第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 第六章
一人暮らしの利点はやはり誰の指図も受けることがなく、
誰かを気にすることもなく有意義にマイライフを桜花できることだろう。
その点、日々の習慣を疎かにしていれば、のちのち負の遺産が自分自身へと降りかかる。
ただそれは欠点ではない。自分が日々しっかり務めていれば済むことなのだから。
俺は日々忙しい毎日を送っていた。生活がかかっているだけにいつかのようにぐうたらなんてできない。
人付き合いもそれなりある。仕事上の先輩とも良好な関係を築いている。
しかし目まぐるしい毎日に充実を感じつつも、何かが足りないと思ってしまうことは贅沢な悩みなのだろうか?
足りないと思ってしまうのは―――
やはり高校時代の『あの楽しかった日々』が忘れられないからだろう。
同じ町にいる者もいるのに、なかなか会える機会に恵まれなかった。
『かつての友は今、何をしているのだろう?』
気になるなら自らの足で友を訪ねればよいこと。しかし俺は忙しさに理由をつけて会うことを拒絶していた。
俺自身が友を避けていたのかもしれない。
学生という繋がりを失ってしまい。会うきっかけが思いつかなかった。
友として会おうにも、かれらにも新しい生活が存在する。
そこに俺が入ってゆくのは気が引けてしまったのだ。
俺の存在など、彼らにとっては『どうでもよい存在』なのかもしれない。
そう思うと自らの足で会うことをためらわせていた。
高校時代の友に最後に会ったのは二カ月前くらいだろうか?
古河一家が引っ越し作業を手伝ってくれて、
そのあと一週間は俺を心配してか古河が一人で様子を見に来てくれた。
ただそれも俺が気をつかわせて悪いと断ってからはなくなってしまっていた。
そして引っ越しを終えてから一カ月した後。
我が家の玄関前でひょっこり待っていた古河と会ったのが最後だったはず。
古河も俺が元気にしていることで安心したのだろう、それからは自分の生活を優先しているようだ。
◇◇◇
そうして月日が流れて10月も終わりの頃。暦の上では冬となったが季節的には晩秋といったところか。
もう少しすれば冬本番が控えている。雪はまだ降っていないが木枯らしが吹き荒れ厚着をしなければ寒い季節。
俺は仕事帰りに寒空を恨めしく眺めつつポツリと呟いた。
「今年の誕生日は一人で祝うことになったか…」
10月30日の今日は俺の誕生日となっている。
去年は友人たちの好意で五月蠅いくらいの誕生日を迎えるに至っていた。
たしか言い出しっぺは古河だったか?
去年は久しぶりの祝福を受けた俺であったが、今年は寂しく一人で祝うことになりそうだ。
仕事帰りに商店街に立ち寄って惣菜を購入。
ついでにワンカットのケーキも買って、一人暮らしのボロアパートへと足を運ばせていた。
さて、この後はケーキでも食べながら、いつも通り身体を癒すだけの時間となることだろう。
何もすることがなく明日を迎える。なんとも寂しい誕生日。
こんなこと馴れていたはずなのに、少なからず何かを期待していた自分がいた。
いっそ暇な時間を潰す趣味でも見つけてみようか?
いや、それよりも彼女の一人でも欲しいな…
いくらなんでもこの歳で彼女いない歴=年齢は虚しい。
そろそろ俺も卒業をしてもいい頃合いではなかろうか?
かといって今の職場は女性との接点が乏しい。
そうなると町でナンパでもしないといけないのか?
まいったな…
どこぞのアホ原と違って俺は女なんてナンパできないぞ。
あいつのように玉砕してすぐ立ち直れるメンタルも持ち合わせていない。
こうして俺は女との巡り合いは時の運まかせ。
神にでも願って機会を待つことにしたのだった。
なるほど、こうして男どもは売れ残るのか… 悲しいことだ。
と、自分の未来を他人事のように楽観視していた時。
自宅の玄関先で女神… じゃなかった『悪魔の集団』を目にしてしまうのだった。
思わず俺は目を瞑って、もう一度状況を確認することにした。
この目蓋が開いたら、きっと幻を見ていたと俺に教えてくれるはず…
『とーもやー!』
おかしい!俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。しかもその声質は若い女の声だった。
隣人は俺を『岡崎』と呼ぶはず。『朋也』と名前で呼ぶなんてなんとも馴れなれしい輩だろうか。
俺は恐る恐る目蓋を開いた。
そしてやはり魔物たちが俺の部屋の前で待っていた。
確実に不幸が待ち受けている。直感が働いて俺は回れ右してその場をあとにしようとした。
しかし―――
「ちょっと朋也!どこに行こうとしているの?」
「こんばんわ、岡崎くん」
俺の腕を引っ張って引き留めたのは藤林杏だった。そして隣にいるのが妹の藤林椋。
二人とも大学進学組である。ただ学生寮には入らずこの街に住み続けながら通学していると聞いていた。
だからばったり、偶然に出会ってもおかしくない人物ではある。
ただ考えてみよう…
買い物帰りに商店街で出会っていたなら納得できる。
しかし今、俺達が出会ったのはみすぼらしい我が家の目の前。
いくらなんでも偶然出会ったなんて考えられない。
百歩譲ってこの二人が偶然だったとしよう。なら他の魔物はどう判断しようか?
そのことからもこの状況が偶然の産物ではないと俺に教えてくれていた。
「岡崎くんのご自宅はここですよね?」
藤林は俺の部屋を指差していた。
どうやら俺の行動を不思議に思ったのか首をかしげていた。
なるほど。妹は相変わらず可愛らしい様子。
しかし俺の腕を潰さんとする握力で拘束する姉は、同じく相変わらずの恐ろしさだった。
「岡崎、寒いから早く部屋に入れてくれ」
そこに坂上智代までも話に参加してきた。
俺は部屋の玄関先を一望した。
そこには『古河渚・伊吹風子・宮沢有紀寧・一ノ瀬ことみ』までもがいた。かつての友が大集合である。
ここに美佐枝さんと芽衣ちゃん、あとは古河の母親の早苗さんと風子の姉の公子さんもいれば、
俺の女性の交友関係が全て出揃ってしまうかもしれない。
はたしてこれは多いのだろうか、それとも少ないのだろうか?
それは俺には分からないが、一つだけ言えることは…
スペックは高いのかもしれないが、地雷持ちが多いということだ。
チクショウ。俺の家の住所を教えたのは古河か風子だな。
まったくなんてことしてくれる…
今日という日は俺にとって特別な日といってもいい。
そんな日に高校時代の友が大集合。普通なら俺の誕生日を祝ってくれに来たとみて間違いないのだろう。
しかし、どうも悪寒がしてならないのは多分気のせいではないのだろう…
「すでに入る気満々かよ…」
やらかしてしまった。誰かさんに腕を掴まれたままというのに、俺はあろうことか不満の言葉を呟いてしまう。
「あらぁ〜 朋也ったら友達を寒空の中に放置させておくつもりなのかしら?」
「久しく会わないうちに冗談もうまくなったのねっ」
「ぐあっ!?ギブ…ギブ…」
案の定その誰かさんから痛い鉄槌が降り注いできた。
断言しよう。この暴力女は俺と同じく売れ残る運命のはずだ。
「たくっ… 入れないとは言ってないだろ…」
「分かってるならよろしい♪」
満面の笑顔を浮かべる杏に腕を引っ張られて、俺は傍から見ればハーレム状態で愛の巣へと向かうことになった。
断言してもいい。俺は心底嫌だった。
しかし、俺には拒否権なんて用意されているはずもなく。
なかば強制的に友を家に招待するしかなかったわけだ。
その時の心境は地獄へ落ちている気がしてならなかった…
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