調度よさそうなタオルなど防寒になりそうなものをかき集めて寝ることにした。
悲しいことに来客用の布団なんて用意しているわけもなく緊急自体。
まだ十月。外は木枯らしが吹いて肌寒いものの、室内となればそれなり暖かい。
即席の就寝アイテムでもそれなり暖かさを提供してくれていた。
だが一肌で暖めてくれれば最高なのだろう。
なにを考えているんだ俺は…
杏は俺の布団でそっぷを向いて寝ようとしている。
俺たちが共に床についてからしばらくたつ。
しかし杏は寝付けないようでゴソゴソと寝相を何度も調整していた。
若い男女が一つ屋根のしたで床を共にしているんだ。そりゃ意識して寝付けないのも頷ける。
恋愛感情がなかったはずの俺でさえ杏を意識してしまっているのだから。
そして俺も杏と同じく寝付けずにいるわけだが…
どういうわけかいつの間にか床を共にする仲間ができてしまった。
ちなみに杏ではない。
理性がぷっつんして杏が眠る布団にもぐりこんだわけでもない。
俺の布団に『やつ』を俺が招きいれたのだ。
その『やつ』とは『くまさん』だ。
くまさんとは勿論本物の熊にあらず。クマのぬいぐるみだ。
なんでこんなぷりちーなモノが俺の家にあるかといえば―――
一人暮らしの寂しさを紛らわすために買ったわけでもない。
勿論、趣味でもない。
見た目は少女。おつむは幼児。しかし年齢は俺と同じの風子が勝手に置いていったものだ。
あいつは遠慮というものを知らずに育ったのか、自分の私物を俺の家に置いてゆく。
最終的には岡崎家を伊吹家にしようとしているようだ。
そんな風子の私物の一つのクマのぬいぐるみを、俺は抱えて暖房グッズにすることにした。
なるほどこいつは暖かいな。しかし匂いがいささか気に食わん。
明日あたり天日干しをしておくか。もちろん人目につかないようにだ。
ご近所さんにクマのぬいぐるみを干しているのがバレたら、俺のイメージダウンにつながる。
◇◇◇
『モソモソ』
会話もない静かな室内では布地がこすれる音もしっかりと耳に届いてくる。
俺が可哀そうな行動。クマのぬいぐるみと脳内会話をしている間も杏は寝付いてくれなかったようだった。
ここで俺も杏に話しかけることにした。
「少し落ち着けよ」
「朋也?」
「寝れないのか?」
「うん… もしかして五月蠅かった?ごめんね」
「そうでもないけどさ」
「ううん、今日のこと全部含めてごめんなさい」
「朋也にはいろいろ迷惑かけちゃった」
「驚きはしたけど、別に迷惑ってほどでもなかったぞ」
「そう言ってもらえると少しだけ気が楽になるかな。実は後悔もしてたから」
「まあ、確かにありえない状況ではあったな」
今日のことは俺の人生のなかでも五指に入るだろう珍事だった。
一生俺の思い出の一部として忘れることなく残されることになるだろう。
話しかけてしまえば次々と話題を振ってしまうもの。
興味がなかったわけではない。俺は杏の確信に触れることにした。
「しかし杏が俺のことを好きだったなんてな」
「いったいいつから?」
「高校の時から。多分一目惚れだったと思う///」
声は小さかったものの、はっきりと彼女は俺への好意を認めた瞬間だった。
そして話しを掘り下げて聞いてみるとこれまた驚いた。
いつものツンとした態度は照れ隠しだったそうな。
本当はもっと素直になりたかったんだと。
女性は本当に分からない生き物だ。
「マジかぁ… なんでその時に告白しなかった?」
「だって… 恥ずかしくて…それに…」
「勇気がなかったから」
杏はいつからか俺の方へと向き直って話をしてくれていた。
部屋を照らすのは月明かりくらいなもの。
この暗がりでは杏の照れて赤く染まっている顔は見ることはできないのだろう。
それでも十分雰囲気から彼女の心境は伝わってきていた。
恋を実らせようと努力する女の子。
俺はその意中の相手が自分であるにもかかわらずに、ついつい応援したくなる気持ちになっていた。
「こんな話ししたから増々朋也のこと意識しちゃったじゃない」もうっ///
そしてまた杏はそっぷを向いてしまった。
いつもの恐ろしい杏は鳴りを潜めている。今はただただ可愛い女の子。
そのギャップが俺の男心をくすぐっていた。
このままではマズイ。そう感じた俺は羊を数えて寝てしまうことにした。
そうすれば間違いだっておきやしないんだ。
―――
――
―
羊が一匹。羊が二匹…… 羊が三十三匹…
『めぇ〜 めぇ〜!!』
『こんな恰好恥ずかしい///』
『でも、朋也だけなら見せてもいい…かな///』
やめろ!テメェら交尾しだすんじゃねえ!!
妄想を追いやろうと寝ようとしたものの、羊が盛りだして脳内でお祭り騒ぎをしだすハプニングが発生。
そして最後には羊のコスプレをした杏が出てきて俺を誘惑しだしていた。
今日は俺の誕生日だぞ?誕生日プレゼントに女をゲット!
しかもお相手さんは俺のことを好きときている。加えてアレやソレも覚悟して事前に準備しているらしい。
まだはっきりと本人の口からOKは出ていないが、おそらく襲ってしまっても問題ないのだろう…
もう我慢なんてしなくていいのでは?
悪魔がそっと囁いていた。
『可愛い下着とやら、拝んでやれよ』
―――
――
―
いや、そんなのだめだ。俺の最後の理性がなんとか勝ってくれた。
しかしこれ以上は妄想で満足してられなくなる。早く原因を取り除かなくてはならない。
「杏」
「な〜に?」
「今すぐ帰ってくれ」
「いきなりなに?」
「この際正直に告白する。理性が持ちそうにない…」
「ええ〜///!?」
「このままだと間違いが起きてしまいかねない。今すぐ帰った方が身の為だ」
「待って!いきなりそう言われても。はいそうですかって帰れないわよ」
「そもそもそんな素振りなかったじゃない」
たしかに杏の言うとおりだ。しかし俺がそんな素振りをしていたらお前はどうしていた?
分かるだろ?つまり俺は―――
「我慢してました」
「我慢してたの?」
「はい」
「そうなんだ。えへへ///」
「そこで嬉しそうにしない!マジやばいんだって!」
「あたしもそれなりの覚悟はしてたし、朋也がしたいならいいかな、なんて」きゃっ///
「ぬおぉぉぉぉぉ!!」
妄想と同じような展開がキターーーーー!!
無理!もう我慢の限界!
狼の誕生。俺の脳内から完全に天使が消え失せた瞬間だった。
それに天使なら俺のすぐ近くにいるではないか!
いいぜ、俺も覚悟を決めさせてもらおう。
野郎の雄叫びが夜の闇を割いていた。
俺は荒い息をしながら『あるモノ』を手に持って、杏に突撃して行くことになり。
その後、それを見た彼女がどんな反応を示してくれたのか。
そしてこの後二人はどうなったのかは… 真相は二人だけの秘密ということにしといてもらいたい。
第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 第六章